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​MSLG ブログ

【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

5/8/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第15回目です。

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第15章 召喚状の送達 (Service of Summons)
 
木曜日だというのに朝から私は自分の家を片づけしていました。真治君を学校に送ったあと、急ぎの法廷がないので賊の入った家を整理していたのです。コンピュータが盗まれたのはショックでしたが、警察の調書があるので保険でカバーされるはずです。書斎を整理していると、真治君がお父さんと写っている写真が目に入りました。今、がんばっている真治君は写真とは違う、別人のようにたくましくなっています。真治君の思い出を机の上に戻します。机の上には私がロースクール時代に使っていた刑事訴訟法の教科書などが広げられています。法律に興味が沸いてきたんだな、と感心しました。また反面、自分で訴訟を理解して安心しようとしているのかな、と刑事事件に巻き込まれている少年を不憫に思いました。
 
整理が一段落したところで、熱いシャワーをあびて、服を着替えパームの修理ができたか確認しにいくことにしました。カニングハムの執拗な証拠開示請求がありましたから、私はパームに興味津々でした。昨日のマックブライドの話では、FBIや検事局も動きを見せはじめているはずです。来週の水曜日には起訴取下げの申立ての審理がありますから、ぜひパームの内容を確認して証拠として出したいものです。コンピュUSAに連絡を取る方法として、直接お店に行くこと以外はやめようと思いました。事前に電話をかけて修理ができたか確かめてもよかったのですが、何らかの形でコンピュUSAと私をつなげる形跡を残したくないのです。事務所に行きがてらに寄っていくことに決めました。尾行車はありませんでした。昨日私の家に侵入してきたのですから、いくらなんでも今日つけていたのではすぐに警戒されてお粗末ですもんね。それでも用心に用心を重ねて何度も道路の角を曲がったり、途中で止まったりしながらコンピュUSAにたどり着きました。本来なら20分ほどで着くところを、45分かけて運転してきました。修理カウンターに足早に行き、パームを見せてもらいます。やりました、修理されています。受付の女性に運転免許証で身分を一致させてもらい、パームを受け取ります。修理されているかどうか女性が確認してくれました。それをじりじり見ていた私は、確認させてくれと彼女からひったくってしまいました。ところがパスワードでプロテクトされていて内容を読むことができません。私は凍ってしまいました。
(パスワードなんて、どうしよう…。)
私は、パームを一所懸命いじくってみますが、パスワードがわかりません。FBIの力を借りていればパスワードなんて簡単にわかってしまうのでしょうね。
じっくりパームを見ていましたが、どうしようもありません。私にパームを奪われた修理係の女性がうんざりした顔をして、修理代金は140ドルですと私に叫んでいました。修理代の140ドルというのはちょっと高いとぶつぶつ文句を言いながらも支払いを済ませ、パームを受け取り私はコンピュータ・ショップを後にしました。がっかりです、パスワードがわかれば一発なのになぁ。手のひらサイズのコンピュータを眺めながら私は懇願するようにパームを見つめました。来週の起訴取下げの申立ての審理にどうしてもあのパームの内容が欲しい。真治君なら何か手がかりがあるかもしれませんね。やはり、今FBIにこの証拠を渡したとしても、今までの感じからすぐに真治君の起訴を取下げてもらえるかまたは無罪にしてくれるかわかりません。やはり駆け引きが大事ですから。そんなことを考えながら、事務所に向かいます。事務所で、昨日の賊の侵入を心配していた三谷先生と千穂さんに昨日から起こっているあらましを話しているうちに時間は過ぎていきました。パームの内容に関しては伏せておきます。なんらかの迷惑がかかるのを恐れたからです。仕事をしていましたが、あまり手につきません。真治君にパームのことを打ち明けようか、どうしようか迷います。何らかの方法でパスワードを調べなくてはいけません。まあ申立ての審理は来週ですから、今週末になんらかの対策を講じなくてはいけないでしょう。まあ、パームが修理されただけでも前進ですよね。
昼ご飯を食べて眠くなってきました。自分の日誌をみるとデスクワークではなく、幸いにも法廷活動がスケジュールされています。またまたサンフランシスコの地方裁判所です。黒いかばんを提げて事務所を出ます。まぶしい太陽で目が冴えてきます。今日は気分を変えてMUNIという一部地下鉄となる電車に乗って裁判所まで行くことにしました。私の事務所から裁判所まで約10分ほどで着いてしまいます。非常に便利なうえに、安い。たった1ドルでどこまででも乗れてしまうのです。電車に揺られながら午後の出廷のことを考えようとしますが、やはりパームのことが焼き付いて離れません。私の家に侵入した賊もパームを探していたに違いありません。
