本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
==== 前回からLimited Liability Company、有限責任会社について考えはじめました。前回は、主にどのようなメリットがあるのかということを考えましたが、今回はどのように有限責任会社が運営されていくのか、前回に引き続き考えていきましょう。前回は株式会社である株主の代わりにメンバー(社員)と呼ばれる人達が有限責任会社では存在することを考えて紙面がなくなりました。 このメンバーは株主と同じように、有限責任のみを負います。すなわち、会社に対して投資した額を上限として、会社や第三者に対して責任を負うことになります。 では運営について考えていきましょう。 基本的には会社と同じように、マネージャーという運営・経営者を設定して、そのマネージャーがメンバーを代表して運営するという形にできます。また、メンバーが全員で運営することも可能です。特に、少人数のメンバー制であれば有効かもしれません。多数決などで経営を決めていくのですね。 もし、なにか責任が生ずるような問題があれば、運営している人が責任を負います。マネージャー制ではマネージャーが責任を負います。メンバーによって運営されている場合には、メンバーが責任を負います。 この場合、メンバーが責任を負うという理由は、ただ出資したからという訳ではなく、会社の運営をしていたからという理由で、決して有限責任の原則が崩されている訳ではありません。二つ違う責任の所在があるわけです。マネージャー制を利用する場合、通常のメンバーは運営に関しては投票権は予定されていません。マネージャー(複数可)が会社の運営に関しては投票して進めていく形になります。 有限責任会社のメンバーシップを譲渡したい場合などもあるかもしれません。この場合、株式会社とほぼ同じように扱われます。たとえば会社の定款で会社のメンバーシップを譲渡することについては、他のメンバーの一致した承諾が必要というように設定することもできます。少人数でLLCを運営するにあたっては非常に大事な定款条項ですが、株式会社でも有限責任会社でも有効に機能します。 有限責任会社を運営するにあたり、毎年の書類の作成などは、株式会社とほぼ同じです。すなわち、会社の役員構成に関する書類、メンバー総会を開いたという議事録などです。有限責任会社だからといって特別な書類が要求されるということはまずありません。 ではメンバーは誰がなれるのか考えましょう。有限責任会社は州によって異なる法律で規律されていますが、一般的に株式会社と違う点があります。株式会社では投資者を募り、一般の株主とは違う優待をする優先株式というものが存在します。つまり、簡単に言えば、会社の運営に口出しをして欲しくないが、投資をすることにより株を取得して、株式公開された場合には、何倍にもなってかえってくるから投資をしてください、という命題のもと発行されている株です。この優先株式というのは、会社の運営に関する投票権がなかったり、取締役を選出する権利が制限されていたりします。 このような優先株式というのは有限責任会社では基本的に発行することができません。 つまり、パートナーシップの色が濃い団体だからなのですね。 以上の運営に関することは、初期のメンバーもしくは、仮のマネージャーなどが決定して、書面にしなくてはなりません。基本的に各州で有限責任会社を設立した場合、州政府に登録する書類等が法律で定められています。通常、Articiles of Organizationという書類を州政府に登録しなくてはなりませんが、この書類は株式会社で言うArticle of Incorporationという書類と同じようなものです。この書類は非常に基本的な項目、たとえば会社名、住所、メンバー制かマネージャー制かなどを登録します。 しかし、日本で言う「法人登記」のように、細かく各メンバーやマネージャーが誰になるかを書いたりする必要はなく、日本で法人登記に慣れ親しまれている方はちょっとびっくりするのではないでしょうか。また、日本の登記システムのように絶対的記載事項に関しては非常に緩やかな設定がされていますので、このアメリカにおける登録書類を「登記」と呼ぶにはいささか問題があります。そこで、基本定款などと呼んで区別をしています。 州に登録する基本定款の他に、有限責任会社内での規則、つまり会社の憲法のようなものをつくらなくてはなりません。たとえば、メンバーとなる方法やマネージャーの選任方法、銀行口座の開設、各マネージャーの責任範囲、総会の開催などの条項が含まれます。株式会社でいうところのBy-Lawsですが、有限責任会社ではOperating Agreementと呼ばれています。日本語に訳すと、By-LawsとOperating Agreementは付随定款という言葉が最適だと思います。すなわち、上述して基本定款は州に提出しなくてはいけないですが、付随定款は州への提出義務は無いものの、会社の根幹をなす条項が多く含まれていますので、日本で言う定款の役割となんら変わりがないからです。会社の憲法と考えてください。 以上の二つの書類が根本的に必要な書類ですが、そのほかに、会社設立時の議事録なども必要になってきます。 有限責任会社が解散する場合はちょっと株式会社と違ってきます。上述した定款ではっきり定められていない限り、一人のメンバーが有限責任会社を抜けたいと思った場合、会社は財産を整理して解散しなくてはなりません。これはパートナーシップの要素を非常に強く持っているからなのです。このように一人のメンバーが抜け、会社の解散を防ぐためには付随定款に、メンバーが抜けたり死亡した時には他のメンバーが買い取るという条項を追加したりします。 以上が、有限責任会社の運営にかんするまとめですが、基本的には運営方法は株式会社と非常に近いものがあるにもかかわらず、パートナーシップという面がちらほら見られるということがおわかりになったのではないでしょうか。 前回考えたように税金面では通常の株式会社よりも優遇されますので、時に小規模なビジネスをお考えの方はぜひ利用されると良いと思います。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第14回目です。 ===================== 第14章 刑事捜査 (Criminal Investigation) 時間を少し戻しましょう…。私が水曜日の午前中に真治君の刑事法廷、午後はしつこいカニングハムと対決している最中、FBIも忙しくしていました。私の持っている…いやコンピュUSAにあるパーム抜きでもある程度事件の証拠を固めつつあったのでした。 水曜日の朝、マックブライドと私は、事件のことや麻薬のことについて法廷の外で話し合いましたね。その後、私がプリ・トライアルで裁判官のチャンバーに入っていたとき、傍聴席にいたマックブライド捜査官のところに、捜査中ということだったギャリソンについて同僚のFBI捜査官から待ちに待った情報が入ってきたのです。ですから彼は途中でいなくなったのですね。 携帯電話の振動で、マックブライドは傍聴席を離れ、また日差しが明るい廊下に出ます。 「マックブライドだ。」 「グッド・ニュースです、捜査官。」 「昨日、あの弁護士の小山から受け取った写真の男…リック・ギャリソンをスポット(発見)しました。」 「それは、エクセレント・ニュースだ。」 マックブライドの電話を持つ手に早まる心臓の鼓動が伝わってきます。 あの、イタリア人っぽい顔だちをしているリック・ギャリソンの居場所をFBIは付き止めたのです。私の撮った写真にあった車のナンバー・プレートをもとに捜査が進められたのです。 「マックブライド捜査官、発見しただけではありませんぜ。」 「もったいぶるなよ。」 マックブライドは鼻を鳴らしました。 「潜伏先もつきとめました。」 「でかした。」 「40人突っ込んでいるんですからね。スピードが勝負です。」 マックブライドは一息つきました。気持ちを押さえて質問をしていきます。 「ギャリソンはどこにいる。」 「仲間のところに潜伏しています。」 私に写真を撮られてから、ギャリソンはコロンビーニ一家の残党である仲間の家に転がり込んでいたのです。 「地理的には?」 「サンルイス・オビスポです。」 サンルイス・オビスポという街はサンフランシスコから南に200マイルほど下った、ちょうどロスアンジェルスとの中間に位置する街でした。あまり大きくない学生町です。FBIもいったん追跡している者の面が割れると、捜査は電光石火です。その潜伏している付近に停めてある車のナンバーがギャリソンが借りたレンタカーのナンバーと一致します。 ギャリソンを見つけたことで、FBIは色めきだちました。マックブライドは一線の捜査官としてギャリソンだけを逮捕するようなことはしませんでした。 「わかった、すぐに計画を立てる。見張りを頼む。」 「イエス・サー。」 知らせを聞いたマックブライドは直ちに直属の捜査官を現地に直行させるとともに、完璧な盗聴器具の設置と見張りをたてる準備の手配をしました。 「待ってろよ。コロンビーニども。必ずおまえらのラインを根絶してやる。」マックブライドは押し殺した声でつぶやきました。 マックブライドは、私が申し立てた起訴取下げの申立てについての審理が来週の水曜日に行われることを重々承知していました。また、FBI側が決して有利ではないことも知っていました。マックブライドは慎重にギャリソンの動きを見守りました。 サンフランシスコで指揮をとるマックブライドに、時を追うごとに有力な情報が捜査員からもたらされます。マックブライドは決して焦りませんでした。しかし何も大きな収穫がないまま1週間過ぎれば、真治君の起訴取下げの申立ての審理期日がやってきます。それまでになんとしてもコロンビーニにかかわる麻薬捜査を進めなくてはなりません。FBIにしても1つの麻薬捜査に多大な時間を費やしているわけにはいかないのです。もし、捜査が行き詰まれば、真治君の起訴が取下げとなった時点で、このコロンビーニの捜査の人数は大幅に削られてしまうでしょう。ですから、マックブライドにとってもこのギャリソンのような小物を捕まえるだけではインパクトが弱いと考えているのです。 「ボスさん、早く出てきてくれよ。」 マックブライドの独り言です。 面が割れているギャリソンは、大きな空港つまりサンフランシスコやロスアンジェルスからはまず国外逃亡しないでしょう。この小さな街、サンルイス・オビスポから船または小型ジェットで逃亡の伝手を探るつもりなのでしょう。このままアメリカに居つづけることは、ギャリソンにとって対警察でも対組織でも危険です。必ず動く、とマックブライドは読んでいました。 FBIのサンフランシスコ本部で指揮を取っていたマックブライドに私が電話をかけたのはこのころでした。ギャリソンを見張っている間に私の家に入りこんできた賊がいるという話を聞き、マックブライドは大きな組織が積極的に動いていることを再認識しました。捜査班とマックブライドが私の家の検分を終わり引き上げた後、つまり私が真治君とカップラーメンを食べていたころ、マックブライドは連邦のマラック検事と二人でコロンビーニ一家について話をしていました。 深夜の検察局に職員はほとんとどいません。しかし、他の建物と変わらず、夜でも電気はつけっぱなしにしてあります。マラック検事はマックブライドが来るのを、待ち望んでいたようでした。マラックの顔がはれていて眠たそうです。そのためか、さっそく本題に入ります。 「マックブライド捜査官、その後どうですか。」 「検事、やはり敵は大きいですね。」 「というと…」 「ギャリソンという小物は見張ってあります。盗聴も完璧です。」 「盗聴しても証拠にはならないが、いいきっかけとなる情報がつかめるかもしれないな。」 「今は待ちの状況です。」 「来週の水曜日はシンジ・フクモトの起訴取下げの申立ての審理がある。」 「わかっています。」 「弁護士の小山の言っていることを裁判官が買うかもしれない。」 「その危険性は充分わかっています。」 マックブライドは真剣な目でマラックを見つめました。 椅子を揺らしながら、マラックはマックブライドの目を値踏みします。ちょっと間を置きながら、マラックは続けます。 「捜査官、本当ですか。あの大物弁護士のビクター・カニングハムも捜査の対象になってるって。」 「私のFBIの内部報告書をご覧になったのですか。」 「そうです。ちょっとびっくりしました。」 「死んだロビンス氏とメキシコに何度も飛んでいるんです。」 「それ以外にカニングハムをコロンビーニとくっつける要素は?」 「多額の出所不明の入金がカニングハムにあります。それも南米のコロンビアやメキシコから直接入ってくるのではなく、ケイマン諸島や香港を経由して入金されています。」 「入金があったというだけでは、麻薬の関連性は語れないよ。なんでも、カニングハムは南米にもクライアントをたくさん持っているそうじゃないか。彼の弁護費用は高そうだからな。」 マラックはにわかに興味を失ったようでした。 「マラック検事、2、3年前にコロンビーニ一家を撲滅したというニュースが入ってきましたが、そのあともサンフランシスコや他のカリフォルニアの大都市での麻薬犯罪は一向に減っていません。いや、増えている。」 「私も麻薬事件にはうんざりだ。」 マラック検事は自戒のようにつぶやきます。 「私は、コロンビーニが全滅しているとは到底思っていませんでしたし、現にギャリソンが動いている。」 「それはわかっている。しかし、証拠をもう少し積み上げない限りカニングハムを裁判所に連れてくるのはまずいだろ。」 「その証拠を今、固めています。」 「質のよい証拠が揃うといいが…。来週の水曜日にシンジ・フクモトが起訴取下げになってしまったら、このコロンビーニに関する捜査は大打撃を受けることになってしまう。」 マックブライドは立ちあがり、マラックの部屋の棚にある法律の本をいじりだしました。 「検事さん、実は私、体をこわしていましてね。」 「どういうことですか。」 本を品定めするようにしながらマックブライドは続けます。 「悪性の腫瘍なんですわ。胃の方なんですけどね。」 「そうなんですか。」 「入院すれば、3ヶ月で治るとは言われているんですが、第一線でやっていくのはもう無理かな、と思っているんです。」 「…。それは悲しいニュースだ。」 「これが最後の捜査になるかもしれません。だから…だからどうしてもやり遂げたいのです。」 「カニングハムを捕まえたいんですね。」 「今まで浮かび上がっている人間で、組織を操れるだけの頭と行動力それに適切なコネをもっているのは彼一人ですから。」 「彼を押さえれば組織をつぶせるかな。」 「単純かもしれませんが、それが一番効果的だと思います。」 マラックはため息をつきました。そのため息に反応したようにマックブライドは机をはさんで、マラックの正面の席に腰掛けました。 「マラック検事、お願いがあります。」 「なんでしょう。」 「大陪審でカニングハムを起訴に持ちこんでいただけないでしょうか。」 「うむ…。」 マラックは天井を見据えて考え込んでしまいました。 「マックブライド捜査官、ちょっと時間をください。」 「考えていただけますか。」 「できれば、もうちょっと証拠が欲しいね。大陪審を説得する証拠が。」 「証拠、ですね…。また明日検事のところに寄らせていただきます。」 「がんばってください、マックブライド捜査官。」 「レーター(Later:それじゃ後で)」 マラックは、マックブライドの背中をじっと見つめていました。 夜はふけていきます。 FBIの事務所に戻り、マックブライドはギャリソンに関するニュースを待ちつづけます。毛布に包まって仮眠を取る捜査官もいましたが、マックブライドはまったく眠ろうとはしません。 定期連絡がはいりました。 「マックブライドだ。」 「捜査官、ご苦労様です。」 「今日、ギャリソンは何本か電話をかけました。携帯電話からです。」 デジタルの携帯電話の傍受は一般には難しいものとされていますが、FBIのバス一台にぎっしり載せられた機器があれば、従来の電話よりもクリアーに傍受することができます。ギャリソンが電話をかけるたびにその相手方の番号から持ち主を割り出し、捜査が開始されます。機動力が注がれ、ギャリソンの相手方が次々にマークされます。 「なにか収穫は?」 「ギャリソンの女は割り出しました。」 「女か…。他には?」 「いえ、女だけです。」 「内容は?」 「まったくの世間話…というか突然ギャリソンがいなくなったために、荒れ狂っている女をギャリソンがなだめていました。麻薬とは関係がないようです。」 「それじゃ、意味ないな。」 「しかし、苦労しました。ギャリソンが使っている携帯電話なんですが、最新のやつなんです。プロテクションがきつくて電波の割り出しがいつもより大変でした。」 「それはごくろうさん。」 「最近の携帯電話はEメールとかまで送れちゃいますからね。なんでもできるんですよ。」 「Eメール…、それだ。」 マックブライドの頭の中でもこれまでたびたび標的にされていたコンピュータとEメールが結びつきました。 「マックブライド捜査官、Eメールの送り先の割り出しを進めましょうか?」 「できるかね。」 「やってやれないことはないですが、送り先の相手がどこの誰かをつきとめるのは難しいかもしれません。」 「とにかく頼めないかな。」 電話を切ったマックブライドは、体をほぐす意味もこめて、部屋中を歩き回りました。5分もしないうちにさっき電話をしてきた現場の捜査員から電話がありました。 「どうだった。」 「Eメールのアドレスはわかりました。Vgod@….comです。ギャリソンが2件送信しています。内容は特殊なコードで守られていてわかりません。」 「それじゃ、そのメール・アドレスかドメイン・ネームの持ち主はわかるか。」 「それも確認しましたが、現実に存在しない人の名前でユーザー登録がされています。」 マックブライドは5分程度の捜査でここまで割り出せる自分の属する組織の捜査員と機械の能力に感嘆しました。しかし、本音は…、 (手詰まりだな。) 朝になりました。 捜査員が、またギャリソンの携帯電話からEメールが電波を通して送られたとマックブライドに連絡があったのは朝6時過ぎでした。 ここで、マックブライドはひとつの決断をしました。 「踏み込んで、ギャリソンを逮捕しろ。」 「いいんですか。」 「その携帯電話を押収するのを忘れるな。」 30秒後には、ギャリソンはFBIの手に落ちていました。