訳例:履行期限の遵守
Time is of the Essenceについて、様々な訳語があるが、多くの場合、過度に直訳的で本条項の意味を反映できてないと感じる。本条項の意味を考えれば、Time is of the Essence(Time of the Essenceと表記される場合もある)は「履行期限の遵守」と訳すのが妥当である。本条項は英米法の歴史に由来するものであるため、その意義について「コモン・ローにおいては」などと抽象的に説明する解説が散見される。しかし、そのような解説は、学術的にはともかく、実務的には適切とは言い難い。実務家が最初に当たるべきものは条文と判例であり、抽象的法理論や歴史的経緯ではない。このことは、日本でもアメリカでも同じである。適用法令がカリフォルニア州法であれば、同州の制定法に当たる必要がある。 さて、カリフォルニア州民法1492条は、以下の通り規定する。 COMPENSATION AFTER DELAY IN PERFORMANCE. Where delay in performance is capable of exact and entire compensation, and time has not been expressly declared to be of the essence of the obligation, an offer of performance, accompanied with an offer of such compensation, may be made at any time after it is due, but without prejudice to any rights acquired by the creditor, or by any other person, in the meantime. (筆者による下線強調) この条文は、契約書に「Time is of essence」などと書かれていなければ、履行期限の後であっても(他者の権利を害さない限り)履行することができる旨を定めたものである。その結果、履行を遅滞したとしても、それだけでは解除事由とはならない (Katemis v. Westerlind (1956) 142 Cal.App.2d 799 .)。(但し、履行の遅滞について損害賠償請求ができるかは別問題である。) そこで、履行期限の遅滞を許さず、解除事由としたい場合には、契約書に期限(time)が重要である(of the essence)ことを明記しておかなければならい。商取引の契約で英米法系の国(州)の法を適用法令とする場合、特に、履行遅滞が大きな不利益となる側(例えば、イベントで販売する飲食物などの納期通りに届かなければ無駄になる商品の買主)は、この条項は契約書に入れておく方が良いであろう。もっとも、当然のことながら、契約書に書き入れる前に、想定される適用法令では、本条項に関して、どのような制定法や判例があるのかを確認しておかなければならない。例えば、同時履行が要求される契約について本条項を挿入すると、本条項の適用により双方の履行義務が免除されてしまい、履行が利益となる側が逆に損をする場合も存在する(Pittman v. Canham (1992) 2 Cal.App.4th 556.)。 訳例:契約期間の終了/解除 (文脈による)
契約の終了も解除も契約関係が解消されるので、英文契約では総称的にTerminationという単語を使う。日本語の解説で、どちらか一方の意味だけ紹介しているものを鵜呑みにすると、いざ契約書を読む段階になって混乱してしまう。契約上の期限の満了などで契約がTerminationされるのが「終了」であり、債務不履行などを理由として(通常、期限より早く)契約がTerminationされるのが「解除」である。 Termination条項は、「終了」の意味であれば、通常簡潔に記載される。その場合に 重要なのは、事後処理の規定である。契約の終了時に残った未履行の債権債務をどうするのか、お互いに開示した機密情報などをどうするのかなど、契約上の具体的な条項と、契約の解釈に関する適用法令(民法、商法など)を検討しておくことが重要である。 Termination条項で「解除」を規定する場合は、上記の点に加えて、解除の事由についても具体的に考えておくことが重要となる。一般に、契約が継続することで利益を得る立場であれば、解除について制限的に規定することが望ましく、逆の立場であれば、なるべく網羅的に規定することが望ましい。 なお、雇用契約では、Terminationが「解雇」を意味することがあるが、「解雇」については特別法としての労働関係の法令を確認しなければならない。その他にも、消費者が絡んだ契約など、特別法が一方的な内容のTermination条項からの保護を与えている場合も少なくないので、注意が必要である。 また、日本法の解除に「法定解除」、「約定解除」、「解約告知」等の講学上の分類があるように、アメリカ法のTerminationも、Cancellation(概ね「法定解除」に相当)、Termination(概ね「約定解除」に相当)、Rescission(概ね「取消」に相当)に分類することができる。ただし、これらの用語が厳密に使い分けられていない点も日本と同様であり、適用法令と条項の中身の正確な理解が必要である。 訳例: 契約条項/契約の履行期間(いずれの意味かは文脈による)
英語のTermは多義的な言葉なので日本語にすると複数の訳例が考えられるが、契約書に出てくるのは主に2つである。 1つ目の意味は、「条項」である。契約書には「Terms and Conditions」というフレーズがよく出てくるが、これは「(以下の)条項と条件(に基づいて)」という意味である。このときのTermsは契約書の諸条項を抽象的に指す単語である。 2つ目の意味は、「期間」である。契約の有効期間や契約上の義務の履行の期間などに使われる事が多い。継続的契約において、契約の始期と終期を定める条項は必須条項の一つであり、実務家にとって最重要な規定の一つである。 期間の定め方としては、「○年○月○日から○年○月○日」と明記するのが一番わかり易い。「○○という条件が成就してから○年」という書き方も多いが、条件の成就の有無・時期が争われるなどして、紛争の原因になり得る。不特定多数を相手にする定型約款のように作成時に具体的な日付を記載できない場合も多いであろうが、一般的には、「○年○月○日から○年」という書きぶりの方が紛争のリスクが低く、望ましい。 同様に、「両当事者の署名がなされた日から○年」という契約書も潜在的なリスクがある。例えば、遠隔者間の契約も有効であり、現代では、昔のように顔を突き合わせて契約をその場で署名することはむしろ少なくなってきている。その場合、各当事者が別々に署名欄にサインして、お互いに署名した原本を郵送したりするなどして、契約の締結が図られる。このとき、各当事者が違った日に署名した場合、契約書にその場合への手当がないと、「両当事者の署名がなされた日」(=契約の履行始期)が不明確になる。 さて、期間が、○年とか、○日などと、日数や年数で設定されている場合、どのように期間を計算するのか。契約のドラフトの際は、適用法令を踏まえて理解しておかなければならない。期間(特に履行期間)の計算方法まで契約書で定める例は多くないため、通常は適用法令に従って計算する必要がある。 期間の計算方法について、カリフォルニア州法(民法10条)は、「The time in which any act provided by law is to be done is computed by excluding the first day and including the last, unless the last day is a holiday, and then it is also excluded.」と定めている。つまり、(1)初日は不算入、(2)最終日は算入、(3)最終日が祝休日であれば祝休日は不算入とされている。なお、ここに言う祝休日(holiday)は日曜日及びカリフォルニア州法が指定する日(いわゆる祝日)であり(Cal Civ Code § 7)、土曜日は含まれない(Gans v. Smull (2003) 111 Cal.App.4th 98.)。カリフォルニア州法を適用法令とした場合、契約上の期間は原則この基準によって計算される。 あまり注意を払わないことが多いかもしれないが、紛争等を想定すると、ここまで理解した上で、契約書の期間に関する条項を確認しなければならない。 訳例:有効期間延長条項