電車を降り、地下のホームから外に出ます。ホームレスが多いエリアですが、少し歩くと芝生が広がり、すがすがしいです。わざと芝生に近いところを選んで裁判所に向かいます。昼間からひとりでサックスを吹いているミュージシャンがいます。ジョン・コルトレンですね、この曲は。私も口ずさんでみます。
裁判所の内部は割合にひんやりしています。私はセトルメント・コンフェレンス(Settlement Conference:和解の可能性を探る出廷日)に出席するために2階に行きました。エレベータが混んでいたので、階段を駆け登ります。2階に行くと、セトルメント・コンフェレンスに出席する相手方の弁護士をすぐに見つけることができました。
契約関係の事件です。私のクライアントが商品を売ったのですが、被告である会社が代金を一向に払ってくれません。業を煮やして売掛金の回収の訴訟をはじめたのです。良くあるケースです。原告から債権回収を任された私は、相手方の会社である被告の代理人と話をつけようと今日の会議に臨んだわけです。相手の弁護士は40代の白人弁護士です。
「ハイ、ジュンペイ。」
「ハイ、ピーター。何かうちのクライアントに良いニュースはあるかい。」
「会議の前だけど、どうだろう、今、請求額の半額で和解できないかな、分割払いだったら何とかなると思う。」
「半分…っていうのはちょっと少なすぎるね。」
「でも、破産しちゃったらおしまいだよ。」
「すぐそれだもんね。」
「ゼロよりは半分のほうがましだろ。」
私は考え込んだ振りをしました。半額回収できればまあまあです。ただ、そのようなそぶりを見せると、つけこまれる可能性がありますから要注意です。
「八割出せよ、そのくらいの資産は余裕であるのはわかっているんだよ。」
「考えさせてくれ。クライアントに聞いてみる。」
ピーターは携帯電話を振りかざしながら、私に聞こえないように法廷の前から離れていきました。ちょっと時間ができてしまったので、壁に張ってある事件のカレンダーを眺めます。私はカレンダーの下の方で目を留めました。カニングハムが主任弁護人となっている事件があります。大きな石油会社がカニングハムのお客サンのようです。カレンダーの詳細をみると陪審裁判と記載されていますから、もしかしたらカニングハムの法廷姿がみれるかもしれません。相手の弁護士を観察するのも興味深いものです。
ピーターが帰ってきました。
「裁判官を含めて和解に行くのも面倒だから、六割支払うから今和解できないかな。」
「そりゃだめだ。」
「六割五分は?」
「だめ。七割なら呑むよ。」
「All right.  Deal’s done. (それでいい、取引成立だね)」
ピーターが右手を出しました。握手をしながら、半分取れたら満足と言っていたクライアントの喜ぶ顔が見えるようです。細かい支払い方法などをピーターと話し合い、事務所に結果を携帯電話で報告し、事務所に帰るのがちょっと遅くなる旨千穂さんに伝えます。開廷時間の2時半になって、法廷内はまさにセトルメント・コンフェレンスが始まろうとしていました。私とピーターは和解が成立したことを書記官に告げ、裁判官が法廷に出てくる前に早々と法廷を後にします。
カニングハムが代理人として参加する陪審裁判は5階で開かれることがわかりました。金属的なエレベータに乗り込み5階まであがります。エレベータを降り、第514号法廷に向けて迷路のような廊下を歩いていきます。外から覗き見して開廷されていることを確かめます。中に入ると、陪審裁判はまだはじまっていませんでした。後ろの方の席に腰掛け足を組んで、法廷を眺めます。弁護士や裁判官はまだ和解を模索中のようで、法廷には現れていません。 多分、法廷の裏の裁判官のチャンバーで話し合いが行われているのでしょう。陪審員は控え室で暇をつぶしていることでしょう。しばらく人気のない法廷でぼんやり待っていると話し声とともに書記官や弁護士が法廷に戻ってきます。傍聴席に座っている私とスーツを着た弁護士の一人の目が合います。カルガモ一家のひとりですね、間違いありません。私と目が合うと非常に気まずそうな顔をしています。ちょっとの間を置いて、裁判官が入廷してきました。知らない顔の判事です。弁護士や裁判官が所定の位置につきますが、カニングハムの姿は見えません。シェリフが開廷されたことを宣言します。それを待って、裁判官が口を開きます。
「今、チャンバーで話した通り、主任弁護人であるカニングハム弁護士は来週喚問に呼ばれていて、本法廷における裁判は2週間延期するということで、当事者双方合意しますね。」
「合意します。」
カルガモ一家の弁護士が即答します。
「喚問、それも大陪審の喚問ということですが、カニングハム自身が喚問されているために裁判を延期せざるを得ないことを明記してください。」
相手方の弁護士が、嫌味たらたら発言しています。たぶん、陪審裁判の準備も整い今日に臨んだのでしょうけれど、当事者の弁護士であるカニングハムが出席していなかったわけです。それで、一方的に延期されたことが気に食わないのでしょう。
「とにかく、2週間の延期ということでよろしいですね。」
「然るべく…。」
まだ不満そうなカルガモの相手方は言いました。
「閉廷します。」
あっけなく期日指定だけして、裁判は終わってしまいました。カルガモは私に挨拶もなく、そそくさと法廷を後にしていました。