ちょうど、もう1件Eメールを書くのに必死になっているギャリソンを捕らえたために、携帯電話はすんなり、FBIの手に落ちました。 捜査員の一人がつぶやきます。 「いい電話だな…。俺が欲しいくらいだよ。」 手袋をはめて、ギャリソンの携帯電話を検分していた捜査員が、送信済みのメールを発見しました。そのメールにはこう書いてありました。 ヴィクター、リック・ギャリソンだ。 今いるところは言えない。 とにかく、あのくそ弁護士の小山の処分を頼む。 捜査員は、新たな証拠を発見し色めきました。マックブライドは狂喜しました。 マックブライドは携帯電話の保存はもちろんのこと、携帯電話に入っている情報をすべて知りたいとを指示しました。調査には15分ほどかかりました。遅い、と舌打ちしたマックブライドはファックスで送られてきた電話番号のリストに目を移します。 送られてきたリストには携帯電話の番号から、誰が所有している電話なのか住所や持ち主もすべて割り出してあります。15分じゃ早いですよね。そのリストに、カニングハムの事務所に通じる電話番号が見つけられました。 (カニングハムか、胡散臭い奴だな。) ちょっとの間を置いて、マックブライドは自分の机の上にある電話を使って検事局に電話をいれました。 「US Attorney’s Office(検事局です)。」 「マラック検事をお願いします。」 ちょっと待たされて、マラックが電話に出ました。ちょうど法廷がはじまる前準備をしていたところなのでしょう。 「検事、昨日はどうも。」 「あれから、なにか掴めたかね。」 「ええ、かなり面白い証拠が手に入りました。」 「聞かせてもらおう。」 「はい。」 「捜査に進展があったんだね、マックブライド捜査官?」 マックブライドはさっき眺めていたファックスを片手に話をきりだします。 「おおありです。」 マックブライドはカニングハムの電話番号がギャリソンの携帯電話から割り出されたこと、それに送信済みのEメールのことなど、順番を追って話していきます。 マラックは考え込んでいるようでした。 そのとき、マックブライドの携帯電話が鳴りました。 「マラック検事、またすぐにかけます。」 といって机の上の電話を切ります。 携帯電話を耳に当て、ハローと言おうとすると、受話器の向こうから 「収穫です」という声が聞こえてきました。 「マックブライドだ、どうした。」 「サンフランシスコの捜査班から連絡があり、ギャリソンが住んでいた家にある留守番電話からカニングハムのメッセージが見つかりました。どうも2、3日前のらしいですね。」 「それは素晴らしい。」 「内容は、様子をうかがいにかけてきているだけですから、なんとも言えませんが…。」 「でも、電話をしてきているのだから、有罪になるかならないかはこれからの捜査に任せるとして、起訴はできるだろう。」 「いけるかもしれませんね。」 電話を切ったマックブライドはマラック検事に再度電話をかけて、また新しいニュースを伝えます。 マラックのうなずきが、リズム感を持ってきているのがわかります。マックブライドは熱心にマラックを口説きました。 「マックブライド捜査官、ちょっと待っててくれ、今ボスの(上席の)検事と話してくるから。」 「OK.」 マックブライドがしばらく待たされると、検事局にじきじきに来てくれという要請がありました。同席しているのは、サンフランシスコ連邦検事局長のイタリア系老検事ジョン・ミラノです。イタリア系の温厚そうな銀髪の紳士です。言葉はあまり挟みません。マックブライドは面持ちを引き締めて、検事局に向かいます。話し合いは2時間にも及びましたが、マックブライドがカニングハムの大陪審喚問を主張して譲りませんでした。 「とにかく、これだけの証拠があれば被疑者として大陪審にかけることには問題はないはずです。それにこれからも捜査は続行していきますが、なにせ相手も大物弁護士です。とにかく防御をさせる前に召喚をするべきです。」 「しかし、後で不起訴となると問題になるな…。」 「間違っているということはないでしょう。小物の運び屋であるギャリソンが小山弁護士のことを述べていましたし、カニングハムもギャリソンとの関係を否定できない。」 「小山ね…。」 マラック検事がつぶやきました。 そのつぶやきを受けて、マックブライドが 「彼は若いけれど非常に有能な弁護士です。勘も良い。私は非常にかっています。背後組織のことはあの弁護士のおかげで見えてきたのです。福本氏が巻き込まれていたのもカニングハムが噛んでいたからでしょう。彼がいなければ事件は進んでいなかったかもしれません。」 と断定的にいいました。 検事局と話し合いを続けていく間にもひっきりなしに、マックブライドの携帯電話が鳴り、電話を切るごとに新しい情報が入ってきます。 マラックとミラノ検事局長はそのたびにじっとマックブライドの顔を見つめます。 電話を切ったマックブライドはマラックとミラノ検事局長を交互に眺めながら静かにこう言いました。 「最初に福本家に麻薬が隠されているといってかかってきた匿名電話もギャリソンの声に間違いありません。声紋が一致しました。」 「ギャリソンをつつけば、もっと何かでてくるな。」 マラックは興味津々になったようです。 「私はカニングハムが組織の上に立つ人間だと確信しています。」 マックブライドは寝ていないためにはれた瞼を一所懸命みひらきながら、検事たちに訴えます。 ミラノ検事局長はマックブライドの言うことに真剣に耳を傾けながら、 「その若い弁護士や君が明らかにしてきた背後組織のボスがカニングハムだったら、すごいことじゃないか。ニュースのヘッドラインにもなるし、これからの麻薬撲滅にプラスになるよ、もっとも彼を有罪にできたらの話だが。」 とつぶやく。 「そのためにも大陪審の召喚を…。」 ミラノ検事局長は 「わかったよ、ほかならぬベテラン捜査官の勘だ、信じよう。」 「あ、ありがとうございます。」 マラックが口をはさみます。 「検事局長、来週の水曜日に小山弁護士が申立てをしていまして。起訴取下げの申立てです、シンジ・フクモトの。」 「その申立ては通りそうなのかね。」 ミラノ検事局長はじろっとメガネを通して、マラックを見つめます。 「え、その、全力を尽くしますが…。」 「それならすぐに動いて、来週の水曜日までになんとかカニングハムを召喚するんだ。それなら、シンジ・フクモトが起訴取下げになっても我々の体面は保てる。」 マラックが激しくうなずきました。 マックブライドはほっとした様子です。 昼前にはサンフランシスコ連邦検事局で召喚状が作成されました。その召喚状が直接カニングハムに送達されたのは、カニングハムが顧問会社の重役とのランチミーティングに出席しようとまさに事務所を出ようとしていたときでした。麻薬密売組織に関する重要参考人として出廷を義務付けられていることが明記されています。期日は、真治君の刑事事件における起訴取下げの申立ての審理と同じ来週の水曜日です。時間は朝9時になっています。 移民局は、最近の各ビザ申請についての平均の審査時間を公表しました。以下、主な申請について、お知らせします。
I-90(グリーンカード更新): 6ケ月 I-129(非移民労働許可):5.1ケ月 I-130(親族ベース永住権申請):10ケ月 I-140(雇用ベース永住権申請):6ケ月 I-751(条件付永住権の条件付を取り除く申請):16.4ケ月 N-400(市民権申請):10ケ月 以上ですが、これは、平均的な数字と想定され、実際は、ケースバイケースで審査時間は変化しています。また、一部特急審査が利用できる種類の申請は、審査時間が上記よりだいぶ短くすることが可能です。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
==== なんとなく世の中は不景気風が吹き荒れていて、私の周りでもあまり良いニュースを聞きません。私の事務所はなぜか不景気を知らないのですが、私の友人なんかでも、大きい事務所は人減らしが多くなってきて、毎日びくびくしているようです。よく、そのような精神状態でクライアントの相談を受けていられるな、と私は感心してしまいますが。皆さんはお元気ですか。 今回はLLCという形態のビジネスを考えて行きたいと思います。最近はこのLLCという形態のビジネスも浸透してきたようで、いろいろな場面で遭遇しますし、私が関わるビジネスでも皆さん積極的に利用されています。今回は、このLLCについて考えていきましょう。 まずLLCという形態ですが、日本語に訳し難い法律のコンセプトです。Limited Liability Companyということで、「有限責任会社」と訳せますが、日本では、「株式会社」か「有限会社」ということになりますが、性質上違う点があります。ですから、「有限会社」と訳すのは間違っているでしょうね。日本の商法でいう合資会社と似ている部分がありますが、合資会社は一人無限責任(後述します)を負う人が必要になります。この意味では全員有限責任を負う、合資会社という感覚が一番近いでしょうか。LLCを日本で外国法人として登記をするときには、訳語を考えなくてはいけない問題でしょうが、このコラムでは「有限責任会社」としておきます。 さて、LLCというのは、何かという性質から考えていきましょう。アメリカでは、Corporation、つまり株式会社という形態かPartnershipという形態、つまり共同経営という形がビジネスではポピュラーでした。株式会社は株主有限責任の原則といい、株主は出資した金額でのみリスクを負います。 つまり、1万ドル出資した出資者は、1万ドルの範囲で、リスクを負います。会社が訴えられて100億円の損害賠償を払わなくてはならなくなった場合でも、株主は1万ドルの範囲内で責任を負います。 この有限責任の原則があるからこそ、人々は容易に出資をしますし、会社側にとっても、資金を集めやすいのです。 パートナーシップというビジネス形態もアメリカではポピュラーです。小さな店を経営するときに、1人ではやれないが、2,3人で経営をしていくということはよくあることです。こういった経営では、あまり会社を設立せず、パートナーとしてやっていこうというケースが多いわけです。ところが、パートナーシップというのは、契約書でちゃんと仲間内を縛っておかないと、お金のことで揉めたような場合には、訴訟に発展することも少なくありません。また、パートナーシップをつくると、2人でビジネスをする場合、一人がもう一人の責任もすべて、無限責任に基づいて負いますので、知らないうちにものすごい額の責任を負うということになる訳です。 以上を見ると、投資者に取ってみれば株式会社の有限責任は「おいしい」コンセプトです。しかし、株式会社を設立するとSコーポレーションは別にして、通常の株式会社では、会社で一旦収入を申告します。そして株主が配当を受けるに、個人レベルで税金の申告が必要になります。、完全な二重課税のシステムにアメリカではなっているのです。そうすると、小規模なビジネスでは、二重課税というのは不利になることがありますので、できればパートナーシップのように、個人レベルでの課税のみにしたい訳です。これらの「おいしい」ポイントを実現したのがLLCなのです。小規模の有限責任の会社であり、また個人的な税金の申告を可能にできる訳です。 また、株式会社は経営していくに際し、様々な書類を用意しなくてはなりませんが、LLCではある程度簡略化されています。 ですから、小規模なビジネスをはじめるには、非常に有利なビジネス形態と考えられます。 以上で、LLCの性質とメリットはわかっていただけたと思いますが、以下、LLCがどのように運営されているのか、考えていきましょう。 まず、LLCでは株式会社でいう株主の代わりに、メンバーという社員がいます。数年前には一人では設立できませんでした。ところが、現在では一人でも設立できるようにほとんどの州で法律が改正されています。LLCを運営するにあたり、指定されたマネージャーが行う場合と、すべてのメンバーが運営する場合がありますが、メンバーが運営する場合には、数が多いとコンセンサスを得るのが難しくなりますので、やはり少数にとどめておくことが妥当です。また、メンバーが多い場合には、マネージャーを選任してビジネスを行うというのが通常です。 紙面が限られてきましたので、次回続けて考えていきましょう。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第13回目です。 ===================== 第13章 証拠開示の申立て (Motion to Compel Production of Documents) サンフランシスコ郡の裁判所は連邦の裁判所のすぐそばに建っています。1989年にサンフランシスコで地震があるまでは市庁舎と合併されていたのですが、地震で市庁舎が閉鎖になると、仮の建物に裁判所が移されました。およそ10年の年月を経て、新しい6階建てサンフランシスコ郡裁判所が完成しました。モダンな造りですが金属を多用しているため、冷たい感じがして評判はいまいちです。それでも、各法廷は荘厳な感じが良く表されています。民事事件に関する様々な申立ては実質的な裁判の審理とは違うので4階や5階ではなく2階で審理されます。ガルシア裁判官が申立て(Motion)を専門に判断する判事としてサンフランシスコ地裁に着任しています。ガルシア裁判官は新聞をにぎわす決定をよく書くことで知られています。 アメリカの裁判所で良くあるパターンですが、裁判のステージが進むにしたがって階が高くなっていくという傾向があります。ちなみにサンフランシスコ地裁では一階が訴訟の受理・受付、2階が各種申立てや事件の管理部が置かれています。3階と4階それに5階が裁判が行われる法廷として仕切られています。 私が第214号法廷に入ると、法廷内はスーツを着た弁護士ですでにいっぱいでした。申立ては、一日に20件ほども一人の裁判官が処理しなくてはならないので混んでいるのです。ガルシア裁判官は毎日のように入ってくる事件を事務的にそして正確に処理していきます。私はガルシア裁判官とは相性が良いと思っています。日本の裁判官は、司法試験に合格した者からすぐに任官されますが、アメリカでは20代の裁判官というのはまずいません。なぜかというと、アメリカの裁判官は大統領や州知事の任命、もしくは選挙で選出されるからなのです。たいてい、弁護士や検事を20年ほど経験した人が任命されます。ですから、実務経験が豊富なため、判決も納得がいくものが多い反面、一人一人の判事によって非常に癖があります。良いことでもあり、悪いことでもあります。 法廷をあまり見まわすことなく私はカニングハムを見つけました。私と目が合ったカニングハムは立ちあがって私に近づき握手を求めました。いつも革の椅子に座っているカニングハムはプラスティックの椅子にちょっとぎこちない様子でした。私も精一杯の笑顔をつくり握手を返しました。すごい力で握ってきます。カニングハムの後ろを見るとスーツを着た三人の若い白人が立っています。3人とも緊張しながらカニングハムの背中を見ています。 カニングハムは私が彼のうしろに立っている3人に興味を示しているのに気づいたらしく、ちょっとうしろを振り向いた後、私に向き直り三人を紹介してくれました。三人ともベーツ&マコーミック法律事務所の弁護士だそうです。このロングフル・デスの事件を担当するためにカニングハムを含めて4人の弁護士が原告側に立っていることとなります。すごいですね。この三人は比較的若い弁護士なので多分まだアソシエートなのでしょう。それでもエリート扱いされ、相当の給料をもらっているのでしょうが。 ベーツ&マコーミックのような巨大事務所になるとパートナーになるためには、既存のパートナーに媚を売り、できるだけ長い時間働き、できるだけ自分の色を隠さなくてはなりません。働くときには週に100時間なんてこともあるそうです。土日なんかありませんね。そして風紀にしっかりはまったものが優秀とされるのです。日本人とか得意そうですけどね。でもこの三人の顔を見てください。みんな同じような顔をしています。できるだけ目立つのを避けるように…。できるだけカニングハムに気に入られたいと思っているのでしょうね。しばらく法律で食べているとこの手の弁護士は法律的には正しいことを言うけれども機転が利かないし、自分で船を進めることができないことがわかってきます。スーツは高そうなものを着ていますが、眼中にないですね。こういう弁護士が相手方として10人出てこようが20人出てこようがあまり関係はないのです。 私は、薄笑いを浮かべてしまいました。 私の気を引くようにカニングハムは言いました。私も顔をカニングハムに向けます。 「どうですか、この申立ての審理が始まる前に我々だけで紳士的に解決しては。」 私はカニングハムだけを見ながら 「賛成ですね。」 と言いました。うしろの三人が、ほれ見たことかという顔をしています。これだけの弁護士が出てきたらひるむのが通常とでも思っているんですかね。 「それは良かった。」 カニングハムの顔に笑顔が浮かびました。それでも目は笑っていません。 私はすかさず言いました。 「それでしたら、申立てを取下げてください。通常どおりの訴訟進行で、再来週くらいには手元にある書類をそちらにお届けしますよ。なんなら指定した時間に取りにきてもらっても構いませんが。」 カニングハムの笑顔はすっと消えました。 「あくまでも提出を遅らせるつもりですか。」 「遅らせるわけではないが、そんなに急ぐ必要もないでしょう。あなたの申立書には実質的な議論が書かれていない。あなたの頭の中で考えている証拠物がどのようなものかまったく見えない。何か特定されたものがあるんでしょう。」 (パームだろ、このやろう)、と思いながら問い掛けました。 カニングハムは少々上気した顔をしていましたが、特定のものがあるということは否定しました。やはり図星のようです。 「とにかく、あなたの手元にある証拠を出すべきです。」 「出すべきです!? あなたが裁判官なわけじゃない。それは裁判官が決めることだ。あれ、紳士的に解決したいのじゃないですか?」 「…。」 「とにかく一体何を見たいのか特定してくだされば、考えないことはないですよ。」 「特定のものというよりは、現在被告であるシンジ・フクモトが持っている事件にかかわるものすべてを要求しているのだ。わからないかね、小山弁護士。」 「そのような提出要求は被告側にとってあまりにも負担が大きい。」 私は肩をすくめました。 「話し合いでは無理ということですな、小山弁護士。」 