以前もお伝えしましたが、現政権のもと移民局は市民権申請において、申請の条件としての重要な項目に関し、嘘の情報を申告した人を見つけるよう調査をする手段を強化しています。例えば戦争犯罪者の経歴がある市民権申請者で、市民権申請の際その犯罪を申告しない場合が考えられます。移民局はこのようなケースについては、国外追放等の措置をとります。全体の市民権申請者の数に比べれば、そのような措置がなされるケースは非常に少数ですが、最近はかなり増えているようです。
また、移民局の調査関連の予算として$207.6 millionが要求されています。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第18回目です。 ===================== 第18章 監禁 (Incarceration) 冷たいコンクリートが頬にあたる感触で、私は目を覚ましました。頭がズキズキしますし、目も痛い。それに暗いのであたりも見えません。一瞬もう目が見えなくなったのかと思いました。自分がどこにいるのかよくわからず、何時なのかもよくわかりません。しばらく目を開けていると暗闇に目が慣れてきました。目の焦点も暗闇なので合っているのかわかりません。手で目をこすろうと顔に手を持っていこうとしても手が自由にならないことに気がつきました。ナイロン製のひもで後ろ手に、そしてご丁寧に脚まで、きつく縛られているらしくまったくが動きません。少々うめき声を出しながら一生懸命に手足をよじってみますが、どんどん手足にひもが食い込むばかりで、まったく逃れることができません。 「先生、小山先生…。大丈夫ですか。」 かろうじて声の主が真治君だとわかります。 「真治君かい? そこにいるんだね?」 「どうしてこんなことに。」 「よくわからん、捕まってしもうた。生きているんだね、真治君。」 「先生、一体…。」 私は真治君が生きていることを確認しただけでもほっとしました。 「学校の帰りに連れてこられました…。」 声を聞くと相当に弱っています。それでも、真治君が生きていることに感謝しました。 「真治君、僕たちがいる場所、どこだかわかるかい?」 「わかりません。でも、自宅からそんなに遠いところじゃないと思います。目隠しをされて車のトランクに入れられた時間がそんなに長くないから。」 完全に目が慣れてきました。ドアの下の隙間から入ってくる光を頼りにまわりを見まわします。たくさんの箱が所狭しと積み上げられています。ひとつの白い箱の側面を目を凝らして見てみると、誰だか人の名前が書いてあるような気がします。人の名前といってもよく見ると、何々VS何々と書かれていることから訴訟で使われたファイルが入っている箱なのでしょう。とすれば、ここはカニングハムが過去に扱った事件のファイルをしまっている倉庫かもしれません。しかし寒い。 「先生…。」 と言った瞬間、真治君は咳き込んでいます。液体の混じる音が聞こえます。 「だ、大丈夫かい。」 「僕は大丈夫です。」 「お腹減ってないかい?」 「カップラーメンでもあればお湯沸かして欲しいですよ。」 心持ちは元気なことがわかって安心です。話をしていると頭がまた痛み出します。昨日の深夜に捕まったことはわかっています。ただ、どのくらいの時間がたって現在一体何時なのか見当もつきません。腕時計も取られてしまっているようですし、 携帯電話も見当たりません。私は水曜日の朝の法廷が気にかかりました。とにかく私は起訴取下げの申立ての審理に出なくてはなりません。 (くそ、こういうときにマックブライドが来てくれたらいいんだよな、税金払ってるんだから。) 「先生、僕たちどうなっちゃうんでしょう。」 真治君は投げ出すように言いました。 「怖いかい、真治君。」 「ううん、全然怖くはない。」 「それはいいことだ。」 「先生は怖い?」 「僕は怖いというより、君の起訴取下げの申立ての審理に出れなくなっちゃうことが不安だ。」 「まだ仕事のこと考えているんですか。」 「最悪だよね。」 「でも、そんな仕事に熱中できる先生に会えて本当に良かったです。色々教えてもらった。」 「ぼくも、真治君に会えてよかった。君はタフな男になってきた。その過程を見れてうれしいよ。」 遠くから複数の足音が聞こえてきます。 「真治君、黙るんだ。」 押し殺した声で私は言いました。ドアが開かれる音がします。開いたドアから光が漏れ、真治君も私と同じように体を縛られている様子がわかります。暗くてよく見えませんが、真治君の体が血まみれになっている感じがして不安に刈られます。入ってきたのは二人の男達です。 「二人ともぐったりです。」 入ってきた一人が言いました。その男の一言に反応するようにもう一人の男が 「パームに付いては二人ともまだ吐かないんだな。」 といいます。どこかで聞き覚えのある声です。薄目を開けてよく目をこらしてみると、カルガモ一家のひとりです。一番若手の弁護士で、この間法廷でも出くわしています。私の体は汗ばみました。 「このガキは痛めつけても一切知らないで通している。弁護士の方に聞いてみる方がいいかもな。体まで張ってクライアントを守る馬鹿はいないだろう。」 そういってカルガモ弁護士と話をしていた一人が一旦部屋を出ていって、すぐに戻ってきます。手にバケツを持っています。 真治君も私もじっと息を殺しています。 その男の顔が見えました。サン・パブロのカジノでリック・ギャリソンと一緒にいた男でしょう。その男はバケツに一杯入っていた水を私にかけます。 「起きろ、小山!」 その男は叫びました。私はあえて返事をしませんでした。私が返事をしないことを覚るとその男はバットのようなもので私の体のあちこちを殴ります。私はうめきました。 「パームはどこにあるんだ。言え!」 「知らない。」 拷問は相当長い間続きました。私は決してパームについてしゃべりませんでした。パームの行方がわからない限りは、カニングハムの喚問が終わるまでは私を殺さないであろうと読んでいたからです。私は血で床を汚していました。 しばらく傍観していたカルガモ弁護士は、私を殴っている男に中止するように言い、二人はドアを再度閉め出て行きました。 真治君が小声で、先生大丈夫ですかと何度も聞いています。私はうめき声が出るばかりで、声になりません。また気を失います。 どのくらい時間が経ったのでしょう。私は長い時間意識がありませんでした。それでも貪欲に眠っていたようで、気力はまずまず回復しています。私は起きて動かせるだけ自分の体を動かしてみます。骨は折れていないようです。真治君もじっとしていますが、声をかけると返事をしてくれます。 しばらくどうやって抜け出すかひそひそ真治君と打ち合わせをしているとまた複数の足音が聞こえてきます。部屋の外で話し合う声が聞こえます。 「あとグランドジュリーまで時間は?」 「2時間少々ではじまります。」 「無事にすむことを祈っている。」 真治君と私は一切黙っていましたがもう水曜日になってしまっていることがわかりました。起訴取下げの申立ての審理が気になってしかたがありません。会話が途切れると、また男達が部屋に入ってきます。今度は開かれたドアから煌煌と明かりが差し込みます。太陽が上がっているのですね。よく見ているとまたベーツ&マコーミックのカルガモ弁護士に間違いありません。カニングハムの手下です。 「それじゃ、見張りはよろしく。」 もうひとりの男…あのサンパブロ・カジノで出くわした男でしょう…を部屋に残しカルガモ弁護士は行ってしまいました。私は歯軋りしました。口に食い込む口輪をなんとか緩めようと努力しました。声がしたほうで明かりがつきました。まちがいなく書類の置いてある倉庫です。その明かりで立っている男がカジノであった青い目の男だとわかりました。 一旦、明かりをつけたまま、青い目の男は倉庫を出て行きました。 真治君のほうに体を向けてみると、全身あざだらけでひざやひじが血まみれになっている真治君が目に入りました。 「大丈夫かい…。」 真治君はしっかりした目で私を見ました。 「大丈夫です。先生までこんなことになってしまって…。パームはどこだと訳のわからないことを言われて、何度も殴られました。」 「ごめんね…。」 「なんなんですか、パームって。」 私は一切のことを小声で話しました。真治君に危害が加わると思い黙っていたことも。突然、真治君は私の方に芋虫のように体を引きずって移動してきました。 「先生、なんとかこの縄解けないですかね。」 まず私は口輪を歯で引き千切って外しました。そして私は真治君が後ろ手に縛られている縄を口で一生懸命外しました。緩まったところで、真治君は手の縄を外すことができました。自分の手が自由になった真治君は自分の足や私の縄を解いてくれました。私はすかさず明かりのついた入り口に近づきます。真治君も私についてきます。 しばらく、無言の時が過ぎました。 「真治君、よく聞いてくれ。君のお父さんが持っていたパームは、今、真理子さんに預けてある。君に言わなかったのは君に迷惑がかかると思ったからだ。」 「真理子さんですね。」 「彼女になんとか連絡をつけて、そのパームをもらわなくちゃいけない。」 「わかりました。先生、なんとかやってみます。」 「とにかくがんばるんだよ。君の無実を晴らすため、それにお父さんの無実を晴らすためにはあのパームがいる。そして、覚えているかなぁ。君の事件で行ったあの裁判所で、今、カニングハムが喚問されている…。」 「カニングハム…って、あの弁護士のカニングハムさんですか。」 「そうだ、真治君。あのカニングハムがお父さんを落とし入れたんだ。あのパームの中にカニングハムが麻薬組織と繋がっているEメールがたくさん入っている。 だから、あのパームに入っている情報を、絶対に大陪審の前に持っていってもらいたい。」 「先生、大陪審っていうのはなんなんですか。」 「今説明しているひまはない。とにかく行くんだ、真治君。行ってみんなに説明するんだ。マックブライドもいるはずだ…。まず、真理子さんに連絡をつけて、早く裁判所に行くんだ。大陪審は9時からだから、もう時間がないはずだ。カニングハムは君が証言するのを防ぐために、証拠を隠滅するために、こうやって君と僕を監禁してるんだ。いいか、カニングハムは麻薬組織の大ボスだということがわかってるんだ。だから、なんとしてでも君は裁判所に行かなくちゃいけない。」 「先生、やってみます。」 そこで、私はちゃっかり暗記している真理子さんの電話番号を真治君に教えました。 「記憶しておくと、役に立つものですねぇ。」 こういう場面なのに、真治君はそんなことを言っています。 「それから、決して真理子さんや他の人にはここに来るなといっておくんだよ。」 またこつこつと足音が聞こえますが、今度は一人だと言うことがわかります。ドアが開き、カジノで私をつけてきた青い目の男が入ってきます。私はとにかく襲いかかりました。真治君はその青い目の男の入ってきたドアから外に飛び出していきました。 私は、その男と取っ組み合いになりました。がむしゃらで全身を噛んだり殴ったり、 その男も突然の奇襲に対応するのがやっとでした。しばらくして、他の賊の一味が入ってきました。私が仲間と取っ組み合いになっているのを認めると、私を寄ってたかって殴り、挙句の果ては、利き腕である左腕の肩を銃弾で撃たれました。血まみれになった私は出廷しなければいけない今朝おこなわれる起訴取下げの申立ての審理のことを考えていました。裁判官が怒るだろうな、とか、私抜きで決定されたら嫌だななどと考えていました。咳き込むと暖かい液体が喉を通ります。味から血液だとわかります。また真治君のことが気にかかります。考え事をしているうちに、またわき腹を蹴られ意識が遠のいていきます。 「真治君…がんばるんだ…お父さんの無実をはらせ…君の無実をはらす…。」私は気が遠くなっていきましたが、真治君ががんばればすべてうまくいくんだ、そう思いながら記憶が遠くなっていきました。自分の体が冷たくなっていくのがわかります。 「真治君、がんばれ…、お父さんのためにも…。」 「はぁ、はぁ、はぁ…。どうなっちゃうんだろう。」 真治君に不安と恐怖がこみあげてきます。それでも真治君はビルの出口を探して走り続けます。倉庫を出た真治君は、明かりを頼りに出口を求めてさまよいます。まったく窓がついていないことから地下室であるとわかります。廊下を少し行くと、非常口の緑のサインが掲示されているのが見えます。真治君はそのサインにしたがって駆け足で出口を見つけて追っていきます。地下からの階段を登ったところに、うすく日が差し込んでいます。さび止めが塗られた二枚扉のあるところに着きました。真治君はその二枚扉を両手で押し開けて、外に出ます。非常ベルは鳴り響きませんでした。 外に出ると、もう陽がのぼっています。ただ、日陰に生えた草がまだ濡れていることから、朝だとわかります。真治君は自分がどこにいるのかもわからず、少々立ちすくんでしまいました。 「怖い。どうしたらいいんだ。」 真治君は自分の手足が血まみれになっていることに気がつきました。縛られた部分や床にこすりつけられた部分がかすり傷になって血がにじみ出ています。また、手やふくらはぎ、ももなど、何度も殴られたところが腫れています。きっと顔も腫れているんだろうな、と真治君は思います。まだうっ血が終わっていないようで、色は黒くなっておらず、赤く腫れている状態です。 