契約書を締結する際には、通常その契約自体の有効期限が設定されているが、その他にも、契約に定める期間が過ぎても、効力を延長したい条項がある場合がある。一回限りの動産売買などの単純な契約であれば、敢えて、特定の条項を延長する必要性が高くない場合が多いが、例えば、表明保証、免責、支払、適用法令、裁判管轄、または、秘密保持などに関する条項は、主たる契約内容が実現した後(もしくは失敗が確定した後)も、効力を延長する必要性が高い場合が多い。このことから、Survival Clauseによって、それらの有効期限を明記する必要性が出てくる。 一見するとこれらの条項の継続性は自明に思えるため、Survival Clauseというのは、契約書のドラフトでなんとなく入れる慣習的なものと誤解されがちである。しかし、実際には、以下に述べる通り、この条項の解釈を巡って紛争となる場合がある。適用法令をよく理解して各契約に則した記載としなければならない。筆者は、契約書をレビューする際、Survival Clauseを見るとドラフトをした人の力量がある程度把握できるとすら思っている。 例えば、Survival Clauseというのは、訴訟法上(または実体法上)の出訴期間(statute of limitation)(日本の時効と似ているが、同じではない。)と密接に関わっている。さて、カリフォルニア州上、書面契約上の債権の出訴期限は4年である(Cal. Code Civ. Proc. §337)。契約書上に「表明保証の期間は契約の履行が終わったときから1年」という条項があったとき、出訴期間との関係はどうなるであろうか。 このような条項が問題となったWestern Filter Corp. v. Argan, Inc事件では、一方当事者は、表明保証の違反について、1年の期間内に相手方当事者に通知はしたものの、裁判は提起していなかった。そこで、相手方は、Survival Clauseは出訴期間を短縮するものであり、1年の間に訴訟が提起されていない本件では、訴訟を提起できないとして争った。これに対して、裁判所は、契約書のSurvival Clauseが出訴期間に言及していないため、Survival Clauseの期間は出訴期間を示しておらず、表明保証違反の事実がは1年以内に発生すれば、請求は認められるとした(Western Filter Corp. v. Argan, Inc. (9th Cir. 2008) 540 F.3d 947.)。この裁判例から読み取れるように、Survival Clauseをドラフトするときには、出訴期間等の関連法令も検討することが望ましく、もし出訴期間の制限も意図するのであれば、Survival Clauseにその旨を明記しなければならない。 訳例:本契約上複数形の意味で単数形を使用する場合がある(逆もまた然り)
日本語の場合、主体について代名詞(彼、彼ら)が登場することはあまりないが、英語の場合は、代名詞(he, she, it, they)を用いることを避けられない。そこで、代名詞を単数とするか複数とするのかという悩みが生じる。例えば、定型約款で顧客(customer)を受ける代名詞がhe(男性・単数)だったとすると、顧客が複数者(they)だった場合、厳密にいえば、約款の表現と現実との間が乖離してしまう。単複いずれの場合も規定すれば乖離はなくなるが、それでは文章が著しく複雑になる。そこで、便宜上、例えば、単数形と決め打ちをして契約書を作成し、単複は区別しない(この契約書では複数形の意味で単数形を使用することがある)旨の断りを入れるという手法が取られることが多い。この断りが、今回扱っている条項である。 類似する問題として、単複に加えて、性別によって代名詞が異なる(she, he)という問題がある。これに対しては、単複の問題と同様に、sheかheに決め打ちをして契約書を作成し、性別を区別しないという旨の断りを入れるという対応が可能である。また、今般、そもそも性別によって代名詞を書き分けることを嫌い、単数であっても「they」で受ける文章も増えてきている。この場合は「この契約書では単数形の意味で複数形を使用することがある」旨の断りを入れておけば良い。頭書の「and Vice Versa」の部分がこれに相当する。 もっとも、実務的には、この条項自体はあってもなくても法的効果は変わりなく、あくまでも契約の本質に影響しない注意書き程度の役目しか負わない。「he」と書かれた約款が女性客(she)に対する約款の適用を否定する趣旨でないことは明らかだろう。契約書のドラフトやレビューにおいて重要なのは、この条項の書きぶりそのものよりも、他の条項に記載されている債務者の数など、単数形と複数形の意図的使い分けの有無(及び正確性)を確認することである。 そして、この単数形と複数形の意図的使い分けの有無(及び正確性)の確認においては、前提として、適用される法律の知識が不可欠である。例えば、カリフォルニア州民法1660条は、約束者が一人(例えば「I promise …」と契約書に記載)であっても、複数の人間が契約の一方当事者として署名する場合、各署名者は履行について連帯責任を負うと推定されるとしている。仮に、このような連帯責任を生じさせる条項を知らず、「契約書上の単複を検討しなくても、契約書に同義だと書いてあるから安心」などと勘違いしていると、本当の契約書上の問題点を見逃しかねない。このような事態を避けるためには、カリフォルニア州民法第3章(契約の解釈 1635条から1663条)、または他州の類似の法令に記載されている契約解釈のルールを熟読して理解し、当事者の単複で法的効果に違いが出る場合等を予め把握しておく必要があろう。 訳例:契約の一部無効
