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【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

6/10/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は最終回です。

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第20章 事件の後 (Point Thereafter)
  
月日は経って、私も弁護士としては10年選手になりました。最近では私も若い弁護士を使い、サンフランシスコのオフィスであいもかわらず仕事を続けています。自分のやっていることで変わったことといえば、私も家庭を持ちって妻と子供二人ができたのであまり無茶はしなくなったことと、大学で刑事訴訟法の教鞭を取るようになり、若い学生達にソクラテス方式の授業をするようになったことくらいです。
 時々、若い学生に向かって話すときに弁護士になるときの情熱を語ることがあります。思い出深い事件は言われれば、やはり真治君の事件が若い時分にやった事件の中でも印象に残って思い出されます。しかし、思い出は思い出ですから、思い出したとしてもまたすぐに日々の仕事や研究に忙殺されていきます。最近ではやはりサンフランシスコに密着した弁護というものが多く、国際的な事件は扱うもののサンフランシスコに滞在することが多いです。ときどき引っ越していった真理子さんや真治君のことを思い出します。マックブライド捜査官や関係者もどうしていることでしょう。事件は来ては行ってしまいますから、ひとつひとつの事件の当事者や関係者とずっと連絡を取るということは難しいことが多いのです。
 
ある冬のことでした。もうクリスマスも近い時期に、私はある顧問会社の訴訟を引き受け、その訴訟に関する説明を日本の本社でするために日本に帰らなければならなくなりました。いつも私の事務所で使っている航空会社とは違う航空会社のチケットを会社がくれたので、それを使うことにしました。
 機内に入り、ビジネスクラスの自分の座席を見つけ、上着をフライトアテンダントに預けようと思い、はっと顔をみました。
「真理子さんじゃないですか。」
「小山先生、ご立派になられて…。」
「アトランタに移られたのでしょ。どうしてサンフランシスコ便に?」
「結婚しまして、日本でしばらくゆっくりしていました。最近、子供が大きくなってきたのでまたフライト・アテンダントの仕事に復活したんです。」
「それはよかった。」
「ごゆっくり。」
「ありがとう。」
真治君はどうしているのかな、なんて懐かしい思い出が頭をよぎります。しばらくすると、真理子さんが私の座席に来てくれました。
「本当にひさしぶり。」
「本当ですね。」
「こんな偶然なんだから、東京についたらぜひ一緒にお食事でも。」
「いいですね。」
「どこがいいかしら。」
「ミレニアムホテルにおいしい和食の店があります。」
「それで決定ね。私のお友達も連れていっていいかしら。」
「もちろんです。」
「それじゃ、もうクリスマスも近いし、クリスマス・ディナーで決定ね。」
「20日にしましょうか。」
私は自分のスケジュール帳をみながら答えました。
「大丈夫でしょう。それじゃ、7時にロビーで。」
「積もる話もありますよね、淳平さん…。」
日本に着いた私は、忙しく事件をこなして時間が過ぎていきました。訴訟に関しての膨大な関係書類を確認したり、会議を重ねたり、20日はあっという間にやってきました。
私は食事を楽しみにして約束の時間より30分ほど早く着いてしまいました。東京では、寒いと思ったら雪が舞い降りていました。ホテルに入りゆっくり椅子に腰掛け、当時の事件を思い出していました。
しばらくすると、
「早かったのね」
と言いつつ、真理子さんがキャメルのコートに身を包みやってきました。気づくと肩に雪がついています。
「寒い、寒い。雪が降ってきたわ。」
「クリスマスにぴったりですね。」
「あ、そうそう私の友達というか、顧問弁護士を紹介するわ。」
「顧問弁護士ってなんだい。飛行機に乗るのに顧問弁護士が必要なのかい?」
私の肩越しに目線を移している真理子さんに気づき振り向いてみると、たくましい青年が立っていました。
「小山先生…。」
その青年は覚えのある声で言いました。真理子さんが私にささやきます。
「あれからずいぶん変わったでしょ、真治君よ。ほらあの福本真治君。今度カリフォルニアの弁護士の試験に受かってパブリック・ディフェンダーとして活躍する新進気鋭の弁護士さんよ。ご両親のお墓にその報告をしに日本に来てるのよ。」
私は、目頭が熱くなり、真治君を抱き寄せました。
「先生、僕は信念を持って早く先生を追い越せるようにがんばります…。勇気を持って…。そして夢を持って…。」
その日の夕ご飯は何を食べたのかあまり覚えていません。胸が詰まって仕方ありませんでした。
 
―完―  
 
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【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

6/3/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第19回目です。

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第19章 陪審喚問 (Indictment)
 
「早く、早く裁判所に行かなくては。」
真治君の確固とした声に、真理子さんは車のスピードを上げていきます。途中、何台ものサイレンをならした黒塗りのパトカーや黒と白に塗り分けられたパトカーとすれ違います。
「FBI…ですよね。小山先生になにもなければいいけど。」
真理子さんはため息をついています。
15分ほどで裁判所の表玄関に着きました。真治君はひとりで車を降りて、真理子さんは車を停めにいきます。真治君は怪我をしているにもかかわらず、駆け出しました。
「真治君、そんなに走っちゃだめよ。怪我してるのに!」
真理子さんの心配する声がうしろから聞こえましたが、真治君はかまわず走りつづけました。
「とにかく早く行かなくちゃいけないんだ。早く!」
真治君はもう慣れたもので、入り口近くにあるその日のカレンダーに目を通しています。
「あれ、ないなぁ。どこにあるんだろう。」
入り口の警備員が、血まみれの真治君を認め不信そうに近づいてきます。
「何を探しているんだね。」
「大陪審はどこで?」
「大陪審は4階で秘密裏に行われるのでカレンダーには載らないんだよ。」
「4階ですね。」
そこに真理子さんが駆け込んで来ました。
「真治君、大丈夫?」
「早く行かなくちゃ。」
真治君は咳き込んで血を吐きます。それを見て警備員がどうなったのかと思い駆け寄ってきました。
「とにかく大陪審に証拠を提出したいんです。」
警備員はエレベーターまでとんで行って、ドアを押さえてくれました。真理子さんも真治君を抱えるようにして4階まで行きます…。
 
カニングハムはシルクのシャツにダイアのカフスをはめ、高価なスーツをまとい、いつもより遅く家を出ました。子供を私立の学校に送り届けてきた妻が心配そうにカニングハムを送り出します。
「心配するな。何事でもない。家族には何も迷惑になることはない。」
妻に笑顔を見せて、カニングハムは自分の車に乗りこみます。今日向かう場所は事務所ではなく、連邦の地方裁判所です。緊張しているカニングハムはアクセルをふかして地裁に向かいます。車から、自分のアソシエートに電話を入れます。
「抜かりはないな。」
「今朝方チェックをしています。問題ありません。」
FBIの尾行を気にしてあまり細かいことまで突っ込まないカニングハムはそのまま受話器を置いて裁判所に向かいました、
「今日の朝さえ乗り切れば…。」
カニングハムはつぶやきました。車はサンフランシスコに向かっています。
 
裁判所に入り、カニングハムは証言台に威風堂々と座りました。
カニングハムは堂々と18人の陪審員の前に向き合うように座っています。
「証人、麻薬に関係したことがありますか。」
カニングハムは落ち着いて、
「まったくありません。心外です。私はもう20年も世のために弁護士をしているだけです。麻薬なんかに関係したことがあるわけがない。」
「FBIの捜査では、あなたが亡くなったロビンスと組んで麻薬の売買をしていたとあるが、どの程度ロビンスを知っていたのですか。」
大きな法廷に声が響く。
「いや、ロビンスが死んだことに対しては非常に落胆しています。しかし、クライアントと弁護士であるという以上の関係はまったくありません。」
カニングハムは落ち着き払った証言をしました。
「何人かの証人があなたの事務所と麻薬の関係で話をしたことがあると証言していますが、その辺はいかがでしょう。」
「私の事務所ではいろいろな事件を扱っていますから、いろいろな顧客がいますからね…。」
 
真治君が4階で降りると、廊下は静まり返っていました。もうすでに大陪審やほかの審理が始まっているのでしょう。廊下にはほとんど人影がありません。真治君はまた咳き込みました。ふらふらでなかなか歩きづらそうです。倒れそうになる真治君を支えながら、真理子さんも小さなのぞき窓からひとつひとつ法廷の中を見ていきます。
第401号法廷、第402号法廷とも、大陪審が行われているようではありませんでした。その先、第405号法廷の前の廊下のベンチに、何人ものスーツを着た男性が無言で座っているのが見えました。みんな心配そうな顔をしています。
第405号法廷の一枚目の大きな木の扉を開くと、中にガラスのついた扉があります。真治君がその大きな扉を開こうとしたとき、ベンチに腰掛けて明らかに心配そうな顔をしていたスーツの男がひとり、いきなり目をむいて立ちあがりました。
「なぜ…。」
その男が言いました。そしてすぐさま真治君がドアを開けるのを止めようと、真治君を羽交い締めにしました。
「何するんだよ!」
真治君は大きな声で叫びました。
「今は大陪審の召喚中だ。おまえなんかの来るところじゃない。」
そのスーツを着た男が押し殺したような声で言いました。彼はカルガモ一家の一人ですね。真理子さんが
「あなた、いい加減にしなさい。手を離しなさいよ!」
と言ってその男につかみかかります。するともう一人の男が、今度は真理子さんを羽交い締めにしようとします。真理子さんの大きな悲鳴は法廷の中にも聞こえたようです。中からシェリフがとんで出てきました。
「何が起こってるんだ。今は審理中だぞ。」
スーツを着たカルガモ一家の一味は、ぱっと真治君から手を離し、自分のスーツを身繕いながら
「何も起きていません。ただ、この子供が中に入ろうとしたのを止めただけです。彼は現在いかに重要な審理が行われているのか、理解していないらしい…。」
真理子さんが声を荒げます。
「何言ってるのよ。今、中で大陪審が開かれてるんでしょう。今、聞いたわ。この子を中に入れなさい。この子は証拠を持っているのよ!」
明らかにカルガモ一家の表情が変わりました。怯えたような表情をしています。
そうこうしているうちに中から声がして、誰かが出てきました。マックブライドです。マックブライドは血まみれの真治君を見て、目を丸めました。
「さっき、小山弁護士が監禁されているという電話が入ったけど、どうしたの。」
「僕も一緒に監禁されていたんです…。マックブライド捜査官、私は父のパームを持ってきました。」
「パームか。やっとお目にかかれるね。」
中の審理は一時中断したようです。ざわざわと人の声が聞こえます。
マラック検事が登場しました。マックブライド捜査官と簡単に話しています。
「これは、麻薬を運んだ被告人のシンジ・フクモトじゃないか。こんなところでどうしたんだ。」
マックブライド捜査官がマラックに報告します。
「彼がパームを持ってきたそうです。」
「え、パーム?それは証拠なのかい。」
「はい、今、証言しているカニングハムが麻薬組織につながっているという情報が入っているはずです。」
「とにかく基本的なカニングハムの喚問は、やはり終わらせなくてはいけないだろう。」
マラック検事はマックブライド捜査官を制して、法廷内に戻って行きました。第405号法廷の中ではカニングハムの召喚が続けられることになりました。
大陪審に使われる法廷は大きくありません。起訴をするかどうかを決める大陪審の陪審員が座り、それに起訴することを大陪審に提示している検察官、つまりマラック検事が端の方に座っています。大陪審席にちょうど向き合う形で証人席があり、マイクがちょうど口の位置にくるようにセットされています。そして、そのマイクの前に口をへの字に結んだカニングハムが座っています。そしてその口のところに両手を拝むような形に合わせています。高そうな濃紺のスーツにおとなしめのネクタイをしめて、カニングハムはいたって無表情を装っています。まだ、扉のそとで何が起こっているのか、知らない様子です。
マックブライドは真治君を法廷の外に連れだし、廊下にある木製の長いすに並んで座らせました。
中では大陪審が続けられています。
今日の大陪審は18人の男女で構成されています。細かく分けると8人の男性、それに10人の女性が座っています。白人が11人いますが黒人や、ヒスパニック系それにアジア人も混じっています。熱気で部屋が暑いくらいです。汗をぬぐっている人もいます。
検察が短い問いをカニングハムに投げるとカニングハムはそれに応答していきます。陪審員はその証言を元に起訴をするか決めていくのです。ちょうど、カニングハムの向かって左側の奥に座っているマラック検事がそしてその横にはミラノ検事局長が座っています。質問を続けているのはマラック検事です。陪審員たちは一人も遊ぶことがなく、じっとカニングハムを見つめています。マラックは自分の席に座り、中断したことをお詫びしています。
そのマラックの詫びを聞いてカニングハムは軽くうなずきました。
弁護士は人に質問することはたくさんしますが質問される側に立つことはあまり慣れていませんから、カニングハムも表情は崩していません。
マラック検事は質問を続けます。
「ちょっと聞かせてください。あなたが麻薬にかかわっていたという事実は今日の朝の喚問で否定されましたが、あなたの周りで麻薬をしていたという人をご存知ないですか。」
「知りません。」
「それではお聞きしますが、リック・ギャリソンというイタリア系男性の名前を聞いたことがありませんか。」
「存じません。」
「それはおかしい、まあいいでしょう。先週のことになりますが、そのイタリア系の男性のところに電話をしませんでしたか。」
「した覚えはありません。」
「いやしたはずです。良く思い出してください。たぶんこのテープの声を聞けば思い出すかもしれません。」
マラック検事はカセットレコーダを取り出し、テープをかけだしました。大陪審では陪審裁判のときと違い証拠の提出基準についてあまりうるさくないのです。そのカセットの声が法廷に響きます。
(ハロー、リック・ギャリソンはいるか…)
陪審員は、じっとカセットレコーダを見つめています。そのメッセージの内容はリック・ギャリソンの家から押収されたテープです。カニングハムの名前は出てこないもののカニングハムの声に酷似しています。マラックがテープを止めると、カニングハムに聞きます。
「あなた、この声に聞き覚えありませんか。どうおもわれます。」
「どうおもわれるとはどういう質問ですか。」
「あなたの声ですかという質問です。」
「似ているが、私ではない。」
「そうですか。しかし、あなたのオフィスからこの電話がかけられたことは間違いない。あなたがかけたのではないでしょうか。」
「かけたかどうかに付いては黙秘することにしましょう。しかし検事さん、これは覚えておいていただきたい。仮にこのようなテープがあり、リック・ギャリソンという人物に私が電話をかけたとしましょう。そうすると、それが一体なんだというんです。私が麻薬売買にかかわっていたという証拠にはなりませんよね。」
さすがカニングハムは手馴れた法廷弁護人です。検事に話しかける振りをして、自分が麻薬に関係ないという印象を陪審員に植え付けているのです。
喚問は続きます。
「FBIの捜査であなたがVgodというユーザー名でEメールをしていた事がわかっていますがどうでしょう。」
「知りません。」
「それではリック・ギャリソンという人がVgodというアドレスにメールを出していますが、心当たりありませんか。」
「知りません。」
まったくもって「知らない」を繰り返されてしまうと黙秘よりもたちが悪いんですよね。そうなってくるとあまりにも証拠が不充分で起訴さえできなくなる可能性もあるのです。マラック検事は少々焦りとカニングハムに対する憤りを隠していませんでした。少々いらいらしながら質問は続けられますが、ほとんどのきわどい質問は「知らない」と交わされてしまいます。そこいら辺はプロでツボをチャンと心得ているのです。
マラックの質問やカニングハムの答えを熱心にノートにとっている陪審員もいますが、肝心な質問になるとまずメモを取るということがありません。マラック検事は少し手詰まりだな、と感じていました。苦虫を噛み潰したような顔をしています。
少々考える時間が欲しいのか、気分転換をしたいのか、マラック検事は一旦ここで休廷にしたいということを陪審員に告げました。カニングハムも同意して、証人席から降りました。陪審員は専用の出口から休憩のためにうしろの控え室へ戻って行きました。口をき     く人は誰もいません。
休廷になったところで、マラック検事がシェリフに目くばせしてマックブライドと真治君を中に呼ぶように頼みました。シェリフがマックブライドを呼びに行きました。外で待っている間、真治君はマックブライドにパームを見せるように何度も言われていましたが、大陪審の前以外では見せないと何度も強調していました。マックブライドは、真理子さんが見ている前で無理やりそのパームを取り上げることもできず、ただ時間が過ぎるのを待っていたところだったのでシェリフが呼びに来たときにはぱっと顔が明るくなりました。
マックブライドは、積極的に怪我をしている真治君の肩を抱きかかえるようにして、法廷内に入ります。一枚目の大きな扉を開けて、二枚目のガラスがついた扉を開けようとしたときに、カニングハムが中から外に出てきました。カニングハムは真治君と目を合わせました。非常に驚いた顔をしています。ただ、取り乱すことはなく、すぐに冷静な顔に戻って外に出ていきます。カルガモ一家のメンバーはマックブライドや真治君とちょっと離れて座っていましたが、出てきた親分の顔を見るなり、かえるのように飛びあがり、カニングハムに近づいて、聞かれた内容について確認しています。前に書いたように、大陪審の法廷では自分の弁護士を法廷内に連れて行くことができないので、カルガモ一家はカニングハムを弁護するために中には入れないのです。
真治君を従えて法廷内に入ったマックブライドは、マラック検事とミラノ検事局長がいるところにつかつか歩み寄って行きました。マックブライドは二人の顔を見ながら、
「検事さん、これがあの死亡したフクモト氏の子供のシンジなのは、おわかりですよね。」
マラック検事は思い出したようにうなずきました。ミラノ検事局長もじっと真治君を見ています。
「フクモト氏がジャック・ロビンスと旅行していたのはご存知ですよね。」
「うん、それは知っている。」
マラックが言いました。
「FBIが血眼になって探していたパームを、今日、この子が持ってきました。」
「え、じゃぁ、何か重要な情報が入っているんだね?」
「ええ、多分…。」
そのとき、真治君が口を開きました。
「重要な情報…。麻薬組織について知らなければ書けないようなEメールのコピーがたくさん入っています。カニングハムのメールです。私はこの情報を、私の父の無罪を証明するために持ってきました。」
マラック検事は軽く口笛を吹きました。ミラノ検事局長が口を挟みます。
「証拠があるのはわかる。しかし、いきなり証拠として出すわけにはいかない。」
マックブライドも考えるポーズを取りました。
「いくらなんでもFBIが押収していないこのパームを、そのまま検察側の証拠として出すわけにはいかないよ。」
「え、どういうことですか。」
真治君が聞きました。検事局長は真治君に教えます。
「いや、このパームはFBIが押収したものでないということはわかるよな。とすれば、検事側としてはこれが証拠であるということに責任を持てないんだ。変な話、誰でもこの中身を書きかえることができたわけだろ。君が父親の無罪の証明のために、証拠を作ったとも考えられてしまうということさ。だからダメなんだ。」
マラックが言いました。
「検事局長、では、このシンジに証人喚問をしてはどうでしょうか。」
「え?」
マックブライドもキツネにつままれたような顔をしています。また、真治君も非常に驚いた顔をしています。
「捜査機関が押収した証拠でないのはわかりますが、とにかく大事な証拠だと考えられます。ですから、シンジを証言台にあげて、シンジがこのパームが父親のものであったと証言し、さらに中の情報に関しても一切いじっていないと証言すれば問題はないんじゃないでしょうか。」
ミラノ検事局長はしばらく黙って考えていましたが、
「よし、それでいこう。」
と言いました。マックブライドが真治君を気遣って言います。
「シンジ、君は証言することができるかね。」
真治君はちょっとの間考えていましたが、堂々と答えました。
「もちろんです。父の無実を明らかにするため、そして、この麻薬組織の壊滅に少しでも役に立つんだったら、僕はなんでもやるつもりです。」
「頼もしいね。」
マラック検事が言い、さらに続けます。
「シンジ、通訳はいらないかい。もし証言しづらいとすれば通訳がいるだろう。ただ、そうだとすると、今日は証言できないことになってしまうけどね。」
「あの、外に日本語も英語も両方話せる人がいるんですけど、彼女ではダメですか。」
「ダメだ。裁判所が認定した資格を持っている人じゃないとダメなんだ。」
「そうなんですか…。」
真治君はしばらく考えていましたが
「それなら、僕がひとりでやってみます。ひとりでやらせてください。とにかくやってみて、ダメだったら後で考えるということでも、やらせてください。証言させてください。」
しっかりした声で言いました。
「シンジ、君にそれができるのかね。」
ミラノ検事局長が真治君の目を見て尋ねました。真治くんはその目をまっすぐに見返し、そして断定的に力強く首を縦に振りました。
「できます、やらせてください。」
「わかった。」
そのとき、カニングハムが法廷内に戻ってきました。マラックはカニングハムを認めると、すぐに立ちあがりカニングハムのところへ行きます。マラックが二言、三言話すと、見る見るカニングハムの顔が紅潮し、マラックに罵声を浴びせている声が聞こえます。
「なに!あの子供に証言を許す?どういうことなんだ。」
「いや、カニングハムさん、ご理解いただきたいですね。大事な証拠が出てきているんです。この証拠は非常に重要だから、絶対に大陪審に出さなくてはいけない。そのためには彼の証言が必要なんだ。」
「そんなこと、許されるわけがない!」
体中の血が頭に上ったようになったカニングハムは威厳を繕いながらも叫んでいます。
「まぁ、カニングハムさん、あなた、好きなことを言うのは勝手だけれど、実際の陪審裁判でないからあなたは異議を申し立てることはできないんですよ。おわかりですね。」
紅潮しているカニングハムの顔についている目をじっと見ながら、マラックは子供を諭すように語り掛けました。カニングハムはその問いかけに答えることもせず、真治君を睨みつけました。真治君は目をそらすことなく、じっとカニングハムを見つめています。ため息をつきながら、マラックが言います。
「カニングハムさん、そういうことですから申し訳ないんですが、1時間か2時間ほど待ってもらうことになります。我々は基本的な事項を整理整頓したいから、とにかくシンジを証言台に呼ぶことにしました。その間、外で待っていていただけますね。」
マラックは自分の言いたいことだけ言うと、にこっと笑っています。カニングハムが言います。
「そんなこと、承諾できるか。そういうことなら、私はもう帰らせてもらう。」
「うーん、出廷拒否ということになりかねませんよ。カニングハムさん。ご存知ですよね、出廷拒否をすれば、最長で5年間の懲役になることもあるんですよ。」
カニングハムは承諾するしかなく、肩をいからせて法廷の外に出ていきます。そのとき、マックブライドの携帯電話が鳴りました。しばらくうなずいていたマックブライドは電話を切ると、真治君の肩をポンと叩きながら言いました。
「シンジ、よかったね。小山弁護士は助かったみたいだよ。FBIが踏み込んでなんとか救出したから、大丈夫みたいだよ。だから安心して、さぁ、がんばって証言するんだ。」
マラックがシェリフに目くばせをします。シェリフは控え室に陪審員を呼びに行きます。マラックは証言台に座るよう、真治君に指示しました。真治君はひとりでは歩けないほど脚がふらふらしていましたが、なんとか証言台につきます。ゼイゼイ肩で息をしています。外にいる真理子さんは、再び法廷内に入ることをシェリフに拒否されたので、二枚目のガラスのついた扉のところで真治君が証人席に座るのを見届けました。
陪審員が法廷に入ってきました。銘々、自分が朝から座っていた席に腰を下ろします。脚を組むものもいれば、真治君のことをじっと見つめている陪審員もいます。全員が着席したところでマラックが口を開きます。
「陪審員の皆さん、カニングハムの証言は、ここに座っているシンジ・フクモトの証言が終わるまで、一時中断することにしました。」
陪審員の中には証言を聞き飽きて、少々うんざりしている人もいます。
「皆さんの中にこのシンジ・フクモトとなんらかの利害関係のある方はいませんね。」
すべての陪審員がないと答えました。もし利害関係があってなんらかの形で大陪審の判断に影響した場合、公正な判断でないとされて判断が無効となります。すべての陪審員がないと答えたことに満足そうなマラックは、真治君に向き直りました。
「証言の準備はいいかな。」
と小さいな声で真治君にささやくと、真治君は
「O.K.」とつぶやきました。マラックは自分の席に戻ります。証言する真治君の横顔を見つめながら、マラックが質問をはじめます。
真治君の心にはお父さんや小山弁護士の顔が浮かんできます。
(勇気を持たなくっちゃ。)
「陪審員に名前を述べてください。」
「シンジ・フクモトです。」
「君の現住所は…?」
マラックはまず、基本的なバックグラウンドの情報から聞いていきます。陪審員が真治君が誰であるかを簡単に知ってから実質的な質問に入っていきます。
「シンジ、君のお父さんは、あのサンフランシスコ空港での爆発に巻き込まれて亡くなったんだね。」
「そうです。」
「その爆発の原因が、君のお父さんのかばんだったということは知っているね。」
「知っています。」
「そのかばんの中に麻薬が入っていたことは?」
「知っています。」
「それは間違いないかね。」
「私の聞いた範囲では、間違いありません。」
真治君も緊張の面持ちで、マラックの問いに言葉を選びながら答えていきます。
「シンジ、そして君は麻薬所持の容疑で裁判にかけられているね。」
「はい。」
「その麻薬というのは君の家で発見されたのかい。」
「はい。」
「そして君の弁護士が言うように、君は現在、無罪を主張しているんだね。」
「そうです。」
「なぜ、君は無罪を主張しているのか、その理由を簡単に教えてくれないか。」
「簡単なことです。私も父も一切麻薬には手を出していません。麻薬なんて、見たこともありません。」
「じゃぁ、なぜ君の家に麻薬があったんだろう?」
陪審員も真治君の証言を聞きながら、一体どういうことになるのかと興味深々です。真治君は断定的に言いました。
「誰かが仕組んだに違いありません。」
「その仕組んだ誰かを、君は知っているのか。」
「カニングハムに間違いありません。」
「カニングハムというのは、さっきまで証言していたビクター・カニングハムに間違いないかい。」
「間違いありません。ビクター・カニングハムです。」
「それでは聞くが、ビクター・カニングハムがそれを仕組んだと、そんなに断定的に言える理由はなんだね?」
「手帳型コンピュータ、パーム・パイロットに入っている情報に基づいているからです。」
「そのパーム・パイロットというのはどこから来たのか、説明してくれるかな。」
「このパーム・パイロットは、私の父が生前持っていたものに違いありません。」
「それが君の父の持っていたものだと断定できる理由は?」
「それは、このパーム・パイロットにはパスワードがかかっていて、それが父のいつも使っていたパスワード、つまり私の死んだ母の命日だからです。また、アドレスブックの中を見ても私の父の関係者が入っていますから間違いありません。」
「では聞くが、そのパームの情報からカニングハムが今回の爆発や麻薬組織と関係しているとどうやってわかったんだね。」
「はい、それは中に入っているEメールです。」
「Eメール…。Eメールというのはインターネットを通じてやりとりする、電子形式のメールのことだね。」
「そうです。」
「そのメールを読むと、なぜカニングハムが麻薬に係わっていたとわかるんだね?」
「一連のメールの中には、カニングハムが私の父と同時に死亡したジャック・ロビンスと一緒に麻薬の売買をしていたことが克明に記されていますし、また、父をも麻薬取引に引き込もうとやっきになっていたことも記されています。」
「なぜその情報の発信者がカニングハムであるとわかったんだね。」
「それは簡単です。カニングハムの実名もメールの中に出てきましたし。また私の父がカニングハムに対して挨拶やトレード・センターの建設に関して…私の父は建築家でしたから…いろいろ便宜を図ってもらったことに対してお礼を述べている文章があるからです。」
「それは間違いないんだね。」
「ええ、間違いありません。」
「カニングハムが麻薬に係わっていたということに、間違いはないんだね。」
「はい、間違いありません。」
陪審員の何人かからため息が出ました。
「では、このパーム・パイロットはどうやって入手したんだね?」
「私の父が車に忘れて行ったものを、私の弁護士が探し出してくれたんです。」
「小山弁護士だね。」
「はい、そうです。」
質問は続きます。真治君には相当な疲れが見えてきました。マラックはカニングハムが麻薬に係わっていた事実を確かめるのに入念な質問を繰り返していきました。2時間ほど質問攻めにあった真治君に、マラックがこう言いました。
「シンジ、最後にひとつ、頼みがある。」
「なんでしょう。」
「そのパーム・パイロットを証拠として提出して欲しい。してくれるよね、もちろん。」
真治君はマラック、それにマックブライドを見ながらゆっくり言いました。
「拒否します。」
陪審員たちは顔をしかめ、マラックはもっと顔をしかめました。
「拒否するというのは、どういうことだね?」
「提出するのは構いませんが、私と私の父の無実は明らかにしてもらいたいんです。司法取引です。」
パームを人質にとった司法取引で、真治君の挑戦は見事真治君に軍配が上がりました。
「君には負けたよ。でもそれはオフレコで話さなくちゃいけない。」
一時休廷を宣告したマラックは真治君の席に近づきます。マックブライドも同じようにします。
「検事さん、マックブライドさん、僕と僕の父は無実です。麻薬なんかにはまったく係わっていない。この内容を全部見てもらえば、わかることです。もちろん僕の起訴を取下げてくれますよね。」
真治君は目は笑っていませんが、パームを渡しながらにこっとしました。マックブライドがぽつりと言いました。
「君のガッツには負けたよ。」
それを聞いてほっとしたのか、真治君は法廷で崩れ落ちました。崩れ落ちた真治君を支えていたマックブライドが叫んで救急車を呼びました。真理子さんもかけよって真治君を介抱します。真治君は意識はしっかりしていましたが、また滑り落ちそうになってマックブライドや真理子さんに支えられています。
 救急隊員が到着しました。担架に真治君を乗せて、病院へ運んでいきます。30人を超える人々が集まっていた第405号法廷も、真治君を乗せた担架が出て行くと静まり返りました。マックブライドは救急車を見送りながら
「よくやったなぁ。」
とつぶやきながら、両手をポケットに突っ込んでいました。
 その後、今度はカニングハムの喚問が続けられました。夕方の5時までたっぷり陪審喚問が続き、質問も出尽くしたところでカニングハムの召喚も終わりました。カニングハムの顔にも相当疲労の色が見られます。しかし、5時で終わったからといって陪審員がすぐに開放されるわけではありませんでした。起訴にするかしないか一応の判断を示すときが来たのです。陪審員は控え室に戻り、なんと15分もしない間にまた法廷に戻ってきました。陪審員の判断は全員一致でカニングハムを起訴する、というものでした。起訴の内容が麻薬に関する罪だったため、カニングハムはその場で収監されることに決まりました。シェリフが来て、カニングハムの手に手錠をはめていきます。にぶい金属音がするとともに、カニングハムの手の自由はなくなりました。顔が青ざめています。しかし、それでも弁護士の鑑ですね。できるだけ平静を装っていました。判断を下した後陪審員は開放され、カニングハムもシェリフに連れられて法廷の裏の出入り口から出て行くところでした。マラックとミラノ検事局長は満足そうな顔をしています。起訴という判断を聞いたカルガモ一家が外から法廷内に流れ込んできましたが、一言も発することができません。
カニングハムは大陪審によって起訴され、連邦のRICO法、それに麻薬組織の実行犯としての罪を含め、11の罪で起訴されました。カニングハムは最後までしぶとく闘いましたが、11中8個の罪において、今度は小陪審が有罪の評決を下し、延べ禁固38年の計を受けました。パームに入っていた情報が有罪の引き金になったことはもちろんです。カニングハムは弁護士の資格も剥奪され、ベーツ&マコーミックにも大きな汚点となりました。その後の裁判において、これまでいろいろわからなかった事実が公になりました。カニングハムはカリフォルニア州におけるコロンビーニ一家のボスとして多大の利益を吸い上げていただけではなく、今回の爆発についても主に仲たがいをしたジャック・ロビンスおよび福本氏を死に至らしめる実行犯も担っていたと新聞やタブロイドに大きく報道されていました。
どのくらい意識を失っていたのでしょう。私は病院のベッドで気を取り直しました。横では真治君がぐっすり寝ています。
「無事で良かった…。」
FBIに助けられた私はヘリコプターで病院に運ばれたと後で知りました。
真治君の持っていった証拠のおかげでカニングハムが起訴されたということもお見舞いに足繁く通ってくれる真理子さんから聞きました。
私が出廷できなかったですが真治君は起訴取下げ処分となり、お父さんが死んだにもかかわらず立派に高校を卒業して、東海岸の大学に進学しました。その後はお互いに忙しくて連絡が途絶えてしまいました。真理子さんともその後お付き合いはしたものの、運命とは皮肉なもので、真理子さんが本拠地をアトランタに変えることになり、会うことが少なくなってしまい疎遠になってしまいました…。​


【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

5/29/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第18回目です。

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第18章 監禁 (Incarceration)
 
冷たいコンクリートが頬にあたる感触で、私は目を覚ましました。頭がズキズキしますし、目も痛い。それに暗いのであたりも見えません。一瞬もう目が見えなくなったのかと思いました。自分がどこにいるのかよくわからず、何時なのかもよくわかりません。しばらく目を開けていると暗闇に目が慣れてきました。目の焦点も暗闇なので合っているのかわかりません。手で目をこすろうと顔に手を持っていこうとしても手が自由にならないことに気がつきました。ナイロン製のひもで後ろ手に、そしてご丁寧に脚まで、きつく縛られているらしくまったくが動きません。少々うめき声を出しながら一生懸命に手足をよじってみますが、どんどん手足にひもが食い込むばかりで、まったく逃れることができません。
「先生、小山先生…。大丈夫ですか。」
  かろうじて声の主が真治君だとわかります。
「真治君かい? そこにいるんだね?」
「どうしてこんなことに。」
「よくわからん、捕まってしもうた。生きているんだね、真治君。」
「先生、一体…。」
私は真治君が生きていることを確認しただけでもほっとしました。
「学校の帰りに連れてこられました…。」
声を聞くと相当に弱っています。それでも、真治君が生きていることに感謝しました。
「真治君、僕たちがいる場所、どこだかわかるかい?」
「わかりません。でも、自宅からそんなに遠いところじゃないと思います。目隠しをされて車のトランクに入れられた時間がそんなに長くないから。」
完全に目が慣れてきました。ドアの下の隙間から入ってくる光を頼りにまわりを見まわします。たくさんの箱が所狭しと積み上げられています。ひとつの白い箱の側面を目を凝らして見てみると、誰だか人の名前が書いてあるような気がします。人の名前といってもよく見ると、何々VS何々と書かれていることから訴訟で使われたファイルが入っている箱なのでしょう。とすれば、ここはカニングハムが過去に扱った事件のファイルをしまっている倉庫かもしれません。しかし寒い。
「先生…。」
と言った瞬間、真治君は咳き込んでいます。液体の混じる音が聞こえます。
「だ、大丈夫かい。」
「僕は大丈夫です。」
「お腹減ってないかい?」
「カップラーメンでもあればお湯沸かして欲しいですよ。」
心持ちは元気なことがわかって安心です。話をしていると頭がまた痛み出します。昨日の深夜に捕まったことはわかっています。ただ、どのくらいの時間がたって現在一体何時なのか見当もつきません。腕時計も取られてしまっているようですし、 携帯電話も見当たりません。私は水曜日の朝の法廷が気にかかりました。とにかく私は起訴取下げの申立ての審理に出なくてはなりません。
 (くそ、こういうときにマックブライドが来てくれたらいいんだよな、税金払ってるんだから。)
「先生、僕たちどうなっちゃうんでしょう。」
真治君は投げ出すように言いました。
「怖いかい、真治君。」
「ううん、全然怖くはない。」
「それはいいことだ。」
「先生は怖い?」
「僕は怖いというより、君の起訴取下げの申立ての審理に出れなくなっちゃうことが不安だ。」
「まだ仕事のこと考えているんですか。」
「最悪だよね。」
「でも、そんな仕事に熱中できる先生に会えて本当に良かったです。色々教えてもらった。」
「ぼくも、真治君に会えてよかった。君はタフな男になってきた。その過程を見れてうれしいよ。」
遠くから複数の足音が聞こえてきます。
「真治君、黙るんだ。」
押し殺した声で私は言いました。ドアが開かれる音がします。開いたドアから光が漏れ、真治君も私と同じように体を縛られている様子がわかります。暗くてよく見えませんが、真治君の体が血まみれになっている感じがして不安に刈られます。入ってきたのは二人の男達です。
「二人ともぐったりです。」
入ってきた一人が言いました。その男の一言に反応するようにもう一人の男が
「パームに付いては二人ともまだ吐かないんだな。」
といいます。どこかで聞き覚えのある声です。薄目を開けてよく目をこらしてみると、カルガモ一家のひとりです。一番若手の弁護士で、この間法廷でも出くわしています。私の体は汗ばみました。
「このガキは痛めつけても一切知らないで通している。弁護士の方に聞いてみる方がいいかもな。体まで張ってクライアントを守る馬鹿はいないだろう。」
そういってカルガモ弁護士と話をしていた一人が一旦部屋を出ていって、すぐに戻ってきます。手にバケツを持っています。
真治君も私もじっと息を殺しています。
その男の顔が見えました。サン・パブロのカジノでリック・ギャリソンと一緒にいた男でしょう。その男はバケツに一杯入っていた水を私にかけます。
「起きろ、小山!」
その男は叫びました。私はあえて返事をしませんでした。私が返事をしないことを覚るとその男はバットのようなもので私の体のあちこちを殴ります。私はうめきました。
「パームはどこにあるんだ。言え!」
「知らない。」
 拷問は相当長い間続きました。私は決してパームについてしゃべりませんでした。パームの行方がわからない限りは、カニングハムの喚問が終わるまでは私を殺さないであろうと読んでいたからです。私は血で床を汚していました。
しばらく傍観していたカルガモ弁護士は、私を殴っている男に中止するように言い、二人はドアを再度閉め出て行きました。
真治君が小声で、先生大丈夫ですかと何度も聞いています。私はうめき声が出るばかりで、声になりません。また気を失います。
どのくらい時間が経ったのでしょう。私は長い時間意識がありませんでした。それでも貪欲に眠っていたようで、気力はまずまず回復しています。私は起きて動かせるだけ自分の体を動かしてみます。骨は折れていないようです。真治君もじっとしていますが、声をかけると返事をしてくれます。
 しばらくどうやって抜け出すかひそひそ真治君と打ち合わせをしているとまた複数の足音が聞こえてきます。部屋の外で話し合う声が聞こえます。
「あとグランドジュリーまで時間は?」
「2時間少々ではじまります。」
「無事にすむことを祈っている。」
真治君と私は一切黙っていましたがもう水曜日になってしまっていることがわかりました。起訴取下げの申立ての審理が気になってしかたがありません。会話が途切れると、また男達が部屋に入ってきます。今度は開かれたドアから煌煌と明かりが差し込みます。太陽が上がっているのですね。よく見ているとまたベーツ&マコーミックのカルガモ弁護士に間違いありません。カニングハムの手下です。
「それじゃ、見張りはよろしく。」
もうひとりの男…あのサンパブロ・カジノで出くわした男でしょう…を部屋に残しカルガモ弁護士は行ってしまいました。私は歯軋りしました。口に食い込む口輪をなんとか緩めようと努力しました。声がしたほうで明かりがつきました。まちがいなく書類の置いてある倉庫です。その明かりで立っている男がカジノであった青い目の男だとわかりました。
一旦、明かりをつけたまま、青い目の男は倉庫を出て行きました。
真治君のほうに体を向けてみると、全身あざだらけでひざやひじが血まみれになっている真治君が目に入りました。
「大丈夫かい…。」
真治君はしっかりした目で私を見ました。
「大丈夫です。先生までこんなことになってしまって…。パームはどこだと訳のわからないことを言われて、何度も殴られました。」
「ごめんね…。」
「なんなんですか、パームって。」
私は一切のことを小声で話しました。真治君に危害が加わると思い黙っていたことも。突然、真治君は私の方に芋虫のように体を引きずって移動してきました。
「先生、なんとかこの縄解けないですかね。」
まず私は口輪を歯で引き千切って外しました。そして私は真治君が後ろ手に縛られている縄を口で一生懸命外しました。緩まったところで、真治君は手の縄を外すことができました。自分の手が自由になった真治君は自分の足や私の縄を解いてくれました。私はすかさず明かりのついた入り口に近づきます。真治君も私についてきます。
しばらく、無言の時が過ぎました。
 
「真治君、よく聞いてくれ。君のお父さんが持っていたパームは、今、真理子さんに預けてある。君に言わなかったのは君に迷惑がかかると思ったからだ。」
「真理子さんですね。」
「彼女になんとか連絡をつけて、そのパームをもらわなくちゃいけない。」
「わかりました。先生、なんとかやってみます。」
「とにかくがんばるんだよ。君の無実を晴らすため、それにお父さんの無実を晴らすためにはあのパームがいる。そして、覚えているかなぁ。君の事件で行ったあの裁判所で、今、カニングハムが喚問されている…。」
「カニングハム…って、あの弁護士のカニングハムさんですか。」
「そうだ、真治君。あのカニングハムがお父さんを落とし入れたんだ。あのパームの中にカニングハムが麻薬組織と繋がっているEメールがたくさん入っている。 だから、あのパームに入っている情報を、絶対に大陪審の前に持っていってもらいたい。」
「先生、大陪審っていうのはなんなんですか。」
「今説明しているひまはない。とにかく行くんだ、真治君。行ってみんなに説明するんだ。マックブライドもいるはずだ…。まず、真理子さんに連絡をつけて、早く裁判所に行くんだ。大陪審は9時からだから、もう時間がないはずだ。カニングハムは君が証言するのを防ぐために、証拠を隠滅するために、こうやって君と僕を監禁してるんだ。いいか、カニングハムは麻薬組織の大ボスだということがわかってるんだ。だから、なんとしてでも君は裁判所に行かなくちゃいけない。」
「先生、やってみます。」
そこで、私はちゃっかり暗記している真理子さんの電話番号を真治君に教えました。
「記憶しておくと、役に立つものですねぇ。」
こういう場面なのに、真治君はそんなことを言っています。
「それから、決して真理子さんや他の人にはここに来るなといっておくんだよ。」
 またこつこつと足音が聞こえますが、今度は一人だと言うことがわかります。ドアが開き、カジノで私をつけてきた青い目の男が入ってきます。私はとにかく襲いかかりました。真治君はその青い目の男の入ってきたドアから外に飛び出していきました。
私は、その男と取っ組み合いになりました。がむしゃらで全身を噛んだり殴ったり、 その男も突然の奇襲に対応するのがやっとでした。しばらくして、他の賊の一味が入ってきました。私が仲間と取っ組み合いになっているのを認めると、私を寄ってたかって殴り、挙句の果ては、利き腕である左腕の肩を銃弾で撃たれました。血まみれになった私は出廷しなければいけない今朝おこなわれる起訴取下げの申立ての審理のことを考えていました。裁判官が怒るだろうな、とか、私抜きで決定されたら嫌だななどと考えていました。咳き込むと暖かい液体が喉を通ります。味から血液だとわかります。また真治君のことが気にかかります。考え事をしているうちに、またわき腹を蹴られ意識が遠のいていきます。
「真治君…がんばるんだ…お父さんの無実をはらせ…君の無実をはらす…。」私は気が遠くなっていきましたが、真治君ががんばればすべてうまくいくんだ、そう思いながら記憶が遠くなっていきました。自分の体が冷たくなっていくのがわかります。
「真治君、がんばれ…、お父さんのためにも…。」
 
「はぁ、はぁ、はぁ…。どうなっちゃうんだろう。」
真治君に不安と恐怖がこみあげてきます。それでも真治君はビルの出口を探して走り続けます。倉庫を出た真治君は、明かりを頼りに出口を求めてさまよいます。まったく窓がついていないことから地下室であるとわかります。廊下を少し行くと、非常口の緑のサインが掲示されているのが見えます。真治君はそのサインにしたがって駆け足で出口を見つけて追っていきます。地下からの階段を登ったところに、うすく日が差し込んでいます。さび止めが塗られた二枚扉のあるところに着きました。真治君はその二枚扉を両手で押し開けて、外に出ます。非常ベルは鳴り響きませんでした。
外に出ると、もう陽がのぼっています。ただ、日陰に生えた草がまだ濡れていることから、朝だとわかります。真治君は自分がどこにいるのかもわからず、少々立ちすくんでしまいました。
「怖い。どうしたらいいんだ。」
真治君は自分の手足が血まみれになっていることに気がつきました。縛られた部分や床にこすりつけられた部分がかすり傷になって血がにじみ出ています。また、手やふくらはぎ、ももなど、何度も殴られたところが腫れています。きっと顔も腫れているんだろうな、と真治君は思います。まだうっ血が終わっていないようで、色は黒くなっておらず、赤く腫れている状態です。
真治君はとりあえず小走りに駐車場を出て、道に出ました。倉庫を振りかえると、大きくDate Storage Services(データ倉庫サービス)と書かれています。左を見ると海が広がっています。近くに港があることが、通り行く船の音でわかります。真治君は海岸近くに向けて走りました。
「とにかく、電話、電話。電話があれば。」
真治君は倉庫群の一角を海に向けて走ります。海に近づくと、水際にレストランが建っているのが見えました。朝なので店はやっていませんが、そのレストランの名前から、自分がサンフランシスコにいることはわかりました。朝早いのか、観光客など人はあまりいません。レストランまでたどり着くと、フィッシャーマンズ・ワーフの外れの外れの方にあるピア・3 (Pier 3:第3埠頭)であることがわかりました。そのレストランのまわりを一周すると、裏手に公衆電話を見つけました。真治君は受話器を上げ一生懸命コレクト・コールを呼び出します。
交換手に、さっき覚えたばかりの真理子さんの電話番号を無我夢中で告げます。電話が繋がったようで呼出音が真治君の耳に入りますが、頭を何度も殴られているため呼出し音でも頭に響きます。3回ほど呼出し音がなったところで真理子さんの声が聞こえました。
「はい。」
「あの、真治です…。」
「どうしたの、朝っぱらから!?」
「た、助けてください。今、多分フィッシャーマンズ・ワーフの外れ…ピア・3にいるんです。真理子さん、パーム、持ってきてください。」
「え?」
「今すぐ、パームが必要なんです。」
「…わかったわ。でも、どこにいるのか、はっきりした場所を教えて。」
「えっと、レストランの名前はSFベイ・レストランです。」
「あ、わかった。あの港の横にぽつんと建ってるレストランね。なんでそんなところにいるの?」
「話はあとで全部します。とにかくそこにいますから、パームをお願いします。」
「すぐ行くわ、動かないで待っていてね。」
 電話を切ると真治君はちょっとほっとしましたが、すぐにもう一回コレクト・コールにかけます。今度は私の事務所の電話番号を告げます。また電話の呼出し音が鳴り頭に響きます。
「はい、三谷法律事務所です。」
千穂さんです。
「あの、私、福本真治と申します。」
「真治君?」
千穂さんはすっとんきょうな声を出しました。
「どうしたの?小山先生は?」
「小山先生は、今捕まっています。」
「え、どこにいったか心配しているのよ。」
わけのわからない千穂さんは叫んでいました。
「二人とも捕まって監禁されていたんです。先生が僕だけ先に逃がしてくれたんです。先生はまだ捕まっているんです。何かあるかもしれません。警察に連絡してください、 ピア・3の近くのData Storage Serviceという建物の地下に先生はいます。僕は今から裁判所に行きます。」
真治君はとりあえず伝えたいことを並べてみました。千穂さんはまだ事情がよくわかっていないようですが、私の身の危険だけは理解してくれたようでした。
「すぐにマックブライドさんに電話するわ。」
受話器を置いた真治君は、その場で崩れ落ちました。もう気力がだいぶ失せてきました。少し気が遠くなります。真治君は目を軽く閉じ、たくさんの鳥がレストランの昨夜の残飯を食べに来ているごみ箱の陰にひざを抱えて座っていました。目をつむると、ぼんやりお父さんの顔が浮かんできます。
「お父さん、お父さん。僕はもう死ぬのかな。でも、お父さんの無実を明らかにしなくちゃいけないと思ってる。お父さん、お父さんが死んでからいろんなことがあった。小山先生をはじめにいろんな人に助けてもらった。いろんな人に勇気付けられてここまで来られた。お父さん…、これからお父さんの無実を明らかにするためにできるかぎりのことはやってみます。その勇気を僕にください。その勇気を…。」
真治君は自分の名前を呼ぶ声ではっと目を覚ましました。その声が近づいてきます。真治君は顔をあげました。真理子さんが来てくれたのです。
「真治君、大丈夫?けがしてるじゃない。」
「ええ、なんとか生きてます。」
「はい、これがパーム。」
真理子さんは自分のハンドバッグの中からパームを取り出して、真治君に渡してくれました。真治君は大事そうにそれを受け取りました。
「ああ、このパームはお父さんのだったんですね。」
真理子さんが優しい声で話しかけます。
「そうよ。それはあなたのお父さんのよ。」
真治君はぎこちない手つきでパームの中身を調べていました。そして、Eメールがいくつも入っているのを確認し、ひとつひとつ入念に読んでいきます。Eメールを読んでいく真治君の目に、大玉の涙があふれてきました。真治君は唇をかみしめています。どんなことが起こっていたのか、やっとわかったのです。真理子さんがぽつっと言います。
「小山弁護士は、あなたにこういうことをあまり知らせたくなかったのよね。」
真治君は黙っていました。しばし沈黙があった後、
「早くここから離れないといけない。」
真治君は思い出したように言いました。
「淳平さんは?」
「まだ倉庫にいます。もう千穂さんに頼んでFBIに急行してもらっています。すぐそこですけど。」
「それじゃ、行かなくちゃ。」
「先生が来るなって…言ってた。」
真理子さんは非常に心配そうな顔をしています。そうこうしているうちに、たくさんのパトカーがサイレンを鳴らし倉庫のほうに向かう音が聞こえてきます。真理子さんがパトカーを目で追っています。
「心配ですか。」
「もちろんよ。」
「でもプロに任せておいたほうがいいですよ、真理子さん。」
「でも、心配。」
「真理子さん、小山先生のこと…、それより真理子さん、ちょっと車で連れていってもらいたいところがあるんですけど。」
「え?どこなの?」
「裁判所です。連邦裁判所。ここからだったらすぐ行けるでしょ。」
「え、住所は?」
「シティーホールの近くです。」
「それならすぐよ。」
「今、何時ですか。もう裁判が始まっているかもしれない。」
「え、なに?」
「カニングハムの陪審喚問があるんだそうです。とにかく、このパームを持ってそこに行かなくちゃいけないんです。」
「あなた、そんな体で大丈夫?病院に行ってから…。」
「今、僕にできることは、早く裁判所に行くことだけなんです。真理子さん、早く連れて行ってください。」
真治君はそれ以上何も言わず、ちょっと離れたところに停めてあった真理子さんの赤い車の助手席に乗りこみました。真理子さんは車を走らせ、裁判所に向かいます。

