本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
==== 前回からLimited Liability Company、有限責任会社について考えはじめました。前回は、主にどのようなメリットがあるのかということを考えましたが、今回はどのように有限責任会社が運営されていくのか、前回に引き続き考えていきましょう。前回は株式会社である株主の代わりにメンバー(社員)と呼ばれる人達が有限責任会社では存在することを考えて紙面がなくなりました。 このメンバーは株主と同じように、有限責任のみを負います。すなわち、会社に対して投資した額を上限として、会社や第三者に対して責任を負うことになります。 では運営について考えていきましょう。 基本的には会社と同じように、マネージャーという運営・経営者を設定して、そのマネージャーがメンバーを代表して運営するという形にできます。また、メンバーが全員で運営することも可能です。特に、少人数のメンバー制であれば有効かもしれません。多数決などで経営を決めていくのですね。 もし、なにか責任が生ずるような問題があれば、運営している人が責任を負います。マネージャー制ではマネージャーが責任を負います。メンバーによって運営されている場合には、メンバーが責任を負います。 この場合、メンバーが責任を負うという理由は、ただ出資したからという訳ではなく、会社の運営をしていたからという理由で、決して有限責任の原則が崩されている訳ではありません。二つ違う責任の所在があるわけです。マネージャー制を利用する場合、通常のメンバーは運営に関しては投票権は予定されていません。マネージャー(複数可)が会社の運営に関しては投票して進めていく形になります。 有限責任会社のメンバーシップを譲渡したい場合などもあるかもしれません。この場合、株式会社とほぼ同じように扱われます。たとえば会社の定款で会社のメンバーシップを譲渡することについては、他のメンバーの一致した承諾が必要というように設定することもできます。少人数でLLCを運営するにあたっては非常に大事な定款条項ですが、株式会社でも有限責任会社でも有効に機能します。 有限責任会社を運営するにあたり、毎年の書類の作成などは、株式会社とほぼ同じです。すなわち、会社の役員構成に関する書類、メンバー総会を開いたという議事録などです。有限責任会社だからといって特別な書類が要求されるということはまずありません。 ではメンバーは誰がなれるのか考えましょう。有限責任会社は州によって異なる法律で規律されていますが、一般的に株式会社と違う点があります。株式会社では投資者を募り、一般の株主とは違う優待をする優先株式というものが存在します。つまり、簡単に言えば、会社の運営に口出しをして欲しくないが、投資をすることにより株を取得して、株式公開された場合には、何倍にもなってかえってくるから投資をしてください、という命題のもと発行されている株です。この優先株式というのは、会社の運営に関する投票権がなかったり、取締役を選出する権利が制限されていたりします。 このような優先株式というのは有限責任会社では基本的に発行することができません。 つまり、パートナーシップの色が濃い団体だからなのですね。 以上の運営に関することは、初期のメンバーもしくは、仮のマネージャーなどが決定して、書面にしなくてはなりません。基本的に各州で有限責任会社を設立した場合、州政府に登録する書類等が法律で定められています。通常、Articiles of Organizationという書類を州政府に登録しなくてはなりませんが、この書類は株式会社で言うArticle of Incorporationという書類と同じようなものです。この書類は非常に基本的な項目、たとえば会社名、住所、メンバー制かマネージャー制かなどを登録します。 しかし、日本で言う「法人登記」のように、細かく各メンバーやマネージャーが誰になるかを書いたりする必要はなく、日本で法人登記に慣れ親しまれている方はちょっとびっくりするのではないでしょうか。また、日本の登記システムのように絶対的記載事項に関しては非常に緩やかな設定がされていますので、このアメリカにおける登録書類を「登記」と呼ぶにはいささか問題があります。そこで、基本定款などと呼んで区別をしています。 州に登録する基本定款の他に、有限責任会社内での規則、つまり会社の憲法のようなものをつくらなくてはなりません。たとえば、メンバーとなる方法やマネージャーの選任方法、銀行口座の開設、各マネージャーの責任範囲、総会の開催などの条項が含まれます。株式会社でいうところのBy-Lawsですが、有限責任会社ではOperating Agreementと呼ばれています。日本語に訳すと、By-LawsとOperating Agreementは付随定款という言葉が最適だと思います。すなわち、上述して基本定款は州に提出しなくてはいけないですが、付随定款は州への提出義務は無いものの、会社の根幹をなす条項が多く含まれていますので、日本で言う定款の役割となんら変わりがないからです。会社の憲法と考えてください。 以上の二つの書類が根本的に必要な書類ですが、そのほかに、会社設立時の議事録なども必要になってきます。 有限責任会社が解散する場合はちょっと株式会社と違ってきます。上述した定款ではっきり定められていない限り、一人のメンバーが有限責任会社を抜けたいと思った場合、会社は財産を整理して解散しなくてはなりません。これはパートナーシップの要素を非常に強く持っているからなのです。このように一人のメンバーが抜け、会社の解散を防ぐためには付随定款に、メンバーが抜けたり死亡した時には他のメンバーが買い取るという条項を追加したりします。 以上が、有限責任会社の運営にかんするまとめですが、基本的には運営方法は株式会社と非常に近いものがあるにもかかわらず、パートナーシップという面がちらほら見られるということがおわかりになったのではないでしょうか。 前回考えたように税金面では通常の株式会社よりも優遇されますので、時に小規模なビジネスをお考えの方はぜひ利用されると良いと思います。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第14回目です。 ===================== 第14章 刑事捜査 (Criminal Investigation) 時間を少し戻しましょう…。私が水曜日の午前中に真治君の刑事法廷、午後はしつこいカニングハムと対決している最中、FBIも忙しくしていました。私の持っている…いやコンピュUSAにあるパーム抜きでもある程度事件の証拠を固めつつあったのでした。 水曜日の朝、マックブライドと私は、事件のことや麻薬のことについて法廷の外で話し合いましたね。その後、私がプリ・トライアルで裁判官のチャンバーに入っていたとき、傍聴席にいたマックブライド捜査官のところに、捜査中ということだったギャリソンについて同僚のFBI捜査官から待ちに待った情報が入ってきたのです。ですから彼は途中でいなくなったのですね。 携帯電話の振動で、マックブライドは傍聴席を離れ、また日差しが明るい廊下に出ます。 「マックブライドだ。」 