Severabilityの項目について、「分離」などと訳す訳文をよく見かける。しかし、この条項の内容の本意は、「違法などの理由により、契約の一部が無効または履行ができないとされた場合でも、残余の契約内容は依然として有効である」というものである。契約の一部無効の場合のシナリオを言っているのであり、「(有効部分の)分離」という直訳的表現より、「契約の一部無効(の場合についての対応)」という意訳の方が、条項の内容を表す日本語として自然であろう。 例えば、カリフォルニア州民法1670.5条は、 不当契約(Unconscionable contract)について、裁判所がある条項が不当と判断したときは、裁判所は、契約(全体)の執行を拒否するか、不当条項を除いた契約を執行するか、不当条項の適用を制限できる、としている。このように、ある条項(契約の一部)が無効となる場合、その他の条項も含めて契約全体が無効となると主張される可能性がある。そのような場合に備えて創造されたのが、本条項(Severability)である。 仮に契約の一部が無効となったとして、最初に触れたように、「残余は有効である」としておけば契約全体の有効性を確保するのには十分に思われる。(さらに言えば、カリフォルニア州法1558条―1559条は、「契約の唯一の目的そのものが違法な場合は全体が無効だが、契約に合法な目的もある場合は残余は有効」という解釈基準を置いている。)しかし、実際の訴訟を想定すると、これだけでは実は足りない。契約の一部が無効になった場合に、その無効部分について、どのように解釈するかがを決まっていないからである。すなわち、無効部分に関しては一般法(契約書で定める適用法令など)の一般条項に頼るのか、それとも、お互いがもともと意図した内容を成就するための交渉をして、再度有効な条文をつくるのか(その交渉が決裂した場合には、どうするのか)などのシナリオを想定し、それに合わせた内容にしておくことが望ましい。 訳例:契約当事者の法的関係
契約当事者は、三者以上いる場合もあるので、「Parties」を機械的に「両当事者」と訳すのは賢明ではない。また、「Relationship」については、あくまでも法的な関係を明らかにするのが契約書であるので、単に「関係」とだけ訳すよりも「法的関係」と訳すほうが望ましい。 さて、なぜこのような条項があるのかというと、大きく分けて、法的関係が明確でないと(1)裁判において予定外の特別法の適用があり得るから、(2)課税当局による予定外の課税があり得るからである。 (1)について、よく問題となるのが労働法である。日本でも同様だが、アメリカでも、いわゆる労働紛争において、当事者の関係が、独立した請負関係であるのか、雇用関係であるのかという点が争われることが多い。一般に、労働法の適用がある雇用関係の方が雇われる側が守られている。そのため、紛争になると、雇われる側は「雇用」だと言い、雇った側は「請負」だと主張する。そのような疑義を防ぐため、企業間契約では、予め「雇用ではない」ことを明記しておくことが望ましい。ただし、カリフォルニア州では、いわゆるギグ・エコノミー(例:Uber、Lyft等の配車サービス)の発展に伴い企業が請負契約を濫用としているのではないかと懸念が高まっていることを背景に、雇用契約をより広く認める今般の裁判所の判断基準(テスト)を法定し、個人に対する請負契約を制限する方向の法案(Assem. Bill 5, 2019–20 Reg. Sess.)が先日州議会を通過したことに注意が必要である。 同様に、相手方に、自社の業務の一部を担わせたり、ブランド名を使用させる場合、業務内容によっては、表見代理、無権代理などの問題も生じるリスクがある。本条項は、代理権の授与は一切ないことを明確にする趣旨でも設けられる。 このように、アメリカでは、将来疑義が生じないように、当事者間の関係や代理権の有無について、予め明確に契約書に盛り込んでおくことが一般的になっているのである。 (2)については、課税当局(特にアメリカ内国歳入庁)の立場から見て、契約当事者にどのような関係があるかが、課税の際に重要となる場合がある。その場合、契約書の当事者の法的関係の規定が参考にされることがある。契約書の文面を弄れば実態に反して課税を逃れられるというものではないが、不用意な文言を用いた場合に課税当局に課税の口実とされる恐れはある。したがって、確認的な規定であるとはいえ、文面を練って盛り込まなければならない。なお、どのような文言が適切かは、各国(州)の課税当局ごとに判断が別れる可能性がある。課税当局は契約当事者ではないので、準拠法条項や裁判管轄条項に縛られることもない。事前に適用法令を把握をしておく必要があるとともに、大規模案件であれば関係各国の税務専門家の助言を得ることが望ましい。 訳例:プレス・リリース
合併・提携などビジネスの相乗効果を狙う契約は、企業にとって対外的にアピールの好機であり、プレス・リリースが欠かせない。他方、企業の広報には、内容、時期、方法等について、経営上または法律上、様々な縛りがあることも事実である。特に、上場企業であれば、情報が株価に直結するため、プレス・リリースの取り扱いには一層注意が必要である。 プレス・リリースをどう取り扱いについて契約書に定めておくのが、本条項である。契約書で当事者が予め合意した方が望ましいのは、(1)どのような内容のものを広報するか、(2)どのような手続きで広報の内容・方法について決定していくかといった点である。契約法の観点から注意すべき点は多くない。 他方、コンプライアンスの観点から注意が必要なことは多い。予定されているプレス・リリースが何らかの守秘義務契約や機密保持条項に反していないか、プレス・リリースによって法的に不利益を被る第三者が存在しないか、監督官庁等への届出・許可等は必要か、などの点を確認する必要がある。企業の規模・業種・上場の有無等によって相当異なってくるだろうが、これらの注意点を事前に把握し、それを踏まえて契約書上のプレス・リリース条項を作成する必要がある。 訳例:通知
通知の法的意味は、意思表示を相手に行うことである。契約書で注意深く確認する必要があるのは、通知方法がどのように設定されているかである。 契約に関して通知が必要となるのは、主に、契約上の権利行使や義務の履行のときである。通常の契約書においては、契約更新、契約解除、所在地変更、解除予告、権利譲渡などについて通知が、必要とされている。 いろいろな通知方法の定め方があるが、例えば、カリフォルニア州商法(California Commercial Code)第1202条は、通知に関する詳細な規定の一つである(例として、カリフォルニア州商法上の「事実の了知(notice of fact)」は、「現実に知る」、「通知を受け取る」又は「当時に認識された状況からして、かかる事実が存在することを知るべき理由があった」のいずれかの場合に満たされるとされている)。商法が適用される取引は限定されているが、対象の契約に商法が適用されるか否かを含め、内容を包括的に理解した上で、具体的な通知方法を記載する必要がある。つまり、同条を踏まえた上で、「通知」といえるような通知方法を契約書に記載しなければならない。この観点からは、例えば、電子メールによる通知も一般的になっているが、単に「メールによる通知をすることができる」というだけでは足りないことに注意が必要である。どのメールアドレスに送るか、どの時点で通知があったとみなされるかなど、具体的に定めるべき事項が多数ある。 訳例:競業避止