真治君はとりあえず小走りに駐車場を出て、道に出ました。倉庫を振りかえると、大きくDate Storage Services(データ倉庫サービス)と書かれています。左を見ると海が広がっています。近くに港があることが、通り行く船の音でわかります。真治君は海岸近くに向けて走りました。 「とにかく、電話、電話。電話があれば。」 真治君は倉庫群の一角を海に向けて走ります。海に近づくと、水際にレストランが建っているのが見えました。朝なので店はやっていませんが、そのレストランの名前から、自分がサンフランシスコにいることはわかりました。朝早いのか、観光客など人はあまりいません。レストランまでたどり着くと、フィッシャーマンズ・ワーフの外れの外れの方にあるピア・3 (Pier 3:第3埠頭)であることがわかりました。そのレストランのまわりを一周すると、裏手に公衆電話を見つけました。真治君は受話器を上げ一生懸命コレクト・コールを呼び出します。 交換手に、さっき覚えたばかりの真理子さんの電話番号を無我夢中で告げます。電話が繋がったようで呼出音が真治君の耳に入りますが、頭を何度も殴られているため呼出し音でも頭に響きます。3回ほど呼出し音がなったところで真理子さんの声が聞こえました。 「はい。」 「あの、真治です…。」 「どうしたの、朝っぱらから!?」 「た、助けてください。今、多分フィッシャーマンズ・ワーフの外れ…ピア・3にいるんです。真理子さん、パーム、持ってきてください。」 「え?」 「今すぐ、パームが必要なんです。」 「…わかったわ。でも、どこにいるのか、はっきりした場所を教えて。」 「えっと、レストランの名前はSFベイ・レストランです。」 「あ、わかった。あの港の横にぽつんと建ってるレストランね。なんでそんなところにいるの?」 「話はあとで全部します。とにかくそこにいますから、パームをお願いします。」 「すぐ行くわ、動かないで待っていてね。」 電話を切ると真治君はちょっとほっとしましたが、すぐにもう一回コレクト・コールにかけます。今度は私の事務所の電話番号を告げます。また電話の呼出し音が鳴り頭に響きます。 「はい、三谷法律事務所です。」 千穂さんです。 「あの、私、福本真治と申します。」 「真治君?」 千穂さんはすっとんきょうな声を出しました。 「どうしたの?小山先生は?」 「小山先生は、今捕まっています。」 「え、どこにいったか心配しているのよ。」 わけのわからない千穂さんは叫んでいました。 「二人とも捕まって監禁されていたんです。先生が僕だけ先に逃がしてくれたんです。先生はまだ捕まっているんです。何かあるかもしれません。警察に連絡してください、 ピア・3の近くのData Storage Serviceという建物の地下に先生はいます。僕は今から裁判所に行きます。」 真治君はとりあえず伝えたいことを並べてみました。千穂さんはまだ事情がよくわかっていないようですが、私の身の危険だけは理解してくれたようでした。 「すぐにマックブライドさんに電話するわ。」 受話器を置いた真治君は、その場で崩れ落ちました。もう気力がだいぶ失せてきました。少し気が遠くなります。真治君は目を軽く閉じ、たくさんの鳥がレストランの昨夜の残飯を食べに来ているごみ箱の陰にひざを抱えて座っていました。目をつむると、ぼんやりお父さんの顔が浮かんできます。 「お父さん、お父さん。僕はもう死ぬのかな。でも、お父さんの無実を明らかにしなくちゃいけないと思ってる。お父さん、お父さんが死んでからいろんなことがあった。小山先生をはじめにいろんな人に助けてもらった。いろんな人に勇気付けられてここまで来られた。お父さん…、これからお父さんの無実を明らかにするためにできるかぎりのことはやってみます。その勇気を僕にください。その勇気を…。」 真治君は自分の名前を呼ぶ声ではっと目を覚ましました。その声が近づいてきます。真治君は顔をあげました。真理子さんが来てくれたのです。 「真治君、大丈夫?けがしてるじゃない。」 「ええ、なんとか生きてます。」 「はい、これがパーム。」 真理子さんは自分のハンドバッグの中からパームを取り出して、真治君に渡してくれました。真治君は大事そうにそれを受け取りました。 「ああ、このパームはお父さんのだったんですね。」 真理子さんが優しい声で話しかけます。 「そうよ。それはあなたのお父さんのよ。」 真治君はぎこちない手つきでパームの中身を調べていました。そして、Eメールがいくつも入っているのを確認し、ひとつひとつ入念に読んでいきます。Eメールを読んでいく真治君の目に、大玉の涙があふれてきました。真治君は唇をかみしめています。どんなことが起こっていたのか、やっとわかったのです。真理子さんがぽつっと言います。 「小山弁護士は、あなたにこういうことをあまり知らせたくなかったのよね。」 真治君は黙っていました。しばし沈黙があった後、 「早くここから離れないといけない。」 真治君は思い出したように言いました。 「淳平さんは?」 「まだ倉庫にいます。もう千穂さんに頼んでFBIに急行してもらっています。すぐそこですけど。」 「それじゃ、行かなくちゃ。」 「先生が来るなって…言ってた。」 真理子さんは非常に心配そうな顔をしています。そうこうしているうちに、たくさんのパトカーがサイレンを鳴らし倉庫のほうに向かう音が聞こえてきます。真理子さんがパトカーを目で追っています。 「心配ですか。」 「もちろんよ。」 「でもプロに任せておいたほうがいいですよ、真理子さん。」 「でも、心配。」 「真理子さん、小山先生のこと…、それより真理子さん、ちょっと車で連れていってもらいたいところがあるんですけど。」 「え?どこなの?」 「裁判所です。連邦裁判所。ここからだったらすぐ行けるでしょ。」 「え、住所は?」 「シティーホールの近くです。」 「それならすぐよ。」 「今、何時ですか。もう裁判が始まっているかもしれない。」 「え、なに?」 「カニングハムの陪審喚問があるんだそうです。とにかく、このパームを持ってそこに行かなくちゃいけないんです。」 「あなた、そんな体で大丈夫?病院に行ってから…。」 「今、僕にできることは、早く裁判所に行くことだけなんです。真理子さん、早く連れて行ってください。」 真治君はそれ以上何も言わず、ちょっと離れたところに停めてあった真理子さんの赤い車の助手席に乗りこみました。真理子さんは車を走らせ、裁判所に向かいます。 2020年度新規H-1Bビザ申請の受付は終了しましたが、来年度からは、申請方法が大きく変わります。
2020年度までは、I-129という申請書を整え、これに必要書類を添付し、4月1日以降に移民局へ送付して行う方法でした。2021年度(2020年10月1日-2021年9月30日)からは、まず、雇用主が申請の前に移民局に対し必要情報を送り、登録してもらう必要がでてきます。必要情報は、会社名、会社のEmployer Identification Numberと住所, 申請者個人の氏名外の情報、申請者個人の学歴情報といったものになると思われます。この登録をもとに後日抽選が行われます。当選した場合、申請書類を準備し、移民局に提出することになります。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第17回目です。 ===================== 第17章 証拠 (Evidence) 週末は真理子さんとも会えたし、今日も彼女と会えるということもあり、仕事以外の部分では非常に充実しているように目が覚めたとき感じました。しかし、そのフィーリングも現実の仕事のことを思い出すと、またまた心に雲がたちこめてきます。今週は真治君の起訴取下げの申立ての審理もあるし、忙しくなりそうで憂鬱です。私はのっそり起き上がります。 真治君はすでに朝ご飯を食べていたようで、私がキッチンにたどり着くまでにもう学校に行く支度をしていました。 「おはよう、真治君。」 「先生、おはようございます。眠れましたか?」 「まあまあだな。」 「それじゃ僕、学校に行ってきます。」 「がんばれよ。」 真治君は学校に向かいます。私は冷蔵庫までふらふら歩いていって牛乳をコップに注ぎます。ちょっと薄い膜がはいっているのでパッケージを見てみると賞味期限を2日ほど過ぎています。考えた挙句に飲んでしまいましたが、まだ大丈夫ですね。時計を確認するともう8時半。いやはや、事務所に行かなくては。 今日は法廷もないしお客さんにも会わないな、と思いちょっとカジュアルな風体で家を出ました。車に乗ろうと思いガレージを開けるとびっくりしました。車が見事に荒らされています。エンジンルームまでボンネットが開いて剥き出しになっています。どうしたものかと考えているうちに携帯電話がなりました。 「先生、大変です。」 千穂さんでした。 「こっちも大変なんだよ。あーあ、車のシートまでびりびりにされているよ。」 「事務所も荒らされています。早く来てください。」 「本当かい、機密書類を取られたんじゃ一大事だ。すぐに行くよ。」 電話を切った私は、エンジンルームの点火系の周りに不信なものがないか、ブレーキ関係が大丈夫か確認して事務所に向かいました。尾行者がついてきます。 事務所では三谷先生と千穂さんが大掃除をしているみたいでした。 「こりゃひどいね。」 「のんきに構えてないで手伝ってください。」 「そうだね。」 私は自分の部屋に直行しました。やはりコンピュータがなくなっています。頭を掻きながらコンピュータがなくなっていることを告げると、やはり三谷先生のコンピュータも千穂さんのコンピュータも持ち去られています。やはり敵はデータに興味があるのですね。 仕事もできなくなってしまって気分悪いですね。いつもがさつな机の上が更に汚されています。私は、無残な光景を見まわしながら、マックブライドに電話をします。 「小山弁護士、どうしました。」 「私の事務所にまで賊がはいった。事務所のすべてのコンピュータが持ち去られています。」 「えっ」 マックブライドは非常に驚いた様子でした。 「すぐに行きます。」 電話を置いた私はなるたけものに触らないようにしながら部屋を検分します。コンピュータ以外には何も取られている様子はありません。何本も電話が鳴ります。千穂さんは電話の応対で大変そうです。私の顧問先のクライアントも来て、目を丸くしながら、 「あらあら、事務所の大掃除ですか。」 などと言っています。 千穂さんが憮然として、 「淳平先生のせいなんです。」 などと、心外なことをつぶやきます。これでは業務ができないので、明日以降スケジュールを組みなおして、出直してもらうことにします。しばらくするとマックブライドが三人の捜査員を引き連れて私の事務所にやってきました。 きょろきょろ見まわしながらマックブライドは 「こりゃひどいですね。書類を整理するのも一苦労ですね。」 私は笑わずに、 「他人事だと思って…。」 というと、マックブライドもばつが悪そうな顔をしています。 「とにかく、早く見てください。」 千穂さんがせかします。 「わかりました。なくなったものはコンピュータですね。」 事務的にマックブライドが言います。 「そうみたいです、他は今思いつきません。」 千穂さんがきょろきょろしながら答えます。 FBIはあやしい指紋は検出できず、またその他の証拠も発見できない様子でした。マックブライドはつぶやきます。 「これもプロの仕業だな…。小山弁護士、いい加減に持っているお宝を出してくださいよ。」 「真治君の起訴を取下げてくださいよ。」 私は返しました。 FBIが帰り、片づけが一段落するともう昼の1時を過ぎていました。 「小山先生、三谷先生が昼食はどうかって聞いていますけど。」 と千穂さんが言います。私は腕時計を見るともう1時半近くになっているので、 「えっと用事があるから、お二人でどうぞ。」 「先生、どこか行かれるのですか。」 「ちょっと野暮用でね。」 「ふ~ん。用事ねぇ。法廷とか来客はないですよねぇ~。大体掃除しなくちゃいけないのは先生のせいなのに…まったく。」 私を観察するような目つきをしながら千穂さんはランチに出かけました。私は平静を装いつつ部屋の片づけを終わらせました。2時を回ったところで事務所をでます。駐車場で車に乗り込み空港に向かいます。真理子さんに会えるのが嬉しくなって気づいていると口笛を吹いています。空港には30分ほどで着きました。活気を取り戻している空港は人も多く、人ごみをすりぬけながら真理子さんが到着するゲートにいそぎます。20分ほどはやくゲートについてしまいました。しばらくすると一般の客がゲートから出てきて、それから15分ほどすると真理子さんが出てきました。 「淳平さん、お迎えありがとう。」 「いえいえ、待ってました。お帰りなさい。」 他の乗組員に別れを告げて、真理子さんと私は駐車場に向けて長いコンコースを歩いて行きます。制服を着ている真理子さんは颯爽としていてかっこいいですね。 「真治君は元気? 今学校かしら。」 「そうですね。」 「早く事件が解決するといいわね。」 「本当にそうなんです、今日も私の事務所に泥棒が入りましてね、コンピュータを盗まれちゃったんです。」 「え、それは大変。大丈夫?」 「あんまり大丈夫じゃないけどなんとかしなくっちゃ。」 「真治君の事件に関係あるの?」 