「グッド・ニュースです、捜査官。」 「昨日、あの弁護士の小山から受け取った写真の男…リック・ギャリソンをスポット(発見)しました。」 「それは、エクセレント・ニュースだ。」 マックブライドの電話を持つ手に早まる心臓の鼓動が伝わってきます。 あの、イタリア人っぽい顔だちをしているリック・ギャリソンの居場所をFBIは付き止めたのです。私の撮った写真にあった車のナンバー・プレートをもとに捜査が進められたのです。 「マックブライド捜査官、発見しただけではありませんぜ。」 「もったいぶるなよ。」 マックブライドは鼻を鳴らしました。 「潜伏先もつきとめました。」 「でかした。」 「40人突っ込んでいるんですからね。スピードが勝負です。」 マックブライドは一息つきました。気持ちを押さえて質問をしていきます。 「ギャリソンはどこにいる。」 「仲間のところに潜伏しています。」 私に写真を撮られてから、ギャリソンはコロンビーニ一家の残党である仲間の家に転がり込んでいたのです。 「地理的には?」 「サンルイス・オビスポです。」 サンルイス・オビスポという街はサンフランシスコから南に200マイルほど下った、ちょうどロスアンジェルスとの中間に位置する街でした。あまり大きくない学生町です。FBIもいったん追跡している者の面が割れると、捜査は電光石火です。その潜伏している付近に停めてある車のナンバーがギャリソンが借りたレンタカーのナンバーと一致します。 ギャリソンを見つけたことで、FBIは色めきだちました。マックブライドは一線の捜査官としてギャリソンだけを逮捕するようなことはしませんでした。 「わかった、すぐに計画を立てる。見張りを頼む。」 「イエス・サー。」 知らせを聞いたマックブライドは直ちに直属の捜査官を現地に直行させるとともに、完璧な盗聴器具の設置と見張りをたてる準備の手配をしました。 「待ってろよ。コロンビーニども。必ずおまえらのラインを根絶してやる。」マックブライドは押し殺した声でつぶやきました。 マックブライドは、私が申し立てた起訴取下げの申立てについての審理が来週の水曜日に行われることを重々承知していました。また、FBI側が決して有利ではないことも知っていました。マックブライドは慎重にギャリソンの動きを見守りました。 サンフランシスコで指揮をとるマックブライドに、時を追うごとに有力な情報が捜査員からもたらされます。マックブライドは決して焦りませんでした。しかし何も大きな収穫がないまま1週間過ぎれば、真治君の起訴取下げの申立ての審理期日がやってきます。それまでになんとしてもコロンビーニにかかわる麻薬捜査を進めなくてはなりません。FBIにしても1つの麻薬捜査に多大な時間を費やしているわけにはいかないのです。もし、捜査が行き詰まれば、真治君の起訴が取下げとなった時点で、このコロンビーニの捜査の人数は大幅に削られてしまうでしょう。ですから、マックブライドにとってもこのギャリソンのような小物を捕まえるだけではインパクトが弱いと考えているのです。 「ボスさん、早く出てきてくれよ。」 マックブライドの独り言です。 面が割れているギャリソンは、大きな空港つまりサンフランシスコやロスアンジェルスからはまず国外逃亡しないでしょう。この小さな街、サンルイス・オビスポから船または小型ジェットで逃亡の伝手を探るつもりなのでしょう。このままアメリカに居つづけることは、ギャリソンにとって対警察でも対組織でも危険です。必ず動く、とマックブライドは読んでいました。 FBIのサンフランシスコ本部で指揮を取っていたマックブライドに私が電話をかけたのはこのころでした。ギャリソンを見張っている間に私の家に入りこんできた賊がいるという話を聞き、マックブライドは大きな組織が積極的に動いていることを再認識しました。捜査班とマックブライドが私の家の検分を終わり引き上げた後、つまり私が真治君とカップラーメンを食べていたころ、マックブライドは連邦のマラック検事と二人でコロンビーニ一家について話をしていました。 深夜の検察局に職員はほとんとどいません。しかし、他の建物と変わらず、夜でも電気はつけっぱなしにしてあります。マラック検事はマックブライドが来るのを、待ち望んでいたようでした。マラックの顔がはれていて眠たそうです。そのためか、さっそく本題に入ります。 「マックブライド捜査官、その後どうですか。」 「検事、やはり敵は大きいですね。」 「というと…」 「ギャリソンという小物は見張ってあります。盗聴も完璧です。」 「盗聴しても証拠にはならないが、いいきっかけとなる情報がつかめるかもしれないな。」 「今は待ちの状況です。」 「来週の水曜日はシンジ・フクモトの起訴取下げの申立ての審理がある。」 「わかっています。」 「弁護士の小山の言っていることを裁判官が買うかもしれない。」 「その危険性は充分わかっています。」 マックブライドは真剣な目でマラックを見つめました。 椅子を揺らしながら、マラックはマックブライドの目を値踏みします。ちょっと間を置きながら、マラックは続けます。 「捜査官、本当ですか。あの大物弁護士のビクター・カニングハムも捜査の対象になってるって。」 「私のFBIの内部報告書をご覧になったのですか。」 「そうです。ちょっとびっくりしました。」 「死んだロビンス氏とメキシコに何度も飛んでいるんです。」 「それ以外にカニングハムをコロンビーニとくっつける要素は?」 「多額の出所不明の入金がカニングハムにあります。それも南米のコロンビアやメキシコから直接入ってくるのではなく、ケイマン諸島や香港を経由して入金されています。」 「入金があったというだけでは、麻薬の関連性は語れないよ。なんでも、カニングハムは南米にもクライアントをたくさん持っているそうじゃないか。彼の弁護費用は高そうだからな。」 マラックはにわかに興味を失ったようでした。 「マラック検事、2、3年前にコロンビーニ一家を撲滅したというニュースが入ってきましたが、そのあともサンフランシスコや他のカリフォルニアの大都市での麻薬犯罪は一向に減っていません。いや、増えている。」 「私も麻薬事件にはうんざりだ。」 マラック検事は自戒のようにつぶやきます。 「私は、コロンビーニが全滅しているとは到底思っていませんでしたし、現にギャリソンが動いている。」 「それはわかっている。しかし、証拠をもう少し積み上げない限りカニングハムを裁判所に連れてくるのはまずいだろ。」 「その証拠を今、固めています。」 「質のよい証拠が揃うといいが…。来週の水曜日にシンジ・フクモトが起訴取下げになってしまったら、このコロンビーニに関する捜査は大打撃を受けることになってしまう。」 マックブライドは立ちあがり、マラックの部屋の棚にある法律の本をいじりだしました。 「検事さん、実は私、体をこわしていましてね。」 「どういうことですか。」 本を品定めするようにしながらマックブライドは続けます。 「悪性の腫瘍なんですわ。胃の方なんですけどね。」 「そうなんですか。」 「入院すれば、3ヶ月で治るとは言われているんですが、第一線でやっていくのはもう無理かな、と思っているんです。」 「…。それは悲しいニュースだ。」 「これが最後の捜査になるかもしれません。だから…だからどうしてもやり遂げたいのです。」 「カニングハムを捕まえたいんですね。」 