ニュースです。マックブライドがチラッと陪審喚問のことを言っていましたが、カニングハムが対象になっていたのですね。FBIもどうやらカニングハムに的を絞ったようです。面白くなってきました。思いがけない収穫を得た私は法廷を出てMUNIに乗り、自分の駐車場まで行き、車を拾って帰宅しました。
ちょっとは片付いた家のベットにどっかり横になり、カニングハムのことで考えを巡らせはじめました。真治君はまだ5時前後なので帰ってきていません。大陪審喚問が来週行なわれるということは少なくとも起訴できるだけの証拠…すなわちカニングハムと麻薬組織のつながり…をFBIや検事局が手に入れたはずです。もし、Eメールを手に入れたとすれば、私が真治君を無罪にするために切り札として残してあるパームに入っている情報が水泡と帰することになります。しかし、カニングハムが首謀者であるとして起訴されれば、真治君の無罪はいかようにでもすることができそうです。全部カニングハムの仕業と主張すれば良いのですから。とにかくパームのパスワードを解明しなくてはいけません。私はパームを背広のうちポケットから取りだし、いじくりはじめました。しかし、どうしてもパームのパスワードを解くことができません。
家のドアが「ガチャ」という音を立てて開きました。反射的にパームを胸ポケットに戻します。
「先生、帰っているんですか?」
真治君の声が聞こえてほっとします。
「真治くんかい?」
「今日は早いですね、どうしたんですか。」
「色々考え事していてね。」
私はパームのことを言うべきか言わないべきか迷っていましたが、黙っていることにしました。
「真治君、ご飯どうしようか。」
「そうですねぇ。」
首をひねっています。
結局冷蔵庫に入っていたもので簡単に済ませることになりました。食事が終わって、一息ついたところで、私は真治君に尋ねました。
「真治君、お父さんはコンピュータとか使っていたけど、必ずパスワードをかけていたんじゃないか。」
「え、なんでそんなこと聞くんですか?」
「いや、もしかしたら必要になるかもしれないからさ。」
「えーと、パスワードですよね。」
「うん。」
「それなら簡単です。」
「そうなの?」
「はい、いつも母の命日の9月29日、つまり0929を使っていましたから。」
「ふ~ん。」
私の胸は踊りました。
「あ~あ、なんか眠たくなっちゃった。」
「え、先生、まだ6時半ですよ。」
「眠いな。」
「疲れているんですか。」
「ちょっと、休ませてもらうね。」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、全然。」
私はそそくさと自分の寝室に引きこもりました。パームを取り出して、電源をいれます。「パスワードを入れてください」という画面が出たところで、0929と慎重に入力すると、ばっちり反応しました。私は寝転がりながら、パームの中の情報を入念に見ていきます。まず、住所録を見てみると、Jgodという名前が目に付きました。名前にJgodとしかかいていないのです。住所も書かれていません。電話番号のみ記載されています。スーツのポケットに入っていた携帯電話を取り出し、その電話番号にかけてみます。4回ほど電話が鳴るとアンサリング・サービス(留守番電話サービス)が電話にでました。「メッセージを残してください。」という声でしたが、どうみてもカニングハムの声です。私は、不敵に笑いを浮かべました。その電話番号を、ノートにメモしておきます。次に、Eメールを読んでいきます。手に汗がにじんできたのがわかります。
Eメールは延べ70通くらい入っていましたが、JgodとVgodが記述されているものは10件ほど残っています。日付けは比較的福本氏が今回メキシコに旅立つ日に近いものでした。内容を順を追って見ていくと、驚くばかりの事実が浮かび上がってきました。私は、内容で大事な部分をノートに書き取りながら、メールを調べていきます。1時間ほどで、すべて麻薬に関連するメールを読み終わり、ノートにまとめることに成功しました。ため息をつきながら今一度、自分のノートを読み返します。
まず、間違いなくJgodとVgodについて詳しいメール履歴が残されています。内容はヘロインとははっきり書いていませんが、受け渡しや量、それに運搬ルートなどがはっきり記述されています。受け渡しにかかわっているであろう人々の名前や連絡先の固有名刺もでてきます。福本氏のJgodとVgodに対する返信は、トレードセンターに関して、協力してくれたことに対して何度も例を述べていること、それに麻薬関係には巻き込まれたくないことなどが克明に記されています。建築家としての世界的に大きな仕事を受けられる裏には、お金の絡んだ葛藤があったのでしょう。しかし、福本氏は断固として麻薬への介入を拒否していて、進んでカニングハムとロビンスにかかわるのを止めるように説いています。つまるところ、アジアやその他のマーケットを世界的に活躍する福本氏を使って開拓しようと考えたに違いありません。ちょうどサンフランシスコのトレードセンターの建築があったため、その便宜を図ってやるということを餌に、カニングハムはロビンスを通じて福本氏に近づいていたのでしょう。ロビンスは福本氏とは10年来の付き合いがあるので、簡単に心を許した部分があるのでしょうね。