「あるような気がします。」 「気をつけてね。」 私はあることを思いつきました。 「真理子さん、どこに駐車しました?」 「このビルの駐車場に停めたけど、何か?」 「ちょっと頼みがあるんだけど。」 「え、何々?」 「ちょっとドライブに連れていってくれないですか。」 「淳平先生と白昼堂々とドライブなんてうれしいわ。」 「あ、僕もうれしいですけど…ちょっと連れていって欲しいところがあるんです。訳ありなもので。」 真剣になった真理子さんは承諾してくれました。 「いいわ、何かお役に立てれば…。」 「あるものを2、3日預かってもらいたいんだ。」 「訳ありなのね。」 「そうなんだ、真治君を無実にするカギなんだ。」 「真治君を助けるためなら協力するわよ。」 私の車のシートがぼろぼろに破かれているのをみてちょっと真理子さんはうろたえていたようでした。謝って我慢してもらいます。真理子さんとともに空港を出ます。 「どこに行くの。」 「うん、コンピュータ屋さん。」 しばらくして、コンピュUSAに到着しました。辺りをうかがいつつも真理子さんと私は店に入ります。修理係のいるデスクに行きパーム・パイロットを受け取りに行きます。しばらく待たされると前回手にしたのと同じのパーム・パイロットを持って係員が戻ってきました。 「これですね。」 係員が事務的に私にパームを見せました。 「そうです。」 「えっと、修理で100ドルいただきます。」 「え、電池の交換だけでそんなにするんですか。」 当たり前だよという係員が私に請求書を投げるようによこしました。私はしぶしぶ100ドルを払いました。 真理子さんが物珍しげに、 「へー、こんな小さな電子手帳持っているんだ。」 「僕のじゃないんです。」 「え、誰の? 三谷先生の?」 「違うんです、ほら真理子さんが前に教えてくれたじゃない。」 「え、もしかして、これ、福本さんの電子手帳?」 「正解。」 「大丈夫なの、こんなもの持っていて。」 「いや、大丈夫じゃないんです。麻薬の組織がこのパームを探しに今必死になっている。」 「私も巻き込まれちゃったわけか…。」 ちょっと考えるように真理子さんは肩をすくめました。 「ごめん、そういうつもりじゃないんだけど…。」 「いいわ、淳平のためだったらなんでも協力しちゃう。言ったでしょ、この間。」 ジュ、淳平。呼び捨てですよ。なんとなく真理子さんと私、距離が近くなったと思いません? 「そしたら、これ、2、3日お願いします。」 「いいけど、大丈夫なの。」 「長くても2、3日だから。」 「それならいいけど…。」 色っぽい声でつぶやいてくれました。あまり一緒にいるところを見られたくないので真理子さんを自宅に送り届け、私はダウンタウンの事務所からそう離れていないコーヒーショップに車を停めてから行きました。お別れのキスが素敵でした。ちょっとぼんやりしちゃいます。たまには昼間からコーヒーを飲みながら考えにふけるのもいいものです。ちょっとくつろいでいましたが、携帯電話の音で現実に引き戻されてしまいました。 「はい。」 「あ、千穂です。どこほっつき歩いているんですか。」 「とげのある言いかたじゃないかい。今、コーヒーを楽しんでいるところです。」 「まったく、カニングハムが大陪審出廷の命令を受けているそうです。人に掃除させといて…早く帰ってきてください。」 やっとFBIか検事局の方からカニングハムのことで私にアプローチしてきたようです。鼓動が早くなり、携帯電話を持つ手がぬれてきました。 「なんの容疑っていってた?」 「一連の麻薬騒動の重要参考人ですって。」 私は口笛を軽く吹きました。千穂さんが続けます。 「今事務所にマックブライド捜査官が来ています。」 「今すぐ帰るね。」 残ったコーヒーにお詫びをしながら事務所に戻りました。 千穂さんは複雑な表情をしていました。マックブライド捜査官が横に立っています。 「先生、まったくどこにいっていたんですか。」 「たまにはゆっくりコーヒーでもね。」 マックブライドは傍観していました。私はマックブライドの顔を見て握手を求めました。マックブライドもそれに倣います。 私はもうおなじみになってしまったマックブライドの顔を見つめました。 「一日に二度もお目にかかれるなんて光栄です。」 「連邦検察局はカニングハムに召喚状を渡しました。」 私に語り掛けるようにマックブライドはつぶやきました。 「麻薬関係だそうじゃないですか。」 「首謀者は彼ではないかとの内定を進めていました。」 私は、精一杯驚いた振りをして見せます。続けて 「なんで言ってくれなかったのですか」とマックブライドを軽く非難してみたりします。 「そう言われていても、内定段階でしたから。先日、ほぼ証拠が固まりました。」 「真治君はどうなるんですか。」 「検察局は少なくとも首謀者ではないという認識をしていますが、かといって今の状態で起訴を取下げることはしない方向のようです。少なくとも大陪審の捜査が終わるまではね。」 「まだ真治君がかかわっていると言っているんですか!?」 「麻薬を持っていたことは事実です。」 「持っていたんじゃない。たまたま麻薬があっただけじゃないか。そんなこと知っているんだろ、FBIだって。まあ、こっちも勝つための準備は完璧ですから。」 「カニングハムが命令をくだしているから、あなたの家や車まで荒らされているんですよ。」 「だから何だっていうんだ。俺が真治君を無罪にする努力を全部無駄にしているじゃないかFBIは。いいとこ取りばっかりして。」 「FBIの利益は麻薬のルートを解明することです。フクモトシンジを無罪にすることではありません。」 「そうですか、私の利益は真治君を無罪にすることだけです。それが私の仕事です。水曜日の起訴取下げの申立ての審理を見てくれればわかります。FBIが完璧ではないっていうことがね。」 「真治君の事件やカニングハムの大陪審喚問で忙しくなりそうですよ、FBIも。」 「起訴取下げの申立ては絶対に勝ちます。」 「弁護士さんの幸運を祈っています。もちろん何らかの証拠を出してくれれば今すぐに真治君の起訴取下げを考えてもいいが…。」 私はわきの下に流れる汗を感じました。パームを出してFBIの口車に乗るのも一興です…。ただ、相手方は得はするものの、真治君が必ず無罪になるとは限らないのです。司法取引に頼ってしまうと検事の胸一寸で物事が決まってしまう恐れがあります。来週の起訴取下げの申立てに勝負をかけることにしました。マックブライドは肩をすくめて事務所を出て行きました。 「真治君は大丈夫なのでしょうか…。」 千穂さんが弱々しい声でつぶやきます。 「大丈夫さ。彼には勇気があるから。僕もその勇気をもらっているから。」 私は断定的に言い放ちました。私は自分の部屋に閉じこもり来週の起訴取下げの申立ての審理のことを考えていました。あのパームに入っている情報が麻薬組織を解明する大事な手がかりであることは間違いなく、あのパームさえあればカニングハムやロビンスの悪事を公けにすることができます。公にするためには起訴取下げの申立てが一番効果的です。裁判所の記録にもばっちり載りますから。もう一度、判例や事実を元に真理子さんに託したパームのことを考えながら全身全霊をこめて申立書をコンピュータがないのでワープロで打っていきます。明後日の朝はカニングハムにとっても私にとっても勝負の日なのです。 昼間コンピュータがなかったせいで遅れた仕事に追いつくために古びたワープロを使って書面を色々書いていると、もう10時を過ぎてしまいました。相当目が疲れているようなので、仕事を打ちきり家に帰りました。おんぼろのボルボのシートを更に切り刻まれるのでおしりが気持ち悪いです。カニングハムに修理してもらいたい気持ちです。家に帰る途中には尾行はついていませんでした。マックブライドが必要ないということを判断したのでしょうか。 もう、日はとっぷりと暮れていました。家に帰るとまったく人の気配がしませんでした。真治君の名前を呼びますがまったくどこにもいない。家のすべての電気をつけて真治君を探します。どこにもいません。 「真治君…。」 むなしく声が響きます。家の電話がなりました。真治君が電話をかけてきているのでしょう。ところが電話は押し殺した声。 「シンジ・フクモトは預かった。シンジはパームのことをまったく知らないといっている。パームを渡せ。今から5分後にそちらにお邪魔する紳士にパームを渡して欲しい。」 そう言って電話はきれました。渡せと言ったって私は持っていませんし、渡す気は毛頭ありません。どうしたらよいのかちょっとまごまごしました。動きが取れない状態で思考いると、賊は家の中に隠れいてたと見えて、音もなく居間に進入してきました。 「パームを渡して欲しい。」 「申し訳ないが、持っていない。どういう情報が欲しいんだ。」 「パームを渡せ。」 手に持っていた38口径とわかるカートリッジ式の銃が私に向けられています。 「持っていないんだ。本当だ。」 私に近づいてきた賊は銃を振り上げ、私の頭に振り下ろしました。反射的にその攻撃をかわした私はソファに体を投げました。振り下ろしが失敗して私に立ち向かってくる賊に床に置いてあった小さなダンベルを投げつけます。 「ズドン」 と賊が撃った拳銃はよろめいたために天井に穴をあけました。無我夢中で拳銃を奪い、殴りつけます。ぐったりしたところで賊の手足をベルトやビニールテープそれにガムテープでぐるぐる巻きにします。覆面を取ると見たこともない白人がでてきました。私はその賊をアパートの玄関前まで引きずっていきマックブライドに電話をします。マックブライドは眠そうな声で電話に出ましたが、 「賊に襲われた。いま、反撃して動きを奪っている。早く捕まえてくれ。」 というコメントを聞いてばっちり目が冴えたようです。 しばらくどうしようかと途方にくれていましたが、またもやFBIの面々が私の前に現れました。 「もう、私とは離れて生きていけないですな、小山弁護士。」 茶化してマックブライドは言います。 「私は男に興味が無くてね。」 私も返しますが、憂鬱です。FBIに事情を説明します。マックブライドは慎重に話を聞いていますが、真治君の略取はカニングハムの仕業ではないかと私もマックブライドもほぼ確信しています。私が縛り上げた男をFBIの捜査官がパトカーの後部座席に押し込みます。マックブライドはFBIも真治君の行方を全力で捜査する旨私に言い残して去って行きました。 暗い部屋で一人になった私は、弁護士の立場でというよりは、汚い方法で証拠を奪取して自分の悪事を隠蔽しようと躍起になっているカニングハムに人間として許せない感情を抱きました。 私は車に乗りこみ、夜の街をおもいっきり飛ばしました。向かうはカニングハムの事務所です。エンバカデロビルの近くに車を停め、ビルに入っていきます。入り口に守衛がいるのを見て舌打ちをします。しばらく様子を見ていると、掃除夫の一団が出入りをはじめました。守衛が用事をするために立ったところで、隙を見つけてビルに入りました。エレベータは35階まで上ります。下りるとまず、かわいい笑顔を見せてくれたレセプションの机の上に張られた事務所の見取り図からカニングハムの部屋を割り出します。まだ、人の気配がありますから用心しなくてはなりません。掃除夫がカニングハムの部屋の掃除をしに来たのは30分ほどたってからでした。それに合わせてカニングハムの部屋に侵入します。部屋を物色しますが、まったくと言って良いほど証拠は見つかりません。秘書の机の中を探しますが、なにも不信な連絡先などは見当たりません。もう一度、すばらしい調度の家具を探してみます。ヘロインらしき粉末が出てきたときには失笑しました。コンピュータを立ち上げてみますが、パスワードで管理されているらしくアクセスができません。暗い部屋でコンピュータとにらめっこしていると、いきなり部屋の明かりがつきました。コンピュータを使っているとあまり良い状況に巻き込まれないな、などと思いつつ振り向きました。 そこには優雅なスーツに身をまとったカニングハムが拳銃の銃口をこちらに向けて、4、5人の男達と立っています。中には真治君の家に最初に行ったときに会ったトニーというFBIの捜査官も立っています。FBIに内通者がいたのですね。私の前に堂々と姿をあらわしているということは、私を殺すつもりでしょうか。 「小山弁護士。オフィスに侵入するとはいい度胸だな。」 「真治君を返してもらおう。」 「それは構わないが、少なくとも明後日の大陪審に私が出席して証言してからだ。」 「ふざけていないで、真治君を自由にしろ。」 「その前に、パームがどこにあるのか教えてくれないか、小山弁護士?」 「知らないね、なんのことだい。これに関係していることかな。」 私は手元にあったさっき発見した白い粉末のパッケージをカニングハムに投げました。 「そういう態度は、私は好きではないな。」 カニングハムはあごで自分の後ろに控えていた男達に指図しました。拳銃を向けられていたこともあり、抵抗はしたもののすぐに床に組み伏せられてしまいました。遠くから見ていたカニングハムはゆっくりと私に近づき、私の顔を高価な革が張られている靴でなじるように踏みました。 「言え、パームはどこなんだ。」 「知らないって。」 カニングハムは拳銃を振りあげ銃握を私の頭に振り下ろしました。私はそこで記憶を失いました。 米国連邦労働局は、雇用ベース永住権に繋がるForeign Labor Certification(労働条件許可)についての申請者数について、最新の情報を発表しました。半年分のデータになりますが、全米で50,000を超える申込みがありました。また、最終的に許可された申請に関しては、コンピューター数学、建築工学、ビジネスファイナンス、経営、教育に関しての職業が上位を占めています。コンピューター数学系の職業の割合は60%と圧倒的に多くなっています。国別では、インド、中国、韓国が上位になっています。