「今まで浮かび上がっている人間で、組織を操れるだけの頭と行動力それに適切なコネをもっているのは彼一人ですから。」 「彼を押さえれば組織をつぶせるかな。」 「単純かもしれませんが、それが一番効果的だと思います。」 マラックはため息をつきました。そのため息に反応したようにマックブライドは机をはさんで、マラックの正面の席に腰掛けました。 「マラック検事、お願いがあります。」 「なんでしょう。」 「大陪審でカニングハムを起訴に持ちこんでいただけないでしょうか。」 「うむ…。」 マラックは天井を見据えて考え込んでしまいました。 「マックブライド捜査官、ちょっと時間をください。」 「考えていただけますか。」 「できれば、もうちょっと証拠が欲しいね。大陪審を説得する証拠が。」 「証拠、ですね…。また明日検事のところに寄らせていただきます。」 「がんばってください、マックブライド捜査官。」 「レーター(Later:それじゃ後で)」 マラックは、マックブライドの背中をじっと見つめていました。 夜はふけていきます。 FBIの事務所に戻り、マックブライドはギャリソンに関するニュースを待ちつづけます。毛布に包まって仮眠を取る捜査官もいましたが、マックブライドはまったく眠ろうとはしません。 定期連絡がはいりました。 「マックブライドだ。」 「捜査官、ご苦労様です。」 「今日、ギャリソンは何本か電話をかけました。携帯電話からです。」 デジタルの携帯電話の傍受は一般には難しいものとされていますが、FBIのバス一台にぎっしり載せられた機器があれば、従来の電話よりもクリアーに傍受することができます。ギャリソンが電話をかけるたびにその相手方の番号から持ち主を割り出し、捜査が開始されます。機動力が注がれ、ギャリソンの相手方が次々にマークされます。 「なにか収穫は?」 「ギャリソンの女は割り出しました。」 「女か…。他には?」 「いえ、女だけです。」 「内容は?」 「まったくの世間話…というか突然ギャリソンがいなくなったために、荒れ狂っている女をギャリソンがなだめていました。麻薬とは関係がないようです。」 「それじゃ、意味ないな。」 「しかし、苦労しました。ギャリソンが使っている携帯電話なんですが、最新のやつなんです。プロテクションがきつくて電波の割り出しがいつもより大変でした。」 「それはごくろうさん。」 「最近の携帯電話はEメールとかまで送れちゃいますからね。なんでもできるんですよ。」 「Eメール…、それだ。」 マックブライドの頭の中でもこれまでたびたび標的にされていたコンピュータとEメールが結びつきました。 「マックブライド捜査官、Eメールの送り先の割り出しを進めましょうか?」 「できるかね。」 「やってやれないことはないですが、送り先の相手がどこの誰かをつきとめるのは難しいかもしれません。」 「とにかく頼めないかな。」 電話を切ったマックブライドは、体をほぐす意味もこめて、部屋中を歩き回りました。5分もしないうちにさっき電話をしてきた現場の捜査員から電話がありました。 「どうだった。」 「Eメールのアドレスはわかりました。Vgod@….comです。ギャリソンが2件送信しています。内容は特殊なコードで守られていてわかりません。」 「それじゃ、そのメール・アドレスかドメイン・ネームの持ち主はわかるか。」 「それも確認しましたが、現実に存在しない人の名前でユーザー登録がされています。」 マックブライドは5分程度の捜査でここまで割り出せる自分の属する組織の捜査員と機械の能力に感嘆しました。しかし、本音は…、 (手詰まりだな。) 朝になりました。 捜査員が、またギャリソンの携帯電話からEメールが電波を通して送られたとマックブライドに連絡があったのは朝6時過ぎでした。 ここで、マックブライドはひとつの決断をしました。 「踏み込んで、ギャリソンを逮捕しろ。」 「いいんですか。」 「その携帯電話を押収するのを忘れるな。」 30秒後には、ギャリソンはFBIの手に落ちていました。ちょうど、もう1件Eメールを書くのに必死になっているギャリソンを捕らえたために、携帯電話はすんなり、FBIの手に落ちました。 捜査員の一人がつぶやきます。 「いい電話だな…。俺が欲しいくらいだよ。」 手袋をはめて、ギャリソンの携帯電話を検分していた捜査員が、送信済みのメールを発見しました。そのメールにはこう書いてありました。 ヴィクター、リック・ギャリソンだ。 今いるところは言えない。 とにかく、あのくそ弁護士の小山の処分を頼む。 捜査員は、新たな証拠を発見し色めきました。マックブライドは狂喜しました。 マックブライドは携帯電話の保存はもちろんのこと、携帯電話に入っている情報をすべて知りたいとを指示しました。調査には15分ほどかかりました。遅い、と舌打ちしたマックブライドはファックスで送られてきた電話番号のリストに目を移します。 送られてきたリストには携帯電話の番号から、誰が所有している電話なのか住所や持ち主もすべて割り出してあります。15分じゃ早いですよね。そのリストに、カニングハムの事務所に通じる電話番号が見つけられました。 (カニングハムか、胡散臭い奴だな。) ちょっとの間を置いて、マックブライドは自分の机の上にある電話を使って検事局に電話をいれました。 「US Attorney’s Office(検事局です)。」 「マラック検事をお願いします。」 ちょっと待たされて、マラックが電話に出ました。ちょうど法廷がはじまる前準備をしていたところなのでしょう。 「検事、昨日はどうも。」 「あれから、なにか掴めたかね。」 「ええ、かなり面白い証拠が手に入りました。」 「聞かせてもらおう。」 「はい。」 「捜査に進展があったんだね、マックブライド捜査官?」 マックブライドはさっき眺めていたファックスを片手に話をきりだします。 「おおありです。」 マックブライドはカニングハムの電話番号がギャリソンの携帯電話から割り出されたこと、それに送信済みのEメールのことなど、順番を追って話していきます。 マラックは考え込んでいるようでした。 そのとき、マックブライドの携帯電話が鳴りました。 「マラック検事、またすぐにかけます。」 といって机の上の電話を切ります。 携帯電話を耳に当て、ハローと言おうとすると、受話器の向こうから 「収穫です」という声が聞こえてきました。 「マックブライドだ、どうした。」 「サンフランシスコの捜査班から連絡があり、ギャリソンが住んでいた家にある留守番電話からカニングハムのメッセージが見つかりました。どうも2、3日前のらしいですね。」 「それは素晴らしい。」 「内容は、様子をうかがいにかけてきているだけですから、なんとも言えませんが…。」 「でも、電話をしてきているのだから、有罪になるかならないかはこれからの捜査に任せるとして、起訴はできるだろう。」 「いけるかもしれませんね。」 電話を切ったマックブライドはマラック検事に再度電話をかけて、また新しいニュースを伝えます。 マラックのうなずきが、リズム感を持ってきているのがわかります。マックブライドは熱心にマラックを口説きました。 「マックブライド捜査官、ちょっと待っててくれ、今ボスの(上席の)検事と話してくるから。」 「OK.」 マックブライドがしばらく待たされると、検事局にじきじきに来てくれという要請がありました。