挨拶もせずに法廷の裁判官席から向かって右側に、三人の弁護士を従えてカニングハムは去っていきました。 私は向かって左側の方に腰を下ろしました。カニングハムと三人の弁護士がひそひそ話しをする声が聞こえます。まもなく開廷になりました。この法廷もカレンダーされた順番で事件が呼ばれますので、真治君の事件が呼ばれたのは10件目でした。一件の処理に5分から10分ほどかかっていましたので、40分くらい待たされました。一件の処理があまりにも短いと思われるかもしれませんが、事前に書面で審理をしておくのが申立てを処理する裁判官の役目なのです。ですから、弁護士が法廷に出廷するまでには大まかな決定の方向性は決められているといってもおかしくないでしょう。ガルシア判事は本当に手際よく、一件一件着実にさばいていました。ガルシア判事は申立ての概要や反対書面について知りたいことがあると積極的に弁護士に質問をしていきます。ちょっと俳優のカークダグラスに似てハンサムです。 我々の事件が廷吏によって呼ばれ、私も抱えていたかばんを左手に持ち替え立ちあがって、被告席に向かいました。カニングハムも三人を従えて原告席の前に立ちました。スーツを着たカルガモの一家みたいです。法廷内は原告席と被告席が並んでいて、ちょうどガルシア裁判官と対面する形になっています。椅子も原告席と被告席に用意されていますが、短い審理なので座ることはしません。通常、申立てをした弁護人が概略を議論することではじまります。そこでカニングハムが一声を出そうとしたところ、ダグラス裁判官が先に口を開きました。 「申立書、反対書、それに再反論などを読みましたが、実際のところこの事件は通常のロングフル・デスの事件と変わりないと思います。そんなに証拠開示を急ぐ理由があるのですか?」 裁判官は原告側であるカニングハムだけに問い掛けているのではなく、漠然とした質問を提起したのだなと感じ取った私は、すかさず 「ないと思います。もしあるとすれば…先ほど原告側の弁護士と申立てを取下げてもらって平和的解決をしようとしていたのですが…そのとき気づいたことですが、なにか特定なものを早急に見てみたいと原告側は考えているようなのです。それを言ってくだされば、早急に提出するのはやぶさかでない。特定のものが何であるかを考えていない状況でこのような申立てが行われるのは、被告側の弁護を不当に難しくします。」 ガルシア裁判官も同じポイントに気づいているようでした。ガルシア裁判官はカニングハムが口を開こうとするのを押さえて、たずねました。 「原告側代理人…ミスター・カニングハム…一体何を見たいというのですか。特定の証拠があるのでしょうか。」 「そ、それは、現時点では言うのを差し控えますが…特定のものはあります。」 「それではその証拠品を裁判所に対して特定していただけませんか。被告代理人にその提出が可能かどうか打診すれば良いことですから。」 「それは…。」 そのときカニングハムの事務所の若手弁護士が口をあけました。 「裁判長、民事訴訟法2030条以下の趣旨に基づいた場合、原告側の申立ては正当性を有します。」 ガルシア裁判官はあからさまに嫌な顔をしました。 「弁護人、当裁判所は法律に関しては充分熟知しています。それよりも現状をどう解決するか、それが大事なんですよ。わかりますか。」 カニングハムはフォローをいれようとしましたが、結局謝ることで精一杯でした。私は、続けて、 「裁判長、原告側にどのような証拠を開示すれば良いのか特定していただけないでしょうか…お願いいたします。」 カニングハムは私がパームのことを気づいているかどうかがわからないのです。特定してしまえば、私の興味をそそって、その結果、お宝情報を私に知られてしまうことになるのです。できるだけ誰にも知られずにパームがある場所を知りたいのでしょう。私はしっかりとぼけることにしました。 ガルシア裁判官はうなずいて、 「原告代理人、どのような証拠が必要なのか特定をお願いします。」 私も続けます。 「裁判長、先ほど原告代理人は特定のものがあると言ったと思いますが。」 もし私がこの申立ての真の意図を考えておかなければ、訳もわからず提出の期日を早くするか遅くするかの綱引きで終わっていたかもしれません。ところが、どうもパームを欲しがっているところを察した時点でうまく申立てをこちらのペースに乗せることができました。 カニングハムは真っ赤になってしまいました。 (ほれみたことかい) 私は心の中でべろを出しておきました。でも、それでは収まりません。私も忙しいのです。私は、 「裁判長、この状態を見る限りでは、不充分な理由に基づいての申立てだと言わざるを得ません。私としても全力で証拠開示をするつもりですが、逆にこのような申立てがあったのでは、訴訟進行の不利益につながります。今後このようなことがないために、この申立てに反対するためにかかった被告側の弁護士費用、訴訟費用を原告側に負担する請求をここに口頭で申し立てます。」 私はこのような申立てをせざるを得ない自分が残念ですという顔をして見せましたが、毅然とした態度で裁判官を見つめました。チラッと横の席を見るとカルガモ一家がまさに爆発寸前の顔をして、私を見ています。裁判官は、原告代理人であるカニングハムに向き直り、 「原告側は特定された証拠を指定してください。特定ができないのならある一定の範囲での証拠物の特定をしてください。」 カニングハムは、躊躇していましたが、 「現在、特定できません…。」 とつぶやくように答えました。 「それではしかたありませんね。被告側の弁護士費用と訴訟費用をこの申立てに関する範囲で原告側に支払わせる命令をします。今日より1週間以内に被告の費用を被告代理人に支払うこと。金額は裁判所の判断により1000ドルとします。」 裁判官は木槌を鳴らしました。 通常裁判所の弁護士費用や訴訟費用の支払命令は実際にかかった金額よりも少なく換算されます。それでも相手方にとっては屈辱ですよね。 「裁判長、ありがとうございます。」 私は、優雅に一礼をして裁判所を後にしました。カニングハムとはもう話す必要はありません。駐車場に戻った私は上機嫌でした。あのベーツ&マコーミックの強引なやり方にちょっとは報いてやったと思っています。それにしても、裁判官も同じようなことを感じていたように、カニングハムは明らかに特定のもの…つまりパームの提出を望んでいます。そのことを今のところ隠していることは明らかです。誰にも知られたくないのですね。原告であるロビンスにとって証拠の請求をしながら、いざとなると証拠の特定を避けるということは事件の進行にとってはプラスにはなりませんよね。そうするとあのパームに入っている情報は、ロビンスにとってもカニングハムにとってもまずい証拠なのではないか、そんな確信を持つことができました。私が殴られたときに取られたコンピュータ、それに執拗なまでに欲しがるパーム。とにかくなんらかのデータを見られると困るのでしょう。時計をみるともう4時を過ぎていました。事務所に車を向けました。事務所に戻ると心配そうな顔をしていた千穂さんと三谷先生が待ち構えていました。 「なんですか二人して。」 「どうだった、ベーツ&マコーミック相手にして。」 「こっちの弁護士費用まで取ってやりましたよ。」 ふたりともほっとした顔を見せていました。私の部屋で事件の経過を話していました。陽は沈んでいきます。そのときけたたましく私の直通回線が音をたてました。 誰だろうと思い受話器を上げてみると真治君でした。 「先生、たいへんだ。家に泥棒が入ったみたい。家中があらされているよ。」 私は椅子から滑り落ちそうになりました。三谷先生と千穂さんがじっと私を見ています。 「おいおい、本当? 今すぐ帰る。」 「僕も今帰ってきたところだから、どうしよう。」 「何も触っちゃいけない。もう賊は帰ってこないだろうから、玄関の前で待っていて。」 簡単に三谷先生と千穂さんに説明をして、車をすっ飛ばして家に帰りました。家に帰ると、真治君は無事なようでした。それを確認すると少しはほっとしました。 真治君は今日裁判所に行ったこともあり少々疲れ気味でしたが、しっかりしていました。私の顔を見るとちょっとは安心したようです。 「すごいですよ、家の中。」 「なんだよ。いつでもそんなにきれいじゃないけど、荒らされたら片付けるのが嫌になっちゃうな。」 私は、家の中を見まわしました。賊は裏にある勝手口のカギを壊して進入した様子です。手際が良いのと薬品を使っているところを見るとちょっとしたこそ泥ではないようです。見まわしましたが、何も取られている気配はありません。銀行関係や、他の大事な書類も手付かずです。ふっと真治君の家で賊に襲われた思い出がよみがえります。私は真治君が寝起きしている書斎に走りました。 やはりありません。コンピュータの本体が根こそぎ持っていかれてしまっています。これで、確信できました。賊は福本氏に関係しているコンピュータのデータを欲しがっているのです。私は携帯電話を使いFBIのマックブライドに電話をかけました。 「これは弁護士さん、どうなされましたか。」 あくまで事務的に受け答えをしているマックブライドですが、私は興奮せずにいられません。ちょっとしゃべるのが早くなってきているのが自分でもわかります。 「捜査官、たいへんです。賊が私の家に入ってきた。コンピュータを持っていってしまいましたよ。」 「えっ、いつです。」 マックブライドも興奮しています。 「真治君が学校へ行き、私が法廷に行っている間です。」 「そちらでお会いしましょう。」 マックブライドは20分もかからず私の家に来ました。ピザの宅配より早いですね。マックブライド以下7人ほどのFBIの捜査員は3台の車でやってきて私の家をマグネシウムの粉を使ったり、フィルムを使ったり細かいところまで検分していました。また、近所に聞きこみにあたっていました。 しばらくしてからマックブライドがつぶやきました。 「プロですね。福本氏の家に入った賊と同じ化学薬品を使っている…。」 「やはり、麻薬に関係しているのでしょうね。」 「そうですね…。」 「賊はどのようなデータを探しているのでしょうね。」 私は探りをいれてみました。 「それはFBIでも現時点でははっきり言えない。ある重要人物についてそれなりのデータを集めているんだが尻尾をださないんだよ。」 FBIがまだパームの存在、それにVgodやJgodなどについてのデータの存在を掴んでいないこともはっきりしました。前回マックブライドが「ベンツでなにか発見したのでは」と言ったセリフはひっかけ問題だったのです。そうすると、パームのデータについて知っているのは私だけということになってしまいます。ちょっと大変なことになってきました。私は更にマックブライドにたずねました。 「わからない、わからないとFBIはいっているけれど、何かつかんでいるんでしょ。もう真治君を無罪にしてあげてくださいよ。」 「背後組織についてグランドジュリー(大陪審)が動いてくれないかなぁ…。」 と言ってマックブライドは口をつぐみました。マックブライドのつぶやきを聞き逃さなかった私は、 「大陪審が動いたら大事になるね。」 と言いながらマックブライドを見つめました。 グランドジュリー(大陪審:Grand Jury)というのは、日本ではあまりなじみがないコンセプトでしょう。よくテレビや映画で12人の一般人が裁判を通して主張を聞き、評決(Verdict)を下すという場面に出くわされたことがあるのではないですか。あの制度も陪審制度と呼ばれています。ただ、正確にはペティット・ジュリー(小陪審:Petit Jury)と呼びます。民事裁判でも刑事裁判でも実質的に事件を審理するのは小陪審なのです。今では一般的にジュリーといえば小陪審のことを指すのです。これに対して、大陪審というシステムが伝統的に英米法に存在します。刑事事件に使われるコンセプトです。日本では、被告人を刑事裁判にかけることを起訴するといいますが、この起訴をするかどうかの決定を下すのは検察官です。アメリカにおいて刑事裁判にかけるかどうか、つまり被告人を起訴するかどうかを決めるのに基本的に3つの方法があります。ひとつは日本のシステムのように、検察官が起訴を決める方法です。二つ目は真治君が起訴されたときのようにプレ・リム(Preliminary Hearing)という裁判官の決定を通してなされるものです。3つ目の方法が大陪審にかけるというやり方なのです。 ある一定の犯罪においては必ず大陪審を経なくてはならないとアメリカの憲法で定められています。特に重大な犯罪の場合には大陪審を経て起訴がされます。カリフォルニア州の裁判所では大陪審はありません。連邦の裁判所に限られています。大陪審は一般市民16名から23名で構成されます。一事件単位で集まるのではなくいくつもの事件にかかわります。連邦裁判所には大陪審の部屋が用意されています。大陪審の役目は、事件に関わるさまざまな証人を召還して被疑者を起訴するかどうかを決めることです。大陪審が開廷されると、まず連邦の検事や大陪審が適当と認めた証人を召還します。もちろん、被疑者も召還されることになります。次に検事が被疑者や証人に対してさまざまな質問をすることになります。そのやりとりをもとに大陪審が起訴するかどうかを判断します。特筆すべきは、この大陪審に喚問された被疑者や証人は弁護士をつけられないということです。黙秘権は認められていますが、弁護士をつけて大陪審に臨むことはできないのです。被疑者や証人についた弁護士は大陪審室の外で待っていなくてはなりません。被疑者や証人が弁護士に相談したい場合には、証言を一時中止して大陪審室の外に出て弁護士と話さなくてはならないのです。裁判官はいません。陪審員が起訴と決定すれば、連邦の刑事裁判にかけられることになります。 真治君が逮捕されたときにはプレ・リムという裁判官が決定を下す方法で起訴か不起訴か決められましたね。ところがマックブライドいわく、大陪審が動いているとのことですから、相当に大きな事件が背景にあるということになります。それも真治君はすでに起訴をされていて実質的な審理に入っていますから、真治君のことではありません。私はマックブライドのつぶやきを逃しませんでした。 「誰が大陪審の対象になっているんですか。」 「それは本当にわからない。」 「でも、漠然としていても私のクライアントの利益になることでしょ。」 「利益になるかどうかはわかりませんが、コロンビーニ一家にかかわることです。」 「真治君の起訴取下げにできることならなんでも協力しますからね。」 マックブライドが、笑い顔をつくり私に握手を求めました。 「弁護士さん、あなたはタフだ。本当にタフだ。そこまでクライアントのために尽くせる法廷弁護人は見たことがない。敬意を表します。」 「ありがとう。ぼくは真治君を信じているだけだ。それが仕事なんだ。」 「感心します。でも、今は言うことができないんです、小山弁護士。」 検分が一段落して、FBIは引き上げていきました。残された真治君と私はお腹が減ったねと言い合い、カップヌードルを食べました。こんなことがあっても食欲だけにははむかえない二人でした。 私は麺をすする真治君をじっと見て言いました。 「真治君も強くなったな、本当に。」 「そうですか。でも先生と住んでいていろいろ学んだけど、一番大事なものは自分の心の持ちようなんだなと思いました。」 「なんだい、そりゃ。」 「今回のこの一連の出来事で、どんなものでも、ものは失ってしまう。それでも、自分の心に信じている信念は、自分が信じている限りなくならない。そのことに気づかされたんです。」 「君は、恵まれて生きてきて物質的には何も不自由していなかったよね。だけど、わかるよね、生きていくことに本当に大事なものってお金で買うことはできないんだ。」 「はい。それに今回のことで、お金では買えない、これからがんばって生きていくための夢をもらいました。」 「なんだい、それは。」 「夢です、夢。」 「どんな夢なんだい。」 にっこりした真治君は、 「それは言えません。自分でやり遂げるまでは。」 「それは、楽しみだな。ははは。」 お腹の空いていた二人は、一人二個づつカップヌードルを食べていました。結構おいしいんですよね。子供の頃に水泳の後、よく食べた思い出がよみがえります。 疲れていた真治君は先に床に就きました。私は家中ガチャガチャにひっくり返された状態を目に焼き付けながら、パーム・パイロットのことを考えていました。結果的に修理に出しておいてラッキーだったわけです。もうすぐ手元に帰ってくることでしょう。パームのことについては真治君を巻き込みたくないのでまだ言っていません。どんな情報が入っているのかお楽しみです。この事件を解決するカギなのは間違いありません。それよりもFBIのマックブライドが大陪審のことを口にしたことが気にかかります。誰を引っ張ってくるつもりなのか。カニングハムなのか…。疲れているはずなのに、なかなか寝つけません。台所に置いてあったブランディーを普通のグラスにじょぼじょぼついで、一気に飲み干しました。まだ11時ですが今日はもう寝かせてもらいましょう。 最近CBP (U.S. Customs and Border Protection) が I-94(米国滞在許可書)についての変更点について公表しました。
今のI-94は数字だけの表記になっています。これを2019年5月よりアルファベットを含めた形にするとのことです。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