【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

5/21/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第17回目です。

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第17章 証拠 (Evidence)
 
週末は真理子さんとも会えたし、今日も彼女と会えるということもあり、仕事以外の部分では非常に充実しているように目が覚めたとき感じました。しかし、そのフィーリングも現実の仕事のことを思い出すと、またまた心に雲がたちこめてきます。今週は真治君の起訴取下げの申立ての審理もあるし、忙しくなりそうで憂鬱です。私はのっそり起き上がります。
真治君はすでに朝ご飯を食べていたようで、私がキッチンにたどり着くまでにもう学校に行く支度をしていました。
「おはよう、真治君。」
「先生、おはようございます。眠れましたか?」
「まあまあだな。」
「それじゃ僕、学校に行ってきます。」
「がんばれよ。」
真治君は学校に向かいます。私は冷蔵庫までふらふら歩いていって牛乳をコップに注ぎます。ちょっと薄い膜がはいっているのでパッケージを見てみると賞味期限を2日ほど過ぎています。考えた挙句に飲んでしまいましたが、まだ大丈夫ですね。時計を確認するともう8時半。いやはや、事務所に行かなくては。
今日は法廷もないしお客さんにも会わないな、と思いちょっとカジュアルな風体で家を出ました。車に乗ろうと思いガレージを開けるとびっくりしました。車が見事に荒らされています。エンジンルームまでボンネットが開いて剥き出しになっています。どうしたものかと考えているうちに携帯電話がなりました。
「先生、大変です。」
千穂さんでした。
「こっちも大変なんだよ。あーあ、車のシートまでびりびりにされているよ。」
「事務所も荒らされています。早く来てください。」
「本当かい、機密書類を取られたんじゃ一大事だ。すぐに行くよ。」
電話を切った私は、エンジンルームの点火系の周りに不信なものがないか、ブレーキ関係が大丈夫か確認して事務所に向かいました。尾行者がついてきます。
事務所では三谷先生と千穂さんが大掃除をしているみたいでした。
「こりゃひどいね。」
「のんきに構えてないで手伝ってください。」
「そうだね。」
私は自分の部屋に直行しました。やはりコンピュータがなくなっています。頭を掻きながらコンピュータがなくなっていることを告げると、やはり三谷先生のコンピュータも千穂さんのコンピュータも持ち去られています。やはり敵はデータに興味があるのですね。
仕事もできなくなってしまって気分悪いですね。いつもがさつな机の上が更に汚されています。私は、無残な光景を見まわしながら、マックブライドに電話をします。
「小山弁護士、どうしました。」
「私の事務所にまで賊がはいった。事務所のすべてのコンピュータが持ち去られています。」
「えっ」
マックブライドは非常に驚いた様子でした。
「すぐに行きます。」
電話を置いた私はなるたけものに触らないようにしながら部屋を検分します。コンピュータ以外には何も取られている様子はありません。何本も電話が鳴ります。千穂さんは電話の応対で大変そうです。私の顧問先のクライアントも来て、目を丸くしながら、
「あらあら、事務所の大掃除ですか。」
などと言っています。
千穂さんが憮然として、
「淳平先生のせいなんです。」
などと、心外なことをつぶやきます。これでは業務ができないので、明日以降スケジュールを組みなおして、出直してもらうことにします。しばらくするとマックブライドが三人の捜査員を引き連れて私の事務所にやってきました。
きょろきょろ見まわしながらマックブライドは
「こりゃひどいですね。書類を整理するのも一苦労ですね。」
私は笑わずに、
「他人事だと思って…。」
というと、マックブライドもばつが悪そうな顔をしています。
「とにかく、早く見てください。」
千穂さんがせかします。
「わかりました。なくなったものはコンピュータですね。」
事務的にマックブライドが言います。
「そうみたいです、他は今思いつきません。」
千穂さんがきょろきょろしながら答えます。
FBIはあやしい指紋は検出できず、またその他の証拠も発見できない様子でした。マックブライドはつぶやきます。
「これもプロの仕業だな…。小山弁護士、いい加減に持っているお宝を出してくださいよ。」
「真治君の起訴を取下げてくださいよ。」
私は返しました。
FBIが帰り、片づけが一段落するともう昼の1時を過ぎていました。
「小山先生、三谷先生が昼食はどうかって聞いていますけど。」
と千穂さんが言います。私は腕時計を見るともう1時半近くになっているので、
「えっと用事があるから、お二人でどうぞ。」
「先生、どこか行かれるのですか。」
「ちょっと野暮用でね。」
「ふ~ん。用事ねぇ。法廷とか来客はないですよねぇ~。大体掃除しなくちゃいけないのは先生のせいなのに…まったく。」
私を観察するような目つきをしながら千穂さんはランチに出かけました。私は平静を装いつつ部屋の片づけを終わらせました。2時を回ったところで事務所をでます。駐車場で車に乗り込み空港に向かいます。真理子さんに会えるのが嬉しくなって気づいていると口笛を吹いています。空港には30分ほどで着きました。活気を取り戻している空港は人も多く、人ごみをすりぬけながら真理子さんが到着するゲートにいそぎます。20分ほどはやくゲートについてしまいました。しばらくすると一般の客がゲートから出てきて、それから15分ほどすると真理子さんが出てきました。
「淳平さん、お迎えありがとう。」
「いえいえ、待ってました。お帰りなさい。」
他の乗組員に別れを告げて、真理子さんと私は駐車場に向けて長いコンコースを歩いて行きます。制服を着ている真理子さんは颯爽としていてかっこいいですね。
「真治君は元気? 今学校かしら。」
「そうですね。」
「早く事件が解決するといいわね。」
「本当にそうなんです、今日も私の事務所に泥棒が入りましてね、コンピュータを盗まれちゃったんです。」
「え、それは大変。大丈夫?」
「あんまり大丈夫じゃないけどなんとかしなくっちゃ。」
「真治君の事件に関係あるの?」
「あるような気がします。」
「気をつけてね。」
私はあることを思いつきました。
「真理子さん、どこに駐車しました?」
「このビルの駐車場に停めたけど、何か?」
「ちょっと頼みがあるんだけど。」
「え、何々?」
「ちょっとドライブに連れていってくれないですか。」
「淳平先生と白昼堂々とドライブなんてうれしいわ。」
「あ、僕もうれしいですけど…ちょっと連れていって欲しいところがあるんです。訳ありなもので。」
真剣になった真理子さんは承諾してくれました。
「いいわ、何かお役に立てれば…。」
「あるものを2、3日預かってもらいたいんだ。」
「訳ありなのね。」
「そうなんだ、真治君を無実にするカギなんだ。」
「真治君を助けるためなら協力するわよ。」
私の車のシートがぼろぼろに破かれているのをみてちょっと真理子さんはうろたえていたようでした。謝って我慢してもらいます。真理子さんとともに空港を出ます。
「どこに行くの。」
「うん、コンピュータ屋さん。」
しばらくして、コンピュUSAに到着しました。辺りをうかがいつつも真理子さんと私は店に入ります。修理係のいるデスクに行きパーム・パイロットを受け取りに行きます。しばらく待たされると前回手にしたのと同じのパーム・パイロットを持って係員が戻ってきました。
「これですね。」
係員が事務的に私にパームを見せました。
「そうです。」
「えっと、修理で100ドルいただきます。」
「え、電池の交換だけでそんなにするんですか。」 
当たり前だよという係員が私に請求書を投げるようによこしました。私はしぶしぶ100ドルを払いました。
真理子さんが物珍しげに、
「へー、こんな小さな電子手帳持っているんだ。」
「僕のじゃないんです。」
「え、誰の? 三谷先生の?」
「違うんです、ほら真理子さんが前に教えてくれたじゃない。」
「え、もしかして、これ、福本さんの電子手帳?」
「正解。」
「大丈夫なの、こんなもの持っていて。」
「いや、大丈夫じゃないんです。麻薬の組織がこのパームを探しに今必死になっている。」
「私も巻き込まれちゃったわけか…。」
ちょっと考えるように真理子さんは肩をすくめました。
「ごめん、そういうつもりじゃないんだけど…。」
「いいわ、淳平のためだったらなんでも協力しちゃう。言ったでしょ、この間。」
ジュ、淳平。呼び捨てですよ。なんとなく真理子さんと私、距離が近くなったと思いません? 
「そしたら、これ、2、3日お願いします。」
「いいけど、大丈夫なの。」
「長くても2、3日だから。」
「それならいいけど…。」
色っぽい声でつぶやいてくれました。あまり一緒にいるところを見られたくないので真理子さんを自宅に送り届け、私はダウンタウンの事務所からそう離れていないコーヒーショップに車を停めてから行きました。お別れのキスが素敵でした。ちょっとぼんやりしちゃいます。たまには昼間からコーヒーを飲みながら考えにふけるのもいいものです。ちょっとくつろいでいましたが、携帯電話の音で現実に引き戻されてしまいました。
「はい。」
「あ、千穂です。どこほっつき歩いているんですか。」
「とげのある言いかたじゃないかい。今、コーヒーを楽しんでいるところです。」
「まったく、カニングハムが大陪審出廷の命令を受けているそうです。人に掃除させといて…早く帰ってきてください。」
やっとFBIか検事局の方からカニングハムのことで私にアプローチしてきたようです。鼓動が早くなり、携帯電話を持つ手がぬれてきました。
「なんの容疑っていってた?」
「一連の麻薬騒動の重要参考人ですって。」
私は口笛を軽く吹きました。千穂さんが続けます。
「今事務所にマックブライド捜査官が来ています。」
「今すぐ帰るね。」
残ったコーヒーにお詫びをしながら事務所に戻りました。
千穂さんは複雑な表情をしていました。マックブライド捜査官が横に立っています。
「先生、まったくどこにいっていたんですか。」
「たまにはゆっくりコーヒーでもね。」
マックブライドは傍観していました。私はマックブライドの顔を見て握手を求めました。マックブライドもそれに倣います。
私はもうおなじみになってしまったマックブライドの顔を見つめました。
「一日に二度もお目にかかれるなんて光栄です。」
「連邦検察局はカニングハムに召喚状を渡しました。」
私に語り掛けるようにマックブライドはつぶやきました。
「麻薬関係だそうじゃないですか。」
「首謀者は彼ではないかとの内定を進めていました。」
私は、精一杯驚いた振りをして見せます。続けて
「なんで言ってくれなかったのですか」とマックブライドを軽く非難してみたりします。
「そう言われていても、内定段階でしたから。先日、ほぼ証拠が固まりました。」
「真治君はどうなるんですか。」
「検察局は少なくとも首謀者ではないという認識をしていますが、かといって今の状態で起訴を取下げることはしない方向のようです。少なくとも大陪審の捜査が終わるまではね。」
「まだ真治君がかかわっていると言っているんですか!?」
「麻薬を持っていたことは事実です。」
「持っていたんじゃない。たまたま麻薬があっただけじゃないか。そんなこと知っているんだろ、FBIだって。まあ、こっちも勝つための準備は完璧ですから。」
「カニングハムが命令をくだしているから、あなたの家や車まで荒らされているんですよ。」
「だから何だっていうんだ。俺が真治君を無罪にする努力を全部無駄にしているじゃないかFBIは。いいとこ取りばっかりして。」
「FBIの利益は麻薬のルートを解明することです。フクモトシンジを無罪にすることではありません。」
「そうですか、私の利益は真治君を無罪にすることだけです。それが私の仕事です。水曜日の起訴取下げの申立ての審理を見てくれればわかります。FBIが完璧ではないっていうことがね。」
「真治君の事件やカニングハムの大陪審喚問で忙しくなりそうですよ、FBIも。」
「起訴取下げの申立ては絶対に勝ちます。」
「弁護士さんの幸運を祈っています。もちろん何らかの証拠を出してくれれば今すぐに真治君の起訴取下げを考えてもいいが…。」
私はわきの下に流れる汗を感じました。パームを出してFBIの口車に乗るのも一興です…。ただ、相手方は得はするものの、真治君が必ず無罪になるとは限らないのです。司法取引に頼ってしまうと検事の胸一寸で物事が決まってしまう恐れがあります。来週の起訴取下げの申立てに勝負をかけることにしました。マックブライドは肩をすくめて事務所を出て行きました。
「真治君は大丈夫なのでしょうか…。」
千穂さんが弱々しい声でつぶやきます。
「大丈夫さ。彼には勇気があるから。僕もその勇気をもらっているから。」
 私は断定的に言い放ちました。私は自分の部屋に閉じこもり来週の起訴取下げの申立ての審理のことを考えていました。あのパームに入っている情報が麻薬組織を解明する大事な手がかりであることは間違いなく、あのパームさえあればカニングハムやロビンスの悪事を公けにすることができます。公にするためには起訴取下げの申立てが一番効果的です。裁判所の記録にもばっちり載りますから。もう一度、判例や事実を元に真理子さんに託したパームのことを考えながら全身全霊をこめて申立書をコンピュータがないのでワープロで打っていきます。明後日の朝はカニングハムにとっても私にとっても勝負の日なのです。
昼間コンピュータがなかったせいで遅れた仕事に追いつくために古びたワープロを使って書面を色々書いていると、もう10時を過ぎてしまいました。相当目が疲れているようなので、仕事を打ちきり家に帰りました。おんぼろのボルボのシートを更に切り刻まれるのでおしりが気持ち悪いです。カニングハムに修理してもらいたい気持ちです。家に帰る途中には尾行はついていませんでした。マックブライドが必要ないということを判断したのでしょうか。
もう、日はとっぷりと暮れていました。家に帰るとまったく人の気配がしませんでした。真治君の名前を呼びますがまったくどこにもいない。家のすべての電気をつけて真治君を探します。どこにもいません。
「真治君…。」
むなしく声が響きます。家の電話がなりました。真治君が電話をかけてきているのでしょう。ところが電話は押し殺した声。
「シンジ・フクモトは預かった。シンジはパームのことをまったく知らないといっている。パームを渡せ。今から5分後にそちらにお邪魔する紳士にパームを渡して欲しい。」
そう言って電話はきれました。渡せと言ったって私は持っていませんし、渡す気は毛頭ありません。どうしたらよいのかちょっとまごまごしました。動きが取れない状態で思考いると、賊は家の中に隠れいてたと見えて、音もなく居間に進入してきました。
「パームを渡して欲しい。」
「申し訳ないが、持っていない。どういう情報が欲しいんだ。」
「パームを渡せ。」
手に持っていた38口径とわかるカートリッジ式の銃が私に向けられています。
「持っていないんだ。本当だ。」
私に近づいてきた賊は銃を振り上げ、私の頭に振り下ろしました。反射的にその攻撃をかわした私はソファに体を投げました。振り下ろしが失敗して私に立ち向かってくる賊に床に置いてあった小さなダンベルを投げつけます。
「ズドン」
と賊が撃った拳銃はよろめいたために天井に穴をあけました。無我夢中で拳銃を奪い、殴りつけます。ぐったりしたところで賊の手足をベルトやビニールテープそれにガムテープでぐるぐる巻きにします。覆面を取ると見たこともない白人がでてきました。私はその賊をアパートの玄関前まで引きずっていきマックブライドに電話をします。マックブライドは眠そうな声で電話に出ましたが、
「賊に襲われた。いま、反撃して動きを奪っている。早く捕まえてくれ。」
というコメントを聞いてばっちり目が冴えたようです。
しばらくどうしようかと途方にくれていましたが、またもやFBIの面々が私の前に現れました。
「もう、私とは離れて生きていけないですな、小山弁護士。」
茶化してマックブライドは言います。
「私は男に興味が無くてね。」
私も返しますが、憂鬱です。FBIに事情を説明します。マックブライドは慎重に話を聞いていますが、真治君の略取はカニングハムの仕業ではないかと私もマックブライドもほぼ確信しています。私が縛り上げた男をFBIの捜査官がパトカーの後部座席に押し込みます。マックブライドはFBIも真治君の行方を全力で捜査する旨私に言い残して去って行きました。
暗い部屋で一人になった私は、弁護士の立場でというよりは、汚い方法で証拠を奪取して自分の悪事を隠蔽しようと躍起になっているカニングハムに人間として許せない感情を抱きました。
私は車に乗りこみ、夜の街をおもいっきり飛ばしました。向かうはカニングハムの事務所です。エンバカデロビルの近くに車を停め、ビルに入っていきます。入り口に守衛がいるのを見て舌打ちをします。しばらく様子を見ていると、掃除夫の一団が出入りをはじめました。守衛が用事をするために立ったところで、隙を見つけてビルに入りました。エレベータは35階まで上ります。下りるとまず、かわいい笑顔を見せてくれたレセプションの机の上に張られた事務所の見取り図からカニングハムの部屋を割り出します。まだ、人の気配がありますから用心しなくてはなりません。掃除夫がカニングハムの部屋の掃除をしに来たのは30分ほどたってからでした。それに合わせてカニングハムの部屋に侵入します。部屋を物色しますが、まったくと言って良いほど証拠は見つかりません。秘書の机の中を探しますが、なにも不信な連絡先などは見当たりません。もう一度、すばらしい調度の家具を探してみます。ヘロインらしき粉末が出てきたときには失笑しました。コンピュータを立ち上げてみますが、パスワードで管理されているらしくアクセスができません。暗い部屋でコンピュータとにらめっこしていると、いきなり部屋の明かりがつきました。コンピュータを使っているとあまり良い状況に巻き込まれないな、などと思いつつ振り向きました。
そこには優雅なスーツに身をまとったカニングハムが拳銃の銃口をこちらに向けて、4、5人の男達と立っています。中には真治君の家に最初に行ったときに会ったトニーというFBIの捜査官も立っています。FBIに内通者がいたのですね。私の前に堂々と姿をあらわしているということは、私を殺すつもりでしょうか。
「小山弁護士。オフィスに侵入するとはいい度胸だな。」
「真治君を返してもらおう。」
「それは構わないが、少なくとも明後日の大陪審に私が出席して証言してからだ。」
「ふざけていないで、真治君を自由にしろ。」
「その前に、パームがどこにあるのか教えてくれないか、小山弁護士?」
「知らないね、なんのことだい。これに関係していることかな。」
私は手元にあったさっき発見した白い粉末のパッケージをカニングハムに投げました。
「そういう態度は、私は好きではないな。」
カニングハムはあごで自分の後ろに控えていた男達に指図しました。拳銃を向けられていたこともあり、抵抗はしたもののすぐに床に組み伏せられてしまいました。遠くから見ていたカニングハムはゆっくりと私に近づき、私の顔を高価な革が張られている靴でなじるように踏みました。
「言え、パームはどこなんだ。」
「知らないって。」
カニングハムは拳銃を振りあげ銃握を私の頭に振り下ろしました。私はそこで記憶を失いました。

【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

5/13/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第16回目です。

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第16章 判例リサーチ (Case Research)
 
昨日は真理子さんとのデートで帰ってくるのが非常に遅くなりましたが、朝はばっちり目がさめました。
「先生、昨日は午前様でしたね。真理子さんも午前様ですか。」
「あ、真治君おはようございます。」
「なんか、いいことでもあったんですか。」
「秘密です。」
「今度紹介してくださいね、 どんな人だろう、ふふふ。」
「今日は土曜日だけど、真治君は何かするのかい?」
「いや、別に何もありません。」
「そうか。僕はちょっと真治君の申立ての審理が来週の水曜日だから、申立てを補強する書面でも作ってしまおうかと思っているんだけどね。」
「ありがとうございます。でも先生もたまには息抜きしないと。本当に、朝から晩まで駆けずり回ってるじゃないですか。」
「そのうち、ぜんまいが止まっちゃったりしてね。」
「嫌ですよ、何言ってるんですか。」
私たちは簡単にパンを食べて朝食とし、その後、真治君はテレビでスポーツの中継を見ているようでした。私は寝室でトドのようにゴロゴロと寝っ転がりながら、ノートに申立てのポイントを考えつつペンを走らせていきます。でも、寝ながら書いているとなんとなくうとうとしてきてしまうので、気休めですが、寝返りを打って体の血行を良くしながら考え事をしていました。
まず、パームの内容を見る限りでは、FBIは真治君を人身御供にして捜査のきっかけを掴もうとしていることがまさに明白ですよね。その点を強調して、またパームの内容も強調して筆を進めていきます。もうすでに頭の中では主張を考えてあってポイントをまとめるだけにしていたので、1時間ほど集中するとほとんど書きあがりました。そのとき、電話が鳴りました。真治君が応えているようです。真治君はバタバタと私の寝室に入ってきました。
「先生、電話です。」
「はぁ?」
私はちょっと眠たげな声を出してしまいました。
「誰から?」
「あの真理子さんです、真理子さん。」
「はいっ。」
しゃきっと目が冴えてしまった私はベッドから飛び降りると、真治君から受話器を受け取ります。
「淳平さん?」
「はいっ。」
私はちょっとデレデレしてしまいました。淳平さんですって。
「淳平さん、昨日はありがとう。すごくおいしかったし、楽しかったし、久しぶりにゆっくりできたわ。」
「そうですね、私も楽しかったです。」
真治君は片一方の眉毛をあげながら、私をじっと見ています。私はその視線に気がつくと「しっしっ」と言って手を振り、あっちに行けという合図をしました。それでも真治君はそこに立っています。しつこい奴ですね。しょうがないので私はうしろむきになり、受話器を持ち替えて話を続けます。
「え、今日はどうしたんですか。真理子さん。」
「えー、私、明日から一泊でフライトになっちゃうから、今日しか会えないじゃない?だから、ちょっと淳平さんに会いたいなと思って。」
「あ、嬉しいですぅ。私も真理子さんのことを考えていたんですよ。」
ちらっとうしろを見ると真治君がまだ立っています。こんなにしつこい男だとは知りませんでした。
「あの、私、久々に料理でもしようかと思ってるんですけど、淳平さんは和食、好きですか。」
「あ、もう、大好きでございます。」
「そうしたら、材料を買って、そっちに遊びに行っちゃおうかな。」
「どうぞ、どうぞ。来てください。」
振り向くと真治君がまだ立っています。
「それじゃぁ、1時間くらいで用意して出るから、そっちには昼頃に行くわね。」
「待ってまぁす。」
私は電話を切りました。真治君が電話を切った私の顔を見るなり
「やったじゃないですか、先生。」
と自分も嬉しそうに言いました。
「な、な、な、なんだよ。」
「え?真理子さん、なんですって?」
「いや、なんか真理子さんがご飯作ってくれるって言うんだけど、真治君はどうする?」
「あー、僕、お邪魔になっちゃうなぁ。」
「あ、でも会っておいた方がいいんじゃない?一緒にご飯、食べようよ。真理子さんも真治君がいるってわかってるんだしさ。」
「そうですか、じゃぁ、僕もちょっと真理子さんに会ってみたいし、いようかな。」
それから真理子さんが来るまでの2時間はほとんど仕事にも手がつかず、私は枕を抱きながらベッドの上でゴロゴロしていました。真治君は相変わらずテレビを見ています。
ベルが鳴ってドアを開けると、真理子さんが大きな紙袋を抱えて立っていました。
「あ、真理子さん、こんにちは。」
私は真理子さんに会えて、また鼻の下を伸ばしてしまいました。真治君もひょこひょこ奥から出てきます。
「あ、あなたが真治君ね。」
「はい。はじめまして。」
「わぁ、やっぱり、先生がデレデレするだけあってきれいな人なんですねぇ。」
「おいこら、おまえ、黙ってろ。」
私は自分の表情を鬼から天使に変えて
「どうぞどうぞ、真理子さん、入ってください。」
と言いました。
「じゃあ、失礼します。」
真理子さんから荷物を受け取って真理子さんを部屋に通すと、真理子さんはまず部屋を見まわしました。
「汚いわねェ…。」
「すみません。きったない男が二人でいるものですから。」
「僕は汚くないですよ。」
「うるさい、おまえは黙ってろ。」
真理子さんは掃除を見つけると、
「私、ちょっと掃除してあげるわよ。」
と言って淡い青色のセーターの腕をまくりあげました。私は、セーターからのぞく腕もきれいだなぁと思いつつも
「いえいえ、そんなことしてもらわないで、構わないです。あの、僕がやりますから。」
「先生なんか、掃除したこと、ないじゃないですか。」
「うるさいよ、おまえは黙ってろって。」
私も手伝いましたが、真理子さんはさっさと簡単に片付けをしてくれました。真理子さんに近づくたびになんともいえない香水の甘い香りが鼻をついて、思わず、うふふ、となってしまいます。一息ついたところで、私はビールを飲み始めました。気分がよくなってきます。
真理子さんは今度はキッチンに行って、持ってきた袋の中身を出しはじめました。私と真治君は興味深々でその袋の中を覗き込んでいました。
「あなたたち、なんでそんなところに立って見てるのよ。」
真理子さんはちょっと照れながら言いました。我々はまたじっと見ています。
「お、すごい。」
「私が作ると言っても、今日はみんなで食べようと思って、焼肉にしたのよ。日本街で薄いお肉を買ってきたの。ここ、焼肉の鉄板、あるかしら。」
「あります、あります。うわぁ、それは楽しみだなぁ。」
真治君も目を輝かして
「うわ、エビもある。」
さっと用意をして昼間からビールを飲みながらわいわい焼肉をはじめます。
しばらく夢中になって食べていましたが、真治君はちょっと寂しそうな顔をしています。真理子さんが尋ねます。
「真治君、どうしたの?」
「うーん、ちょっと寂しくなっちゃって。」
「だって、いつもお父さんと焼肉食べたりしてたから。」
「そっか。そう、私、真治君のお父さんと面識があるのよ。」
「え?」
真治君が真理子さんの顔を見ました。私は一人でビールを飲みながら焼肉を食べています。
「真治君のお父さんのこと、ちょっと聞かせてもらえないかな。」
私はなぜだか、ちょっとむっとしてしまいました。
「え、お父さんのことですか。」
「そうよ、どんな人だったの?お父さんは。」
私もちょっと興味がありました。
「そうだなぁ、僕が思うには、お父さんはとても正義感の強い人でした。」
「そう。」
「日本の建築界というのは、談合があったり、いろいろな利権がからみあったりしていて、いつも嘆いていました。」
「そうなんだぁ。」
「だからお父さんは、できれば早く海外で仕事のできる建築家になりたい、海外で認められたいと言って、一生懸命がんばっていました。」
「でもすごいじゃない。トレードセンターまで手がけて。」
「はい。父はとても喜んでいました。トレードセンターだけじゃなくて、ヨーロッパとかオーストラリアとか、最近ではいろんなところに招かれていて、僕もいろんなところに行けて楽しかったです。」
「そうなんだぁ。」
「でも、お母さんが死んでから、お父さんはすごく寂しそうでした。お父さんはお母さんのこと、とても大事にしていたから。」
「でも、真治君のことも大事にしてくれてたんでしょ。」
「そうですね。僕もお父さんにはいろいろしてもらったし。」
真治君はちょっと涙ぐんでいましたが、それでも一生懸命続けました。
「お父さんは、日本人として世界中に認められる建築家になるという夢がある程度成功したから、よかったんだと思います。」
「すばらしいわよね。私もあのトレードセンターの形がすごく好きなのよ。」
「お父さんとロビンスさんは、一生懸命あのトレードセンターを設計していました。いつも深夜まで議論して、でもすごく楽しそうでした。お父さんはロビンスさんのこと、とっても好きだったみたいだから。まだ僕のお父さんがそんなに売れていなかった頃、ロビンスさんに会ったんです。ロビンスさんもそのときは貧乏だったんだけど、お父さんはロビンスさんのことを見込んでた。それで、二人でいろんな仕事を手がけるようになって…。今回の作品は一番大きくて、二人の仕事の集大成かな、って言ってたんですよ。」
私もトレードセンターの外形を想像しながら
「そうだよなぁ、あんなすばらしい建築を作れるなんてな。才能って、あるんだよな。」
とつぶやきました。そのとき、真理子さんが空気を換えるように
「さぁ、食べよう、食べよう。早く食べちゃおう。そうでないと、淳平さんに全部食べられちゃうわよ。」
と言って、真治君を促しました。
宴のあとになると、もうおなかいっぱいです。私はビールも飲んで心地よくなり、ソファにどかっと座って一息ついていました。あと片付けをしてくれた真理子さんと真治君も同じようにソファに移ります。
真理子さんがソファのわきにおいてあった本を持ち上げて、
「これ、淳平さんの本?真治君の本?」
と言い、本を見まわします。私は
「それは真治君の本だよ。今回、真治君もいろいろ法律にかかわって、なんか、法律に興味があるんだって。」
「へぇ、そうなんだ。真治君は将来、何になりたいの?」
「うーん、前はわからなかったけど、最近は法律もおもしろいなと思うようになって来てます。」
私が口を挟みます。
「え、でも、法律家なんかにならないで、才能があるんだったらそれを伸ばして建築家とかになった方がいいんじゃないか。」
「うーん、それも考えたことありますけどね。」
真治君は考えながら言いました。
「そうですね、確かに建築家もお父さんを見てたらいいなと思いました。」
「パイロットなんかはどう?こんなきれいなスチュワーデスさんにも会えるしさ。」
真理子さんと真治君は大笑いをしていました。
 しばらくのんびりした休日を楽しんでいた三人でしたが、真理子さんの
「ねぇ、こんないいお天気だからドライブに行かない?」
という一言で外出の用意をはじめました。用意をして三人で外に出ました。私はちょっとほろ酔い加減なので、真理子さんが運転してくれることになりました。真理子さんは赤い大きなファイアーバードというアメ車に乗っていました。それもコンバーチブルです。真治君が楽しげに言いました。
「うわぁ、この天気だからホロを開けたら気持ちよさそうですね。」
 真理子さんがそれに応えて「じゃ、そうしようか」ということになり、ホロを開け、真治君が後部座席をひとりで乗っ取り、私は甘い香りのする真理子さんの横に乗せてもらいました。三人は私の家の近所の海を走り、真治君が前に住んでいた高級住宅地のエリアを通り抜け、ゴールデン・ゲート・ブリッジにやってきました。
「うわぁ、空が青いからゴールデン・ゲート・ブリッジの赤が映えますね。」
 真治君は頭の方に迫って見える橋を見ながら感嘆していました。
「すごいよなぁ。アメリカって、こんな橋を1920年代に作っちゃうんだからね。」
私もいつも見るのとは違う感じで、コンバーチブルの車から橋を見ていました。橋を渡りきると、前に真治君をランチに連れてきた海の見えるレストランがありますが、そこの街に行く前に小道をそれると岬の先までぐるりと伸びている道があります。その道を三人で走っていきます。そこは国立公園に指定されているため、まわりに民家もなく緑と広がる海がすがすがしいところです。三人は途中で車を停め、車から降りて伸びをしたり、咲いている花をいろいろ見たりしながら、ぐるっとドライブをしました。
ゆっくりしていたので、帰ってくるともう夕方になっていました。真理子さんは明日のフライトの準備があると言って私たちに別れを告げて帰っていきました。私はちょっと名残惜しかったのですが真治君がいる前なのデレデレはせず、簡単に見送るだけにとどめ、お別れのキスもできませんでした。私も一応弁護士ですからね。
家に入ると真治君は満足げにまた本を読み始め、私も真治君の書類を整えましたが、二人とも外出して疲れたので、晩ごはんは簡単にすませて早く休むことにしました。
 
日曜日はゆっくり寝ようと決めていたので起きたのは10時半くらいでした。私は真理子さんのことを思いながらうたたねにふけって、結局ベッドを出たのは11時半くらいになってしまいました。月曜日から忙しくなるのは間違いないので、日曜日のうちにやれることはやっておこうと思い、法律図書館に行こうかなとも思います。午前中ゆっくりして、またピーツのコーヒーでも買いに行こうかなと思っていると、私の携帯電話が鳴りました。
「淳平さん、私。」
「あ、真理子さんですか。」
「そう、今からもうフライトに出るところなの。明日の夜には帰ってくるから。」
「あ、そうですか。どこまでのフライトなんですか。」
「フィラデルフィアだから、すぐよ。フライトは5時間くらい。」
「そうですか。じゃ、がんばって。明日は何時ごろ、帰って来られるんですか。」
「えっと、明日は朝のフライトだから、こっちに着くのは3時過ぎかな。」
「それじゃ、あの、僕、迎えに行きます。」
「え、ほんとに?」
「うん。早く真理子さんに会いたいし、迎えに行っちゃいます。いいですか。ご迷惑じゃないですか。」
「え、すっごく嬉しいな。」
「じゃぁ、何便か、教えてください。」
「UAの5963便です。」
「わかった。5963便ですね。あの、必ず迎えに行きますから。」
「ありがとう。そうしたら、飛行機の乗降口のところで待ってるわ。」
「それじゃぁ、明日。」
また明日、真理子さんに会えると思うと嬉しくなってきますが、その思いはある程度横へ押しやって、私は仕事をすることにしました。
休日なのでバックパックにいくつかの書類の束と筆記具を詰めて、図書館に向かいます。もちろん、途中ピーツ・コーヒーでコーヒーを買うことは忘れません。日曜日、図書館は12時から開館しているので、中に入って弁護士証を見せます。前にも書きましたが、アメリカの弁護士の仕事というのは、とにかく判例の研究です。判例というのはどういうものかというと、実際に当事者が闘った事件について裁判所が法律的な判断を下したものです。簡単に陪審裁判が行われたり裁判官が判決をすると思われるかもしれませんが、それは間違いです。民事事件でも八割から九割の事件が和解で決着します。和解が成立すれば裁判官はまったく判決を書かなくても済むのです。ですから裁判官としては事件をできるだけ和解で終わらせようとするのも納得いきます。そのような裁判制度を背景にしながらどうしても判決までいってしまう事件について勉強すると、後になっても必ず学べることがでてくるのです。アメリカは判例を重視するのです。日本のように法律が制定されて判例がそこから出てくるといった過程とは逆で、判例が積み重ねられて法律が制定されていくのです。よく聞く話しではアメリカの法律と日本の法律、つまり英米法系と大陸法系の法律とはまったく違うという人もいますがそれは間違っています。どこの国でも人を殺せば悪いことですし、約束を破れば責任を負うのです。ただ、細かいところでどれだけ自由があるかというと、判例から積み重ねたほうが、時代とともに法律の衣替えもできますから、革新的になり、保守的な大陸系の法律と差が出てくるのです。どちらが良いかというとどっちもどっちですけど。
 
私は起訴取下げの申立てに関する判例をどんどん読んでいきます。アメリカの判例の面白さは、ある事件ではどういう人がどういう形で巻きこまれたのかなど具体的な内容が詳細に記載されているからです。過去にある具体例を横目で見て、その事件の内容がどの程度まで現在の事件に影響するのか考えることが非常に大切なのです。具体的な事例でどのような事実が大切なのかを反射的に考え、頭に叩き込めるのかが法律家の条件なのです。判例を読むのに慣れるまでには時間がかかりますが、読むのに慣れると楽しいものです。真治君の事件で、判例を読めば読むほど勝てる自身が沸いてきました。判例漁りに没頭して時間を忘れます。判例から習った知識を紙に書くだけではなく、法廷で使えるように頭に吸収させました。
カリフォルニア州の判例では、麻薬の所持に関しては自宅に麻薬があったというだけでは麻薬所持罪の充分な証拠とは言えず、やはり身体に付着しているか、もしくは本人の支配下にあったか、たとえばハンドバッグの中にあることが要求されています。被告人の支配下に麻薬があったかどうかということが焦点となっています。とするならば、真治君の家から麻薬が見つかったわけですが、現在、真治君が起訴されている、麻薬を「所持していた」という罪における検察側の主張は通りにくいわけです。麻薬はガレージで発見されたわけですから…。もし、真治君のベッドの下にあったのなら話は別なわけです。勝てると確信した私は、必要なポイントを判例を使い研究したのです。
法律武装もある程度満足できるまでおわったので、バックパックを背負い、図書館を後にします。日曜日だというのにまだたくさんの弁護士が机に向かい書類とにらめっこしながらペンを走らせています。ごくろうなことですね。
また明日から闘いのはじまりです。

【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

5/8/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第15回目です。

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第15章 召喚状の送達 (Service of Summons)
 
木曜日だというのに朝から私は自分の家を片づけしていました。真治君を学校に送ったあと、急ぎの法廷がないので賊の入った家を整理していたのです。コンピュータが盗まれたのはショックでしたが、警察の調書があるので保険でカバーされるはずです。書斎を整理していると、真治君がお父さんと写っている写真が目に入りました。今、がんばっている真治君は写真とは違う、別人のようにたくましくなっています。真治君の思い出を机の上に戻します。机の上には私がロースクール時代に使っていた刑事訴訟法の教科書などが広げられています。法律に興味が沸いてきたんだな、と感心しました。また反面、自分で訴訟を理解して安心しようとしているのかな、と刑事事件に巻き込まれている少年を不憫に思いました。
 