私は福本氏の頑とした態度に畏敬の念を表すとともに、やはりカニングハムと麻薬組織がつながっていた…いやカニングハムが麻薬組織を動かしていたことに驚きを隠せませんでした。とにかく、真相がわかったので、胸のつかえが一気に取れたような気がします。すっきりしました。私のクライアント、つまり真治君を無罪にできる公算が非常に高くなったわけです。同時に私は非常に不安になりました。カニングハムにしてみればこのパームは非常に危険な爆弾です。何をしでかすかわかりません。真治君に危害が及ぶのは必ず避けなくてはいけない…。私は思案しました。FBIに渡すのも来週の水曜日の起訴取下げの申立ての審理の結果を見てからにしたいものです。妙案を思いつきました。私はジーンズを履いて、Tシャツを着てパームをジーンズのポケットに突っ込むと寝室をでました。真治君は難しい顔をしながら本を読んでいます。
「あれ、また読書かい?」
本から目をあげるのが億劫な感じのする真治君はゆっくり私のほうに顔を向けました。
「あ、先生。」
「おう、俺はちょっと出てくるよ。」
「デートですか。」
「あはは、まあそんなようなもんだな。」
「あのスチュワーデスの人ですか。」
「黙秘権を使います。」
「何訳のわからないこと言ってるんですか。」
「ところで、何読んでいるの?」
「サーグッド・マーシャルの本です。」
「相当、法律に興味持ってるんだな。」
「すごい人ですね、マーシャルは。」
「おれもすごく尊敬している。」
「アメリカで初めて黒人で最高裁の判事になった人なんですね。」
「そうだね。でも彼が偉いのは最高裁の判事になったからじゃないんだよ。」
「そうなんですか。」
「彼はね、黒人を人として認めないという社会に弁護士として立ち向かい、ついには人権の平等を達成したんだ。」
「そこは読みました。すごいですよね。」
「でもね実際はものすごい状況だったらしい。」
「え、」
「家に火をつけられたり、脅迫の電話がひっきりなしに鳴ったり、暴漢に襲われたり、とにかくマーシャルをくじかせよう、殺そうと白人至上主義グループは特に躍起になっていたんだな。」
「そこまでして、やり遂げられたのはなんなんでしょうね。」
「それは今はお墓の中にいるマーシャルに聞かないとわからないかな。でも彼は人権という人の根底にある権利を信じていた。いや、人権を勇気を持って守護することに命をかけていたんだな…」
私は時計を見て、
「もう行かなくっちゃ。それじゃ。」
と言いつつ家をでました。もう、8時をまわっています。私は車を飛ばしコンピュUSAに向かいます。何しに行くって? それはお楽しみです。また尾行車を発見しました。少し間隔をあけてついてきます。しつこいなぁ。私は躊躇せずにマックブライドに電話をしました。カニングハムを大陪審に持っていっているのですから、彼にとっても証拠は多いほうが良いに決まっています。マックブライドは私の話を聞いて「すぐに行く」と行ってくれました。19番通りをのろのろ空港方面に向けて走っていると本当にすぐに来てくれました。アメリカの警察がいつもこのように早く駆けつけてくれれば犯罪が減るかもしれません。携帯電話で連絡を取り合っていたマックブライドと私はなぜか知りませんが非常にチームワークがよくサイレンを殺した覆面パトカーが尾行車をばっちり捕らえてくれました。何かよい情報がFBIに入るといいのですが。私はマックブライドに後を任せて空港方面にひたすら向かいます。コンピュUSAの便利なところは夜10時まで営業しているということです。仕事が遅くなっても立ち寄れるので重宝しているのです。私は更に用心を重ねて、色々な道をランダムに選んで走り、コンピュUSAに到着します。店に入るとつかつか修理係のところへ行くと、パームを取り出します。昼来たときの店員が私を認めて声をかけてきます。
「どうしました。」
「うん、なんか内臓電池の調子が悪いんだな。」
「本当ですか。修理はしてあるはずなんですけど。」
「もう一度、預けるから確認してもらえないかな。」
「そうですか、それではお預かりします。」
私は、パームをいぶかしげな顔をした店員に預け店を後にします。携帯電話が鳴ります。マックブライドです。
「小山弁護士、尾行車に乗っていたのはコロンビーニの残党でしたぜ。」
「やっぱりね。」
「奴らはなにか小山弁護士が情報を持っているからつけてるんでしょうな。」
「さあ、なんの情報でしょうね。」
私はすっとぼけて電話をきりました。家に帰ると真治君はまだ本を読んでいましたが私がデートからあまりにも早く帰ってきたと思っていたようで、同情してくれました。真相が色々わかってきたことで私は胸がすっとしてきたため、お酒をあまり飲まなくてもぐっすり眠れました。
金曜日は、いろいろな来客で悩殺されました。ほとんど自分の部屋の椅子に座るひまもなく人と会っていました。事業が行き詰まり倒産の憂き目に遭っている経営者、家庭内暴力で捕まり理不尽だと主張する夫、黙っている妻、セクハラで訴えられた会社の役員を弁護するための面談など世の中にはたくさんの悩みや問題、それにエゴが渦巻いているのです。一息ついたのは夕方になってからでした。やはり真治君の訴訟の問題が頭から離れません。
カニングハムが麻薬組織の大物だということはわかりましたが、今度はまたある事の事実の真相が知りたくなり、落ち着かなくなりました。