カリフォルニア州法は、雇用契約に競業避止義務を盛り込むことを原則として禁止している(California Business and Professions Code § 16600)。カリフォルニには自由な競争を奨励する風土があるからだ。他州では、雇用者が従業員に合理的な競業避止義務を課すこと許容しているところもあるが、その場合でも(1)競業禁止の地理的範囲、(2)競業禁止の期間等の総合考慮により、合理的なものである判断される必要がある。したがって、米国法が適用される契約に競業避止義務の規定を設けたとしても、場合によっては無効となるため、注意が必要である。なお、カリフォルニア州では、(1)と(2)をかなり絞り込んだ最小限の競業避止義務の規定であっても無効と判断されている(Edwards v. Arthur Andersen LLP, 44 Cal.4th 937 (2008))。 ただし、カリフォルニア州法においても、あらゆる競業避止規定が無効というわけではなく、例外もある。雇用契約において、競業避止規定は広く無効とされるが、ビジネスの売買契約において、売主を合理的な競業避止規定で縛ることは有効である。その場合、紛争解決の場では、競業避止規定の有効性判断のためにビジネスの売買価格が市場価格であるか否か、売買価格には対価として「のれん代」が含まれているか否かなど、細かい事実関係が吟味されることになる。 それから、雇用契約において、単に日本や他州の法律が適用法令であると契約書に記載したり、裁判管轄を日本や他州に設定するだけでは、カリフォルニア州の競業避止義務の禁止規定の適用を免れない(California Labor Code § 925参照)。従業員が多くの労働時間をカリフォルニア州内で費やしたり、州内に居住している場合には、カリフォルニア州法が適用され、同従業員に競業避止義務を課すことは違法となりうることに注意したい。 訳例:契約上の権利放棄の不存在(権利の不放棄)
いろいろなパターンが存在する条項であるが、よくあるのは、契約上の権利放棄は契約当事者が書面で明示しなければ有効とならない(即ち、黙示の権利放棄を認めない)ことを定めている条項だ。 このような権利放棄に関する条項がアメリカでは一般的である理由は、裁判実務を知れば理解できる。一方当事者(原告)が、契約に基づく債務不履行を理由に提訴した場合、それに対する防御として、反対当事者(被告)が、原告はすでに権利を放棄していると主張することが少なくない。実務を反映して、陪審員に対する説示のモデルにも権利放棄による防御についての項目がある(Judicial Council of California Civil Jury Instructions (2019 edition); 336. Affirmative Defense—Waiver)。紛争になった場合に備えて、権利放棄を防御として主張できないように、予め封じ込めようとするのが、この「No Waiver, Anti-Waiver」条項の趣旨である。契約書の作成者としては、契約書の規定からの逸脱を法的に根拠付けてしまう権利放棄をできるだけ認められないようにしたいと思うのが当然の心理である。そこで、「契約当事者全員の署名でのみ放棄が可能である」といった規定によって、権利放棄のハードルを上げるのである。 例えば、単純な売買契約で、「権利放棄の不存在」条項がなかったとしよう。買主は代金を支払ったが、売主は理由をつけて履行日までに物を提供しない。売主は、買主に遅滞する旨を伝え、それが留守番電話に録音されていた。買主は電話を折り返さずに放置した。その後、遅滞が原因となり損害が生じたとして、買主が売主の債務不履行を理由に損害賠償を求めて提訴すると、売主は、「(電話を折り返さないことにより)買主は履行日までの提供という利益(権利)を放棄した」と防御してくる恐れがある。契約書において書面によらない権利放棄が封じられている場合、売主はこのような主張が困難になる。 上記のように、権利放棄は、裁判実務で頻繁に使われる防御方法なので、判例でも「権利放棄とは何か」という論点が出てくる。カリフォルニア州法上、権利放棄は、相手方に履行義務があることを知りつつ、相手方に対する権利を意図的に自ら手放す行為とされている(Roesch v. De Mota (1944) 24 Cal.2d 563)。権利放棄は、一方的な意思表示であり、対価・約因(consideration)は不要である(Knarston v. Manhattan Life Ins. Co. (1903) 140 Cal. 57)。訴訟では、これらの要件の有無について細かな主張立証が行われるため、予め契約で権利放棄を制限しておかないと、かなりの労力が必要になる。 なお、事実関係は複雑だが、興味深いことに裁判例の中には「権利放棄の不存在」条項自体を放棄できるとしたものがある(Gould v. Corinthian Colleges, Inc. (2011) 192 Cal.App.4th 1176)。 訳例:第三者受益者の不存在
日本の民法と同様に、アメリカ法においても、原則として契約は当該契約の当事者間でのみ有効である。しかし、契約には、当事者以外の第三者に利益を生じさせることを目的とするものがあり、そのような契約の有効性は広く認められている(カリフォルニア州民法1559条参照)。このことは、日本もアメリカも変わりはなく、日本法に親しんでいれば、さほど違いを意識しない条項ではないだろうか。なお、第三者受益者として、明示される者を「Intended Beneficiary」(意図された受益者)と呼ぶ。 契約に第三者受益者が明記されていなければ、そもそも第三者受益者は予定されていないのが通常である。しかし、アメリカの契約書ではその不存在を明記することがある。一般的に第三者受益者が存在しない契約であることを確認的に明示しているだけなので注意規定といえる。当事者が第三者受益者の不存在を黙示に合意しているだけでは、第三者が「私が受益者である」として、債務不履行を一方または両方の当事者に対して訴訟を提起することが理論上ありえるから、この可能性を予め封じておくために、明示の条項を挿入しておくという利益が両方の当事者に存在するのである。契約の当事者双方に利益となる条項なので、争いは生じにくい。 契約当事者以外の第三者との法的関係については、法が特別な規定を設けている場合があることにも留意が必要である。例えば、カリフォルニア州民法2782条は、建築の下請業者、元請業者、及び発注者との間に、特別な法的関係を認めている。契約の種類によっては、このような法律上の規定を前提に条項の文言を検討しなければならない。 訳例:譲渡の禁止(契約上の地位の移転も含む場合もある)
何を譲渡の対象とするのか、契約をドラフトする際、レビューする際には、まず確認しなければならない。契約の対象となっている「物」なのか、知的財産権や賃借権のような「権利」なのか、契約上の「義務」なのか、または契約上の「地位」なのか、どのような内容が対象とされているのかを把握してはじめて、Assignment(譲渡または移転)条項の立て付けが決まる。 一般論として、契約書に禁止条項がなければ、相手方の承諾なくして、契約上の権利のAssignmentを行うことができる(Davis v. Basalt Rock Co. (1951)107 Cal.App.2d 436. 参照)。一方で、契約上の義務のAssignment(又はDelegation)は、権利者の承諾が必要(カリフォルニア州民法第1457条、1458条)であり、承諾がない場合はAssignmentを行った譲渡人は、譲受人とともに、引き続き契約上の責任を負う(Britschgi v. McCall (1953) 41 Cal. 2d 138参照)。したがって、譲渡人を契約義務から解放するためには、契約譲渡について債権者に通知し(通知の手段等は契約書に記載されていることが多い)、承諾を得る必要がある。 なお、Assignmentの禁止条項がある場合においても、相手方の承諾(即ち、禁止条項を事後的に放棄する意思表示)があれば、権利の譲渡が許される場合がある(Trubowitch v. Riverbank Canning Co. (1947) 30 Cal. 2d 335参照)。 