整理が一段落したところで、熱いシャワーをあびて、服を着替えパームの修理ができたか確認しにいくことにしました。カニングハムの執拗な証拠開示請求がありましたから、私はパームに興味津々でした。昨日のマックブライドの話では、FBIや検事局も動きを見せはじめているはずです。来週の水曜日には起訴取下げの申立ての審理がありますから、ぜひパームの内容を確認して証拠として出したいものです。コンピュUSAに連絡を取る方法として、直接お店に行くこと以外はやめようと思いました。事前に電話をかけて修理ができたか確かめてもよかったのですが、何らかの形でコンピュUSAと私をつなげる形跡を残したくないのです。事務所に行きがてらに寄っていくことに決めました。尾行車はありませんでした。昨日私の家に侵入してきたのですから、いくらなんでも今日つけていたのではすぐに警戒されてお粗末ですもんね。それでも用心に用心を重ねて何度も道路の角を曲がったり、途中で止まったりしながらコンピュUSAにたどり着きました。本来なら20分ほどで着くところを、45分かけて運転してきました。修理カウンターに足早に行き、パームを見せてもらいます。やりました、修理されています。受付の女性に運転免許証で身分を一致させてもらい、パームを受け取ります。修理されているかどうか女性が確認してくれました。それをじりじり見ていた私は、確認させてくれと彼女からひったくってしまいました。ところがパスワードでプロテクトされていて内容を読むことができません。私は凍ってしまいました。
(パスワードなんて、どうしよう…。)
私は、パームを一所懸命いじくってみますが、パスワードがわかりません。FBIの力を借りていればパスワードなんて簡単にわかってしまうのでしょうね。
じっくりパームを見ていましたが、どうしようもありません。私にパームを奪われた修理係の女性がうんざりした顔をして、修理代金は140ドルですと私に叫んでいました。修理代の140ドルというのはちょっと高いとぶつぶつ文句を言いながらも支払いを済ませ、パームを受け取り私はコンピュータ・ショップを後にしました。がっかりです、パスワードがわかれば一発なのになぁ。手のひらサイズのコンピュータを眺めながら私は懇願するようにパームを見つめました。来週の起訴取下げの申立ての審理にどうしてもあのパームの内容が欲しい。真治君なら何か手がかりがあるかもしれませんね。やはり、今FBIにこの証拠を渡したとしても、今までの感じからすぐに真治君の起訴を取下げてもらえるかまたは無罪にしてくれるかわかりません。やはり駆け引きが大事ですから。そんなことを考えながら、事務所に向かいます。事務所で、昨日の賊の侵入を心配していた三谷先生と千穂さんに昨日から起こっているあらましを話しているうちに時間は過ぎていきました。パームの内容に関しては伏せておきます。なんらかの迷惑がかかるのを恐れたからです。仕事をしていましたが、あまり手につきません。真治君にパームのことを打ち明けようか、どうしようか迷います。何らかの方法でパスワードを調べなくてはいけません。まあ申立ての審理は来週ですから、今週末になんらかの対策を講じなくてはいけないでしょう。まあ、パームが修理されただけでも前進ですよね。
昼ご飯を食べて眠くなってきました。自分の日誌をみるとデスクワークではなく、幸いにも法廷活動がスケジュールされています。またまたサンフランシスコの地方裁判所です。黒いかばんを提げて事務所を出ます。まぶしい太陽で目が冴えてきます。今日は気分を変えてMUNIという一部地下鉄となる電車に乗って裁判所まで行くことにしました。私の事務所から裁判所まで約10分ほどで着いてしまいます。非常に便利なうえに、安い。たった1ドルでどこまででも乗れてしまうのです。電車に揺られながら午後の出廷のことを考えようとしますが、やはりパームのことが焼き付いて離れません。私の家に侵入した賊もパームを探していたに違いありません。
電車を降り、地下のホームから外に出ます。ホームレスが多いエリアですが、少し歩くと芝生が広がり、すがすがしいです。わざと芝生に近いところを選んで裁判所に向かいます。昼間からひとりでサックスを吹いているミュージシャンがいます。ジョン・コルトレンですね、この曲は。私も口ずさんでみます。
裁判所の内部は割合にひんやりしています。私はセトルメント・コンフェレンス(Settlement Conference:和解の可能性を探る出廷日)に出席するために2階に行きました。エレベータが混んでいたので、階段を駆け登ります。2階に行くと、セトルメント・コンフェレンスに出席する相手方の弁護士をすぐに見つけることができました。
契約関係の事件です。私のクライアントが商品を売ったのですが、被告である会社が代金を一向に払ってくれません。業を煮やして売掛金の回収の訴訟をはじめたのです。良くあるケースです。原告から債権回収を任された私は、相手方の会社である被告の代理人と話をつけようと今日の会議に臨んだわけです。相手の弁護士は40代の白人弁護士です。
「ハイ、ジュンペイ。」
「ハイ、ピーター。何かうちのクライアントに良いニュースはあるかい。」
「会議の前だけど、どうだろう、今、請求額の半額で和解できないかな、分割払いだったら何とかなると思う。」
「半分…っていうのはちょっと少なすぎるね。」
「でも、破産しちゃったらおしまいだよ。」
「すぐそれだもんね。」
「ゼロよりは半分のほうがましだろ。」
私は考え込んだ振りをしました。半額回収できればまあまあです。ただ、そのようなそぶりを見せると、つけこまれる可能性がありますから要注意です。
「八割出せよ、そのくらいの資産は余裕であるのはわかっているんだよ。」
「考えさせてくれ。クライアントに聞いてみる。」
ピーターは携帯電話を振りかざしながら、私に聞こえないように法廷の前から離れていきました。ちょっと時間ができてしまったので、壁に張ってある事件のカレンダーを眺めます。私はカレンダーの下の方で目を留めました。カニングハムが主任弁護人となっている事件があります。大きな石油会社がカニングハムのお客サンのようです。カレンダーの詳細をみると陪審裁判と記載されていますから、もしかしたらカニングハムの法廷姿がみれるかもしれません。相手の弁護士を観察するのも興味深いものです。
ピーターが帰ってきました。
「裁判官を含めて和解に行くのも面倒だから、六割支払うから今和解できないかな。」
「そりゃだめだ。」
「六割五分は?」
「だめ。七割なら呑むよ。」
「All right.  Deal’s done. (それでいい、取引成立だね)」
ピーターが右手を出しました。握手をしながら、半分取れたら満足と言っていたクライアントの喜ぶ顔が見えるようです。細かい支払い方法などをピーターと話し合い、事務所に結果を携帯電話で報告し、事務所に帰るのがちょっと遅くなる旨千穂さんに伝えます。開廷時間の2時半になって、法廷内はまさにセトルメント・コンフェレンスが始まろうとしていました。私とピーターは和解が成立したことを書記官に告げ、裁判官が法廷に出てくる前に早々と法廷を後にします。
カニングハムが代理人として参加する陪審裁判は5階で開かれることがわかりました。金属的なエレベータに乗り込み5階まであがります。エレベータを降り、第514号法廷に向けて迷路のような廊下を歩いていきます。外から覗き見して開廷されていることを確かめます。中に入ると、陪審裁判はまだはじまっていませんでした。後ろの方の席に腰掛け足を組んで、法廷を眺めます。弁護士や裁判官はまだ和解を模索中のようで、法廷には現れていません。 多分、法廷の裏の裁判官のチャンバーで話し合いが行われているのでしょう。陪審員は控え室で暇をつぶしていることでしょう。しばらく人気のない法廷でぼんやり待っていると話し声とともに書記官や弁護士が法廷に戻ってきます。傍聴席に座っている私とスーツを着た弁護士の一人の目が合います。カルガモ一家のひとりですね、間違いありません。私と目が合うと非常に気まずそうな顔をしています。ちょっとの間を置いて、裁判官が入廷してきました。知らない顔の判事です。弁護士や裁判官が所定の位置につきますが、カニングハムの姿は見えません。シェリフが開廷されたことを宣言します。それを待って、裁判官が口を開きます。
「今、チャンバーで話した通り、主任弁護人であるカニングハム弁護士は来週喚問に呼ばれていて、本法廷における裁判は2週間延期するということで、当事者双方合意しますね。」
「合意します。」
カルガモ一家の弁護士が即答します。
「喚問、それも大陪審の喚問ということですが、カニングハム自身が喚問されているために裁判を延期せざるを得ないことを明記してください。」
相手方の弁護士が、嫌味たらたら発言しています。たぶん、陪審裁判の準備も整い今日に臨んだのでしょうけれど、当事者の弁護士であるカニングハムが出席していなかったわけです。それで、一方的に延期されたことが気に食わないのでしょう。
「とにかく、2週間の延期ということでよろしいですね。」
「然るべく…。」
まだ不満そうなカルガモの相手方は言いました。
「閉廷します。」
あっけなく期日指定だけして、裁判は終わってしまいました。カルガモは私に挨拶もなく、そそくさと法廷を後にしていました。
ニュースです。マックブライドがチラッと陪審喚問のことを言っていましたが、カニングハムが対象になっていたのですね。FBIもどうやらカニングハムに的を絞ったようです。面白くなってきました。思いがけない収穫を得た私は法廷を出てMUNIに乗り、自分の駐車場まで行き、車を拾って帰宅しました。
ちょっとは片付いた家のベットにどっかり横になり、カニングハムのことで考えを巡らせはじめました。真治君はまだ5時前後なので帰ってきていません。大陪審喚問が来週行なわれるということは少なくとも起訴できるだけの証拠…すなわちカニングハムと麻薬組織のつながり…をFBIや検事局が手に入れたはずです。もし、Eメールを手に入れたとすれば、私が真治君を無罪にするために切り札として残してあるパームに入っている情報が水泡と帰することになります。しかし、カニングハムが首謀者であるとして起訴されれば、真治君の無罪はいかようにでもすることができそうです。全部カニングハムの仕業と主張すれば良いのですから。とにかくパームのパスワードを解明しなくてはいけません。私はパームを背広のうちポケットから取りだし、いじくりはじめました。しかし、どうしてもパームのパスワードを解くことができません。
家のドアが「ガチャ」という音を立てて開きました。反射的にパームを胸ポケットに戻します。
「先生、帰っているんですか?」
真治君の声が聞こえてほっとします。
「真治くんかい?」
「今日は早いですね、どうしたんですか。」
「色々考え事していてね。」
私はパームのことを言うべきか言わないべきか迷っていましたが、黙っていることにしました。
「真治君、ご飯どうしようか。」
「そうですねぇ。」
首をひねっています。
結局冷蔵庫に入っていたもので簡単に済ませることになりました。食事が終わって、一息ついたところで、私は真治君に尋ねました。
「真治君、お父さんはコンピュータとか使っていたけど、必ずパスワードをかけていたんじゃないか。」
「え、なんでそんなこと聞くんですか?」
「いや、もしかしたら必要になるかもしれないからさ。」
「えーと、パスワードですよね。」
「うん。」
「それなら簡単です。」
「そうなの?」
「はい、いつも母の命日の9月29日、つまり0929を使っていましたから。」
「ふ~ん。」
私の胸は踊りました。
「あ~あ、なんか眠たくなっちゃった。」
「え、先生、まだ6時半ですよ。」
「眠いな。」
「疲れているんですか。」
「ちょっと、休ませてもらうね。」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、全然。」
私はそそくさと自分の寝室に引きこもりました。パームを取り出して、電源をいれます。「パスワードを入れてください」という画面が出たところで、0929と慎重に入力すると、ばっちり反応しました。私は寝転がりながら、パームの中の情報を入念に見ていきます。まず、住所録を見てみると、Jgodという名前が目に付きました。名前にJgodとしかかいていないのです。住所も書かれていません。電話番号のみ記載されています。スーツのポケットに入っていた携帯電話を取り出し、その電話番号にかけてみます。4回ほど電話が鳴るとアンサリング・サービス(留守番電話サービス)が電話にでました。「メッセージを残してください。」という声でしたが、どうみてもカニングハムの声です。私は、不敵に笑いを浮かべました。その電話番号を、ノートにメモしておきます。次に、Eメールを読んでいきます。手に汗がにじんできたのがわかります。
Eメールは延べ70通くらい入っていましたが、JgodとVgodが記述されているものは10件ほど残っています。日付けは比較的福本氏が今回メキシコに旅立つ日に近いものでした。内容を順を追って見ていくと、驚くばかりの事実が浮かび上がってきました。私は、内容で大事な部分をノートに書き取りながら、メールを調べていきます。1時間ほどで、すべて麻薬に関連するメールを読み終わり、ノートにまとめることに成功しました。ため息をつきながら今一度、自分のノートを読み返します。
まず、間違いなくJgodとVgodについて詳しいメール履歴が残されています。内容はヘロインとははっきり書いていませんが、受け渡しや量、それに運搬ルートなどがはっきり記述されています。受け渡しにかかわっているであろう人々の名前や連絡先の固有名刺もでてきます。福本氏のJgodとVgodに対する返信は、トレードセンターに関して、協力してくれたことに対して何度も例を述べていること、それに麻薬関係には巻き込まれたくないことなどが克明に記されています。建築家としての世界的に大きな仕事を受けられる裏には、お金の絡んだ葛藤があったのでしょう。しかし、福本氏は断固として麻薬への介入を拒否していて、進んでカニングハムとロビンスにかかわるのを止めるように説いています。つまるところ、アジアやその他のマーケットを世界的に活躍する福本氏を使って開拓しようと考えたに違いありません。ちょうどサンフランシスコのトレードセンターの建築があったため、その便宜を図ってやるということを餌に、カニングハムはロビンスを通じて福本氏に近づいていたのでしょう。ロビンスは福本氏とは10年来の付き合いがあるので、簡単に心を許した部分があるのでしょうね。私は福本氏の頑とした態度に畏敬の念を表すとともに、やはりカニングハムと麻薬組織がつながっていた…いやカニングハムが麻薬組織を動かしていたことに驚きを隠せませんでした。とにかく、真相がわかったので、胸のつかえが一気に取れたような気がします。すっきりしました。私のクライアント、つまり真治君を無罪にできる公算が非常に高くなったわけです。同時に私は非常に不安になりました。カニングハムにしてみればこのパームは非常に危険な爆弾です。何をしでかすかわかりません。真治君に危害が及ぶのは必ず避けなくてはいけない…。私は思案しました。FBIに渡すのも来週の水曜日の起訴取下げの申立ての審理の結果を見てからにしたいものです。妙案を思いつきました。私はジーンズを履いて、Tシャツを着てパームをジーンズのポケットに突っ込むと寝室をでました。真治君は難しい顔をしながら本を読んでいます。
「あれ、また読書かい?」
本から目をあげるのが億劫な感じのする真治君はゆっくり私のほうに顔を向けました。
「あ、先生。」
「おう、俺はちょっと出てくるよ。」
「デートですか。」
「あはは、まあそんなようなもんだな。」
「あのスチュワーデスの人ですか。」
「黙秘権を使います。」
「何訳のわからないこと言ってるんですか。」
「ところで、何読んでいるの?」
「サーグッド・マーシャルの本です。」
「相当、法律に興味持ってるんだな。」
「すごい人ですね、マーシャルは。」
「おれもすごく尊敬している。」
「アメリカで初めて黒人で最高裁の判事になった人なんですね。」
「そうだね。でも彼が偉いのは最高裁の判事になったからじゃないんだよ。」
「そうなんですか。」
「彼はね、黒人を人として認めないという社会に弁護士として立ち向かい、ついには人権の平等を達成したんだ。」
「そこは読みました。すごいですよね。」
「でもね実際はものすごい状況だったらしい。」
「え、」
「家に火をつけられたり、脅迫の電話がひっきりなしに鳴ったり、暴漢に襲われたり、とにかくマーシャルをくじかせよう、殺そうと白人至上主義グループは特に躍起になっていたんだな。」
「そこまでして、やり遂げられたのはなんなんでしょうね。」
「それは今はお墓の中にいるマーシャルに聞かないとわからないかな。でも彼は人権という人の根底にある権利を信じていた。いや、人権を勇気を持って守護することに命をかけていたんだな…」
私は時計を見て、
「もう行かなくっちゃ。それじゃ。」
と言いつつ家をでました。もう、8時をまわっています。私は車を飛ばしコンピュUSAに向かいます。何しに行くって? それはお楽しみです。また尾行車を発見しました。少し間隔をあけてついてきます。しつこいなぁ。私は躊躇せずにマックブライドに電話をしました。カニングハムを大陪審に持っていっているのですから、彼にとっても証拠は多いほうが良いに決まっています。マックブライドは私の話を聞いて「すぐに行く」と行ってくれました。19番通りをのろのろ空港方面に向けて走っていると本当にすぐに来てくれました。アメリカの警察がいつもこのように早く駆けつけてくれれば犯罪が減るかもしれません。携帯電話で連絡を取り合っていたマックブライドと私はなぜか知りませんが非常にチームワークがよくサイレンを殺した覆面パトカーが尾行車をばっちり捕らえてくれました。何かよい情報がFBIに入るといいのですが。私はマックブライドに後を任せて空港方面にひたすら向かいます。コンピュUSAの便利なところは夜10時まで営業しているということです。仕事が遅くなっても立ち寄れるので重宝しているのです。私は更に用心を重ねて、色々な道をランダムに選んで走り、コンピュUSAに到着します。店に入るとつかつか修理係のところへ行くと、パームを取り出します。昼来たときの店員が私を認めて声をかけてきます。
「どうしました。」
「うん、なんか内臓電池の調子が悪いんだな。」
「本当ですか。修理はしてあるはずなんですけど。」
「もう一度、預けるから確認してもらえないかな。」
「そうですか、それではお預かりします。」
私は、パームをいぶかしげな顔をした店員に預け店を後にします。携帯電話が鳴ります。マックブライドです。
「小山弁護士、尾行車に乗っていたのはコロンビーニの残党でしたぜ。」
「やっぱりね。」
「奴らはなにか小山弁護士が情報を持っているからつけてるんでしょうな。」
「さあ、なんの情報でしょうね。」
私はすっとぼけて電話をきりました。家に帰ると真治君はまだ本を読んでいましたが私がデートからあまりにも早く帰ってきたと思っていたようで、同情してくれました。真相が色々わかってきたことで私は胸がすっとしてきたため、お酒をあまり飲まなくてもぐっすり眠れました。
金曜日は、いろいろな来客で悩殺されました。ほとんど自分の部屋の椅子に座るひまもなく人と会っていました。事業が行き詰まり倒産の憂き目に遭っている経営者、家庭内暴力で捕まり理不尽だと主張する夫、黙っている妻、セクハラで訴えられた会社の役員を弁護するための面談など世の中にはたくさんの悩みや問題、それにエゴが渦巻いているのです。一息ついたのは夕方になってからでした。やはり真治君の訴訟の問題が頭から離れません。
カニングハムが麻薬組織の大物だということはわかりましたが、今度はまたある事の事実の真相が知りたくなり、落ち着かなくなりました。
それは、一体なぜFBIが爆発を予感したように空港にいたのか、また福本氏が爆死したのは誰の仕業なのかという問題です。いても立ってもいられなくなったので私は早々に仕事を切り上げ、夕方の交通渋滞に巻き込まれる前に車を空港に走らせました。真治君に遅くなることを告げるため家に電話をしてみます。真治君が出ました。
「真治君、元気?。」
「元気ですよ。先生は? それよりも真理子さんとがんばってくださいよ。」
「何いってんだよ…ははは。」
「今日食事はどうします。」
「今、空港に行ってちょっと検分してきたいものがあるから、先になにか食べててよ。」
「了解です。」
電話を切った私は車を空港のパーキングに停めました。まず、エスカレータと足を使って爆発のときに私がいた到着ロビーに行きます。今では平常業務を再開したらしく、何事もなかったように落ち着きを取り戻しています。一般人ではジュラルミンの扉の中を見ることができません。私も、扉付近をうろうろしていると、さすがに警備はまだ厳しいのか目をつけられてしまいました。私はなんでもありません、という顔をしながら到着ロビーから遠ざかります。また上りエスカレータに乗り、今度は出発ロビーまで上がります。国際線の出発便は多いですから、夕方のこんな時間でさえもにぎわっていました。私は、エスカレータを下りて正面に見えるガラス張りのエリアに興味を示しました。いくつかのガラスは板に張りかえられています。多分、爆発でガラスも割れてしまったのでしょう。少々の早足で、そのいくつか残っているガラス張りのエリアに行くと、到着階のカルーセルが丸見えになりました。じっくり見ているとどこが爆発したのかがよくわかります。爆発した付近にはビニールが被されています。私はその爆発現場を見ながら、真治君のお父さんに合掌しました。合掌をし終わると、あることに気づきました。
「まてよ、ここからリモコンで爆発の操作もできるよな…。」
私は一人で捜査をするのは無理だなと思い、マックブライドに電話をかけました。空港からは携帯電話の電波が届きにくいですが、なんとかマックブライドとしゃべることに成功しました。
マックブライドに私の仮説を説明すると、彼は今度は俺の勝ちだなというような、勝ち誇った声で、もうFBIは捜査を進めていると笑っていました。
「そうなのか、FBIは現場から捜査を進めていたんだな。そりゃそうだよな。」
私は、苦笑いしました。
「マックブライド捜査官、ちょっと私の考えがあるんだ。」
「なんでしょう。」
「なんでFBIが空港の爆発の前に来ていたんだ。」
「匿名の電話があったからだ。」
電波に雑音が混じり、あまり受信が良くありません。
「その電話をかけてきた人間が誰だか特定されているのかい。」
「特定された。」
「カニングハムの関係かい。」
「そうだ。」
それ以上突っ込むのはやめました。FBIは空港での爆発に関する捜査はずいぶん進めている様子です。なにか私が気づいたことがあったとしても、FBIの捜査には敵わないであろうと少々あきらめながら空港を後にしようとポケットに手を突っ込みました。
「小山先生!」
振り向いたところに真理子さんが駆けてきました。
「あ、真理子さん。」
「こんなところで、なになさっているの?」
「ぼくはちょっと真治君の事件で思うところがあってね、空港を見にきたんだ。真理子さんは?」
「私もちょっとした用事で、ユナイテッドの職員に会いに来て今帰ろうとしていたところ。」
「そうなんだ。」
「そういえば、今度夕食とかいってたけど、今日なんかどう?」
今日は白いシャツに紺の対とスカートで彼女によく似合います。
「賛成です。金曜日ですし。」
「どこにしましょうか。」
「なんか、久しぶりにおいしい物が食べたいわ。」
「それなら、僕に任せておいて。」
「うれしい。」
「車は?」
「私の、勤務用のところにおいてあるから、ちょっと遠いの。小山先生の車で行きましょう。」
「そうしましょう。」
二人はサンフランシスコのダウンタウンにあるジュリアス・キャッスルに向かいました。フレンチをカリフォルニア風にアレンジした料理にワインがものすごくあいます。夜景もきれいですし、真理子さんもきれいです。デザートにポルトワインを頼むまでは二人でとりとめもない会話をしていました。久しぶりに事件のことを忘れて、自分の時間を満喫しました。真理子さんも料理や話に満足してくれたようです。
「小山先生は結婚なさらないの?」
ちょっとこの質問で私は黙ってしまいました。
「えっとね、したいんだけどね、相手がいないんだよ。」
真理子さんはくすくす笑っています。
「え、なにがおかしいの?」
「仕事で忙しいから、相手が見つからない…っていう訳ね。私も同じことよく言うから。」
「あはは、そうなんだ。」
「今日も忙しかったでしょ、でもこうやって会えるもんね。」
真理子さんは両肘をつきながら淡いランプ越しに私を見ています。ちょっと、いや、恥ずかしい。でもうれしい。
食事が終わって外に出ました。外の空気は本当に気持ちが良い。真理子さんと私はドライブがてらにコイト・タワーに行きました。コイト・タワーとは1900年の初めにサンフランシスコで大火事があったときに活躍したコイト女史を記念して丘の上に立てられた塔です。車を停めて、しばし夜景にみとれていました。
「小山先生。」
「何?」
「私で良かったらなんでもできることがあれば言ってくださいね。」
「え、ありがとう。」
「私、先生みたいなガッツのある人、すごく応援したいんだな。」
「応援ねェ…。」
とつぶやいてしまいました。
「応援っていうのは…。」といって彼女の方を振り向くと目が合ってしまいました。キスはとてもやさしくて、そのあとしばらく二人で抱き合ってぬくもりを感じていました。
 
サンフランシスコのダウンタウンにもすっかり夜の帳がおちました。しかし、ダウンタウンの事務所では煌煌と明かりがついているところが多いものです。アメリカではなぜか電気をつけっぱなしにするビルも多いのです。
ダウンタウンにそびえたつエンバカデロビルは4つの棟から成り立っています。どのビルからも海に面している部屋からは絶景が望めます。特に上の階に行けば行くほど景色は息を呑むものがあります。そのエンバカデロビル1号の35階の北東の角部屋は50畳ほどもある立派な部屋です。もちろん専属のスタッフが仕事をする部屋とは別の部屋です。カーペットはくるぶしまで埋まってしまいそうな毛の濃いえんじ色で、チェリー(桜)の家具や大の男が4人がかりでなければ運ぶことができなそうな執務机とマッチしています。執務机は遠くに見えるベイブリッジやアルカトラズ島に輝く光りを反射して鈍く輝いています。掃除が行き届いているのですね。壁には海の眺めを持つ大きなガラス張りの2面を除いては造り付けの本棚が設置されていて、淡い茶色のカリフォルニア州裁判所の判例集や青い背表紙の条文集が並べられています。部屋の中央には茶色い革のソファがコの字に並べられています。誰でもこの部屋を見れば相当に成功した弁護士の部屋だということが一目瞭然でわかることでしょう。壁にかかっているアンティークの時計は夜の10時半を少し過ぎたくらいを示しています。
執務机にはカニングハムが座っています。革の執務椅子はカニングハムと同じ位の背の高さをしています。ひじをついて正面のソファに座っている三人の弁護士を見つめています。カニングハムの机には裁判所からの書類と見られる30ページほどの束が置かれています。ソファに腰掛けている三人の弁護士も同じ書類の束を一人一人持っています。赤くCONFIDENTIAL COPY(機密)とスタンプが押されているところから見ると、コピーを取ったのでしょう。
誰も一言も発しません。時計の音だけが無機質に鳴っています。照明は間接照明だけなので非常に暗く感じます。ソファに座っている三人は昨日の昼にはサンフランシスコ郡の裁判所において真治君の事件で申立てをしに来ていたカルガモさんの三人です。そのひとりが沈黙に耐え切れずつぶやくように声を発しました。
「まだ、FBIは証拠をはっきりとはつかんでいない。今から用意しても充分切りぬけると思います。早速その準備にかかりましょう。」 その弁護士はその機密文書と指定された書類をぺらぺらめくります。
表紙には召喚状(Summons)と書かれています。裁判所名はUnited States District Court、つまり連邦地方裁判所と書かれています。カニングハムが重要参考人として出廷を命ぜられているのです。今日、ベーツ&マコーミック法律事務所に届けられたのです。内容は麻薬シンジケートの関連についてです。内容によると、カニングハムがカリフォルニアで麻薬売買取引にかかわっている容疑があるというものでした。FBIが内定を進めた結果、カニングハムとジャック・ロビンスがつながりがあり、福本氏とも何らかの麻薬に関するつながりがあったと記載されています。大陪審の捜査(Grand Jury Investigation)は来週の水曜日に始まるため、朝9時に出廷するように記載されています。
カニングハムが無表情で重たい口を開きました。
「我々はできる限り、私を不利にする証拠は第三者の目に触れないように集めたつもりだ。ただその過程で厄介な人間が現れた。あの小山だ。あの男は我々の努力を邪魔してきた。」
ひとりのソファに座っている弁護士が口を開く。
「しかし、ほとんどの証拠は回収したはずだし、小山にしたってどの証拠を我々が欲しがっているか今のところ気づいていない様子でした。次の水曜日だけ乗りきってしまえば、連邦捜査局が連邦検察を使っても簡単に大物弁護士に手をつけることはできないでしょう。」
カニングハムは無表情を続けていました。
「しかしこの何日間が勝負だ。あの小山も福本の子供を無罪にするために必死になっている。なんとか食い止めなければ。」
「あと回収していない情報といえば、パーム・パイロットですね。」
「小山の自宅にもないことがわかっている。昨日報告が入ってきた。」
「小山の自宅にあるコンピュータからは一切我々に不利になる証拠は発見されませんでした。」
「パームは一体どこに…。」
他の弁護士が口を挟む。
「パームにしたって存在すらわかっていないじゃないですか。もしかしたら、まだFBIや小山も持っていないかも…。」
カニングハムは低い声で、
「我々の同士である親愛なるトニー・ゴンザレス捜査官もFBIの捜査の過程でパームは見つかっていないと言っている。」
とつぶやきます。
ひとりの弁護士がカニングハムを少しでも安心させようと、
「そうです、FBIもまったくパームのことについては気づいていないのです。大陪審でも我々に不利なパームの情報は出てくることはないでしょう。」
カニングハムはいまいましげに宙を見つめ、
「持っているとすれば小山か福本のガキだ。」
そのときけたたましく電話が鳴りました。カニングハムは受話器を取り、2、3回うなずくとすぐに電話を切りました。
「今、小山の事務所も捜索したがなにもない様子だ。小山の事務所のコンピュータにも我々に不都合な情報はない。」
「小山か福本のジュニアがパームの内容に気づいていながら隠しているのでしょうか。」
「そうなるとコトだな。」
「現時点ではFBIも手詰まりなはずですから、我々も全力でカニングハム・グループを守ります。」
他の弁護士もうなずきながら賛同しています。
「ここまで大きくなったグループはベーツ&マコーミックの歴史でもそうありません。やはりカニングハム弁護士は失えない存在です。対外的にもとにかく食い止めることが大事です。」
「ロビンスとフクモトは死人ですから、あの二人に罪をかぶせるのが一番手っ取り早い。カニングハム・グループと麻薬をつなげるものは現在何もない。個人的にロビンスとカニングハム・グループがつながっていたとしても何ら不思議ではない。」
「今まで、FBIが挙げてきている証拠はこの召喚状によれば何度かあなた…つまりカニングハム弁護士…とロビンスが親密に付き合っていたという事実と、カニングハム・グループに出所の確かでない収入があったということだけです。重要参考人とはなっても麻薬売買に関係していたことは立証できないでしょう。コロンビア側にもFBIが捜査の手を伸ばしている様子ですが、通信は一切Eメールでしたからね、わからないはずです。差出人の身元も割られることはないとおもいますし。」
「少々不安材料なのがギャリソンの存在を小山が写真に撮ってしまったことですね。情報がFBIに渡っている危険性があります。」 
「良い弁護をするためには多額のプロモーション代が必要になる。我々は、現在アメリカの大型法律事務所がしている当たり前のことをしてきただけです。守り抜かなくては。」
三人の弁護士は様々な意見を述べました。カニングハムがうなずくと三人の弁護士は部屋を出て行きました。
「ガッデム(畜生)…このまま私の築いてきた地位や富をやすやすと失うものか…。」
カニングハムは卓上に置いてある妻と子供の写真を眺めていました。席を立ち、絶景のサンフランシスコ湾を無表情で眺めたあと、カニングハムはポータブルのコンピュータを立ち上げ、Eメールをいくつか打ちました。打ったあとにすぐにメールを削除します。
壁のケースからブランディーを取り出します。クリスタルでできたチューリップ型のグラスに少々の琥珀色の液体を注ぐと良い芳香が広がります。しばらく手で温めながらカニングハムはグラスを口にします。
目を軽く閉じたカニングハムはベーツ&マコーミックに入所した時の事を回想します…。カニングハムは弁護士になりたての頃は正義の心に燃え、パブリックディフェンダーの事務所に入所しました。弱いもの、法律のシステムに押しつぶされそうなもの、それを助けられるのは法律しかない。三谷先生と同じ理想に燃えて入所したものです。いくつも政治的見解にチャレンジして貧しいものの権利を確立したり、大きな企業を相手に代表訴訟をしたり、輝かしい実績を作り上げてきました。カニングハムは自分でそれで満足なんだと思っていたのです。ところが、法廷弁護人として名をあげてくると、様々な誘惑が彼を襲いました。きらびやかなパーティー、そこで出会う大物政治家や実業家、何桁も違うビジネスの話、世界規模での旅や仕事にかかわった話。政治家からのアプローチや賄賂。企業からのオペラやゴルフ、それに現金での接待。カニングハムは変わりました。まず資本主義の世界ではお金からはじまる。貧しい人を助けるのと同じ労力を使えば、何億円にもなる仕事がある。次第にカニングハムは三谷先生のような弁護をする弁護士を疎んじるようになりました。今まで感じていた正義感とは一体なんなんだ、結局自分が幸せにはなっていないのではないか。次第にカニングハムは「力」を持った人々との交流が盛んになりました。パブリック・ディフェンダーの事務所を惜しまれながらやめたカニングハムは、手にした人脈をもとにベーツ&マコーミックに移籍します。大きな事務所という名前だけに引かれてくる、何も知らない大企業。接待で満足してしまう、会社のトップ。今までに手にしたことのない弁護士費用の額が入ってくるようになりました。得たお金は、勉強ができ、よく言うことを聞く新米弁護士の給料、それに数々の調度品や欲を満たすための道具として消えていきました。ただ、ベーツ&マコーミックで地位を保つにはお金はあればあるほど良い。それがステータスなのです。10人のアソシエート弁護士と23人の事務員を食べさせ、更に大きくなるための資金がこのグループには必要になったのです。南米で活躍する実業家、カルロス・デ・エストロもカニングハムの顧客でした。顧客の中でも非常に上客だといってもよいでしょう。カニングハムはエストロのために様々な事件を扱い、便宜を図り、時には弁護士という立場を越え、政治的にも介入しました。
エストロは自分の弁護士を信じ、自分がコロンビアを通じて行われている麻薬シンジケートの大物であることを明かします。カニングハムはお金の計算をはじめ、自分がかかわることのリスクよりも麻薬による収入の大きさに心を奪われました。エストロから紹介されたロビンスはカニングハムの親友となりました。ロビンスはカニングハムと組み多大な麻薬をアメリカに密輸しました。ちなみにエステロは3年ほど前にFBIがコロンビア警察と組み(もっともFBIがほとんどの仕事をしたが)コロンビーニ一家を壊滅に追い込んだときに捕まりましたが、護送の途中、集中的な銃撃戦が始まり死亡しています。エストロ亡き後、カニングハムとロビンスは手先を操り、常に多大な富を得ていました。何事も大物弁護士の力を使い秘密裏に処理されていました。
ところが、ロビンスの紹介で仲間に引き入れようとした福本氏がいらない正義心をおこしました。福本氏はお金は充分にあり、お金では彼をひきつけることができませんでした。それどころか、カニングハムが福本氏をひきつけようとして裏で根回したために成功したサンフランシスコ・トレードセンターの設計を福本氏とする指名も、福本氏には効き目がありませんでした。逆にカニングハムの口添えがあったものの福本氏は実力で指名を受けたものだと信じていました。福本氏がロビンスを自分のプロジェクトのチーフ・デザイナーにしていたのもロビンスの実力のみを買っていたからでした。福本氏はロビンス氏に麻薬との縁を断ち切るように何度も説得を続けました。
(今からでも遅くはない…)
福本氏は率直にロビンスを仕事仲間、いや友達として忠告しました。ロビンスも決して麻薬に関係することを望んでいたわけではありませんでした。ロビンスも心が揺れてきました。
(とにかく今回は目をつむるから、ジャック、もう二度と麻薬に係わらないでくれ)
(…。)
(ジャック、君は麻薬に手を出す必要がまったくない人間だ。君の才能は素晴らしい。ぜひ一生私と組んで仕事を続けてもらいたい。君と仕事ができることは私にとってどんなに励みになることか。)
(福本さん…。)
(ジャック、君みたいに腕の良い芸術家が秘められた才能を人々のために使わないでどうするんだ。悪い方向に使っては無駄になる。)
ロビンスはプロとして尊敬する建築家の言葉に動かされました。
福本氏に懇願されたロビンスはカニングハムに今回の密輸を最後にカニングハムと縁を切る旨を伝えました。
カニングハムは自分の思惑から離れていく人間に非常に不満を持ちました。表に出る前に葬るしかカニングハム・グループを守る方法はない、カニングハムはメキシコの配下に手配を依頼し、ロビンスに渡す最後のヘロインの粉の袋を用意させました、しかも爆弾付きで。
(ロビンスとフクモトにすべてしょってもらおう。)
麻薬を捌いてふところに入る膨大な金額は、カニングハムを人を1人2人殺すことも容易く考えさせるようになっていたのです。
カニングハムの誤算はロビンスのスーツケースにではなく福本氏のスーツケースに麻薬が入っていたことでした。福本氏はあくまでもロビンス氏の将来をおもんばかり、
(最後の危険だったら私が肩代わりしても…)
と考え、あえて自分のスーツケースに麻薬をいれたのです。
リモートコントロールを使った遠隔操作により爆破したスーツケースは福本氏のものでした。最初はロビンス氏に捜査の目がむけられると思ってロビンスの家に麻薬を隠そうと思っていたカニングハムは急遽予定を変更して、代わりに福本家に大量の麻薬を隠しておいたのです。捜査の目が福本家に集中したためにある程度強引に証拠を回収しようと思い、様々な行動に出ざるを得なかったのです。
 
 大陪審の捜査内容は麻薬関係ですから、実際に麻薬に手をつけていなかったカニングハムは何ら実行犯として処罰されません。しかしアメリカにはRICO法
(Racketter Influenced and Corrupt Organization Act)とよばれる法律があります。RICO法とは簡単に言えば、末端の犯罪を実行するものを処罰するだけではなく、その実行を教唆したり陰謀した者まで実行犯より重い罪で処罰できる法律です。現在カニングハムが重要参考人として出廷を命ぜられているのはこのRICO法に基づいて、実行犯ではないが首謀者であるとしてです。首謀者であれば、実行犯と同じか時にはそれよりも重く罰せられることになるのです。RICO法により処罰される麻薬密売組織のボスは少なくありません。カニングハムも充分そのことを知っていました。
カニングハムは唇を噛みました。
「FBIがどのような捜査をしても私の築いた地位は崩させない。」
カニングハムにはFBIだけではなく今回の事件に関与している弁護士の小山が許せませんでした。
「何が紳士的だ、泡を食わせたつもりだろうが、私の地位を辱める人間には制裁をくだす。」
苦々しくつぶやくとまた無表情に戻ったカニングハムは上下で5000ドルもするイタリア製のスーツの上着をつけ、事務所のエレベータを駐車場まで下りました。最新型の濃紺色で2ドアのベントレーに乗りこむと、夜の街を加速していきました。FBIのアメ車があとをつけていきます。
バックミラーを確認したカニングハムは尾行に気づきました。カニングハムはスピードを法定速度に保ち、緩やかにフリーウェイを自宅のあるヒルズボローにベントレーを走らせます。空港よりもちょっと先に位置する高級住宅地です。ロビンスの家からそう遠くはありません。
まったくエンジンの音がしない室内でハンドルを握ったカニングハムは何度もFBIに対する呪詛を唱えています。
「私は絶対に捕まらない。」
カニングハムの目はぎらぎら光っていました。
「大陪審など乗りきってやる。」

【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

4/29/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第14回目です。

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第14章 刑事捜査 (Criminal Investigation)
 
時間を少し戻しましょう…。私が水曜日の午前中に真治君の刑事法廷、午後はしつこいカニングハムと対決している最中、FBIも忙しくしていました。私の持っている…いやコンピュUSAにあるパーム抜きでもある程度事件の証拠を固めつつあったのでした。
水曜日の朝、マックブライドと私は、事件のことや麻薬のことについて法廷の外で話し合いましたね。その後、私がプリ・トライアルで裁判官のチャンバーに入っていたとき、傍聴席にいたマックブライド捜査官のところに、捜査中ということだったギャリソンについて同僚のFBI捜査官から待ちに待った情報が入ってきたのです。ですから彼は途中でいなくなったのですね。
携帯電話の振動で、マックブライドは傍聴席を離れ、また日差しが明るい廊下に出ます。
「マックブライドだ。」
「グッド・ニュースです、捜査官。」
「昨日、あの弁護士の小山から受け取った写真の男…リック・ギャリソンをスポット(発見)しました。」
「それは、エクセレント・ニュースだ。」
マックブライドの電話を持つ手に早まる心臓の鼓動が伝わってきます。
あの、イタリア人っぽい顔だちをしているリック・ギャリソンの居場所をFBIは付き止めたのです。私の撮った写真にあった車のナンバー・プレートをもとに捜査が進められたのです。
「マックブライド捜査官、発見しただけではありませんぜ。」
「もったいぶるなよ。」
マックブライドは鼻を鳴らしました。
「潜伏先もつきとめました。」
「でかした。」
「40人突っ込んでいるんですからね。スピードが勝負です。」
マックブライドは一息つきました。気持ちを押さえて質問をしていきます。
「ギャリソンはどこにいる。」
「仲間のところに潜伏しています。」
私に写真を撮られてから、ギャリソンはコロンビーニ一家の残党である仲間の家に転がり込んでいたのです。
「地理的には?」
「サンルイス・オビスポです。」
サンルイス・オビスポという街はサンフランシスコから南に200マイルほど下った、ちょうどロスアンジェルスとの中間に位置する街でした。あまり大きくない学生町です。FBIもいったん追跡している者の面が割れると、捜査は電光石火です。その潜伏している付近に停めてある車のナンバーがギャリソンが借りたレンタカーのナンバーと一致します。
ギャリソンを見つけたことで、FBIは色めきだちました。マックブライドは一線の捜査官としてギャリソンだけを逮捕するようなことはしませんでした。
「わかった、すぐに計画を立てる。見張りを頼む。」
「イエス・サー。」
知らせを聞いたマックブライドは直ちに直属の捜査官を現地に直行させるとともに、完璧な盗聴器具の設置と見張りをたてる準備の手配をしました。
「待ってろよ。コロンビーニども。必ずおまえらのラインを根絶してやる。」マックブライドは押し殺した声でつぶやきました。
 マックブライドは、私が申し立てた起訴取下げの申立てについての審理が来週の水曜日に行われることを重々承知していました。また、FBI側が決して有利ではないことも知っていました。マックブライドは慎重にギャリソンの動きを見守りました。
サンフランシスコで指揮をとるマックブライドに、時を追うごとに有力な情報が捜査員からもたらされます。マックブライドは決して焦りませんでした。しかし何も大きな収穫がないまま1週間過ぎれば、真治君の起訴取下げの申立ての審理期日がやってきます。それまでになんとしてもコロンビーニにかかわる麻薬捜査を進めなくてはなりません。FBIにしても1つの麻薬捜査に多大な時間を費やしているわけにはいかないのです。もし、捜査が行き詰まれば、真治君の起訴が取下げとなった時点で、このコロンビーニの捜査の人数は大幅に削られてしまうでしょう。ですから、マックブライドにとってもこのギャリソンのような小物を捕まえるだけではインパクトが弱いと考えているのです。
「ボスさん、早く出てきてくれよ。」
マックブライドの独り言です。
 面が割れているギャリソンは、大きな空港つまりサンフランシスコやロスアンジェルスからはまず国外逃亡しないでしょう。この小さな街、サンルイス・オビスポから船または小型ジェットで逃亡の伝手を探るつもりなのでしょう。このままアメリカに居つづけることは、ギャリソンにとって対警察でも対組織でも危険です。必ず動く、とマックブライドは読んでいました。
FBIのサンフランシスコ本部で指揮を取っていたマックブライドに私が電話をかけたのはこのころでした。ギャリソンを見張っている間に私の家に入りこんできた賊がいるという話を聞き、マックブライドは大きな組織が積極的に動いていることを再認識しました。捜査班とマックブライドが私の家の検分を終わり引き上げた後、つまり私が真治君とカップラーメンを食べていたころ、マックブライドは連邦のマラック検事と二人でコロンビーニ一家について話をしていました。
 
深夜の検察局に職員はほとんとどいません。しかし、他の建物と変わらず、夜でも電気はつけっぱなしにしてあります。マラック検事はマックブライドが来るのを、待ち望んでいたようでした。マラックの顔がはれていて眠たそうです。そのためか、さっそく本題に入ります。
「マックブライド捜査官、その後どうですか。」
「検事、やはり敵は大きいですね。」
「というと…」
「ギャリソンという小物は見張ってあります。盗聴も完璧です。」
「盗聴しても証拠にはならないが、いいきっかけとなる情報がつかめるかもしれないな。」
「今は待ちの状況です。」
「来週の水曜日はシンジ・フクモトの起訴取下げの申立ての審理がある。」
「わかっています。」
「弁護士の小山の言っていることを裁判官が買うかもしれない。」
「その危険性は充分わかっています。」
マックブライドは真剣な目でマラックを見つめました。
椅子を揺らしながら、マラックはマックブライドの目を値踏みします。ちょっと間を置きながら、マラックは続けます。
「捜査官、本当ですか。あの大物弁護士のビクター・カニングハムも捜査の対象になってるって。」
「私のFBIの内部報告書をご覧になったのですか。」
「そうです。ちょっとびっくりしました。」
「死んだロビンス氏とメキシコに何度も飛んでいるんです。」
「それ以外にカニングハムをコロンビーニとくっつける要素は?」
「多額の出所不明の入金がカニングハムにあります。それも南米のコロンビアやメキシコから直接入ってくるのではなく、ケイマン諸島や香港を経由して入金されています。」
「入金があったというだけでは、麻薬の関連性は語れないよ。なんでも、カニングハムは南米にもクライアントをたくさん持っているそうじゃないか。彼の弁護費用は高そうだからな。」
マラックはにわかに興味を失ったようでした。
「マラック検事、2、3年前にコロンビーニ一家を撲滅したというニュースが入ってきましたが、そのあともサンフランシスコや他のカリフォルニアの大都市での麻薬犯罪は一向に減っていません。いや、増えている。」
「私も麻薬事件にはうんざりだ。」
マラック検事は自戒のようにつぶやきます。
「私は、コロンビーニが全滅しているとは到底思っていませんでしたし、現にギャリソンが動いている。」
「それはわかっている。しかし、証拠をもう少し積み上げない限りカニングハムを裁判所に連れてくるのはまずいだろ。」
「その証拠を今、固めています。」
「質のよい証拠が揃うといいが…。来週の水曜日にシンジ・フクモトが起訴取下げになってしまったら、このコロンビーニに関する捜査は大打撃を受けることになってしまう。」
マックブライドは立ちあがり、マラックの部屋の棚にある法律の本をいじりだしました。
「検事さん、実は私、体をこわしていましてね。」
「どういうことですか。」
本を品定めするようにしながらマックブライドは続けます。
「悪性の腫瘍なんですわ。胃の方なんですけどね。」
「そうなんですか。」
「入院すれば、3ヶ月で治るとは言われているんですが、第一線でやっていくのはもう無理かな、と思っているんです。」
「…。それは悲しいニュースだ。」
「これが最後の捜査になるかもしれません。だから…だからどうしてもやり遂げたいのです。」
「カニングハムを捕まえたいんですね。」
「今まで浮かび上がっている人間で、組織を操れるだけの頭と行動力それに適切なコネをもっているのは彼一人ですから。」
「彼を押さえれば組織をつぶせるかな。」
「単純かもしれませんが、それが一番効果的だと思います。」
マラックはため息をつきました。そのため息に反応したようにマックブライドは机をはさんで、マラックの正面の席に腰掛けました。
「マラック検事、お願いがあります。」
「なんでしょう。」
「大陪審でカニングハムを起訴に持ちこんでいただけないでしょうか。」
「うむ…。」
マラックは天井を見据えて考え込んでしまいました。
「マックブライド捜査官、ちょっと時間をください。」
「考えていただけますか。」
「できれば、もうちょっと証拠が欲しいね。大陪審を説得する証拠が。」
「証拠、ですね…。また明日検事のところに寄らせていただきます。」
「がんばってください、マックブライド捜査官。」
「レーター(Later:それじゃ後で)」
 マラックは、マックブライドの背中をじっと見つめていました。
夜はふけていきます。
 
FBIの事務所に戻り、マックブライドはギャリソンに関するニュースを待ちつづけます。毛布に包まって仮眠を取る捜査官もいましたが、マックブライドはまったく眠ろうとはしません。
定期連絡がはいりました。
「マックブライドだ。」
「捜査官、ご苦労様です。」
「今日、ギャリソンは何本か電話をかけました。携帯電話からです。」
デジタルの携帯電話の傍受は一般には難しいものとされていますが、FBIのバス一台にぎっしり載せられた機器があれば、従来の電話よりもクリアーに傍受することができます。ギャリソンが電話をかけるたびにその相手方の番号から持ち主を割り出し、捜査が開始されます。機動力が注がれ、ギャリソンの相手方が次々にマークされます。
「なにか収穫は?」
「ギャリソンの女は割り出しました。」
「女か…。他には?」
「いえ、女だけです。」
「内容は?」
「まったくの世間話…というか突然ギャリソンがいなくなったために、荒れ狂っている女をギャリソンがなだめていました。麻薬とは関係がないようです。」
「それじゃ、意味ないな。」
「しかし、苦労しました。ギャリソンが使っている携帯電話なんですが、最新のやつなんです。プロテクションがきつくて電波の割り出しがいつもより大変でした。」
「それはごくろうさん。」
「最近の携帯電話はEメールとかまで送れちゃいますからね。なんでもできるんですよ。」
「Eメール…、それだ。」
マックブライドの頭の中でもこれまでたびたび標的にされていたコンピュータとEメールが結びつきました。
「マックブライド捜査官、Eメールの送り先の割り出しを進めましょうか?」
「できるかね。」
「やってやれないことはないですが、送り先の相手がどこの誰かをつきとめるのは難しいかもしれません。」
「とにかく頼めないかな。」
電話を切ったマックブライドは、体をほぐす意味もこめて、部屋中を歩き回りました。5分もしないうちにさっき電話をしてきた現場の捜査員から電話がありました。
「どうだった。」
「Eメールのアドレスはわかりました。Vgod@….comです。ギャリソンが2件送信しています。内容は特殊なコードで守られていてわかりません。」
「それじゃ、そのメール・アドレスかドメイン・ネームの持ち主はわかるか。」
「それも確認しましたが、現実に存在しない人の名前でユーザー登録がされています。」
マックブライドは5分程度の捜査でここまで割り出せる自分の属する組織の捜査員と機械の能力に感嘆しました。しかし、本音は…、
(手詰まりだな。)
 
朝になりました。
捜査員が、またギャリソンの携帯電話からEメールが電波を通して送られたとマックブライドに連絡があったのは朝6時過ぎでした。
ここで、マックブライドはひとつの決断をしました。
「踏み込んで、ギャリソンを逮捕しろ。」
「いいんですか。」
「その携帯電話を押収するのを忘れるな。」
30秒後には、ギャリソンはFBIの手に落ちていました。ちょうど、もう1件Eメールを書くのに必死になっているギャリソンを捕らえたために、携帯電話はすんなり、FBIの手に落ちました。
捜査員の一人がつぶやきます。
「いい電話だな…。俺が欲しいくらいだよ。」
 手袋をはめて、ギャリソンの携帯電話を検分していた捜査員が、送信済みのメールを発見しました。そのメールにはこう書いてありました。
ヴィクター、リック・ギャリソンだ。
今いるところは言えない。
とにかく、あのくそ弁護士の小山の処分を頼む。
捜査員は、新たな証拠を発見し色めきました。マックブライドは狂喜しました。
マックブライドは携帯電話の保存はもちろんのこと、携帯電話に入っている情報をすべて知りたいとを指示しました。調査には15分ほどかかりました。遅い、と舌打ちしたマックブライドはファックスで送られてきた電話番号のリストに目を移します。
送られてきたリストには携帯電話の番号から、誰が所有している電話なのか住所や持ち主もすべて割り出してあります。15分じゃ早いですよね。そのリストに、カニングハムの事務所に通じる電話番号が見つけられました。
(カニングハムか、胡散臭い奴だな。)
ちょっとの間を置いて、マックブライドは自分の机の上にある電話を使って検事局に電話をいれました。
「US Attorney’s Office(検事局です)。」
「マラック検事をお願いします。」
ちょっと待たされて、マラックが電話に出ました。ちょうど法廷がはじまる前準備をしていたところなのでしょう。
「検事、昨日はどうも。」
「あれから、なにか掴めたかね。」
「ええ、かなり面白い証拠が手に入りました。」
「聞かせてもらおう。」
「はい。」 
「捜査に進展があったんだね、マックブライド捜査官?」
マックブライドはさっき眺めていたファックスを片手に話をきりだします。
「おおありです。」
マックブライドはカニングハムの電話番号がギャリソンの携帯電話から割り出されたこと、それに送信済みのEメールのことなど、順番を追って話していきます。
マラックは考え込んでいるようでした。
そのとき、マックブライドの携帯電話が鳴りました。
「マラック検事、またすぐにかけます。」
といって机の上の電話を切ります。
携帯電話を耳に当て、ハローと言おうとすると、受話器の向こうから
「収穫です」という声が聞こえてきました。
「マックブライドだ、どうした。」
「サンフランシスコの捜査班から連絡があり、ギャリソンが住んでいた家にある留守番電話からカニングハムのメッセージが見つかりました。どうも2、3日前のらしいですね。」
「それは素晴らしい。」
「内容は、様子をうかがいにかけてきているだけですから、なんとも言えませんが…。」
「でも、電話をしてきているのだから、有罪になるかならないかはこれからの捜査に任せるとして、起訴はできるだろう。」
「いけるかもしれませんね。」
電話を切ったマックブライドはマラック検事に再度電話をかけて、また新しいニュースを伝えます。
マラックのうなずきが、リズム感を持ってきているのがわかります。マックブライドは熱心にマラックを口説きました。
「マックブライド捜査官、ちょっと待っててくれ、今ボスの(上席の)検事と話してくるから。」
「OK.」
マックブライドがしばらく待たされると、検事局にじきじきに来てくれという要請がありました。同席しているのは、サンフランシスコ連邦検事局長のイタリア系老検事ジョン・ミラノです。イタリア系の温厚そうな銀髪の紳士です。言葉はあまり挟みません。マックブライドは面持ちを引き締めて、検事局に向かいます。話し合いは2時間にも及びましたが、マックブライドがカニングハムの大陪審喚問を主張して譲りませんでした。
「とにかく、これだけの証拠があれば被疑者として大陪審にかけることには問題はないはずです。それにこれからも捜査は続行していきますが、なにせ相手も大物弁護士です。とにかく防御をさせる前に召喚をするべきです。」
「しかし、後で不起訴となると問題になるな…。」
「間違っているということはないでしょう。小物の運び屋であるギャリソンが小山弁護士のことを述べていましたし、カニングハムもギャリソンとの関係を否定できない。」
「小山ね…。」
マラック検事がつぶやきました。
そのつぶやきを受けて、マックブライドが
「彼は若いけれど非常に有能な弁護士です。勘も良い。私は非常にかっています。背後組織のことはあの弁護士のおかげで見えてきたのです。福本氏が巻き込まれていたのもカニングハムが噛んでいたからでしょう。彼がいなければ事件は進んでいなかったかもしれません。」
と断定的にいいました。
検事局と話し合いを続けていく間にもひっきりなしに、マックブライドの携帯電話が鳴り、電話を切るごとに新しい情報が入ってきます。
マラックとミラノ検事局長はそのたびにじっとマックブライドの顔を見つめます。
電話を切ったマックブライドはマラックとミラノ検事局長を交互に眺めながら静かにこう言いました。
「最初に福本家に麻薬が隠されているといってかかってきた匿名電話もギャリソンの声に間違いありません。声紋が一致しました。」
「ギャリソンをつつけば、もっと何かでてくるな。」
マラックは興味津々になったようです。
「私はカニングハムが組織の上に立つ人間だと確信しています。」
マックブライドは寝ていないためにはれた瞼を一所懸命みひらきながら、検事たちに訴えます。
ミラノ検事局長はマックブライドの言うことに真剣に耳を傾けながら、
「その若い弁護士や君が明らかにしてきた背後組織のボスがカニングハムだったら、すごいことじゃないか。ニュースのヘッドラインにもなるし、これからの麻薬撲滅にプラスになるよ、もっとも彼を有罪にできたらの話だが。」
とつぶやく。
「そのためにも大陪審の召喚を…。」
ミラノ検事局長は
「わかったよ、ほかならぬベテラン捜査官の勘だ、信じよう。」
「あ、ありがとうございます。」
マラックが口をはさみます。
「検事局長、来週の水曜日に小山弁護士が申立てをしていまして。起訴取下げの申立てです、シンジ・フクモトの。」
「その申立ては通りそうなのかね。」
ミラノ検事局長はじろっとメガネを通して、マラックを見つめます。
「え、その、全力を尽くしますが…。」
「それならすぐに動いて、来週の水曜日までになんとかカニングハムを召喚するんだ。それなら、シンジ・フクモトが起訴取下げになっても我々の体面は保てる。」
マラックが激しくうなずきました。
マックブライドはほっとした様子です。
昼前にはサンフランシスコ連邦検事局で召喚状が作成されました。その召喚状が直接カニングハムに送達されたのは、カニングハムが顧問会社の重役とのランチミーティングに出席しようとまさに事務所を出ようとしていたときでした。麻薬密売組織に関する重要参考人として出廷を義務付けられていることが明記されています。期日は、真治君の刑事事件における起訴取下げの申立ての審理と同じ来週の水曜日です。時間は朝9時になっています。​

【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

4/24/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第13回目です。

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第13章 証拠開示の申立て (Motion to Compel Production of Documents)
 