それは、一体なぜFBIが爆発を予感したように空港にいたのか、また福本氏が爆死したのは誰の仕業なのかという問題です。いても立ってもいられなくなったので私は早々に仕事を切り上げ、夕方の交通渋滞に巻き込まれる前に車を空港に走らせました。真治君に遅くなることを告げるため家に電話をしてみます。真治君が出ました。
「真治君、元気?。」
「元気ですよ。先生は? それよりも真理子さんとがんばってくださいよ。」
「何いってんだよ…ははは。」
「今日食事はどうします。」
「今、空港に行ってちょっと検分してきたいものがあるから、先になにか食べててよ。」
「了解です。」
電話を切った私は車を空港のパーキングに停めました。まず、エスカレータと足を使って爆発のときに私がいた到着ロビーに行きます。今では平常業務を再開したらしく、何事もなかったように落ち着きを取り戻しています。一般人ではジュラルミンの扉の中を見ることができません。私も、扉付近をうろうろしていると、さすがに警備はまだ厳しいのか目をつけられてしまいました。私はなんでもありません、という顔をしながら到着ロビーから遠ざかります。また上りエスカレータに乗り、今度は出発ロビーまで上がります。国際線の出発便は多いですから、夕方のこんな時間でさえもにぎわっていました。私は、エスカレータを下りて正面に見えるガラス張りのエリアに興味を示しました。いくつかのガラスは板に張りかえられています。多分、爆発でガラスも割れてしまったのでしょう。少々の早足で、そのいくつか残っているガラス張りのエリアに行くと、到着階のカルーセルが丸見えになりました。じっくり見ているとどこが爆発したのかがよくわかります。爆発した付近にはビニールが被されています。私はその爆発現場を見ながら、真治君のお父さんに合掌しました。合掌をし終わると、あることに気づきました。
「まてよ、ここからリモコンで爆発の操作もできるよな…。」
私は一人で捜査をするのは無理だなと思い、マックブライドに電話をかけました。空港からは携帯電話の電波が届きにくいですが、なんとかマックブライドとしゃべることに成功しました。
マックブライドに私の仮説を説明すると、彼は今度は俺の勝ちだなというような、勝ち誇った声で、もうFBIは捜査を進めていると笑っていました。
「そうなのか、FBIは現場から捜査を進めていたんだな。そりゃそうだよな。」
私は、苦笑いしました。
「マックブライド捜査官、ちょっと私の考えがあるんだ。」
「なんでしょう。」
「なんでFBIが空港の爆発の前に来ていたんだ。」
「匿名の電話があったからだ。」
電波に雑音が混じり、あまり受信が良くありません。
「その電話をかけてきた人間が誰だか特定されているのかい。」
「特定された。」
「カニングハムの関係かい。」
「そうだ。」
それ以上突っ込むのはやめました。FBIは空港での爆発に関する捜査はずいぶん進めている様子です。なにか私が気づいたことがあったとしても、FBIの捜査には敵わないであろうと少々あきらめながら空港を後にしようとポケットに手を突っ込みました。
「小山先生!」
振り向いたところに真理子さんが駆けてきました。
「あ、真理子さん。」
「こんなところで、なになさっているの?」
「ぼくはちょっと真治君の事件で思うところがあってね、空港を見にきたんだ。真理子さんは?」
「私もちょっとした用事で、ユナイテッドの職員に会いに来て今帰ろうとしていたところ。」
「そうなんだ。」
「そういえば、今度夕食とかいってたけど、今日なんかどう?」
今日は白いシャツに紺の対とスカートで彼女によく似合います。
「賛成です。金曜日ですし。」
「どこにしましょうか。」
「なんか、久しぶりにおいしい物が食べたいわ。」
「それなら、僕に任せておいて。」
「うれしい。」
「車は?」
「私の、勤務用のところにおいてあるから、ちょっと遠いの。小山先生の車で行きましょう。」
「そうしましょう。」
二人はサンフランシスコのダウンタウンにあるジュリアス・キャッスルに向かいました。フレンチをカリフォルニア風にアレンジした料理にワインがものすごくあいます。夜景もきれいですし、真理子さんもきれいです。デザートにポルトワインを頼むまでは二人でとりとめもない会話をしていました。久しぶりに事件のことを忘れて、自分の時間を満喫しました。真理子さんも料理や話に満足してくれたようです。
「小山先生は結婚なさらないの?」
ちょっとこの質問で私は黙ってしまいました。
「えっとね、したいんだけどね、相手がいないんだよ。」
真理子さんはくすくす笑っています。
「え、なにがおかしいの?」
「仕事で忙しいから、相手が見つからない…っていう訳ね。私も同じことよく言うから。」
「あはは、そうなんだ。」
「今日も忙しかったでしょ、でもこうやって会えるもんね。」
真理子さんは両肘をつきながら淡いランプ越しに私を見ています。ちょっと、いや、恥ずかしい。でもうれしい。
食事が終わって外に出ました。外の空気は本当に気持ちが良い。真理子さんと私はドライブがてらにコイト・タワーに行きました。コイト・タワーとは1900年の初めにサンフランシスコで大火事があったときに活躍したコイト女史を記念して丘の上に立てられた塔です。車を停めて、しばし夜景にみとれていました。
「小山先生。」
「何?」
「私で良かったらなんでもできることがあれば言ってくださいね。」
「え、ありがとう。」
「私、先生みたいなガッツのある人、すごく応援したいんだな。」