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
==== 最近、ちょっと体を動かさなければいかんと思い、スポーツクラブに入会しました。水泳をするのが目的です。子供の頃はよく海やプールで泳いだものですが、ふと考えると、大人になってから、特に仕事をしだしてからはあまり泳ぐ機会がなかったなと思いました。最初は、ちょっと自分に対しての「義務感」も感じましたが、泳げば泳ぐほど、体力も復活して、体の調子もよくなりました。泳いでいるときは何も考えずにただひたすら泳ぐというのも精神的に良いようです。皆さんもなにか運動されていますか? 今回は、コマーシャル・リース、すなわちビジネスや商店などをするに関しての不動産賃貸借契約について考えましょう。「今度、新しくビジネスをはじめる計画をたてています。その一環として、オフィスを借りる契約をしなければなりません。注意点を教えてください」という質問です。 ビジネスが実体をもつには、オフィスや公に対するプレゼンスを示すために、店を構えたりしなくてはならないですよね。もちろんホームオフィスなどを持つ場合はありますが、リース締結という問題は少なからず発生しますね。リースを締結するにあたり、大家さん側から、分厚い契約書がでてきますが、やはり注意しなくてはいけないというポイントはあるわけです。以下考えていきましょう。また、住居用の賃貸借と商用の賃貸借では、法律での規制に差があります。ここでは商用の賃貸借に限って考えていきます。もし、住居用の賃貸借に関して、質問がある場合には、私まで電子メールをいただければ、回答させていただきます。 さて、商用リースで気をつけなくてはいけないのは、大きく分けて、契約期間、賃貸料などの総額、保険といったものが考えられます。 まず、契約の期間について考えましょう。通常、商用リースは一年とか、長ければ10年などというものもあるのではないでしょうか。この契約された期間は基本的に途中で解約したいと思っても、期間中の全額の責任を一応、賃借人は負うことになっています。ですから、契約するときにはポテンシャルのリスクとして、毎月どのくらい払うかを検討する前に、総額でいくら支払うのかという点を見落としてはなりません。実際の場合、もし中途で解約をしたい場合には、もちろん申し入れることはできますが、契約上、または話し合いで、どういった責任を賃借人が負うのか決定していかなくてはなりません。他の会社または個人に転貸借をすることも考えられますね。大家さんは、すぐに他の賃借人を見つけられる場合には見つけて、損害を緩和する義務を負うことにもなります。 それから、契約に、どの程度のオプション権が与えられているのかも確認しなければなりません。オプション権とは契約期間が終了する場合、加えて何年か、リースを存続させたければ、賃借人の意思表示のみで決定できる権利です。よくあるのは、3年リース、3年オプションといった内容の契約です。見落としやすいですが、必ず覚えておかなくてはいけないのは、このオプション権を行使するためには、契約終了の、たとえば6ヶ月前までに、大家さんに書面で通知しなければならないという条項があることです。このような条項が契約にある場合には、期限をしっかり覚えておく必要があるわけです。 次に契約料を考えましょう。いろいろな賃貸借の対価としての契約料というのが考えられますが、住居用(Residential)の賃貸と違い、毎年契約書によって契約料が上昇したりするわけです。ですから、毎月の賃貸料を考慮するだけではなく、毎年の賃貸料のどうかはどの様にして行われるのか、確認する必要があります。また、大事になるのが、共有部分(Common Area)に関する費用や、電気代、セキュリティーなどの費用がどのように決定されるのか、毎月どの程度負担になるのかを考えておく必要があります。注意したいのは、賃貸借に付帯する共益費などが別に書かれている場合が多いのが通常です。毎月どの程度の支払いが必要であるか計算する上では重要なので、必ず共益費などを明らかにしておくことが大事でしょう。 3つ目は、保険への加入を義務付けている契約書が多いですから、必ずどのような保険に加入する必要があるのかを確かめましょう。火災保険だけではなく、事故などで起こった損害などについても填補する保険が求められている場合が多いですから、どのような保険を要求されているのか、契約の締結時に保険会社とも話し合いをしつつ決定していく必要性があります。契約書によっては契約上、保険の種類にもうるさかったりします。必ずどのような保険が要求されているのか、賃貸借契約を結ぶ前に、保険屋さんと話しあわれておく必要があります。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第16回目です。 ===================== 第16章 判例リサーチ (Case Research) 昨日は真理子さんとのデートで帰ってくるのが非常に遅くなりましたが、朝はばっちり目がさめました。 「先生、昨日は午前様でしたね。真理子さんも午前様ですか。」 「あ、真治君おはようございます。」 「なんか、いいことでもあったんですか。」 「秘密です。」 「今度紹介してくださいね、 どんな人だろう、ふふふ。」 「今日は土曜日だけど、真治君は何かするのかい?」 「いや、別に何もありません。」 「そうか。僕はちょっと真治君の申立ての審理が来週の水曜日だから、申立てを補強する書面でも作ってしまおうかと思っているんだけどね。」 「ありがとうございます。でも先生もたまには息抜きしないと。本当に、朝から晩まで駆けずり回ってるじゃないですか。」 「そのうち、ぜんまいが止まっちゃったりしてね。」 「嫌ですよ、何言ってるんですか。」 私たちは簡単にパンを食べて朝食とし、その後、真治君はテレビでスポーツの中継を見ているようでした。私は寝室でトドのようにゴロゴロと寝っ転がりながら、ノートに申立てのポイントを考えつつペンを走らせていきます。でも、寝ながら書いているとなんとなくうとうとしてきてしまうので、気休めですが、寝返りを打って体の血行を良くしながら考え事をしていました。 まず、パームの内容を見る限りでは、FBIは真治君を人身御供にして捜査のきっかけを掴もうとしていることがまさに明白ですよね。その点を強調して、またパームの内容も強調して筆を進めていきます。もうすでに頭の中では主張を考えてあってポイントをまとめるだけにしていたので、1時間ほど集中するとほとんど書きあがりました。そのとき、電話が鳴りました。真治君が応えているようです。真治君はバタバタと私の寝室に入ってきました。 「先生、電話です。」 「はぁ?」 私はちょっと眠たげな声を出してしまいました。 「誰から?」 「あの真理子さんです、真理子さん。」 「はいっ。」 しゃきっと目が冴えてしまった私はベッドから飛び降りると、真治君から受話器を受け取ります。 「淳平さん?」 「はいっ。」 私はちょっとデレデレしてしまいました。淳平さんですって。 「淳平さん、昨日はありがとう。すごくおいしかったし、楽しかったし、久しぶりにゆっくりできたわ。」 「そうですね、私も楽しかったです。」 真治君は片一方の眉毛をあげながら、私をじっと見ています。私はその視線に気がつくと「しっしっ」と言って手を振り、あっちに行けという合図をしました。それでも真治君はそこに立っています。しつこい奴ですね。しょうがないので私はうしろむきになり、受話器を持ち替えて話を続けます。 「え、今日はどうしたんですか。真理子さん。」 「えー、私、明日から一泊でフライトになっちゃうから、今日しか会えないじゃない?だから、ちょっと淳平さんに会いたいなと思って。」 「あ、嬉しいですぅ。私も真理子さんのことを考えていたんですよ。」 ちらっとうしろを見ると真治君がまだ立っています。こんなにしつこい男だとは知りませんでした。 「あの、私、久々に料理でもしようかと思ってるんですけど、淳平さんは和食、好きですか。」 「あ、もう、大好きでございます。」 「そうしたら、材料を買って、そっちに遊びに行っちゃおうかな。」 「どうぞ、どうぞ。来てください。」 振り向くと真治君がまだ立っています。 「それじゃぁ、1時間くらいで用意して出るから、そっちには昼頃に行くわね。」 「待ってまぁす。」 私は電話を切りました。真治君が電話を切った私の顔を見るなり 「やったじゃないですか、先生。」 と自分も嬉しそうに言いました。 「な、な、な、なんだよ。」 「え?真理子さん、なんですって?」 「いや、なんか真理子さんがご飯作ってくれるって言うんだけど、真治君はどうする?」 「あー、僕、お邪魔になっちゃうなぁ。」 「あ、でも会っておいた方がいいんじゃない?一緒にご飯、食べようよ。真理子さんも真治君がいるってわかってるんだしさ。」 「そうですか、じゃぁ、僕もちょっと真理子さんに会ってみたいし、いようかな。」 それから真理子さんが来るまでの2時間はほとんど仕事にも手がつかず、私は枕を抱きながらベッドの上でゴロゴロしていました。真治君は相変わらずテレビを見ています。 ベルが鳴ってドアを開けると、真理子さんが大きな紙袋を抱えて立っていました。 「あ、真理子さん、こんにちは。」 私は真理子さんに会えて、また鼻の下を伸ばしてしまいました。真治君もひょこひょこ奥から出てきます。 「あ、あなたが真治君ね。」 「はい。はじめまして。」 「わぁ、やっぱり、先生がデレデレするだけあってきれいな人なんですねぇ。」 「おいこら、おまえ、黙ってろ。」 私は自分の表情を鬼から天使に変えて 「どうぞどうぞ、真理子さん、入ってください。」 と言いました。 「じゃあ、失礼します。」 真理子さんから荷物を受け取って真理子さんを部屋に通すと、真理子さんはまず部屋を見まわしました。 「汚いわねェ…。」 「すみません。きったない男が二人でいるものですから。」 「僕は汚くないですよ。」 「うるさい、おまえは黙ってろ。」 真理子さんは掃除を見つけると、 「私、ちょっと掃除してあげるわよ。」 と言って淡い青色のセーターの腕をまくりあげました。私は、セーターからのぞく腕もきれいだなぁと思いつつも 「いえいえ、そんなことしてもらわないで、構わないです。あの、僕がやりますから。」 「先生なんか、掃除したこと、ないじゃないですか。」 「うるさいよ、おまえは黙ってろって。」 私も手伝いましたが、真理子さんはさっさと簡単に片付けをしてくれました。真理子さんに近づくたびになんともいえない香水の甘い香りが鼻をついて、思わず、うふふ、となってしまいます。一息ついたところで、私はビールを飲み始めました。気分がよくなってきます。 真理子さんは今度はキッチンに行って、持ってきた袋の中身を出しはじめました。私と真治君は興味深々でその袋の中を覗き込んでいました。 「あなたたち、なんでそんなところに立って見てるのよ。」 真理子さんはちょっと照れながら言いました。我々はまたじっと見ています。 「お、すごい。」 「私が作ると言っても、今日はみんなで食べようと思って、焼肉にしたのよ。日本街で薄いお肉を買ってきたの。ここ、焼肉の鉄板、あるかしら。」 「あります、あります。うわぁ、それは楽しみだなぁ。」 真治君も目を輝かして 「うわ、エビもある。」 さっと用意をして昼間からビールを飲みながらわいわい焼肉をはじめます。 しばらく夢中になって食べていましたが、真治君はちょっと寂しそうな顔をしています。真理子さんが尋ねます。 「真治君、どうしたの?」 「うーん、ちょっと寂しくなっちゃって。」 「だって、いつもお父さんと焼肉食べたりしてたから。」 「そっか。そう、私、真治君のお父さんと面識があるのよ。」 「え?」 真治君が真理子さんの顔を見ました。私は一人でビールを飲みながら焼肉を食べています。 「真治君のお父さんのこと、ちょっと聞かせてもらえないかな。」 私はなぜだか、ちょっとむっとしてしまいました。 「え、お父さんのことですか。」 「そうよ、どんな人だったの?お父さんは。」 私もちょっと興味がありました。 「そうだなぁ、僕が思うには、お父さんはとても正義感の強い人でした。」 「そう。」 「日本の建築界というのは、談合があったり、いろいろな利権がからみあったりしていて、いつも嘆いていました。」 「そうなんだぁ。」 「だからお父さんは、できれば早く海外で仕事のできる建築家になりたい、海外で認められたいと言って、一生懸命がんばっていました。」 「でもすごいじゃない。トレードセンターまで手がけて。」 「はい。父はとても喜んでいました。トレードセンターだけじゃなくて、ヨーロッパとかオーストラリアとか、最近ではいろんなところに招かれていて、僕もいろんなところに行けて楽しかったです。」 