サンフランシスコ郡の裁判所は連邦の裁判所のすぐそばに建っています。1989年にサンフランシスコで地震があるまでは市庁舎と合併されていたのですが、地震で市庁舎が閉鎖になると、仮の建物に裁判所が移されました。およそ10年の年月を経て、新しい6階建てサンフランシスコ郡裁判所が完成しました。モダンな造りですが金属を多用しているため、冷たい感じがして評判はいまいちです。それでも、各法廷は荘厳な感じが良く表されています。民事事件に関する様々な申立ては実質的な裁判の審理とは違うので4階や5階ではなく2階で審理されます。ガルシア裁判官が申立て(Motion)を専門に判断する判事としてサンフランシスコ地裁に着任しています。ガルシア裁判官は新聞をにぎわす決定をよく書くことで知られています。
アメリカの裁判所で良くあるパターンですが、裁判のステージが進むにしたがって階が高くなっていくという傾向があります。ちなみにサンフランシスコ地裁では一階が訴訟の受理・受付、2階が各種申立てや事件の管理部が置かれています。3階と4階それに5階が裁判が行われる法廷として仕切られています。
私が第214号法廷に入ると、法廷内はスーツを着た弁護士ですでにいっぱいでした。申立ては、一日に20件ほども一人の裁判官が処理しなくてはならないので混んでいるのです。ガルシア裁判官は毎日のように入ってくる事件を事務的にそして正確に処理していきます。私はガルシア裁判官とは相性が良いと思っています。日本の裁判官は、司法試験に合格した者からすぐに任官されますが、アメリカでは20代の裁判官というのはまずいません。なぜかというと、アメリカの裁判官は大統領や州知事の任命、もしくは選挙で選出されるからなのです。たいてい、弁護士や検事を20年ほど経験した人が任命されます。ですから、実務経験が豊富なため、判決も納得がいくものが多い反面、一人一人の判事によって非常に癖があります。良いことでもあり、悪いことでもあります。
 法廷をあまり見まわすことなく私はカニングハムを見つけました。私と目が合ったカニングハムは立ちあがって私に近づき握手を求めました。いつも革の椅子に座っているカニングハムはプラスティックの椅子にちょっとぎこちない様子でした。私も精一杯の笑顔をつくり握手を返しました。すごい力で握ってきます。カニングハムの後ろを見るとスーツを着た三人の若い白人が立っています。3人とも緊張しながらカニングハムの背中を見ています。
カニングハムは私が彼のうしろに立っている3人に興味を示しているのに気づいたらしく、ちょっとうしろを振り向いた後、私に向き直り三人を紹介してくれました。三人ともベーツ&マコーミック法律事務所の弁護士だそうです。このロングフル・デスの事件を担当するためにカニングハムを含めて4人の弁護士が原告側に立っていることとなります。すごいですね。この三人は比較的若い弁護士なので多分まだアソシエートなのでしょう。それでもエリート扱いされ、相当の給料をもらっているのでしょうが。
ベーツ&マコーミックのような巨大事務所になるとパートナーになるためには、既存のパートナーに媚を売り、できるだけ長い時間働き、できるだけ自分の色を隠さなくてはなりません。働くときには週に100時間なんてこともあるそうです。土日なんかありませんね。そして風紀にしっかりはまったものが優秀とされるのです。日本人とか得意そうですけどね。でもこの三人の顔を見てください。みんな同じような顔をしています。できるだけ目立つのを避けるように…。できるだけカニングハムに気に入られたいと思っているのでしょうね。しばらく法律で食べているとこの手の弁護士は法律的には正しいことを言うけれども機転が利かないし、自分で船を進めることができないことがわかってきます。スーツは高そうなものを着ていますが、眼中にないですね。こういう弁護士が相手方として10人出てこようが20人出てこようがあまり関係はないのです。
私は、薄笑いを浮かべてしまいました。
私の気を引くようにカニングハムは言いました。私も顔をカニングハムに向けます。
「どうですか、この申立ての審理が始まる前に我々だけで紳士的に解決しては。」
私はカニングハムだけを見ながら
「賛成ですね。」
と言いました。うしろの三人が、ほれ見たことかという顔をしています。これだけの弁護士が出てきたらひるむのが通常とでも思っているんですかね。
「それは良かった。」 
カニングハムの顔に笑顔が浮かびました。それでも目は笑っていません。
私はすかさず言いました。
「それでしたら、申立てを取下げてください。通常どおりの訴訟進行で、再来週くらいには手元にある書類をそちらにお届けしますよ。なんなら指定した時間に取りにきてもらっても構いませんが。」
カニングハムの笑顔はすっと消えました。
「あくまでも提出を遅らせるつもりですか。」
「遅らせるわけではないが、そんなに急ぐ必要もないでしょう。あなたの申立書には実質的な議論が書かれていない。あなたの頭の中で考えている証拠物がどのようなものかまったく見えない。何か特定されたものがあるんでしょう。」
(パームだろ、このやろう)、と思いながら問い掛けました。
カニングハムは少々上気した顔をしていましたが、特定のものがあるということは否定しました。やはり図星のようです。
「とにかく、あなたの手元にある証拠を出すべきです。」
「出すべきです!? あなたが裁判官なわけじゃない。それは裁判官が決めることだ。あれ、紳士的に解決したいのじゃないですか?」
「…。」
「とにかく一体何を見たいのか特定してくだされば、考えないことはないですよ。」
「特定のものというよりは、現在被告であるシンジ・フクモトが持っている事件にかかわるものすべてを要求しているのだ。わからないかね、小山弁護士。」
「そのような提出要求は被告側にとってあまりにも負担が大きい。」
私は肩をすくめました。
「話し合いでは無理ということですな、小山弁護士。」
挨拶もせずに法廷の裁判官席から向かって右側に、三人の弁護士を従えてカニングハムは去っていきました。
私は向かって左側の方に腰を下ろしました。カニングハムと三人の弁護士がひそひそ話しをする声が聞こえます。まもなく開廷になりました。この法廷もカレンダーされた順番で事件が呼ばれますので、真治君の事件が呼ばれたのは10件目でした。一件の処理に5分から10分ほどかかっていましたので、40分くらい待たされました。一件の処理があまりにも短いと思われるかもしれませんが、事前に書面で審理をしておくのが申立てを処理する裁判官の役目なのです。ですから、弁護士が法廷に出廷するまでには大まかな決定の方向性は決められているといってもおかしくないでしょう。ガルシア判事は本当に手際よく、一件一件着実にさばいていました。ガルシア判事は申立ての概要や反対書面について知りたいことがあると積極的に弁護士に質問をしていきます。ちょっと俳優のカークダグラスに似てハンサムです。
我々の事件が廷吏によって呼ばれ、私も抱えていたかばんを左手に持ち替え立ちあがって、被告席に向かいました。カニングハムも三人を従えて原告席の前に立ちました。スーツを着たカルガモの一家みたいです。法廷内は原告席と被告席が並んでいて、ちょうどガルシア裁判官と対面する形になっています。椅子も原告席と被告席に用意されていますが、短い審理なので座ることはしません。通常、申立てをした弁護人が概略を議論することではじまります。そこでカニングハムが一声を出そうとしたところ、ダグラス裁判官が先に口を開きました。
「申立書、反対書、それに再反論などを読みましたが、実際のところこの事件は通常のロングフル・デスの事件と変わりないと思います。そんなに証拠開示を急ぐ理由があるのですか?」
裁判官は原告側であるカニングハムだけに問い掛けているのではなく、漠然とした質問を提起したのだなと感じ取った私は、すかさず
「ないと思います。もしあるとすれば…先ほど原告側の弁護士と申立てを取下げてもらって平和的解決をしようとしていたのですが…そのとき気づいたことですが、なにか特定なものを早急に見てみたいと原告側は考えているようなのです。それを言ってくだされば、早急に提出するのはやぶさかでない。特定のものが何であるかを考えていない状況でこのような申立てが行われるのは、被告側の弁護を不当に難しくします。」
ガルシア裁判官も同じポイントに気づいているようでした。ガルシア裁判官はカニングハムが口を開こうとするのを押さえて、たずねました。
「原告側代理人…ミスター・カニングハム…一体何を見たいというのですか。特定の証拠があるのでしょうか。」
「そ、それは、現時点では言うのを差し控えますが…特定のものはあります。」
「それではその証拠品を裁判所に対して特定していただけませんか。被告代理人にその提出が可能かどうか打診すれば良いことですから。」
「それは…。」
そのときカニングハムの事務所の若手弁護士が口をあけました。
「裁判長、民事訴訟法2030条以下の趣旨に基づいた場合、原告側の申立ては正当性を有します。」
ガルシア裁判官はあからさまに嫌な顔をしました。
「弁護人、当裁判所は法律に関しては充分熟知しています。それよりも現状をどう解決するか、それが大事なんですよ。わかりますか。」
カニングハムはフォローをいれようとしましたが、結局謝ることで精一杯でした。私は、続けて、
「裁判長、原告側にどのような証拠を開示すれば良いのか特定していただけないでしょうか…お願いいたします。」
カニングハムは私がパームのことを気づいているかどうかがわからないのです。特定してしまえば、私の興味をそそって、その結果、お宝情報を私に知られてしまうことになるのです。できるだけ誰にも知られずにパームがある場所を知りたいのでしょう。私はしっかりとぼけることにしました。
ガルシア裁判官はうなずいて、
「原告代理人、どのような証拠が必要なのか特定をお願いします。」
私も続けます。
「裁判長、先ほど原告代理人は特定のものがあると言ったと思いますが。」
もし私がこの申立ての真の意図を考えておかなければ、訳もわからず提出の期日を早くするか遅くするかの綱引きで終わっていたかもしれません。ところが、どうもパームを欲しがっているところを察した時点でうまく申立てをこちらのペースに乗せることができました。
カニングハムは真っ赤になってしまいました。
(ほれみたことかい)
私は心の中でべろを出しておきました。でも、それでは収まりません。私も忙しいのです。私は、
「裁判長、この状態を見る限りでは、不充分な理由に基づいての申立てだと言わざるを得ません。私としても全力で証拠開示をするつもりですが、逆にこのような申立てがあったのでは、訴訟進行の不利益につながります。今後このようなことがないために、この申立てに反対するためにかかった被告側の弁護士費用、訴訟費用を原告側に負担する請求をここに口頭で申し立てます。」
私はこのような申立てをせざるを得ない自分が残念ですという顔をして見せましたが、毅然とした態度で裁判官を見つめました。チラッと横の席を見るとカルガモ一家がまさに爆発寸前の顔をして、私を見ています。裁判官は、原告代理人であるカニングハムに向き直り、
「原告側は特定された証拠を指定してください。特定ができないのならある一定の範囲での証拠物の特定をしてください。」
カニングハムは、躊躇していましたが、
「現在、特定できません…。」
とつぶやくように答えました。
「それではしかたありませんね。被告側の弁護士費用と訴訟費用をこの申立てに関する範囲で原告側に支払わせる命令をします。今日より1週間以内に被告の費用を被告代理人に支払うこと。金額は裁判所の判断により1000ドルとします。」
裁判官は木槌を鳴らしました。
通常裁判所の弁護士費用や訴訟費用の支払命令は実際にかかった金額よりも少なく換算されます。それでも相手方にとっては屈辱ですよね。
「裁判長、ありがとうございます。」
私は、優雅に一礼をして裁判所を後にしました。カニングハムとはもう話す必要はありません。駐車場に戻った私は上機嫌でした。あのベーツ&マコーミックの強引なやり方にちょっとは報いてやったと思っています。それにしても、裁判官も同じようなことを感じていたように、カニングハムは明らかに特定のもの…つまりパームの提出を望んでいます。そのことを今のところ隠していることは明らかです。誰にも知られたくないのですね。原告であるロビンスにとって証拠の請求をしながら、いざとなると証拠の特定を避けるということは事件の進行にとってはプラスにはなりませんよね。そうするとあのパームに入っている情報は、ロビンスにとってもカニングハムにとってもまずい証拠なのではないか、そんな確信を持つことができました。私が殴られたときに取られたコンピュータ、それに執拗なまでに欲しがるパーム。とにかくなんらかのデータを見られると困るのでしょう。時計をみるともう4時を過ぎていました。事務所に車を向けました。事務所に戻ると心配そうな顔をしていた千穂さんと三谷先生が待ち構えていました。
「なんですか二人して。」
「どうだった、ベーツ&マコーミック相手にして。」
「こっちの弁護士費用まで取ってやりましたよ。」
ふたりともほっとした顔を見せていました。私の部屋で事件の経過を話していました。陽は沈んでいきます。そのときけたたましく私の直通回線が音をたてました。
誰だろうと思い受話器を上げてみると真治君でした。
「先生、たいへんだ。家に泥棒が入ったみたい。家中があらされているよ。」
私は椅子から滑り落ちそうになりました。三谷先生と千穂さんがじっと私を見ています。
「おいおい、本当? 今すぐ帰る。」
「僕も今帰ってきたところだから、どうしよう。」
「何も触っちゃいけない。もう賊は帰ってこないだろうから、玄関の前で待っていて。」
簡単に三谷先生と千穂さんに説明をして、車をすっ飛ばして家に帰りました。家に帰ると、真治君は無事なようでした。それを確認すると少しはほっとしました。
真治君は今日裁判所に行ったこともあり少々疲れ気味でしたが、しっかりしていました。私の顔を見るとちょっとは安心したようです。
「すごいですよ、家の中。」
「なんだよ。いつでもそんなにきれいじゃないけど、荒らされたら片付けるのが嫌になっちゃうな。」
私は、家の中を見まわしました。賊は裏にある勝手口のカギを壊して進入した様子です。手際が良いのと薬品を使っているところを見るとちょっとしたこそ泥ではないようです。見まわしましたが、何も取られている気配はありません。銀行関係や、他の大事な書類も手付かずです。ふっと真治君の家で賊に襲われた思い出がよみがえります。私は真治君が寝起きしている書斎に走りました。
やはりありません。コンピュータの本体が根こそぎ持っていかれてしまっています。これで、確信できました。賊は福本氏に関係しているコンピュータのデータを欲しがっているのです。私は携帯電話を使いFBIのマックブライドに電話をかけました。
「これは弁護士さん、どうなされましたか。」
あくまで事務的に受け答えをしているマックブライドですが、私は興奮せずにいられません。ちょっとしゃべるのが早くなってきているのが自分でもわかります。
「捜査官、たいへんです。賊が私の家に入ってきた。コンピュータを持っていってしまいましたよ。」
「えっ、いつです。」
マックブライドも興奮しています。
「真治君が学校へ行き、私が法廷に行っている間です。」
「そちらでお会いしましょう。」
マックブライドは20分もかからず私の家に来ました。ピザの宅配より早いですね。マックブライド以下7人ほどのFBIの捜査員は3台の車でやってきて私の家をマグネシウムの粉を使ったり、フィルムを使ったり細かいところまで検分していました。また、近所に聞きこみにあたっていました。
しばらくしてからマックブライドがつぶやきました。
「プロですね。福本氏の家に入った賊と同じ化学薬品を使っている…。」
「やはり、麻薬に関係しているのでしょうね。」
「そうですね…。」
「賊はどのようなデータを探しているのでしょうね。」
私は探りをいれてみました。
「それはFBIでも現時点でははっきり言えない。ある重要人物についてそれなりのデータを集めているんだが尻尾をださないんだよ。」
 FBIがまだパームの存在、それにVgodやJgodなどについてのデータの存在を掴んでいないこともはっきりしました。前回マックブライドが「ベンツでなにか発見したのでは」と言ったセリフはひっかけ問題だったのです。そうすると、パームのデータについて知っているのは私だけということになってしまいます。ちょっと大変なことになってきました。私は更にマックブライドにたずねました。
「わからない、わからないとFBIはいっているけれど、何かつかんでいるんでしょ。もう真治君を無罪にしてあげてくださいよ。」
「背後組織についてグランドジュリー(大陪審)が動いてくれないかなぁ…。」
と言ってマックブライドは口をつぐみました。マックブライドのつぶやきを聞き逃さなかった私は、
「大陪審が動いたら大事になるね。」
と言いながらマックブライドを見つめました。
 
グランドジュリー(大陪審:Grand Jury)というのは、日本ではあまりなじみがないコンセプトでしょう。よくテレビや映画で12人の一般人が裁判を通して主張を聞き、評決(Verdict)を下すという場面に出くわされたことがあるのではないですか。あの制度も陪審制度と呼ばれています。ただ、正確にはペティット・ジュリー(小陪審:Petit Jury)と呼びます。民事裁判でも刑事裁判でも実質的に事件を審理するのは小陪審なのです。今では一般的にジュリーといえば小陪審のことを指すのです。これに対して、大陪審というシステムが伝統的に英米法に存在します。刑事事件に使われるコンセプトです。日本では、被告人を刑事裁判にかけることを起訴するといいますが、この起訴をするかどうかの決定を下すのは検察官です。アメリカにおいて刑事裁判にかけるかどうか、つまり被告人を起訴するかどうかを決めるのに基本的に3つの方法があります。ひとつは日本のシステムのように、検察官が起訴を決める方法です。二つ目は真治君が起訴されたときのようにプレ・リム(Preliminary Hearing)という裁判官の決定を通してなされるものです。3つ目の方法が大陪審にかけるというやり方なのです。
ある一定の犯罪においては必ず大陪審を経なくてはならないとアメリカの憲法で定められています。特に重大な犯罪の場合には大陪審を経て起訴がされます。カリフォルニア州の裁判所では大陪審はありません。連邦の裁判所に限られています。大陪審は一般市民16名から23名で構成されます。一事件単位で集まるのではなくいくつもの事件にかかわります。連邦裁判所には大陪審の部屋が用意されています。大陪審の役目は、事件に関わるさまざまな証人を召還して被疑者を起訴するかどうかを決めることです。大陪審が開廷されると、まず連邦の検事や大陪審が適当と認めた証人を召還します。もちろん、被疑者も召還されることになります。次に検事が被疑者や証人に対してさまざまな質問をすることになります。そのやりとりをもとに大陪審が起訴するかどうかを判断します。特筆すべきは、この大陪審に喚問された被疑者や証人は弁護士をつけられないということです。黙秘権は認められていますが、弁護士をつけて大陪審に臨むことはできないのです。被疑者や証人についた弁護士は大陪審室の外で待っていなくてはなりません。被疑者や証人が弁護士に相談したい場合には、証言を一時中止して大陪審室の外に出て弁護士と話さなくてはならないのです。裁判官はいません。陪審員が起訴と決定すれば、連邦の刑事裁判にかけられることになります。
 
 真治君が逮捕されたときにはプレ・リムという裁判官が決定を下す方法で起訴か不起訴か決められましたね。ところがマックブライドいわく、大陪審が動いているとのことですから、相当に大きな事件が背景にあるということになります。それも真治君はすでに起訴をされていて実質的な審理に入っていますから、真治君のことではありません。私はマックブライドのつぶやきを逃しませんでした。
「誰が大陪審の対象になっているんですか。」
「それは本当にわからない。」
「でも、漠然としていても私のクライアントの利益になることでしょ。」
「利益になるかどうかはわかりませんが、コロンビーニ一家にかかわることです。」
「真治君の起訴取下げにできることならなんでも協力しますからね。」
マックブライドが、笑い顔をつくり私に握手を求めました。
「弁護士さん、あなたはタフだ。本当にタフだ。そこまでクライアントのために尽くせる法廷弁護人は見たことがない。敬意を表します。」
「ありがとう。ぼくは真治君を信じているだけだ。それが仕事なんだ。」
「感心します。でも、今は言うことができないんです、小山弁護士。」
検分が一段落して、FBIは引き上げていきました。残された真治君と私はお腹が減ったねと言い合い、カップヌードルを食べました。こんなことがあっても食欲だけにははむかえない二人でした。
私は麺をすする真治君をじっと見て言いました。
「真治君も強くなったな、本当に。」
「そうですか。でも先生と住んでいていろいろ学んだけど、一番大事なものは自分の心の持ちようなんだなと思いました。」
「なんだい、そりゃ。」
「今回のこの一連の出来事で、どんなものでも、ものは失ってしまう。それでも、自分の心に信じている信念は、自分が信じている限りなくならない。そのことに気づかされたんです。」
「君は、恵まれて生きてきて物質的には何も不自由していなかったよね。だけど、わかるよね、生きていくことに本当に大事なものってお金で買うことはできないんだ。」
「はい。それに今回のことで、お金では買えない、これからがんばって生きていくための夢をもらいました。」
「なんだい、それは。」
「夢です、夢。」
「どんな夢なんだい。」
にっこりした真治君は、
「それは言えません。自分でやり遂げるまでは。」
「それは、楽しみだな。ははは。」
お腹の空いていた二人は、一人二個づつカップヌードルを食べていました。結構おいしいんですよね。子供の頃に水泳の後、よく食べた思い出がよみがえります。
疲れていた真治君は先に床に就きました。私は家中ガチャガチャにひっくり返された状態を目に焼き付けながら、パーム・パイロットのことを考えていました。結果的に修理に出しておいてラッキーだったわけです。もうすぐ手元に帰ってくることでしょう。パームのことについては真治君を巻き込みたくないのでまだ言っていません。どんな情報が入っているのかお楽しみです。この事件を解決するカギなのは間違いありません。それよりもFBIのマックブライドが大陪審のことを口にしたことが気にかかります。誰を引っ張ってくるつもりなのか。カニングハムなのか…。疲れているはずなのに、なかなか寝つけません。台所に置いてあったブランディーを普通のグラスにじょぼじょぼついで、一気に飲み干しました。まだ11時ですが今日はもう寝かせてもらいましょう。

【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

4/15/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第12回目です。

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第12章 第2回公判 (Pretrial Conference)
 
昨日は夜までマックブライドと駆け引きをしていたので、まだ疲れが完全には取れていない気がします。今日は真治君の事件でない事件で法廷が予定されており、午前中はサンフランシスコの上級裁判所で過ごすこととなりました。私は公選弁護を頼まれ、無報酬で賃借人を代理しているのです。賃貸借にからんだ立ち退きの事件においては、他の事件、つまりカニングハムが代理して起こしてきている民事事件などと違い、審理は早ければ訴状が提出されてから20日ほどで陪審裁判まで持ち込まれます。法廷弁護人としては、スピードが要求されるだけではなく、機転が利くことも非常に重要視されます。特に、若い弁護士は正義感に燃え、不当な立ち退き裁判には時間を費やしているようです。また、陪審裁判を経験する上でも非常によい機会だといえるでしょう。今回私が立っている法廷では、証拠調べも過去1週間ほどで終わり、相手方の弁護士と和解ができなかったため、陪審裁判がまもなく始まろうとしているのです。私の横に立っているのは、今年弁護士の試験を受ける法学生で、現在学生をしながら公選弁護人事務所で研修している弁護士のたまごです。私よりもちょっと背の低いイタリア人系の彼は、陪審裁判ははじめてということでカチカチに緊張していました。
法廷では50人以上の様々な洋服を着た人たちが傍聴席で少々不満そうな顔をして座っていました。いわゆる陪審員選びというやつです。まず、アトランダムに12人の陪審員と補欠の一人を裁判所の方で選ぶわけです。その計13人の陪審員に、原告・被告代理人がいろいろな質問をあびせ、事件に関係がないか、当事者に関係がないか、一定の偏見がないか、吟味していきます。私は、チューターとして弁護士のたまご君に助言をしつつ、相手方である大家側の弁護士と闘いながらもできるだけこちらに有利と思われる陪審員を選びました。何人か、問題のある陪審員を傍聴席に座っている陪審員候補の人たちと差し替えて1時休憩に入りました。残された候補者たちは裁判所から解放されて、意味もない3時間ほどの拘束に不満を隠せない表情を残しつつ去っていきました。この休憩が相手方である大家の弁護士との最後の和解交渉が持てるチャンスです。結果のわからない陪審裁判では弁護士であれば誰でも不安はあるものです。裁判官も和解を勧めますが、我々のクライアントは不法な立ち退き請求であるということを一歩も譲りませんでした。結果、立ち退く意思は全くなく、大家側の要求に真っ向から対立していました。和解は成り立ちませんでした。
休憩で一息ついて、法廷で証人喚問をはじめ、相手方の証人を反対尋問にさらしていきます。弁護士のたまご君は、だんだん法廷になじんできたようで、私が際どい質問で相手に突っ込んだり、タイムリーな異議申立てをするタイミングを飲みこんできました。この事件は、黒人で体の不自由な女性がこれまた体の不自由な子供を育てていたのですが、政府から送られてくる生活扶助の小切手の入金が遅れ、たった一度の入金の遅れにより、立ち退き裁判を提訴されたものでした。大家側は早く立ち退きをさせて、一刻も早く収入の良いビルに建て替えたいのです。アメリカは経済成長が非常に活発で、日本のバブル期のように、不当な立ち退き請求が後を絶ちません。ところが、不当な請求の被害者となるのは不幸にも私選弁護人を雇えない貧しい人たちなのです。
最後のクロージング・ステートメント(結審に際しての弁護士の最終陳述)は私が行い、感情も交え、片親でこのような苦労をして子供を育て上げている、勇気ある母親の姿を陪審員に印象付けました。弁護士のたまご君には席に座っていてもらって、私は熱をこめて最後にこう言いました。
「陪審員の皆さん、人が一人で生きていくことはたいへんなことです。まして自分に障害があるだけでなく、自分の子供にも障害がある…。原告はこのような困難を乗り越えて生きてきたのです。立ち退き請求を受けて、怖くなったり、どうしてよいかわからずに、そのまま立ち退いてしまう人々も沢山います。この事件で原告は、子供を守るため、そして自分の生活を守るため、この陪審裁判まで耐えてきたのです。皆さん、この勇気を見てください。そして、もし皆さんがこのような不幸な状況に陥った場合、勇気を持って闘えますか。」
 私は、陪審員一人一人の目を見ながら席に着きました。
「勇気…、」そうです、心に燃える勇気がなければ闘うことができないのです。私は自分に言い聞かせるように、そして一緒に弁護している新米弁護士君に諭すように、そして陪審員に語り掛けるように弁論したつもりです。短い裁判で、40分ほどで実質的審理は結審し、陪審員の評決に任されました。待っている合間を縫って明日の真治君の第2回公判の準備をします。陪審員がどのような結果にするのか悩んでいる間、私は更に昨日マックブライドに渡した写真の焼き増しを頼んでおきました。賊を恐れて車の灰皿に隠しておいたネガですが、今日はしっかり背広の内ポケットに入れておきました。
しばらくすると、シェリフが陪審員が評決に達したと呼びにき来ました。弁護人席に着くと、私について勉強していた弁護士のたまご君が私の最終弁論についてこと細かく整理していました。原告の黒人女性は私たち弁護人に話し掛ける余裕もなく、緊張して並んで座っていました。
弁護士のたまご君が私の顔を見てぽつりと言いました。
「小山弁護士、勇気ですか。」
「そうなんだ、勇気がなくちゃね。僕も、今、若い男の子からその勇気を習っているところなんだ。」
「小山弁護士が習ってるって?」
「あははは、これからいろいろな事件で色々な人に会うよ。」
「はぁ。」
「公選弁護人の仕事、がんばってね。」
「はぁ。」
ちょっとの間、法廷はざわざわしていましたが、裁判官の入廷とともに静寂が我々を包みます。裁判官を含めて全員が着席したところで、陪審員の長が評決を読み上げます。私のクライアントの全面勝訴でした。このまま、今のアパートに住みつづけることができるのです。
私は目に涙を浮かべている黒人の女性と弁護士のたまご君と抱擁しました。相手方の弁護士が私にあわてて駆け寄ってきて妥協案を提示しますが、
「いまさら何いってるんだ!」
一喝しました。相手の弁護士とその依頼人である大家は、私の言葉を受けて立ちすくんでいました。
「ふざけるな、金の亡者どもが…。」
私はつぶやきました。とにかく一件落着です。
 
午前中の事件がうまく解決して事務所に帰ると、千穂さんが待ち受けていました。
「おはよう、どうしたんだい険しい顔をして。」
「カニングハム弁護士がオーダー・ショートニング・タイム(Order Shortening Time:証拠の提出期限を繰り上げるための命令書)を取ろうとしているみたいです。」と言いながら、裁判所に提出するために作られたと見うけられる紙の束を私に渡してくれました。
「あ、本当だ、20日の書類提出命令の期限じゃ長すぎるんだな、彼には。今週中に書類を提出させるっていう命令書を発行してもらいたいみたいだね。一体どうなってるんだ、やつは。大きな事務所がこんなに動きがいいのをみたことがないよ、本当に。バトルになるねこりゃ。忙しくさせてくれて、ほんとうにもう。審理は明日か…。」
オーダーショートニング・タイムという申立ては法律で定められている文書提出期間である20日間を短くさせるための手続きで、通常、生命や身体に危害が加わるなどの特殊な場合にのみ適用されます。
時間がないので、わき目もふらずにリプライ・ブリーフ(Reply Brief:申立てに対する反論のための書面)を作成しました。午後予定されていた数件のクライアントミーティングは三谷先生に任せたり、後日に変えてもらったりしました。私は、まず正当な請求理由がないこと、緊急を要する事件ではないことを軸に反対申立書の文章を作り上げました。集中すればこの程度の文書であれば1時間半程度で書き上げることができます。それでもカニングハムの事務所なんかでは、何時間分もチャージされ、1000ドル、2000ドルなんてあたりまえなんでしょうね。出来上がるとすぐに千穂さんに渡して裁判所に届けてもらいました。その後、午後のミーティングをキャンセルしてしまったので時間に余裕が出ました。現像された写真を取りに行きました。昨日マックブライドに渡したのと同じ顔がばっちりプリントされていました。じっと見つめてみますが心当たりはまったくありません。ただ、みすみすチャーハンを食べ損ねたあの夜の暴漢の目と同じような気がします。
いつまでもかわいくもない顔を見つめていても仕方がないので、今度は明日の刑事公判の準備に取りかかりました。少々思考モードに入っていましたが、裁判官を説得する理由の一番大きなものとして、やはり真治君はまったく事件には関係ないことを主張するべきだと考えました。その上で、警察の調書にも記載されていたものの実体のはっきりしない、発見された麻薬の背後に存在する南米の麻薬密売組織、その全体を明らかにすることが、FBIと検察の役目であることを強調することにしました。また、この組織を解明することが真治君の無罪を明らかにするカギであると謳いました。考えをメモに練り上げ、判例をひいて準備は整いました。もうひとつ念頭に置いておかなくてはならないのは、FBIや検察側の主張の中にはまったく背後組織についての具体的な記述がされていないことです。これはいろんな意味に解釈されますね。特に昨日はお宝写真をマックブライドに渡したのですから。明日の段階で、背後組織について全くわからないというのでは、FBIはまじめに捜査をしていないか、または弁護側にオープンにできないなんらかの状況があるのかでしょう。どちらにしても、FBIは何らかの目的をもって明日の公判にのぞんでくるでしょうから、こちら側としてはとにかく、背後組織についての情報の開示を強く求めるという作戦しかありません。明日の午前中は真治君の刑事公判、午後には民事事件のカニングハムからの申立てを受けて立たなくてはならないので、今日は千穂さんもたくさんのコピーを取ったり、ファイルをまとめたりたいへんそうです。残業になってしまい、もう7時を過ぎてしまいました。いい加減お腹がすいたので、前にもご紹介したダウンタウンから近い、ノースビーチ(イタリア人街)にあるノースービーチ・ピザという店から、ピザを取りました。これがまたうまい。アメリカのチーズには顔をしかめる日本人が多いですが、ここのチーズは本当においしいです。アンチョビとにんにくを載せてお試しあれ。千穂さんはにんにくはちょっと、といいながらも結構食べていました。アメリカ人はイタリア人が創作したと思っていて、イタリア人はアメリカ人が作ったと思っているピザにはダイエット・コークが合います。少なくともアメリカで食べている限りは。脂っこいピザを食べながら、ダイエット・コークというのもちょっと矛盾ですがね。静まり返ったオフィスで手早く食事を済ますと、残った書面を書き上げていきます。窓の外は隣のビルのオフィスがいくつも見えますが、ほとんどの部屋は人影がなく少々寂しいですが、なぜか電気はつけっぱなしのところが多いのです。私は机に向き直り、ピザのボックスをどけて、山積みされて雪崩がおきそうな書面や本をいったん整理しました。体を動かして眠気を覚ますと、ラストスパートです。
真治君の刑事事件に関する起訴取下げの申立ての審理は来週に設定されているので、今回の第2回目の公判は検事と弁護側で腹の探り合いとなることでしょう。どのカードを出して、どれを温存しておくか、これは弁護士の「勘」に頼るしかありません。だらだらやっているといくら時間があっても足りません。適当にきりあげることにしました。
後片付けをしながら、もう一度、明日の予習を頭の中でしていました。刑事公判はともかく、午後に設定されている文書提出命令の期限を短くしようとしているカニングハムの動機がさっぱりつかめません。先日昼ご飯を食べているときには紳士面していましたが、なにか考えるところがあるのでしょうね。とにかく考えられる理由をすべて考えて全力であたるしかないな、などと考えていました。夜も遅くなって、千穂さんもあくびが多くなってきました。明日私が法廷へ行くために不在になっている間の事件の処理などについて千穂さんに指示をして、二人で街に出ました。
「先生、真治君はどうなっちゃうんでしょうかね。まだあんなに若いのにいろいろな目に遭って、ちょっとかわいそうです。」
千穂さんが歩きながら言いました。
「そうだね、でも僕が事件に噛みだした頃に比べて、あの子はすごく強くなってきたよ。試練をくぐり抜けるということが彼にとってプラスになっているような気がするね。」
「そういうものですかね。」
「そういうものだよ。」
「でも、先生みたいな野生人とは違って、おぼっちゃまだから心配なんです。」
「野生人!? ってなんだい。」
「あの、ユナイテッドのスチュワーデスさんがそう言っていました。先生は野生人だって…。」
「あ、そうですか。」
ちょっと不機嫌になりますね。こういう発言は。
「真治君のお父さんは有名な建築家だからニュースになっちゃうのですよね。」
「親が何であろうと、真治君とは別の人間さ。真治君は個人として起訴されて、個人で闘っているのさ。」
「そうですよね、刑事事件じゃ親が何であろうと関係ないですもんね。」
二人は駐車場に着いて、私の車に乗り込みました。千穂さんの家はダウンタウンからそんなに遠くないので、遅くなると私が家まで車で送るのが習慣となっているのです。車は夜の街に滑り出しました。
「ご主人は元気?」
「もちろんです。私は面倒見の良い妻ですから。」
「遅くなっちゃって申し訳ないね。」
「電話で言ってありますから大丈夫ですよ。それより、あのフライトアテンダントの人、なんて言いましたっけ…。」
「真理子さん?」
「そうそう。先生に今日も電話ありましたよ。先生も、もういい加減、独身貴族を卒業したら?」
「あははは、あんなにきれいな女性が振り向いてくれるといいんだけどな。こんな仕事をしていたら、くどく時間もないわさ。」
「でも、あの方はきれいですよ。」
「そうだよな。きれいだよな。というよりかっこいい。」
そんなこんなうちに、千穂さんが旦那さんと住んでいるアパートに着きました。千穂さんにお休みなさいを言って、遅くまでありがとうとお礼を言い、自宅に向かいます。明日の朝は刑事事件、午後は民事事件の申立て、まるで「福本の日」とでも命名したくなりますね。
私が家に戻ると真治君はもう就寝していました。明日は早起きなので、私もビールを2、3本飲みながら雑誌や新聞に目を通します。未だに新聞も一面の見出しでサンフランシスコ空港での爆破の真犯人の追跡を長々と書いています。まあ、日本の昼間からやっているゴシップ・ショーよりはプライバシーの意味をわかっているようで、憶測や明らかに興味本位の記事というわけではありませんでした。軽く目を通して、事件に影響するような事柄は見うけられないので、早々に熱いシャワーを浴びて床に就きます。なんとなく、スチュワーデスの真理子さんのことを思い出してしまいました。身を固めるのも悪くないかしらん。体は疲れているようで、ビールの酔いに包まれてすぐに寝てしまいました。
 