同席しているのは、サンフランシスコ連邦検事局長のイタリア系老検事ジョン・ミラノです。イタリア系の温厚そうな銀髪の紳士です。言葉はあまり挟みません。マックブライドは面持ちを引き締めて、検事局に向かいます。話し合いは2時間にも及びましたが、マックブライドがカニングハムの大陪審喚問を主張して譲りませんでした。 「とにかく、これだけの証拠があれば被疑者として大陪審にかけることには問題はないはずです。それにこれからも捜査は続行していきますが、なにせ相手も大物弁護士です。とにかく防御をさせる前に召喚をするべきです。」 「しかし、後で不起訴となると問題になるな…。」 「間違っているということはないでしょう。小物の運び屋であるギャリソンが小山弁護士のことを述べていましたし、カニングハムもギャリソンとの関係を否定できない。」 「小山ね…。」 マラック検事がつぶやきました。 そのつぶやきを受けて、マックブライドが 「彼は若いけれど非常に有能な弁護士です。勘も良い。私は非常にかっています。背後組織のことはあの弁護士のおかげで見えてきたのです。福本氏が巻き込まれていたのもカニングハムが噛んでいたからでしょう。彼がいなければ事件は進んでいなかったかもしれません。」 と断定的にいいました。 検事局と話し合いを続けていく間にもひっきりなしに、マックブライドの携帯電話が鳴り、電話を切るごとに新しい情報が入ってきます。 マラックとミラノ検事局長はそのたびにじっとマックブライドの顔を見つめます。 電話を切ったマックブライドはマラックとミラノ検事局長を交互に眺めながら静かにこう言いました。 「最初に福本家に麻薬が隠されているといってかかってきた匿名電話もギャリソンの声に間違いありません。声紋が一致しました。」 「ギャリソンをつつけば、もっと何かでてくるな。」 マラックは興味津々になったようです。 「私はカニングハムが組織の上に立つ人間だと確信しています。」 マックブライドは寝ていないためにはれた瞼を一所懸命みひらきながら、検事たちに訴えます。 ミラノ検事局長はマックブライドの言うことに真剣に耳を傾けながら、 「その若い弁護士や君が明らかにしてきた背後組織のボスがカニングハムだったら、すごいことじゃないか。ニュースのヘッドラインにもなるし、これからの麻薬撲滅にプラスになるよ、もっとも彼を有罪にできたらの話だが。」 とつぶやく。 「そのためにも大陪審の召喚を…。」 ミラノ検事局長は 「わかったよ、ほかならぬベテラン捜査官の勘だ、信じよう。」 「あ、ありがとうございます。」 マラックが口をはさみます。 「検事局長、来週の水曜日に小山弁護士が申立てをしていまして。起訴取下げの申立てです、シンジ・フクモトの。」 「その申立ては通りそうなのかね。」 ミラノ検事局長はじろっとメガネを通して、マラックを見つめます。 「え、その、全力を尽くしますが…。」 「それならすぐに動いて、来週の水曜日までになんとかカニングハムを召喚するんだ。それなら、シンジ・フクモトが起訴取下げになっても我々の体面は保てる。」 マラックが激しくうなずきました。 マックブライドはほっとした様子です。 昼前にはサンフランシスコ連邦検事局で召喚状が作成されました。その召喚状が直接カニングハムに送達されたのは、カニングハムが顧問会社の重役とのランチミーティングに出席しようとまさに事務所を出ようとしていたときでした。麻薬密売組織に関する重要参考人として出廷を義務付けられていることが明記されています。期日は、真治君の刑事事件における起訴取下げの申立ての審理と同じ来週の水曜日です。時間は朝9時になっています。 移民局は、最近の各ビザ申請についての平均の審査時間を公表しました。以下、主な申請について、お知らせします。
I-90(グリーンカード更新): 6ケ月 I-129(非移民労働許可):5.1ケ月 I-130(親族ベース永住権申請):10ケ月 I-140(雇用ベース永住権申請):6ケ月 I-751(条件付永住権の条件付を取り除く申請):16.4ケ月 N-400(市民権申請):10ケ月 以上ですが、これは、平均的な数字と想定され、実際は、ケースバイケースで審査時間は変化しています。また、一部特急審査が利用できる種類の申請は、審査時間が上記よりだいぶ短くすることが可能です。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
==== なんとなく世の中は不景気風が吹き荒れていて、私の周りでもあまり良いニュースを聞きません。私の事務所はなぜか不景気を知らないのですが、私の友人なんかでも、大きい事務所は人減らしが多くなってきて、毎日びくびくしているようです。よく、そのような精神状態でクライアントの相談を受けていられるな、と私は感心してしまいますが。皆さんはお元気ですか。 今回はLLCという形態のビジネスを考えて行きたいと思います。最近はこのLLCという形態のビジネスも浸透してきたようで、いろいろな場面で遭遇しますし、私が関わるビジネスでも皆さん積極的に利用されています。今回は、このLLCについて考えていきましょう。 まずLLCという形態ですが、日本語に訳し難い法律のコンセプトです。Limited Liability Companyということで、「有限責任会社」と訳せますが、日本では、「株式会社」か「有限会社」ということになりますが、性質上違う点があります。ですから、「有限会社」と訳すのは間違っているでしょうね。日本の商法でいう合資会社と似ている部分がありますが、合資会社は一人無限責任(後述します)を負う人が必要になります。この意味では全員有限責任を負う、合資会社という感覚が一番近いでしょうか。LLCを日本で外国法人として登記をするときには、訳語を考えなくてはいけない問題でしょうが、このコラムでは「有限責任会社」としておきます。 さて、LLCというのは、何かという性質から考えていきましょう。アメリカでは、Corporation、つまり株式会社という形態かPartnershipという形態、つまり共同経営という形がビジネスではポピュラーでした。株式会社は株主有限責任の原則といい、株主は出資した金額でのみリスクを負います。 つまり、1万ドル出資した出資者は、1万ドルの範囲で、リスクを負います。会社が訴えられて100億円の損害賠償を払わなくてはならなくなった場合でも、株主は1万ドルの範囲内で責任を負います。 この有限責任の原則があるからこそ、人々は容易に出資をしますし、会社側にとっても、資金を集めやすいのです。 パートナーシップというビジネス形態もアメリカではポピュラーです。小さな店を経営するときに、1人ではやれないが、2,3人で経営をしていくということはよくあることです。こういった経営では、あまり会社を設立せず、パートナーとしてやっていこうというケースが多いわけです。ところが、パートナーシップというのは、契約書でちゃんと仲間内を縛っておかないと、お金のことで揉めたような場合には、訴訟に発展することも少なくありません。また、パートナーシップをつくると、2人でビジネスをする場合、一人がもう一人の責任もすべて、無限責任に基づいて負いますので、知らないうちにものすごい額の責任を負うということになる訳です。 