「応援ねェ…。」
とつぶやいてしまいました。
「応援っていうのは…。」といって彼女の方を振り向くと目が合ってしまいました。キスはとてもやさしくて、そのあとしばらく二人で抱き合ってぬくもりを感じていました。
 
サンフランシスコのダウンタウンにもすっかり夜の帳がおちました。しかし、ダウンタウンの事務所では煌煌と明かりがついているところが多いものです。アメリカではなぜか電気をつけっぱなしにするビルも多いのです。
ダウンタウンにそびえたつエンバカデロビルは4つの棟から成り立っています。どのビルからも海に面している部屋からは絶景が望めます。特に上の階に行けば行くほど景色は息を呑むものがあります。そのエンバカデロビル1号の35階の北東の角部屋は50畳ほどもある立派な部屋です。もちろん専属のスタッフが仕事をする部屋とは別の部屋です。カーペットはくるぶしまで埋まってしまいそうな毛の濃いえんじ色で、チェリー(桜)の家具や大の男が4人がかりでなければ運ぶことができなそうな執務机とマッチしています。執務机は遠くに見えるベイブリッジやアルカトラズ島に輝く光りを反射して鈍く輝いています。掃除が行き届いているのですね。壁には海の眺めを持つ大きなガラス張りの2面を除いては造り付けの本棚が設置されていて、淡い茶色のカリフォルニア州裁判所の判例集や青い背表紙の条文集が並べられています。部屋の中央には茶色い革のソファがコの字に並べられています。誰でもこの部屋を見れば相当に成功した弁護士の部屋だということが一目瞭然でわかることでしょう。壁にかかっているアンティークの時計は夜の10時半を少し過ぎたくらいを示しています。
執務机にはカニングハムが座っています。革の執務椅子はカニングハムと同じ位の背の高さをしています。ひじをついて正面のソファに座っている三人の弁護士を見つめています。カニングハムの机には裁判所からの書類と見られる30ページほどの束が置かれています。ソファに腰掛けている三人の弁護士も同じ書類の束を一人一人持っています。赤くCONFIDENTIAL COPY(機密)とスタンプが押されているところから見ると、コピーを取ったのでしょう。
誰も一言も発しません。時計の音だけが無機質に鳴っています。照明は間接照明だけなので非常に暗く感じます。ソファに座っている三人は昨日の昼にはサンフランシスコ郡の裁判所において真治君の事件で申立てをしに来ていたカルガモさんの三人です。そのひとりが沈黙に耐え切れずつぶやくように声を発しました。
「まだ、FBIは証拠をはっきりとはつかんでいない。今から用意しても充分切りぬけると思います。早速その準備にかかりましょう。」 その弁護士はその機密文書と指定された書類をぺらぺらめくります。
表紙には召喚状(Summons)と書かれています。裁判所名はUnited States District Court、つまり連邦地方裁判所と書かれています。カニングハムが重要参考人として出廷を命ぜられているのです。今日、ベーツ&マコーミック法律事務所に届けられたのです。内容は麻薬シンジケートの関連についてです。内容によると、カニングハムがカリフォルニアで麻薬売買取引にかかわっている容疑があるというものでした。FBIが内定を進めた結果、カニングハムとジャック・ロビンスがつながりがあり、福本氏とも何らかの麻薬に関するつながりがあったと記載されています。大陪審の捜査(Grand Jury Investigation)は来週の水曜日に始まるため、朝9時に出廷するように記載されています。
カニングハムが無表情で重たい口を開きました。
「我々はできる限り、私を不利にする証拠は第三者の目に触れないように集めたつもりだ。ただその過程で厄介な人間が現れた。あの小山だ。あの男は我々の努力を邪魔してきた。」
ひとりのソファに座っている弁護士が口を開く。
「しかし、ほとんどの証拠は回収したはずだし、小山にしたってどの証拠を我々が欲しがっているか今のところ気づいていない様子でした。次の水曜日だけ乗りきってしまえば、連邦捜査局が連邦検察を使っても簡単に大物弁護士に手をつけることはできないでしょう。」
カニングハムは無表情を続けていました。
「しかしこの何日間が勝負だ。あの小山も福本の子供を無罪にするために必死になっている。なんとか食い止めなければ。」
「あと回収していない情報といえば、パーム・パイロットですね。」
「小山の自宅にもないことがわかっている。昨日報告が入ってきた。」
「小山の自宅にあるコンピュータからは一切我々に不利になる証拠は発見されませんでした。」
「パームは一体どこに…。」
他の弁護士が口を挟む。
「パームにしたって存在すらわかっていないじゃないですか。もしかしたら、まだFBIや小山も持っていないかも…。」
カニングハムは低い声で、
「我々の同士である親愛なるトニー・ゴンザレス捜査官もFBIの捜査の過程でパームは見つかっていないと言っている。」
とつぶやきます。
ひとりの弁護士がカニングハムを少しでも安心させようと、
「そうです、FBIもまったくパームのことについては気づいていないのです。大陪審でも我々に不利なパームの情報は出てくることはないでしょう。」
カニングハムはいまいましげに宙を見つめ、
「持っているとすれば小山か福本のガキだ。」