==== 今回はビジネスに関する保険について考えてみたいと思います。現在全世界的に不景気ですから、ビジネス上なにかトラブルが発生すると、会社の存続に問題が生じるなんて可能性もあるわけです。少しでも、今回の原稿がビジネスをされている方に役立つことを祈っています。 ビジネス保険といっても、ビジネスがうまくいかなくなったからといって、保険金がでるという性質のものではありません。そのような保険があったら欲しいものですよね(本当に存在したらすみません)。今回考える保険とは、ビジネスで使用する道具・動産などに関する保険です。ビジネス・プロパティ保険とでも呼んでおきましょうか。 私は法律事務所のことしか良く知らないですが、私にとって一番大事なものはコンピュータの中に入っているデータでしょうか。そのほかの備品等は代替がききますし、特別目が飛び出るほど高価なものはありません。しかし、ビジネスをされている方々にとっては在庫を持つところもあるでしょうし、医師や技術者などは非常に高価な動産がビジネスをするところにはあると思います。 もちろん、戸締りや警備も大切ですが、ビジネス・プロパティ保険の補償額などに注意を払っておくと後日後悔することがなくなります。多くの店子の方はビジネス保険への加入を義務付けられていますが、ご自身が持っている場所でビジネスを行うばあいや、ご自宅をオフィスにしているといった場合には、特に注意が必要です。 基本的に、ビジネス保険というのはパッケージになっている場合が多く、オフィス等での、人身傷害、物的損害などをカバーします。たとえば、大きな箱をデリバリーしてきた人が転んで骨を折ったなどという時には人身傷害保険でカバーされることになります。通常、こちらの方に目が行ってしまいますので、物的損害の方を見落としがちですから、毎年更新をするときに、高価な備品が増えていないかどうかなどチェックをする必要があると思います。オフィスに重要文化財級の日本人形なんか置く場合には事前に保険会社に連絡をしなくてはならないでしょうね。また、物的損害に関する保険に加入する場合、現存する価格を補償してくれるのか、買い替えに必要な価格を補償してくれるのか、確かめておかないと、なにか問題が起きたときにさらに出費が必要になるかもしれません。 上記述べたように、賃貸借契約で保険に加入することを強制されている場合には、店子側としても、気づいて保険へ加入できるのですが、ご自身で所有されている場所でビジネスをされていると、多くの方がビジネス保険に入られていない場合があります。ここで注意しておきたいのは、通常居住するための家などを対象に購入する保険と、ビジネス保険とは性質が違うということです。家土地に対して通常加入する保険では、ビジネスに関しては補償してくれない場合が多いですから、注意が必要になります。 アメリカではよく、警備員がいても誰かが進入して備品を取っていくということがありますから、特に高価な在庫がある場合や人の出入りが多い場合、などにはよく保険の加入契約書をチェックする必要があると思います。それから、ほとんどの保険では、コンピュータの内部の情報については保険されませんから、毎日でも良いですのでバックアップを必ずつくり、保管しておく必要があるでしょうね。 今回は法律の問題というよりも、法律問題に発展する前に確認できることについて考えました。転ばぬ先の杖、ビジネスを成功させたいのであれば、大会社であろうと個人事業主であろうと考えておきたい問題ですね。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第12回目です。 ===================== 第12章 第2回公判 (Pretrial Conference) 昨日は夜までマックブライドと駆け引きをしていたので、まだ疲れが完全には取れていない気がします。今日は真治君の事件でない事件で法廷が予定されており、午前中はサンフランシスコの上級裁判所で過ごすこととなりました。私は公選弁護を頼まれ、無報酬で賃借人を代理しているのです。賃貸借にからんだ立ち退きの事件においては、他の事件、つまりカニングハムが代理して起こしてきている民事事件などと違い、審理は早ければ訴状が提出されてから20日ほどで陪審裁判まで持ち込まれます。法廷弁護人としては、スピードが要求されるだけではなく、機転が利くことも非常に重要視されます。特に、若い弁護士は正義感に燃え、不当な立ち退き裁判には時間を費やしているようです。また、陪審裁判を経験する上でも非常によい機会だといえるでしょう。今回私が立っている法廷では、証拠調べも過去1週間ほどで終わり、相手方の弁護士と和解ができなかったため、陪審裁判がまもなく始まろうとしているのです。私の横に立っているのは、今年弁護士の試験を受ける法学生で、現在学生をしながら公選弁護人事務所で研修している弁護士のたまごです。私よりもちょっと背の低いイタリア人系の彼は、陪審裁判ははじめてということでカチカチに緊張していました。 法廷では50人以上の様々な洋服を着た人たちが傍聴席で少々不満そうな顔をして座っていました。いわゆる陪審員選びというやつです。まず、アトランダムに12人の陪審員と補欠の一人を裁判所の方で選ぶわけです。その計13人の陪審員に、原告・被告代理人がいろいろな質問をあびせ、事件に関係がないか、当事者に関係がないか、一定の偏見がないか、吟味していきます。私は、チューターとして弁護士のたまご君に助言をしつつ、相手方である大家側の弁護士と闘いながらもできるだけこちらに有利と思われる陪審員を選びました。何人か、問題のある陪審員を傍聴席に座っている陪審員候補の人たちと差し替えて1時休憩に入りました。残された候補者たちは裁判所から解放されて、意味もない3時間ほどの拘束に不満を隠せない表情を残しつつ去っていきました。この休憩が相手方である大家の弁護士との最後の和解交渉が持てるチャンスです。結果のわからない陪審裁判では弁護士であれば誰でも不安はあるものです。裁判官も和解を勧めますが、我々のクライアントは不法な立ち退き請求であるということを一歩も譲りませんでした。結果、立ち退く意思は全くなく、大家側の要求に真っ向から対立していました。和解は成り立ちませんでした。 休憩で一息ついて、法廷で証人喚問をはじめ、相手方の証人を反対尋問にさらしていきます。弁護士のたまご君は、だんだん法廷になじんできたようで、私が際どい質問で相手に突っ込んだり、タイムリーな異議申立てをするタイミングを飲みこんできました。この事件は、黒人で体の不自由な女性がこれまた体の不自由な子供を育てていたのですが、政府から送られてくる生活扶助の小切手の入金が遅れ、たった一度の入金の遅れにより、立ち退き裁判を提訴されたものでした。大家側は早く立ち退きをさせて、一刻も早く収入の良いビルに建て替えたいのです。アメリカは経済成長が非常に活発で、日本のバブル期のように、不当な立ち退き請求が後を絶ちません。ところが、不当な請求の被害者となるのは不幸にも私選弁護人を雇えない貧しい人たちなのです。 最後のクロージング・ステートメント(結審に際しての弁護士の最終陳述)は私が行い、感情も交え、片親でこのような苦労をして子供を育て上げている、勇気ある母親の姿を陪審員に印象付けました。弁護士のたまご君には席に座っていてもらって、私は熱をこめて最後にこう言いました。 「陪審員の皆さん、人が一人で生きていくことはたいへんなことです。まして自分に障害があるだけでなく、自分の子供にも障害がある…。原告はこのような困難を乗り越えて生きてきたのです。立ち退き請求を受けて、怖くなったり、どうしてよいかわからずに、そのまま立ち退いてしまう人々も沢山います。この事件で原告は、子供を守るため、そして自分の生活を守るため、この陪審裁判まで耐えてきたのです。皆さん、この勇気を見てください。そして、もし皆さんがこのような不幸な状況に陥った場合、勇気を持って闘えますか。」 私は、陪審員一人一人の目を見ながら席に着きました。 「勇気…、」そうです、心に燃える勇気がなければ闘うことができないのです。私は自分に言い聞かせるように、そして一緒に弁護している新米弁護士君に諭すように、そして陪審員に語り掛けるように弁論したつもりです。短い裁判で、40分ほどで実質的審理は結審し、陪審員の評決に任されました。待っている合間を縫って明日の真治君の第2回公判の準備をします。陪審員がどのような結果にするのか悩んでいる間、私は更に昨日マックブライドに渡した写真の焼き増しを頼んでおきました。賊を恐れて車の灰皿に隠しておいたネガですが、今日はしっかり背広の内ポケットに入れておきました。 しばらくすると、シェリフが陪審員が評決に達したと呼びにき来ました。弁護人席に着くと、私について勉強していた弁護士のたまご君が私の最終弁論についてこと細かく整理していました。原告の黒人女性は私たち弁護人に話し掛ける余裕もなく、緊張して並んで座っていました。 弁護士のたまご君が私の顔を見てぽつりと言いました。 「小山弁護士、勇気ですか。」 「そうなんだ、勇気がなくちゃね。僕も、今、若い男の子からその勇気を習っているところなんだ。」 「小山弁護士が習ってるって?」 「あははは、これからいろいろな事件で色々な人に会うよ。」 「はぁ。」 「公選弁護人の仕事、がんばってね。」 「はぁ。」 ちょっとの間、法廷はざわざわしていましたが、裁判官の入廷とともに静寂が我々を包みます。裁判官を含めて全員が着席したところで、陪審員の長が評決を読み上げます。私のクライアントの全面勝訴でした。このまま、今のアパートに住みつづけることができるのです。 私は目に涙を浮かべている黒人の女性と弁護士のたまご君と抱擁しました。相手方の弁護士が私にあわてて駆け寄ってきて妥協案を提示しますが、 「いまさら何いってるんだ!」 一喝しました。相手の弁護士とその依頼人である大家は、私の言葉を受けて立ちすくんでいました。 「ふざけるな、金の亡者どもが…。」 私はつぶやきました。とにかく一件落着です。 午前中の事件がうまく解決して事務所に帰ると、千穂さんが待ち受けていました。 「おはよう、どうしたんだい険しい顔をして。」 「カニングハム弁護士がオーダー・ショートニング・タイム(Order Shortening Time:証拠の提出期限を繰り上げるための命令書)を取ろうとしているみたいです。」と言いながら、裁判所に提出するために作られたと見うけられる紙の束を私に渡してくれました。 「あ、本当だ、20日の書類提出命令の期限じゃ長すぎるんだな、彼には。今週中に書類を提出させるっていう命令書を発行してもらいたいみたいだね。一体どうなってるんだ、やつは。大きな事務所がこんなに動きがいいのをみたことがないよ、本当に。バトルになるねこりゃ。忙しくさせてくれて、ほんとうにもう。審理は明日か…。」 オーダーショートニング・タイムという申立ては法律で定められている文書提出期間である20日間を短くさせるための手続きで、通常、生命や身体に危害が加わるなどの特殊な場合にのみ適用されます。 時間がないので、わき目もふらずにリプライ・ブリーフ(Reply Brief:申立てに対する反論のための書面)を作成しました。午後予定されていた数件のクライアントミーティングは三谷先生に任せたり、後日に変えてもらったりしました。私は、まず正当な請求理由がないこと、緊急を要する事件ではないことを軸に反対申立書の文章を作り上げました。集中すればこの程度の文書であれば1時間半程度で書き上げることができます。それでもカニングハムの事務所なんかでは、何時間分もチャージされ、1000ドル、2000ドルなんてあたりまえなんでしょうね。出来上がるとすぐに千穂さんに渡して裁判所に届けてもらいました。その後、午後のミーティングをキャンセルしてしまったので時間に余裕が出ました。現像された写真を取りに行きました。昨日マックブライドに渡したのと同じ顔がばっちりプリントされていました。じっと見つめてみますが心当たりはまったくありません。ただ、みすみすチャーハンを食べ損ねたあの夜の暴漢の目と同じような気がします。 いつまでもかわいくもない顔を見つめていても仕方がないので、今度は明日の刑事公判の準備に取りかかりました。少々思考モードに入っていましたが、裁判官を説得する理由の一番大きなものとして、やはり真治君はまったく事件には関係ないことを主張するべきだと考えました。その上で、警察の調書にも記載されていたものの実体のはっきりしない、発見された麻薬の背後に存在する南米の麻薬密売組織、その全体を明らかにすることが、FBIと検察の役目であることを強調することにしました。また、この組織を解明することが真治君の無罪を明らかにするカギであると謳いました。考えをメモに練り上げ、判例をひいて準備は整いました。もうひとつ念頭に置いておかなくてはならないのは、FBIや検察側の主張の中にはまったく背後組織についての具体的な記述がされていないことです。これはいろんな意味に解釈されますね。特に昨日はお宝写真をマックブライドに渡したのですから。明日の段階で、背後組織について全くわからないというのでは、FBIはまじめに捜査をしていないか、または弁護側にオープンにできないなんらかの状況があるのかでしょう。どちらにしても、FBIは何らかの目的をもって明日の公判にのぞんでくるでしょうから、こちら側としてはとにかく、背後組織についての情報の開示を強く求めるという作戦しかありません。明日の午前中は真治君の刑事公判、午後には民事事件のカニングハムからの申立てを受けて立たなくてはならないので、今日は千穂さんもたくさんのコピーを取ったり、ファイルをまとめたりたいへんそうです。残業になってしまい、もう7時を過ぎてしまいました。いい加減お腹がすいたので、前にもご紹介したダウンタウンから近い、ノースビーチ(イタリア人街)にあるノースービーチ・ピザという店から、ピザを取りました。これがまたうまい。アメリカのチーズには顔をしかめる日本人が多いですが、ここのチーズは本当においしいです。アンチョビとにんにくを載せてお試しあれ。千穂さんはにんにくはちょっと、といいながらも結構食べていました。アメリカ人はイタリア人が創作したと思っていて、イタリア人はアメリカ人が作ったと思っているピザにはダイエット・コークが合います。少なくともアメリカで食べている限りは。脂っこいピザを食べながら、ダイエット・コークというのもちょっと矛盾ですがね。静まり返ったオフィスで手早く食事を済ますと、残った書面を書き上げていきます。窓の外は隣のビルのオフィスがいくつも見えますが、ほとんどの部屋は人影がなく少々寂しいですが、なぜか電気はつけっぱなしのところが多いのです。私は机に向き直り、ピザのボックスをどけて、山積みされて雪崩がおきそうな書面や本をいったん整理しました。体を動かして眠気を覚ますと、ラストスパートです。 真治君の刑事事件に関する起訴取下げの申立ての審理は来週に設定されているので、今回の第2回目の公判は検事と弁護側で腹の探り合いとなることでしょう。どのカードを出して、どれを温存しておくか、これは弁護士の「勘」に頼るしかありません。だらだらやっているといくら時間があっても足りません。適当にきりあげることにしました。 後片付けをしながら、もう一度、明日の予習を頭の中でしていました。刑事公判はともかく、午後に設定されている文書提出命令の期限を短くしようとしているカニングハムの動機がさっぱりつかめません。先日昼ご飯を食べているときには紳士面していましたが、なにか考えるところがあるのでしょうね。とにかく考えられる理由をすべて考えて全力であたるしかないな、などと考えていました。夜も遅くなって、千穂さんもあくびが多くなってきました。明日私が法廷へ行くために不在になっている間の事件の処理などについて千穂さんに指示をして、二人で街に出ました。 「先生、真治君はどうなっちゃうんでしょうかね。まだあんなに若いのにいろいろな目に遭って、ちょっとかわいそうです。」 千穂さんが歩きながら言いました。 「そうだね、でも僕が事件に噛みだした頃に比べて、あの子はすごく強くなってきたよ。試練をくぐり抜けるということが彼にとってプラスになっているような気がするね。」 「そういうものですかね。」 「そういうものだよ。」 「でも、先生みたいな野生人とは違って、おぼっちゃまだから心配なんです。」 「野生人!? ってなんだい。」 「あの、ユナイテッドのスチュワーデスさんがそう言っていました。先生は野生人だって…。」 「あ、そうですか。」 ちょっと不機嫌になりますね。こういう発言は。 「真治君のお父さんは有名な建築家だからニュースになっちゃうのですよね。」 「親が何であろうと、真治君とは別の人間さ。真治君は個人として起訴されて、個人で闘っているのさ。」 「そうですよね、刑事事件じゃ親が何であろうと関係ないですもんね。」 二人は駐車場に着いて、私の車に乗り込みました。千穂さんの家はダウンタウンからそんなに遠くないので、遅くなると私が家まで車で送るのが習慣となっているのです。車は夜の街に滑り出しました。 「ご主人は元気?」 「もちろんです。私は面倒見の良い妻ですから。」 「遅くなっちゃって申し訳ないね。」 「電話で言ってありますから大丈夫ですよ。それより、あのフライトアテンダントの人、なんて言いましたっけ…。」 「真理子さん?」 「そうそう。先生に今日も電話ありましたよ。先生も、もういい加減、独身貴族を卒業したら?」 「あははは、あんなにきれいな女性が振り向いてくれるといいんだけどな。こんな仕事をしていたら、くどく時間もないわさ。」 「でも、あの方はきれいですよ。」 「そうだよな。きれいだよな。というよりかっこいい。」 そんなこんなうちに、千穂さんが旦那さんと住んでいるアパートに着きました。千穂さんにお休みなさいを言って、遅くまでありがとうとお礼を言い、自宅に向かいます。明日の朝は刑事事件、午後は民事事件の申立て、まるで「福本の日」とでも命名したくなりますね。 私が家に戻ると真治君はもう就寝していました。明日は早起きなので、私もビールを2、3本飲みながら雑誌や新聞に目を通します。未だに新聞も一面の見出しでサンフランシスコ空港での爆破の真犯人の追跡を長々と書いています。まあ、日本の昼間からやっているゴシップ・ショーよりはプライバシーの意味をわかっているようで、憶測や明らかに興味本位の記事というわけではありませんでした。軽く目を通して、事件に影響するような事柄は見うけられないので、早々に熱いシャワーを浴びて床に就きます。なんとなく、スチュワーデスの真理子さんのことを思い出してしまいました。身を固めるのも悪くないかしらん。体は疲れているようで、ビールの酔いに包まれてすぐに寝てしまいました。 真治君にとって大事な水曜日の、私の寝起きは爽快でした。寝室を出ると真治君も起きていました。 「おはようさん。」 「あ、おはようございます。昨日は遅かったんですね。」 「今日の福本デーに備えるためにね。」 私は笑ってみせました。 「え、福本デー?」 「今日1日は真治君のために働きますっ。」 「先生お願いします。あ、もう行かなくちゃですね。」 真治君は壁にかかっている時計に目をやります。 「用意は整っているのかい。」 「ぼくは大丈夫です。先生、パンでも食べなきゃ。」 「了解了解。」 軽くパンと牛乳で朝ご飯を済ませながら真治君と打ち合わせをしました。昨日作った、裁判所に提出する書面の内容を噛み砕いて、真治君に説明します。 「真治君、民事事件でも君のお父さんの行動が焦点になってきている。