真治君にとって大事な水曜日の、私の寝起きは爽快でした。寝室を出ると真治君も起きていました。
「おはようさん。」
「あ、おはようございます。昨日は遅かったんですね。」
「今日の福本デーに備えるためにね。」
私は笑ってみせました。
「え、福本デー?」
「今日1日は真治君のために働きますっ。」
「先生お願いします。あ、もう行かなくちゃですね。」
真治君は壁にかかっている時計に目をやります。
「用意は整っているのかい。」
「ぼくは大丈夫です。先生、パンでも食べなきゃ。」
「了解了解。」
軽くパンと牛乳で朝ご飯を済ませながら真治君と打ち合わせをしました。昨日作った、裁判所に提出する書面の内容を噛み砕いて、真治君に説明します。
「真治君、民事事件でも君のお父さんの行動が焦点になってきている。刑事事件で君を無実にするというバランスも考えなくちゃいけないし、同時に民事事件でも君のお父さんの行動がまったく爆発に関係ないことを証明しなくてはいけない。」
「それはわかります。」
「でも、ぼくが感じるのは刑事事件も民事事件も背後で同じ組織が君や君のお父さんを落とし入れようとしているということだ。」
「麻薬がらみの…。」
「そうだね。FBIも君を逮捕してその後手詰まりなように、まったく姿が明らかにされていないんだな、背後にいる人物か団体の。」
「一体なぜ、私の父だったのでしょう。」
「それを明らかにしていくのが僕たちの役目さ。今日はね、プリ・トライアル・コンフェレンス(Pre Trial Conference)といって法廷内で話し合いは行われないんだ。」
「でも、第2回公判なんですよね。」
「そうなんだけど、判事のチャンバー(Chanber:判事の控え室)という法廷の裏にある控え室…そういえば、真治君も一回来たことがあるだろ…最初に逮捕されたときに。」
「あ、あの会議室みたいなところですね。」
「そうそう、あそこで検事と判事、それに弁護士で話し合うんだ。被告人である君は入れない。」
「それじゃ、僕が行ってどうなるんですか。」
「じっと座って、待っていることくらいかな。」
「どういう結果になるかすぐにはわからないんですね。」
「行ってからのお楽しみだな。学校には休むって言ってあるの?」
「あ、そうだ。一応保護者から電話しておかないといけないんです。」
「え、じゃあ、僕が電話かけるのね。」
「そういうことです。」
「奥さんもいないのに保護者か、あははは。」
私はちっと苦笑いをしました。
寝巻きから、ダークブルーのスーツに着替えました。気が引き締まります。真治君に言われた電話をかけて、それから二人で家を出ました。肌寒い感じがします。真治君は緊張している様子ですが、怖さから来る緊張とはちょっと違うように見えます。
真治君と私は、車中、口を殆どききませんでした。私は私なりの事件の方向性を頭で思い浮かべていました。法廷に立つ時には、一手先のことを考えることが、大事なのです。ところが、真治君の事件に関しては五里霧中です。ため息ばかりをついてしまいますが、真治君の前ではできるだけネガティブな態度は避けます。
20分ほどで車は市庁舎(City Hall)やオペラ・ハウス(Opera House)など大きな建物が密集するエリアに到着しました。芝生が広がる広場の地下にある駐車場にトランスミッションがソプラノの音を出している愛車を突っ込み、ネクタイを直し、真治君と法廷に向かいます。ちょうど連邦地裁があるあたりは、古くから建っている市庁舎や新しくできた図書館、それに郡の裁判所などが堂々と建っているのです。また、建物に囲まれるように大きな芝生の映える公園があり、ホームレスもいますが、人々の憩いの場所となっています。 地下駐車場からでてくると芝生が目を捉え心を和ませてくれます。朝っぱらから、日本人の観光客がバスで乗りつけ、市庁舎をバックに写真を撮っています。平和でいいな。芝生を横切り法廷に向かいます。真治君は無言のままです。
 裁判所のガランとした入り口の脇で例のようにカレンダーをチェックして、今日は第39号法廷に向かいます。3階までエレベータで登り、第39号を探します。重厚な木の二枚扉の右側を押し開き法廷に入ります。まだ、審理が始まっておらず、様々な人種の人たちが不安そうな顔をしながら、入り乱れています。ちょっと熱気で暑く感じます。日本の刑事法廷では被告人が一人づつ法廷に呼ばれるのですが、アメリカでは、保釈されている被告人も勾留されている被告人も十羽一絡げに法廷にひきずりだされます。私もチェックインを廷吏と済ませ、真治君を傍聴席に座らせ、自分は弁護人が座る席に腰を下ろします。座りながら、今一度まとめてあった事件の内容、それに主張のポイントに目を通します。窓も無く、照明はあまり明るくないので顔をしかめます。しばらくすると検事が重そうな書類の束を抱えて入廷してきました。あの電話で話したマラック検事です。アメリカでは「担当検事」というものは存在せず、事件を一貫して担当する検事はまずいません。まず、アレインメント(Arraignment)、つまり第1回公判を担当する検事、プリトライアル(Pre Trial)を担当する検事、それに陪審裁判を担当検事などに分担されています。今回真治君の公判に当たったのは前回と同じマラック検事でした。たまにはこういうこともあるのです。
私は席を立って私が出廷していることをマラック検事に告げに行きました。笑顔なしの握手を交わし、前回電話で話した弁護士の小山であると述べました。わかっているよという感じで、少々私にうんざりしている様子でした。あまり目を合わせてきません。
私は、それでもマラックの気を引くように少々大声で
「あれから、考えていただきましたか、私のクライアントの起訴取下げ処分…。」
とゆっくりと手を検事席のテーブルの上にに載せながら話しかけます。
マラックは関心がないというそぶりをしながら、
「えっと、フクモト事件でしたよね。」
と答えます。
傍聴席は、シェリフが私語を慎むようにという一喝で静まりかえっています。私は少々トーンを落とし、 
「そうです。」
とマラックに笑いかけます。
「この間あなたとお話した夜に、マックブライド捜査官と話しました。」
書類も見ずに即答するのですから、マラックにしてもこの事件に気を払っているのですね。
「私、その横にいましたからよく知っています。」
 「あ、あの時いらっしゃったのですね。」
「そうです。いらっしゃったもなにも、あのマックブライドさんがわざわざ私の家まで来てくれたんですよ。」
「えっと、あの事件では…確か。」
マラックはフクモト事件のファイルを探そうと懸命になっています。ちょとわざとらしい。私は突っ込みます。
「起訴事実が変更されているはずですよね。」
私は声を押し殺して、マラックの顔を見つめました。マラックは私の視線を回避しながらたくさんあるファイルの中から真治君のファイルを見つけました。マラック検事は独り言を言いながらファイルを見ていました。次に私の目を見ると
「そうですね、確かに変更されています。麻薬の単純な所持になっていますね。今日は司法取引されるのですか。悪い話じゃないと思います。罰金とコミュニティーサービス(一定の奉仕活動)で終わらせられますからね。」
マラックは私の目を再度見るなり、もう終わりにしましょうという表情をしています。
「いや、判事とあなたともう少し話を続けたいと思っています。」
私は傍聴席の方に目を向けました。真治君が心配そうに私を見ています。そのとき、真治君から離れたところにマックブライドが無表情で座っているのが目に入りました。わざわざ傍聴に来ているのかな、他の事件かなと思いましたが、正直言って第一線の捜査官が法廷に出ていることに驚きました。
「それでは後ほど。」
私は軽くお礼を言うと、マックブライドが座っているところに行きました。マラックは鼻をならしています。静まり返った傍聴席に私は歩を進めます。マックブライドの座っている列で立ち止まりマックブライドと目を合わせます。
「これはこれは捜査官、今日は一体どのような風の吹き回しで法廷に?」
「フクモト事件の成り行きが気になったものですからね。小山弁護士にも会いたかったし。」
「それは光栄です。外で話をしましょうか。」
真治君にはそのまま待っているようにと目で合図をし、まだ開廷までは時間があったので、マックブライドと法廷の外に出ました。第39号法廷の重い扉をマックブライドが両手で開けて、私は彼についていきます。廊下には大きな窓がいくつもあり、朝の日差しを楽しめました。無機質なリノリウムの敷き詰められた廊下を人がいない方へマックブライドは歩いていきます。
マックブライドは立ち止まり、手すりに両手をおきながら外の景色を目を細めながら見ていました。先ほど私が車を停めた地下駐車場の上にある公園の芝生が浮き上がるような緑をしています。私もマックブライドと同じ景色に心を奪われました。公園で小さな子供が遊んでいます。
私の顔を見ずにマックブライドがつぶやきました。
「弁護士さん、私は法廷が苦手でね。なんか息苦しくなっちゃうんです。」
私も公園で遊んでいる子供を目で追いながら、
「わたしも駆け出しの頃は同じ思いをしましたが、刑事さんの場合だとまた違う心持になるのでしょうね。」
と返しました。
「私は、FBIに勤めだしてからもう20年にもなります。その間にいろいろな事件にかかわってきました。」
マックブライドの静かな声が廊下に響きます。
「そうでしょうね。」
「サンフランシスコでもゾディアック連続殺人事件…未だ解決していませんが…一線で捜査にあたっていました。」
「そうでしたか。」
「サンフランシスコに常駐するようになって…、弁護士さん…、私はこの街がすごく好きになりました。」
「きれいな街ですよね。私もいろいろなところに行きましたが、サンフランシスコは落ち着けます。」
「私は出身がイースト(東海岸)でね。」
「サンフランシスコは雪がないですね。」
「そう…、雪がない。」
「そして、サンフランシスコには紅葉がないですね…捜査官。」
「ボストンの秋が私は好きだ。」
「きれいでしょうね。」
「小山弁護士は東海岸に行ったことがありますか。」
「残念ながら…秋は…ありません。」
「秋がいいんですよ。」
「ちょうど博士号を取ろうとロースクールに申し込んだとき、ボストンの大学院にアクセプト(受け入れ)されまして、行ったのは夏でした。」
「そうですか。」
「ところがちょうど、奨学金をもらえて…やっぱりサンフランシスコにいて、この街に腰を据えようかと思って。」
「正解かもしれないですね。私はこの街を見るとほっとするんです。」
「同感です…捜査官…。」
マックブライドは私の顔を見ながら語りかけます。
「でもね、弁護士さん最近の麻薬の蔓延はこの街も他のアメリカの大都市と変わりなく進行している。ドラッグはどのように捜査を進めていっても、どんなに捜査官が優秀でも食い止めることができないのですよ。」
私はしばし沈黙しました。
私が手がけた事件でも、本当に若い子供達が、麻薬に体を任せているのです。コンサート会場で13歳の女の子が売人となりロケットと呼ばれる麻薬を売買している事例、中学校や高校で蔓延しているマッシュルームと呼ばれている幻覚剤…。このようなきれいな街でも麻薬に快楽を求める人たちが後を断ちません。私は手すりをなぞりながらつぶやきました。
「社会問題ですよね、アメリカの…。」
「アメリカは裕福な国です。外国人がこのマーケットを狙ってどんどん麻薬を輸入してくるのです。どんな手を使ってもね。」
「…。」
マックブライドは振り向きながら私の顔をまじまじと見ました。
「弁護士さん、コロンビア・シンジケートをご存知ですか。」
「もちろん知っています。確か、2、3年前にシンジケートのボスはコロンビアで逮捕されましたよね。もちろんアメリカがすべての後押しをしたけれども。」
「麻薬組織はトカゲよりもたちが悪い。トカゲは尻尾を切ってもまた生えてきますが、頭をきれば息絶えます。ところが、麻薬組織は末端の売人や運び屋を捕まえてもなんの事はありませんが、頭を捕まえてもまた新しい頭が現れ組織が生き延びていくのです。」
「わかります。」
「小山弁護士はコロンビア・シンジケートのコロンビーニ一家をご存知ですか。」
「知っています。コロンビアのシンジケートの中でも一番勢力が強いといわれている組織ですよね。何年か前にアメリカがスティング・オペレーション(集中捜査)を敢行し…さっき私が言ったボスを逮捕したことにより…壊滅したといわれていますが、いまだに活動をしているはずですよね。私も以前、刑事弁護をしていてかかわったことがあります。」
「アメリカのスティング・オペレーションが成功したかのように見えても組織が実際に活動が続けられたのは組織の幹部が世界中に広がっていることと、組織を守るためにはどのような手段も選ばないことがあったためだと考えられています。」
「まさか…コロンビーニがかかわっているとか…この真治君の事件で…。」
「そのようです。」
私は驚きを隠すことで精一杯でした。コロンビーニ一家は南米で育てたケシをアメリカまであらゆる手段を使い密輸していたことで悪名高い組織です。そもそも南米のヘロインと言えば、色が褐色を帯びていることからわかるように、アジアのタイ・チェンマイ奥地にあるゴールデン・トライアングルから運ばれている純白の品よりも質が低いとされてきました。取引価格も安い。アメリカ国内でも、一段低く見られていました。ところがコロンビーニ一家は南米の麻薬の定義を書き換えました。精製技術を向上させ、密輸ルートを確立し、アメリカ国内に流通するヘロインやコカインの大部分を仕切るようになりました。もっとも、そのルート確立にはアジアから流入するルートを持つマフィアとの抗争で、当初考えられていたより長い時間を費やしました。費やした時間は無駄ではありませんでした。主従関係や取引関係が血の海を越えて確立したのです。ただ、尊敬などという高尚なレヴェルでの関係ではありませんでした。服従もしくは死、秘密漏洩イコール死という関係だったのです。アメリカのDEA(Drug Enforcement Agency)やFBI、それにCIA(Central Interigence Agency)はコロンビーニ一家の撲滅に市民の血税をよどみなくつぎ込みました。各アメリカ政府組織はアメリカの際限無い国境を監視するだけではなく、積極的にコロンビアに進出し、ステルスなどの最新技術を投入し、撲滅に成功したと自負していたのです。元CIA長官だった共和党のブッシュ大統領の持っていた念願が時遅くしてかなった形になりました。コロンビーニは撲滅したとクリントン大統領が赤い顔を上気させ演説していたのはほんの3年前のことです…。
考えを巡らせていた私は言葉を選べずに、おざなりな生返事しかできませんでした。
「ま、まさか。」
「証拠を残さないことで有名な組織ですが、あなたを尾行したときに写真を撮られてしまった。」
「わたし、撮っちゃいましたね。」
苦笑いすること以外思いつきませんでした。
「まだ、はっきりコロンビーニの仕事だとはわかっていませんが、あの男、リック・ギャリソンといってコロンビア組織の麻薬売買の運び屋だったことがあるのです。現在、定職にはついていませんから、どうやってターボのついているポルシェに乗ったり、玄関から母屋が見えないような家に住んだりできるのか、非常に興味があるところです。」
「ギャリソンの取調べはされたのですか。」
マックブライドは自分の靴を見ながら、
「我々が自宅に踏み込んだときにはもうすべて処分して、いませんでした。面が割れたからでしょうね。」
と苦々しそうに言葉を吐き出しました。
「となると、誰かが後で糸を引いている…。」
マックブライドはまた窓から外の景色に目を移しました。
「弁護士さん、このことは黙っていてください。そして、なにかあればご協力をお願いいたします。」
「真治君の起訴を取りやめる方向で動いてくれれば考えますがね。」
「…。」
「あなたはなんでそんなに全力で弁護を…?」
時計を見るともう開廷です。私はマックブライトの最後の問いには答えず踵を返して法廷に戻ります。法廷内は開廷前の緊張がみなぎっていました。
「オール・ライズ(全員起立)」と法廷内いっぱいに響く廷吏の掛け声とともに、傍聴席に座っている人たちや弁護士が起立しました。裁判官専用の入り口から大きなひげを生やした裁判官が法服をまとって入廷しました。きこりのような風体で、相当太っていました。それでも、その目は鋭いです。
「プリ・トライアルのために出廷した弁護人は控え室に入るように。」 ものすごく重低音のバスの声で裁判官は告げました。4人ばかり弁護士が起立して法廷の裏口に入っていきます。私もその群れについていきました。
「その他の出廷者は待つように。」 
まだ、弁護士がついていない被告人や審理の進行を良く把握していない出廷者はため息を漏らしていました。刑事法廷ではまず弁護士がついている事件について裁判官が審理します。早くから来ている被告人や関係者は、どんなに早くチェックインしても待たされることになるのです。そのことを知らないで時間通りに来ると拍子抜けしてしまうようです。
私が裁判官のチャンバー(控え室)に入るとまさに真治君の保釈請求と同じような会議室で司法取引がはじめられました。裁判官はそれぞれにプリトライアルのスタイルがあります。検事と裁判官が座っている部屋にひとりひとり弁護人を呼ぶ裁判官もいますし、すべての弁護人をひとつの部屋に入れて検事と裁判官と会議するスタイルもあります。この白髪混じりのウィットニー裁判官は後者のスタイルを使っているようです。すべての弁護人が会議室にそれぞれの席を見つけて着席しました。無駄話をしあっている弁護士もいます。このスタイルでプリ・トライアルをする場合、非常に弁護人にとって有利になります。司法取引をする際に、他の弁護士がいるわけですから、検事も裁判官もあまりむちゃくちゃなことは言ってきません。他の事件の様子も見ることができるのです。
ウィットニー裁判官はケースのリストの順番に事件を審理していきます。
白熱した議論が展開されました。他の弁護士が仕事をしているのを見るのも勉強になりますし、またいろいろなヒントを得ることもできます。また裁判官や検事の癖も窺い知ることができます。なんとなくわかったのは、この裁判官は刑事弁護士出身の判事だということです。検察出身の判事は時にはきつい条件を出してきたりしますが、弁護士出身の判事は一般に弁護士にあまいのです。
私の番になったようです。
判事は私の顔を見ました。
「弁護士の小山です。フクモト事件を担当しています。」 
「小山弁護士には以前お会いしたことがありますね。」
「え…、」
私は狐につままれたようになりました。判事は続けます。
「君が学生だった頃、私が模擬裁判の判事をやっていたのだよ。それで覚えている。」
そういえば、学生時代の弁論大会のときの教官と同じ名前です。
「あ、ひげですね。あのときにはひげがなかったですよね。それにあの時はすごく緊張していたし…ごめんなさい。」
「いいんだよ、やっぱり法廷弁護活動をしていたんだね。君はとにかくガッツがあった、それで印象に残っていたよ。」
マラック検事が口を挟み、
「判事、続けましょう。」
と事務的に言います。
「うむ、それでは検察官事件の概要を…。」
「起訴事実が昨日変更されました。麻薬所持の罪で現在起訴されています。被告人は自宅に麻薬を隠してFBIに見つかった。FBIの報告ではシンジケートにつながっている危険性もあり厳重な処罰をすることが望ましいと考えられます。」
ウィットニー裁判官は、警察の調書や検察局の調書をじっくり読みながら聞いています。しばしの沈黙が生まれました。
「弁護人の意見は。」 
ウィットニー裁判官が髭づらの顔の中から鳶色の瞳で私の顔に合図を送ります。
「被告人の福本真治はまったく麻薬に関係がありません。そもそもこの事件がこのように起訴されたことが間違いです。FBIが証拠を集め、検事局がこの事件を起訴したのは理由があります。それも、残念ながらあまり感心する理由ではありません。」
マラック検事が鼻を鳴らして私をじっと見ています。私は検事に目を向けて続けました。
「検察では、真治がどこでどうやってあの大量の麻薬を手に入れたかまったく捜査が進んでいません。弁護側から司法取引の一環として提出した写真をもとにシンジケートの存在が浮かび上がってきたのです。現に、麻薬の運搬については起訴を取りやめています。FBIも真治が麻薬を使用してたという事実や売っていたという事実はまったく触れていません。麻薬を所持していたといっても公判を維持するのが難しいでしょうね。」
マラック検事が待っていたかのように発言をします。
「裁判官、検事局としては福本真治、それに死んだ父親が事件に絡んでもいないのに大量の麻薬を自宅に持っていたとは考えられないのです。現に、死亡した福本氏のスーツケースから麻薬が検出されています。シンジケートがどうであろうと麻薬の所持は法律的には立証できます。」
私は、不敵に笑いました。
「結果論ですよ、あなたの推理は。誰かが仕組んだシナリオです。検察側の立証が砂の城だということは、7日後に設定されている起訴取下げの申立ての審理の経過ではっきりすると思います。」
ウィットニー裁判官が、またファイルに目を落としました。証拠のページを丹念にめくりながら言いました。
「起訴取下げの申立てが出されていますから、今日は司法取引が成立しない限り、その申立てで事実関係は法律的に判断されますね。」
私は、うなずきながらマラック検事に迫るように言いました。
「即刻、起訴を取下げてください。その代わりに全力でFBIの捜査に協力します。今の状態では真治君も非常に不安定です。」
「もう少し、組織を明示できる証拠を出してくれない限り取引は難しいでしょう。私がうんといっても、FBIや上司が納得しないと思います。」
「一体、どう言う証拠を求めているんですか。」
「たとえば、組織のボスが誰であったとか…。」
「そんなことわかるわけないじゃないですか。今は、真治や福本氏が麻薬をやっていないということしか言えないですね。麻薬にかかわっているという形跡は今回の事件までまったくありませんし、第一、麻薬でお金を稼がないといけないほど貧しくはないですよ、被告人の一家は。」
「ははは、そんなもの間接証拠にしか過ぎない。」
「それでは、現在検察側としてはどのような取引内容をお考えですか。」
「昨日すでに起訴事実を変更して麻薬所持のみに罪状を落としてあります。」
「そのことは今回の法廷では関係ない。」
マラック検事は私を無視して続けます。
「3ヶ月のコミュニティーサービス、3年間の保護観察処分、それに麻薬に関連した家や車などの没収ですね。」
「受けられません。」
ウィットニー裁判官が口を開く。
「現時点では検察側と弁護側の主張が対立していますし、証拠も充分ではない。起訴取下げの申立ての審理を待ってから議論しても遅くないですね。被告人は釈放されているのですから時間的には問題ないか…それでは2週間後に再度プリ・トライアルを設定します。それがだめなら…タイムもウェーブされていないし…陪審裁判ですね。」
結局審理は平行線で終わってしまいました。マラック検事も私と同様に汗をかいています。私は言葉少なに席から立ちあがり、またお会いしましょうと裁判官と握手をして、控え室を出ました。法廷に戻ると、傍聴席に座っているたくさんの人達が目に入りました。そのなかで真治君が心配そうに見ているのに気がつきます。
「先生、どうでしたか。」
「法廷の外で話そう。」
真治君を促して法廷の外に出ました。マックブライドはどこかに行ってしまった様です。
「どうなりましたか。」
「検察側も引かない状況だよ。今の感じでいくと、家や車が没収されかねない。懲役刑は免れそうだけど。また2週間後にプリ・トライアルが設定されたから、その時までに司法取引に使えそうな情報、つまり君を無罪にする事実か、君を陥れた事実を見つけない限り陪審裁判に突入しそうだ。無論、7日後には起訴取下げの申立ての審理が予定されているけどね。」
「…。」
「なんとかがんばろう。君が無実だって信じているから。」
真治くんと私は言葉少なに裁判所を後にしました。真治君を学校に送り届けてから、事務所に向かいました。もう太陽がだいぶ高くなっています。事務所のドアを開けると千穂さんが、午後の法廷用の書類を渡してくれました。昨日私が用意した申立てに反対する書面に対して、再度反対する書面がカニングハムの事務所からすでに届けられていました。
「よくやるなぁ。あと1時間くらいでまた法廷に行かなくちゃならないから、ちょっと部屋にこもって勉強しておくわ。」
「電話はメッセージだけ取っておけばいいですよね。」
「お願い。」
部屋のドアを閉めて一人きりになった私は、書類を読み始めました。時計の針の音がうるさく聞こえます。しばらく目を閉じて気持ちを午後の法廷に集中させて書面を読み始めます。
まず、分厚いカニングハムのオーダー・ショートニング・タイムの申立書に目を通していきます。カニングハムの主張は麻薬に関連している事件でもあり、緊急な証拠の保存が必要であるというポジションが軸になっています。犯罪に絡んでいるため、証拠の隠滅が考えられると主張。一刻も早く証拠の開示が必要であると請求しています。一理ないわけではありません。
それに対して、私は通常の民事事件と性質上何ら変わりはないし、犯罪に絡んでいるとはいえ、現在真治君が証拠を隠滅するということは考えられないと主張。また真治君や福本氏が犯罪に絡んでいるとはなんら結論付けられていないと請求の棄却を求めました。
私の申立てに反対する書面に対して、今日カニングハムは私の事務所に再反論書を書いて持ってきました。この書面でカニングハムがいうには、福本氏とロビンス氏の関係を解明し、どのように福本氏がロビンス氏をこの事件のに巻き込んだかを明らかにする必要があり、そのための証拠保全が緊急に必要であると述べています。もともとの申立書とあまり変わり映えしません。まあ、カニングハムはとにかく証拠を出せと迫っているのです。
「証拠ねぇ」と独り言を言いながら考えを巡らせます。出せるようなものならすべてFBIが持って行ってしまいました。ですから、捜査に差し支えなければカニングハムも証拠は見れるはずです。もちろん現在、マックブライドを筆頭にFBIの捜査が先行していますから、刑事弁護人である私にもどのような証拠があるのか開示されていない状況ですよね。ということはカニングハムもどのような証拠があるのか情報にアクセスできないはずです。もちろん紳士的に振舞っていることを前提としていますが。それなのにカニングハムは真治君か私が何らかの証拠を持っていると仮定してこの申立てに打って出てきたのです。カニングハムは絶対に何か私の知らないことを知っています。それさえわかれば、何を求めているかもわかるはずです。もちろん相手の弁護士に「教えてください」と頼んだところで教えてくれるわけないですからね。
(カニングハムは何を知っているんだろう…。)
考えはまとまりません。ただ、私やFBIも知らないことを知っているのかも知れませんね。注意しなければ。
何か特定のものを探しているとすれば私の心当たりはパームしかありません。パームに気づいているのでしょうか。しかし、どう考えてもパームのことをカニングハムが知っているとは思えないのです。私はFBIさえ出し抜いたのですからね。もしパームを求めているとすれば、かなりの確率でお宝情報がパームの中にあることになります。まあ、カニングハムが「パームを提出しなさい」と言ってこない限り、パームのことについては黙っていることにしました。
何度となく事件の書類を読み返しているうちに、カニングハムがある仮定をしていることに気づきました。書面の字と字の隙間を読み取るのも弁護士の仕事です。カニングハムは福本氏がロビンス氏を巻き込んだと仮定しています。確かにスーツケースは福本氏のものだということでしたが、もし持ち主が他にいるとすれば…。福本氏は本当に知っていながら麻薬を運んだのだろうか…。私は何度も何度も書面を読み返しました。カニングハムの執拗な請求…、そしてロビンス氏の事件へのかかわり…。
私が相当難しい顔をしていたのでしょう。私の部屋に入ってきた千穂さんもちょっと声がかけづらかったようです。
「先生、そんなに怖い顔をしないで。お電話です。」
「え、誰から?」
「あの例のスチュワーデスさん。先生にもやっと幸運が…。」
「ったく、とにかく取り次いでくれますか。」
「はいはい。先生、鼻の下ちょっと長いですよ。」
私はそう言われて鼻の下を押さえてしまいました。転送された書面で埋もれた机の上の私の専用回線が鳴ります。
「こんにちは、小山先生。」
「お久しぶりです。」
「ランチはまだでしょ?」
「ええ、まだです。」
「ご一緒しましょうか。」
やりました、昼間からデートです。でも声を殺しながら
「ぜひ。」
ということで我々は、近くにある日本料理屋で会うことにしました。
「行ってらっしゃい。先生、がんばってね。」
明るい笑顔を千穂さんは見せてくれます。私はちょっと照れちゃいます。
「いってきます。食事の後、そのまま法廷に行ってきます。」
「はい、わかりました。」
事務所を出て、約束の日本料理屋に足を運びます。
事務所の前にある新聞売りのおじさんから、新聞を一部買います。買うといっても、無造作に一部取り、クォーター(25セント硬貨)をカウンターの上に置くだけです。
ページを広げているとサンフランシスコ・トレードセンターの工事に係わる大きな事件でカニングハムの写真がでていました。なんでも業者とサンフランシスコ市の請負契約にかかわる訴訟のようです。何億円、何十億円というお金が訴訟の対象になっているのです。こういう大きな事件を扱わなければお金は儲からないのですね。アメリカの弁護士は大きく分けて3つの料金体系で仕事をします。ひとつはアワリー・ビリング(Hourly Billing)と呼ばれる請求の仕方で1時間いくらで仕事をするのです。高い弁護士では1時間500ドルも請求する人もいます。一般庶民が事件に巻き込まれたらそんなに高い金額は払えません。次に成功報酬制という請求の方法です。主に、事故における保険金請求などに用いられる方法です。これは事件が解決するまでは弁護士が一銭ももらわず、事件が解決したときに解決金のなかから一定のパーセンテージをもらう方法です。それから、フラット・レートといい報酬額をはじめから決めて請求する場合があります。たとえば契約や遺言の作成ですね。カニングハムのように大きな法律事務所でパートナーをやっていると経費だけでも膨大なものになります。ですから、高額なビリング・レートを要求できる大会社のクライアントが必要になってくるのです。特に事情を知らない日本人企業は格好の的です…。カニングハムの写真をじっと見ていましたが、どうしても彼のような弁護士になりたいとは思いません。ですから私はお金が儲からないのですね。私は新聞をまるめて、歩き出しました。
 
 約束の日本料理屋に入るなり、
「先生、こっちこっち。」
明るいピンクのドレスを着た真理子さんが手招きしてくれました。レストランは昼ご飯を食べる人々でごったがえしていました。人ごみを抜けて、真理子さんの手前に腰を下ろします。
「どうしたの、元気ないみたいじゃない。」
真理子さんが心配そうにぼくを見ます。
「うん、あの真治君の事件、大変なんだ。」
「ちょっとご機嫌伺いを、と思っていたんだけど、そんなんじゃ心配しちゃうわ。」
ちょっとうれしくなりました。真理子さんが心配してくれるなんて、うふふ。
ウェートレスが注文に来たので私はうどん、真理子さんはそばを注文しました。この日本食レストランは丼ものについては見たこともないようなものが出てきますが、そばやうどんはまあまあです。
「事件はどうなってるの?」
細い眉をちょっと寄せながら両肘をついた真理子さんが聞いてくれます。
「うん、今日もこれから民事事件でサンフランシスコ地裁だよ。真治君絡みでね。」
「たいへんなんだ。」
「うん、そういえば相手方の弁護士はすごい大きな弁護士事務所の奴なんだけど…えっと、この新聞に載っていたな。」
私は丸めていた新聞を広げてカニングハムの写真を真理子さんに見せました。
「あれ、このひと見たことがある。あれ、どこで会ったっけな。」
ちょっと、美しい眉をさっきより寄せて考えています。私は黙っていました。ウェートレスが注文の品を運んできました。
「あ、そうだいつか、福本さんと旅行していた白人の男性がいるっていったでしょ。その男性とやっぱりメキシコ便で、メキシコ・シティーに飛んでたわ。あの時はがらがらだったんだけど、あの二人がファーストクラスに乗って、お酒に酔っ払って大声出していて他のお客サンから苦情が出まくっていたから覚えているわ。」
「間違いない?」
「間違いないわ。他のクルー(乗組員)が相当気を使っていたから。覚えているもの。」
「ロビンスとカニングハムか…。」
「あ、あの人ロビンスっていうんだ。」
「うん、ジャック・ロビンス。」
話をさえぎるようにウェイトレスが無造作に我々のテーブルに注文の品を置いていきます。二人でいただきますをして、それぞれの麺を処理し始めます。食べることに一所懸命になり、ちょっとの間二人は無言になりました。ある考えで私の手が止まりました。 
「ちょっと待てよ。」
「ん、何々。」
「ジャック・ロビンスとビクター・カニングハム…。」
「だからなんなのよ。」
ちょっと真理子さんはいらいらしているようです。
「あ、ごめんね。ちょっと事件にかかわることを思いついた。」
「ふ~ん。」
また、麺をすする真理子さんを見ながら、ひらめきました。ジャックのJそしてビクターのV。JgodとVgodがこの2人なら一緒にメキシコに旅をするのも納得できます。せっかく美人の真理子さんと二人での食事なので、そのことは一応置いておいて、いろいろ別な話で盛り上がりました。
食事を終えて真理子さんと別れると今度は民事のサンフランシスコ郡裁判所に向かいます。真理子さんとは今度はディナーの約束をしました。ラッキーですね。午後は気温も上がり、上着が邪魔になってきました。私は上着を脱ぎ、シャツを腕まくりして、重い皮かばんをぶら下げて歩き出します。さあ、カニングハムとのはじめての法廷での対決です。
裁判所には車で向かいました。運転中に、JgodとVgodというEメールのユーザー名について考えていました。Jがジャック・ロビンスでVがビクター・カニングハムだとすればgodというのはどう言う意味か…。Godといえばそもそもは神様の意味ですが、頂点に立つ人を比喩してGodと呼ぶこともあります。あまり素敵ではありませんが。カニングハムがVgodというEメール名を使い、JgodというEメール名を使っているロビンスと組んで麻薬組織を牛耳っていたとすれば…。私の仮定が正しければ、カニングハムはあのパームを探しているに違いありません。 たぶんパームの中に他言できない情報が入っているのではないでしょうか。そうだとすればあのパーム・パイロットが公になるとカニングハムにとって致命的です。実際、あれだけ真治君の刑事事件について無理やり引っ張っているのですから、FBIもある程度は証拠を掴んでいるのかもしれません。ただ大物弁護士であるカニングハムにはなかなか手が出せないのかもしれませんね。FBIにしてもなんとか背後組織の尻尾を掴みたいのでしょう。Eメールのユーザー名にGod(神様)という名前を冠したメール名をつけているのですから、麻薬組織につながっていればよほどの大物かもしれません。とにかくJgodとVgodというEメールのユーザー名が福本家のコンピュータにあったのですから、重要な事件を解くカギになるでしょうね。私は昨日、賃貸借の事件の舞台となったサンフランシスコ地裁に向けて車を走らせます。うどんを食べたので胃がほてっています。

【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

4/8/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第11回目です。

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第11章 公判前交渉 (Pre-hearing Negotiation)
 
月曜日のダウンタウンは雲が立ち込めて、週の初めとしてはあまり気分がよいものではありません。事務所に入ると千穂さんが、
「ちょうどよかったです、今、FBIのマックブライド捜査官と電話がつながっています。」
と私の顔を見るなり告げました。
「待たしておいて。今荷物を置いてファイルを持っていくから。自分の部屋で取るね。」
としゃべりながら、私は先週裁判所に提出した真治君の起訴取下げの申立てについて、検察とFBIは蜂の巣をつついた騒ぎになっているだろうなと察しました。ファイルを自分の机の前に置き、ゆっくりと受話器を持ち上げます。
「ジュンペイ・スピーキング」
慎重に電話に受け答えました。
「マックブライドです。」
彼の声も非常に冷静、いや冷静を保とうとしていることがわかりました。
「ご用件は、捜査官。」
ため息をついたマックブライドは今度は吐き出すように用件を伝えました。
「起訴取下げの申立て、アレは一体何なんですか。」
「え、何といいますと?」
「通ると思っているんですか?」
「それは私が決めることじゃないですからね。裁判官の役目です。ただ…。」
「ただ、なんです。」
「真治君がプリンチパル(主犯)じゃないことはFBIも知っているでしょ。あなたの調書に書いてある。」
「…。」
「今のFBIのやり方を見ていると、どうもあの未成年の真治君を道具に使ってもっと深いところにある芋を掘ろうとしているように感じるんですよ。あの、ガレージで発見された麻薬だって出来すぎじゃないですか。」
わたしはかまをかけてみました。
「弁護士さん。誰だってあの真治君一人であれだけの量の麻薬を外国から運んできたとはいっていないでしょ。」
マックブライドは乗ってきました。
「それじゃ、父親がやっているっていうんですか。」
「絡んでいたかもしれませんね。」
「ははは、マックブライド捜査官。死人を逮捕して起訴することはできませんよね。今、あなたが言ったように真治君一人でやったわけではない。それは、裁判官もそう思うでしょう。でも、現在あなたには、背後組織の手がかりがない。真治君を裁判に伏しておけば、なんらかのひょうたんから駒があるんじゃないかって考えている…。図星でしょ。」
「FBIは押収した証拠から背後組織の特定を急いでいるところです。」
「それでも、まだ手がかりがない。そうじゃないですか。真治君の刑事裁判が終わるまでになんとか…って思ってるでしょ。」
「われわれは全力を尽くしている。この申立てについては検事局がどう思うかは別として、FBIは全力で検察をバックアップします。」
「ご自由に。」
「それはそうと、福本氏の所有していたベンツを発見しましたが、面白い指紋が見つかりました。」
「…。」
「弁護士さん、あなたが弁護士になる時に弁護士会に提出した指紋と一致しました。」
「それで、私を逮捕するつもりですか。」
「少なくとも、捜索の対象にはなりました。」
「はっはっは、そんなことできるわけないでしょ。あなただってよく知っているはずだ。私は真治君の弁護人なんだ。その弁護を邪魔するような行為は、明らかに真治君の刑事事件に影響しますよ。紳士的に行きましょうや。もっとも私のクライアントに有利になるようなことでしたら、何なりと協力しますぜ。」
いやはや、電話の受話器を握る手が濡れてきました。
「弁護士さん、あなた、あのベンツの中からなにか発見しましたね。」
「さあ、どうでしょう。」
弁護士の倫理規則によると、犯罪に関する証拠品は速やかに警察に提出しなくてはなりませんが、犯罪にかかわっているかもしれないパームパイロットを今の段階でむざむざと提出するわけにはいきません。もっとも提出しようとしても、私は現在持っていませんから…。
「熱意を持って弁護されることには敬意を表しますが、FBIの捜査をおざなりにすることは許されませんぜ。」
「許す許さないの問題ですかね。こちらにとってもクライアントが刑事事件に巻き込まれているんだ、必死なんですよ。」
私も少々、譲ることのできないラインのあることを見せようとしました。
「弁護士さん、あなたも押しが強いね。アジア人っぽくない。」
「人種がどうこう言う前に、私は弁護士なんでね。それじゃ。」
電話を切った私はどのようにFBIを料理してやろうか、思索しました。ただ、このマックブライドとの電話で、真治君がメインのターゲットではないことがわかりました。これで一安心です。また、私がパームを持っているかどうかも知らないらしいことがわかりました。証拠に関しては一馬身リードと言う感じですね。お昼ご飯を済ませ、その他の仕事を済ませ、午後の時間早くに、私はある悪知恵を思いつきました。受話器を取ると、連邦の検事局に電話しました。
「US Attorney’s Office(検事局)です。」と事務的な女性が応対しました。
「私は小山淳平、弁護士です。明後日、Pretrial(第2回目公判)担当の検事と話がしたい。」
少し待たされると受話器が向こう側で持ち上げられました。
「マラックですが、どういうご用件で。」
この間の担当検事と同じでした。声に張りがあります。
「明後日、Pretrialがある福本事件で相談があるんだが。」
「なんでしょう。」
「この事件ね、16歳の子供なんですよ、起訴されているのは。」
「存じています、この間お会いしましたよね。」
「申立てもそちらに行ってますよね。起訴取下げの申立て。」
「はい。」
「今すぐ、そちらの検事局でスティピュレーション(同意)をもらえないでしょうか、起訴を取下げる。」
「そんなことできるわけないでしょ。」
「それじゃ、闘わずしてこちらに勝たせてくださいよ。」
「だから、何を根拠にそんなこと言われるんですか。馬鹿らしい。」
鼻を鳴らしているのがわかります。
「起訴を取下げていただけないなら、水曜日のプリトライアルで証拠となる情報を持っていきますから、その時に決めていただけますね。」
「それは、起訴が取下げになることが確実な証拠ならそうせざるを得ないでしょうね。」
「そちらのFBIを使った捜査で、まだ福本真治君が起訴の対象になっているなら、考えものですよ、検事。」
「よくもう一度ファイルを調べてみますが、現段階では起訴の取下げはありえません。」
「ありえないのは、マックブライド捜査官をはじめ、FBIが発見された少量の麻薬に踊らされて、大きなものを見失っているからですよ。」
私は少々息を荒くしつつ、
「個人でやっている刑事弁護人にリードされているんじゃ、何のためにFBIに多くの税金を払っているかわかりませんね。」
と、カマをかけてやりました。あからさまに声が憮然としたのがわかります。
「なにか他に…。」
「ははは、この間も保釈はありませんって誰かに言われたけど嘘だったですからね。」
「そ、それでは水曜日に。」
「お会いできるのを楽しみにしています。」
と言いつつ、私は受話器を置きました。こっちがなんらかの証拠を持っていると検事を突っついておけば、FBIや福本事件の背後にいるであろう組織が動き出すことを計算したのです。どこかで情報が漏れているような気がしてなりません。なんとなくお宝を持っているという印象を与えておけば、尻尾が出てくるかもしれません。見えない敵に何らかの動きがあるでしょう。2時間ほどデスクワークをこなし、私は早めに仕事を切り上げ、家に帰る人にまぎれて自分の家に帰ろうと車に乗りこみました。今回は危険を誘っているのですから、ゾーリンゲンのナイフを忘れませんでした。折畳式のナイフはキャンプに行くときには非常に便利です。今日は使うとすれば平和的な用途にはならないかもしれません。それから、いざと言うときのためのポケットカメラも忍ばせておきます。最近ではAPSカメラというフィルムの出し入れが非常に簡単なカメラが売られていて、機体自体も非常にコンパクトになっています。新しい物好きな私は、他の弁護士に見せびらかされ、釣られて買ってしまいました。車を走らせて坂の多い道を上り下りしているうちに、また尾行されていることに気づきました。行動が早いですね。どの組織の人間かは見当がつきませんが、とにかく何台か車を挟んでついて来ます。黒塗りのビュイック・レーセーブルです。ちょっと古めの型で、サスペンションはあまりホールディングはよくないようです。工事中の道路で車が撥ねるたびに、頭を天井に打ちそうになっています。ちょっと危険ですが私は寄り道して様子を見ることに決めました。家にいる真治君には今すぐに迷惑かけることは避けたいですからね。渋滞の道をどこに行こうかな、とつぶやきつつ考えた結果、バークレーの先にあるサンパプロ・カジノに行くことに決めました。このカジノは、カリフォルニア州では基本的にばくちは禁止されているのですが、住民投票で許されたという珍しいカジノです。ラスべガスのように華々しくないですが、立派なカジノに違いありません。私は今まで行ったことがないのですが、わざと人ごみを選んで行くことに決めたのです。
陽が落ちてきて、ビルが密集するサンフランシスコのダウンタウンにも灯りがつきはじめました。私は混んでいるランプをテール・ツー・ノーズでのそのそ進みながら、やっとベイブリッジに乗ることができました。窓を全開にして、空気を楽しみます。オークランド方面に向けて車のスピードを上げていきます。左手にダウンタウンのビルがまるで絵のように浮かび上がってきます。
インターステート80号を北に走らせ、バークレーを越えてまっすぐ車を進ませます。通勤ラッシュに巻き込まれたため、1時間ほどかかってカジノに着きました。バックミラーで確認すると、やはり黒塗りのビュイックは後から着いて来ます。唇を歪めながら、私はカメラとナイフがポケットに入っていることを確認します。混んでいる駐車場に車を停めて、車から降りると、同じ行動をとったどこかで見たような白人が二人、ビュイックから降りてきました。チラッと見た限りFBIの捜査官ではないようです。このような人相にはFBIの捜査上、今まで出くわしませんでしたからね。とはいうものの二人とも黒いサングラスをかけていますからはっきりした人相はわかりません。そ知らぬふりで、派手なカジノの入り口から入っていきます。外は静かでしたが、カジノの中はベルなどの機械音が鳴り響いていました。構内は様々な人種が入り乱れて繁盛していました。銀色のスロットマシンについた様々な表示板が毒々しい色を放っています。台にしがみつくようにボタンを押しつづけている人があふれています。ジャックポットが出るとうるさい電話が鳴っているようにベルが鳴り、人々の目を引いています。
人がいっぱいというのは、つけられる方にも都合が非常に良いのです。まず私はカジノのスロットマシンの台を値踏みするように練り歩きました。二人組も一人一人に分かれた様子です。私は一台のスロットマシンを選び台に座り、持っていた小銭で遊び始めました。5回ほどルーレットを回したときに小さな当たりが出て、ちょっと儲けてしまいました。また、続けてスロットマシンにふける振りをしていると、尾行していた一人が連絡のためか、何かをもう一人にささやいて出口の方に向かいました。チャンスです。私はすっと立ちあがると、トイレの方に向かいました。カジノの中は薄暗いですから、尾行者もサングラスを外さないわけにはいきません。トイレに近づくと、わざと死角となるところで、小走りしました。角を曲がってきた尾行者は無表情のまま早歩きできょろきょろしています。私が突き出した柱の影で息を殺していると、尾行者は私の前を通りすぎていきました。その時、前に私がブリトーを食べているときにバックミラーを通して見た尾行者と同じ人間であろうと思えました。私はポケットからカメラを取り出して、フラッシュが光ることを確認しました。今度は尾行者の背を私が追う形になりました。トイレに入ろうとする尾行者に
「アイアム・ヒア(ここだよ)」
と呼びかけると、賊は無防備に振り向きました。その瞬間、私はその顔をばっちり写真に撮りました。さぞ男前に写っていることでしょう。尾行者は声をあげて私のカメラを取り戻そうと襲いかかってきました。すかさずポケットにカメラを戻し、遁走しました。
人ごみに紛れ込むともうなかなか追って来られません。私は人々を押しのけるように入り口に向かいます。私に肩を押されたり押しのけられたりして非難を浴びせる人に謝りつつ、私は、カジノのセキュリティー(警備員)に助けを求めました。私の2倍は胸回りがありそうな黒人の男性です。このガムを噛みながら、私を認めたセキュリティーが、私の話をまじめに聞いてくれることを祈りました。まず、身分を明かし、尾行されていることを告げ、車までエスコートを頼みました。セキュリティーは、立っているだけでは暇をしていたようで、私の頼みを快諾してくれました。よかった。私が振り返ると賊はちょっと離れたところで見守っています。出口から出ようとするところで、もう一人の尾行者が携帯電話で連絡をつけているところに出くわしました。携帯電話を慌てて切った賊が私の方を見たところで、私は悠然と一礼して、セキュリティーと一緒に駐車場に出ました。セキュリティーに、あの電話をかけているのも悪党の一味だから、カジノに何か悪いことが起きる前に事情を聞いた方が良いと告げ、私の名刺を渡して車に乗り込みました。セキュリティーは足早に私を追ってきた尾行者の一人をエスコートしつつ建物の中に入っていきました。もう一人の賊はどうして良いかわからず、立ち往生していました。私は賊の乗ってきたビュイックのナンバープレートをもう一枚写真に撮り、カジノを後にしました。笑いを浮かべた私は車をサンフランシスコ方面に走らせます。賊は追ってきません。外で電話をかけていた賊は何がなんだかわからないのでしょう。車の中でマックブライドの電話番号にかけてみます。電話に出ません。今日は遅番ではないようです、家にでも帰ってしまったのか、それとも捜査をしているのか。
 車をまたもと来た道を逆に走らせサンフランシスコ市内に入りました。今回は私が出し抜いた為、気分は悪くありません。軽く口笛を吹きながら車を走らせていきます。ダウンタウンを抜け、私の住んでいる住宅地に方に向かいます。尾行者がいないのを確かめて、中国人の経営するカメラ屋に入っていきます。中国人は勤勉ですから、夜も遅くまで営業しているのです。もう陽はとっぷりと暮れています。ポートレートなどの写真を無造作に並べた小さな入り口から店に入ると老人が私に一瞥をくれました。
「このフィルムを現像してくれますか。」
「明後日にはできますが。」
アクセントが強い英語で、私に事務的に言い放ちました。
「え、1時間現像はできないのですか。」
「ちょっと…。」
「何とかお願いできませんか、困っているんです。どうしても裁判で証拠写真に使わなくてはならないのです。」 懇願するような顔で頼みました。
「でもねぇ。」
「チップは弾みます。」
「それでは、30ドルでいかがでしょう。」
「30分くらいでなんとかなりますかねぇ。」
「やってみます。」
「これは30ドルとは別のチップです。前金で。」
大した金額ではないのですが、その老中国人は黄色い歯を見せながらはじめて大きく笑いました。中国人はお金で話がしやすいので、逆にありがたいことがあるのです。
30分ほど待つ間、私はその近くの中華料理屋で簡単なチャーハンを食べました。チャーハンには、日本で食べているジャポニカ米よりもインディカ米の方が断然あいます。ダイエット・コークで流しこみながら、水曜日のプリ・トライアル、つまり真治君の第2回公判のことを考えます。今週と来週が真治君の事件はヤマになりそうです。民事裁判の方のカニングハムもどんな作戦をしてくるかわかりませんからね。FBIも今ごろ動いているのかな、なんて思いつつ、家に電話を入れてみました。
「へロー」
日本語訛りがちょっと入った真治君がでました。
「かわったことはないかい。」
「えー、別に。冷蔵庫に入っていた餃子の残りをチンして食べちゃいましたから、何か食べてきてくださいね。」
「おう、食べたならいいや。最近食欲あるじゃない。こっちももう食べたから。」 
「最近、先生の食べっぷりを見ていると、負けていられないなと思って。」
「あはは。もうすぐ帰るからね。」
「はい。」
時計を見るともう40分ほど経っていましたから、写真屋さんに戻りました。さっきの老いた親父は焼き蕎麦を食べながら中国語のテレビを見ています。北京語で放送されています。
「先生、我要我的影片(ミスター、私の写真くださいな)。」
「なんで、中国語はなせるの? 中国人なの、あなた。」
「違うけど、台湾に住んでたことがあるんだ。」
怪訝な顔をしていたおじさんから写真を受け取りました。ばっちり撮れています、尾行者の顔が。どうみても、イタリア系の男です。ひげが濃い。でも目は真っ青です。車のナンバーはちょっとぼやけてしまいましたが、何とか読み取れます。
「おじさん、謝謝。」
「不可以知。」 
中国人は中国語が話せる人に非常に親近感を持ちます。日本人も同じですかね。私は台湾の大学で学んだことがあるので、サンフランシスコでは重宝しているのです。念のため、ネガは車の灰皿の中に丸めて入れて蓋をしておきます。車を飛ばして家に帰ります。
家に帰ってガレージに車を入れたところで、マックブライド捜査官のお出ましです。今度は4人も連れて来ています。非常灯はつけていません。何も私の家まで来なくてもよいのにと顔をしかめてしまいました。しかしすぐに笑顔に変えて、ご一行様に近づきます。
「マックブライド捜査官、電話だけでは物足りなくてわざわざご出張にあずかって光栄です。でもちょっと遅かったですよ。」
マックブライドはちょっと首をかしげて、自分のあごを左右に動かしながら右手で鼻をこすりました。
「検察局から電話がありました。なんでもプリ・トライアルの時に証拠を出すとか出さないとか…。」
「さすがお早い。」
「お聞かせ願えますか。」
「できないね。何か私のクライアントにお土産でもあれば別だけどね。」
マックブライドは明らかに不満そうでした。いらいらもしています。
「ちょっとね、弁護士さん、ずるいんじゃないか。検事を脅して。」
「ずるいってどっちがだい。あんな子供を人質みたいな形で捜査を進めるなんて、どうかと思うけどな。」
私も、明らかにイライラを見せて、両手を腰にあてました。下で、わさわさ大きな男たちがぶつぶつ言っているのを聞いて、近所の人たちが私たちをみています。「法律家は悪しき隣人」なんて言うことわざがぴったりですよね。
ただ、近所の人たちも警官が来ているので、口は出しません。ちょうど私が住んでいるフラットの窓が開き、真治君が私たちを見下ろすのが見えました。私を認めると真治君はすぐに建物の下まで下りてきました。駆け足で降りてきた真治君はラフなかっこうです。
「何事ですか」との真治君の問いに、慇懃無礼なマックブライドは
「これはこれは福本さん、お元気ですか。弁護士さんは良く面倒見てくれますか。」
と少し頭を下げて言いました。
真治君は、問いを無視しつつマックブライドの目をじっと見つめました。
「どういうことだか、説明してください。こんなところまで来て、どういうことなんですか。」
と断定的に言いました。物怖じをまったくしていません。
マックブライドも私も真治君の毅然とした態度にびっくりしました。質問を振られたマックブライドは
「い、いや、君の事件にかかわる証拠をこの弁護士さんが持っているって聞いたから来ただけだ。」
マックブライドはあくまでも冷静に答えましたが、明らかに真治君の様子にどぎまぎしています。おかしくて笑いそうになってしまいました。真治君は真剣です。真治君はマックブライドに挑戦するように
「それなら、裁判上で請求するのが普通じゃないのですか。」
と言いました。
マックブライドは詰まりました。そこに私が畳み掛けるように
「別にプリ・トライアルで真治君の起訴が取下げになってもいいじゃないですか、もっと大きな魚が釣れれば。」
とつぶやきました。
私はマックブライドがどぎまぎしているのを哀れんで、彼の肩をたたきました。彼にとっても、水曜日のプリ・トライアルで徹底的に不利な証拠がでてくれば捜査にダメージが加わるのは必至なのです。
「でも、もし捜査に協力してくれれば…。」
マックブライドもつぶやくように言いました。
私は少々声を強めて
「捜査に協力したら、減刑ですか? そんな取引には応じられないね。これ以上、FBIが探し出せるものはないでしょう。でも私には、マックブライドさん、あなたに非常に見せたいものがあるんだな。」
と、得意げに言いました。目を伏せていたマックブライドが私の目を見ました。
「なんですそれは。」
「興味あるみたいですね。真治君の麻薬を売る目的で所持していた罪から、ただの麻薬所持だけに訴因を変更してくれたら見せてあげるよ。」
私はじっと私を見ているマックブライトにウインクをしました。
「…。」
非常に困惑しているマックブライドは指をしきりに唇に当てていました。近所の人たちは代わる代わる様子を見ていましたが、まさかこんな所で刑事事件の司法取引がされているとは思っていないのでしょう。平和な街なんです。
私の無表情な目を見ながらマックブライドは携帯電話を懐から取り出しました。一瞬拳銃を取り出したのかと思い、冷や汗が出ました。番号をダイアルしてちょっと待つと、どう見ても当番の検事と話しているようでした。マラック検事の様子です。水曜日のフクモト事件について話しています。しばらく短い相槌打った後に電話を切ると、マックブライドは
「O.K.」とつぶやきました。
「なにがOKなんだい。」
「あなたが今持っている証拠を見せてくれたら、起訴事実を変更しましょう。」
勝ちました。ゲームの駆け引きは、まずは真治君に軍配があがりました。
「口約束だけじゃ信用ならないから、どの担当検事と話して、どういう内容になったか、ここに書いてくれますか」
私はイエローパッド(弁護士が使うメモ用紙)を取り出しました。マックブライドは私のペンのオファーを断って、自分のペンを使い、自分の黒いリンカーンの磨かれたボンネットの上でせっせと文章を書き出しました。書いているのを見ながら、私は言いました。
「今日の日付を入れるのを忘れないでくださいね。」
もう負けましたと言う顔で、肩をすくませながら、マックブライドはペンを走らせました。これで大きな前進です。最悪の場合でも、所持だけの初犯ならば懲役刑は免れるのです。罰金刑で終わらせられる可能性が大であることはマックブライドも充分に知っているはずでした。マックブライドの手書きの一文を良く読んでから、マックブライドにポケットの中にしまってあった写真を手渡しました。尾行者の顔とナンバープレートが写っているやつです。簡単な説明をするとマックブライドの顔が上気してきました。
「さっき手に入れたばっかりだよ。多分、こいつらが私をフクモト邸で殴った奴だと思う。尾行もされていたしね。」
マックブライドはまじまじと写真を見ていました。他のFBIのメンバーも、真剣に見ていました。
「この写真に載っている人物が絶対背後組織に関係ありますよ。そうじゃなきゃ私が検事に電話してからすぐに尾行をつけさせないでしょ。FBIの捜査も気をつけた方が良いですぜ。筒抜けになっている可能性があるから。」 私はマックブライドを諭すように低い声で言いました。
「これは非常に面白い。」
マックブライドは写真に見入っていました。他の捜査員は携帯電話などで、様々な指示を与え始めました。
「真治君や私の安全にもかかわることですから、その青い目の人が誰かわかったら教えてくださいな。」
苦笑いを残して、マックブライドは他の捜査員を連れて帰っていきました。真治君は去っていく車をまじまじと見つめていました。
「驚いたよ、最初にマックブライドが会ったときの真治君とはえらい違いだね。」
「勇気を持たなくっちゃ。」
そう言って踵を返した真治君は、私より先にフラットに入っていきました。静まり返った住宅地にもすっかり夜の帳が落ちていました。
「勇気か…。」
私もゆっくり階段を上っていきました。

【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

4/1/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第10回目です。

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第10章 休日 (Recess)
 
 この土曜日は、昼頃まで寝てしまいました。なんか雲に乗っているような夢を見ていて、ほんわか寝ていました。起きると、またもや真治君は勉強していました。リビングのソファに座り何か読み物をしていました。弁護士よりよく読んでいますね、頭が下がります。私は、ぼさぼさの頭を掻きながら真治君に昼飯は何か食べたのかと聞きました。「え、何も食べてませんよ。先生が起きるのを待ってたんです。」
「それじゃあ、何か外にブランチでも食べに行こうか。」
「賛成、賛成。」
「それにしても、よく勉強してるなあ。」
「今は、勉強で気がまぎれるし。」
「何食べたい?」
「何でもいいけど、すごくお腹が減ってます。たくさん食べたいな。」
「よっしゃ、それじゃ行こう。」
「どこ行くんですか。」
「着いてからのお楽しみ、ってところかな。」
 二人で、さっさと着替えて、車を走らせゴールデンゲートブリッジを渡りました。そのゴールデンゲートブリッジを渡ったところにあるサウサリートという街に着きました。もう霧も引いて天気もよくなり、観光客が多いサウサリートは人でごった返していました。真治君は久しぶりに事件から離れてドライブをして、また、街を離れて楽しそうでした。駐車場からレストランがあるホテルまで店を見ながらだらだら歩きました。観光客用に鮮やかなポスターや絵葉書を売っているお店や何か怪しげな彫刻を怪しげな値段で売っている店を覗き見したりしながら、真治君と私は忙しい街から少し離れて、小高い丘の上にあるレストランに入りました。入り口のホストが席に案内してくれました。
「すごい。海だ。」
 このレストランは、丘の上にあるために海が一望できるのです。天気がよければアルカトラズ島や遠くに見えるベイブリッジもくっきりと見えます。気分転換をするには最高の場所なのです。真治君を海に向かって座らせ、私も海の方をしばらく見ていました。
 席に座ってちょっとすると顔見知りのウエイターが頼みもしないのにシャドネーの白ワインを二杯持ってきました。
「はい、ビル。元気そうだね。」
「忙しいですか?」
「うん。事件もひっきりなしに入ってくるしね。肉体労働してるよ。あ、この子まだ未成年だからお酒はまだだめだわ。何か、他のもの飲む?」
「そしたら、アイスティーでももらおうかな。」
二人で乾杯をしました。
「ここはね、昼はビュッフェ形式になっているんだよ。だから、お皿を持って好きなもの取ってきな。お腹いっぱい食べても、怒られないからね。」
「そりゃすごいや。」
海では白いマストを張ったヨットが何台も行き来しています。真治君はお皿いっぱい食べ物を持ってきました。カニやエビ、それにパテから野菜からもうなんでもありという感じです。彼の食欲はたくましいものになってきました。
「すごいとってきたね、食べきれるかい。」
「はい、お腹が減ってますから。それにしても本当にきれいですね、ここ。こんなところもあるんですね。」
「僕も気分転換にはこのピュッフェを食べに来るんだよ。素敵なところだろ。」
「本当は僕じゃなくて彼女と来たいんじゃないですか。そういえば、先生彼女いないんですか。」
「たくさんいるよ、でも時間がないから会えないだけさ。うるさいよ、早く食べろって。」
二人でもうこれ以上食べられないというところまで食べ、レストランを後にしました。休みの日でなければできないので、真治君と二人で街をぶらぶらしました。サウサリートには、たくさんのおしゃれなお店があります。もっとも私とはあまり縁がありませんが。それでも、真治君は楽しそうでした。
「この辺ね、お父さんとよく来たんだ。だから、すごくなつかしい。」
「そうなんだ。」
「お父さんは本当はサウサリートに家が欲しかったみたい。」
「きれいなところだもんね。」
「また来られてよかった。食事もおいしかったし。」
真治君と私は歩きつかれて車に戻りました。
「あ~あ、疲れちゃったね、真治君。君が運転できたらしてもらうんだけどな。」
「でも、もう16歳だし、取ろうと思え取れるんですよね。でも保護者がいないからな…。」
「それじゃぁ、今から運転練習しに行こうか?」
「えっ」
「ゴールデンゲートパークのはずれにいけば大丈夫さ。」
真治君はとてもうれしそうでした。私が運転しているのを目を凝らしてじっと見ています。さっき通ったゴールデンゲートブリッジをもう一度渡り、サンフランシスコ市内に戻ります。橋は結構混んでいましたが、晴れた空に真っ赤な橋が映えてきれいです。市内に入ると、海に沿って車を走らせます。海際の空き地で私のボルボを停めました。車のエンジンを切り、真治君を運転席に座らせます。私も助手席に座ったところで真治君に声をかけます。
「まず、自分がアクセルとブレーキを踏みやすい位置にシートを合わせてごらん。それから、バックミラーを見やすい位置に設定するんだ。」
見守っていると、結構器用に合わせます。
「よし、キーをイグニッションに差し込むんだ、そうそう。そして時計回りにキーをひねってごらん。」
ボルボのエンジンはうなりを上げて始動しました。真治君は感嘆しました。
簡単に車の運転の仕方を教えると、真治君に発進するように伝えました。まだ慣れていないので、がっくんがっくん走り出しました。次第に真治君はスムーズに運転できるようになりました。なかなか止める気配もないほど熱中しています。
「もうそろそろ帰ろうか。」
「あ、はい。」 
ブレーキを踏んで、席を再度交代した後、私は家に戻るために車を東に走らせました。
「車の運転って案外簡単なんですね。」
「そりゃね。簡単にしなきゃ大変だよな。特にこんな車社会ではね。」
「でも、気を緩めると大変だからね。」
「今度、一件落着したら免許取りたいな。」
「おぉ、そうしなよ。協力するからさ。」
「免許が取れたら、まず先生をドライブに招待しなくっちゃ。」
「どうしようかなぁ、こわいなぁ… ははは。」
今日はのんびり過ごし、真治君もだいぶリフレッシュできたようです。真治君と外で事件にかかわらないことで笑いあったのは久しぶりです。その夜はぐっすり寝ることができました。
 