以上を見ると、投資者に取ってみれば株式会社の有限責任は「おいしい」コンセプトです。しかし、株式会社を設立するとSコーポレーションは別にして、通常の株式会社では、会社で一旦収入を申告します。そして株主が配当を受けるに、個人レベルで税金の申告が必要になります。、完全な二重課税のシステムにアメリカではなっているのです。そうすると、小規模なビジネスでは、二重課税というのは不利になることがありますので、できればパートナーシップのように、個人レベルでの課税のみにしたい訳です。これらの「おいしい」ポイントを実現したのがLLCなのです。小規模の有限責任の会社であり、また個人的な税金の申告を可能にできる訳です。 また、株式会社は経営していくに際し、様々な書類を用意しなくてはなりませんが、LLCではある程度簡略化されています。 ですから、小規模なビジネスをはじめるには、非常に有利なビジネス形態と考えられます。 以上で、LLCの性質とメリットはわかっていただけたと思いますが、以下、LLCがどのように運営されているのか、考えていきましょう。 まず、LLCでは株式会社でいう株主の代わりに、メンバーという社員がいます。数年前には一人では設立できませんでした。ところが、現在では一人でも設立できるようにほとんどの州で法律が改正されています。LLCを運営するにあたり、指定されたマネージャーが行う場合と、すべてのメンバーが運営する場合がありますが、メンバーが運営する場合には、数が多いとコンセンサスを得るのが難しくなりますので、やはり少数にとどめておくことが妥当です。また、メンバーが多い場合には、マネージャーを選任してビジネスを行うというのが通常です。 紙面が限られてきましたので、次回続けて考えていきましょう。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第13回目です。 ===================== 第13章 証拠開示の申立て (Motion to Compel Production of Documents) サンフランシスコ郡の裁判所は連邦の裁判所のすぐそばに建っています。1989年にサンフランシスコで地震があるまでは市庁舎と合併されていたのですが、地震で市庁舎が閉鎖になると、仮の建物に裁判所が移されました。およそ10年の年月を経て、新しい6階建てサンフランシスコ郡裁判所が完成しました。モダンな造りですが金属を多用しているため、冷たい感じがして評判はいまいちです。それでも、各法廷は荘厳な感じが良く表されています。民事事件に関する様々な申立ては実質的な裁判の審理とは違うので4階や5階ではなく2階で審理されます。ガルシア裁判官が申立て(Motion)を専門に判断する判事としてサンフランシスコ地裁に着任しています。ガルシア裁判官は新聞をにぎわす決定をよく書くことで知られています。 アメリカの裁判所で良くあるパターンですが、裁判のステージが進むにしたがって階が高くなっていくという傾向があります。ちなみにサンフランシスコ地裁では一階が訴訟の受理・受付、2階が各種申立てや事件の管理部が置かれています。3階と4階それに5階が裁判が行われる法廷として仕切られています。 私が第214号法廷に入ると、法廷内はスーツを着た弁護士ですでにいっぱいでした。申立ては、一日に20件ほども一人の裁判官が処理しなくてはならないので混んでいるのです。ガルシア裁判官は毎日のように入ってくる事件を事務的にそして正確に処理していきます。私はガルシア裁判官とは相性が良いと思っています。日本の裁判官は、司法試験に合格した者からすぐに任官されますが、アメリカでは20代の裁判官というのはまずいません。なぜかというと、アメリカの裁判官は大統領や州知事の任命、もしくは選挙で選出されるからなのです。たいてい、弁護士や検事を20年ほど経験した人が任命されます。ですから、実務経験が豊富なため、判決も納得がいくものが多い反面、一人一人の判事によって非常に癖があります。良いことでもあり、悪いことでもあります。 法廷をあまり見まわすことなく私はカニングハムを見つけました。私と目が合ったカニングハムは立ちあがって私に近づき握手を求めました。いつも革の椅子に座っているカニングハムはプラスティックの椅子にちょっとぎこちない様子でした。私も精一杯の笑顔をつくり握手を返しました。すごい力で握ってきます。カニングハムの後ろを見るとスーツを着た三人の若い白人が立っています。3人とも緊張しながらカニングハムの背中を見ています。 カニングハムは私が彼のうしろに立っている3人に興味を示しているのに気づいたらしく、ちょっとうしろを振り向いた後、私に向き直り三人を紹介してくれました。三人ともベーツ&マコーミック法律事務所の弁護士だそうです。このロングフル・デスの事件を担当するためにカニングハムを含めて4人の弁護士が原告側に立っていることとなります。すごいですね。この三人は比較的若い弁護士なので多分まだアソシエートなのでしょう。それでもエリート扱いされ、相当の給料をもらっているのでしょうが。 ベーツ&マコーミックのような巨大事務所になるとパートナーになるためには、既存のパートナーに媚を売り、できるだけ長い時間働き、できるだけ自分の色を隠さなくてはなりません。働くときには週に100時間なんてこともあるそうです。土日なんかありませんね。そして風紀にしっかりはまったものが優秀とされるのです。日本人とか得意そうですけどね。でもこの三人の顔を見てください。みんな同じような顔をしています。できるだけ目立つのを避けるように…。できるだけカニングハムに気に入られたいと思っているのでしょうね。しばらく法律で食べているとこの手の弁護士は法律的には正しいことを言うけれども機転が利かないし、自分で船を進めることができないことがわかってきます。スーツは高そうなものを着ていますが、眼中にないですね。こういう弁護士が相手方として10人出てこようが20人出てこようがあまり関係はないのです。 私は、薄笑いを浮かべてしまいました。 私の気を引くようにカニングハムは言いました。私も顔をカニングハムに向けます。 「どうですか、この申立ての審理が始まる前に我々だけで紳士的に解決しては。」 私はカニングハムだけを見ながら 「賛成ですね。」 と言いました。うしろの三人が、ほれ見たことかという顔をしています。これだけの弁護士が出てきたらひるむのが通常とでも思っているんですかね。 「それは良かった。」 カニングハムの顔に笑顔が浮かびました。それでも目は笑っていません。 私はすかさず言いました。 「それでしたら、申立てを取下げてください。通常どおりの訴訟進行で、再来週くらいには手元にある書類をそちらにお届けしますよ。なんなら指定した時間に取りにきてもらっても構いませんが。」 カニングハムの笑顔はすっと消えました。 「あくまでも提出を遅らせるつもりですか。」 「遅らせるわけではないが、そんなに急ぐ必要もないでしょう。あなたの申立書には実質的な議論が書かれていない。あなたの頭の中で考えている証拠物がどのようなものかまったく見えない。何か特定されたものがあるんでしょう。」 (パームだろ、このやろう)、と思いながら問い掛けました。 