そのときけたたましく電話が鳴りました。カニングハムは受話器を取り、2、3回うなずくとすぐに電話を切りました。
「今、小山の事務所も捜索したがなにもない様子だ。小山の事務所のコンピュータにも我々に不都合な情報はない。」
「小山か福本のジュニアがパームの内容に気づいていながら隠しているのでしょうか。」
「そうなるとコトだな。」
「現時点ではFBIも手詰まりなはずですから、我々も全力でカニングハム・グループを守ります。」
他の弁護士もうなずきながら賛同しています。
「ここまで大きくなったグループはベーツ&マコーミックの歴史でもそうありません。やはりカニングハム弁護士は失えない存在です。対外的にもとにかく食い止めることが大事です。」
「ロビンスとフクモトは死人ですから、あの二人に罪をかぶせるのが一番手っ取り早い。カニングハム・グループと麻薬をつなげるものは現在何もない。個人的にロビンスとカニングハム・グループがつながっていたとしても何ら不思議ではない。」
「今まで、FBIが挙げてきている証拠はこの召喚状によれば何度かあなた…つまりカニングハム弁護士…とロビンスが親密に付き合っていたという事実と、カニングハム・グループに出所の確かでない収入があったということだけです。重要参考人とはなっても麻薬売買に関係していたことは立証できないでしょう。コロンビア側にもFBIが捜査の手を伸ばしている様子ですが、通信は一切Eメールでしたからね、わからないはずです。差出人の身元も割られることはないとおもいますし。」
「少々不安材料なのがギャリソンの存在を小山が写真に撮ってしまったことですね。情報がFBIに渡っている危険性があります。」 
「良い弁護をするためには多額のプロモーション代が必要になる。我々は、現在アメリカの大型法律事務所がしている当たり前のことをしてきただけです。守り抜かなくては。」
三人の弁護士は様々な意見を述べました。カニングハムがうなずくと三人の弁護士は部屋を出て行きました。
「ガッデム(畜生)…このまま私の築いてきた地位や富をやすやすと失うものか…。」
カニングハムは卓上に置いてある妻と子供の写真を眺めていました。席を立ち、絶景のサンフランシスコ湾を無表情で眺めたあと、カニングハムはポータブルのコンピュータを立ち上げ、Eメールをいくつか打ちました。打ったあとにすぐにメールを削除します。
壁のケースからブランディーを取り出します。クリスタルでできたチューリップ型のグラスに少々の琥珀色の液体を注ぐと良い芳香が広がります。しばらく手で温めながらカニングハムはグラスを口にします。
目を軽く閉じたカニングハムはベーツ&マコーミックに入所した時の事を回想します…。カニングハムは弁護士になりたての頃は正義の心に燃え、パブリックディフェンダーの事務所に入所しました。弱いもの、法律のシステムに押しつぶされそうなもの、それを助けられるのは法律しかない。三谷先生と同じ理想に燃えて入所したものです。いくつも政治的見解にチャレンジして貧しいものの権利を確立したり、大きな企業を相手に代表訴訟をしたり、輝かしい実績を作り上げてきました。カニングハムは自分でそれで満足なんだと思っていたのです。ところが、法廷弁護人として名をあげてくると、様々な誘惑が彼を襲いました。きらびやかなパーティー、そこで出会う大物政治家や実業家、何桁も違うビジネスの話、世界規模での旅や仕事にかかわった話。政治家からのアプローチや賄賂。企業からのオペラやゴルフ、それに現金での接待。カニングハムは変わりました。まず資本主義の世界ではお金からはじまる。貧しい人を助けるのと同じ労力を使えば、何億円にもなる仕事がある。次第にカニングハムは三谷先生のような弁護をする弁護士を疎んじるようになりました。今まで感じていた正義感とは一体なんなんだ、結局自分が幸せにはなっていないのではないか。次第にカニングハムは「力」を持った人々との交流が盛んになりました。パブリック・ディフェンダーの事務所を惜しまれながらやめたカニングハムは、手にした人脈をもとにベーツ&マコーミックに移籍します。大きな事務所という名前だけに引かれてくる、何も知らない大企業。接待で満足してしまう、会社のトップ。今までに手にしたことのない弁護士費用の額が入ってくるようになりました。得たお金は、勉強ができ、よく言うことを聞く新米弁護士の給料、それに数々の調度品や欲を満たすための道具として消えていきました。ただ、ベーツ&マコーミックで地位を保つにはお金はあればあるほど良い。それがステータスなのです。10人のアソシエート弁護士と23人の事務員を食べさせ、更に大きくなるための資金がこのグループには必要になったのです。南米で活躍する実業家、カルロス・デ・エストロもカニングハムの顧客でした。顧客の中でも非常に上客だといってもよいでしょう。カニングハムはエストロのために様々な事件を扱い、便宜を図り、時には弁護士という立場を越え、政治的にも介入しました。
エストロは自分の弁護士を信じ、自分がコロンビアを通じて行われている麻薬シンジケートの大物であることを明かします。カニングハムはお金の計算をはじめ、自分がかかわることのリスクよりも麻薬による収入の大きさに心を奪われました。エストロから紹介されたロビンスはカニングハムの親友となりました。ロビンスはカニングハムと組み多大な麻薬をアメリカに密輸しました。ちなみにエステロは3年ほど前にFBIがコロンビア警察と組み(もっともFBIがほとんどの仕事をしたが)コロンビーニ一家を壊滅に追い込んだときに捕まりましたが、護送の途中、集中的な銃撃戦が始まり死亡しています。エストロ亡き後、カニングハムとロビンスは手先を操り、常に多大な富を得ていました。何事も大物弁護士の力を使い秘密裏に処理されていました。