日曜日は朝から真治君と私は黒いスーツを身につけました。昨日とは一転して真治君の顔は暗く、私も澄みきった空とは対象に心は沈んでいました。真治君のお父さんのお葬式です。言葉少なに真治君は私の車に乗り込みました。私もあまり語らずに車を走らせます。サンフランシスコ市内にあるフュネラル・ホーム(葬儀場)の駐車場に車を停めて私はスーツを正しました。真治君は車から降りようとせず、シートに座ったままでした。
「真治君、さあ、行こう。」
「僕…行きたくない。」
私は助手席側にまわり、ドアを開け、すわっっている真治君の肩をつかみました。
「真治君、行こう。お父さんが待っている。」
「…。」
「誰よりも君に会いたいんだよ。」
唇を噛んだ真治君の肩を抱きながら葬儀場に向かいます。葬儀場は人でごった返していました。私は真治君を守るように葬儀場の一番前の席まで進みます。もう話すことのない真治君のお父さんが入っている箱から一番近いところに真治君を座らせ、私は後ろの方の席に引き下がります。
「淳平…。」
ジムが声をかけてきました。
「ジム、来てくれてありがとう。」
「真治はどうだい。」
「うん、だいぶ落ち着いてきたみたいだけど、まだいろいろ難題が山積みだ。」
「何かできることがあったら言ってくれ。」
「本当にありがとう。」
私は周囲を見まわしました。真治君のお父さんの葬式には多くの弔問客が来てくれました。いらないことにメディアもカメラを引きずって、日本からも報道陣が来ているようです。幸いにメディアの人は葬儀場には入れないようです。
「ジム、今日、ジャック・ロビンスの親族が来ているかわかるか?」
ジムはきょろきょろしていましたが、肩をすくめて、
「わからないな」とつぶやきます。
その時、私の肩を後ろから軽くたたかれました。マックブライドです。
「これはこれは、マックブライド捜査官。」
私は振り返り、少しばかり笑顔を見せました。
「小山弁護士、ご苦労様です。」
「今日はわざわざ。まさか捜査ではないですよね。」
「事件とは別です。」
「ありがとう。」
私たちは簡単な挨拶をして、握手を交わしました。
式がはじまりました。日本に比べて、式の進行も明るく、真治君のお父さんの新しい旅立ちには悪くありませんでした。葬式を通して、もう誰も頼る人はいないと悟った真治君はずいぶん立派に振舞いました。日本で言うと喪主ですよね。挨拶も淡々と述べていました。
式場の後ろの方に立っていた私は感心して彼の一部始終を見ていました。ゴシップも式場の所々で聞きましたが、何も問題は発生せず、式は無事に終わりました。
一日がかりの行事を済ませた真治君を乗せて言葉少なに車を運転して家に帰ります。私も疲れました。真治君は無言で書斎に引きこもりました。しばらくして彼の号泣が胸を打ちました。

【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

3/25/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第9回目です。

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第9章 相手方弁護人(Opposing Counsel)
 
 事務所に帰ると、千穂さんが再度カニングハム弁護士から電話が入ったことを私に告げました。
「しつこい弁護士だね。こっちは刑事事件であたふたなんだから、なんなんだい。」
「わかりません。事務所に帰って来たら電話をくれっていう用件でした。」
「はいはい。あ、千穂さん、悪いんだけどコロナーズオフィスに行って、遺留品をもらってくれないかな。あとデス・サーティフィケート(死亡診断書)も。」
「福本さんの事件ですか。」
「そうなんだ。」
私はメッセージが書かれた小さな紙を5つほど自分の部屋に持っていきました。そのメッセージを読まずに、真治君に関する警察の調書をかばんから取り出して、再度読み始めました。ゆっくり頭の中で考えを巡らします。どうみても、この福本家に麻薬があると電話してきて匿名希望さんは真治君を落とし入れようとしています。また、そもそも、無理やり真治君を逮捕して起訴に持ちこませたFBIのやり方があまりにも強引な気がします。毎日学校に行っている真治君がとても、何百万ドルにもなる麻薬を扱っていたとは思えませんし、FBIだって感ずるところはあるはずです。現に、私が爆破の次の日に真治君の家に行ったとき、真治君が麻薬のことを知っていれば、麻薬をどうにでも処分できていたはずです。FBIにしたって、この調書を見る限り、真治君をPrincipal(首謀者)とは決めて書いていません。あくまでも、Accompliceと書いてあります。アカンプリスとは、麻薬事件の場合、ただ麻薬を運ぶだけだったり主要に関与していない者を指すのです。どんなに罪が重くてもミュル(ろば)と俗に呼ばれる運び屋なのです。そうすると、FBIは必ず他に目星をつけていて、現在麻薬のシンジケートの糸を手繰っている段階なのです。どのような捜査の方向性が持たれているのか、マックブライドに聞きたくて仕方ありませんが、どうせ捜査中ということで教えてはくれないですよね。FBIの調書も、真治君を弁護をする上では好都合ですが、事件を究明するための道具としてはあまりにもお粗末です。
あることを思いつき、私は不敵に笑いました。FBIが、もし麻薬組織について解明しようとして行き詰まっているなら、FBIの捜査の手助けをすれば、逆に真治君を助ける駆け引きに利用できるはずです。しかし、今の段階で他の麻薬関連者が捕まらなければ、真治君は捜査のつじつまを合わせるために人身御供にされかねません。FBIとの駆け引きが重要な要素になるところです。作戦を練り上げ、勝負することにしました。なんとかFBIとの駆け引きに勝たなくてはなりません。
FBIに対する対処法を私なりに考えているときに、私の机の電話が鳴り始めました。集中しているときに鳴ったのでちょっとドキッとしました。
「ジュンペイ・スピーキング。」
「ディス・イズ・カニングハム。」
「こんにちは、どのようなご用件で。」
「先日お話したディスカバリーに関することです。」
「ですから、この間お話した通り、証拠開示の請求をカリフォルニア民事訴訟法2030条以下で出していただければ回答します。」
私は非常にうんざりしたような声をだしました。ため息交じりです。
「事件を早急に進めたくてね。」
「理由は。」
「亡くなったロビンス氏のビジネスに関する書類が足りないため、ロビンス設計事務所がうまく機能していないんだ。」
「それは、ロングフル・デスに関係ないでしょう。」
「それが、大いに関係あるんだな。ミスター・フクモトが持っているんだ、ロビンスの書類を。」
「どこにある書類ですか、家の書類はみんなFBIが持っていっちゃいましたぜ。」
「小山弁護士、あなたの意向はわかりました。こちらも然るべき手を打ちます。」
「どうぞ。」
「近いうちに、お会いできるといいですね、事件を進める上で。」
「それは、別に構わないですよ。」
「今日はもう時間がないな、明日はいかがですか。」
「証拠の開示は法律に則りますから、明日というわけにはいきませんよ。」
「それはわかっています。」
「ぜひ、私に明日の昼食を用意させてください。私の事務所に11時半でどうですか。金曜日ですからリラックスして。」
「O.K.」
電話を切った私は、カニングハムがなぜそこまで私に会いたいのか不可解でした。彼は一体何をしたいのだろうと興味をそそられましたが、果報は寝てまてですよね。
刑事事件の申立てが一息ついたところで、今度は民事事件の方も考えなくてはいけないな、と考えを巡らせはじめました。腕まくりをして、コンピュータのオンラインサーチに目を向けます。ベーツ&マコーミックに関する情報をインターネットで引出します。アメリカでも巨大事務所のひとつに数えられる事務所ですから、多くの情報を手に入れることができました。世界規模で展開するベーツ&マコーミックは弁護士が総勢563人、事務所は海外拠点が13、アメリカでも32都市に事務所を持っています。サンフランシスコでも二番目に大きな事務所です。主に世界規模で展開する国際的な企業の顧問を務めています。業務の範囲もM&Aやアンチトラスト(反ダンピング)から、企業の日々の業務上の問題まで、様々な仕事をしているようです。ビクター・カニングハムはサンフランシスコのパートナーであり、20年以上の法廷弁護の経験があるとの記載があります。主な業務内容は民事訴訟、著書も多数あります。
ここで私は眉をしかめてしまいました。法廷弁護を多く手がけている弁護士はディスカバリー(証拠開示)についても相当な経験があるはずです。いや、ジュリートライアル(陪審裁判)やベンチトライアル(裁判官による裁判)よりも、ディスカバリーを多くこなしているはずです。アメリカの裁判では陪審員が使われていますから、裁判が法廷に持ち込まれて、よくテレビや映画になるようなシーンが毎日のように行われているように思われていますが、それは間違いです。訴訟の多くの部分はディスカバリーに割かれます。ディスカバリーがほとんどの事件でカギを握るのです。そのことを熟知しているはずのカニングハムが、なぜそこまでして福本氏側の証拠開示を不合理にも短期間で迫るのか。内容はともあれ、カニングハムの行動を惹起させている動機というものに心が引かれました。一体、亡くなったロビンスとどのような関係があったのか、福本氏とどのような関係があったのか。多分、巨大な法律事務所がらみなのでお金が絡んでいるであろうということは見当がつきますが、具体的な手がかりはありません。考えを巡らせているのは時間の無駄、というように電話が鳴りました。
「ジュンペイ・スピーキング」
「先生、たいへんです…。」
私のクライアントの日本人夫婦で、レストランを経営している夫が倒れて、切り盛りで忙しい奥さんからの電話でした。頭を真治君の事件だけには割いていられないのです。弁護士の仕事は常にマルチ・タスクです。
「どうしました?」
「主人が、もう助かりそうもありません。」
「今どこですか?」
「カリフォルニア・パシフィック病院です。」
「すぐに行きますね。それじゃ…。」
病院から戻ってきたときにはもう午後の3時を回っていました。まだお昼ご飯もたべていません。事務所に帰ってきてからは電話にも出ず、真治君の事件に関してのモーション(Motion:裁判上の申立て)作成に時間を費やしました。法廷弁護人の主な業務の中には、特にアメリカのように判例を重視する国において、法律や判例のリサーチをすることが多くなります。過去にあった事件と今のシチュエーションを比べたり、特別法がないか、裁判官のコメントがないか、入念に調べ上げます。ロースクールの地獄のような3年間はその訓練と勘を養うのです。モーションを書くについても丹念なリサーチが必要となり、相当な時間がなくては良いものができないのです。時間との勝負というのも弁護士の業務なのです。
夜になって、申立書が完成しました。モーション・ツー・ディスミス(起訴取下げの申立て)です。そして、FBIに対するスピーナ(証拠開示請求書)も作成しました。本格的な法廷戦の幕開けです。翌日、検察庁とFBIのサンフランシスコ支局それぞれに送達することを千穂さんに書き残して、事務所を出ました。モーションに対するヒアリング(審理)は法律で最低10日間の猶予を相手に与えなくてはいけないことになっています。今日作成して明日というわけにはいきません。明日から早くても10日後になってしまうのです。日時指定をぎりぎり早くに設定するメモを残すのも忘れませんでした。相手方に猶予の期間が不足しているという異議を申し立てられないように念をいれて再来週の水曜日に設定をしてもらうように書き留めました。申立ての期日は申立代理人が設定できるのです。
家にたどり着いたときにはもう11時になっていました。居間に入ると真治君がもう慣れてきた私のソファで本を広げて読んでいました。
「ただいま。勉強かい?」
「あ、おかえりなさい。昨日先生と話していたこの本、ギデオンのトランペット、すごく面白いですよ。」
「へー、感心だね。夜も遅いのに。テレビの方がよっぽど面白いと思ったけど。」
「ははは、そんなことないですよ。」
私は、私の首をしめようと必死になっているネクタイを解き、Tシャツ姿になりました。ビールを冷蔵庫から持ってきて真治君の近くに座りました。
「もう、読み終わりそうじゃない。」
「そうなんです。最後まで読まないと、眠れそうもないな。」
「おもしろいだろ。」
「法律ってすごいですね。こうやって人を助けることができるんだから。」
「そうだね。世の中には金儲けばかり考えていたり、金を多く持っている方に味方するという弁護士もたくさんいるけどね。やはり、社会やみんなのためを思っている弁護士もたくさんいるんだ。」
私の頭にカニングハムの事務所のことが浮かんできます。資本主義のもとでは、お金を得るためにはとにかく大きな組織にならなくてはいけないのです。大きなクライアントを得るためには、無料の法律相談を月に何百時間もしたり、あの手この手のセールス合戦を繰り広げなければならないのです。
「でも、法律って、勉強するの難しいんでしょ。」
「うーん、どうかな。難しいか難しくないかっていう観点よりも、世の中の仕組みを理解するための手段って感じかな。」
「こないだ弁護士になるのって大変って言ってたけど、どうして弁護士になろうと思ったんですか。」
「うーんそうだなー、アメリカっていう国は人種や考え方も様々だよね。もうめちゃくちゃ。わがままというか、自分のことしか考えていないっていうか。僕はこの国に住んでいて人の生きていく方向性を単一的には捉えられないことがよくわかったんだ。」
「そうですよね。」
「それでね、こんなにばらばらな国でも他の国と変わらず、貧しい人や困っている人っていうのはいるわけで、その人たちを守れるのは法律しかないんだな、って思ったんだ。法律というのはある一定のところで線を引くものだからね。なんとなく、ばらばらな人たちでも、生きていくため、そして生活を守るためにぎりぎりの線というものがあり、それを守ってあげられるのが弁護士しかいないんだね。それで、弁護士になって自分よりも困っている人、自分よりも悲しみを感じている人を助けてあげようと思ったんだ。」
「ふーん。」       
真治君は何かを考えている様子でした。
「今まで、弁護士っていうか、法律に関わる人に会ったことがないからよくわからなかったけど、自分でこういう立場になって、やっと弁護士ってどういう職業なのかわかってきました。」
「そうなんだ。何事も経験だよね。ギデオンの場合、牢屋に入れられて、相当ひどい待遇に遭っていたんだね。たぶん暴力を振るわれたり、いやがらせをされたり。囚人と言う立場だから力関係では本当に弱者だよね。ギデオン自身教育もなかったから、基本的に何もすることができなかった。ギデオンは牢屋の中で起こっている暴力や嫌ががらせについて一所懸命メモを書いて最高裁判所に訴えたんだ。勇気があったんだね。それで、しばらくして最高裁判所がギデオンの事件を取り上げたんだ。そのことがきっかけとなって全米中の刑務所で囚人の待遇が改善された…。あ、あんまり話しを言っちゃうと本が面白くなくなるね。」
「大丈夫です。もう終わりの方ですから。」
「アメリカでは、弁護士が多い多いって言われているけど、世の中には人権を踏みにじられている人がたくさんいる。社会を改善していくために弁護士が必要だとすれば、まだまだ足りないくらいなんだ。日本では、弁護士の絶対数が少なくて特権階級のように思われているけど、そのような位置付けの人たちが本当に弱い人たちを助けていけるかと言うと力的に不足しているんだよね。これからは変わるだろうけど。」
「先生、ほかになんか読む本ないですかね。」
「法律関係でか。いやに熱心だね。」
「弁護士っていう仕事にすごく興味が沸いてきました。」
「ははは、それは頼もしいや。まあ、明日は金曜日だから、週末はゆっくりしよう。まだ、真治君とは二人でゆっくりしたことないもんな。」
「はい、それじゃ勉強しています。」 真治君は私の書斎、いや彼のベットルームに帰っていきました。
残飯処理係と化した私は、冷蔵庫で目に付く食べ物を口にしながら冷えたビールで喉を洗っていました。明日の昼ご飯はさぞおいしいものをカニングハムにごちそうしてもらえるでしょう。
 
金曜日の朝も相変わらずの晴れでした。真治君は早起きして学校に向かいました。私は早朝の出廷もなくちょっとのんびり気分で、ピーツ・コーヒーに向かいました。スーツは着ていません。アメリカでは金曜日をカジュアル・デーと冠して、スーツを着ずに私服で出勤することが当たり前になりつつあります。私もデニムパンツに洗いざらしの襟付きシャツをつけて車に乗りこみます。コーヒーと、奮発してチョコレート・クロワッサンを買い事務所に向かいます。ひっきりなしの電話の応対や書面の作成をしているとあっという間にカニングハムとのアポの時間が近づきました。
「千穂さん、昼ご飯は例のカニングハムとすることになったから行ってくるよ。」
「あ、あのしつこい電話の人ですか。」 
ちょっと千穂さんは眉をしかめていました。
「そうですか。了解しました。お気をつけて。」
「はい。」
私はエレベータに乗りこみ、金曜日と言うこともあってリラックスした雰囲気のビルを出て、カニングハムのいるビルに徒歩で向かいました。高層ビルの間から青空がのぞいています。
サンフランシスコのダウンタウンは、他のアメリカの都市と変わらず道が桝目状にまっすぐ通っています。ですから、目的地に向かうのにどの道とどの道が交差しているのか聞くだけでおおよその位置が把握できます。カニングハムの事務所は私の事務所からそう遠くないところにあります。
道では、週末の予定を話し合うカップルや仕事の合間に立ち話をする人たちにたくさん出会います。道端のお花屋さんでは、グラマラスな花が太陽に顔を向けています。カニングハムの事務所は海のそばに4つの大きなドミノのように立っているエンバカデロビルのナンバー1にありました。エレベータに乗りこみ35階を示すボタンを押します。私の事務所があるおんぼろビルとはぜんぜん違います。すべてが現代的に金属で光り、エレベータの乗り心地もカプセルに入っているようです。35階にはあっという間に着きました。エレベータを降りると、目の前には大きく「ベーツ&マコーミック」と金色で彫られた文字が見えます。そのうしろにはレセプションのきれいなお姉さんが座っていて、そのまたうしろにはアルカトラズ島を含めてサンフランシスコ湾が一望できるガラス張りのコンフェレンス・ルームがあります。この景色に心を打たれてお金を落としていくクライアントも少なくないのでしょうね。
きょろきょろしてばかりいると警備員を呼ばれかねないので、そそくさとレセプションに近づき、自分の名前を名乗りカニングハムに会いたいことを告げました。
「ヒー・ウィル・ビー・ライト・ウィズ・ユー(すぐに彼は来ます)。」
雑誌から飛び出してきたような白い歯を見せて彼女はにっこりしました。
「ありがとう。」
私は、目にした革のソファに腰掛け、置いてあった雑誌に目を通しました。私は11時半ジャストに来たのですが、カニングハムは11分ほど私を待たせました。音もなく出てきたカニングハムは私の握手を求めました。
「ファイナリー・アイ・ゴット・ホールド・オブ・ユー(やっとあなたを捕まえることができました)。」といって私の肩をたたきました。
「ユー・ガット・ミー(捕まれられました)。」
私はカニングハムの目を見て笑いながら手を握り返しました。私よりもちょっと背が低い男で、目は真っ青です。頭はダークブロンドで、7・3に分けています。顔はどちらかと言うと四角い感じがしますが、鼻は高くちょっと赤くなっています。卒がないダークグレーのスーツを着て、光沢のあるえんじのネクタイを締めていました。スーツは非常に高価そうな生地です。どうせ私のスーツが10着分買えてしまうくらいの金額なのでしょうね。
耳まで届きそうな笑いを浮かべながらカニングハムは私を会議室に招きました。会議室は全部で10室ほどあるらしく、私が通された部屋は、更に海に近い角部屋でした。
カニングハムは私を海に向かって座らせ、自分は向かい側に腰をおろしました。一息つくと、カニングハムが切り出しました。
「小山弁護士、事件よりも何よりもびっくりしました。」
会議室にカニングハムの低い声が響く。
「は、なんでしょう。」
「あなたは三谷弁護士と働かれている。」
「聞きました。あなたも以前はPD(パブリック・ディフェンダー)だったって。」
「あの頃は、楽しかったです。がむしゃらでした。」
「PDの事務所は体力勝負ですからね。」
「三谷弁護士はおとなしいですけど、すごく頭が切れる人です。」
「…。学生時代からの友人だとか。」
「一緒に勉強会をしたものです。司法試験も一緒に勉強しました。」
「それにしても、こうも人生が違ってくるなんて…。」
わたしはきょろきょろ部屋を眺めました。テーブルから何から何まで高そうなことがわかります。壁には青い空によく映えるピンク色の大理石が施されています。私は、クライアントはこの会議室で会議をしていて、こういう壁やテーブルにお金を払っていることを知っているのかなと考え、もし知っているとすれば物好きだなと思ってしまいました。まあ、なんでもよいですが同じ法律の勉強をして、同じ試験を受けて、弁護士になってここまで違うのかと感心してしまいました。私の考えに気づいたのかどうか、カニングハムは仕事に話を向けました。
「ジャック・ロビンス氏の奥さんは非常に悲しんでおられる。」
「お察します。」
「これからの生活を考えなくてはならない。」
「そのためにこの裁判を提起されたのでしょ。」
「小山弁護士、あなたも私も納得できる和解に至るためには少なくとも、偽りのない情報開示が必要だ。」
「カリフォルニアの民事訴訟法でそう規定されていますよね。だから私は法律に則る証拠開示には同意しています。今から、そちらで証拠開示請求をすれば、20日後にはあなたのお手元に必要書類を届けますよ。」
「そうだな、まずその事務を済ませてしまおう。」
カニングハムはファイルの中から、書類の束を選び、私に投げるように渡しました。題目は「書類開示の請求(Request for Production of Documents)」。ぺらぺらと中を見ながら、ずるいやつだな、と思いました。私がカニングハムに言ったように、書類の開示請求は請求があった日から20日以内に書類を提出しなくてはなりません。これは法律で決まっています。ところが、郵便で請求を送ると20日間に加えて、法律上5日間猶予が相手方に与えられてしまいます。ですから、直接手渡せばこの5日間を節約できるのです。昼飯ごときで相手を呼び出しておいて手渡しするのはずるいですよね。私は顔色ひとつ変えずに、
「確かに受け取りました」と事務的に答えました。いくらでも防御策はあります。
「ところで、どのような書類や情報をお探しですか。」 
私は切り出しました。
「電話でも言ったと思うが、ロビンス設計事務所はあまり今、機能していない。大事なデータが見つからないのだ。」
あっ、と思いました。コンピュータのデータのことを言っているのでしょうか。
「大事なデータが入ったコンピュータかなにかあるのですか?」
「それもあるが、手帳なども見当たらない。」
ということは、相手方はロビンス氏の持っていたコンピュータは回収しているのでしょうか。そのデータが見たい。私は押すように言いました。
「カニングハムさん、ロビンス氏が持っていたコンピュータというものがあるのでしょうか。」
「ははは、そのデータが見たいのですか、小山弁護士?」
一瞬、わきの下に汗を感じました。
「なにかの役に立つかもしれませんしね。」
私はなるたけ平然といいました。
「それはできません。あくまでもこちらの証拠開示請求と同時履行で行こうじゃありませんか。」
「もっともですな。」
カニングハムは身を乗り出して付け加えました。
「小山弁護士、私はロビンス、福本両氏がどのような行動をとっていたために、爆発に巻き込まれたのか、確かめたいのです。」
その答えはもっともです。
「具体的にはどのようなものをお考えですか?」
「…。それはあなたからの開示を待って考えていきたいと思います。」
確かに、この答えももっともです。私が何を開示するのかを見極めたいのでしょう。今からカニングハムがヒントをくれるわけないですからね。まあ、開示に関してはカニングハムとやりあうことになるでしょう。
「ところで、お腹空きましたね。カニングハム弁護士と昼食を一緒にできるということで楽しみにしていたんですよ。」
「これはこれは、それでは行きましょうか。」
先に立ったカニングハムは、私を促し、事務所の長い廊下を歩き始めました。さっきカニングハムから受け取った書類開示請求は、折ってデニムパンツのポケットに突っ込みました。それを見てかすかにカニングハムは顔をしかめたようです。私は気にせず、大理石やら桜の木の板でちゃらちゃらした事務所を早足で歩き、カニングハムとエレベータに乗りこみました。ビルを出たわれわれは、しばし無言で歩きました。
ちょっと歩いたところに、カニングハムが招待してくれたレストランがありました。建物の1階で、ちょっと落ちついた雰囲気の店です。彼は私を促して、店に入りました。ちょっと暗い照明にマホガニーの壁がしっくりきています。カニングハムを見とめた給仕は、笑いを顔いっぱいに浮かべ、外の景色が見えるブースにわれわれを座らせました。
「ここはコブ・サラダが有名なんだよ。」
「へー」と言いつつ店内を眺めてみます。午前中の仕事を終わらせた様々な団体が、声をあげながらフォークとナイフを動かしています。12時ちょっと前だったので、まだ満席ではありません。おや、と思ったのが、私の斜め前の席で昼食を待っている三人組の男なのですが、この暗い店内でサングラスを外していないんですね。カニングハムにそのことを言うと、そちらを見向きもせずに、うなずきながらメニューを上から下まで眺めていました。
「決まったかね。」
「コブ・サラダにしてみます。」
「そんなに大きな体で、それだけでいいのかね。」
「充分です、はは。」
料理を待っている間、カニングハムは三谷先生との思い出を語り始めました。それでも、あたりさわりのないことばかりを言っています。私は突っ込みました。
「どうして、PDを辞められて、ベーツ&マコーミックに移ったのですか。」
「うん、それはね、いろいろあったけど、大きな事務所での仕事もしてみたいと思ってね。」
「でも、大きな事務所では、PDの時のように、人助けとか人権問題とか、あまりできないのではないですか。」
「そうだね、それでも人権団体に寄付や援助はしているんだ。」
「寄付ですか…。」
「ベーツ&マコーミックは多額の寄付をすることで人々の役に立っている。」
「ご自身では、なにかプロ・ボノ(Pro Bono:無給弁護)をされないのですか?」
「私自身はなかなか時間が取れないが、私のアソシエートにはさせている。」
威厳を保とうと思ってか、カニングハムは胸を張って答えました。
サラダが運ばれてきました。アメリカのレストランでの一食は日本での二食、三食に匹敵するでしょうね。すごい量です。それをパクパク食べました。会話はあまり弾まず、料金は取り合いの末、カニングハムが払うこととなり、レストランを後にしました。「またお会いしましょう」とおざなりの挨拶を交わし、私はカニングハムと別れました。カニングハムとの食事はまぁまぁでしたが、歩きながら証拠開示請求をポケットから取り出し、詳細を読みはじめました。私は唇を噛みながら「汚い事するよな、カニングハムさん」とつぶやきました。

【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

3/18/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第8回目です。

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第8章 刑事第1回公判 (Arraignment)
 
このところ毎日、真治君の事件をやっていたので、他のクライアントに迷惑をかけることになっていました。千穂さんが対応してくれていましたが、やはり、私がいないとどうにもならないことが発生してきます。というわけで、水曜日はクライアント、相手方の保険会社や弁護士、それに裁判所に納得をしてもらうことで、1日使っていました。
日本から帰ってきてから、なかなか思うように執務がはかどりませんでしたが、三谷先生や千穂さんに助けられて、なんとか水面上に頭を出したまま、泳げています。今日の昼ご飯は三谷先生がおごってくれるそうです。
三谷先生と二人でサンフランシスの街を歩くのも久しぶりです。とりとめもない会話をして、中華街のいつも使っているレストランに歩いていきます。上着は事務所に置いて、腕まくりして歩いても風が気持ちよい日です。もう6月に入りました。春が夏に滑り込んでいきます。
「真治君、どうしてる。」
「おかげさまで、元気にしてます。最初に会ったときとは見違えるほどです。」
「なんか、民事事件にもなっているんだって?」
「そうなんですよ、ロングフル・デスの訴訟です。爆発のとき一緒に旅をしていた、ビジネス仲間の遺族なんですけどね。」
「時間的に見て、ちょっと手際がよすぎるね。相手の弁護士は誰だい?」
「ベーツ&マコーミックです。」
「あの、大きな事務所か。」
「ビクター・カニングハムという弁護士が担当です。」
「ビック…。」
「ええ、ビクター・カニングハムです。」
三谷先生はちょっと考えて、にこにこした顔の笑いを消しました。
「先生、カニングハムをご存知なんですか?」
「うん。僕と彼はロースクールを一緒に卒業した後、パブリック・ディフェンダー事務所(公選弁護士事務所)でも一緒に仕事をした。ものすごい切れ者だよ。僕と彼は、大きな事務所からの誘いを断固として断り、貧しい人のために、そうだな、月、当時の手取りで7万円くらいで仕事をしていた。」
「そうなんですか。」
「淳平だって、大きな事務所からの誘いを断って、私の事務所で仕事しているんだから、その弁護士としての情熱はわかってくれるよな。」
自分の熱い過去を思い出したかのように、三谷先生は私の目をみました。
「ええ、わかっています。」
「ところが4年ほどして、彼は突然パブリック・ディフェンダーの事務所を辞めた。」
「理由は?」
「わからないが、われわれの事務所にとっては大きな痛手だった。その後突然、ベーツ&マコーミックに移っていった。それからは話してないなぁ、奴とも。」
「そうだったんですか。」
「私も、10年ほどパブリックディフェンダーの事務所に勤めて、今の自分の事務所を開業したのさ。」
歩きながら、三谷先生は回想を続けていました。
いつもの中華料理屋で、いつもの店員に会って、いつもの昼ご飯を食べて、事務所に戻りました。食事中は、私が真治君の事件で手一杯になっている間、手助けしてもらっている事件のことなどを話し合いました。事務所に戻り、仕事に戻ると、タイミングよく千穂さんが電話を取り次いでくれました。受話器を持ち上げて、
「ジュンペイ・スピーキング」と言うと、
受話器の向こうから、初老のバリトンのような滑らかな声が聞こえました。
「カニングハムだ。」
あのロングフル・デスの相手方弁護士です。
「昨日、フォン・タッグ(電話が行き違いになること)をしてしまってもうしわけない。訴状はいただいています。」
「君がシンジ・フクモトの刑事弁護人だと聞いていたものでね、君に民事の方も請負ってもらおうと思い、そちらの住所に送達した。」
「ご用件は?」
「ディスカバリー(証拠開示手続き)を早急に進めたいと思ってね。」
「カリフォルニアの民事訴訟法に基づいてならいくらでも応じますよ。現時点では、インテロガトリーズ(Interrogatories:質問状)やリクエスト・オブ・プロダクション(Request for Production:書面開示請求)をいただいていませんが。受け取り次第、所定の時間内に証拠開示にお答えしますよ。」
「我々は早急に事件を進めたいと思っている。協力がいただけないなら、裁判所に申立てて証拠開示の進行を早めようと思っている。」
「そこまでして、開示を早める理由はわかりませんがねぇ。言ってみれば死者の訴訟でしょ。こっちも刑事事件で忙しいしね。」
「協力が得られないんだね。」
「民事事件については証拠開示を早めてこちらに特になる理由はないですからね。」
「バイ。」
用件が済むと、さっさと電話を切ってしまい、ちょっと嫌な印象がしました。それよりも、なぜ証拠開示を急ぐのか、首を傾げてしまいました。電話を切ると、コロナーズ・オフィスから、福本氏の遺体を引き取る許可が出た知らせが入りました。すぐに葬儀屋と打ち合わせをして、今週末に葬式をあげてもらうことにします。
明日は朝8時半から真治君の第1回の刑事公判です。予審で真治君が保釈がされたので気分的には楽ですが、私の興味は明日には出てくるFBIの調書です。日がとっぷり暮れて、帰宅途中にサンフランシスコ名物、サワードウのパンをベースにしたツナ・サンドイッチを買いました。今日は尾行はないようです。神経を周囲に払いながら家にたどりつきます。真治君は、自分に起こっていることを忘れるかのように、読書に没頭していました。
「帰ってきたぜい、お腹空いたろう。」
「空きました。」
「僕の大好物のツナサンドを買ってきたよ。」
「わ、おいしそう。」
「さ、食べよう、食べよう。」
今日、学校であったことを真治君に聞きながら、二人向き合ってウォークマンより大きなサンドイッチにかぶりついていました。平和に真治君の1日も過ぎたようなので、ほっとしました。
「このサンドイッチ、『たれ』がいいですね。タルタルソースみたいで。」
「だろ、秘伝なんだって。」
「…、明日は学校に休みの届けを出しておきました。」
「そうか。」
真治君は、あまり苦痛な表情は見せていません。
「刑事事件の1回目の裁判をアレインメントっていうんですよね。」
「え、よく知っているね。」
「学校の図書館でいろいろ本を見てたから。」
「なに、裁判の本を見てたの?」
「自分が巻き込まれているから、自分なりに理解しようと思って。」
確実に真治君は強くなってきました。いや、心の中でがんばっているのです。
「それで、図書室のスティーブおじさんがこの本を貸してくれました。」
差し出された本を見るとギデオンのトランペット(Gideon’s Trumpet)と書いてあります。ギデオンは一囚人でしたが、囚人たちに対するあまりにもひどい待遇に対して黙々と裁判所に請願書(Habeas Corpus)を書きつづけ、ついにはアメリカ最高裁にまで問題を提起して勝ったノンフィクションのお話の主人公です。
「これは、いい本だ。どんなことでも勇気を持てば、人の意見も変わる、そして法律も変わる、それを教えてくれるよ。」
「読み始めたばかりだけど、楽しい。」
「明日は早いから、寝なよね。」
「はい、そうします。」
「あ、そういえば、君のお父さんの遺体をもう引き取って、今週末には最後のお別れになるからね。つらいだろうけど、お葬式には出るんだよ。」
涙が込み上げてきている真治君は、ギデオンのトランペットを抱きしめて、おやすみをつぶやいていました。
 
次の朝は、6時に目が覚めました。真治君の法廷です。なぜかアメリカの法廷弁護士はダークスーツと決まっているので、私も髪がたけのこのようになっているにもかかわらず、ダーク・スーツを身に着けました。スーツはあまり好きではありません。首をしめられるというか。そもそも、アイロンが大変ですからね。たけのこのようになった髪の毛と書類を整えて、準備完了です。真治君も襟付きのシャツを着て、しゃきっとしています。ちょうど1週間前に私がはじめてあったときの華奢な体で震えていた真治君とは見違えるようです。
ポンコツのボルボに乗りこみ、いよいよ出発です。私はいつものところでコーヒーを買いましたが、真治君はいらないと断りました。連邦裁判所の建物は、巨大なさいころに窓が無数についているようなそっけないものです。1階は非常に大きな広場になっており、天井は様々なデコレーションが施されています。昼でも薄暗いため、シャンデリアが煌煌とついています。歩く音もよく響くように設計されているのでしょう。革靴で踏みしめる一歩一歩が所内に響きます。ネクタイを締め直し、守衛さんがいる入り口付近にあるカレンダー(法廷期日)を確認し、第14部に足を運びます。第14部は刑事未成年者に対してのみ審理を行います。
観音開きで、私の背の二倍はあろうかという高い木でできた扉を開けます。歴史を物語るアメリカの裁判所を感じさせます。少年に対する審理のみを扱う刑事法廷ですから傍聴席に人はあまりいません。シェリフ(廷吏)にラインナンバーを告げ、チェックインします。真治君には小声で簡単な打ち合わせをした後、傍聴席に座っているように合図しました。実際に審理されるのは3件のみのようです。事前に、法廷内の裁判官席に向かって右側に座っている検事に名刺を渡しました。バード検事は予審専門の検事ですから、今日はまた違うマラック検事という40代の黒人の男性検事です。裁判所では、予審と本裁判は違う検事や裁判官が担当するのが普通なのです。また令状を発行する裁判官も違うことがほとんどです。真治君の家の捜索令状もカー判事という今回の判事とは違う裁判官が発行してましたよね。
弁護人席に座っていると、シェリフが「オール・ライズ(全員起立)」と響く声を発しました。私も起立して、スーツのボタンをかけながら、裁判官が席に着くのを待ちます。裁判官が「ユー・メイ・ビー・シーテッド(You may be seated:着席ください)」と言い、審理が始まります。裁判官席のすぐ下に、速記官と書記官が座って忙しく動いています。
真治君の事件は3番目に呼ばれました。真治君を指で手招きすると、傍聴席と裁判官や弁護士がいる部分とを分けた柵を越え、真治君が私の横に立ちました。この柵をBARということから、司法試験に受かることがBARを越える(パスする)と呼ばれるようになりました。
裁判官は被告人である真治君に簡単な人定質問をし、私にプレア(罪状認否)を求めました。
「裁判長、ノット・ギルティー(無罪)を主張します。またタイムはウェーブ(迅速な裁判を受ける権利を放棄)しません。」
通常の刑事裁判は被告人側の時間を稼ぐために迅速な裁判を受ける権利を放棄しますが、私はFBIや検察にプレッシャーをかけるため、放棄しませんでした。放棄するなら、あとからいつでもできるのですから。
裁判長は迅速な裁判を受ける権利、つまりアメリカでは80日間ほどで陪審裁判まで持っていかなくてはならないので、その面倒くささからか少々いぶかしげな顔をしました。
「タイムはウェーブしないのですね。」
裁判官は確かめました。
「その通りです。」
身動きせずに手に持ったペンをいじりながら立っていた私は断定的に答えました。
マラック検事も私の顔をじっと見ています。検察側にとっても仕事が格段に多くなります。すべての証拠調べを80日程度で終わらせなくてはいけないのですから、一苦労です。FBIにもその旨が報告されるでしょうが、80日経った段階ではマックブライドも証言台で「まだ捜査続行中です」とは言えないでしょうから、これは私からの挑戦です。
「弁護人、わかりました。他に何か。」
「ファイルにある警察の調書をいただきたい。」
「アプローチ・ザ・ベンチ(裁判官席のほうに来てください)。」
一段高い裁判官席に近づき、約両面印刷で20ページの調書を受け取ります。
「弁護人、次回の期日は来週の水曜日でよろしいでしょうか。」
自分の手帳を見て肯定的に答えて、閉廷しました。何もしゃべっていない真治君は拍子抜けしていたようです。
法廷から出て、廊下にあった木の長いすに腰掛けて受け取ったばかりの調書をとにかく見ました。ぺらぺらめくっていると、私の興味と真治君の興味は違うようで、彼は今の法廷について質問をしてきました。
「案外、すぐ終わりましたね。」
「第1回目の公判というのはこんなものなんだよ。」
「一体どうなったんですか。」
「君の無罪を主張した。その後の実質的な事件の進行については来週の水曜日からになるね。」
「いつもこんな感じなんですか。」
「大抵そうだね。アメリカではほとんどの刑事事件を否認することからはじめるから。」
「来週の次回の公判はどのようになるのですか。」
「来週からは、実際に君が起訴されている事実について実質的に議論していくことになる。」
「それじゃ、また学校を休まないとならないんですか。」
「もう、君は出廷しなくてもよい。法廷内でやりあうというよりも、この間みたいに裁判官の控え室でインフォーマルに話し合うんだ。もし話し合いがつかなければ、裁判に突入だけどね。」
「そうですか…。」
「来週は僕が何とかできそうだから心配しないで。」
私は真治君の肩をたたき元気付けました。
調書を読むのを後回しにして、真治君を学校に送り届け、私は事務所に向かいました。事務所に行く途中、昼ご飯を食べながら調書にすべて目を通しました。調書を読んでわかったことは、麻薬の入ったかばんが爆発したこと、何らかのリモートコントロールにより爆破されたのではないかということ、その爆破したかばんは福本氏のかばんだったこと、アノニモス・コーラー(匿名者)が電話で福本宅に麻薬が隠してあることをFBIに告げたこと、福本宅で見つかった麻薬は特定できないが南米からのシンジケートからのものであることなどでした。真治君はアメリカに送られる麻薬のルートの一部を担っていたと記されています。真治君を有罪にできる直接的な証拠は何もありません。起訴状によれば、真治君は悪意(内容を知っていながら)でヘロインを自宅に隠し持ち、またその所持は売ることが目的であったと記載されています。これだけの事実記載なら検事と対等に渡り合えそうです。がぜんやる気が出てきました。​


【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

3/11/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第7回目です。

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第7章 証拠 (Evidence)
 
いやはやブリトーに満足した私は、銀行の駐車場から車を出しました。何気なくバックミラーを見ると、さっき私の車の後から入ってきたクライスラーの車がついて来ます。白人の男二人組です。こんなに午後早く二人組の男というのもなんだね、と思いつつ車を、ファイブ・スター・パーキングがあるサンフランシスコの郊外、サンマテオに走らせました。
フリーウェイ(高速道路)に入ろうとしたとき、必ず二台か3台の車を挟んで、さっきサンフランシスコの町で気づいた銀色のクライスラー・スリーMがついて来るのを見て、尾行だと確信しました。このままでは、また近いうちに頭を殴られてしまうかもしれません。私は、減速し、サンフランシスコの野球場があるあたりのランプでフリーウェイを下りました。どうしようかなと考えて、目に付いたマクドナルドのドラブスルーに入りました。銀色の尾行していたスリーMは躊躇したようですが、私がドライブスルーに入るのを見届けて、その出口付近で、待っている様子でした。さっきブリトー食べたばかりなのにそんなに食べるわけないじゃないですかね。私はドライブスルー出口で私が出てくるのを待っている尾行者を尻目に、後続車が来ていないドライブスルーを思いっきりバックして遁走しました。再度フリーウェイに入り、一番左側の高速車線をスピード制限である65マイルを大きく超えて、突っ走りました。とはいうものの、私の車では100マイル出すのが精一杯です。しばらく高速走行しても銀のスリーMが見えないので、やっと一息つきました。
しばらく走行してサンフランシスコ空港に近くなりました。方向音痴の私は勘のみでランプを選び、フリーウェイを下りました。どこにしようかな、という勘は司法試験の時の択一試験で養われたものといってよいでしょう。広大なファイブ・スター・パーキングは、当たり前ですが、空港の近くにありました。空港に行く人たちのためにあるのですね。入り口から入ろうとすると、中国系の係の人が、まるで広東語を聞いているようなアクセントの英語で、何日くらい停めるのだということを聞いてきました。「停めるわけじゃなくてね、」というと顔をしかめましたが、「お金を払いにきた」というと顔をほころばせました。単純でよろしい。請求書を見せて、決して安くないデポジットを払うと、車を見に行きました。ところがこれまた一大事で、大きな駐車場でどのベンツを探せばいいのやら。請求書にはライセンスプレートの番号が書いてありましたから、延々と数字遭わせゲームをしていました。
20分ほどさまようと、薄く埃をかぶった福本ベンツを見つけました。モデルチェンジ前のオムライスの型のような大きな黒いベンツです。周囲を見まわした私は、ドア付近にも他と同じ位の埃が積もっているのを確認し、ポケットに入れておいた鍵を差し込みました。まだ誰も手をつけていないようです。ドアを開けた瞬間、けたたましいサイレンが鳴り響きました。車の盗難防止用のサイレンです。私は早送りのフィルムのように動きながら方々ストップボタンを探しましたが、結局鍵にボタンがついているのを発見しました。灯台下暗し。その鍵についているベンツのマークを押すと、盗難防止用のサイレンは鳴り止みました。
ちょっとの間、誰も何も言ってこないことを確かめてから、車のあらゆるところを何か証拠はないかと探しました。結構こういうのってどきどきします。お宝は助手席のシートとオートマチックのギアボックスの間に挟まっていました。後輪駆動のベンツはトランスミッションのコンソールがばかでかいため、運転席から、助手席側のシートとギヤボックスの隙間が見えず死角になるのです。そこに手帳型のコンピュータはささっていました。
お宝のパーム・パイロットを手に入れると、元通りに施錠し、ボルボに戻りました。ごっくり息を飲み込み、パーム・パイロットのカバーを開けてみます。あれ、ガラスが割れています。スイッチを入れてみるのですが、液晶が非常に見えにくくさっぱり読めません。スイッチを何回も入れたり切ったりしましたが、液晶が傷ついているためか内容がまったく読めません。多分、助手席とギヤボックスのコンソールの間に落ちたときに、圧迫されて傷ついてしまったのでしょう。カバーも革でふにゃふにゃですしね。しばらくテクノロジーを独り言で罵倒していましたが、あきらめました。それでも、このパーム・パイロットの中に、大事な情報が入っているのです。なんとかしなければ。
気を取り直して、パーキングを後にしました。車内で千穂さんから釘をさされていので、カニングハム弁護士に電話を入れましたが、あいにく留守電に拾われました。簡単なメッセージを残しました。車を走らせていましたが、とにかく早急にパームを修理しなくてはならないを感じます。JgodとVgodのことを早く知りたいのです。ちょうど空港の近くにコンピュUSAという大型のコンピュータ屋さんがあるのを思い出しました。フリーウェイを下りたあたりで尾行車がいないかどうか確かめるため、いろいろな方向に曲がったり、住宅地を通ったりしてコンピュUSAにたどり着きました。尾行車はいないようです。
コンピュータ・ショップの店内は非常に明るいです。様々なコンピュータ機器が店内に陳列されていますし、ソフトウェアも豊富に並べられています。店の左奥の方に「Repair Center(修理センター)」と書かれた看板が掲示されているところがありました。私は他に興味があるものがたくさんあるにもかかわらず、欲を振り切って修理センターに行きました。
受付に誰もいないので少々の時間待たされると、ちょっと太り気味の若いアジア人系の男の子が現れました。このショップの従業員全員が着ている制服の赤いチョッキを着ています。
「May I help you?(何をしてさしあげましょうか?)」
「えっとね、パームパイロットを修理してもらえますかね。」
私は持っていたパームをカウンターに置きました。
「こちらでご購入の品ですね?」
彼はそのパームを見ながら私に尋ねました。私はちょっとひるみました。
「えっと、去年のクリスマスにプレゼントでもらったものだから…。多分ここで買ったと思うんだけどね、ははは。」
「そうですか…。」
いやはや、White Lie(ホワイト・ライ:善意でついた嘘)なので許してください。
「とにかく、お金は払うから早急に修理して欲しいんだよね。」
「えっと、ちょっとお待ちください。」
また待たされました。彼が帰ってきて、どんなに早くても1週間はかかることを教えてくれました。文句を言っても仕方がない。修理をしてもらわないと困りますから、お願いすることにしました。所定の用紙に記入して、係の人はパームの状態を紙に書いていきます。
「ひどいですね、画面が割れているじゃないですか。どうしたんですか。」
「いや、ちょっとね、落としちゃったんだ。」
「保証期間内なら新しいものとすぐに取り替えますが。保証書をお持ちですか。」
「いや、持ってないです。」
「それは、残念だ。」
「とにかく修理を頼みます。」
「修理の進行状況はこの電話番号にかけてくれればわかりますから。」
そう言って彼は修理の伝票に書いてある電話番号をボールペンで丸で囲いました。
私はその伝票を財布の中にしまい、もう事務所に行くのが億劫になったので家に戻ることにしました。あたりはもう夕日が差しています。空にはサンフランシスコ空港に着陸する飛行機が旋回して下りてきます。
 