カニングハムは少々上気した顔をしていましたが、特定のものがあるということは否定しました。やはり図星のようです。 「とにかく、あなたの手元にある証拠を出すべきです。」 「出すべきです!? あなたが裁判官なわけじゃない。それは裁判官が決めることだ。あれ、紳士的に解決したいのじゃないですか?」 「…。」 「とにかく一体何を見たいのか特定してくだされば、考えないことはないですよ。」 「特定のものというよりは、現在被告であるシンジ・フクモトが持っている事件にかかわるものすべてを要求しているのだ。わからないかね、小山弁護士。」 「そのような提出要求は被告側にとってあまりにも負担が大きい。」 私は肩をすくめました。 「話し合いでは無理ということですな、小山弁護士。」 挨拶もせずに法廷の裁判官席から向かって右側に、三人の弁護士を従えてカニングハムは去っていきました。 私は向かって左側の方に腰を下ろしました。カニングハムと三人の弁護士がひそひそ話しをする声が聞こえます。まもなく開廷になりました。この法廷もカレンダーされた順番で事件が呼ばれますので、真治君の事件が呼ばれたのは10件目でした。一件の処理に5分から10分ほどかかっていましたので、40分くらい待たされました。一件の処理があまりにも短いと思われるかもしれませんが、事前に書面で審理をしておくのが申立てを処理する裁判官の役目なのです。ですから、弁護士が法廷に出廷するまでには大まかな決定の方向性は決められているといってもおかしくないでしょう。ガルシア判事は本当に手際よく、一件一件着実にさばいていました。ガルシア判事は申立ての概要や反対書面について知りたいことがあると積極的に弁護士に質問をしていきます。ちょっと俳優のカークダグラスに似てハンサムです。 我々の事件が廷吏によって呼ばれ、私も抱えていたかばんを左手に持ち替え立ちあがって、被告席に向かいました。カニングハムも三人を従えて原告席の前に立ちました。スーツを着たカルガモの一家みたいです。法廷内は原告席と被告席が並んでいて、ちょうどガルシア裁判官と対面する形になっています。椅子も原告席と被告席に用意されていますが、短い審理なので座ることはしません。通常、申立てをした弁護人が概略を議論することではじまります。そこでカニングハムが一声を出そうとしたところ、ダグラス裁判官が先に口を開きました。 「申立書、反対書、それに再反論などを読みましたが、実際のところこの事件は通常のロングフル・デスの事件と変わりないと思います。そんなに証拠開示を急ぐ理由があるのですか?」 裁判官は原告側であるカニングハムだけに問い掛けているのではなく、漠然とした質問を提起したのだなと感じ取った私は、すかさず 「ないと思います。もしあるとすれば…先ほど原告側の弁護士と申立てを取下げてもらって平和的解決をしようとしていたのですが…そのとき気づいたことですが、なにか特定なものを早急に見てみたいと原告側は考えているようなのです。それを言ってくだされば、早急に提出するのはやぶさかでない。特定のものが何であるかを考えていない状況でこのような申立てが行われるのは、被告側の弁護を不当に難しくします。」 ガルシア裁判官も同じポイントに気づいているようでした。ガルシア裁判官はカニングハムが口を開こうとするのを押さえて、たずねました。 「原告側代理人…ミスター・カニングハム…一体何を見たいというのですか。特定の証拠があるのでしょうか。」 「そ、それは、現時点では言うのを差し控えますが…特定のものはあります。」 「それではその証拠品を裁判所に対して特定していただけませんか。被告代理人にその提出が可能かどうか打診すれば良いことですから。」 「それは…。」 そのときカニングハムの事務所の若手弁護士が口をあけました。 「裁判長、民事訴訟法2030条以下の趣旨に基づいた場合、原告側の申立ては正当性を有します。」 ガルシア裁判官はあからさまに嫌な顔をしました。 「弁護人、当裁判所は法律に関しては充分熟知しています。それよりも現状をどう解決するか、それが大事なんですよ。わかりますか。」 カニングハムはフォローをいれようとしましたが、結局謝ることで精一杯でした。私は、続けて、 「裁判長、原告側にどのような証拠を開示すれば良いのか特定していただけないでしょうか…お願いいたします。」 カニングハムは私がパームのことを気づいているかどうかがわからないのです。特定してしまえば、私の興味をそそって、その結果、お宝情報を私に知られてしまうことになるのです。できるだけ誰にも知られずにパームがある場所を知りたいのでしょう。私はしっかりとぼけることにしました。 ガルシア裁判官はうなずいて、 「原告代理人、どのような証拠が必要なのか特定をお願いします。」 私も続けます。 「裁判長、先ほど原告代理人は特定のものがあると言ったと思いますが。」 もし私がこの申立ての真の意図を考えておかなければ、訳もわからず提出の期日を早くするか遅くするかの綱引きで終わっていたかもしれません。ところが、どうもパームを欲しがっているところを察した時点でうまく申立てをこちらのペースに乗せることができました。 カニングハムは真っ赤になってしまいました。 (ほれみたことかい) 私は心の中でべろを出しておきました。でも、それでは収まりません。私も忙しいのです。私は、 「裁判長、この状態を見る限りでは、不充分な理由に基づいての申立てだと言わざるを得ません。私としても全力で証拠開示をするつもりですが、逆にこのような申立てがあったのでは、訴訟進行の不利益につながります。今後このようなことがないために、この申立てに反対するためにかかった被告側の弁護士費用、訴訟費用を原告側に負担する請求をここに口頭で申し立てます。」 私はこのような申立てをせざるを得ない自分が残念ですという顔をして見せましたが、毅然とした態度で裁判官を見つめました。チラッと横の席を見るとカルガモ一家がまさに爆発寸前の顔をして、私を見ています。裁判官は、原告代理人であるカニングハムに向き直り、 「原告側は特定された証拠を指定してください。特定ができないのならある一定の範囲での証拠物の特定をしてください。」 カニングハムは、躊躇していましたが、 「現在、特定できません…。」 とつぶやくように答えました。 「それではしかたありませんね。被告側の弁護士費用と訴訟費用をこの申立てに関する範囲で原告側に支払わせる命令をします。今日より1週間以内に被告の費用を被告代理人に支払うこと。金額は裁判所の判断により1000ドルとします。」 裁判官は木槌を鳴らしました。 通常裁判所の弁護士費用や訴訟費用の支払命令は実際にかかった金額よりも少なく換算されます。それでも相手方にとっては屈辱ですよね。 「裁判長、ありがとうございます。」 私は、優雅に一礼をして裁判所を後にしました。カニングハムとはもう話す必要はありません。駐車場に戻った私は上機嫌でした。あのベーツ&マコーミックの強引なやり方にちょっとは報いてやったと思っています。それにしても、裁判官も同じようなことを感じていたように、カニングハムは明らかに特定のもの…つまりパームの提出を望んでいます。そのことを今のところ隠していることは明らかです。誰にも知られたくないのですね。原告であるロビンスにとって証拠の請求をしながら、いざとなると証拠の特定を避けるということは事件の進行にとってはプラスにはなりませんよね。