ところが、ロビンスの紹介で仲間に引き入れようとした福本氏がいらない正義心をおこしました。福本氏はお金は充分にあり、お金では彼をひきつけることができませんでした。それどころか、カニングハムが福本氏をひきつけようとして裏で根回したために成功したサンフランシスコ・トレードセンターの設計を福本氏とする指名も、福本氏には効き目がありませんでした。逆にカニングハムの口添えがあったものの福本氏は実力で指名を受けたものだと信じていました。福本氏がロビンスを自分のプロジェクトのチーフ・デザイナーにしていたのもロビンスの実力のみを買っていたからでした。福本氏はロビンス氏に麻薬との縁を断ち切るように何度も説得を続けました。
(今からでも遅くはない…)
福本氏は率直にロビンスを仕事仲間、いや友達として忠告しました。ロビンスも決して麻薬に関係することを望んでいたわけではありませんでした。ロビンスも心が揺れてきました。
(とにかく今回は目をつむるから、ジャック、もう二度と麻薬に係わらないでくれ)
(…。)
(ジャック、君は麻薬に手を出す必要がまったくない人間だ。君の才能は素晴らしい。ぜひ一生私と組んで仕事を続けてもらいたい。君と仕事ができることは私にとってどんなに励みになることか。)
(福本さん…。)
(ジャック、君みたいに腕の良い芸術家が秘められた才能を人々のために使わないでどうするんだ。悪い方向に使っては無駄になる。)
ロビンスはプロとして尊敬する建築家の言葉に動かされました。
福本氏に懇願されたロビンスはカニングハムに今回の密輸を最後にカニングハムと縁を切る旨を伝えました。
カニングハムは自分の思惑から離れていく人間に非常に不満を持ちました。表に出る前に葬るしかカニングハム・グループを守る方法はない、カニングハムはメキシコの配下に手配を依頼し、ロビンスに渡す最後のヘロインの粉の袋を用意させました、しかも爆弾付きで。
(ロビンスとフクモトにすべてしょってもらおう。)
麻薬を捌いてふところに入る膨大な金額は、カニングハムを人を1人2人殺すことも容易く考えさせるようになっていたのです。
カニングハムの誤算はロビンスのスーツケースにではなく福本氏のスーツケースに麻薬が入っていたことでした。福本氏はあくまでもロビンス氏の将来をおもんばかり、
(最後の危険だったら私が肩代わりしても…)
と考え、あえて自分のスーツケースに麻薬をいれたのです。
リモートコントロールを使った遠隔操作により爆破したスーツケースは福本氏のものでした。最初はロビンス氏に捜査の目がむけられると思ってロビンスの家に麻薬を隠そうと思っていたカニングハムは急遽予定を変更して、代わりに福本家に大量の麻薬を隠しておいたのです。捜査の目が福本家に集中したためにある程度強引に証拠を回収しようと思い、様々な行動に出ざるを得なかったのです。
 
 大陪審の捜査内容は麻薬関係ですから、実際に麻薬に手をつけていなかったカニングハムは何ら実行犯として処罰されません。しかしアメリカにはRICO法
(Racketter Influenced and Corrupt Organization Act)とよばれる法律があります。RICO法とは簡単に言えば、末端の犯罪を実行するものを処罰するだけではなく、その実行を教唆したり陰謀した者まで実行犯より重い罪で処罰できる法律です。現在カニングハムが重要参考人として出廷を命ぜられているのはこのRICO法に基づいて、実行犯ではないが首謀者であるとしてです。首謀者であれば、実行犯と同じか時にはそれよりも重く罰せられることになるのです。RICO法により処罰される麻薬密売組織のボスは少なくありません。カニングハムも充分そのことを知っていました。
カニングハムは唇を噛みました。
「FBIがどのような捜査をしても私の築いた地位は崩させない。」
カニングハムにはFBIだけではなく今回の事件に関与している弁護士の小山が許せませんでした。
「何が紳士的だ、泡を食わせたつもりだろうが、私の地位を辱める人間には制裁をくだす。」
苦々しくつぶやくとまた無表情に戻ったカニングハムは上下で5000ドルもするイタリア製のスーツの上着をつけ、事務所のエレベータを駐車場まで下りました。最新型の濃紺色で2ドアのベントレーに乗りこむと、夜の街を加速していきました。FBIのアメ車があとをつけていきます。
バックミラーを確認したカニングハムは尾行に気づきました。カニングハムはスピードを法定速度に保ち、緩やかにフリーウェイを自宅のあるヒルズボローにベントレーを走らせます。空港よりもちょっと先に位置する高級住宅地です。ロビンスの家からそう遠くはありません。
まったくエンジンの音がしない室内でハンドルを握ったカニングハムは何度もFBIに対する呪詛を唱えています。
「私は絶対に捕まらない。」
カニングハムの目はぎらぎら光っていました。
「大陪審など乗りきってやる。」


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