「そうなんだぁ。」 「でも、お母さんが死んでから、お父さんはすごく寂しそうでした。お父さんはお母さんのこと、とても大事にしていたから。」 「でも、真治君のことも大事にしてくれてたんでしょ。」 「そうですね。僕もお父さんにはいろいろしてもらったし。」 真治君はちょっと涙ぐんでいましたが、それでも一生懸命続けました。 「お父さんは、日本人として世界中に認められる建築家になるという夢がある程度成功したから、よかったんだと思います。」 「すばらしいわよね。私もあのトレードセンターの形がすごく好きなのよ。」 「お父さんとロビンスさんは、一生懸命あのトレードセンターを設計していました。いつも深夜まで議論して、でもすごく楽しそうでした。お父さんはロビンスさんのこと、とっても好きだったみたいだから。まだ僕のお父さんがそんなに売れていなかった頃、ロビンスさんに会ったんです。ロビンスさんもそのときは貧乏だったんだけど、お父さんはロビンスさんのことを見込んでた。それで、二人でいろんな仕事を手がけるようになって…。今回の作品は一番大きくて、二人の仕事の集大成かな、って言ってたんですよ。」 私もトレードセンターの外形を想像しながら 「そうだよなぁ、あんなすばらしい建築を作れるなんてな。才能って、あるんだよな。」 とつぶやきました。そのとき、真理子さんが空気を換えるように 「さぁ、食べよう、食べよう。早く食べちゃおう。そうでないと、淳平さんに全部食べられちゃうわよ。」 と言って、真治君を促しました。 宴のあとになると、もうおなかいっぱいです。私はビールも飲んで心地よくなり、ソファにどかっと座って一息ついていました。あと片付けをしてくれた真理子さんと真治君も同じようにソファに移ります。 真理子さんがソファのわきにおいてあった本を持ち上げて、 「これ、淳平さんの本?真治君の本?」 と言い、本を見まわします。私は 「それは真治君の本だよ。今回、真治君もいろいろ法律にかかわって、なんか、法律に興味があるんだって。」 「へぇ、そうなんだ。真治君は将来、何になりたいの?」 「うーん、前はわからなかったけど、最近は法律もおもしろいなと思うようになって来てます。」 私が口を挟みます。 「え、でも、法律家なんかにならないで、才能があるんだったらそれを伸ばして建築家とかになった方がいいんじゃないか。」 「うーん、それも考えたことありますけどね。」 真治君は考えながら言いました。 「そうですね、確かに建築家もお父さんを見てたらいいなと思いました。」 「パイロットなんかはどう?こんなきれいなスチュワーデスさんにも会えるしさ。」 真理子さんと真治君は大笑いをしていました。 しばらくのんびりした休日を楽しんでいた三人でしたが、真理子さんの 「ねぇ、こんないいお天気だからドライブに行かない?」 という一言で外出の用意をはじめました。用意をして三人で外に出ました。私はちょっとほろ酔い加減なので、真理子さんが運転してくれることになりました。真理子さんは赤い大きなファイアーバードというアメ車に乗っていました。それもコンバーチブルです。真治君が楽しげに言いました。 「うわぁ、この天気だからホロを開けたら気持ちよさそうですね。」 真理子さんがそれに応えて「じゃ、そうしようか」ということになり、ホロを開け、真治君が後部座席をひとりで乗っ取り、私は甘い香りのする真理子さんの横に乗せてもらいました。三人は私の家の近所の海を走り、真治君が前に住んでいた高級住宅地のエリアを通り抜け、ゴールデン・ゲート・ブリッジにやってきました。 「うわぁ、空が青いからゴールデン・ゲート・ブリッジの赤が映えますね。」 真治君は頭の方に迫って見える橋を見ながら感嘆していました。 「すごいよなぁ。アメリカって、こんな橋を1920年代に作っちゃうんだからね。」 私もいつも見るのとは違う感じで、コンバーチブルの車から橋を見ていました。橋を渡りきると、前に真治君をランチに連れてきた海の見えるレストランがありますが、そこの街に行く前に小道をそれると岬の先までぐるりと伸びている道があります。その道を三人で走っていきます。そこは国立公園に指定されているため、まわりに民家もなく緑と広がる海がすがすがしいところです。三人は途中で車を停め、車から降りて伸びをしたり、咲いている花をいろいろ見たりしながら、ぐるっとドライブをしました。 ゆっくりしていたので、帰ってくるともう夕方になっていました。真理子さんは明日のフライトの準備があると言って私たちに別れを告げて帰っていきました。私はちょっと名残惜しかったのですが真治君がいる前なのデレデレはせず、簡単に見送るだけにとどめ、お別れのキスもできませんでした。私も一応弁護士ですからね。 家に入ると真治君は満足げにまた本を読み始め、私も真治君の書類を整えましたが、二人とも外出して疲れたので、晩ごはんは簡単にすませて早く休むことにしました。 日曜日はゆっくり寝ようと決めていたので起きたのは10時半くらいでした。私は真理子さんのことを思いながらうたたねにふけって、結局ベッドを出たのは11時半くらいになってしまいました。月曜日から忙しくなるのは間違いないので、日曜日のうちにやれることはやっておこうと思い、法律図書館に行こうかなとも思います。午前中ゆっくりして、またピーツのコーヒーでも買いに行こうかなと思っていると、私の携帯電話が鳴りました。 「淳平さん、私。」 「あ、真理子さんですか。」 「そう、今からもうフライトに出るところなの。明日の夜には帰ってくるから。」 「あ、そうですか。どこまでのフライトなんですか。」 「フィラデルフィアだから、すぐよ。フライトは5時間くらい。」 「そうですか。じゃ、がんばって。明日は何時ごろ、帰って来られるんですか。」 「えっと、明日は朝のフライトだから、こっちに着くのは3時過ぎかな。」 「それじゃ、あの、僕、迎えに行きます。」 「え、ほんとに?」 「うん。早く真理子さんに会いたいし、迎えに行っちゃいます。いいですか。ご迷惑じゃないですか。」 「え、すっごく嬉しいな。」 「じゃぁ、何便か、教えてください。」 「UAの5963便です。」 「わかった。5963便ですね。あの、必ず迎えに行きますから。」 「ありがとう。そうしたら、飛行機の乗降口のところで待ってるわ。」 「それじゃぁ、明日。」 また明日、真理子さんに会えると思うと嬉しくなってきますが、その思いはある程度横へ押しやって、私は仕事をすることにしました。 休日なのでバックパックにいくつかの書類の束と筆記具を詰めて、図書館に向かいます。もちろん、途中ピーツ・コーヒーでコーヒーを買うことは忘れません。日曜日、図書館は12時から開館しているので、中に入って弁護士証を見せます。前にも書きましたが、アメリカの弁護士の仕事というのは、とにかく判例の研究です。判例というのはどういうものかというと、実際に当事者が闘った事件について裁判所が法律的な判断を下したものです。簡単に陪審裁判が行われたり裁判官が判決をすると思われるかもしれませんが、それは間違いです。民事事件でも八割から九割の事件が和解で決着します。和解が成立すれば裁判官はまったく判決を書かなくても済むのです。ですから裁判官としては事件をできるだけ和解で終わらせようとするのも納得いきます。そのような裁判制度を背景にしながらどうしても判決までいってしまう事件について勉強すると、後になっても必ず学べることがでてくるのです。アメリカは判例を重視するのです。日本のように法律が制定されて判例がそこから出てくるといった過程とは逆で、判例が積み重ねられて法律が制定されていくのです。よく聞く話しではアメリカの法律と日本の法律、つまり英米法系と大陸法系の法律とはまったく違うという人もいますがそれは間違っています。どこの国でも人を殺せば悪いことですし、約束を破れば責任を負うのです。ただ、細かいところでどれだけ自由があるかというと、判例から積み重ねたほうが、時代とともに法律の衣替えもできますから、革新的になり、保守的な大陸系の法律と差が出てくるのです。どちらが良いかというとどっちもどっちですけど。 私は起訴取下げの申立てに関する判例をどんどん読んでいきます。アメリカの判例の面白さは、ある事件ではどういう人がどういう形で巻きこまれたのかなど具体的な内容が詳細に記載されているからです。過去にある具体例を横目で見て、その事件の内容がどの程度まで現在の事件に影響するのか考えることが非常に大切なのです。具体的な事例でどのような事実が大切なのかを反射的に考え、頭に叩き込めるのかが法律家の条件なのです。判例を読むのに慣れるまでには時間がかかりますが、読むのに慣れると楽しいものです。真治君の事件で、判例を読めば読むほど勝てる自身が沸いてきました。判例漁りに没頭して時間を忘れます。判例から習った知識を紙に書くだけではなく、法廷で使えるように頭に吸収させました。 カリフォルニア州の判例では、麻薬の所持に関しては自宅に麻薬があったというだけでは麻薬所持罪の充分な証拠とは言えず、やはり身体に付着しているか、もしくは本人の支配下にあったか、たとえばハンドバッグの中にあることが要求されています。被告人の支配下に麻薬があったかどうかということが焦点となっています。とするならば、真治君の家から麻薬が見つかったわけですが、現在、真治君が起訴されている、麻薬を「所持していた」という罪における検察側の主張は通りにくいわけです。麻薬はガレージで発見されたわけですから…。もし、真治君のベッドの下にあったのなら話は別なわけです。勝てると確信した私は、必要なポイントを判例を使い研究したのです。 法律武装もある程度満足できるまでおわったので、バックパックを背負い、図書館を後にします。日曜日だというのにまだたくさんの弁護士が机に向かい書類とにらめっこしながらペンを走らせています。ごくろうなことですね。 また明日から闘いのはじまりです。 当事務所にも、年を通して多くのグリーンカード更新に関しての質問が多く寄せられます。
最近は、移民局におけるグリーンカード更新の手続きに非常に時間がかかっており、更新申請書の提出から新グリーンカード発行まで、1年前後かかることも増えています。参考ですが、いま現在は、移民局は2018年5月に受付した分を処理している模様です。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第15回目です。 ===================== 第15章 召喚状の送達 (Service of Summons) 木曜日だというのに朝から私は自分の家を片づけしていました。真治君を学校に送ったあと、急ぎの法廷がないので賊の入った家を整理していたのです。コンピュータが盗まれたのはショックでしたが、警察の調書があるので保険でカバーされるはずです。書斎を整理していると、真治君がお父さんと写っている写真が目に入りました。今、がんばっている真治君は写真とは違う、別人のようにたくましくなっています。真治君の思い出を机の上に戻します。机の上には私がロースクール時代に使っていた刑事訴訟法の教科書などが広げられています。法律に興味が沸いてきたんだな、と感心しました。また反面、自分で訴訟を理解して安心しようとしているのかな、と刑事事件に巻き込まれている少年を不憫に思いました。 整理が一段落したところで、熱いシャワーをあびて、服を着替えパームの修理ができたか確認しにいくことにしました。カニングハムの執拗な証拠開示請求がありましたから、私はパームに興味津々でした。昨日のマックブライドの話では、FBIや検事局も動きを見せはじめているはずです。来週の水曜日には起訴取下げの申立ての審理がありますから、ぜひパームの内容を確認して証拠として出したいものです。コンピュUSAに連絡を取る方法として、直接お店に行くこと以外はやめようと思いました。事前に電話をかけて修理ができたか確かめてもよかったのですが、何らかの形でコンピュUSAと私をつなげる形跡を残したくないのです。事務所に行きがてらに寄っていくことに決めました。尾行車はありませんでした。昨日私の家に侵入してきたのですから、いくらなんでも今日つけていたのではすぐに警戒されてお粗末ですもんね。それでも用心に用心を重ねて何度も道路の角を曲がったり、途中で止まったりしながらコンピュUSAにたどり着きました。本来なら20分ほどで着くところを、45分かけて運転してきました。修理カウンターに足早に行き、パームを見せてもらいます。やりました、修理されています。受付の女性に運転免許証で身分を一致させてもらい、パームを受け取ります。修理されているかどうか女性が確認してくれました。それをじりじり見ていた私は、確認させてくれと彼女からひったくってしまいました。ところがパスワードでプロテクトされていて内容を読むことができません。私は凍ってしまいました。 (パスワードなんて、どうしよう…。) 私は、パームを一所懸命いじくってみますが、パスワードがわかりません。FBIの力を借りていればパスワードなんて簡単にわかってしまうのでしょうね。 じっくりパームを見ていましたが、どうしようもありません。私にパームを奪われた修理係の女性がうんざりした顔をして、修理代金は140ドルですと私に叫んでいました。修理代の140ドルというのはちょっと高いとぶつぶつ文句を言いながらも支払いを済ませ、パームを受け取り私はコンピュータ・ショップを後にしました。