譲渡禁止条項の解析の具体的なプロセスは以下のとおりである。第一に、何がAssignmentの対象となっているのかを確認する。第二に、自然人が当事者の場合には死亡等の理由、法人が当事者の場合には合併、消滅等の場合の処理について、どのように規定されているのかを確認する(別の条項で規定されている場合も多い)。第三に、Assignmentの承諾についてどのような記載がなされているかを確認する。Assignmentの承諾については、承諾者の一方的な裁量(sole discretion)と規定されている場合もあれば、承諾者の判断が合理的であることが必要とされ、不合理な拒否はできない、などと規定されている場合もある。契約交渉時は、ここも重要な交渉ポイントである。 カリフォルニア州では近時、保険契約に関する判例において、譲渡禁止特約が否定された事例があった(Fluor Corp. v. Superior Court (2015), 61 Cal. 4th 1175)。同事件において、カリフォルニア州最高裁は、保険金が具体的に支払い可能となった場合には、譲渡禁止特約にかかわらず、債権を譲渡できるとした。このように特約の効果が否定される事例もあるので、ドラフト、レビューの際は例外の適用可能性に注意したい。 訳例:賠償責任の制限
Liabilityという単語は「責任」という意味であるが、「Limitation of Liability」においては、過失等があった場合に生じる「賠償責任」、場合によってはより広範囲にあらゆる法的措置(Remedies)が念頭におかれていることがある。したがって(もちろん、契約書の条項の具体的な内容にもよるが)、単に「責任」とするのではなく「賠償責任」又は「賠償責任及び法的措置」と訳したほうが良い場合がある。 賠償責任及び法的措置を制限する条項を確認する場合、「Release」すなわち「免責」という言葉が含まれているのが通常なので、まずその文言をチェックする。他にも、「Discharge」や「Waive」といった単語が使われるかもしれない。これらはキーワードであり、重要な内容が含まれている部分なので、丁寧に前後を確認しなければならない。 なお、契約書上に明示的かつ分かりやすい言葉で、明確に免責条項の内容を記載していない事を理由に、かかる免責条項の効果を否定した判例があることに注意が必要である(Ferrell v. S. Nev. Off-Road Enthusiasts (1983), 147 Cal. App. 3d 309. 参照)。 契約で「どのような賠償責任でも制限ができる」と定めてしまうと、アメリカの各州の法律に反する場合がでてくる。カリフォルニア州において考えなくてはいけないポイントを一般化して以下、指針としたい(カリフォルニア州民法1668条等参照)。 1 債務不履行責任は制限できる。 2 公益もしくは法令に反しない限り、過失責任は制限できる。 3 重過失または故意の責任は制限できない。 4 州法が責任の制限を禁止(または限定)している場合、契約では州法の規定を超えて責任を制限することはできない。 5 公益に関する契約に関しては、責任の制限が許されない場合がある。 6 間接損害、拡大損害等については、法律上、一方の当事者に過度に不利益が生じる(Unconscionable)条項であると認められない限り、責任の制限は許される。 7 6にいう拡大損害は、責任を制限する特約が無くとも、契約時に予見可能性がある損害に限定される。 以上のような、賠償責任の制限についての法律を踏まえて、賠償責任の制限条項を検討する必要がある。 訳例:裁判管轄
Jurisdictionは契約書締結時に議論の対象となることが多い条項の1つである。まず、アメリカにおいて「Jurisdiction」という用語は、多義的であるが概ね「法によって司法制度が造られ、裁判所が設置され、そして、その裁判所が具体的な事件に対して権限を行使できること」を意味している。日本の「事物管轄」と「対人管轄」をあわせたような概念であるが、契約書で問題となるのは基本的にpersonal jurisdiction≒対人管轄である。それと関連し、しばしば混同される法律用語として「Venue」がある。「Venue」は「各裁判所の土地管轄がどこまで及ぶか」という地理的な話である。Venueについては、当事者の申し立てで変更が可能な場合もある。日本でも類似の制度として「合意管轄」や「同意による移送」がある。 アメリカ合衆国の中に各州があるため、どの州の裁判所とするかは土地管轄の問題であると誤解するかもしれない。しかし、どの州の裁判所に裁判を行う権限があるかは「Jurisdiction」の問題である。その州の中のどの裁判所で裁判をするかが「Venue」の問題である。 例えば、ある事件をカリフォルニア州の裁判所(カリフォルニア州政府の設置する裁判所)とネバダ州の裁判所(ネバダ州政府の設置する裁判所)のいずれかが管轄するかがJurisdictionの問題である。そして、カリフォルニア州が設置する裁判所がJurisdictionを持つ事件について、サンフランシスコの裁判所(即ちカリフォルニア州政府が設置するサンフランシスコに所在する裁判所)とロサンゼルスの裁判所(即ちカリフォルニア州政府が設置するロサンゼルスに所在する裁判所)のいずれに係属させるのか、というのがVenueの問題である。 なお、アメリカでは州の裁判所と連邦の裁判所との間も異なるJurisdictionとされているので、両者を混同しないよう注意する必要がある。 さて、Jurisdictionの条項を契約書に入れるときには、気をつけて吟味しないと、紛争になったときにその条項の内容を争われる可能性がある。規定の内容は様々だが、裁判管轄の場所及び対象となる紛争の設定を厳格に行わないと、契約書に記載された裁判所だけではなく、選択的に他の裁判所でも裁判ができると判断される可能性がある。 まずは、場所の設定だが、「Exclusive」という単語がキーワードになろう。排他的な裁判管轄の設定を意味する言葉であり、この単語をいれておくことで限定的な設定ができる。そして、カリフォルニア州のように広い州の場合には、単にカリフォルニア州(State of California)の裁判所とだけ指定するのではなく、Venueとして州より下位の区分である郡(county)も指定しておいた方が、実務的には便利である(ただし、当事者がvenueを決定することはできないとする裁判例もある点に注意。Alexander v. Superior Court (2003) 114 Cal.App.4th 723 .参照)。もちろん、複数の選択的な指定も可能であるが、その場合には、さらに慎重に文言を吟味する必要がある。実際に裁判管轄の場所の設定が専属的なのか選択的なのかで紛争が生じ、訴訟になっている例がいくつもある。 次に、裁判管轄の対象となる紛争を明記しておく必要がある。通常は「契約書に記載されている契約関係から生じる一切の紛争」といった書き方をするが、英語では「Arising out of」などという単語を使う必要がある。また、単に契約当事者から発生した紛争、という規定ではなく、当該契約から直接的・間接的に生じるすべての紛争をカバーするといった規定の方がより疑義が無く、望ましい。もちろん契約書の性質や、当事者がどの程度絡み合っているのかにもよるが、どの紛争を対象にして裁判管轄を設定するのか、吟味しなくてはならない。 なお、準拠法等との関係にも注意する必要があることは、本契約解説の「Governing Laws/Applicable Laws」でも述べた通りである。また、準拠法と同じく、理由なく自国での裁判に拘るのではなく、どの裁判所による裁判が最も本件契約から生じる紛争解決に適するかという観点からJurisdictionとVenueを選択する必要がある。 訳例:言語