刑事事件で君を無実にするというバランスも考えなくちゃいけないし、同時に民事事件でも君のお父さんの行動がまったく爆発に関係ないことを証明しなくてはいけない。」 「それはわかります。」 「でも、ぼくが感じるのは刑事事件も民事事件も背後で同じ組織が君や君のお父さんを落とし入れようとしているということだ。」 「麻薬がらみの…。」 「そうだね。FBIも君を逮捕してその後手詰まりなように、まったく姿が明らかにされていないんだな、背後にいる人物か団体の。」 「一体なぜ、私の父だったのでしょう。」 「それを明らかにしていくのが僕たちの役目さ。今日はね、プリ・トライアル・コンフェレンス(Pre Trial Conference)といって法廷内で話し合いは行われないんだ。」 「でも、第2回公判なんですよね。」 「そうなんだけど、判事のチャンバー(Chanber:判事の控え室)という法廷の裏にある控え室…そういえば、真治君も一回来たことがあるだろ…最初に逮捕されたときに。」 「あ、あの会議室みたいなところですね。」 「そうそう、あそこで検事と判事、それに弁護士で話し合うんだ。被告人である君は入れない。」 「それじゃ、僕が行ってどうなるんですか。」 「じっと座って、待っていることくらいかな。」 「どういう結果になるかすぐにはわからないんですね。」 「行ってからのお楽しみだな。学校には休むって言ってあるの?」 「あ、そうだ。一応保護者から電話しておかないといけないんです。」 「え、じゃあ、僕が電話かけるのね。」 「そういうことです。」 「奥さんもいないのに保護者か、あははは。」 私はちっと苦笑いをしました。 寝巻きから、ダークブルーのスーツに着替えました。気が引き締まります。真治君に言われた電話をかけて、それから二人で家を出ました。肌寒い感じがします。真治君は緊張している様子ですが、怖さから来る緊張とはちょっと違うように見えます。 真治君と私は、車中、口を殆どききませんでした。私は私なりの事件の方向性を頭で思い浮かべていました。法廷に立つ時には、一手先のことを考えることが、大事なのです。ところが、真治君の事件に関しては五里霧中です。ため息ばかりをついてしまいますが、真治君の前ではできるだけネガティブな態度は避けます。 20分ほどで車は市庁舎(City Hall)やオペラ・ハウス(Opera House)など大きな建物が密集するエリアに到着しました。芝生が広がる広場の地下にある駐車場にトランスミッションがソプラノの音を出している愛車を突っ込み、ネクタイを直し、真治君と法廷に向かいます。ちょうど連邦地裁があるあたりは、古くから建っている市庁舎や新しくできた図書館、それに郡の裁判所などが堂々と建っているのです。また、建物に囲まれるように大きな芝生の映える公園があり、ホームレスもいますが、人々の憩いの場所となっています。 地下駐車場からでてくると芝生が目を捉え心を和ませてくれます。朝っぱらから、日本人の観光客がバスで乗りつけ、市庁舎をバックに写真を撮っています。平和でいいな。芝生を横切り法廷に向かいます。真治君は無言のままです。 裁判所のガランとした入り口の脇で例のようにカレンダーをチェックして、今日は第39号法廷に向かいます。3階までエレベータで登り、第39号を探します。重厚な木の二枚扉の右側を押し開き法廷に入ります。まだ、審理が始まっておらず、様々な人種の人たちが不安そうな顔をしながら、入り乱れています。ちょっと熱気で暑く感じます。日本の刑事法廷では被告人が一人づつ法廷に呼ばれるのですが、アメリカでは、保釈されている被告人も勾留されている被告人も十羽一絡げに法廷にひきずりだされます。私もチェックインを廷吏と済ませ、真治君を傍聴席に座らせ、自分は弁護人が座る席に腰を下ろします。座りながら、今一度まとめてあった事件の内容、それに主張のポイントに目を通します。窓も無く、照明はあまり明るくないので顔をしかめます。しばらくすると検事が重そうな書類の束を抱えて入廷してきました。あの電話で話したマラック検事です。アメリカでは「担当検事」というものは存在せず、事件を一貫して担当する検事はまずいません。まず、アレインメント(Arraignment)、つまり第1回公判を担当する検事、プリトライアル(Pre Trial)を担当する検事、それに陪審裁判を担当検事などに分担されています。今回真治君の公判に当たったのは前回と同じマラック検事でした。たまにはこういうこともあるのです。 私は席を立って私が出廷していることをマラック検事に告げに行きました。笑顔なしの握手を交わし、前回電話で話した弁護士の小山であると述べました。わかっているよという感じで、少々私にうんざりしている様子でした。あまり目を合わせてきません。 私は、それでもマラックの気を引くように少々大声で 「あれから、考えていただきましたか、私のクライアントの起訴取下げ処分…。」 とゆっくりと手を検事席のテーブルの上にに載せながら話しかけます。 マラックは関心がないというそぶりをしながら、 「えっと、フクモト事件でしたよね。」 と答えます。 傍聴席は、シェリフが私語を慎むようにという一喝で静まりかえっています。私は少々トーンを落とし、 「そうです。」 とマラックに笑いかけます。 「この間あなたとお話した夜に、マックブライド捜査官と話しました。」 書類も見ずに即答するのですから、マラックにしてもこの事件に気を払っているのですね。 「私、その横にいましたからよく知っています。」 「あ、あの時いらっしゃったのですね。」 「そうです。いらっしゃったもなにも、あのマックブライドさんがわざわざ私の家まで来てくれたんですよ。」 「えっと、あの事件では…確か。」 マラックはフクモト事件のファイルを探そうと懸命になっています。ちょとわざとらしい。私は突っ込みます。 「起訴事実が変更されているはずですよね。」 私は声を押し殺して、マラックの顔を見つめました。マラックは私の視線を回避しながらたくさんあるファイルの中から真治君のファイルを見つけました。マラック検事は独り言を言いながらファイルを見ていました。次に私の目を見ると 「そうですね、確かに変更されています。麻薬の単純な所持になっていますね。今日は司法取引されるのですか。悪い話じゃないと思います。罰金とコミュニティーサービス(一定の奉仕活動)で終わらせられますからね。」 マラックは私の目を再度見るなり、もう終わりにしましょうという表情をしています。 「いや、判事とあなたともう少し話を続けたいと思っています。」 私は傍聴席の方に目を向けました。真治君が心配そうに私を見ています。そのとき、真治君から離れたところにマックブライドが無表情で座っているのが目に入りました。わざわざ傍聴に来ているのかな、他の事件かなと思いましたが、正直言って第一線の捜査官が法廷に出ていることに驚きました。 「それでは後ほど。」 私は軽くお礼を言うと、マックブライドが座っているところに行きました。マラックは鼻をならしています。静まり返った傍聴席に私は歩を進めます。マックブライドの座っている列で立ち止まりマックブライドと目を合わせます。 「これはこれは捜査官、今日は一体どのような風の吹き回しで法廷に?」 「フクモト事件の成り行きが気になったものですからね。小山弁護士にも会いたかったし。」 「それは光栄です。外で話をしましょうか。」 真治君にはそのまま待っているようにと目で合図をし、まだ開廷までは時間があったので、マックブライドと法廷の外に出ました。第39号法廷の重い扉をマックブライドが両手で開けて、私は彼についていきます。廊下には大きな窓がいくつもあり、朝の日差しを楽しめました。無機質なリノリウムの敷き詰められた廊下を人がいない方へマックブライドは歩いていきます。 マックブライドは立ち止まり、手すりに両手をおきながら外の景色を目を細めながら見ていました。先ほど私が車を停めた地下駐車場の上にある公園の芝生が浮き上がるような緑をしています。私もマックブライドと同じ景色に心を奪われました。公園で小さな子供が遊んでいます。 私の顔を見ずにマックブライドがつぶやきました。 「弁護士さん、私は法廷が苦手でね。なんか息苦しくなっちゃうんです。」 私も公園で遊んでいる子供を目で追いながら、 「わたしも駆け出しの頃は同じ思いをしましたが、刑事さんの場合だとまた違う心持になるのでしょうね。」 と返しました。 「私は、FBIに勤めだしてからもう20年にもなります。その間にいろいろな事件にかかわってきました。」 マックブライドの静かな声が廊下に響きます。 「そうでしょうね。」 「サンフランシスコでもゾディアック連続殺人事件…未だ解決していませんが…一線で捜査にあたっていました。」 「そうでしたか。」 「サンフランシスコに常駐するようになって…、弁護士さん…、私はこの街がすごく好きになりました。」 「きれいな街ですよね。私もいろいろなところに行きましたが、サンフランシスコは落ち着けます。」 「私は出身がイースト(東海岸)でね。」 「サンフランシスコは雪がないですね。」 「そう…、雪がない。」 「そして、サンフランシスコには紅葉がないですね…捜査官。」 「ボストンの秋が私は好きだ。」 「きれいでしょうね。」 「小山弁護士は東海岸に行ったことがありますか。」 「残念ながら…秋は…ありません。」 「秋がいいんですよ。」 「ちょうど博士号を取ろうとロースクールに申し込んだとき、ボストンの大学院にアクセプト(受け入れ)されまして、行ったのは夏でした。」 「そうですか。」 「ところがちょうど、奨学金をもらえて…やっぱりサンフランシスコにいて、この街に腰を据えようかと思って。」 「正解かもしれないですね。私はこの街を見るとほっとするんです。」 「同感です…捜査官…。」 マックブライドは私の顔を見ながら語りかけます。 「でもね、弁護士さん最近の麻薬の蔓延はこの街も他のアメリカの大都市と変わりなく進行している。ドラッグはどのように捜査を進めていっても、どんなに捜査官が優秀でも食い止めることができないのですよ。」 私はしばし沈黙しました。 私が手がけた事件でも、本当に若い子供達が、麻薬に体を任せているのです。コンサート会場で13歳の女の子が売人となりロケットと呼ばれる麻薬を売買している事例、中学校や高校で蔓延しているマッシュルームと呼ばれている幻覚剤…。このようなきれいな街でも麻薬に快楽を求める人たちが後を断ちません。私は手すりをなぞりながらつぶやきました。 「社会問題ですよね、アメリカの…。」 「アメリカは裕福な国です。外国人がこのマーケットを狙ってどんどん麻薬を輸入してくるのです。どんな手を使ってもね。」 「…。」 マックブライドは振り向きながら私の顔をまじまじと見ました。 「弁護士さん、コロンビア・シンジケートをご存知ですか。」 「もちろん知っています。確か、2、3年前にシンジケートのボスはコロンビアで逮捕されましたよね。もちろんアメリカがすべての後押しをしたけれども。」 「麻薬組織はトカゲよりもたちが悪い。トカゲは尻尾を切ってもまた生えてきますが、頭をきれば息絶えます。ところが、麻薬組織は末端の売人や運び屋を捕まえてもなんの事はありませんが、頭を捕まえてもまた新しい頭が現れ組織が生き延びていくのです。」 「わかります。」 「小山弁護士はコロンビア・シンジケートのコロンビーニ一家をご存知ですか。」 「知っています。コロンビアのシンジケートの中でも一番勢力が強いといわれている組織ですよね。何年か前にアメリカがスティング・オペレーション(集中捜査)を敢行し…さっき私が言ったボスを逮捕したことにより…壊滅したといわれていますが、いまだに活動をしているはずですよね。私も以前、刑事弁護をしていてかかわったことがあります。」 「アメリカのスティング・オペレーションが成功したかのように見えても組織が実際に活動が続けられたのは組織の幹部が世界中に広がっていることと、組織を守るためにはどのような手段も選ばないことがあったためだと考えられています。」 「まさか…コロンビーニがかかわっているとか…この真治君の事件で…。」 「そのようです。」 私は驚きを隠すことで精一杯でした。コロンビーニ一家は南米で育てたケシをアメリカまであらゆる手段を使い密輸していたことで悪名高い組織です。そもそも南米のヘロインと言えば、色が褐色を帯びていることからわかるように、アジアのタイ・チェンマイ奥地にあるゴールデン・トライアングルから運ばれている純白の品よりも質が低いとされてきました。取引価格も安い。アメリカ国内でも、一段低く見られていました。ところがコロンビーニ一家は南米の麻薬の定義を書き換えました。精製技術を向上させ、密輸ルートを確立し、アメリカ国内に流通するヘロインやコカインの大部分を仕切るようになりました。もっとも、そのルート確立にはアジアから流入するルートを持つマフィアとの抗争で、当初考えられていたより長い時間を費やしました。費やした時間は無駄ではありませんでした。主従関係や取引関係が血の海を越えて確立したのです。ただ、尊敬などという高尚なレヴェルでの関係ではありませんでした。服従もしくは死、秘密漏洩イコール死という関係だったのです。アメリカのDEA(Drug Enforcement Agency)やFBI、それにCIA(Central Interigence Agency)はコロンビーニ一家の撲滅に市民の血税をよどみなくつぎ込みました。各アメリカ政府組織はアメリカの際限無い国境を監視するだけではなく、積極的にコロンビアに進出し、ステルスなどの最新技術を投入し、撲滅に成功したと自負していたのです。元CIA長官だった共和党のブッシュ大統領の持っていた念願が時遅くしてかなった形になりました。コロンビーニは撲滅したとクリントン大統領が赤い顔を上気させ演説していたのはほんの3年前のことです…。 考えを巡らせていた私は言葉を選べずに、おざなりな生返事しかできませんでした。 「ま、まさか。」 「証拠を残さないことで有名な組織ですが、あなたを尾行したときに写真を撮られてしまった。」 「わたし、撮っちゃいましたね。」 苦笑いすること以外思いつきませんでした。 「まだ、はっきりコロンビーニの仕事だとはわかっていませんが、あの男、リック・ギャリソンといってコロンビア組織の麻薬売買の運び屋だったことがあるのです。現在、定職にはついていませんから、どうやってターボのついているポルシェに乗ったり、玄関から母屋が見えないような家に住んだりできるのか、非常に興味があるところです。」 「ギャリソンの取調べはされたのですか。」 マックブライドは自分の靴を見ながら、 「我々が自宅に踏み込んだときにはもうすべて処分して、いませんでした。面が割れたからでしょうね。」 と苦々しそうに言葉を吐き出しました。 「となると、誰かが後で糸を引いている…。」 マックブライドはまた窓から外の景色に目を移しました。 「弁護士さん、このことは黙っていてください。そして、なにかあればご協力をお願いいたします。」 「真治君の起訴を取りやめる方向で動いてくれれば考えますがね。」 「…。」 「あなたはなんでそんなに全力で弁護を…?」 時計を見るともう開廷です。私はマックブライトの最後の問いには答えず踵を返して法廷に戻ります。法廷内は開廷前の緊張がみなぎっていました。 「オール・ライズ(全員起立)」と法廷内いっぱいに響く廷吏の掛け声とともに、傍聴席に座っている人たちや弁護士が起立しました。裁判官専用の入り口から大きなひげを生やした裁判官が法服をまとって入廷しました。きこりのような風体で、相当太っていました。それでも、その目は鋭いです。 「プリ・トライアルのために出廷した弁護人は控え室に入るように。」 ものすごく重低音のバスの声で裁判官は告げました。4人ばかり弁護士が起立して法廷の裏口に入っていきます。私もその群れについていきました。 「その他の出廷者は待つように。」 まだ、弁護士がついていない被告人や審理の進行を良く把握していない出廷者はため息を漏らしていました。刑事法廷ではまず弁護士がついている事件について裁判官が審理します。早くから来ている被告人や関係者は、どんなに早くチェックインしても待たされることになるのです。そのことを知らないで時間通りに来ると拍子抜けしてしまうようです。 私が裁判官のチャンバー(控え室)に入るとまさに真治君の保釈請求と同じような会議室で司法取引がはじめられました。裁判官はそれぞれにプリトライアルのスタイルがあります。検事と裁判官が座っている部屋にひとりひとり弁護人を呼ぶ裁判官もいますし、すべての弁護人をひとつの部屋に入れて検事と裁判官と会議するスタイルもあります。この白髪混じりのウィットニー裁判官は後者のスタイルを使っているようです。すべての弁護人が会議室にそれぞれの席を見つけて着席しました。無駄話をしあっている弁護士もいます。このスタイルでプリ・トライアルをする場合、非常に弁護人にとって有利になります。司法取引をする際に、他の弁護士がいるわけですから、検事も裁判官もあまりむちゃくちゃなことは言ってきません。他の事件の様子も見ることができるのです。 ウィットニー裁判官はケースのリストの順番に事件を審理していきます。 白熱した議論が展開されました。他の弁護士が仕事をしているのを見るのも勉強になりますし、またいろいろなヒントを得ることもできます。また裁判官や検事の癖も窺い知ることができます。なんとなくわかったのは、この裁判官は刑事弁護士出身の判事だということです。検察出身の判事は時にはきつい条件を出してきたりしますが、弁護士出身の判事は一般に弁護士にあまいのです。 私の番になったようです。 判事は私の顔を見ました。 「弁護士の小山です。フクモト事件を担当しています。」 「小山弁護士には以前お会いしたことがありますね。」 「え…、」 私は狐につままれたようになりました。判事は続けます。 「君が学生だった頃、私が模擬裁判の判事をやっていたのだよ。それで覚えている。」 そういえば、学生時代の弁論大会のときの教官と同じ名前です。 「あ、ひげですね。あのときにはひげがなかったですよね。それにあの時はすごく緊張していたし…ごめんなさい。」 「いいんだよ、やっぱり法廷弁護活動をしていたんだね。君はとにかくガッツがあった、それで印象に残っていたよ。」 マラック検事が口を挟み、 「判事、続けましょう。」 と事務的に言います。 「うむ、それでは検察官事件の概要を…。」 「起訴事実が昨日変更されました。麻薬所持の罪で現在起訴されています。被告人は自宅に麻薬を隠してFBIに見つかった。