がっかりです、パスワードがわかれば一発なのになぁ。手のひらサイズのコンピュータを眺めながら私は懇願するようにパームを見つめました。来週の起訴取下げの申立ての審理にどうしてもあのパームの内容が欲しい。真治君なら何か手がかりがあるかもしれませんね。やはり、今FBIにこの証拠を渡したとしても、今までの感じからすぐに真治君の起訴を取下げてもらえるかまたは無罪にしてくれるかわかりません。やはり駆け引きが大事ですから。そんなことを考えながら、事務所に向かいます。事務所で、昨日の賊の侵入を心配していた三谷先生と千穂さんに昨日から起こっているあらましを話しているうちに時間は過ぎていきました。パームの内容に関しては伏せておきます。なんらかの迷惑がかかるのを恐れたからです。仕事をしていましたが、あまり手につきません。真治君にパームのことを打ち明けようか、どうしようか迷います。何らかの方法でパスワードを調べなくてはいけません。まあ申立ての審理は来週ですから、今週末になんらかの対策を講じなくてはいけないでしょう。まあ、パームが修理されただけでも前進ですよね。 昼ご飯を食べて眠くなってきました。自分の日誌をみるとデスクワークではなく、幸いにも法廷活動がスケジュールされています。またまたサンフランシスコの地方裁判所です。黒いかばんを提げて事務所を出ます。まぶしい太陽で目が冴えてきます。今日は気分を変えてMUNIという一部地下鉄となる電車に乗って裁判所まで行くことにしました。私の事務所から裁判所まで約10分ほどで着いてしまいます。非常に便利なうえに、安い。たった1ドルでどこまででも乗れてしまうのです。電車に揺られながら午後の出廷のことを考えようとしますが、やはりパームのことが焼き付いて離れません。私の家に侵入した賊もパームを探していたに違いありません。 電車を降り、地下のホームから外に出ます。ホームレスが多いエリアですが、少し歩くと芝生が広がり、すがすがしいです。わざと芝生に近いところを選んで裁判所に向かいます。昼間からひとりでサックスを吹いているミュージシャンがいます。ジョン・コルトレンですね、この曲は。私も口ずさんでみます。 裁判所の内部は割合にひんやりしています。私はセトルメント・コンフェレンス(Settlement Conference:和解の可能性を探る出廷日)に出席するために2階に行きました。エレベータが混んでいたので、階段を駆け登ります。2階に行くと、セトルメント・コンフェレンスに出席する相手方の弁護士をすぐに見つけることができました。 契約関係の事件です。私のクライアントが商品を売ったのですが、被告である会社が代金を一向に払ってくれません。業を煮やして売掛金の回収の訴訟をはじめたのです。良くあるケースです。原告から債権回収を任された私は、相手方の会社である被告の代理人と話をつけようと今日の会議に臨んだわけです。相手の弁護士は40代の白人弁護士です。 「ハイ、ジュンペイ。」 「ハイ、ピーター。何かうちのクライアントに良いニュースはあるかい。」 「会議の前だけど、どうだろう、今、請求額の半額で和解できないかな、分割払いだったら何とかなると思う。」 「半分…っていうのはちょっと少なすぎるね。」 「でも、破産しちゃったらおしまいだよ。」 「すぐそれだもんね。」 「ゼロよりは半分のほうがましだろ。」 私は考え込んだ振りをしました。半額回収できればまあまあです。ただ、そのようなそぶりを見せると、つけこまれる可能性がありますから要注意です。 「八割出せよ、そのくらいの資産は余裕であるのはわかっているんだよ。」 「考えさせてくれ。クライアントに聞いてみる。」 ピーターは携帯電話を振りかざしながら、私に聞こえないように法廷の前から離れていきました。ちょっと時間ができてしまったので、壁に張ってある事件のカレンダーを眺めます。私はカレンダーの下の方で目を留めました。カニングハムが主任弁護人となっている事件があります。大きな石油会社がカニングハムのお客サンのようです。カレンダーの詳細をみると陪審裁判と記載されていますから、もしかしたらカニングハムの法廷姿がみれるかもしれません。相手の弁護士を観察するのも興味深いものです。 ピーターが帰ってきました。 「裁判官を含めて和解に行くのも面倒だから、六割支払うから今和解できないかな。」 「そりゃだめだ。」 「六割五分は?」 「だめ。七割なら呑むよ。」 「All right. Deal’s done. (それでいい、取引成立だね)」 ピーターが右手を出しました。握手をしながら、半分取れたら満足と言っていたクライアントの喜ぶ顔が見えるようです。細かい支払い方法などをピーターと話し合い、事務所に結果を携帯電話で報告し、事務所に帰るのがちょっと遅くなる旨千穂さんに伝えます。開廷時間の2時半になって、法廷内はまさにセトルメント・コンフェレンスが始まろうとしていました。私とピーターは和解が成立したことを書記官に告げ、裁判官が法廷に出てくる前に早々と法廷を後にします。 カニングハムが代理人として参加する陪審裁判は5階で開かれることがわかりました。金属的なエレベータに乗り込み5階まであがります。エレベータを降り、第514号法廷に向けて迷路のような廊下を歩いていきます。外から覗き見して開廷されていることを確かめます。中に入ると、陪審裁判はまだはじまっていませんでした。後ろの方の席に腰掛け足を組んで、法廷を眺めます。弁護士や裁判官はまだ和解を模索中のようで、法廷には現れていません。 多分、法廷の裏の裁判官のチャンバーで話し合いが行われているのでしょう。陪審員は控え室で暇をつぶしていることでしょう。しばらく人気のない法廷でぼんやり待っていると話し声とともに書記官や弁護士が法廷に戻ってきます。傍聴席に座っている私とスーツを着た弁護士の一人の目が合います。カルガモ一家のひとりですね、間違いありません。私と目が合うと非常に気まずそうな顔をしています。ちょっとの間を置いて、裁判官が入廷してきました。知らない顔の判事です。弁護士や裁判官が所定の位置につきますが、カニングハムの姿は見えません。シェリフが開廷されたことを宣言します。それを待って、裁判官が口を開きます。 「今、チャンバーで話した通り、主任弁護人であるカニングハム弁護士は来週喚問に呼ばれていて、本法廷における裁判は2週間延期するということで、当事者双方合意しますね。」 「合意します。」 カルガモ一家の弁護士が即答します。 「喚問、それも大陪審の喚問ということですが、カニングハム自身が喚問されているために裁判を延期せざるを得ないことを明記してください。」 相手方の弁護士が、嫌味たらたら発言しています。たぶん、陪審裁判の準備も整い今日に臨んだのでしょうけれど、当事者の弁護士であるカニングハムが出席していなかったわけです。それで、一方的に延期されたことが気に食わないのでしょう。 「とにかく、2週間の延期ということでよろしいですね。」 「然るべく…。」 まだ不満そうなカルガモの相手方は言いました。 「閉廷します。」 あっけなく期日指定だけして、裁判は終わってしまいました。カルガモは私に挨拶もなく、そそくさと法廷を後にしていました。 ニュースです。マックブライドがチラッと陪審喚問のことを言っていましたが、カニングハムが対象になっていたのですね。FBIもどうやらカニングハムに的を絞ったようです。面白くなってきました。思いがけない収穫を得た私は法廷を出てMUNIに乗り、自分の駐車場まで行き、車を拾って帰宅しました。 ちょっとは片付いた家のベットにどっかり横になり、カニングハムのことで考えを巡らせはじめました。真治君はまだ5時前後なので帰ってきていません。大陪審喚問が来週行なわれるということは少なくとも起訴できるだけの証拠…すなわちカニングハムと麻薬組織のつながり…をFBIや検事局が手に入れたはずです。もし、Eメールを手に入れたとすれば、私が真治君を無罪にするために切り札として残してあるパームに入っている情報が水泡と帰することになります。しかし、カニングハムが首謀者であるとして起訴されれば、真治君の無罪はいかようにでもすることができそうです。全部カニングハムの仕業と主張すれば良いのですから。とにかくパームのパスワードを解明しなくてはいけません。私はパームを背広のうちポケットから取りだし、いじくりはじめました。しかし、どうしてもパームのパスワードを解くことができません。 家のドアが「ガチャ」という音を立てて開きました。反射的にパームを胸ポケットに戻します。 「先生、帰っているんですか?」 真治君の声が聞こえてほっとします。 「真治くんかい?」 「今日は早いですね、どうしたんですか。」 「色々考え事していてね。」 私はパームのことを言うべきか言わないべきか迷っていましたが、黙っていることにしました。 「真治君、ご飯どうしようか。」 「そうですねぇ。」 首をひねっています。 結局冷蔵庫に入っていたもので簡単に済ませることになりました。食事が終わって、一息ついたところで、私は真治君に尋ねました。 「真治君、お父さんはコンピュータとか使っていたけど、必ずパスワードをかけていたんじゃないか。」 「え、なんでそんなこと聞くんですか?」 「いや、もしかしたら必要になるかもしれないからさ。」 「えーと、パスワードですよね。」 「うん。」 「それなら簡単です。」 「そうなの?」 「はい、いつも母の命日の9月29日、つまり0929を使っていましたから。」 「ふ~ん。」 私の胸は踊りました。 「あ~あ、なんか眠たくなっちゃった。」 「え、先生、まだ6時半ですよ。」 「眠いな。」 「疲れているんですか。」 「ちょっと、休ませてもらうね。」 「大丈夫ですか?」 「大丈夫だよ、全然。」 私はそそくさと自分の寝室に引きこもりました。パームを取り出して、電源をいれます。「パスワードを入れてください」という画面が出たところで、0929と慎重に入力すると、ばっちり反応しました。私は寝転がりながら、パームの中の情報を入念に見ていきます。まず、住所録を見てみると、Jgodという名前が目に付きました。名前にJgodとしかかいていないのです。住所も書かれていません。電話番号のみ記載されています。スーツのポケットに入っていた携帯電話を取り出し、その電話番号にかけてみます。4回ほど電話が鳴るとアンサリング・サービス(留守番電話サービス)が電話にでました。「メッセージを残してください。」という声でしたが、どうみてもカニングハムの声です。私は、不敵に笑いを浮かべました。その電話番号を、ノートにメモしておきます。次に、Eメールを読んでいきます。手に汗がにじんできたのがわかります。 Eメールは延べ70通くらい入っていましたが、JgodとVgodが記述されているものは10件ほど残っています。日付けは比較的福本氏が今回メキシコに旅立つ日に近いものでした。内容を順を追って見ていくと、驚くばかりの事実が浮かび上がってきました。私は、内容で大事な部分をノートに書き取りながら、メールを調べていきます。1時間ほどで、すべて麻薬に関連するメールを読み終わり、ノートにまとめることに成功しました。ため息をつきながら今一度、自分のノートを読み返します。 まず、間違いなくJgodとVgodについて詳しいメール履歴が残されています。内容はヘロインとははっきり書いていませんが、受け渡しや量、それに運搬ルートなどがはっきり記述されています。受け渡しにかかわっているであろう人々の名前や連絡先の固有名刺もでてきます。福本氏のJgodとVgodに対する返信は、トレードセンターに関して、協力してくれたことに対して何度も例を述べていること、それに麻薬関係には巻き込まれたくないことなどが克明に記されています。建築家としての世界的に大きな仕事を受けられる裏には、お金の絡んだ葛藤があったのでしょう。しかし、福本氏は断固として麻薬への介入を拒否していて、進んでカニングハムとロビンスにかかわるのを止めるように説いています。つまるところ、アジアやその他のマーケットを世界的に活躍する福本氏を使って開拓しようと考えたに違いありません。ちょうどサンフランシスコのトレードセンターの建築があったため、その便宜を図ってやるということを餌に、カニングハムはロビンスを通じて福本氏に近づいていたのでしょう。ロビンスは福本氏とは10年来の付き合いがあるので、簡単に心を許した部分があるのでしょうね。私は福本氏の頑とした態度に畏敬の念を表すとともに、やはりカニングハムと麻薬組織がつながっていた…いやカニングハムが麻薬組織を動かしていたことに驚きを隠せませんでした。とにかく、真相がわかったので、胸のつかえが一気に取れたような気がします。すっきりしました。私のクライアント、つまり真治君を無罪にできる公算が非常に高くなったわけです。同時に私は非常に不安になりました。カニングハムにしてみればこのパームは非常に危険な爆弾です。何をしでかすかわかりません。真治君に危害が及ぶのは必ず避けなくてはいけない…。私は思案しました。FBIに渡すのも来週の水曜日の起訴取下げの申立ての審理の結果を見てからにしたいものです。妙案を思いつきました。私はジーンズを履いて、Tシャツを着てパームをジーンズのポケットに突っ込むと寝室をでました。