自宅に帰ると、真治君は居間で宿題をしていました。私はパームについては真治君に黙っていることに決めました。
「お、がんばってるね。」
「おかえりなさい。」
「早かったんですね。」 まだ午後6時です。
「いやはや、疲れたよ。学校どうだった。」
「はい、先生も心配してくれて、友達も元気付けてくれました。」
「裁判のことは言ってないだろ。」
「別に言っていません。」
「言う必要はないからね。次回の出廷は明後日だから、その日は休みを取ってもらわなくちゃならないけどね。」
「はい」といった真治君の表情が少し沈みました。
「事件のことは僕が何とかするから、とにかく勉強、勉強。」 
私は話題を懸命に事件から遠ざけようと努力しました。それを察した真治君はまたペンを走らせはじめました。
私はスーツを脱ぐと、ベットに横になり、今日の尾行のことを考えていました。天井を見ながら、一体誰なんだろう、と考えます。私を襲った暴漢と同一人物では…、この事件に関して私を狙い始めたのか…、などと憶測をしていますが、答えは出ません。答えが出なければ徒労ですから、次にしなくてはいけないことを考えました。
とにかくどのような組織であるにせよ、真治君を落とし入れようとしている感じがします。真治君の起訴が取下げられたり無罪になってしまえばFBIにしてもほかの容疑者を探して帳尻を合わせようとするでしょう。FBIはいまだに捜査続行中だと言いますが、そのことを額面通りに受け取れませんね。結局、真治君を起訴取下げ扱いにしないで事件を進めているのですから、FBIでさえも私の考えている背後組織というものがいまいち掴めていないのでしょう。ただ、あれだけ大量のヘロインが福本家から見つかったことは尋常ではありません。とにかく麻薬にかかわっている組織について解明することが、真治君の潔白を晴らすことだと思いました。そのためにはあのパームの修理を待たなくてはいけないようです。お腹がすきました。ベットから起きてリビングに足を運びます。
「真治君、何食べたい?」
「なんでもいいけど…。」
「何でもいいっていうのがいちばん困るんだよなぁ。それじゃ、餃子にしようか。」
ということで、私が作って冷凍しておいた餃子に決定しました。煙がすごかったですが、私の焼き具合は悪くありませんでした。
「すごい、おいしいですね。」
真治君はパクパク食べています。
「そうでしょ。」
「料理できるんですね、先生。」
「君くらいのときはお金がなかったから、どんなバイトでもしていたからね。中華料理屋でもやっていたのさ。」
食事を終えて、後片付けを終えて、真治君はシャワーに入りました。私はソファにどかっと座り、テレビをつけました。ちょうどニュースの時間だったようで、ローカルなニュースを放映していました。しばらくボッと見ていると、空港での爆発騒ぎについて言及しています。焼け跡がテレビに映し出されていましたが、爆発は相当な火薬の量を伴っていた様子で、カルーセルの一部のメタル部分がめくれあがるようになっている姿が見えます。床も一部抉り取られています。死者の中にはメキシコの要人も含まれていました。爆発現場から麻薬が発見されたこと、その麻薬が福本氏のスーツケースから発見されたことが報道されています。ただ、どのような背後関係があるかはFBIの調査中だということです。画面が変わって、爆発で死んだ遺族がレポーターにコメントしています。事故に巻き込まれたことを呪い、いかに不運であったかを印象付け、犯人を一刻も早く見つけて欲しいと懇願して泣き崩れていました。私はテレビを消しました。この爆発騒ぎのツケが真治君に向けられるのだけは避けなくてはいけない。それが私の弁護士としての使命だとひしひしと感じました。シャワーの音が止まり、しばらくすると真治君がバスタオルで頭を拭きながらでてきました。
「先生、僕、眠いから先に失礼します。」
「おー、よく寝るんだよ。明日も学校がんばれよ。」
「おやすみなさい。」
「おやすみ。」
私も両手を挙げて、大きなあくびをしました。いやはや、この何日かは車で移動しっぱなしです。車で移動していると知らないところで疲れが溜まるものです。まだ10時くらいですが、私も寝てしまおうとまずシャワーをあびました。熱いシャワーが心地よい。
シャワーからでて寝る段階になって、公道に面したカーテンを閉めようと思い窓際に来ると、銀色のクライスラー・スリーMがちょっと離れたところに停まっています。内部の電気は消えているため、よく見えません。今日尾行してきた車と同一車種です。
「家まで見張られているのかな…」と思いつつ、床に入りました。泥のように寝ることができました。

【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

3/4/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第6回目です。

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第6章 訴状と召喚状 (Summons and Complaint)
 
事務所を出て、私のぽんこつ車に二人で乗り込みました。日に照らされると、ずっと窓のない部屋に閉じ込められていた真治君の白い顔ががむしゃらに太陽を吸収しようとしているようでした。朝から見たこともない法廷に引きずり出されたり、保釈の手続きを済ませた彼は、疲れているように見えるにもかかわらず、顔が引き締まっていました。言葉少なに、車のフロントガラス越しに何かをじっと考えていました。
父親の死、自分に対する刑事裁判、これからの人生、どれをとっても今のところ先が見えません。私も運転しながら、ただ刑事弁護をするだけでは、彼が負っている問題は解決しないような気になってきます。
工事ばかりしている、サンフランシスコのダウンタウンの坂道を上ったり下りたりして、真治君の家に向かいました。車をガレージの前に停め、二人で家の中に入って行きました。私が鍵を持っていたので、玄関の扉を開いて真治君を先に入れてあげました。真治君は先週逮捕されたときに見たままの散らかった室内を無表情のまま、見つめていました。
真治君の肩をたたきながら、私は真治君の回想を断ち切るつもりで言いました。
「さあ、出発の準備をしなくちゃならない。今日からしばらく君は僕の家で暮らさなくちゃならないから。」
「え、先生の家ですか。」
「さっき、裁判官に保釈の条件として、僕が面倒見ると言っちゃったからね。それに、ここに君一人置いていけないよ。学校は僕の家から通えばいい。」
「学校に行ってもいいんですか。」
「もちろんだよ、そのための保釈だと思ってもいい。」
「先生…。先生に迷惑ばかりかけて。いいんですか、こんなことまでしてくださって。」
「いいじゃないか、今、僕がしてあげられることは、この位だからね。さあ、準備をしよう。」
真治君は意を決したように、自分が必要な服や洗面用具それに学校の教科書などをバッグに詰めました。そして、リヴィングの本棚に飾ってあった、お父さんと一緒に真治君が写っている写真を入れたところで、バッグのジッパーを閉じました。
私が、真治君のバッグを持って車に向かおうとした時、真治君は思い出したように、父親の寝室に向かいました。戻ってきて私の顔を見るなり、
「どうしよう、先生。お金がない。お父さんのチェックブック(小切手帳)なんかがない。」
「うん、多分FBIが持っていっちゃたんだろう。チェックブックがあったとしても、口座は当面凍結されているだろうから、お金は引出せないよ。」
「…。」
「お金のこと心配しているのかい?」
「そうです。」
FBIは麻薬が見つかったことで、麻薬に関係した銀行預金や家、それに車などを没収する可能性があります。もし、事情を知らなくても、自分の家で麻薬が見つかってしまった場合、家は没収の対象になります。また、銀行口座なども麻薬に関するお金のやりとりがなされていた口座であれば、入っているお金はすべて没収の対象になります。法律上、麻薬に関しては非常に厳しく取り扱われるのです。没収することで、見せしめにする意味もあるのでしょうが。この事件の場合、無実を証明しなければ家は没収されてしまう可能性があります。そのためにプレリムで保釈金なしの保釈を主張したわけもあるのです。ただ、今真治君をこれより不安にすることは無用ですから、何もそのことについては言及しません。
「それだったら、現金なんかどこかに隠してないの?」
「えっと、僕が少し持っているし…。あ、ちょっと待ってください。」
少し経って、真治君は台所の引出しから、「緊急用」と日本語で書かれた封筒を持ってきました。100ドル札が10枚入っていました。
「それだけあれば、大金持ちだよ、ははは。じゃあ、行こう。」
じっと室内を見ていた真治君は、私に無言でついてきました。
私の家は、といってもアパートですが、真治君の家から20分ほど車を走らせたところにあります。真治君はこれから、今までの生活とは雲泥の差のところで生活するのですから、
「君の家とぼくのところじゃ、GDPが相当違うからな、覚悟しておいてね。」
とふざけて言いました。
「そんなの、大丈夫です。」
駐車場に車を入れて、アパートの3階建ての3階に位置する私の部屋に真治君を招き入れました。幸いにも2ベッドルームのアパートなので、私の書斎を真治君の部屋にしてあげました。それにしても、散らかっています。男の一人暮しなんてこんなもんです。ちょっとの気休めに床を含めていたるところに置いてある本をまとめました。鍵を真治君に渡し、シャワーに入ることを勧めました。ゆっくりシャワーにも入っていなかった真治君は喜んでシャワールームに行きました。
私はスプリングがへとへとになったソファに座り、ポケットに持っていたベンツの鍵を取り出して眺めていました。考え事をしながら、目を閉じていると、ちょっとの間眠ってしまったようです。目を開けると、もうひとつのラブシート(短いソファ)に真治君がちょこんと座っていました。外は霧が立ち込めて、灰色のキャンパスに白の絵の具が混ざりかかっているように見えます。時計をみるともう7時を過ぎていました。
「お腹減っただろう。何食べようか。」
「なんでもいいです。」
「じゃあ、ピザでも取ろうか。ノースビーチ・ピザっていうすごくおいしいやつがあるんだ。そこの支店が最近この近くにもできたんだよ。」
「賛成です。ピザ、大好きです。」
トッピングを決めて、私がオーダーをしました。ピザを待っている間、真治君は、やっと新しい生活の場に慣れようとしたのか、私の持っているCDを見たり、本を見たりし始めました。
「へー。先生、ジャズ好きなんですか。」
「特にジャズピアノが好きなんだ。大学生のとき友達ですごくジャズが好きなやつがいて、それからだね。ミシェル・ペトロチアーニとか好きだね。」
「真治君は、ジャズが好きなの?」
「うん、すごく好き。心が落ち着くんです。」
「若いのに珍しいねぇ。僕なんか若いときは、うるさいギターとかが好きだったから。」
「これ、かけてもいいですか。」
ちょっとの間をおいて、静かなペトロチアーニのピアノが流れてくる。
「真治君は、音楽関係の仕事でも将来したいのかい?」
「ううん、音楽は好きだけど、将来何をしたいっていうのはまだわからないです。」
「夢ってあるのかい。」
「うーん、将来の夢ってあんまりないなぁ。」
天井を見つめながら、真治君はつぶやきました。
「夢かぁ。」
しばらくの沈黙があった後、ピザが届けられました。
「な、チーズが違うだろ、これが大好きなんだ。しつこくなくて。」
「うん、本当においしいです。」
がむしゃらに、二人でピザを食べました。ラージピザが瞬く間に二人のお腹に消えていきました。真治君も僕につられて、たくさん食べていました。食欲があるということは非常に良いことです。腹が減っては戦はできませんからね。
食後に私もシャワーを浴びて出てくると、ソファに座って真治君は教科書を見ていました。
「明日から、また学校だね。がんばれ。」
「金曜日と今日休んじゃったから、予習しておかないと。」
「勉強、嫌いじゃないんだ。」
「うん、学校楽しいし。」
「どんな勉強が好きなの?」
「歴史かな。」
「へー。」
「ねえ、先生ちょっと聞いてもいいですか。」
「なんだい。」
「法律っておもしろい?」
興味津々な顔で真治君は私に聞きました。
「う~ん、大学院で
「じゃあ、弁護士の仕事って面白い?」
「実を言うと、面白いと思ったことはあまりないけど、人の役にたてるじゃない。ひいては社会のためになるしね。でも、ストレスも多いし、しっかりしていないと勤まらないな。」
自分のことを思いながら、ぼつぼつ答えました。
「弁護士になるのは難しいの?」
「カリフォルニア州はアメリカでも一番難しいらしいね。博士課程を終えて、BAR(司法試験)に受からなくちゃらない。僕もね、日本人っていったら外国人だろ、勉強しているときにはすごく不安だった。」
「がんばったんですね。」
「うん、がんばった。真治君と同じように僕も…一人ぼっちだったから。なんかさあ、漠然とだけど人のために何かできたらうれしいなって思ったんだ。そう思ったら勉強するガッツがいつもわいてきた。」
「人のためか。医者の仕事と似ているのかなあ。」
「医者っていうのは、体の病を治すけど、弁護士っていうのは心の病や社会の病気をみんなが幸せに住めるように少しでもよくする仕事だと、僕は思っている。いやいや、ちょっと抽象的かな…。」
真治君は考えているような目をしながら、話を聞いていました。
「弁護士にもいろいろな種類の人がいる。金を儲けたい人とか、名誉ばかり気にする人とか、高飛車な人とか、自分は普通の人より優れていると思っている人とか。だけど、人の痛みがわからない人はいい弁護士になれないと思う。」 時計を見るともう10時を過ぎていました。
「もう遅いから寝れば。明日早いだろ。」
「おやすみなさい。」
「あっそうだ、お父さん、ベンツ持ってたよね。」
「はい。いつも乗っているやつです。」
「家になかったよね。」
「そういえば、今回のメキシコ出張のとき、いつもはジムさんのハイヤーに頼むんだけど、飛行機の時間に遅れそうになったからって、一人で車に乗って行きました。ロビンスさんとは別だったから。確か、2週間くらい前の土曜日です。どこに置いてあるんだろう。」
「知らないか。」
「知りません。」
「わかった。ありがとう。それじゃ、おやすみ。」
次の日、朝早く真治君とともに家を出ました。真治君の学校で彼を降ろし、事務所に行きました。ある程度ルーティーンの仕事をこなしたり、電話の応対をしていましたが、真治君の事件がどうしても頭を離れません。千穂さんもそれを察したようで、
「先生、電話の応対だったら私がやっておきますから、したいことなされたら? 三谷先生にも話しておきます。今週は、法廷もないし。えっと、クライアントの方には待ってもらうか、三谷先生に頼んでおきますから。」
千穂さんは本当に有能ですよね。なんでも、ぱっと考えて実行してしまうのですから。来客の様子で、フロントの方に小走りで行く千穂さんを見ながら、どこにベンツがあるのか、またFBIはもうベンツを見つけてしまったのか、私は思案してしまいました。
しばらくすると千穂さんが、私の部屋に戻ってきました。分厚い感じからして訴状でしょう。いつものことなのですが、千穂さんは眉をしかめながら、私に手渡しました。明日目を通すよと言いつつ、一番上の紙であるサモンズ(召喚状)の被告名を見ると、真治君とお父さんのエステート(死者の財産全般)の名前が載っています。裁判所はサンフランシスコの州地方裁判所で、民事事件ということがわかります。原告はエステート・オブ・ジャック・ロビンスとなっています。つまり、亡くなったロビンスの名義で裁判が起こされているのです。訴訟の原因は、簡単に言えば、真治君と父親が麻薬に関係したことから、爆発が起こり、ロビンス氏を死に至らしめたというもので、一般にWrongful Death Actionと呼ばれています。
「あちゃ、刑事の次は民事かよ。」
千穂さんも心配な様子です。
「僕が、真治君の弁護士をしていることまで調べて、ここに送達してきたんだろうね。誰なんだか、相手の弁護士は。」
書面を見ると、弁護士はビクター・カニングハムとなっており、法律事務所はベーツ&マコ-ミックとなっています。
「ベーツ&マコ-ミックっていったら、あの巨大ローファーム(法律事務所)じゃないか。」
「そうですね、ベーツっていったら多分サンフランシスコでは二番目に大きい事務所じゃないですか。」
千穂さんはちょっと
「なんであんな大きい事務所がこんなに小さな個人の事件をするのかな。大きな企業相手に、金や時間を使って仕事を取ってくるのがああいう大きなところだろ。意味ないよなぁ。」
とにかく、訴状の送達から30日以内に答弁すればよいのですから、少しは時間があります。それよりも、ベンツを見つけることのほうが先決です。鳴り響く電話を千穂さんに任せて、私は事務所を飛び出しました。
飛び出したものの、どうやって車を探すのか、途方にくれました。手がかりがあるとすれば、真治君の家です。またもや、シークリフに車を飛ばします。真治君の家にさしかかったところで、見覚えのある黒塗りのフォードが視界に入りました。真治君の家のガレージの外に無造作に停めてあります。私は唇を真横にぎゅっと結びながら、きしむブレーキでボルボを停め、真治君の家に大股で入っていきました。門は開いています。
「これはこれは弁護士さん、ごきげんはいかがですか。」
皮肉交じりとも思える口調でFBIのトニーがいいました。この男、あまり好きになれません。トニーを無視してマックブライドに声をかけました。
「マックブライドさん、まだ捜査続行ですか。この家がよっぽどお気に入りなんですね。麻薬は出てきたのだからもういいでしょう。この家は背後にある組織とは何ら関係がないですからね。」
私は、トニーを連れて一緒に来たことを非難するようにマックブライドの顔をじっと見つめました。
「いったい何の用なんですか。」
「バード検事から聞きました。賊が侵入してきたんですって。あなたに怪我を負わせて。」
「私のプレ・リムでの証言を聞いたのですね。」
「それで、状況を見にきたってわけです。でも、あなたは警察に通報もしなかった。」
「通報したって、調書1枚作って終わりでしょう、市の警察なんか。あ、そういえばこの真治君に関する事件の調書はもうできあがっているでしょうね。私の手元に届くのはいつになるんですか? あなた方の理論を見てみたい。判例では確かに家から発見された場合には家の持ち主は罪に問われることがありますが、そこに居合わせた人に関しては五分五分ですよね。いくら住んでいたからとはいえ。」
「今がんばってまとめているところですよ。でも現在の状況をあなたには言えません。真治君についてもFBIは追及する覚悟です。もっとも、検事局の仕事ですがね。」
「そうくると思いました。どうせ、捜査は続行中と言われるのがオチですからね。だから、私も賊に襲われてもあなたに連絡つけなかったんです。」
「…。」
「それにしても今日はなんのご用で。」
「ちょっと、その問題のシャワールームを見せていただけますか?」
「ぜひ、見てください。歓迎しますよ。」
私は、二人の捜査官を従えて、家に入りました。窓を開けていないせいか、空気がすえています。捜査官をシャワールームに促し、私は一歩下がった廊下のところで、二人の行動を観察していました。
ふと、私の右脇にある、ガレージの入り口を見ようと思いドアを開けました。やはり、赤いコルベットはあるものの、ベンツは見当たりません。麻薬が見つかったあたりは相当散らかされています。その散らかったキャンプ用品などとは別に、ガレージのドアに近い所の床に散らばっている書類を見つけました。たぶん、この2、3日間に届いた郵便物でしょう。もちろんFBIもベンツが存在することは記録からわかっているでしょうが、まだ捜査の目は向けていないようですから、ちょっとでも気づかせるのを遅らせるため、私はガレージのドアをそっと閉めました。
しばらくして、検分が終わったようです。
「結構な道具を使っていますな。コンクリートを化学的に一部溶かしてある。これじゃ、音もしないでしょうな。」
私は何も言わず、二人を私が襲われた真治君の部屋に招き入れ、コンピュータが取られたことも伝えました。
「ふーん、コンピュータね。そんなに大事な情報が入っていたのかな。」
マックブライドは少々、困惑した顔になりました。押収しなかった彼のミスですからね。近いうちにもう一度検査班を連れて検分したい意向を私に伝え、捜査官はドアから出て行きました。
「マックブライド捜査官、ひとつ聞かせてください。」
振り向いたマックブライドは私を見ました。
「誰かがこの家に麻薬があるとリーク(密告)したのですか。」
マックブライドは表情も変えず、そして何も言わずにトニーと車に乗りこみました。捜査官の乗った車の音が遠ざかっていきました。どうみてもこのような豪邸から30パウンドもあるヘロインが見つかることは腑に落ちません。もし、麻薬をやっていたとしても、お金があるなら他の場所を借りるなりして保管しておけば良いのですから。どうみても、誰かが福本一家をはめようとしているような気がします。
踵を返した私は、ガレージに行き、ガレージドアの周りにちらばっている郵便物をかき集めました。ほとんどはジャンクメイルと請求書でした。近くのスーパーの安売り券などもあります。私もちょっと夕飯の買い物なぞをしなくてはという気持ちになってしまいました。ご丁寧にも真治君の次回の出廷命令も裁判所から届いていました。さほど目を通すものがないので、ジャンクメールだけ別にして、請求書の類をまとめて、ガレージから家の中に入りました。歩きながら請求書に目を通すと、ケーブルテレビやガス、それに電気などのおざなりの封筒に混じって、ファイブ・スター・パーキングという差出人からの請求書がありました。赤いスタンプで、INVOICE(請求書)と大きく書かれています。私は立ち止まり、構わず手でその封筒を開けました。昨日送って今日着いたと思われる請求書が顔を出しました。それによると、福本氏の車が約束の期間を超えて放置されているから、すぐに取りにくるか、追加のデポジットを払って欲しいと書かれています。軽く口笛を吹いた私は他の請求書をテーブルの上に置き、戸締りを確かめてから家を飛び出しました。車に乗って、またもや昼飯を食べていないのに気がつきます。弁護士をしていると本当に食生活が不規則になります。まあ営業の人もそうでしょうが。メキシコ料理屋で、カルネ・アサダ(焼肉)いりのブリトーを買います。徹底的に野菜不足ですよね。反省。はやくブリトーにぱくつきたくて付近の銀行の駐車場にちょっと失敬して停めさせてもらおうと思い入ります。私とすれ違って出て行く車が、私の後ろから駐車場に続けて入ってくる車と接触しそうになりクラクションをけたたましく鳴り響かせます。
車を駐車場に停め、銀紙で包まれた棒状のブリトーの片一方を開け、いやー、ブリトーはおいしい、と思っていると携帯電話が鳴ります。口に溜まっている牛肉とお豆、それにサルサなどを一気に飲み込むことで処理すると、電話に出ました。千穂さんです。
「先生、あのカニングハム弁護士、ほら真治君の民事事件の…。至急電話が欲しいって。」
「いやにせっかちな弁護士だね。おっと、弁護士の鑑だねぇ。」
「ほら、わけわからないこと言ってないで、ちゃんと電話してくださいよ。至急取り次ぐって言っちゃったんですから。」
「了解で~す。」
電話を切った私はブリトーをかじりつづけました。なんで、そんなに急に民事事件の相手の弁護士が電話をかけてくるのか、ちょっと興味がありますが、今は腹が減っては戦はできないとあごを動かしてブリトーをお腹に収める作業に没頭していました。

【小説シリーズ】陪審喚問の時 (The Grand Jury)

2/26/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第5回目です。

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第5章 予審(Preliminary Hearing)
 
真治君が18歳以下の未成年ということで、予審は成年被告人とは別にイン・カメラで行われることになりました。未成年者の場合、通常公開の法廷ではなく法廷の裏で審理されるのです。8時半ごろ出廷した私は、法廷内で、シェリフ(廷吏)に真治君のラインナンバー、つまり順番の番号を述べ代理人であることを告げました。その後法廷の裏にある裁判官の控え室に行きました。担当検事はキャサリン・バードという紺のスーツにブロンドの髪が映える女性検事、裁判官は予審判事の一人ブレナン判事でした。60歳ほどの銀髪のユダヤ人です。お互いに挨拶をして、検事とは名刺を交換し、真治君の代理人であることをラインナンバーで告げました。他の事件に先立って審理をしてくれるということになり、裁判官の指示でシェリフは控え室に待機していた真治君を呼びにいきました。ブレナン判事、バード検事それに私が、裁判官控え室の脇にある部屋に移動しました。
地裁レヴェルでの判事の控え室は異動が多いため、煩雑で部屋も質素なことが多いのですが、連邦レヴェルの判事はアメリカ大統領による任命によるため、異動が少なく、家具や調度も高価なもので揃えられています。別室も例外ではありません。
革の椅子に腰掛けてしばらく待っていると、オレンジの収監服を着た真治君が手錠をはめられたまま別室に入って、入り口付近の木の椅子に座らされました。太鼓腹のひげ面シェリフも無言のまま、真治君の横に座っています。
判事は大きな机を挟んでちょうど真治君の正面に座っており、裁判官から見て左が検事、右に私が座りました。厳密なルールは決まっていません。ただ、検事の横に弁護人が座るということはまずないといってよいでしょう。座りたくないです。
ブレナン判事は「さて、ラインナンバー8番にあるシンジ・フクモトの予審をはじめます。」といって手元にあるリーガルサイズのフォルダを開きました。
バード検事が、ゆっくり起訴事実を読み上げます。私も、予審直前に手渡された起訴状に目を落とします。
「起訴事実の要約としてはシンジ・フクモトは自己が居住する住所地において、ヘロインを約30パウンド所持してため、起訴を認めるに相当な嫌疑がある。」
とバード検事は無表情で読み上げました。ブレナン判事はうなずくと
「弁護人は何か。」
と私を見ました。実際のところ、プレリムで無罪を受けて釈放してもらえるという事例はほとんどないでしょう。実際のところ99パーセントの事例では、保釈の請求をしてなんとか保釈金を逃れるか減額させるかを判事に印象づける舞台です。とにかく私も口を開きました。
「判事、この事件においては私のクライアントはまったく関係ありません。事実、麻薬を所持していたという事例ではない。それに、ヘロインはクライアントの父親が使用していたアイスクーラーから発見されたのであり、ここに座っている彼がコントロールしている範囲でのできごとではありません。実際の麻薬の売買や所持にかかわりのある証拠が少しでもない限り、検察の主張を維持することは難しいでしょうね。判事、この麻薬に関しては何らか別の組織が絡んでいて、私のクライアントの関知しないところで、物事が動いています。私のクライアントもその組織の被害者です。」
私は少々の賭けをしてみました。別の麻薬組織が動いているという証拠はまったくないのですが、それらしき匂いはしますよね。判事はすかさず、
「別の組織が動いているという証拠でもあるのですか。」
「私が、クライアントの家に入り内部を検分していると、いきなり覆面を被った男に頭と肩をバットで殴られました。これが診断書です。」
私は昨日もらってきたばかりの診断書を判事の目の前に差し出しました。真治君は、私が襲われたことまでは知らなかったので、驚きの表情を見せていました。
「その二人組は、私のクライアントの家に無断で立ち入り、彼の部屋に置いてあったコンピュータを盗み逃走しました。FBIが捜索した現場からさらに何かを持ち出すなんてことは、通常、犯罪にかかわっている人間しかやらないでしょう。ですから、私は別の組織が動いていると主張しているのです。」
私のドラフトした書面と診断書に判事も検事も目を通していました。間髪を入れず、私はORを請求しました。ORとはOwn Recognizanceの略で、保釈金を一切積まずに保釈してくれという命令です。検事は立ちあがって猛烈に反対しました。インテリ風の彼女もいざとなると法律論で攻めてきます。反対の理由は証拠隠滅の恐れと、逃亡の恐れがあることと主張しました。検事は更に少なくとも10万ドルの保釈金を課すべきだと主張しました。そのような金額では一遍に用意するのは難しいですし、ベイルボンズ(いわゆる保釈請負業)に頼んだとしても10パーセント、つまり1万ドルを手数料で取られてしまいます。
ブレナン判事は無表情で少し考えると、私に、
「このミスター・フクモトには身を寄せる場所がないんですよね。両親とも他界しているとか。」
「間違いありません。」
「それでは、家に帰すことはできませんね。」
私が、すかさず、
「それでは私がクライアントの身柄を引き取ります。私と一緒に暮らしていれば問題ないでしょう。ひとりで家に帰すとまた暴漢に襲われる恐れがありますし。」
バード検事は薄笑いして、
「正気なのですか、前代未聞です。刑事被告人の身柄を受ける弁護人なんて。許されるべきものじゃないでしょう。」
うるさいなピーチクパーチク、と思いながらも、私は判事に向かい冷静に言いました。
「許されるかどうかは、判事、あなたが決めてください。彼も学校へ行くという仕事があるのです。」
しばし沈黙が続いた後、判事は私に軍配をあげました。真治君の顔を見ると、彼は私の目をずっと見つめていました。バード検事は肩をすくめると、法廷にさっさと帰って行きました。
判事と握手した後、シェリフがいくつかの書類を持って来ました。私が保護者となってしまったようなものですから、複雑な気持ちでいろいろ署名をしました。本日で真治君を釈放する、ただし次回から出廷しなかった場合、即座に逮捕令状が発行されるという命令書に、判事は事務的に署名をしました。判事も、これから昼まで続く予審のために、「グッドラック」と一言私に言い残し法廷に向かいました。
真治君はその場では釈放されません。CJ-9に帰って、釈放の手続きを済ませてから出られるのです。私は簡単にそのことを説明し、真治君と別れました。まずは、うまくいったことに満足でした。
法廷を出ると、私は風もなくのんびりした空気を吸い込み、CJ-9に向かいました。1時間ほどして、真治君は釈放されました。逮捕のときと同じ服を着ていました。ちょっとやつれているものの、だいぶ平常心に戻ったように感じられます。
「先生、本当にありがとうございました。それにしても、頭大丈夫ですか?」
「なんだよ、『頭大丈夫』なんて聞かれると、自分が変わり者かどうか考えちゃうじゃないか。」
やっと真治君は笑顔を見せてくれました。
「もうお昼だから、何か食べようか。」
日本食が食べたいと言う真治君の希望をかなえ、ダウンタウンにあふれるようにたっている日本食屋をひとつ選び、二人とも満足したところで、事務所に立ち寄りました。
千穂さんは真治君の学校にもう連絡を取ってくれていたようでしたが、私と真治君を見ると非常に喜んでくれました。
「よかったですね、出られたんですね。」
「そうなんだ、本当によかった。でも、これから裁判が終わるまで僕が真治君の身柄の引受人になっちゃったんだ。」
「えっ、大丈夫ですか。」
「君は無実だよな、真治君?」
と言って真治君の顔を見ると、真治君はまじめな顔をして、
「絶対に無実です。信じてください。」
と私の目を見ました。千穂さんは、ちょっと大丈夫かしらんいう顔をしていました。三谷先生の部屋にも報告に行きました。話を聞いていた三谷先生は、真治君をドアの外で待たせておいて、私に言いました。
「刑事事件のクライアントはうそをついていることが少なくない。君はまだ若い弁護士だから、わからないかもしれないが。そんなにクライアントを信用していちゃ、この仕事体が持たないよ。」
「わかっています。でも先生、彼、今では孤児なんです。誰かが全面的に信用してあげないと、彼、どうなっちゃうかわからないんです。」
「うん、君がそこまで言うなら、弁護士は自己責任だからかまわない。でも、くれぐれも気をつけるんだよ。」
「はい、ありがとうございます。」
真治君を少し待たせておいて、一通りの急ぎの仕事を終わらせて、一緒に外に出ました。私は事務所の前で信号待ちをしながら、ぐっと息を吸い込みました。そして真治君の顔を見て言いました。
「本当の闘いはこれからだぞ。」

【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

2/19/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第4回目です。

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第4章 証拠探し (Informal Discovery)
 
けたたましい電話の音で起こされました。時計をぱっと見るともう朝の10時。急いで受話器を取ると、千穂さんでした。
「先生、大丈夫ですか? 昨夜、さんざん電話したのに。」
携帯電話をチラッと見ると、電池切れです。
「あれ、携帯は電池切れみたい。」
「彼女でもできたんですか、 それならそこの連絡先も教えてもらわなくちゃ。」
「そうだったら良かったんだけどね。申し訳ない、一晩中、福本君の事件で走り回ってた。」
頭をぽりぽり掻くと、昨日頭から出た血が粉状になって手につきました。頭と右肩がまだ、ずきずきします。でも、腫れてはいないことから骨には異常がないな、と再確認しました。右腕を動かしてみます。
「福本さんの件なんですが、まだ、遺体はもらい受けられそうにありません。学校には留守電を残して置きましたが、まだ連絡はとれていません。土曜日ですから。」
「遺体はいつ頃もらえるって?」
「まだ、見当がつかない様子でした。監察医がいませんでしたから。」
「遺留品は?」
「それも渡せないって。」
「…。FBIが手を回しているな。学校には月曜日でいいからなんとか連絡しておいてね。」
「わかりました。でも、起こしちゃったみたいで申し訳ないですね。」
「いいんだ。起こしてくれてありがとう。あとね、月曜日には、真治君のプレ・リムが朝9時からだろうから、 カレンダー(出廷の日時を記録)しておいて。念のため検察に確認しておいてね。」
「でも、他の法廷が入っていたと思いますが。」
「悪いけど、三谷先生に頼んでおいてくれないかな。真治君を助けなきゃ。」
「わかりました。伝えておきますね。」
「ありがとう。」
受話器を置こうと思って、私は寝ていたソファから落ちてしまいました。ああ痛い。気を取り直して、シャワーを浴び、血をぬぐって、Tシャツにジーパンをあてがい、家を出ました。近所で、いつも飲んでいるピーツ・コーヒーと朝食代わりのクロワッサンを買いました。奥さんがいれば家で朝ご飯も食べますが、こんな仕事をしていると出会いがないのです。
行き先は真治君のお父さんが眠っているところです。サンフランシスコの郊外、そして爆発のあったサンフランシスコ空港のそばの検死局に車を飛ばします。まだ、少々からだの調子が良くないですし、時差ぼけで頭がボッとしています。気分を積極的にするために車の窓を全開にして、ラジオをつけます。ニュースではなくソフト・ロックです。コーヒーをすすりながら、目的地に向かいます。検死局は四角い巨大なさいころのような無味乾燥した外見をしていて、味気ない政府の建物という雰囲気をぷんぷんさせていました。遮断機にボブワイヤ(有刺鉄線)が入ったゲートで弁護士証を見せ入ります。雲がちょっとありますが晴天で、コーヒーだけでは唇が乾きます。
モルグ(死体置場)があるコロナーズオフィス(死体管理局)の建物の中はひんやりしていました。受付で所定の書類に記入しました。真治君はお父さんの相続人ですから、相続人の代理と記入しました。私の弁護士証で身分確認を済ませた後、土曜日なのに働いている黒人の女性係員は2秒ほど笑えるジョークを飛ばしながら、ファイルを検索してくれました。
「ミスター・フクモトね。死体は見れないわ。」
彼女は残念そうな顔をして私に告げました。
「ひどいのかい。」
「爆発に巻き込まれたみたいね。見るのはちょっと無理ね。」
「遺留品は?」
「それなら…、えっと、なんとかなるわね。着ていた洋服と、かばんとその中身の一部はあるわ。」
「とにかく見せてください。」
 
ちょっと受付で待たされた後、別室に通されました。窓がないので、湿っていてとにかく暗い。壁はコンクリートが剥き出しのまま冷ややかに見えます。リノリウムの廊下を歩く足音が響きます。かすかに点滅する長めの蛍光灯が煌煌と光る部屋に通されると、ビニールの検診台の上に遺留品が置かれています。
「誰か、ほかの人が検分に来ていた?」
「昨日の夕方、確か警察が来ていたようだったけど。」
「FBI?」
「そうね、確かマックブライドとかいう捜査官だったわ。」
私は口を歪めました。係官が差し出したチェックインリストにサインをし、遺留品リストにもサインをしました。遺留品リストからわかるようにまだ、何も持ち出されてはいません。
「終わったら、内線で105を押してね」と、壁にかかった電話を指差し、ウインクをした受付の係官は部屋を出て行きました。
感謝の言葉を述べましたが、FBIの後手に周っているのは気分がよくありません。
遺留品に目を向けると、血みどろになった洋服の一部がありました。所々焼け焦げ、洋服のちぎれ方も爆発のすごさを物語っています。
「探し物はあるかいな。」
私は独り言を言いつつ手荷物であろうと思われるかばんの中を見てみます。所々が焦げたかばんを探すと、ラップトップがでてきました。ところが、一部は原型をとどめていないほど高温で溶けているようです。私が落ち込んだのはハードドライブが破損しているのを見つけたときです。肝心のデータが入っているハードドライブが半分以上高温にさらされて溶けています。これでは、データの解析もままならないでしょう。次に手帳型のコンピュータを探して見ますが、陰も形もありません。洋服も焦げていますから、胸ポケットに入れておいて落としてしまったのかもしれません。次に鍵を良く見てみました。キーホルダーについた鍵は、私が真治君の家から借りているものとほぼ同じでした。いくつか見なれない鍵もついていましたが、その中に車の鍵があり、メルセデス・ベンツのマークがついていました。他にこれといった鍵は見当たりません。手詰まりだな、と感じてがっくりしていましたが、気を取り直して壁掛けの電話の内線を押して、建物を後にしました。
 
お腹が減っていたので、ハンバーガーを買うことにしました。昨日は晩ご飯もろくに食べられなかったですからね。ドライブスルーでジャンクフードを買い、そこの駐車場でダイエットコークをすすっていたとき、車のシガーソケットにつないで充電しておいた携帯電話がけたたましく鳴りました。出ると、三谷先生です。
「どうしたんですか、土曜日に。」
「今、ちょうど事務所にいるんだけど、君に電話が入った。とっても急用だとさ。」
「誰ですか、急用って言っているのは。」
「ミス柏木だって。」
三谷先生はアメリカ生まれなので、ちょっと訛った日本語で、私に電話をかけてきた日本人の名前を告げました。
「柏木ねぇ、知りませんね。とにかく電話番号をください。」
事務所に残された番号に電話を返すとワンコールで女性が応答しました。
「あの、私、弁護士の小山といいます。お電話もらいましたよね。」
「あ、小山さん。よかった、かけてきてくれて。」
「えっと、あの…。」
「おととい、フライトのときお会いしたじゃないですか。名刺をくださって。」
「あー、まりこさんですね。」
かっこよくてきれいなアテンダントの方ですね、という言葉は飲み込みました。
「そうです、そうです。」
「お疲れ様でした、どうしたんですか?」
「空港で爆発騒ぎがあったでしょ。それで福本さんの息子さんの弁護をされていると聞いて電話しているんです。」
「どこからそんなこと聞いたんですか。」
「ジムです、彼とは知り合いなんです。」
「はは、狭い世界ですね。どこでつながっているかわかりませんね。」
私は、まだ食べかけのハンバーガーが冷えるのを目でじっと見ていました。
「それで、福本さんがお亡くなりになる前、確か10日前だったけど、サンフランシスコからサンディエゴに行く飛行機に私が乗り組んでた時に、福本さんにお会いしたことがあるんです。」
そういえば、今回、福本氏が乗ってきたフライトは日本からではなくて、メキシコからだったということを思い出しました。
「国際線だけじゃなくて国内便も飛ばれるんですね。」
「私は、サンフランシスコ採用だから、どんなフライトにでもスタンバイしていなくちゃならないんですよ。アメリカの航空会社は人使い荒いから。」
「福本さんはサンディエゴからメキシコに入ったというわけか…。」
「そのフライトのときね、福本さんにお食事に誘われたの。何でも奥さんが亡くなって一人だとかで。」
なるほど、やはり食事のお誘いがカギなんですね。私ももうちょっと利口にならなくては。
「それでね、私も悪い気はしなかったから、現代建築にも興味あったし…、携帯電話の番号を教えたのね。」
そうですか、建築ですか。どうせ法律はつまらないですよん。
「そうしたら、自分の電子手帳がないって福本さんが騒ぎだしちゃったの。」
「騒いだって何を?」
「電子手帳がないって。それで、手荷物や席の周りを散々探したんだけどなかったのね。もう、探しているときは私の電話番号のことなんか忘れちゃっていたみたい。」
私は、電子手帳というのはパームパイロットのことだなと直感しました。どこかにやってしまったので、死体にはかけらも見られなかったのだなと。
「それでどうなっちゃったの?」
「結局、一緒にいた白人の男の人がなだめて一段落したけど、すごく落ち着かなかったみたい。」
「連れの人がいたんだ。」
「なんか仕事のパートナーだったみたい。それから福本さんはムスッとして一言も口を聞かなかったわ。なんか、無駄話になっちゃったかしら。ごめんなさい。福本という名前を聞いて、びっくりして電話かけちゃったの。」
「いや、ためになった。ありがとう。」
「もし、何かあったら連絡して…。」
と言い、まりこさんは私に彼女のサンフランシスコの自宅と携帯電話の番号をくれました。「何かあったら」っていうのはデートのお誘いも含むのでしょうか。それよりも、知らなかった事実がいくつかわかって、冷えたハンバーガーを噛みながら、私はまた考えだしました。
午後になって私が向かったのは真治君の家でした。わずかな望みを抱いてそしてLgodとJgodを求めて、パームパイロットを探しました。2時間ほど探しましたがでてきません。今回は私も警戒して、ゾーリンゲンのナイフを懐に収めていましたが、賊はしなければならない仕事を達成してしまったのでしょう、もう出ませんでした。あきらめて、真治君の家を出ました。
もう夕方です。車に乗り込み名刺を見ながらマックブライド捜査官に電話をしようとしましたが、やめました。警察の調書もまだ作成されてないでしょうし、何も教えてくれないだろうと思ったからです。代わりにジムに電話をかけました。かったるそうな声で電話に出たジムは私とわかると、声が変わってしゃきっとしました。
「ジム、体の調子はどうだい。今日、真理子さんから電話があったよ。」
「体は大丈夫さ、今のんびりバスケを見ながらビール飲んでるよ。マリコも俺も日本人を相手にしているからな。仕事でよく会うんだよ。」
「いいな、あんなべっぴんさんと仕事できるなんて。」
「あはは、俺にはワイフとキッズがぶら下がっているから、いいことなんかじゃないけどな。」
「ところで、ジムが福本さんを迎えに行ったとき、福本さんには連れがいたのかい?」
「おー、いたよ。残念ながら男だけどな。なんていう名前だったけな。今日の新聞に載ってたぞ名前は。えーっと、そうそう、ジャック・ロビンスだ。」
「今日の新聞にあの爆破のこと詳しく書いてあるかい?」
「死傷者の名前とか、麻薬関連だとかね。」
「サンキュー、ジム。ロビンスね。」
「ノープロブレム、バディー。ところでシンジはどうしてる? 連絡はあったかい。」
「今、麻薬の容疑に巻き込まれて収監されている。」
「え、やっぱり麻薬が絡んでいるのかい?」
「絡んでいるだろうけど、彼は絡んでいないだろうと信じている。」
「それは大変になってきたな。がんばれ。何かあったら俺に言ってくれ、力になるぜ。」
「ありがとう、リサによろしく。おやすみ。」
電話を切った私は、再び真治君の家に向かいました。その途中、真治君の家の近くにあるコーナーリカー・ショップ(酒屋)で新聞を買いました。一面です。爆破現場の写真や、亡くなった人たちの遺族のコメントが載っています。ジャック・ロビンスはすぐに見つかりました。建築家であること、サンフランシスコのトレードセンターの建築をするにあたり福本氏のもとでチーフデザイナーをする予定だったことが書いてあります。温厚そうな顔立ちの白人です。40歳くらいでしょうか。福本氏と一緒にメキシコに飛び、NAFTA(北米通商条約)で風通しのよくなったメキシコとサンフランシスコの橋渡しをするために会議に出席した帰りと書かれています。ロビンス氏の家族もさぞかしつらい思いをしているだろうと思いました。
福本家は相変わらず散らかっていて、がらんとしています。なんとかロビンス氏の家族に連絡をつけたいと思いましたが、FBIが住所録を真治君の家から持っていってしまった様子で、日本の福本建築事務所に連絡をとる道しか残っていませんでした。電話番号案内にも確認しましたが、ロビンス氏の家には連絡をすることができませんでした。私は月曜日のプレ・リムを考えて少々証拠がないことに焦りを覚えていましたが、もう日も暮れているので、その日は切り上げて家に帰りました。シャワーを浴びると、お酒を口にする元気もなくベットに倒れこみました。
 
朝起きると、頭痛はほとんどしなくなっていました。寝ることが一番ですね。でも早く病院に行かなくては、などとふと思います。朝までぐっすり寝ることができた私は、撥ねた髪を整え、真治君の接見に向かいました。日曜と言うのにダークスーツを着ている私を見て、近所のおばさんが不思議そうな顔をして私を見ていました。今日もピーツのコーヒーを買うのは忘れません。
拘留施設の入り口で刑務官と話し、明日のプレ・リムに真治君が出廷することを確認しました。サンフランシスコの連邦裁判所、朝9時です。真治君はやっと眠れた様子で、血色がよくなっていました。今日は、会う前に差入れ用のお金をやる気のないクラークに預けておきました。いくらかのお金を留置場に渡しておくと、中で歯ブラシやいろいろなものが買える仕組みになっているのです。
「真治君、明日は保釈してもらえるようにがんばるけど、いくつか質問があるんだな。」
「はい。」
「まず、前回会ったときにお父さんはラップトップを持っているという話をしたよね。お父さんは一台しかラップトップを持っていなかったよね。」
「メキシコに持って行った一台だけです。」
福本氏は私が検死局で見た一台しかもっていなかったのですね。ラップトップからEメールの情報を引き出すのは不可能のようです。
「そうか、あの一台しかないのか…。」
私はちょっと行き詰まった気分になって下を向いてしまいました。
「あ、そういえば、お父さんがメキシコにいるときに電話をかけてきて、コンピュータについて話しました。」
「え、何を?」
「えっと、ラップトップは問題ないけれど、パーム・パイロットをどこかでなくしてしまったと言っていました。」
「あ、そう。」
真理子さんの電話がよみがえります。
「家にないか確かめてくれと言うことで、ずいぶん探しましたが、出てきませんでした。」
「そうなんだ。」
「ですから、ラップトップは持っていたと思います。」
「パームはどこにあるのかなぁ。」
「さあ、わかりません。」
私は話題を変えました。
「ロビンスという人を知っているかい。」
「お父さんの仕事仲間ですね。何度か家にも来たことがあります。今度のトレードセンターの仕事も一緒にやれるって喜んでいました。10年以上付き合っているんじゃないかな。お父さんがサンフランシスコに家を買ったのもロビンスさんがここにいたからだと思います。」
「君は親しくないのかい?」
「僕は付き合いはなかったです。ロビンスさんには子供さんもいなかったし。」
「そうか、子供がいないんだ。お父さんとはそんなに年は離れていないだろ?」
「そうです、年が近かったのも仲良くしていた理由じゃないかな。」
「どこに住んでいるか知っている?」 
「さあ、奥さんと二人で確かサンフランシスコ郊外のヒルズブローに住んでいるというのは聞いたことがありますけど。」
「そうか、うん、ありがとう。とにかく今日は明日の準備をするから、明日法廷で会おうね。」
「お願いします。父のためにも。」
真治君の目に強さが感じられてきました。眠ったこともあってようやく気持ちも落ち着いてきたのでしょうか。CJ-9を出た私は、日中の照り返す日差しの中、病院の緊急病棟に立ち寄りました。頭部の傷と、右肩の腫れについて診断書だけ書いてもらうと、そのコピーをもらい、またもや真治君の家に向かいました。アメリカの病院では症状が重くないと緊急病棟とはいえ、何時間も待たされるのには閉口します。車の中で診断書を見てみると頭部と右肩の打撲となっています。
静まり返った福本氏の大邸宅前に車を停め、中に入ると無機質な薄暗い室内が散らかっていて、なんとも寂しい感じがします。もう一度福本氏の書斎と寝室を検分しましたが、これといって何も出てきません。夕日が差し込むリビングに戻り大きな本棚に飾ってある写真を見まわしていました。福本氏が設計したビルの写真などがありましたが、中に福本氏と真治君が笑ってコンバーチブルのスポーツカー、シボレーのコルベットに座って写っている写真がありました。こんなふうに笑っている真治君に早く戻ってほしいなと願いました。写真立てを置いたところで、ふとあることを思いだしました。あの時、モルグで見た車の鍵は、ベンツのカギ。そして、大きな駐車場に一台とまっているのはコルベット。ベンツはどこにあるのだろう。家にある引出しという引出しを全部捜したところ、台所の引出しから、ベンツマークが入った鍵が見つかりました。2つのスペアキーともポケットに入れて、真治君の家を後にしました。
帰宅途中で、日本の福本設計事務所に電話をしたところ、事務所では福本死亡のニュースを聞いて大混乱が起きていました。今、私が真治君を弁護していることを伝え、今のところは正常にビジネスを続けて欲しいと頼みました。ロビンスの連絡先を聞くまでに相当な質問攻めに遭いました。ロビンスの電話番号を教えてもらった礼を言って電話を切り、今度はロビンス宅に電話をしてみましたが、留守電になるのみです。私の身分を伝え、折り返し電話が欲しい旨を残して電話を切りました。留守電は死んだロビンス氏の声のようで、非常に柔和そうな声で、ゆっくりしたメッセージが入っていました。
私は、家に戻って明日の朝の書面作りに励みました。12時を回って、目が疲れてきたので明日に備えて寝ました。また、忙しい1週間の始まりです。

【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

2/11/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第3回目です。

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第3章   拘留(Incarceration)
 