そうするとあのパームに入っている情報は、ロビンスにとってもカニングハムにとってもまずい証拠なのではないか、そんな確信を持つことができました。私が殴られたときに取られたコンピュータ、それに執拗なまでに欲しがるパーム。とにかくなんらかのデータを見られると困るのでしょう。時計をみるともう4時を過ぎていました。事務所に車を向けました。事務所に戻ると心配そうな顔をしていた千穂さんと三谷先生が待ち構えていました。 「なんですか二人して。」 「どうだった、ベーツ&マコーミック相手にして。」 「こっちの弁護士費用まで取ってやりましたよ。」 ふたりともほっとした顔を見せていました。私の部屋で事件の経過を話していました。陽は沈んでいきます。そのときけたたましく私の直通回線が音をたてました。 誰だろうと思い受話器を上げてみると真治君でした。 「先生、たいへんだ。家に泥棒が入ったみたい。家中があらされているよ。」 私は椅子から滑り落ちそうになりました。三谷先生と千穂さんがじっと私を見ています。 「おいおい、本当? 今すぐ帰る。」 「僕も今帰ってきたところだから、どうしよう。」 「何も触っちゃいけない。もう賊は帰ってこないだろうから、玄関の前で待っていて。」 簡単に三谷先生と千穂さんに説明をして、車をすっ飛ばして家に帰りました。家に帰ると、真治君は無事なようでした。それを確認すると少しはほっとしました。 真治君は今日裁判所に行ったこともあり少々疲れ気味でしたが、しっかりしていました。私の顔を見るとちょっとは安心したようです。 「すごいですよ、家の中。」 「なんだよ。いつでもそんなにきれいじゃないけど、荒らされたら片付けるのが嫌になっちゃうな。」 私は、家の中を見まわしました。賊は裏にある勝手口のカギを壊して進入した様子です。手際が良いのと薬品を使っているところを見るとちょっとしたこそ泥ではないようです。見まわしましたが、何も取られている気配はありません。銀行関係や、他の大事な書類も手付かずです。ふっと真治君の家で賊に襲われた思い出がよみがえります。私は真治君が寝起きしている書斎に走りました。 やはりありません。コンピュータの本体が根こそぎ持っていかれてしまっています。これで、確信できました。賊は福本氏に関係しているコンピュータのデータを欲しがっているのです。私は携帯電話を使いFBIのマックブライドに電話をかけました。 「これは弁護士さん、どうなされましたか。」 あくまで事務的に受け答えをしているマックブライドですが、私は興奮せずにいられません。ちょっとしゃべるのが早くなってきているのが自分でもわかります。 「捜査官、たいへんです。賊が私の家に入ってきた。コンピュータを持っていってしまいましたよ。」 「えっ、いつです。」 マックブライドも興奮しています。 「真治君が学校へ行き、私が法廷に行っている間です。」 「そちらでお会いしましょう。」 マックブライドは20分もかからず私の家に来ました。ピザの宅配より早いですね。マックブライド以下7人ほどのFBIの捜査員は3台の車でやってきて私の家をマグネシウムの粉を使ったり、フィルムを使ったり細かいところまで検分していました。また、近所に聞きこみにあたっていました。 しばらくしてからマックブライドがつぶやきました。 「プロですね。福本氏の家に入った賊と同じ化学薬品を使っている…。」 「やはり、麻薬に関係しているのでしょうね。」 「そうですね…。」 「賊はどのようなデータを探しているのでしょうね。」 私は探りをいれてみました。 「それはFBIでも現時点でははっきり言えない。ある重要人物についてそれなりのデータを集めているんだが尻尾をださないんだよ。」 FBIがまだパームの存在、それにVgodやJgodなどについてのデータの存在を掴んでいないこともはっきりしました。前回マックブライドが「ベンツでなにか発見したのでは」と言ったセリフはひっかけ問題だったのです。そうすると、パームのデータについて知っているのは私だけということになってしまいます。ちょっと大変なことになってきました。私は更にマックブライドにたずねました。 「わからない、わからないとFBIはいっているけれど、何かつかんでいるんでしょ。もう真治君を無罪にしてあげてくださいよ。」 「背後組織についてグランドジュリー(大陪審)が動いてくれないかなぁ…。」 と言ってマックブライドは口をつぐみました。マックブライドのつぶやきを聞き逃さなかった私は、 「大陪審が動いたら大事になるね。」 と言いながらマックブライドを見つめました。 グランドジュリー(大陪審:Grand Jury)というのは、日本ではあまりなじみがないコンセプトでしょう。よくテレビや映画で12人の一般人が裁判を通して主張を聞き、評決(Verdict)を下すという場面に出くわされたことがあるのではないですか。あの制度も陪審制度と呼ばれています。ただ、正確にはペティット・ジュリー(小陪審:Petit Jury)と呼びます。民事裁判でも刑事裁判でも実質的に事件を審理するのは小陪審なのです。今では一般的にジュリーといえば小陪審のことを指すのです。これに対して、大陪審というシステムが伝統的に英米法に存在します。刑事事件に使われるコンセプトです。日本では、被告人を刑事裁判にかけることを起訴するといいますが、この起訴をするかどうかの決定を下すのは検察官です。アメリカにおいて刑事裁判にかけるかどうか、つまり被告人を起訴するかどうかを決めるのに基本的に3つの方法があります。ひとつは日本のシステムのように、検察官が起訴を決める方法です。二つ目は真治君が起訴されたときのようにプレ・リム(Preliminary Hearing)という裁判官の決定を通してなされるものです。3つ目の方法が大陪審にかけるというやり方なのです。 ある一定の犯罪においては必ず大陪審を経なくてはならないとアメリカの憲法で定められています。特に重大な犯罪の場合には大陪審を経て起訴がされます。カリフォルニア州の裁判所では大陪審はありません。連邦の裁判所に限られています。大陪審は一般市民16名から23名で構成されます。一事件単位で集まるのではなくいくつもの事件にかかわります。連邦裁判所には大陪審の部屋が用意されています。大陪審の役目は、事件に関わるさまざまな証人を召還して被疑者を起訴するかどうかを決めることです。大陪審が開廷されると、まず連邦の検事や大陪審が適当と認めた証人を召還します。もちろん、被疑者も召還されることになります。次に検事が被疑者や証人に対してさまざまな質問をすることになります。そのやりとりをもとに大陪審が起訴するかどうかを判断します。特筆すべきは、この大陪審に喚問された被疑者や証人は弁護士をつけられないということです。黙秘権は認められていますが、弁護士をつけて大陪審に臨むことはできないのです。被疑者や証人についた弁護士は大陪審室の外で待っていなくてはなりません。被疑者や証人が弁護士に相談したい場合には、証言を一時中止して大陪審室の外に出て弁護士と話さなくてはならないのです。裁判官はいません。陪審員が起訴と決定すれば、連邦の刑事裁判にかけられることになります。 真治君が逮捕されたときにはプレ・リムという裁判官が決定を下す方法で起訴か不起訴か決められましたね。