真治君は難しい顔をしながら本を読んでいます。 「あれ、また読書かい?」 本から目をあげるのが億劫な感じのする真治君はゆっくり私のほうに顔を向けました。 「あ、先生。」 「おう、俺はちょっと出てくるよ。」 「デートですか。」 「あはは、まあそんなようなもんだな。」 「あのスチュワーデスの人ですか。」 「黙秘権を使います。」 「何訳のわからないこと言ってるんですか。」 「ところで、何読んでいるの?」 「サーグッド・マーシャルの本です。」 「相当、法律に興味持ってるんだな。」 「すごい人ですね、マーシャルは。」 「おれもすごく尊敬している。」 「アメリカで初めて黒人で最高裁の判事になった人なんですね。」 「そうだね。でも彼が偉いのは最高裁の判事になったからじゃないんだよ。」 「そうなんですか。」 「彼はね、黒人を人として認めないという社会に弁護士として立ち向かい、ついには人権の平等を達成したんだ。」 「そこは読みました。すごいですよね。」 「でもね実際はものすごい状況だったらしい。」 「え、」 「家に火をつけられたり、脅迫の電話がひっきりなしに鳴ったり、暴漢に襲われたり、とにかくマーシャルをくじかせよう、殺そうと白人至上主義グループは特に躍起になっていたんだな。」 「そこまでして、やり遂げられたのはなんなんでしょうね。」 「それは今はお墓の中にいるマーシャルに聞かないとわからないかな。でも彼は人権という人の根底にある権利を信じていた。いや、人権を勇気を持って守護することに命をかけていたんだな…」 私は時計を見て、 「もう行かなくっちゃ。それじゃ。」 と言いつつ家をでました。もう、8時をまわっています。私は車を飛ばしコンピュUSAに向かいます。何しに行くって? それはお楽しみです。また尾行車を発見しました。少し間隔をあけてついてきます。しつこいなぁ。私は躊躇せずにマックブライドに電話をしました。カニングハムを大陪審に持っていっているのですから、彼にとっても証拠は多いほうが良いに決まっています。マックブライドは私の話を聞いて「すぐに行く」と行ってくれました。19番通りをのろのろ空港方面に向けて走っていると本当にすぐに来てくれました。アメリカの警察がいつもこのように早く駆けつけてくれれば犯罪が減るかもしれません。携帯電話で連絡を取り合っていたマックブライドと私はなぜか知りませんが非常にチームワークがよくサイレンを殺した覆面パトカーが尾行車をばっちり捕らえてくれました。何かよい情報がFBIに入るといいのですが。私はマックブライドに後を任せて空港方面にひたすら向かいます。コンピュUSAの便利なところは夜10時まで営業しているということです。仕事が遅くなっても立ち寄れるので重宝しているのです。私は更に用心を重ねて、色々な道をランダムに選んで走り、コンピュUSAに到着します。店に入るとつかつか修理係のところへ行くと、パームを取り出します。昼来たときの店員が私を認めて声をかけてきます。 「どうしました。」 「うん、なんか内臓電池の調子が悪いんだな。」 「本当ですか。修理はしてあるはずなんですけど。」 「もう一度、預けるから確認してもらえないかな。」 「そうですか、それではお預かりします。」 私は、パームをいぶかしげな顔をした店員に預け店を後にします。携帯電話が鳴ります。マックブライドです。 「小山弁護士、尾行車に乗っていたのはコロンビーニの残党でしたぜ。」 「やっぱりね。」 「奴らはなにか小山弁護士が情報を持っているからつけてるんでしょうな。」 「さあ、なんの情報でしょうね。」 私はすっとぼけて電話をきりました。家に帰ると真治君はまだ本を読んでいましたが私がデートからあまりにも早く帰ってきたと思っていたようで、同情してくれました。真相が色々わかってきたことで私は胸がすっとしてきたため、お酒をあまり飲まなくてもぐっすり眠れました。 金曜日は、いろいろな来客で悩殺されました。ほとんど自分の部屋の椅子に座るひまもなく人と会っていました。事業が行き詰まり倒産の憂き目に遭っている経営者、家庭内暴力で捕まり理不尽だと主張する夫、黙っている妻、セクハラで訴えられた会社の役員を弁護するための面談など世の中にはたくさんの悩みや問題、それにエゴが渦巻いているのです。一息ついたのは夕方になってからでした。やはり真治君の訴訟の問題が頭から離れません。 カニングハムが麻薬組織の大物だということはわかりましたが、今度はまたある事の事実の真相が知りたくなり、落ち着かなくなりました。 それは、一体なぜFBIが爆発を予感したように空港にいたのか、また福本氏が爆死したのは誰の仕業なのかという問題です。いても立ってもいられなくなったので私は早々に仕事を切り上げ、夕方の交通渋滞に巻き込まれる前に車を空港に走らせました。真治君に遅くなることを告げるため家に電話をしてみます。真治君が出ました。 「真治君、元気?。」 「元気ですよ。先生は? それよりも真理子さんとがんばってくださいよ。」 「何いってんだよ…ははは。」 「今日食事はどうします。」 「今、空港に行ってちょっと検分してきたいものがあるから、先になにか食べててよ。」 「了解です。」 電話を切った私は車を空港のパーキングに停めました。まず、エスカレータと足を使って爆発のときに私がいた到着ロビーに行きます。今では平常業務を再開したらしく、何事もなかったように落ち着きを取り戻しています。一般人ではジュラルミンの扉の中を見ることができません。私も、扉付近をうろうろしていると、さすがに警備はまだ厳しいのか目をつけられてしまいました。私はなんでもありません、という顔をしながら到着ロビーから遠ざかります。また上りエスカレータに乗り、今度は出発ロビーまで上がります。国際線の出発便は多いですから、夕方のこんな時間でさえもにぎわっていました。私は、エスカレータを下りて正面に見えるガラス張りのエリアに興味を示しました。いくつかのガラスは板に張りかえられています。多分、爆発でガラスも割れてしまったのでしょう。少々の早足で、そのいくつか残っているガラス張りのエリアに行くと、到着階のカルーセルが丸見えになりました。じっくり見ているとどこが爆発したのかがよくわかります。爆発した付近にはビニールが被されています。私はその爆発現場を見ながら、真治君のお父さんに合掌しました。合掌をし終わると、あることに気づきました。 「まてよ、ここからリモコンで爆発の操作もできるよな…。」 私は一人で捜査をするのは無理だなと思い、マックブライドに電話をかけました。空港からは携帯電話の電波が届きにくいですが、なんとかマックブライドとしゃべることに成功しました。 マックブライドに私の仮説を説明すると、彼は今度は俺の勝ちだなというような、勝ち誇った声で、もうFBIは捜査を進めていると笑っていました。 「そうなのか、FBIは現場から捜査を進めていたんだな。そりゃそうだよな。」 私は、苦笑いしました。 「マックブライド捜査官、ちょっと私の考えがあるんだ。」 「なんでしょう。」 「なんでFBIが空港の爆発の前に来ていたんだ。」 「匿名の電話があったからだ。」 電波に雑音が混じり、あまり受信が良くありません。 「その電話をかけてきた人間が誰だか特定されているのかい。」 「特定された。」 「カニングハムの関係かい。」 「そうだ。」 それ以上突っ込むのはやめました。FBIは空港での爆発に関する捜査はずいぶん進めている様子です。なにか私が気づいたことがあったとしても、FBIの捜査には敵わないであろうと少々あきらめながら空港を後にしようとポケットに手を突っ込みました。 「小山先生!」 振り向いたところに真理子さんが駆けてきました。 「あ、真理子さん。」 「こんなところで、なになさっているの?」 「ぼくはちょっと真治君の事件で思うところがあってね、空港を見にきたんだ。真理子さんは?」 「私もちょっとした用事で、ユナイテッドの職員に会いに来て今帰ろうとしていたところ。」 「そうなんだ。」 「そういえば、今度夕食とかいってたけど、今日なんかどう?」 今日は白いシャツに紺の対とスカートで彼女によく似合います。 「賛成です。金曜日ですし。」 「どこにしましょうか。」 「なんか、久しぶりにおいしい物が食べたいわ。」 「それなら、僕に任せておいて。」 「うれしい。」 「車は?」 「私の、勤務用のところにおいてあるから、ちょっと遠いの。小山先生の車で行きましょう。」 「そうしましょう。」 二人はサンフランシスコのダウンタウンにあるジュリアス・キャッスルに向かいました。フレンチをカリフォルニア風にアレンジした料理にワインがものすごくあいます。夜景もきれいですし、真理子さんもきれいです。デザートにポルトワインを頼むまでは二人でとりとめもない会話をしていました。久しぶりに事件のことを忘れて、自分の時間を満喫しました。真理子さんも料理や話に満足してくれたようです。 「小山先生は結婚なさらないの?」 ちょっとこの質問で私は黙ってしまいました。 「えっとね、したいんだけどね、相手がいないんだよ。」 真理子さんはくすくす笑っています。 「え、なにがおかしいの?」 「仕事で忙しいから、相手が見つからない…っていう訳ね。私も同じことよく言うから。」 「あはは、そうなんだ。」 「今日も忙しかったでしょ、でもこうやって会えるもんね。」 真理子さんは両肘をつきながら淡いランプ越しに私を見ています。ちょっと、いや、恥ずかしい。でもうれしい。 食事が終わって外に出ました。外の空気は本当に気持ちが良い。真理子さんと私はドライブがてらにコイト・タワーに行きました。コイト・タワーとは1900年の初めにサンフランシスコで大火事があったときに活躍したコイト女史を記念して丘の上に立てられた塔です。車を停めて、しばし夜景にみとれていました。 「小山先生。」 「何?」 「私で良かったらなんでもできることがあれば言ってくださいね。」 「え、ありがとう。」 「私、先生みたいなガッツのある人、すごく応援したいんだな。」 「応援ねェ…。」 とつぶやいてしまいました。 「応援っていうのは…。」といって彼女の方を振り向くと目が合ってしまいました。キスはとてもやさしくて、そのあとしばらく二人で抱き合ってぬくもりを感じていました。 サンフランシスコのダウンタウンにもすっかり夜の帳がおちました。しかし、ダウンタウンの事務所では煌煌と明かりがついているところが多いものです。アメリカではなぜか電気をつけっぱなしにするビルも多いのです。 ダウンタウンにそびえたつエンバカデロビルは4つの棟から成り立っています。どのビルからも海に面している部屋からは絶景が望めます。特に上の階に行けば行くほど景色は息を呑むものがあります。そのエンバカデロビル1号の35階の北東の角部屋は50畳ほどもある立派な部屋です。もちろん専属のスタッフが仕事をする部屋とは別の部屋です。カーペットはくるぶしまで埋まってしまいそうな毛の濃いえんじ色で、チェリー(桜)の家具や大の男が4人がかりでなければ運ぶことができなそうな執務机とマッチしています。執務机は遠くに見えるベイブリッジやアルカトラズ島に輝く光りを反射して鈍く輝いています。掃除が行き届いているのですね。壁には海の眺めを持つ大きなガラス張りの2面を除いては造り付けの本棚が設置されていて、淡い茶色のカリフォルニア州裁判所の判例集や青い背表紙の条文集が並べられています。部屋の中央には茶色い革のソファがコの字に並べられています。誰でもこの部屋を見れば相当に成功した弁護士の部屋だということが一目瞭然でわかることでしょう。壁にかかっているアンティークの時計は夜の10時半を少し過ぎたくらいを示しています。 執務机にはカニングハムが座っています。革の執務椅子はカニングハムと同じ位の背の高さをしています。ひじをついて正面のソファに座っている三人の弁護士を見つめています。カニングハムの机には裁判所からの書類と見られる30ページほどの束が置かれています。ソファに腰掛けている三人の弁護士も同じ書類の束を一人一人持っています。赤くCONFIDENTIAL COPY(機密)とスタンプが押されているところから見ると、コピーを取ったのでしょう。 誰も一言も発しません。時計の音だけが無機質に鳴っています。照明は間接照明だけなので非常に暗く感じます。ソファに座っている三人は昨日の昼にはサンフランシスコ郡の裁判所において真治君の事件で申立てをしに来ていたカルガモさんの三人です。そのひとりが沈黙に耐え切れずつぶやくように声を発しました。 「まだ、FBIは証拠をはっきりとはつかんでいない。今から用意しても充分切りぬけると思います。早速その準備にかかりましょう。」 その弁護士はその機密文書と指定された書類をぺらぺらめくります。 表紙には召喚状(Summons)と書かれています。裁判所名はUnited States District Court、つまり連邦地方裁判所と書かれています。カニングハムが重要参考人として出廷を命ぜられているのです。今日、ベーツ&マコーミック法律事務所に届けられたのです。内容は麻薬シンジケートの関連についてです。内容によると、カニングハムがカリフォルニアで麻薬売買取引にかかわっている容疑があるというものでした。FBIが内定を進めた結果、カニングハムとジャック・ロビンスがつながりがあり、福本氏とも何らかの麻薬に関するつながりがあったと記載されています。