書面による契約の内容について、基本的には、相手方に対して積極的に説明する義務は当事者にない(Brookwood v. Bank of America (1996) 45 Cal.App.4th 1667, 1674参照)。そして署名後「契約の内容がわからなかった、読んでいなかった」という抗弁は成り立たない (Randas v. YMCA of Metropolitan Los Angeles (1993) 17 Cal.App.4th 158, 163参照)。 したがって、契約の内容は予め理解しておかなければならない。そして理解すべき人は、原則的に署名をした人ということになる。言語によっては当事者の理解がおろそかになる場合もあろうが、契約書に署名をすれば、後日言語が違ったことは抗弁にできない。 現実問題として国際社会では英語がスタンダード化しているので、日米の企業が日本語で契約交渉を進める例は少なく、英語による場合が多い。活発な国際取引を背景に、契約で使用する言語についても、契約書で定める場合が多い。多くの場合、契約書の元文書は英語によって書かれて、他言語で書かれた契約書については、参照するのみで実質的な効力を持たない、という条項がある。両当事者が署名をして契約は成立するのであるから、通常は、英語の契約書と日本語の契約書が存在すれば、どちらか一方に署名をするはずであり、言語についての前記条項はいわば注意規定的な役割を負っている。より重要なのは、契約書以外に他の文書をもって契約を解釈することを禁止する条項および適用法令の条項である。 なお、American Community Survey(日本の国勢調査に相当)によると、カリフォルニア州では、英語を上手に話すことができない者が家庭で使用する言語のトップ5は、スペイン語、中国語、タガログ語、ベトナム語及び韓国語である。そこで、これらの言語で主に交渉される取引や事業を行う者は、一定の契約書については、相手方に対し、契約書を当該言語に翻訳したものを交付しなければならないこととされている(カルフォルニア民法1632)。 訳例:知的財産権
知的財産権のうち、特許は連邦政府が管轄しているが、著作権、商標など、連邦の登録が用意されているものでも、実際は州法上も権利が生じる場合がある。したがって、アメリカ関連の契約書のドラフトにおいては、連邦のみならず州の法律にも気を払わなければならない。 従業員が作成した著作物の著作権については、Work-for-Hireである場合には雇用主が原著作者となり、雇用主に権利が原始的に(最初から)帰属するが、そうでない場合は、作成者である従業員が原著作者になり、雇用主は従業員に帰属する著作権を後から譲り受ける(またはライセンスを受ける)必要が生じる。したがって、会社のために契約書をドラフトする立場にいるのであれば、知的財産権の条項は欠かせないし、著作権については、可能な限り、Work-for-Hireであること(及びその範囲)を明確に示す文言を含むようにすべきであろう。このことは、雇用契約書だけではなく、あらゆる契約書についてもいえることである。 なお、カリフォルニア州法上、従業員が雇用主に対して、発明に係る権利を譲渡する旨の規定は、その従業員が、雇用主の備品・物資・施設・企業秘密情報を使用せずに完全に自分の時間で開発した発明については、原則として適用されない点に留意が必要である。(カリフォルニア州労働法2870(a)) 訳例:補償(場合によっては求償)
条文のタイトルには、「Indemnification」と書いてあるものが多いが、実際の条文では、例えば「ABC shall hold XYZ harmless for … and indemnify XYZ for …」などと記述されることが多い条項である。まず、ここから考えよう。ほとんどの訳文は、「hold harmless and indemnify」を単純に「補償」などと訳す。しかし、本来「hold harmless」については、「(ABC社からの請求に対し)XYZ社は責任を負わない」という「盾」の意味合いがある。対して、「Indemnity」は、「XYZ社は、(ABC社に対して)賠償・補償を請求できる」という「剣」の意味合いがある(Queen Villas Homeowners Assn. v. TCB Property Management, 149 Cal. App. 4th 1)。現在では契約書面が発達しているので、両方のコンセプトが融合して規定されているのは間違いない。しかし、契約書に携わる者であれば、飛ばし読みしないで丁寧に内容を理解しておくことが必要である。 カリフォルニア州法における「Indemnification」という言葉を正確に理解するには判例に当たらなければならない。カリフォルニア州最高裁判所の判例(Prince v. Pacific Gas & Electric Co. (2009), 45 Cal. 4th 1151)は、「Indemnification」には、2つの類型があると判示している。1つ目は、契約上に明示されているもの、2つ目は契約から発生する黙示(Implied)のもの(事実関係に基づいて衡平の観点から生じるもの)である。他に法定されているものがあるので、合計3つの類型があることになる。 2つ目の黙示の「Indemnification」は、契約書に「ここで明示されているIndemnification以外は認めない」といった文言があれば、原則として生じない。しかし、それでも、衡平の観点から例外的に補償責任が発生するリスクを完全には拭うことはできないので、契約締結時には判例等をあたって、リスクを想定しておくのが望ましい。 3つ目の類型に関しては、契約に適用される法の精査が必要となる。特に建築関係などには、Indemnificationに関する特則(Cal Civil Code § 2782.05)が用意されている。契約書締結前に適用条文を確認して、リスクを想定するべきである。 1つ目の明示のIndemnificationが、契約書に明記する内容になる。上記の2つ目、3つ目の内容を踏まえたうえで、契約内容を確認しなければならない。まず考えなくてはいけないのは、第三者だけでなく、当事者が出てくる可能性があるということである。パターンとして(1)第三者の請求によって一方の当事者に生じた損失を求償していく(補償する)場合と(2)当事者同士の補償・賠償の場合とが考えられる。規定の仕方によっては、日本の民法でいう求償と免責の両方がIndemnificationに含まれる場合がある。したがって、Indemnificationが実質的にどのような責任を生じさせるのか、契約の文言を確認しておく必要がある。日本の求償の条文にあるように、責任の割合に応じて按分して責任を負うといった場合も考えられる。Indemnification条項については、下記述べる制限はあるが、基本的には自由に決めることができる。 カリフォルニア州において、Indemnification条項には、(例外はあるが)過去の違法な行為も対象にできる(Cal Civ Code § 2774)。