ところがマックブライドいわく、大陪審が動いているとのことですから、相当に大きな事件が背景にあるということになります。それも真治君はすでに起訴をされていて実質的な審理に入っていますから、真治君のことではありません。私はマックブライドのつぶやきを逃しませんでした。 「誰が大陪審の対象になっているんですか。」 「それは本当にわからない。」 「でも、漠然としていても私のクライアントの利益になることでしょ。」 「利益になるかどうかはわかりませんが、コロンビーニ一家にかかわることです。」 「真治君の起訴取下げにできることならなんでも協力しますからね。」 マックブライドが、笑い顔をつくり私に握手を求めました。 「弁護士さん、あなたはタフだ。本当にタフだ。そこまでクライアントのために尽くせる法廷弁護人は見たことがない。敬意を表します。」 「ありがとう。ぼくは真治君を信じているだけだ。それが仕事なんだ。」 「感心します。でも、今は言うことができないんです、小山弁護士。」 検分が一段落して、FBIは引き上げていきました。残された真治君と私はお腹が減ったねと言い合い、カップヌードルを食べました。こんなことがあっても食欲だけにははむかえない二人でした。 私は麺をすする真治君をじっと見て言いました。 「真治君も強くなったな、本当に。」 「そうですか。でも先生と住んでいていろいろ学んだけど、一番大事なものは自分の心の持ちようなんだなと思いました。」 「なんだい、そりゃ。」 「今回のこの一連の出来事で、どんなものでも、ものは失ってしまう。それでも、自分の心に信じている信念は、自分が信じている限りなくならない。そのことに気づかされたんです。」 「君は、恵まれて生きてきて物質的には何も不自由していなかったよね。だけど、わかるよね、生きていくことに本当に大事なものってお金で買うことはできないんだ。」 「はい。それに今回のことで、お金では買えない、これからがんばって生きていくための夢をもらいました。」 「なんだい、それは。」 「夢です、夢。」 「どんな夢なんだい。」 にっこりした真治君は、 「それは言えません。自分でやり遂げるまでは。」 「それは、楽しみだな。ははは。」 お腹の空いていた二人は、一人二個づつカップヌードルを食べていました。結構おいしいんですよね。子供の頃に水泳の後、よく食べた思い出がよみがえります。 疲れていた真治君は先に床に就きました。私は家中ガチャガチャにひっくり返された状態を目に焼き付けながら、パーム・パイロットのことを考えていました。結果的に修理に出しておいてラッキーだったわけです。もうすぐ手元に帰ってくることでしょう。パームのことについては真治君を巻き込みたくないのでまだ言っていません。どんな情報が入っているのかお楽しみです。この事件を解決するカギなのは間違いありません。それよりもFBIのマックブライドが大陪審のことを口にしたことが気にかかります。誰を引っ張ってくるつもりなのか。カニングハムなのか…。疲れているはずなのに、なかなか寝つけません。台所に置いてあったブランディーを普通のグラスにじょぼじょぼついで、一気に飲み干しました。まだ11時ですが今日はもう寝かせてもらいましょう。 最近CBP (U.S. Customs and Border Protection) が I-94(米国滞在許可書)についての変更点について公表しました。
今のI-94は数字だけの表記になっています。これを2019年5月よりアルファベットを含めた形にするとのことです。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
==== 今回はビジネスに関する保険について考えてみたいと思います。現在全世界的に不景気ですから、ビジネス上なにかトラブルが発生すると、会社の存続に問題が生じるなんて可能性もあるわけです。少しでも、今回の原稿がビジネスをされている方に役立つことを祈っています。 ビジネス保険といっても、ビジネスがうまくいかなくなったからといって、保険金がでるという性質のものではありません。そのような保険があったら欲しいものですよね(本当に存在したらすみません)。今回考える保険とは、ビジネスで使用する道具・動産などに関する保険です。ビジネス・プロパティ保険とでも呼んでおきましょうか。 私は法律事務所のことしか良く知らないですが、私にとって一番大事なものはコンピュータの中に入っているデータでしょうか。そのほかの備品等は代替がききますし、特別目が飛び出るほど高価なものはありません。しかし、ビジネスをされている方々にとっては在庫を持つところもあるでしょうし、医師や技術者などは非常に高価な動産がビジネスをするところにはあると思います。 もちろん、戸締りや警備も大切ですが、ビジネス・プロパティ保険の補償額などに注意を払っておくと後日後悔することがなくなります。多くの店子の方はビジネス保険への加入を義務付けられていますが、ご自身が持っている場所でビジネスを行うばあいや、ご自宅をオフィスにしているといった場合には、特に注意が必要です。 基本的に、ビジネス保険というのはパッケージになっている場合が多く、オフィス等での、人身傷害、物的損害などをカバーします。たとえば、大きな箱をデリバリーしてきた人が転んで骨を折ったなどという時には人身傷害保険でカバーされることになります。通常、こちらの方に目が行ってしまいますので、物的損害の方を見落としがちですから、毎年更新をするときに、高価な備品が増えていないかどうかなどチェックをする必要があると思います。オフィスに重要文化財級の日本人形なんか置く場合には事前に保険会社に連絡をしなくてはならないでしょうね。また、物的損害に関する保険に加入する場合、現存する価格を補償してくれるのか、買い替えに必要な価格を補償してくれるのか、確かめておかないと、なにか問題が起きたときにさらに出費が必要になるかもしれません。 上記述べたように、賃貸借契約で保険に加入することを強制されている場合には、店子側としても、気づいて保険へ加入できるのですが、ご自身で所有されている場所でビジネスをされていると、多くの方がビジネス保険に入られていない場合があります。ここで注意しておきたいのは、通常居住するための家などを対象に購入する保険と、ビジネス保険とは性質が違うということです。家土地に対して通常加入する保険では、ビジネスに関しては補償してくれない場合が多いですから、注意が必要になります。 アメリカではよく、警備員がいても誰かが進入して備品を取っていくということがありますから、特に高価な在庫がある場合や人の出入りが多い場合、などにはよく保険の加入契約書をチェックする必要があると思います。それから、ほとんどの保険では、コンピュータの内部の情報については保険されませんから、毎日でも良いですのでバックアップを必ずつくり、保管しておく必要があるでしょうね。 今回は法律の問題というよりも、法律問題に発展する前に確認できることについて考えました。転ばぬ先の杖、ビジネスを成功させたいのであれば、大会社であろうと個人事業主であろうと考えておきたい問題ですね。 |
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