大陪審の捜査(Grand Jury Investigation)は来週の水曜日に始まるため、朝9時に出廷するように記載されています。 カニングハムが無表情で重たい口を開きました。 「我々はできる限り、私を不利にする証拠は第三者の目に触れないように集めたつもりだ。ただその過程で厄介な人間が現れた。あの小山だ。あの男は我々の努力を邪魔してきた。」 ひとりのソファに座っている弁護士が口を開く。 「しかし、ほとんどの証拠は回収したはずだし、小山にしたってどの証拠を我々が欲しがっているか今のところ気づいていない様子でした。次の水曜日だけ乗りきってしまえば、連邦捜査局が連邦検察を使っても簡単に大物弁護士に手をつけることはできないでしょう。」 カニングハムは無表情を続けていました。 「しかしこの何日間が勝負だ。あの小山も福本の子供を無罪にするために必死になっている。なんとか食い止めなければ。」 「あと回収していない情報といえば、パーム・パイロットですね。」 「小山の自宅にもないことがわかっている。昨日報告が入ってきた。」 「小山の自宅にあるコンピュータからは一切我々に不利になる証拠は発見されませんでした。」 「パームは一体どこに…。」 他の弁護士が口を挟む。 「パームにしたって存在すらわかっていないじゃないですか。もしかしたら、まだFBIや小山も持っていないかも…。」 カニングハムは低い声で、 「我々の同士である親愛なるトニー・ゴンザレス捜査官もFBIの捜査の過程でパームは見つかっていないと言っている。」 とつぶやきます。 ひとりの弁護士がカニングハムを少しでも安心させようと、 「そうです、FBIもまったくパームのことについては気づいていないのです。大陪審でも我々に不利なパームの情報は出てくることはないでしょう。」 カニングハムはいまいましげに宙を見つめ、 「持っているとすれば小山か福本のガキだ。」 そのときけたたましく電話が鳴りました。カニングハムは受話器を取り、2、3回うなずくとすぐに電話を切りました。 「今、小山の事務所も捜索したがなにもない様子だ。小山の事務所のコンピュータにも我々に不都合な情報はない。」 「小山か福本のジュニアがパームの内容に気づいていながら隠しているのでしょうか。」 「そうなるとコトだな。」 「現時点ではFBIも手詰まりなはずですから、我々も全力でカニングハム・グループを守ります。」 他の弁護士もうなずきながら賛同しています。 「ここまで大きくなったグループはベーツ&マコーミックの歴史でもそうありません。やはりカニングハム弁護士は失えない存在です。対外的にもとにかく食い止めることが大事です。」 「ロビンスとフクモトは死人ですから、あの二人に罪をかぶせるのが一番手っ取り早い。カニングハム・グループと麻薬をつなげるものは現在何もない。個人的にロビンスとカニングハム・グループがつながっていたとしても何ら不思議ではない。」 「今まで、FBIが挙げてきている証拠はこの召喚状によれば何度かあなた…つまりカニングハム弁護士…とロビンスが親密に付き合っていたという事実と、カニングハム・グループに出所の確かでない収入があったということだけです。重要参考人とはなっても麻薬売買に関係していたことは立証できないでしょう。コロンビア側にもFBIが捜査の手を伸ばしている様子ですが、通信は一切Eメールでしたからね、わからないはずです。差出人の身元も割られることはないとおもいますし。」 「少々不安材料なのがギャリソンの存在を小山が写真に撮ってしまったことですね。情報がFBIに渡っている危険性があります。」 「良い弁護をするためには多額のプロモーション代が必要になる。我々は、現在アメリカの大型法律事務所がしている当たり前のことをしてきただけです。守り抜かなくては。」 三人の弁護士は様々な意見を述べました。カニングハムがうなずくと三人の弁護士は部屋を出て行きました。 「ガッデム(畜生)…このまま私の築いてきた地位や富をやすやすと失うものか…。」 カニングハムは卓上に置いてある妻と子供の写真を眺めていました。席を立ち、絶景のサンフランシスコ湾を無表情で眺めたあと、カニングハムはポータブルのコンピュータを立ち上げ、Eメールをいくつか打ちました。打ったあとにすぐにメールを削除します。 壁のケースからブランディーを取り出します。クリスタルでできたチューリップ型のグラスに少々の琥珀色の液体を注ぐと良い芳香が広がります。しばらく手で温めながらカニングハムはグラスを口にします。 目を軽く閉じたカニングハムはベーツ&マコーミックに入所した時の事を回想します…。カニングハムは弁護士になりたての頃は正義の心に燃え、パブリックディフェンダーの事務所に入所しました。弱いもの、法律のシステムに押しつぶされそうなもの、それを助けられるのは法律しかない。三谷先生と同じ理想に燃えて入所したものです。いくつも政治的見解にチャレンジして貧しいものの権利を確立したり、大きな企業を相手に代表訴訟をしたり、輝かしい実績を作り上げてきました。カニングハムは自分でそれで満足なんだと思っていたのです。ところが、法廷弁護人として名をあげてくると、様々な誘惑が彼を襲いました。きらびやかなパーティー、そこで出会う大物政治家や実業家、何桁も違うビジネスの話、世界規模での旅や仕事にかかわった話。政治家からのアプローチや賄賂。企業からのオペラやゴルフ、それに現金での接待。カニングハムは変わりました。まず資本主義の世界ではお金からはじまる。貧しい人を助けるのと同じ労力を使えば、何億円にもなる仕事がある。次第にカニングハムは三谷先生のような弁護をする弁護士を疎んじるようになりました。今まで感じていた正義感とは一体なんなんだ、結局自分が幸せにはなっていないのではないか。次第にカニングハムは「力」を持った人々との交流が盛んになりました。パブリック・ディフェンダーの事務所を惜しまれながらやめたカニングハムは、手にした人脈をもとにベーツ&マコーミックに移籍します。大きな事務所という名前だけに引かれてくる、何も知らない大企業。接待で満足してしまう、会社のトップ。今までに手にしたことのない弁護士費用の額が入ってくるようになりました。得たお金は、勉強ができ、よく言うことを聞く新米弁護士の給料、それに数々の調度品や欲を満たすための道具として消えていきました。ただ、ベーツ&マコーミックで地位を保つにはお金はあればあるほど良い。それがステータスなのです。10人のアソシエート弁護士と23人の事務員を食べさせ、更に大きくなるための資金がこのグループには必要になったのです。南米で活躍する実業家、カルロス・デ・エストロもカニングハムの顧客でした。顧客の中でも非常に上客だといってもよいでしょう。カニングハムはエストロのために様々な事件を扱い、便宜を図り、時には弁護士という立場を越え、政治的にも介入しました。 エストロは自分の弁護士を信じ、自分がコロンビアを通じて行われている麻薬シンジケートの大物であることを明かします。カニングハムはお金の計算をはじめ、自分がかかわることのリスクよりも麻薬による収入の大きさに心を奪われました。エストロから紹介されたロビンスはカニングハムの親友となりました。ロビンスはカニングハムと組み多大な麻薬をアメリカに密輸しました。ちなみにエステロは3年ほど前にFBIがコロンビア警察と組み(もっともFBIがほとんどの仕事をしたが)コロンビーニ一家を壊滅に追い込んだときに捕まりましたが、護送の途中、集中的な銃撃戦が始まり死亡しています。エストロ亡き後、カニングハムとロビンスは手先を操り、常に多大な富を得ていました。何事も大物弁護士の力を使い秘密裏に処理されていました。 ところが、ロビンスの紹介で仲間に引き入れようとした福本氏がいらない正義心をおこしました。福本氏はお金は充分にあり、お金では彼をひきつけることができませんでした。それどころか、カニングハムが福本氏をひきつけようとして裏で根回したために成功したサンフランシスコ・トレードセンターの設計を福本氏とする指名も、福本氏には効き目がありませんでした。逆にカニングハムの口添えがあったものの福本氏は実力で指名を受けたものだと信じていました。福本氏がロビンスを自分のプロジェクトのチーフ・デザイナーにしていたのもロビンスの実力のみを買っていたからでした。福本氏はロビンス氏に麻薬との縁を断ち切るように何度も説得を続けました。 (今からでも遅くはない…) 福本氏は率直にロビンスを仕事仲間、いや友達として忠告しました。ロビンスも決して麻薬に関係することを望んでいたわけではありませんでした。ロビンスも心が揺れてきました。 (とにかく今回は目をつむるから、ジャック、もう二度と麻薬に係わらないでくれ) (…。) (ジャック、君は麻薬に手を出す必要がまったくない人間だ。君の才能は素晴らしい。ぜひ一生私と組んで仕事を続けてもらいたい。君と仕事ができることは私にとってどんなに励みになることか。) (福本さん…。) (ジャック、君みたいに腕の良い芸術家が秘められた才能を人々のために使わないでどうするんだ。悪い方向に使っては無駄になる。) ロビンスはプロとして尊敬する建築家の言葉に動かされました。 福本氏に懇願されたロビンスはカニングハムに今回の密輸を最後にカニングハムと縁を切る旨を伝えました。 カニングハムは自分の思惑から離れていく人間に非常に不満を持ちました。表に出る前に葬るしかカニングハム・グループを守る方法はない、カニングハムはメキシコの配下に手配を依頼し、ロビンスに渡す最後のヘロインの粉の袋を用意させました、しかも爆弾付きで。 (ロビンスとフクモトにすべてしょってもらおう。) 麻薬を捌いてふところに入る膨大な金額は、カニングハムを人を1人2人殺すことも容易く考えさせるようになっていたのです。 カニングハムの誤算はロビンスのスーツケースにではなく福本氏のスーツケースに麻薬が入っていたことでした。福本氏はあくまでもロビンス氏の将来をおもんばかり、 (最後の危険だったら私が肩代わりしても…) と考え、あえて自分のスーツケースに麻薬をいれたのです。 リモートコントロールを使った遠隔操作により爆破したスーツケースは福本氏のものでした。最初はロビンス氏に捜査の目がむけられると思ってロビンスの家に麻薬を隠そうと思っていたカニングハムは急遽予定を変更して、代わりに福本家に大量の麻薬を隠しておいたのです。捜査の目が福本家に集中したためにある程度強引に証拠を回収しようと思い、様々な行動に出ざるを得なかったのです。 大陪審の捜査内容は麻薬関係ですから、実際に麻薬に手をつけていなかったカニングハムは何ら実行犯として処罰されません。しかしアメリカにはRICO法 (Racketter Influenced and Corrupt Organization Act)とよばれる法律があります。RICO法とは簡単に言えば、末端の犯罪を実行するものを処罰するだけではなく、その実行を教唆したり陰謀した者まで実行犯より重い罪で処罰できる法律です。現在カニングハムが重要参考人として出廷を命ぜられているのはこのRICO法に基づいて、実行犯ではないが首謀者であるとしてです。首謀者であれば、実行犯と同じか時にはそれよりも重く罰せられることになるのです。RICO法により処罰される麻薬密売組織のボスは少なくありません。カニングハムも充分そのことを知っていました。 カニングハムは唇を噛みました。 「FBIがどのような捜査をしても私の築いた地位は崩させない。」 カニングハムにはFBIだけではなく今回の事件に関与している弁護士の小山が許せませんでした。 「何が紳士的だ、泡を食わせたつもりだろうが、私の地位を辱める人間には制裁をくだす。」 苦々しくつぶやくとまた無表情に戻ったカニングハムは上下で5000ドルもするイタリア製のスーツの上着をつけ、事務所のエレベータを駐車場まで下りました。最新型の濃紺色で2ドアのベントレーに乗りこむと、夜の街を加速していきました。FBIのアメ車があとをつけていきます。 バックミラーを確認したカニングハムは尾行に気づきました。カニングハムはスピードを法定速度に保ち、緩やかにフリーウェイを自宅のあるヒルズボローにベントレーを走らせます。空港よりもちょっと先に位置する高級住宅地です。ロビンスの家からそう遠くはありません。 まったくエンジンの音がしない室内でハンドルを握ったカニングハムは何度もFBIに対する呪詛を唱えています。 「私は絶対に捕まらない。」 カニングハムの目はぎらぎら光っていました。 「大陪審など乗りきってやる。」 当事務所が加盟している全米移民法弁護士協会では、現在の政権下での行政命令「Buy American and Hire American」に関し、H-1Bビザ審査に大きな影響を与えていることを憂慮しています。この行政命令は、結果として、H-1B申請の審査を従来の審査に比べ、相当厳しいものにし、新規の取得だけでなく、更新申請の場合でも、許可をとるのがしばしば難しくなっています。H-1Bビザは、大学卒業者が米国で就職する際の大事な手段の一つです。せっかく米国の大学を卒業したのに、労働ビザが取得できにくいというのは、学生からみれば、納得できない状況ではないでしょうか。
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