他方で、将来の違法な行為は、違法と分かっている場合、対象にはできない(Cal Civ Code § 2773)。日本法では、違法な行為に対する償いは「賠償」といい、適法な行為によって生じる損失の「補償」と区別されているが、Indemnification条項は、「補償」と「賠償」(の一部)の双方を対象に取り込める。したがって、「Indemnification」を単に「補償条項」と訳すのは、物足りない感がある。まとめると、Indemnification条項は「生じた損害の填補、補償、賠償」を含むので、厳密さを求めるなら、このように訳すのが実務上の意味に最も近いのではないかと思われる。 なお、カリフォルニア州法に基づいてIndemnification条項を精査する場合、カリフォルニア州民法第2778条(Cal Civ Code § 2778)に注意を払わなければならない。この条文には、契約上Indemnification条項で不明な点がある場合の解釈基準が規定されている。興味深いのは、賠償責任(Liability)と(第三者からの)請求(Claims)の両方に言及していることである。ここでは、Indemnificationに関わる費用等の分配、第三者から請求された訴訟の防御をあえてしなかった場合の責任の所在(求償ができるか否か)、第三者の損害についての判決が出た場合にIndemnificationが争えないと規定された場合の処理などが書かれている。 訳例:準拠法・適用法令
契約書の中に準拠法(適用法令)を定めることで、その契約を補充する一般法となったり、契約解釈の指針となったりする。そのため、準拠法にどの法律を選ぶのかはとても重要である。準拠法を日本法にするか、アメリカのカリフォルニア州法にするのか、インコタームズ(Incoterms)にするのか、様々な選択肢がある。通常の国際取引では、契約書の中に準拠法を記載するため、当事者は契約作成に、選択肢の中から準拠法を選ぶことになる。加えて、契約で明確に適用を排除しなければ適用される法令や排除できない強行規定にも注意しなければならない。 準拠法を選択する際に、日本の企業で「日本法じゃなければ嫌だ」という態度を崩さないところもあるし、アメリカの企業でも同様の態度をとるところも少なくない。確かに馴染みのある自国の法律を準拠法とした方が安心感はあるだろう。しかし、日米にまたがった契約を締結する際には、どの準拠法が紛争解決に適切かを考える視点も重要である。債務不履行の成立要件や責任の範囲等は準拠法によって異なってくる可能性がある。どの準拠法によることが紛争解決に適するかを判断するには、訴訟実務に精通していることが望ましく、契約書作成に携わる担当者、担当弁護士には、少なくともその素養が求められ、可能であれば各関連国の準拠法及び訴訟実務に精通する弁護士からそれぞれ意見を得ることが理想的である。 次に、準拠法を選ぶ場合、「契約全体に一つの国(または地域)の法が適用されなければならない」という決めつけは不要である。契約条項から派生する紛争類型の性質を踏まえ、その条項に適した適用法令を考えることができる。 もうひとつ付言すれば、準拠法の条項は、しばしば裁判管轄条項や仲裁条項と並んで(あるいは混ぜて)記載される。両者の関係にも注意したい。準拠法と裁判管轄や仲裁の場所が一致しない場合(例:日本法に基づきカリフォルニアで裁判)は、敢えてそのような複雑な規定にすることが、本当に紛争解決に資するのかは検討が必要である。特に、裁判以外の代替的紛争解決手続き(Alternative Dispute Resolution)の条項を設ける場合、どのような代替的紛争解決手続きを用いるかに関しては、その紛争解決手段の内容や適用規則をよく理解し、紛争解決に最適な手段を選ぶ必要がある。 訳例:見出しは参考に過ぎない(実質的な契約内容ではない)
日本でも、法典には「第●条 ●●●」と条文にタイトルがつけられていことがあるが、米国でも同様である。米国の契約書式には、第何条といった条文番号のあとに、当該条文の内容を示す見出し(まとめ)が書かれることが多い。HeadingまたはTitleと呼ばれ、たとえば、「権利の譲渡」とか「当事者」といった書き方になる。 裁判では、契約書の条項があいまい又は誤解を招く場合、契約当事者の意図を解釈するために見出しが使用されることがある。もっとも、見出しの記述が問題となることは、現実的にはあまりない。したがって、見出しは参考に過ぎない(実質的な契約内容ではない)、とする条文は注意規定の意味合いが強い。 実質的な契約内容になるのか否かを明らかにしておくという観点からは、当事者や目的物を表現する場合の単数形・複数形の使い分け(日本でも、「子」と「子ら」のように単数形と複数形を使い分ける場合がある)、および、主語の使い分け(男性(he)、女性(she)、性別がない場合(it)、性別が「男・女」での表現が妥当でない人物の場合(they)など)を当該契約においてするのかしないのか(つまり、これらの表現の違いが契約内容として意味があるのか否か)を確認し、必要に応じて契約書でも言及しておくと良い。 見出しの記述がなくても契約書の効力には影響ないが、実務的にはあったほうが効率が良い。法廷や調停、仲裁などで契約書の内容を短時間で確認しなければいけないとき、コツはあるのだが、重要な条文をまずざっと確認するための指針になる。もちろん、全体を見る必要はあるが、まずは、重要事項を確認し、交渉を継続するか、合意するか、などを決断するための補助となる。また、実務で契約書に多く携わる人にとっては、条文の見出しの記述を箇条書きにしてストックしておくと、新たに契約書の確認をする際の指針にもなる。 訳例:手数料及び費用
FeeもExpenseも、一般用語でよく使われる単語であり、幅広く生活に浸透している単語である。入場料などというのも、Feeを使うし、家計のことを話すときにもExpenseはよく出てくる。辞書にもかなりの翻訳の仕方が書いてあり、契約書の翻訳文を見ると様々な訳し方を目にする。 米国の契約書では、Attorneys Fees(弁護士報酬)がよく出てくるが、契約書によっては他のFeeもあり得る。専門家証人、会計士、税理専門家、建築家などの人たちが提供する無形のサービスに対する対価もFeeである。勝訴した場合に相手方から回収できるCostsをリストアップしているリフォルニア民事訴訟法1033.5をみると、出願手数料、申立手数料、陪審手数料など多くのものが「Fee」と表現されている。一方、「Expense」の用語は、デポジション(証言録取)への参加費用やトライアル(裁判)の準備のための調査費用に使われている。 このように、「Fee」と「Expense」の区別は必ずしもはっきりとしないが、2つまとめて「手数料及び費用」と訳しておけばよいだろう。契約を締結する際は、どのような「手数料及び費用」をどちらが負担するのかにつき、きちんと確認しておく必要がある。 訳例:不可抗力