FBIの報告ではシンジケートにつながっている危険性もあり厳重な処罰をすることが望ましいと考えられます。」 ウィットニー裁判官は、警察の調書や検察局の調書をじっくり読みながら聞いています。しばしの沈黙が生まれました。 「弁護人の意見は。」 ウィットニー裁判官が髭づらの顔の中から鳶色の瞳で私の顔に合図を送ります。 「被告人の福本真治はまったく麻薬に関係がありません。そもそもこの事件がこのように起訴されたことが間違いです。FBIが証拠を集め、検事局がこの事件を起訴したのは理由があります。それも、残念ながらあまり感心する理由ではありません。」 マラック検事が鼻を鳴らして私をじっと見ています。私は検事に目を向けて続けました。 「検察では、真治がどこでどうやってあの大量の麻薬を手に入れたかまったく捜査が進んでいません。弁護側から司法取引の一環として提出した写真をもとにシンジケートの存在が浮かび上がってきたのです。現に、麻薬の運搬については起訴を取りやめています。FBIも真治が麻薬を使用してたという事実や売っていたという事実はまったく触れていません。麻薬を所持していたといっても公判を維持するのが難しいでしょうね。」 マラック検事が待っていたかのように発言をします。 「裁判官、検事局としては福本真治、それに死んだ父親が事件に絡んでもいないのに大量の麻薬を自宅に持っていたとは考えられないのです。現に、死亡した福本氏のスーツケースから麻薬が検出されています。シンジケートがどうであろうと麻薬の所持は法律的には立証できます。」 私は、不敵に笑いました。 「結果論ですよ、あなたの推理は。誰かが仕組んだシナリオです。検察側の立証が砂の城だということは、7日後に設定されている起訴取下げの申立ての審理の経過ではっきりすると思います。」 ウィットニー裁判官が、またファイルに目を落としました。証拠のページを丹念にめくりながら言いました。 「起訴取下げの申立てが出されていますから、今日は司法取引が成立しない限り、その申立てで事実関係は法律的に判断されますね。」 私は、うなずきながらマラック検事に迫るように言いました。 「即刻、起訴を取下げてください。その代わりに全力でFBIの捜査に協力します。今の状態では真治君も非常に不安定です。」 「もう少し、組織を明示できる証拠を出してくれない限り取引は難しいでしょう。私がうんといっても、FBIや上司が納得しないと思います。」 「一体、どう言う証拠を求めているんですか。」 「たとえば、組織のボスが誰であったとか…。」 「そんなことわかるわけないじゃないですか。今は、真治や福本氏が麻薬をやっていないということしか言えないですね。麻薬にかかわっているという形跡は今回の事件までまったくありませんし、第一、麻薬でお金を稼がないといけないほど貧しくはないですよ、被告人の一家は。」 「ははは、そんなもの間接証拠にしか過ぎない。」 「それでは、現在検察側としてはどのような取引内容をお考えですか。」 「昨日すでに起訴事実を変更して麻薬所持のみに罪状を落としてあります。」 「そのことは今回の法廷では関係ない。」 マラック検事は私を無視して続けます。 「3ヶ月のコミュニティーサービス、3年間の保護観察処分、それに麻薬に関連した家や車などの没収ですね。」 「受けられません。」 ウィットニー裁判官が口を開く。 「現時点では検察側と弁護側の主張が対立していますし、証拠も充分ではない。起訴取下げの申立ての審理を待ってから議論しても遅くないですね。被告人は釈放されているのですから時間的には問題ないか…それでは2週間後に再度プリ・トライアルを設定します。それがだめなら…タイムもウェーブされていないし…陪審裁判ですね。」 結局審理は平行線で終わってしまいました。マラック検事も私と同様に汗をかいています。私は言葉少なに席から立ちあがり、またお会いしましょうと裁判官と握手をして、控え室を出ました。法廷に戻ると、傍聴席に座っているたくさんの人達が目に入りました。そのなかで真治君が心配そうに見ているのに気がつきます。 「先生、どうでしたか。」 「法廷の外で話そう。」 真治君を促して法廷の外に出ました。マックブライドはどこかに行ってしまった様です。 「どうなりましたか。」 「検察側も引かない状況だよ。今の感じでいくと、家や車が没収されかねない。懲役刑は免れそうだけど。また2週間後にプリ・トライアルが設定されたから、その時までに司法取引に使えそうな情報、つまり君を無罪にする事実か、君を陥れた事実を見つけない限り陪審裁判に突入しそうだ。無論、7日後には起訴取下げの申立ての審理が予定されているけどね。」 「…。」 「なんとかがんばろう。君が無実だって信じているから。」 真治くんと私は言葉少なに裁判所を後にしました。真治君を学校に送り届けてから、事務所に向かいました。もう太陽がだいぶ高くなっています。事務所のドアを開けると千穂さんが、午後の法廷用の書類を渡してくれました。昨日私が用意した申立てに反対する書面に対して、再度反対する書面がカニングハムの事務所からすでに届けられていました。 「よくやるなぁ。あと1時間くらいでまた法廷に行かなくちゃならないから、ちょっと部屋にこもって勉強しておくわ。」 「電話はメッセージだけ取っておけばいいですよね。」 「お願い。」 部屋のドアを閉めて一人きりになった私は、書類を読み始めました。時計の針の音がうるさく聞こえます。しばらく目を閉じて気持ちを午後の法廷に集中させて書面を読み始めます。 まず、分厚いカニングハムのオーダー・ショートニング・タイムの申立書に目を通していきます。カニングハムの主張は麻薬に関連している事件でもあり、緊急な証拠の保存が必要であるというポジションが軸になっています。犯罪に絡んでいるため、証拠の隠滅が考えられると主張。一刻も早く証拠の開示が必要であると請求しています。一理ないわけではありません。 それに対して、私は通常の民事事件と性質上何ら変わりはないし、犯罪に絡んでいるとはいえ、現在真治君が証拠を隠滅するということは考えられないと主張。また真治君や福本氏が犯罪に絡んでいるとはなんら結論付けられていないと請求の棄却を求めました。 私の申立てに反対する書面に対して、今日カニングハムは私の事務所に再反論書を書いて持ってきました。この書面でカニングハムがいうには、福本氏とロビンス氏の関係を解明し、どのように福本氏がロビンス氏をこの事件のに巻き込んだかを明らかにする必要があり、そのための証拠保全が緊急に必要であると述べています。もともとの申立書とあまり変わり映えしません。まあ、カニングハムはとにかく証拠を出せと迫っているのです。 「証拠ねぇ」と独り言を言いながら考えを巡らせます。出せるようなものならすべてFBIが持って行ってしまいました。ですから、捜査に差し支えなければカニングハムも証拠は見れるはずです。もちろん現在、マックブライドを筆頭にFBIの捜査が先行していますから、刑事弁護人である私にもどのような証拠があるのか開示されていない状況ですよね。ということはカニングハムもどのような証拠があるのか情報にアクセスできないはずです。もちろん紳士的に振舞っていることを前提としていますが。それなのにカニングハムは真治君か私が何らかの証拠を持っていると仮定してこの申立てに打って出てきたのです。カニングハムは絶対に何か私の知らないことを知っています。それさえわかれば、何を求めているかもわかるはずです。もちろん相手の弁護士に「教えてください」と頼んだところで教えてくれるわけないですからね。 (カニングハムは何を知っているんだろう…。) 考えはまとまりません。ただ、私やFBIも知らないことを知っているのかも知れませんね。注意しなければ。 何か特定のものを探しているとすれば私の心当たりはパームしかありません。パームに気づいているのでしょうか。しかし、どう考えてもパームのことをカニングハムが知っているとは思えないのです。私はFBIさえ出し抜いたのですからね。もしパームを求めているとすれば、かなりの確率でお宝情報がパームの中にあることになります。まあ、カニングハムが「パームを提出しなさい」と言ってこない限り、パームのことについては黙っていることにしました。 何度となく事件の書類を読み返しているうちに、カニングハムがある仮定をしていることに気づきました。書面の字と字の隙間を読み取るのも弁護士の仕事です。カニングハムは福本氏がロビンス氏を巻き込んだと仮定しています。確かにスーツケースは福本氏のものだということでしたが、もし持ち主が他にいるとすれば…。福本氏は本当に知っていながら麻薬を運んだのだろうか…。私は何度も何度も書面を読み返しました。カニングハムの執拗な請求…、そしてロビンス氏の事件へのかかわり…。 私が相当難しい顔をしていたのでしょう。私の部屋に入ってきた千穂さんもちょっと声がかけづらかったようです。 「先生、そんなに怖い顔をしないで。お電話です。」 「え、誰から?」 「あの例のスチュワーデスさん。先生にもやっと幸運が…。」 「ったく、とにかく取り次いでくれますか。」 「はいはい。先生、鼻の下ちょっと長いですよ。」 私はそう言われて鼻の下を押さえてしまいました。転送された書面で埋もれた机の上の私の専用回線が鳴ります。 「こんにちは、小山先生。」 「お久しぶりです。」 「ランチはまだでしょ?」 「ええ、まだです。」 「ご一緒しましょうか。」 やりました、昼間からデートです。でも声を殺しながら 「ぜひ。」 ということで我々は、近くにある日本料理屋で会うことにしました。 「行ってらっしゃい。先生、がんばってね。」 明るい笑顔を千穂さんは見せてくれます。私はちょっと照れちゃいます。 「いってきます。食事の後、そのまま法廷に行ってきます。」 「はい、わかりました。」 事務所を出て、約束の日本料理屋に足を運びます。 事務所の前にある新聞売りのおじさんから、新聞を一部買います。買うといっても、無造作に一部取り、クォーター(25セント硬貨)をカウンターの上に置くだけです。 ページを広げているとサンフランシスコ・トレードセンターの工事に係わる大きな事件でカニングハムの写真がでていました。なんでも業者とサンフランシスコ市の請負契約にかかわる訴訟のようです。何億円、何十億円というお金が訴訟の対象になっているのです。こういう大きな事件を扱わなければお金は儲からないのですね。アメリカの弁護士は大きく分けて3つの料金体系で仕事をします。ひとつはアワリー・ビリング(Hourly Billing)と呼ばれる請求の仕方で1時間いくらで仕事をするのです。高い弁護士では1時間500ドルも請求する人もいます。一般庶民が事件に巻き込まれたらそんなに高い金額は払えません。次に成功報酬制という請求の方法です。主に、事故における保険金請求などに用いられる方法です。これは事件が解決するまでは弁護士が一銭ももらわず、事件が解決したときに解決金のなかから一定のパーセンテージをもらう方法です。それから、フラット・レートといい報酬額をはじめから決めて請求する場合があります。たとえば契約や遺言の作成ですね。カニングハムのように大きな法律事務所でパートナーをやっていると経費だけでも膨大なものになります。ですから、高額なビリング・レートを要求できる大会社のクライアントが必要になってくるのです。特に事情を知らない日本人企業は格好の的です…。カニングハムの写真をじっと見ていましたが、どうしても彼のような弁護士になりたいとは思いません。ですから私はお金が儲からないのですね。私は新聞をまるめて、歩き出しました。 約束の日本料理屋に入るなり、 「先生、こっちこっち。」 明るいピンクのドレスを着た真理子さんが手招きしてくれました。レストランは昼ご飯を食べる人々でごったがえしていました。人ごみを抜けて、真理子さんの手前に腰を下ろします。 「どうしたの、元気ないみたいじゃない。」 真理子さんが心配そうにぼくを見ます。 「うん、あの真治君の事件、大変なんだ。」 「ちょっとご機嫌伺いを、と思っていたんだけど、そんなんじゃ心配しちゃうわ。」 ちょっとうれしくなりました。真理子さんが心配してくれるなんて、うふふ。 ウェートレスが注文に来たので私はうどん、真理子さんはそばを注文しました。この日本食レストランは丼ものについては見たこともないようなものが出てきますが、そばやうどんはまあまあです。 「事件はどうなってるの?」 細い眉をちょっと寄せながら両肘をついた真理子さんが聞いてくれます。 「うん、今日もこれから民事事件でサンフランシスコ地裁だよ。真治君絡みでね。」 「たいへんなんだ。」 「うん、そういえば相手方の弁護士はすごい大きな弁護士事務所の奴なんだけど…えっと、この新聞に載っていたな。」 私は丸めていた新聞を広げてカニングハムの写真を真理子さんに見せました。 「あれ、このひと見たことがある。あれ、どこで会ったっけな。」 ちょっと、美しい眉をさっきより寄せて考えています。私は黙っていました。ウェートレスが注文の品を運んできました。 「あ、そうだいつか、福本さんと旅行していた白人の男性がいるっていったでしょ。その男性とやっぱりメキシコ便で、メキシコ・シティーに飛んでたわ。あの時はがらがらだったんだけど、あの二人がファーストクラスに乗って、お酒に酔っ払って大声出していて他のお客サンから苦情が出まくっていたから覚えているわ。」 「間違いない?」 「間違いないわ。他のクルー(乗組員)が相当気を使っていたから。覚えているもの。」 「ロビンスとカニングハムか…。」 「あ、あの人ロビンスっていうんだ。」 「うん、ジャック・ロビンス。」 話をさえぎるようにウェイトレスが無造作に我々のテーブルに注文の品を置いていきます。二人でいただきますをして、それぞれの麺を処理し始めます。食べることに一所懸命になり、ちょっとの間二人は無言になりました。ある考えで私の手が止まりました。 「ちょっと待てよ。」 「ん、何々。」 「ジャック・ロビンスとビクター・カニングハム…。」 「だからなんなのよ。」 ちょっと真理子さんはいらいらしているようです。 「あ、ごめんね。ちょっと事件にかかわることを思いついた。」 「ふ~ん。」 また、麺をすする真理子さんを見ながら、ひらめきました。ジャックのJそしてビクターのV。JgodとVgodがこの2人なら一緒にメキシコに旅をするのも納得できます。せっかく美人の真理子さんと二人での食事なので、そのことは一応置いておいて、いろいろ別な話で盛り上がりました。 食事を終えて真理子さんと別れると今度は民事のサンフランシスコ郡裁判所に向かいます。真理子さんとは今度はディナーの約束をしました。ラッキーですね。午後は気温も上がり、上着が邪魔になってきました。私は上着を脱ぎ、シャツを腕まくりして、重い皮かばんをぶら下げて歩き出します。さあ、カニングハムとのはじめての法廷での対決です。 裁判所には車で向かいました。運転中に、JgodとVgodというEメールのユーザー名について考えていました。Jがジャック・ロビンスでVがビクター・カニングハムだとすればgodというのはどう言う意味か…。Godといえばそもそもは神様の意味ですが、頂点に立つ人を比喩してGodと呼ぶこともあります。あまり素敵ではありませんが。カニングハムがVgodというEメール名を使い、JgodというEメール名を使っているロビンスと組んで麻薬組織を牛耳っていたとすれば…。私の仮定が正しければ、カニングハムはあのパームを探しているに違いありません。 たぶんパームの中に他言できない情報が入っているのではないでしょうか。そうだとすればあのパーム・パイロットが公になるとカニングハムにとって致命的です。実際、あれだけ真治君の刑事事件について無理やり引っ張っているのですから、FBIもある程度は証拠を掴んでいるのかもしれません。ただ大物弁護士であるカニングハムにはなかなか手が出せないのかもしれませんね。FBIにしてもなんとか背後組織の尻尾を掴みたいのでしょう。Eメールのユーザー名にGod(神様)という名前を冠したメール名をつけているのですから、麻薬組織につながっていればよほどの大物かもしれません。とにかくJgodとVgodというEメールのユーザー名が福本家のコンピュータにあったのですから、重要な事件を解くカギになるでしょうね。私は昨日、賃貸借の事件の舞台となったサンフランシスコ地裁に向けて車を走らせます。うどんを食べたので胃がほてっています。 2020年度新規H-1B申請の受付は2019年4月7日に終了し、4月10日に抽選が行われました。移民局によると、新規H-1B枠65,000(大学院卒については、20,000の特別枠がある。)に対し、201,011の申請があったということです。
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
==== 今回は、皆さんがウェブサイトを運営や管理する際に法律的に気をつけなくてはいけない点を考えていきたいと思います。ウェブサイトというのは不特定多数からのアクセスを受けることが前提となっており、その意味では法律的にも注意が必要な点がたくさんあります。今回は、私も自分の事務所のウェブサイト(www.marshallsuzuki.com)を一新したことを契機にウェブサイトに関する法律を研究しましたので、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。必要であれば、私のウェブサイトのプライバシーポリシーなどを参照してみてください。 まず、皆さんのウェブ上の情報を守るために、著作権、知的財産が皆さんに帰属しているということをできるだけ多く表示しておくことが大事です。All rights reservedといれ、その権利が帰属している人や団体名を記述し、その後2002、つまり表示している年を書いておくと、著作権が発生していることを第三者に対して通知できます。アメリカ著作権局に登録をすることもできますが、登録をしなくても、このようにウェブサイトに表示するだけで、慣習法上の著作権が発生しますので、やっておくことをお勧めします。 次に、ウェブ運営者・管理者が免責されるような情報をアクセスしやすい位置に入れておくことが大事です。ものを販売されている方々は特に注意が必要です。連邦や州などの規制が考えられるからです。また免責の内容にかんして、リンクで第三者のサイトに飛ぶように設定している場合には、ウェブの運営・管理者のコントロールが及ぶ部分と及ばない部分についての対応についてはっきり記述しておく必要があります。また、内容に関して第三者からのリンクを合意なくしてはできないという形にしておくと良いと思います。また、情報などを提供するサイトでは、情報についての正確性、一般的な情報であるといったこともはっきり記述しておくとよいと思います。またアダルトコンテントなどを含むウェブサイトではアクセスするユーザーをフィルタリングする必要もありますから、その点も免責事項に加えておくと良いと思います。 第三点目ですが、第三者の出版物などを使用する場合には、著作権やライセンスなどの許可に問題がないことも確認する必要があります。かってに第三者の出版物を使うことは著作権法に触れる場合がありますから、ウェブサイトに掲示する前に必ず確認をする必要があります。また、紙面を使って出版されているものを勝手にオンライン化することは特に注意が必要です。アメリカの判例でも勝手に紙で出版されている文章オンライン化してしまうと、著作者の意思に反していると認められています。ですから、どうしてもオンライン化をしたい情報がある場合には必ず著作者の許諾を得ておくことが必要です。私も個人的に私の文章を勝手に使われたことがありますが、ちゃんと事前に許諾を取っていただければ快く使っていただけるわけですから。 第4点目ですが、プライバシーポリシーを各サイトで用意することをお勧めします。プライバシーポリシーとは、ウェブの運用・管理をしている場合、どのような情報をアクセスする人から集めているのかをはっきり開示して、理解してもらうための文章です。ISP(インターネットサービスプロバイダ)を使ってウェブをお持ちの方は、アクセスする人に関するある程度の情報が得られますので、どのような情報が得られるのかを確認して、そのことを一般にアクセスする人に告知する必要があります。ウェブサイトによっては、さまざまな情報を勝手にアクセスした人から得て、そのメールアドレスなどを悪用して、ダイレクトメールなどに使用しているところも目立ちます。皆さんのサイトがこのような行為に利用されることがないということをはっきり明記することが、アクセスをする人たちにとってもひとつの信頼感となることでしょう。また、アクセスしているユーザーが情報をウェブサイトで開示する際にも、その情報の秘密は守られるということをはっきり記述する必要があります。また、秘密が守られないのであれば、そのこともはっきり記述することが大事でしょう。ウェブにアクセスするユーザーにとっては、情報を開示するということはある意味勇気がいることです。そういう意味では、ユーザーのプライバシーがどの程度守られるのかをはっきり書いておくことが大事なのです。 第5点目ですが、ウェブの運営者・管理者が著作権侵害の責任を逃れられる法律があります(U.S.C Section 512(c)(2)(A))。この条文を利用して責任を回避するためには、著作権局に一定の通知をすることと、ウェブページを管理・運営する当事者に簡単に連絡ができるような方法を定めることが必要になります。詳しい情報については紙面の関係上、書けませんが、興味のある方はアメリカ著作権局のサイトにアクセスしてみるとよいでしょう。この条文に関する運用は現在流動的なので、まめにチェックをして情報を確認する必要があります。 インターネットで情報を一般に公開するというのは、運営者・管理者にとっても、アクセスするユーザーにとっても非常に利益となる面がありますが、反面、相手の顔が見えない通信方法や情報伝達方法でもあるわけで、今までの生活とは違った面での注意が必要なわけです。皆さんもウェブサイトを運営・管理されているなら、これらの点についてはぜひ気をつけてくださいね。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第11回目です。 ===================== 第11章 公判前交渉 (Pre-hearing Negotiation) 月曜日のダウンタウンは雲が立ち込めて、週の初めとしてはあまり気分がよいものではありません。事務所に入ると千穂さんが、 「ちょうどよかったです、今、FBIのマックブライド捜査官と電話がつながっています。」 と私の顔を見るなり告げました。 「待たしておいて。今荷物を置いてファイルを持っていくから。自分の部屋で取るね。」 としゃべりながら、私は先週裁判所に提出した真治君の起訴取下げの申立てについて、検察とFBIは蜂の巣をつついた騒ぎになっているだろうなと察しました。ファイルを自分の机の前に置き、ゆっくりと受話器を持ち上げます。 「ジュンペイ・スピーキング」 慎重に電話に受け答えました。 「マックブライドです。」 彼の声も非常に冷静、いや冷静を保とうとしていることがわかりました。 「ご用件は、捜査官。」 ため息をついたマックブライドは今度は吐き出すように用件を伝えました。 「起訴取下げの申立て、アレは一体何なんですか。」 「え、何といいますと?」 「通ると思っているんですか?」 「それは私が決めることじゃないですからね。裁判官の役目です。ただ…。」 「ただ、なんです。」 「真治君がプリンチパル(主犯)じゃないことはFBIも知っているでしょ。あなたの調書に書いてある。」 「…。」 「今のFBIのやり方を見ていると、どうもあの未成年の真治君を道具に使ってもっと深いところにある芋を掘ろうとしているように感じるんですよ。あの、ガレージで発見された麻薬だって出来すぎじゃないですか。」 わたしはかまをかけてみました。 「弁護士さん。誰だってあの真治君一人であれだけの量の麻薬を外国から運んできたとはいっていないでしょ。」 マックブライドは乗ってきました。 「それじゃ、父親がやっているっていうんですか。」 「絡んでいたかもしれませんね。」 「ははは、マックブライド捜査官。死人を逮捕して起訴することはできませんよね。今、あなたが言ったように真治君一人でやったわけではない。それは、裁判官もそう思うでしょう。でも、現在あなたには、背後組織の手がかりがない。真治君を裁判に伏しておけば、なんらかのひょうたんから駒があるんじゃないかって考えている…。図星でしょ。」 「FBIは押収した証拠から背後組織の特定を急いでいるところです。」 「それでも、まだ手がかりがない。そうじゃないですか。真治君の刑事裁判が終わるまでになんとか…って思ってるでしょ。」 「われわれは全力を尽くしている。この申立てについては検事局がどう思うかは別として、FBIは全力で検察をバックアップします。」 「ご自由に。」 「それはそうと、福本氏の所有していたベンツを発見しましたが、面白い指紋が見つかりました。」 「…。」 「弁護士さん、あなたが弁護士になる時に弁護士会に提出した指紋と一致しました。」 「それで、私を逮捕するつもりですか。」 「少なくとも、捜索の対象にはなりました。」 「はっはっは、そんなことできるわけないでしょ。あなただってよく知っているはずだ。私は真治君の弁護人なんだ。その弁護を邪魔するような行為は、明らかに真治君の刑事事件に影響しますよ。紳士的に行きましょうや。もっとも私のクライアントに有利になるようなことでしたら、何なりと協力しますぜ。」 いやはや、電話の受話器を握る手が濡れてきました。 「弁護士さん、あなた、あのベンツの中からなにか発見しましたね。」 「さあ、どうでしょう。」 弁護士の倫理規則によると、犯罪に関する証拠品は速やかに警察に提出しなくてはなりませんが、犯罪にかかわっているかもしれないパームパイロットを今の段階でむざむざと提出するわけにはいきません。もっとも提出しようとしても、私は現在持っていませんから…。 「熱意を持って弁護されることには敬意を表しますが、FBIの捜査をおざなりにすることは許されませんぜ。」 「許す許さないの問題ですかね。こちらにとってもクライアントが刑事事件に巻き込まれているんだ、必死なんですよ。」 私も少々、譲ることのできないラインのあることを見せようとしました。 「弁護士さん、あなたも押しが強いね。アジア人っぽくない。」 「人種がどうこう言う前に、私は弁護士なんでね。それじゃ。」 電話を切った私はどのようにFBIを料理してやろうか、思索しました。ただ、このマックブライドとの電話で、真治君がメインのターゲットではないことがわかりました。これで一安心です。また、私がパームを持っているかどうかも知らないらしいことがわかりました。証拠に関しては一馬身リードと言う感じですね。お昼ご飯を済ませ、その他の仕事を済ませ、午後の時間早くに、私はある悪知恵を思いつきました。受話器を取ると、連邦の検事局に電話しました。 「US Attorney’s Office(検事局)です。」と事務的な女性が応対しました。 「私は小山淳平、弁護士です。明後日、Pretrial(第2回目公判)担当の検事と話がしたい。」 少し待たされると受話器が向こう側で持ち上げられました。 「マラックですが、どういうご用件で。」 この間の担当検事と同じでした。声に張りがあります。 「明後日、Pretrialがある福本事件で相談があるんだが。」 「なんでしょう。」 「この事件ね、16歳の子供なんですよ、起訴されているのは。」 「存じています、この間お会いしましたよね。」 「申立てもそちらに行ってますよね。起訴取下げの申立て。」 「はい。」 「今すぐ、そちらの検事局でスティピュレーション(同意)をもらえないでしょうか、起訴を取下げる。」 「そんなことできるわけないでしょ。」 「それじゃ、闘わずしてこちらに勝たせてくださいよ。」 「だから、何を根拠にそんなこと言われるんですか。馬鹿らしい。」 鼻を鳴らしているのがわかります。 「起訴を取下げていただけないなら、水曜日のプリトライアルで証拠となる情報を持っていきますから、その時に決めていただけますね。」 「それは、起訴が取下げになることが確実な証拠ならそうせざるを得ないでしょうね。」 「そちらのFBIを使った捜査で、まだ福本真治君が起訴の対象になっているなら、考えものですよ、検事。」 「よくもう一度ファイルを調べてみますが、現段階では起訴の取下げはありえません。」 「ありえないのは、マックブライド捜査官をはじめ、FBIが発見された少量の麻薬に踊らされて、大きなものを見失っているからですよ。」 私は少々息を荒くしつつ、 「個人でやっている刑事弁護人にリードされているんじゃ、何のためにFBIに多くの税金を払っているかわかりませんね。」 と、カマをかけてやりました。あからさまに声が憮然としたのがわかります。 「なにか他に…。」 「ははは、この間も保釈はありませんって誰かに言われたけど嘘だったですからね。」 「そ、それでは水曜日に。」 「お会いできるのを楽しみにしています。」 と言いつつ、私は受話器を置きました。こっちがなんらかの証拠を持っていると検事を突っついておけば、FBIや福本事件の背後にいるであろう組織が動き出すことを計算したのです。どこかで情報が漏れているような気がしてなりません。なんとなくお宝を持っているという印象を与えておけば、尻尾が出てくるかもしれません。見えない敵に何らかの動きがあるでしょう。2時間ほどデスクワークをこなし、私は早めに仕事を切り上げ、家に帰る人にまぎれて自分の家に帰ろうと車に乗りこみました。今回は危険を誘っているのですから、ゾーリンゲンのナイフを忘れませんでした。折畳式のナイフはキャンプに行くときには非常に便利です。今日は使うとすれば平和的な用途にはならないかもしれません。それから、いざと言うときのためのポケットカメラも忍ばせておきます。最近ではAPSカメラというフィルムの出し入れが非常に簡単なカメラが売られていて、機体自体も非常にコンパクトになっています。新しい物好きな私は、他の弁護士に見せびらかされ、釣られて買ってしまいました。車を走らせて坂の多い道を上り下りしているうちに、また尾行されていることに気づきました。行動が早いですね。どの組織の人間かは見当がつきませんが、とにかく何台か車を挟んでついて来ます。黒塗りのビュイック・レーセーブルです。ちょっと古めの型で、サスペンションはあまりホールディングはよくないようです。工事中の道路で車が撥ねるたびに、頭を天井に打ちそうになっています。ちょっと危険ですが私は寄り道して様子を見ることに決めました。家にいる真治君には今すぐに迷惑かけることは避けたいですからね。渋滞の道をどこに行こうかな、とつぶやきつつ考えた結果、バークレーの先にあるサンパプロ・カジノに行くことに決めました。このカジノは、カリフォルニア州では基本的にばくちは禁止されているのですが、住民投票で許されたという珍しいカジノです。ラスべガスのように華々しくないですが、立派なカジノに違いありません。私は今まで行ったことがないのですが、わざと人ごみを選んで行くことに決めたのです。 陽が落ちてきて、ビルが密集するサンフランシスコのダウンタウンにも灯りがつきはじめました。私は混んでいるランプをテール・ツー・ノーズでのそのそ進みながら、やっとベイブリッジに乗ることができました。窓を全開にして、空気を楽しみます。オークランド方面に向けて車のスピードを上げていきます。左手にダウンタウンのビルがまるで絵のように浮かび上がってきます。 インターステート80号を北に走らせ、バークレーを越えてまっすぐ車を進ませます。通勤ラッシュに巻き込まれたため、1時間ほどかかってカジノに着きました。バックミラーで確認すると、やはり黒塗りのビュイックは後から着いて来ます。唇を歪めながら、私はカメラとナイフがポケットに入っていることを確認します。混んでいる駐車場に車を停めて、車から降りると、同じ行動をとったどこかで見たような白人が二人、ビュイックから降りてきました。チラッと見た限りFBIの捜査官ではないようです。このような人相にはFBIの捜査上、今まで出くわしませんでしたからね。とはいうものの二人とも黒いサングラスをかけていますからはっきりした人相はわかりません。そ知らぬふりで、派手なカジノの入り口から入っていきます。外は静かでしたが、カジノの中はベルなどの機械音が鳴り響いていました。構内は様々な人種が入り乱れて繁盛していました。銀色のスロットマシンについた様々な表示板が毒々しい色を放っています。台にしがみつくようにボタンを押しつづけている人があふれています。ジャックポットが出るとうるさい電話が鳴っているようにベルが鳴り、人々の目を引いています。 人がいっぱいというのは、つけられる方にも都合が非常に良いのです。まず私はカジノのスロットマシンの台を値踏みするように練り歩きました。二人組も一人一人に分かれた様子です。私は一台のスロットマシンを選び台に座り、持っていた小銭で遊び始めました。5回ほどルーレットを回したときに小さな当たりが出て、ちょっと儲けてしまいました。また、続けてスロットマシンにふける振りをしていると、尾行していた一人が連絡のためか、何かをもう一人にささやいて出口の方に向かいました。チャンスです。私はすっと立ちあがると、トイレの方に向かいました。カジノの中は薄暗いですから、尾行者もサングラスを外さないわけにはいきません。トイレに近づくと、わざと死角となるところで、小走りしました。角を曲がってきた尾行者は無表情のまま早歩きできょろきょろしています。私が突き出した柱の影で息を殺していると、尾行者は私の前を通りすぎていきました。その時、前に私がブリトーを食べているときにバックミラーを通して見た尾行者と同じ人間であろうと思えました。私はポケットからカメラを取り出して、フラッシュが光ることを確認しました。今度は尾行者の背を私が追う形になりました。トイレに入ろうとする尾行者に 「アイアム・ヒア(ここだよ)」 と呼びかけると、賊は無防備に振り向きました。その瞬間、私はその顔をばっちり写真に撮りました。さぞ男前に写っていることでしょう。尾行者は声をあげて私のカメラを取り戻そうと襲いかかってきました。すかさずポケットにカメラを戻し、遁走しました。 人ごみに紛れ込むともうなかなか追って来られません。私は人々を押しのけるように入り口に向かいます。私に肩を押されたり押しのけられたりして非難を浴びせる人に謝りつつ、私は、カジノのセキュリティー(警備員)に助けを求めました。私の2倍は胸回りがありそうな黒人の男性です。このガムを噛みながら、私を認めたセキュリティーが、私の話をまじめに聞いてくれることを祈りました。まず、身分を明かし、尾行されていることを告げ、車までエスコートを頼みました。セキュリティーは、立っているだけでは暇をしていたようで、私の頼みを快諾してくれました。よかった。私が振り返ると賊はちょっと離れたところで見守っています。出口から出ようとするところで、もう一人の尾行者が携帯電話で連絡をつけているところに出くわしました。携帯電話を慌てて切った賊が私の方を見たところで、私は悠然と一礼して、セキュリティーと一緒に駐車場に出ました。セキュリティーに、あの電話をかけているのも悪党の一味だから、カジノに何か悪いことが起きる前に事情を聞いた方が良いと告げ、私の名刺を渡して車に乗り込みました。セキュリティーは足早に私を追ってきた尾行者の一人をエスコートしつつ建物の中に入っていきました。もう一人の賊はどうして良いかわからず、立ち往生していました。私は賊の乗ってきたビュイックのナンバープレートをもう一枚写真に撮り、カジノを後にしました。笑いを浮かべた私は車をサンフランシスコ方面に走らせます。賊は追ってきません。外で電話をかけていた賊は何がなんだかわからないのでしょう。車の中でマックブライドの電話番号にかけてみます。電話に出ません。今日は遅番ではないようです、家にでも帰ってしまったのか、それとも捜査をしているのか。 車をまたもと来た道を逆に走らせサンフランシスコ市内に入りました。今回は私が出し抜いた為、気分は悪くありません。軽く口笛を吹きながら車を走らせていきます。ダウンタウンを抜け、私の住んでいる住宅地に方に向かいます。尾行者がいないのを確かめて、中国人の経営するカメラ屋に入っていきます。中国人は勤勉ですから、夜も遅くまで営業しているのです。もう陽はとっぷりと暮れています。ポートレートなどの写真を無造作に並べた小さな入り口から店に入ると老人が私に一瞥をくれました。 「このフィルムを現像してくれますか。」 「明後日にはできますが。」 アクセントが強い英語で、私に事務的に言い放ちました。 「え、1時間現像はできないのですか。」 「ちょっと…。」 「何とかお願いできませんか、困っているんです。どうしても裁判で証拠写真に使わなくてはならないのです。」 懇願するような顔で頼みました。 