不可抗力については、日本で理解される不可抗力とほぼ同様の理解で足りる。 外部からの事変であっていっさいの方法を尽くしても損害の発生を防止しえないようなものをいう。たとえば、一定の物を送付すべき債務を負う場合に、大地震で交通機関が断たれて送付できなかったような場合である。(日本大百科全書 ニッポニカより引用) Force Majeureというのはフランス語である。アメリカではラテン語は知識層が勉強するという一般的なイメージがあり、(それが格好良いのか)ラテン語をそのまま法律用語として使っている場合が多いが(筆者は、やはり英語で平易に記述するほうが現代には合っていると考える)、フランス語も使うのである。この意味は、Superior Force、すなわち「上位の力」となる。 Force Majeure条項に関しては、その概念は抽象的には理解が容易だが、契約書にどのように記載するのかよく考えなければならない。Force Majeureと関連するImpossibility (履行不能)やImpracticability(履行困難)による履行不能の場合も同様であるが、どのような事態がありうるかを具体的に考え、そのうちのどこまでを履行不能や不可抗力として扱うのかを検討し、契約書に落とし込む必要がある。 また、債務の履行の全部ではなく一部に影響がある事態も考えられる。この場合、全部の履行が不能となる場合だけではなく、一部の履行が不能となる場合(契約上規定されている目的物、支払額の不足など)にも、対応できるような条文の設定をしたいところである。 Force Majeure条項は、単に定型文をそのままコピペするのではなく、契約内容に合致した内容を反映させる必要がある条項である。 訳例:完全合意
Entire Agreementを完全合意と訳することがあるが、違和感を感じる。ここで考えてみたい。Entire Agreementの条項を、Integration Clause とか、Merger Clauseとも呼ぶが実質的に同一の概念を指す。 そもそも、Entire Agreementという概念が契約書に明記されるようになったのは、一連の判例の生成による。簡単に説明すると、契約書の内容が争われるとしよう。その内容を吟味するにあたって、交渉の経緯、当事者の発言、以前の契約内容、証言、など訴訟において、様々な証拠が用いられることがあった。その結果、当事者に予期しない結果が判決に顕出することもあった。そこで、」契約書に当事者間の合意は契約書に記載されている内容がすべてである。」という条項を入れることにより、証拠調べを短縮し、さらに結果の安定性にも寄与するということになったのである。契約の両当事者がEntire Agreementであるということに合意をすれば、私人間の契約の効力を否定する理由もない。一方で、当事者にとっても契約内容は契約書に書かれていることで全てであるとすれば、不意打ちてきな要素も少なくなる。さらに、裁判所にとっても、証拠調べが省けるのだから、リソースの節約にもなる。 このように、Entire Agreementの趣旨は紛争時に、契約書以外の証拠提出を許さないというものだから、実質的には当事者の権利義務に影響するのではなく、訴訟になったときの証拠提出の制限をするための訴訟法に関する条項である。裏を返せば、証拠調べについて熟知し、紛争に発展した際にどのような証拠開示手続等が想定できるのかを契約書全体を見て考察しなければならない。 このように主に証拠法の観点から規定される条項であるので、「完全合意」とは訳せるものの、本意は「契約書記載内容以外の証拠排除条項」とするのが理解としては正しい。 訳例:免責
法律用語としてのDisclaimerには、権利放棄という意味がある。たとえば、古典的にはDisclaimer Deedという使い方をする。これは、土地を所有する権利を化体する証書、すなわち権利証(Deed)の一種だが、夫婦間でどちらかが権利を放棄し単独所有する場合の権利証を指す。夫婦の一方が権利を放棄する、すなわちDisclaimする、という場合に使うのである。これが一つのDisclaimerという単語の使い方である。 一般的な契約書でDisclaimerという単語が出てくる場合には、上記の権利放棄とは趣を異にする。通常契約書にでてくるDisclaimerは、Warranty(保証)と対になってでてくるコンセプトである。Warrantyというのは、明示の保証(Express Warranty)と黙示の保証(Implied Warranty)に分けられ、前者は、契約上明記されている保証内容を指し、後者は主に判例等で、「通常期待される程度」の保証を言う。保証に関しての詳細は、Warrantyで述べる。 WarrantyをDisclaimするというのは、保証をしない=責任を負わないという意味での「免責」である。保証対象外、と訳した方がわかりやすいかもしれない。 実際に契約書を検討するときに、強行法規や判例などに照らして、どのようなDisclaimerが許されるのか考えなければならない。主に、不法行為に関する免責が許されるのかは、契約書に適用される法律を基礎として解析しなければならない。たとえば、売買契約においては、カリフォルニア州民法1792ないし1795.8条には、黙示の保証に関する免責制限が規定されている。主に消費者保護のための法律が多いが、かなりの分野で免責制限がなされていることに注意をしなければならない。明示の免責については、そもそも明示しなければ済む話だが、黙示の免責については、法律・規則等に照らしてリスクを想定しなければならない。 訴訟になった場合、免責は攻撃防御方法の防御(Affirmative Defense)として利用される。したがって、免責条項があったとしても、それだけで訴訟を提起されるリスクがゼロになるわけではない。 訳例:定義
契約上使用される重要な文言は定義されるのが米国では当たり前であり、定義条項の吟味がかなり重要性を持っている。日本のように全国で均一に適用される民法・商事法令が存在しないため、定義を契約書で確定しておかないと、いざというときの拠り所が曖昧になる危険性がある。もちろん準拠法(Choice of Law)を契約書で決めておいたり、場合によっては、カリフォルニア州民法の解釈による、といった規定の仕方も考えられるが、アメリカでは法律の改正も多々あるので、契約書によって適用される定義を少なくとも重要な文言に関しては決めておく方が良い。 そして、日本の立法でも最近トレンドになっているが、米国の法令ではまず定義条項を定める。たとえばカリフォルニア州の民法においても、全体に適用される定義条項、および、トピックごとに適用される定義条項などがある。 定義条項において、定義をするときには、定義の対象となる単語に引用符(クォーテーションマーク、“”)がついているので注意しやすい。契約書の解釈をするにあたって、引用符によって定義された単語は、原則として定義された意味において解釈されることになる。 引用符がついている単語については、通常定義条項においては、”○○” meansという言い回しで使われる。また、具体的な内容が記述されたあとに、(“○○”)と記述されることもある。気をつけなければならないのが、”○○“ includes などとある場合である。この場合、定義が○○に限られるのか、○○を含み他の可能性もあるのか、契約書の全体を確認しなければならない。Meansと続く場合には、比較的素直に読めばよいが、Includesと続く場合などには、限定的な表現なのか、例示的表現か、などロジックに気をつけて解釈する必要がある。 実務的なコツであるが、筆者が、急いで契約書をレビューするときは、定義条項はまず読まない。通常定義されるような重要な単語は決まっているので、定義条項を飛ばして読みながら、定義が必要そうな単語は、定義条項に立ち返って確認していくという方法が有効である。なんでも最初から読めば良いというものではない。 |
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