「でもねぇ。」 「チップは弾みます。」 「それでは、30ドルでいかがでしょう。」 「30分くらいでなんとかなりますかねぇ。」 「やってみます。」 「これは30ドルとは別のチップです。前金で。」 大した金額ではないのですが、その老中国人は黄色い歯を見せながらはじめて大きく笑いました。中国人はお金で話がしやすいので、逆にありがたいことがあるのです。 30分ほど待つ間、私はその近くの中華料理屋で簡単なチャーハンを食べました。チャーハンには、日本で食べているジャポニカ米よりもインディカ米の方が断然あいます。ダイエット・コークで流しこみながら、水曜日のプリ・トライアル、つまり真治君の第2回公判のことを考えます。今週と来週が真治君の事件はヤマになりそうです。民事裁判の方のカニングハムもどんな作戦をしてくるかわかりませんからね。FBIも今ごろ動いているのかな、なんて思いつつ、家に電話を入れてみました。 「へロー」 日本語訛りがちょっと入った真治君がでました。 「かわったことはないかい。」 「えー、別に。冷蔵庫に入っていた餃子の残りをチンして食べちゃいましたから、何か食べてきてくださいね。」 「おう、食べたならいいや。最近食欲あるじゃない。こっちももう食べたから。」 「最近、先生の食べっぷりを見ていると、負けていられないなと思って。」 「あはは。もうすぐ帰るからね。」 「はい。」 時計を見るともう40分ほど経っていましたから、写真屋さんに戻りました。さっきの老いた親父は焼き蕎麦を食べながら中国語のテレビを見ています。北京語で放送されています。 「先生、我要我的影片(ミスター、私の写真くださいな)。」 「なんで、中国語はなせるの? 中国人なの、あなた。」 「違うけど、台湾に住んでたことがあるんだ。」 怪訝な顔をしていたおじさんから写真を受け取りました。ばっちり撮れています、尾行者の顔が。どうみても、イタリア系の男です。ひげが濃い。でも目は真っ青です。車のナンバーはちょっとぼやけてしまいましたが、何とか読み取れます。 「おじさん、謝謝。」 「不可以知。」 中国人は中国語が話せる人に非常に親近感を持ちます。日本人も同じですかね。私は台湾の大学で学んだことがあるので、サンフランシスコでは重宝しているのです。念のため、ネガは車の灰皿の中に丸めて入れて蓋をしておきます。車を飛ばして家に帰ります。 家に帰ってガレージに車を入れたところで、マックブライド捜査官のお出ましです。今度は4人も連れて来ています。非常灯はつけていません。何も私の家まで来なくてもよいのにと顔をしかめてしまいました。しかしすぐに笑顔に変えて、ご一行様に近づきます。 「マックブライド捜査官、電話だけでは物足りなくてわざわざご出張にあずかって光栄です。でもちょっと遅かったですよ。」 マックブライドはちょっと首をかしげて、自分のあごを左右に動かしながら右手で鼻をこすりました。 「検察局から電話がありました。なんでもプリ・トライアルの時に証拠を出すとか出さないとか…。」 「さすがお早い。」 「お聞かせ願えますか。」 「できないね。何か私のクライアントにお土産でもあれば別だけどね。」 マックブライドは明らかに不満そうでした。いらいらもしています。 「ちょっとね、弁護士さん、ずるいんじゃないか。検事を脅して。」 「ずるいってどっちがだい。あんな子供を人質みたいな形で捜査を進めるなんて、どうかと思うけどな。」 私も、明らかにイライラを見せて、両手を腰にあてました。下で、わさわさ大きな男たちがぶつぶつ言っているのを聞いて、近所の人たちが私たちをみています。「法律家は悪しき隣人」なんて言うことわざがぴったりですよね。 ただ、近所の人たちも警官が来ているので、口は出しません。ちょうど私が住んでいるフラットの窓が開き、真治君が私たちを見下ろすのが見えました。私を認めると真治君はすぐに建物の下まで下りてきました。駆け足で降りてきた真治君はラフなかっこうです。 「何事ですか」との真治君の問いに、慇懃無礼なマックブライドは 「これはこれは福本さん、お元気ですか。弁護士さんは良く面倒見てくれますか。」 と少し頭を下げて言いました。 真治君は、問いを無視しつつマックブライドの目をじっと見つめました。 「どういうことだか、説明してください。こんなところまで来て、どういうことなんですか。」 と断定的に言いました。物怖じをまったくしていません。 マックブライドも私も真治君の毅然とした態度にびっくりしました。質問を振られたマックブライドは 「い、いや、君の事件にかかわる証拠をこの弁護士さんが持っているって聞いたから来ただけだ。」 マックブライドはあくまでも冷静に答えましたが、明らかに真治君の様子にどぎまぎしています。おかしくて笑いそうになってしまいました。真治君は真剣です。真治君はマックブライドに挑戦するように 「それなら、裁判上で請求するのが普通じゃないのですか。」 と言いました。 マックブライドは詰まりました。そこに私が畳み掛けるように 「別にプリ・トライアルで真治君の起訴が取下げになってもいいじゃないですか、もっと大きな魚が釣れれば。」 とつぶやきました。 私はマックブライドがどぎまぎしているのを哀れんで、彼の肩をたたきました。彼にとっても、水曜日のプリ・トライアルで徹底的に不利な証拠がでてくれば捜査にダメージが加わるのは必至なのです。 「でも、もし捜査に協力してくれれば…。」 マックブライドもつぶやくように言いました。 私は少々声を強めて 「捜査に協力したら、減刑ですか? そんな取引には応じられないね。これ以上、FBIが探し出せるものはないでしょう。でも私には、マックブライドさん、あなたに非常に見せたいものがあるんだな。」 と、得意げに言いました。目を伏せていたマックブライドが私の目を見ました。 「なんですそれは。」 「興味あるみたいですね。真治君の麻薬を売る目的で所持していた罪から、ただの麻薬所持だけに訴因を変更してくれたら見せてあげるよ。」 私はじっと私を見ているマックブライトにウインクをしました。 「…。」 非常に困惑しているマックブライドは指をしきりに唇に当てていました。近所の人たちは代わる代わる様子を見ていましたが、まさかこんな所で刑事事件の司法取引がされているとは思っていないのでしょう。平和な街なんです。 私の無表情な目を見ながらマックブライドは携帯電話を懐から取り出しました。一瞬拳銃を取り出したのかと思い、冷や汗が出ました。番号をダイアルしてちょっと待つと、どう見ても当番の検事と話しているようでした。マラック検事の様子です。水曜日のフクモト事件について話しています。しばらく短い相槌打った後に電話を切ると、マックブライドは 「O.K.」とつぶやきました。 「なにがOKなんだい。」 「あなたが今持っている証拠を見せてくれたら、起訴事実を変更しましょう。」 勝ちました。ゲームの駆け引きは、まずは真治君に軍配があがりました。 「口約束だけじゃ信用ならないから、どの担当検事と話して、どういう内容になったか、ここに書いてくれますか」 私はイエローパッド(弁護士が使うメモ用紙)を取り出しました。マックブライドは私のペンのオファーを断って、自分のペンを使い、自分の黒いリンカーンの磨かれたボンネットの上でせっせと文章を書き出しました。書いているのを見ながら、私は言いました。 「今日の日付を入れるのを忘れないでくださいね。」 もう負けましたと言う顔で、肩をすくませながら、マックブライドはペンを走らせました。これで大きな前進です。最悪の場合でも、所持だけの初犯ならば懲役刑は免れるのです。罰金刑で終わらせられる可能性が大であることはマックブライドも充分に知っているはずでした。マックブライドの手書きの一文を良く読んでから、マックブライドにポケットの中にしまってあった写真を手渡しました。尾行者の顔とナンバープレートが写っているやつです。簡単な説明をするとマックブライドの顔が上気してきました。 「さっき手に入れたばっかりだよ。多分、こいつらが私をフクモト邸で殴った奴だと思う。尾行もされていたしね。」 マックブライドはまじまじと写真を見ていました。他のFBIのメンバーも、真剣に見ていました。 「この写真に載っている人物が絶対背後組織に関係ありますよ。そうじゃなきゃ私が検事に電話してからすぐに尾行をつけさせないでしょ。FBIの捜査も気をつけた方が良いですぜ。筒抜けになっている可能性があるから。」 私はマックブライドを諭すように低い声で言いました。 「これは非常に面白い。」 マックブライドは写真に見入っていました。他の捜査員は携帯電話などで、様々な指示を与え始めました。 「真治君や私の安全にもかかわることですから、その青い目の人が誰かわかったら教えてくださいな。」 苦笑いを残して、マックブライドは他の捜査員を連れて帰っていきました。真治君は去っていく車をまじまじと見つめていました。 「驚いたよ、最初にマックブライドが会ったときの真治君とはえらい違いだね。」 「勇気を持たなくっちゃ。」 そう言って踵を返した真治君は、私より先にフラットに入っていきました。静まり返った住宅地にもすっかり夜の帳が落ちていました。 「勇気か…。」 私もゆっくり階段を上っていきました。 本日、2020年度新規H-1Bビザ(4年制大学枠)の申請数が法定の枠を上回ったため、本日までの分で受付を終了する旨、移民局より発表がありました。これで本日受付分までの申請書については、後日に抽選が行われます。
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第10回目です。 ===================== 第10章 休日 (Recess) この土曜日は、昼頃まで寝てしまいました。なんか雲に乗っているような夢を見ていて、ほんわか寝ていました。起きると、またもや真治君は勉強していました。リビングのソファに座り何か読み物をしていました。弁護士よりよく読んでいますね、頭が下がります。私は、ぼさぼさの頭を掻きながら真治君に昼飯は何か食べたのかと聞きました。「え、何も食べてませんよ。先生が起きるのを待ってたんです。」 「それじゃあ、何か外にブランチでも食べに行こうか。」 「賛成、賛成。」 「それにしても、よく勉強してるなあ。」 「今は、勉強で気がまぎれるし。」 「何食べたい?」 「何でもいいけど、すごくお腹が減ってます。たくさん食べたいな。」 「よっしゃ、それじゃ行こう。」 「どこ行くんですか。」 「着いてからのお楽しみ、ってところかな。」 二人で、さっさと着替えて、車を走らせゴールデンゲートブリッジを渡りました。そのゴールデンゲートブリッジを渡ったところにあるサウサリートという街に着きました。もう霧も引いて天気もよくなり、観光客が多いサウサリートは人でごった返していました。真治君は久しぶりに事件から離れてドライブをして、また、街を離れて楽しそうでした。駐車場からレストランがあるホテルまで店を見ながらだらだら歩きました。観光客用に鮮やかなポスターや絵葉書を売っているお店や何か怪しげな彫刻を怪しげな値段で売っている店を覗き見したりしながら、真治君と私は忙しい街から少し離れて、小高い丘の上にあるレストランに入りました。入り口のホストが席に案内してくれました。 「すごい。海だ。」 このレストランは、丘の上にあるために海が一望できるのです。天気がよければアルカトラズ島や遠くに見えるベイブリッジもくっきりと見えます。気分転換をするには最高の場所なのです。真治君を海に向かって座らせ、私も海の方をしばらく見ていました。 席に座ってちょっとすると顔見知りのウエイターが頼みもしないのにシャドネーの白ワインを二杯持ってきました。 「はい、ビル。元気そうだね。」 「忙しいですか?」 「うん。事件もひっきりなしに入ってくるしね。肉体労働してるよ。あ、この子まだ未成年だからお酒はまだだめだわ。何か、他のもの飲む?」 「そしたら、アイスティーでももらおうかな。」 二人で乾杯をしました。 「ここはね、昼はビュッフェ形式になっているんだよ。だから、お皿を持って好きなもの取ってきな。お腹いっぱい食べても、怒られないからね。」 「そりゃすごいや。」 海では白いマストを張ったヨットが何台も行き来しています。真治君はお皿いっぱい食べ物を持ってきました。カニやエビ、それにパテから野菜からもうなんでもありという感じです。彼の食欲はたくましいものになってきました。 「すごいとってきたね、食べきれるかい。」 「はい、お腹が減ってますから。それにしても本当にきれいですね、ここ。こんなところもあるんですね。」 「僕も気分転換にはこのピュッフェを食べに来るんだよ。素敵なところだろ。」 「本当は僕じゃなくて彼女と来たいんじゃないですか。そういえば、先生彼女いないんですか。」 「たくさんいるよ、でも時間がないから会えないだけさ。うるさいよ、早く食べろって。」 二人でもうこれ以上食べられないというところまで食べ、レストランを後にしました。休みの日でなければできないので、真治君と二人で街をぶらぶらしました。サウサリートには、たくさんのおしゃれなお店があります。もっとも私とはあまり縁がありませんが。それでも、真治君は楽しそうでした。 「この辺ね、お父さんとよく来たんだ。だから、すごくなつかしい。」 「そうなんだ。」 「お父さんは本当はサウサリートに家が欲しかったみたい。」 「きれいなところだもんね。」 「また来られてよかった。食事もおいしかったし。」 真治君と私は歩きつかれて車に戻りました。 「あ~あ、疲れちゃったね、真治君。君が運転できたらしてもらうんだけどな。」 「でも、もう16歳だし、取ろうと思え取れるんですよね。でも保護者がいないからな…。」 「それじゃぁ、今から運転練習しに行こうか?」 「えっ」 「ゴールデンゲートパークのはずれにいけば大丈夫さ。」 真治君はとてもうれしそうでした。私が運転しているのを目を凝らしてじっと見ています。さっき通ったゴールデンゲートブリッジをもう一度渡り、サンフランシスコ市内に戻ります。橋は結構混んでいましたが、晴れた空に真っ赤な橋が映えてきれいです。市内に入ると、海に沿って車を走らせます。海際の空き地で私のボルボを停めました。車のエンジンを切り、真治君を運転席に座らせます。私も助手席に座ったところで真治君に声をかけます。 「まず、自分がアクセルとブレーキを踏みやすい位置にシートを合わせてごらん。それから、バックミラーを見やすい位置に設定するんだ。」 見守っていると、結構器用に合わせます。 「よし、キーをイグニッションに差し込むんだ、そうそう。そして時計回りにキーをひねってごらん。」 ボルボのエンジンはうなりを上げて始動しました。真治君は感嘆しました。 簡単に車の運転の仕方を教えると、真治君に発進するように伝えました。まだ慣れていないので、がっくんがっくん走り出しました。次第に真治君はスムーズに運転できるようになりました。なかなか止める気配もないほど熱中しています。 「もうそろそろ帰ろうか。」 「あ、はい。」 ブレーキを踏んで、席を再度交代した後、私は家に戻るために車を東に走らせました。 「車の運転って案外簡単なんですね。」 「そりゃね。簡単にしなきゃ大変だよな。特にこんな車社会ではね。」 「でも、気を緩めると大変だからね。」 「今度、一件落着したら免許取りたいな。」 「おぉ、そうしなよ。協力するからさ。」 「免許が取れたら、まず先生をドライブに招待しなくっちゃ。」 「どうしようかなぁ、こわいなぁ… ははは。」 今日はのんびり過ごし、真治君もだいぶリフレッシュできたようです。真治君と外で事件にかかわらないことで笑いあったのは久しぶりです。その夜はぐっすり寝ることができました。 日曜日は朝から真治君と私は黒いスーツを身につけました。昨日とは一転して真治君の顔は暗く、私も澄みきった空とは対象に心は沈んでいました。真治君のお父さんのお葬式です。言葉少なに真治君は私の車に乗り込みました。私もあまり語らずに車を走らせます。サンフランシスコ市内にあるフュネラル・ホーム(葬儀場)の駐車場に車を停めて私はスーツを正しました。真治君は車から降りようとせず、シートに座ったままでした。 「真治君、さあ、行こう。」 「僕…行きたくない。」 私は助手席側にまわり、ドアを開け、すわっっている真治君の肩をつかみました。 「真治君、行こう。お父さんが待っている。」 「…。」 「誰よりも君に会いたいんだよ。」 唇を噛んだ真治君の肩を抱きながら葬儀場に向かいます。葬儀場は人でごった返していました。私は真治君を守るように葬儀場の一番前の席まで進みます。もう話すことのない真治君のお父さんが入っている箱から一番近いところに真治君を座らせ、私は後ろの方の席に引き下がります。 「淳平…。」 ジムが声をかけてきました。 「ジム、来てくれてありがとう。」 「真治はどうだい。」 「うん、だいぶ落ち着いてきたみたいだけど、まだいろいろ難題が山積みだ。」 「何かできることがあったら言ってくれ。」 「本当にありがとう。」 私は周囲を見まわしました。真治君のお父さんの葬式には多くの弔問客が来てくれました。いらないことにメディアもカメラを引きずって、日本からも報道陣が来ているようです。幸いにメディアの人は葬儀場には入れないようです。 「ジム、今日、ジャック・ロビンスの親族が来ているかわかるか?」 ジムはきょろきょろしていましたが、肩をすくめて、 「わからないな」とつぶやきます。 その時、私の肩を後ろから軽くたたかれました。マックブライドです。 「これはこれは、マックブライド捜査官。」 私は振り返り、少しばかり笑顔を見せました。 「小山弁護士、ご苦労様です。」 「今日はわざわざ。まさか捜査ではないですよね。」 「事件とは別です。」 「ありがとう。」 私たちは簡単な挨拶をして、握手を交わしました。 式がはじまりました。日本に比べて、式の進行も明るく、真治君のお父さんの新しい旅立ちには悪くありませんでした。葬式を通して、もう誰も頼る人はいないと悟った真治君はずいぶん立派に振舞いました。日本で言うと喪主ですよね。挨拶も淡々と述べていました。 式場の後ろの方に立っていた私は感心して彼の一部始終を見ていました。ゴシップも式場の所々で聞きましたが、何も問題は発生せず、式は無事に終わりました。 一日がかりの行事を済ませた真治君を乗せて言葉少なに車を運転して家に帰ります。私も疲れました。真治君は無言で書斎に引きこもりました。しばらくして彼の号泣が胸を打ちました。 |
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