FBIでもサンフランシスコ市警察でも被疑者の身柄を押さえると、まずCJ-9と呼ばれているサンフランシスコ市内の収監施設に連れて行きます。そこで、指紋を採取したり、前から横から写真を撮ったりするのです。住所やその他の情報についても尋問されることになります。私は、夜の霧がかったサンフランシスコの街に車を走らせながら、まず事務員の千穂さんに車から電話を入れました。ポケベルでつかまえられた彼女はすぐにコールバックをしてくれました。彼女に、いつ福本氏の遺体をモルグ(死体安置所)から引き取れるのか確認してもらうこと、真治君の学校に電話してもらうこと、それからいるならば真治君の親族、そして友人たちに連絡してもらうことを頼みました。その他、事務的な会話をして電話を切りました。次に三谷先生に報告がてら電話をし、真治君の事件を受任したこと、それに応援が必要になるかもしれないのでよろしくと伝えておきました。二本目の電話を切ったところ、ちょうど目的地に到着しました。空いているパーキング・スポットを見つけ、夜の街をCJ-9に向かって歩いていきます。ダウンタウンに近いエリアの高速道路の脇にCJ-9は建っています。夜の接見は弁護士のみに限られていますから、待合室はがらがらでした。中に進みコントロール室にいる刑務官に弁護士証を見せると、鉄の重たい扉を開けてくれました。その制服を着た刑務官は私とよく顔を合わせるのですが、刑務官は弁護士には挨拶以外の馴れ馴れしい会話をしませんから、私もいつものようにあえて言葉少なに留置場内に足を進めました。一般のエリアと留置場を遮断している鉄の扉が私の後ろで音を立てて閉り、面会室へ入りました。CJ-9はここ3、4年にできた建物なので、非常に新しく清潔で「サンフランシスコ・ヒルトン」などと呼ばれていますが、面会室でも壁紙が張られておらず、コンクリートのブロックの上に白いペンキが無造作に塗られているだけのところがホテルとは一寸違います。窓のないその部屋で待っていると、刑務官が面会できるまであと少なくとも30分はかかると言っていました。時間をつぶすのに、今までの一連の情報を思い出してみました。しかし情報が徹底的に不足しているので考えは憶測のみでぐるぐる回ってしまいます。とにかくか細い真治君が心配です。
時間が経って重たい鉄の扉が開くと同時にオレンジでVネックの囚人服を着せられた真治君が入って来ました。体の前で手をつないでいる手錠が細い腕に痛々しく見えました。
「小山先生。」
悲痛な響きで真治君は私に話しかけました。
「真治君、大丈夫かい。何もしゃべってはいないよね。」
「はい、それは大丈夫です。だけど、僕、わけがわかりません。どうして僕がこんな目に遭うのか。」
「うん、君が関係ないことをあと2、3日の間に解明しなくちゃ。プレ・リム(Preliminary Hearing:予審)がたぶん、次の月曜日だからね。でも、それまではここにいなきゃならないかもしれない。」
「こんなところにいられません。早く何とかしてください。」
「わかっている。ところで、君の家のカギを借りてるけど、それを使って家の中に入ってちょっと調べさせてもらってもいいね。」
「先生は僕を疑っているのですか?」
「まさか。僕は君の弁護人だよ。君をここから出す証拠を探すのさ。」
私はにっこりしてみせました。
「先生、お願いします。僕、本当に怖いんです。」
真治君はまた震えています。
「真治君、君がまだ若いのも十分承知している。それに、この国に来てからそんなに時間が経っていないのも知っている。今、君が怖い思いをしているのもよくわかる。だけどね、脅すわけじゃないけれど、お父さんもお母さんもいなくなって、こんなことでへこたれちゃいけない。これから先、もっと苦しいことや辛いことが起きるんだ。もう、自分の両足でしっかり立って、自分を支えていかなけりゃ。お父さんだって本当に麻薬にかかわっていたかもわかっていないんだ。君がしっかりしなけりゃ。今は君がお父さんを助けてあげる番なんだよ。そのためには僕は全力で君を助ける。
こんな時に、自分の話をするのもなんだけどね、僕も両親を君の年に事故で亡くしたんだ。そして、アメリカに来て、奨学金をもらって、貧乏だったけど必死でがんばった。怖い思いも孤独も、嫌になるほど味わった。君も、今は胸が張り裂けそうな状態だと思う。でも、その地獄から這い上がって、落ちて、それでもまた這い上がってこそ、君という人間ができてくるんだ。だから、今の状態を恐れないで、勇気を持ってがんばるんだ。僕も君のためにがんばるから。」
じっと下を向き唇を噛みながら考えていた真治君の目から出ていた涙はもう止まっていました。
「先生、僕のお父さんは絶対に麻薬になんか手を出す人じゃない。お父さんが麻薬に関係しているなんてありえない、絶対に。」
真治君は声を殺していましたが、お腹の底から発声していました。
「とにかく、まず君を出すためにがんばるから。待っているんだよ。」
「先生、お願いします。」
 私は真治君の手をぎゅっと握りました。握り返してくる真治君の手は冷たくはあるのですが意外に力強く、なんとか彼はがんばれそうかなと思わせました。
真治君に別れを告げ、CJ-9の外に出てみると、風が肌寒く身震いしてしまいました。サンフランシスコは夏でも夕方になると平均気温が16度くらいでしょうか、5月の夜はまだ寒いくらいです。まだ時差ぼけが体の中に住んでいる感じがして、さらに今日の顛末で疲れてはいますが、目は冴えています。まだやらなくてはいけないことがあります。車に乗り込み、家には帰らず、真治君の家に向かいます。もう夜も12時を回ろうとしているところですから、車どおりはそんなに多くありません。酔っ払いがふらふら道を横断しようとして、急ブレーキをかけた車の運転手と言い争いをしています。CJ-9の周りは結構スラムっぽいんですよね。
 
気がついたのですが、そういえば昼から何も食べていません。お腹が空いたので、途中深夜営業の中華料理でチャーハンをテイクアウトしました。チャーハンしかオーダーがはいらなかったので、親父はあまり機嫌がよくありませんでした。お金を払い、車に戻り、真治君の家に向かいます。繁華街を通ると若い男女がデートの帰りなのでしょう、腕を組んで楽しそうに歩いています。いいな。歩く人もほとんどいなくなり、車はシークリフのエリアに向かっていきます。真治君の家は外に電気もなく真っ暗でした。夜、明かりのない鉄柵に囲まれた大きな家をみるとちょっと不気味ですね。手探りでゲートを開け、カギを使い玄関のドアを開けます。防犯システムは鳴りませんでした。ドアを開けて入ってみると、捜索されたときの名残が各所に見られました。散らかっています。整理整頓を口癖にしてくれると、警察ももうちょっとは評判があがるのでしょうけど。関係書類等はFBIが運び出してしまったでしょうから、他にカギになるものは何かかないものかとあたりを見まわしました。相当広い家ですから、電気のスイッチを探すだけでも一苦労です。幸い台所で懐中電灯を見つけたので、私はそれを手にきょろきょろ電気のスイッチを探しました。電気のスイッチを入れるたびに家が明るくなります。真治君のお父さんの寝室と書斎は、FBIに特に念入りにチェックされていた様子で、書類はほとんど見つかりませんでした。
福本氏の寝室の隣が真治君の部屋でした。ジャズが好きなようで、チャーリー・パーカーやビル・エバンスのポスターがかかっていました。良い趣味です。引出しには学校用品ばかりあり、ベッドの下にあった日記にもこの事件に関するようなことは書かれていませんでした。若者の部屋という感じがします。興味をひいたのは机上にあるコンピュータでした。FBIにもタッチされていない様子です。この部屋自体あまりFBIにタッチされていません。子供部屋なので気を抜いていたのでしょうね。私もあまり期待せずにコンピュータのスイッチを入れました。コンピュータが立ちあがるまでに少々時間があったので、私は買ってきたチャーハンを持ってきて、コンピュータの前の椅子に腰掛けて食べ始めました。
食べながら、何かないかなとぶつぶつ独り言を言い、立ちあがったコンピュータを調べていましたが、Eメールのブラウザを開いてみると、相当な量のメールがあることが判明しました。すべて個人用のようです。たくさんのメール友達がいるんだなと感心しつつ手がかりを探していましたが、手がかりらしきものは見つかりません。あきらめかけたとき、送信済みのフォルダがあったので中を見てみると、一回だけ使われている送信先が二つ目に入りました。あて先のLgod@というのとVgod@というのがあることから、苗字か名前はLとVから始まる人だと言うことが推測できます。そのメールを開いてみようと割り箸を置いてマウスをいじって、英語のメールだということを確認したとき、背後に人の気配を感じました。
振り返ると黒いスキー帽をかぶった私くらいの背をした人間が木製のバットを振り上げていました。とっさに椅子から転げ落ちると、その賊は空振りしたバットを持ち直してから再度私に向けて振り下ろしてきました。そのときに発した声から、男だとわかりました。今度のバットは避けられず、私の右肩に直撃しました。ものすごい激痛ですが、骨は折れていないようです。もう一度振りかぶったときにスキー帽の目のくりぬきから、私はコンピュータの画面に反射した青い目を見ました。私が転げ落ちた椅子が足元にあったので、思いっきりそれを蹴ると滑車が助けてくれてその男に激しく接触しました。チャンスとばかりに立ち上り、その男に近づこうとすると、背後から、頭を鈍器で殴られました。賊は一人とは限らないのですよね。頭にキーンという高音が走り、目が回ってハードウッドに顔から倒れ落ちました。私が床とラブシーンにふけっているとき、その二人組の賊はコードを簡単に抜き、コンピュータを持って私の目の前から消えました。目はなんとか見えていたのですが、賊のMO(風体)についてはわかりませんでした。
しばらく体が重く、立ち上ってもふらふらしますが、打撲程度でしょう。ちゃんと健康保険を払っていたかななどと思いながら、リビングに戻り、大きな革のソファに崩れ落ちました。今度は意識が遠くなります。疲れていることもあったようです。
時計を見ると2、3時間眠ったようです。目を開けると頭に針を刺されたような痛みが走ります。それでも、起き上がりキッチンの蛇口をひねり近くにあったコップで水を腹いっぱい飲みます。一息ついて真治君の部屋に帰ってみると、私の食べかけのチャーハンが床に散らばっていました。コンピュータはきれいさっぱりなくなっています。他の部屋も見てみますが、あまりFBIが散らかしていった状態と変わりがないようです。ただ見まわってみると、シャワールームについた窓が枠ごと外されていることと、リビングから庭に出る窓が少々開けっぱなしになっていたことがわかりました。シャワールームにある窓は、そのままにしておき、すべての窓とドアに施錠して、ふらふらのまま、私はまたCJ-9に車を走らせました。夜が明けてきて、小さな黒い鳥がばたばた飛んだり、街角に置かれたごみ箱の周りでたむろっていました。
再度、CJ-9の面接室までたどり着きました。右肩が非常に痛みます。守衛は私が血まみれになっている様子を見て接見させるかどうか躊躇していましたが、弁護士証を見て事務的に問題がないことを確認した後では通さなくてはなりませんでした。20分ほど待たされて真治君にやっと会うことができました。真治君は眠っていなかった様子で、疲労の色が濃く見えました。
「どうしたんですか、先生。シャツに血がついてる。」
「それより、君の持っていたコンピュータについて教えてくれないか。」
「僕の部屋にあるやつですね。」
「そうだ。お父さんもあのコンピュータを使っていたことがあるのかな。」
私は真剣な眼差しで真治君を見ました。
「ないとおもうけどなぁ、う~ん。」
真治君は懸命に過去の記憶を引き出そうとしていました。天井を見たりしていました。
「あ、あるとすれば、多分お父さんのコンピュータが壊れたときかな。確か3ヶ月くらい前、お父さんの使っていたラップトップが内部電池が壊れたとかで、1週間くらい修理に出していたときに使ったと思います。」
「誰にメールを出すとか、知らないよね。」
「それは知りません。仕事のことだと思うけど。東京の事務所ではたくさんコンピュータを使っているけれど、 外国に出るときはもっぱらラップトップを使っていました。」
「お父さんが誰にメールを書いていたかはわからないよね。」
「あ、でも僕のコンピュータは送信済み履歴がすべて残っているから、それを見れば…。」
「そうなんだよね、 僕も見てみたんだ。だけど…、」
私がうつむくのを見て、真治君は私の言葉を待っているようでした。
「賊が君の家に入ってきて、コンピュータを奪い取っていった…。」
「えっ、僕のコンピュータを…。なぜだろう。」
「真治君はメール友達が多いけど、日本語がほとんど?」
「ええ、学校の友達のマイクとジュディ位かな、英語のメールをしてるのは。」
「メールアドレスはわかる?」
「うーん、はっきりとは覚えていないけど学校のアドレスだからね。確かMikeK@Univhigh.edu と[email protected] かな。University.eduっていうのがうちの学校のドメイン名だから。」
「LgodっていうのとJgodっていうアドレスを知っているかな。」
「いや。知りません。僕のコンピュータにあったんですか。」
「そうだ。全文英語だったことはわかっているんだけど。」
「英語でねぇ。僕はまだ英語がそんなにできないから、英語で出していたら覚えているんだけどな。」
「そうか…。」
やはりLgodとJgodに送られたメールは真治君ではなく彼の父親が送ったメールであることがはっきりしました。
「お父さんのラップトップはどこにあるかな。」
「いつも一緒に持って行っていたから…。」
「事故現場、か。」
「そうだと思います。」
「お父さんは、サンフランシスコに事務所を持っておられるの?」
「いいえ、事務所は日本だけです。家はフランスとかオーストラリアにも持っているけど。」
「それじゃ、メールはラップトップでしていたんだね。」
「はい、ラップトップでしていたと思います。事務所のコンピュータは従業員がみんなアクセスできてプライバシーに問題があるからとか言っていました。僕が遊びに行ったとき、そうですね、去年のクリスマス頃にはインターネットにはまだ接続していなかったと思います。」
「そうしたら、そのラップトップが個人用の情報を持っているんだね。」
「そうだと思います。あ、それからお父さんは手帳型のコンピュータも持っていました。いわゆるアメリカで流行っているパーム・パイロットというやつですね。多分、その中にラップトップにあるのと同じ情報が入っていると思います。バックアップを取っていましたから。お父さん、バックアップの取り方で僕に質問しにきたことがあったし。パーム・パイロットもいつも持ち歩いていたな、お父さんは。」
「何で同じ情報が入っているってわかるんだい?」
「情報をシンクロ(同期)させられるんですよ。だから同じ情報が読みこまれるんです。僕がそのプログラムをラップトップに載せてあげたからよく覚えています。」
「そしたら、どっちかのコンピュータを見つけられれば、情報が見つかるんだな。」
「え、何の情報です。」
「ちょっと、探しものがあるんだ。君の出廷は月曜日だろうから、それまでに探さなくちゃ。」
「どんな探し物ですか?」
「コンピュータの中の情報なんだ。君のお父さんが送ったメールだよ。」
「一体どんな?」
「しつこいかもしれないけどLgodとかJgodって知らないよね、メールアドレスなんだけど。」
「知りません、というか覚えがないです。」
それからちょっと取り止めのない話をして再度施設を後にした私は、今度は自宅に戻り、ソファにちょっと腰掛けるつもりが眠ってしまいました。まだ相当な頭痛がしますが、眠いのが先です。

【小説シリーズ】 陪審喚問の時 (The Grand Jury)

2/4/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第2回目です。

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第2章 捜索・押収そして逮捕 (Search and Seizure, Arrest Thereafter)
 
まだ時差ぼけが残っているので、朝起きるのは本当につらいものです。アメリカから日本へ行くときには問題なく適応できるのですが、日本から太陽の進む方向に逆らってアメリカに帰ってくるとなかなか適応できません。快適な寝起きとはいい難い朝です。無機質で乾いたベルの音が私を起こします。目覚し時計に、ぶつぶつと睡眠妨害罪の有罪認定をしながら、用意をして事務所に出るともう9時近くなっていました。カリフォルニアの裁判所での出廷時間は朝8時半とか9時なので、法廷が入っていたらこの状態ではアウトでした。
金曜日ということもあり事務所は比較的平和で、破産の新件が入って来たり電話で訴訟の打ち合わせをしたり、午前中は無事に過ぎていきました。やっぱり昨日無理しても仕事をしておいて良かったと思いました。三谷先生は相変わらずのんびり、いえいえ、マイペースで仕事をされているようです。千穂さんは相変わらず忙しく動き回っています。
昨夜会った真治君から電話が入ったのは、午後2時ごろでした。直通電話番号を教えておいたのに、どうも名刺に印刷された代表番号にかけたらしく千穂さんが取り次いでくれました。
「 あの、昨日お会いした、あの福本です。えっと、警察の人が、その、今来ていて、どうすれば…。」
「あ、こんにちは。」
「先生、警察が来ているんです。」
「何も話す必要はないんだよ。はっきり言えばいいんだ。弁護士を通してくれって。」
「でも、その三人も来ていて、あの…。」
私は相当まどろっこしく感じたので、
「電話をかわってくれる?僕が話す。」
と言いました。彼はほっとした様子で、すぐに何か訪問者と話している声が聞こえてきます。張りつめた無機的な声が受話器を通して私の耳に入って来ました。
「オフィサー・マックブライド、スピーキング(マックブライド捜査官です)。」
「私は弁護士の小山といいます。はじめまして。私のクライアントとは、私の許可がない限り話してもらっては困ります。」
「弁護士さん、ご存知かもしれないが、彼の父親が昨日亡くなった。それで彼に聞きたいことがある。」
「亡くなったということは聞きました。で、捜査官が聞きたいことというのは?死亡したという事実の単なる確認ですか、それとももっと何かあるとか。」
「今捜査中なので詳しくは言えません。」
「お決まりですね。」
死亡している事実はわかっているのだから、まさに何かプラスの捜査事項があるのです。
「捜査の方向性がわからない限り、私のクライアントは連邦憲法修正5条(5th Amendment to the US Constitution)の権利を主張します。」
「黙秘ですか。」
「麻薬がらみだということを耳にしました。それに連邦捜査局が出てきているんだし。」
「…。」 
ちょっとしたため息をつきながらマックブライド捜査官は、
「それではあなたが同席しているところでシンジに質問できますか。」
「それはやぶさかでない。」
「では、できれば早急に…。」
「早急にって、いつですか。」
「今すぐです。」
相手のペースが、私のスケジュールのことを念頭に置いてくれてないなと思いつつ、私は、千穂さんに合図してスケジュールをチェックしてもらいました。緊急の用事はないので今から真治君の家に向かうことを捜査官に告げ、事務所を飛び出ました。
もう、5月も終わりです。サンフランシスコには梅雨というコンセプトはないので、昨日に引き続きからっとした天気です。何も考え事がない時の青空はなんともいえずすがすがしいものですが、今日のように考え事をしている状態ではずっしり重たく感じます。私が愛用している、10年間風雨にさらされて白いペンキが光沢を失った四角いボルボは、のそのそ真治君の家に向かって加速していきます。
何気なく、いつも聞いているラジオの88.5FMのニュースに耳を傾けると、女性キャスターが、昨日の事故は間違いなく爆発物によるものだと淡々と言葉を並べていました。ヴォリュームのダイアルを右に回しキャスターの声を車いっぱいにすると、声は死者は12名、負傷者は60名以上にのぼることを述べ、さらに大量のヘロインが爆破現場で検出されたことを報じていました。結論はまだ出ていないが、どうも麻薬の密輸やマフィアに関係があるだろうと推測していました。死亡した人の名簿の中に福本氏がはいっていました。捜査は続行しているということでニュースは終わりました。ダイエット食品のコマーシャルにかわったので、私はラジオを切りながら、軽く舌打ちをしました。父親の死、それに麻薬の捜査。あのか細い真治君が正直言って心配になってきました。昨日会った彼は非常に無口で、一言で言ってしまえば「世間知らずのおぼっちゃま」という感じです。アメリカの刑事システムは、悪く言えば非常に雑なところがありますから、果たして彼はうまく乗りきれるのか…。依頼人を選択するのも弁護士にとっては非常に大切なことです。まあ、なるようになっていくでしょう。
 
方向音痴のわたしもサンフランシスコ市内であればそれほどガソリンを無駄遣いせずに目的地を検索できます。3時半には真治君の家を発見することができました。シークリフは、一般にいう「成功した人」や「えらい人」が住んでいる高級住宅地で、小さい家でも一億円では買えません。飛行機の席ごときでぶーぶー言っている私にはまったく縁のない地域です。福本家も緑に囲まれたスパニッシュ風の大きな家でした。白い壁に、レンガがふんだんに使われ、鉄柵には蔦なんぞが絡まっています。ガレージも車が3台入るスペースがあるようですが、今はガレージの前にFBIのものと思われる汚い黒塗りの大きなフォード・クラウン・ヴィクトリアが二台、無造作に停められてふさがっています。アメリカのフルサイズ・カーは本当に畳が走っているように大きい。私は自分の車を路上駐車して足早に入り口の大きな鉄柵のゲートに向かいます。入り口付近にロダンの考える人のようにあごに手をもっていきつつ腕を組んでいる白人が二人、玄関のドアが開いたところに扉が閉らないように靴で押さえているヒスパニック系のひげを生やした捜査官が一人、目に入りました。全員ダーク・スーツ姿ですが、腰のところが不自然に膨れているところをみると銃と手錠ですかね。私を認めた白人の捜査官のひとりは、マックブライドと名乗り、近づいてきました。私は紳士的に握手をして、真治君の居場所を尋ねました。その私より背の低い警官はあごと目線で家の中を指しました。まず、真治君と二人だけで話がしたいことを告げ、ヒスパニック系の捜査官を押しのけるように家の中に入りました。ドアは閉めました。アメリカの家は結構薄暗いことが多いのですが、この家も多分にもれませんでした。また非常に広く開放的なリヴィングがありますが、電気がついていないためか、大きな革のソファにすわっている真治君がえらく小さく見えました。震えています。相当に広い家で、貧乏性の私はちょっと落ち着きません。
「真治君、僕だよ。大丈夫かい。」
真治君は私を認めると、少しほっとした様子で、こっくりうなずきました。
「何か、聞かれたりしたかい。」
「名前を聞かれました…。それからほかに誰か住んでいるかどうかも聞かれました。それで怖くなって先生に電話したんです。」
怖くて唇が乾いているのか、スムーズに話せない様子です。
「それ以外のことは話してないね。」
「はい。」
「ちょっと、待っててね。」
私は、家の外に立っている捜査官に近寄り、名刺を渡しました。捜査官は名刺の代わりにバッジを提示しました。やはりFBIです。ちなみにFBIのバッジというのは、二つ折になっている革のケースの内側の一方に金属でできたバッジがついていて、もう一方には淡い青や緑で大きくFBIと書かれています。テレビに出てくる刑事コロンボのとはちょっと違いますね。
「彼に何を聞きたいんですか。どういう背景があるのですか。」
30代のヒスパニック系のトニーという捜査官が私に対して挑戦的に口を開こうとして、マックブライドが制しました。もうひとりのダグラス捜査官は、マックブライドの背後で鋭い目をして傍観しています。マックブライドが一歩前に出て
「弁護士さん、さっきも電話で言ったとおり、今は捜査段階です。詳しくは話せないんです。」
と言いました。
「真治君の父親に何か関係があるとか。あの爆発ですかね。」
ちらっと捜査官らの表情が曇りました。しかし、彼らもプロです。間髪を入れずに、
「なんらかの関係を否定しているわけではありませんが、シンジは重要な証人です。現在のところ。」
「まずは、私自身が真治君に知っている範囲の事情を教えてもらわねばなりません。麻薬関係のことですよね。」
「そうです。シンジの証言に非常に興味あるのです。」
「今、彼は気が動転していますから、また日時を改めましょう。」
私は断定的に言いました。
「今、というわけにはいきませんかね。」 
捜査官のものの言い方が少々、威圧的になってきました。緊張がはしります。ほかの捜査員の目も厳しくなります。
「お断りします。その名刺にある私の電話番号に、明日にでもお電話ください。お互いに空いている時間を設定しましょう。」
また、トニーが乗り出して挑戦的に言います。
「われわれは今がいいと言っただろ、令状を取って…、」
それを制したマックブライド捜査官は、形式的な礼を述べ、あとの二人を従えて黙って車に戻っていきました。ガレージの前から遠ざかる車を確認して、私は暗い家の中に入り、重たいドアを閉めました。
無言のまま真治君の座っている大きなソファに近づき、真治君のそばに腰を下ろしました。しばしの沈黙。下を向いて震えていた真治君は、私の顔をすがるように見たかと思うと、
「これから僕はどうすればいいんでしょうか。本当にどうすれば…。」
私は彼の目をじっと見ながら、
「僕も今のところどうしていいかわからない。まずは君のことを教えてくれないかな。その前に何か飲もうか。」
「それじゃ、僕が何か…。」
「いいって。よいしょ、冷蔵庫はあっちだね。」
立ちあがった私は、大理石が敷き詰めてあるキッチンの奥にある巨大な冷蔵庫を開けました。そこにオレンジのサニーデライトの大瓶を発見したので、2つのグラスとともにソファに戻りました。二人で一気にごくごく飲んで、一息ついてから、私はまず真治君の父親のことを聞きました。
私の無知だったのですが、真治君のお父さんは世界的に有名な建築家であったこと、最近ではサンフランシスコ市のトレードセンターの設計を任されたこと、サンフランシスコが好きで二年前にこの家を購入したことなどを話してくれました。また、真治君のお母さんは二年前に病気で亡くなったこと、その死をきっかけに日本からサンフランシスコに移住してきたことがわかりました。
「あの、ダウンタウンのトレードセンターを手がけていたんだ、君のお父さんは。」
「そうです。」
「すごいね。もうすぐ完成するらしいけど、かっこいいデザインだよね。」
「父もすごく完成を楽しみにしていたんです。」
「残念だったね。」
私はちょっと真治君のお父さんに会えないことを自分で残念に思いました。日本人で世界的に活躍する建築家、きっと魅力的な人だったのでしょうね。トピックを変えました。
「それじゃ、君は今、学校に行っているんだ。」
「はい、市内のユニバーシティー高校にいっています。」
「あ、あの私立の。いい学校らいしいね。」
「でも、今日は休んでいます。」
「まあ、お父さんに不幸があったのだからしょうがないよ。昨日はどうしてたの?」
やっと、ジュースが胃に落ちついたようで、震えも止まった真治君は、うつむきながら言いました。
「学校から帰ってきたんですが、家にお父さんが荷物を置きに来た気配がなかったので、あちこちに電話をして聞いたんです。ハイヤー会社に電話して、やっと事情がわかって…。」
「それで、ジムと会ったんだね。」
「はい」と言いながら、真治君はぼろぼろ泣き出しました。唇を噛んでいます。
ため息をつきながら、私は真治君を勇気づけようとしましたが、まったくだめでした。見まわして、手元にあったティッシュを真治君に渡しました。
「お父さんがこんなことになっちゃって、僕、どうすればいいんでしょう。独りぼっちで。」
「…。」 
このまま、二人で感情ジェットコースターに乗ってしまうのはまずいので、事件のことを聞くことにしました。本題です。
「真治君、さっき警官が話していたんだけど、何か麻薬のことを知っているかい?お父さんが何かに巻き込まれていたとか。」
「そんなことは絶対ありません。お父さんが、そんな麻薬に手を出すようなことは、ううう。」
相当取り乱した様子ですが、真治君は何も知らない様子です。もうちょっと事情を聞きたいと思っても、彼の感情が収まるまで待つしかありませんでした。再度沈黙。時計を見るともう7時ごろですが、まだ日は高く、広い庭がくっきり見えます。
「真治君、何もないんだったらそれでもいいんだ。だけど、僕の仕事は弁護士だからね。君がすべてを言ってくれない限り、ベストの弁護はできないからね。落ちついて、なんでもいいから思い出して教えてくれ。」
「はい、できるだけ思い出してみます。」 
突然、静寂を破るようにけたたましい電話の音が大きな家中に響きました。真治君が動く様子もないので、私が音の発信源を見つけ、受話器を取りました。大きな家では電話を探すのも一苦労です。
「はい。」
「サンフランシスコ・クロニクル紙ですが福本さんのお宅ですね。ちょっとどなたか、空港の爆発に関することでコメント願えないですかね。」
「お断りします」と言いながら、私は受話器を置いてしまいました。間髪おかずにまた電話が鳴り、違う新聞社の記者らしき人が電話に出ましたが、言っている内容は同じです。うんざりしながら壊れたレコードのように「ノーコメント」を繰り返しながら、またもや受話器を電話本体に戻します。
真治君は内容がなんとなくわかるようで、あからさまに怯えていました。
「真治君、今のところ、本当にお父さんが何か麻薬にかかわっていたことは知らないね。」
「し、知りません。本当です。」
「わかった、とにかく僕がいないときには、誰にも何もしゃべっちゃいけないよ。」
「はい、でもどうなっちゃうんでしょう。」 
「どうなるかはわからない。でも、弁護士は依頼人を信じるしかない。」
「先生、本当に信じてください。」
「わかった。真治君を信じるから、君も協力してくれよ。」
そう言っている間も電話は鳴りつづけていますが、その電話の音にシンクロするように玄関のブザーが鳴りました。私が玄関に近づいたとき、今度は玄関のドアをどんどん叩きながらの、
「FBIだ、ドアを開けろ。」
という声が聞こえ、私がドアノブをひねると同時に、10人以上の男が私を押しのけるように、家に入って来ました。私の前にはさっき握手したマックブライド捜査官が立っています。彼は
「これはこれは弁護士先生、まだいらっしゃったのですか。」
と慇懃に言います。
「どういうことですか、ワラント(令状)は持っているんですか。」
「もちろんです。サンフランシスコ連邦地裁のカー判事のサイン入りでね。」
マックブライドはそう言いながら、サーチ・ワラント(捜索令状)を胸ポケットから出し、片手で私の目の高さに持ち上げて見せました。引っ手繰る様にして目を通すと有効な令状に違いありません。1時間前に発行されたのですから、充分準備をしてから連邦地裁に行ったのでしょう。プロバブル・コーズ(Probable Cause被疑事実)の欄には麻薬取引関連とあり、目的欄には麻薬の押収と記載されています。
その場で、私はパニックするよりも、なぜあの冷静なカー判事を説得するだけの被疑事実が見つかったのかを考えました。令状が発行されるのは裁判官が必要と認めた場合に限られますから、令状が発行されている以上何らかの物的証拠か、証人の証言があったはずです。私の
「ブツが出たんですか。」
という問いに、
「爆発したのは、福本さんの荷物なんですよ。」
とマックブライドは事務的に言い放ちました。
「え、空港での爆発の原因は福本氏の荷物だったのですか?」
「残念ながらそのようですね。」
そのとき、真治君の悲鳴が私の背後で聞こえました。振り向くと、真治君は二人の捜査官に床に押さえつけられ、フリスク(身体検査)をされていました。
「乱暴するな」と駆け寄った私に、
「弁護士さん、捜索現場にいる人物はフリスクの対象になるのをご存知でしょ。」
とさっきもいたヒスパニック系の捜査官、トニーがつぶやくように言いました。
「危険性も認められないのに自由を奪うような形でのフリスクは許されていない。真治君を離せ。」 
断定的に言った私に敏感に反応して、捜査官は手を緩めました。自由を取り戻した真治君はばねのように飛び起き、私の背後に隠れました。舌打ちをしたトニーはその場にいた自分の部下らしき二人の捜査官に他の命令を飛ばしました。その二人はトニーの命令に忠実に私の視界から消えていきました。
「それでは、紳士的にフリスクさせてください。」
とひとりになったトニーは私の背後に手を伸ばし、真治君にフリスクを始めました。真治君は権力の圧力を感じながら黙って耐えていました。
「あなたの態度は、捜査官としてちょっと問題がありますね。」
「捜査は捜査です。」
「弁護士の見ている前で、ああいうことをするとそちらに都合がいい証拠が見つかっても、裁判で違法収集証拠にされちゃいますよ。連邦憲法修正4条をご存知でしょ。警察学校で習っているはずだ。」
トニーはマックブライド捜査官にたしなめられたこともあって、早々にフリスクを終え、私の前から姿を消しました。結局、真治君からは何も違法なものは発見できませんでした。
捜査官としゃべってもこういう状況では意味がないので、捜索が終わるのを待ちました。真治君は不安を少しでも和らげるかのように私に寄り添っていました。私のそばに立っているマックブライド捜査官も無言です。どれほど時間が経ったでしょう、黙々と目的なく家中を散らかしていた捜査官のひとりが
「ガット・イット(あったぜ)」
と低くうなりました。他の捜査官も叫びました。
条件反射のように小走りにその声に近づくマックブライドの後を追って、私も真治君を連れてついていきました。ガレージに赤いシボレー・コルベットが停めてあります。その脇にある作業台の棚の回りを何人もの捜査官が屈み腰になって取り囲んでいます。
ほとんど捜査官の全員が満員電車のように福本家のガレージに集まっていました。ぱちぱち光っているカメラのフラッシュがまぶしい。キャンプ用の青いアイスクーラーの蓋があけられ、中には小麦粉をちょっと黄色くしたような粉末の入った透明なビニール袋が5つほど並んでいました。ポケットの中から簡易の化学調査薬を取り出したひとりの捜査官がビニール袋を開け、中の粉末を調査の液体と化合させると液体が赤くなりました。その液体を右手に持った捜査官は、左手の親指を上に突き出しました。
 「間違いありません。」
FBIと黄色い文字で背中に入ったジャンパーを着たほかの捜査員が屈み腰で袋を検査していましたが、全員立ちあがりました。マックブライドと目を合わせうなずくと同時に、捜査員が私のうしろに立っていた、か細く痩せた真治君の手を後ろに回してミランダ・ワーニング(逮捕時に被疑者の権利を告知する文章)を唱え始めました。
「被疑者には黙秘権が与えられる。」
「その黙秘権を知りつつ発言した場合には法廷で使われることもある」
「弁護士に委任する権利があり、充分な弁護士費用がない場合には公選弁護人がつくことになる…。」
私はミランダ・ワーニングをじっくり聞いていましたが、さすがにFBI、ミスはありませんでした。私はミランダワーニングが終わるのを待って、
「ちょっと待ちなさい。現行犯逮捕ではないではないですか。彼には関係がない。」
と指揮権をふるっているマックブライドに言いました。
「現行犯逮捕でない?立派に麻薬を所持しているじゃないか。」
「少なくとも彼が所持していたとは立証されないだろ。」
「それは、裁判で争ってください。弁護士さん。れっきとした麻薬がでてきたんだから。」
もう、声も出ない真治君はぼろぼろ頬に涙の線をつくり、私の目を見ていました。私は
「未成年なんですから、後で私が連れて出頭させます。」
と言いましたが、
「それはだめだ。」
とマックブライドは断定的に決めました。
麻薬の証拠、それに空港での物的証拠、逮捕には充分過ぎる材料です。私は先のことを考えました。
「絶対、何もしゃべってはいけない。すぐに君に会いに行くから。」
「何も持たせてもらえないのですか…。学校もどうしよう。父親のことは…。」
「とにかく今は君の嫌疑を晴らすことが先決だよ。とにかくすぐに行くから。」
真治君と私の日本語での会話を訝っていたマックブライドは、会話が途切れたところで真治君を建物の外に停めてあった先ほどの黒塗りのフォードの後部座席に押し込みました。
他の捜査員も探していた麻薬がでてきたこと、それに望んでいた逮捕ができたことで捜査に一区切りをつけ、ぞろぞろと家の外に出て行きました。ただし、福本氏の寝室や書斎にあった大量の書類はしっかり押収していました。すべての捜査官が家の外に出たところで、私も外に出ました。車の後部座席に座らされた真治君がすごくやつれ、小さく小さくなっていくのが見えました。振り向いて私を見ています。サンフランシスコの夜はとっぷり暮れて、私が勝手に家の鍵を探し、見つかったところで施錠して外に出たころには、闇が街を包み込んでいました。野次馬はいませんでしたが、隣家の窓についたカーテンの隙間から、こちらを伺っている様子がよくわかりました。昼間から置きっぱなしだったボルボに乗り込みイグニッションをかけて、ハンドルに両手をおきながら、私はこれからのことを考えて深いため息をつきました。

【小説シリーズ】 陪審喚問の時  (The Grand Jury)

1/28/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第1回目です。

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陸海軍管轄の事件を除き、大陪審の起訴審査または起訴決定を経ない限り、死刑が科されている犯罪もしくは重大な犯罪において罪に問われることはない…
 No person shall be held to answer for a capital, or otherwise infamous crime, unless on a presentment or indictment of a Grand Jury, except in cases arising in the land or naval forces…
アメリカ合衆国憲法修正第5条 
(Fifth Amendment to the United States Constitution)
***
 
――  この本は夢を持っている人、また夢を探し続けている人に捧げます。
夢には限界がない。
情熱がなければ夢は成り立たない。
どんな小さな夢でも、
心に勇気を持って。
負けないでください。
夢を持っている人、それを探しつづける人はいつも輝いているか­ら。――
***
 
第1章 依頼人面接 (Client Interview)
ちょっと言わせてください。何で飛行機の座席では足が思いっきり伸ばせないのでしょうか。180センチ以上も身長がある私がいけないのですが、もう少しスペースが欲しいものです。私の座っているエコノミークラスのシートはユナイテッド航空810便のボーイング747型の機体のお尻のほうに付いています。通常でも8時間以上のこのフライトに閉口するので、あと1時間も定刻より遅れてサンフランシスコ空港につくというアナウンスがあってからはかなり憂鬱な気分です。まあ、もっと立派な弁護士になるか、ユナイテッド航空のマイル数がたまれば、ビジネスクラスや夢のファーストクラスに乗れるのになぁと思います。もっと大きな仕事にありつければ、税金も文句言わずに払いますし、生活も銀行の通帳とにらめっこしなくても済むなぁ、などといろいろ考えが発展していきます。
とにかく、この9時間にも及ぶ修行を乗り越えなくては、私の住むサンフランシスコに戻れないわけです。飛行機の嫌いな私がお金を払ってこのような拷問に遭うのですから、本当にサンフランシスコに帰らなくてはならない状況にあるのです。やらなくては行けない事件がどっさりたまっているのです。あ、もう一言言わせてもらえば、あの機内食はなんとかならないものでしょうかね。
さて、文句ばかりいうのもなんですから、自己紹介させてください。小山淳平です。25歳で弁護士になって、現在二年目の新米弁護士です。日本の高校を中退して、単身アメリカに来て、そのまま居着いてしまいました。現在はサンフランシスコの三谷法律事務所という事務所で働いています。事務所には日系アメリカ人の三谷ひろし先生、秘書の斎藤千穂さんそれにイソ弁である私の三人が勤めています。イソ弁とはつまりイソウロウ弁護士の略で、先生のクライアントを分けてもらって生活している弁護士です。イソギンチャク弁護士の略だとも言われています。アメリカではイソ弁のことをカッコよくアソシエートと呼びますが、文案屋がコピーライターと呼ばれると何故かカッコよいのと同じようなものです。弁護士といっても現実はそんなに素敵なものではありません。小さな債権回収の話や、離婚、倒産など細かい仕事も少なくありません。働いても働いてもエコノミークラスにしか座れないのです。
それにしても今日の飛行機は揺れます。気流の悪いところがあるのでしょう。私の席の前に座っている若い日本人の女の子二人連れはキャーキャーワーワー、怖いと言いながらも結構楽しんでいる様子。その子達が席を思いっきり倒してくれているので、私は更に窮屈になり楽しくありません。810便は成田を夕方に出て、サンフランシスコには午前中に着きます。旅行者はその日一日遊べるのですから、ラッキーですよね。私は帰ったらすぐに仕事をはじめなくてはならないので、笑ってはいられないのです。
サンフランシスコで日本語と英語をきっちり話せる弁護士はほとんどいません。おかげさまで日本人や日系人の役にすごくたっているはずです。文句を言いながらも、クライアントの顔を思い出すと、またやる気が出てくるものです。
さっきまで怖い怖いといっていた私の前の二人組が静かになったと思ったら、今度は入国審査の書類と格闘しているようでした。アメリカの入国審査は厳しいことで有名ですから二人組も慎重に記入している様子でした。わからないところがあったらしく、二人組はフライトアテンダントを呼びました。ひっつめ髪にしたそばかすだらけの白人女性がのっしのっしとやってきましたが、会話が成立しないらしく、すぐに日本語を話せるという女性アテンダントがやってきました。ちらっと見た感じかっこよくて背の高い日本人女性のようでしたから、痛い腰をちょっと浮かして見てしまいました。かっこいい女性には弱いのです。聞き耳を立てていると、どうもビザの話です。暇なんです、飛行機の中は。目がきりっとしてその上に細い眉がのっているその女性アテンダントは、聞かれた質問に対してちょっと考えているようでした。暇つぶしのチャンスです。そうです、私は移民法も手がける弁護士なのです。二人組に私が簡単に答えてあげると、彼女たちは簡単に納得して簡単なお礼をいってくれました。女性アテンダントはやっと注意を私に払ってくれ、にこっとしてくれました。修行をしていても楽しい事があるのです。胸に日本語が話せますということを示す日本の国旗と「まりこ」という名をローマ字で彫られているバッジをつけた彼女は私の席の方に移動して、お礼を言ってくれました。やっぱりかっこいい人なんですね。反射神経が私の手を胸ポケットに持っていき、すかさず名刺を差し出していました。
「あ、弁護士さんなんですか。へー、サンフランシスコで。今度お世話になるかもしれませんね。」とのコメントに、私は
「何かあったらお電話くださいね」というのが精一杯でした。もっとがんばりなさい反射神経くん。挨拶をかわし、彼女は自分の持ち場へ帰っていきました。また私も退屈な修行に逆戻りです。
軽い朝食のトレイが回収されると、飛行機は下降をはじめました。5月の海がエメラルドを白濁させたような青緑色に見え、いくつもの小さな波に太陽の光があたっては消えていきます。旋回を続ける飛行機は、サンマテオ橋やダウンタウンにおなかを見せながら、ぐんぐんサンフランシスコ郊外に位置する空港に吸い寄せられていきます。サンフランシスコ名物の霧も朝早く引いたようです。小さく見えた人家がみるみる大きくなり、飛行機は海際の滑走路に滑り込みました。
こわばった体をほぐすために少し大股で歩きながら入国審査に進みました。手荷物のみなのでカルーセルで荷物を待つ必要がなく、さっさと人ごみを抜け、そしてジュラルミンの扉を抜け、早々に空港内に入ることができました。様々な人種で構成されている出迎えの人々、その人でごった返している到着ロビーの外にタクシー乗り場があります。窓のない空港から出てきて最初に肺に入れることのできる外の空気です。ドアへ向かって早歩きしながら肩掛けのダッフルバッグを持ち替えていると、ぽんと肩をたたかれました。
「ヘイ、ジュンペイ、出張だったのかい?」
振り向くと、ジムが立っていました。
「やぁ。ちょっとした相続事件でね、日本に行ってた。」
ジムは私よりも大きく190センチくらいある太鼓腹のアイリッシュで、ハイヤーの運転手をしています。海軍にいたころに日本で日本語を覚えたそうで、日本人がサンフランシスコに来るとハイヤー会社はジムを指名します。ハイヤーといってもアメリカではストレッチリムジンという、場合によってはプールまでついた巨大なソーセージみたいな車があり、私も以前ジムに仕事の関係で乗せてもらったことがあります。それで彼は私を知っているのです。
「疲れるね、飛行機は。ジムは忙しいかい。」
と聞くと、ジムは軽く何度も首を縦に振りながらも、入国審査を済ませてジュラルミンの扉から出てくる到着客をしっかり品定めしていました。ジムが両手で「Mr. Fukumoto」と手書きされたプレートを持っているところを見ると、お迎えに参上といったところなのでしょう。
「ぼちぼちだね。でも今日から忙しくなりそうなんだよ。なんでもミスター・フクモトというのはすごく有名な建築家らしくてね。世界中を飛び回っていて、何でも今回はメキシコからシスコ入りらしい。世界各国に拠点を持っていて、シスコにも家は持っているらしいけどスケジュールがぎっしりで自宅では寝れないような感じだな。俺も儲けさせてもらうかな、ははは。」 
握手と挨拶でジムと別れた私は、空港の建物を後に陽のあたるタクシー乗り場に向かいました。青空が広がり雲一つないカリフォルニア晴れです。長く厳しい修行から開放された私はついつい口笛など吹いていたのですが、外に出たとたんものすごい重低音とそれに続く「キーン」と鼓膜に振動する音で、建物の中を振り返りました。地震のような揺れでしたが、見える範囲では何も異常は目に入りません。ただ、太陽の光がかろうじて間接照明になってはいるものの、建物の中は電気が切れて薄暗くなっていました。耳がまだセロハンで覆い被されているような状態でしたが、悲鳴や泣き叫ぶ声が徐々に従来の耳の機能を回復させていきます。何らかの人為的な危険物が爆発したのでしょう。テロなのかな、と思いつつジムを探しに建物に駆け込みました。
白い煙が徐々に空港建物に充満してきています。到着客を待つ人の中でも、外に逃げる人もいれば、呆然としている人もいて、中にはパニック状態に陥り、倒れている人を踏みつけながら、走っている人もいました。すかさず持っていたダッフルバッグを口に当て煙りを吸い込まないようにしながら、ジムを探しました。少し前にジムに出くわした到着ロビーの付近では20人ほどの人が倒れていましたが、ジムは呆然と壁に背中をもたれて放心状態になっていました。爆発は入国審査付近で起きたようで、到着ロビーはジュラルミンの扉のおかげで直接の被害はなかったようです。しかし、大量の煙で扉付近はまともに見えません。心臓の鼓動が、警報が鳴るのに合わせて早くなるのが感じられます。建物の造りのせいか、警報が悲鳴よりも響きます。私はたまらず、
「ジム、ジム、早くここを出よう。」
と叫びますが、ジムには聞こえていないようです。駆け寄った私は、ねとっとしたジムの手を引きました。その時、背中に大きくFBI(Federal Bureau of Investigation:連邦捜査局) とプリントしてあるビニールのジャケットを着た一団が、到着ロビーをすり抜けジュラルミンの扉が内側から開いたところを銃やライフルを手に外から入っていきました。一団が入っていった扉の隙間からちらっとみたところでは、荷物を受け取るカルーセルのあたりがひどく燃えていました。重たいジムを、言うことを聞かない子供を引っ張るように建物の外に連れ出しました。ジムは本当に重い。
長いように感じられても実際はほんの数分の出来事だったのでしょう。建物の外に出たとたん、警報とは違う、緊急車両のサイレンの音があちこちから聞こえてきました。牛のように重いジムはまだ放心状態で、私もゼーゼー喉を鳴らしていました。黄色い消防服を着けた消防隊員が、ジムを担架に乗せて運んでいったのは20分ほどたってからだったでしょうか。ジムはある程度気を取り直していて、私に話しかけてくれました。私はジムが運ばれる病院の名前を頭に刻み、後で会いに行く約束をしてから、まだしぶとく商売を続けているタクシーに乗り込み、興奮してアクセントの強い英語でしゃべっている運転手に私の事務所の住所を告げました。タクシーは空港を滑り出し、水色のペンキをこぼしたような空のもとサンフランシスコ市内に入っていきます。
 
私はパステルカラーの家並みを見ながら車の後部座席の窓を開け、サンフランシスコの空気を楽しんでいました。運転手にラジオをつけてもらい、先ほどの爆発についてのニュースを耳で追っていましたが、株価や政治の話が途切れませんでした。運転手も自分の体験談を口早に話してくれますが、アクセントがきついのでいまいちわかりません。私は適当にうなずいていました。ピラミッド型のビルがそびえるダウンタウンに近づいてきたころ、やっとさっきの爆発についてのニュースが割り込んできました。死傷者は50人を数え、まだ確かな人数は不明であること、原因は何らかの爆発物によることが淡々と報じられていましたが、詳細は不明。耳のほうは徐々にすっきりしてきましたが、事件はすっきりしない様子です。爆発の現場で、私とほぼ同時にFBIが瞬く間に集合していた不思議がふと頭をかすめました。通常、FBIは連邦に関係する事件の捜査に時間を割きますから、地域的な問題に首を突っ込んでいるのにはなにかわけがあるのでしょう。ブレーキでタクシーが止まり、私はチップを加算した料金を払うと、事務所が入っているビルに足を運びました。
三谷法律事務所はダウンタウンの中心街にある古いビルの7階にあります。古いといってもビルは立派なものです。入り口には大理石がちりばめられ、重厚な歴史を見ることができます。見知った入り口の守衛さんと簡単な挨拶を交わします。エレベータの中で髪の毛を整えて事務所に入ると、明らかに心配顔をしていた事務員の千穂さんが安堵の表情になって出迎えてくれました。
私の事務所は入り口から入って左右に大きな本棚があり、カリフォルニア州の判例や条文がびっしり並んでいます。奥行きはあまりありませんが、来客用の会議室、それに三谷先生の部屋と私の部屋、それから千穂さんのいる部屋にわかれています。部屋はアメリカ憲法修正第14条の平等原則にのっとって、ひとつひとつ皆同じ大きさです。三谷先生はきれい好きなので、本棚や机の上も整頓されています。対照的にO型の私の部屋の机の上には本が積み上げられられたり、郵便物や書類がちょうど屋根の瓦のように重なり合って置かれています。私は自分の部屋にたどりつく前に千穂さんにブロックされるかたちになりました。
「空港での爆発騒ぎを聞きました。電話でも一本くれればよかったのに。心配したんですよ。」
「ごめん、ごめん。携帯電話のバッテリーが切れていたしね。早く現場を後にしたかったんだ。三谷先生は?」
「奥にいらっしゃいますよ。」
日本とアメリカにまたがる相続事件で日本に行き4日間ほど留守をしていた私は、留守中の事件の流れを聞きたくて三谷先生の部屋のドアをノックしながら同時に開けました。私が無事だったことがうれしかったらしく、めがねの奥の眼が笑っていました。非常に温厚な学者タイプの先生で、日本語もある程度話せますが、私と話すときにはいつも英語です。仕事の話をするはずが、結局空港での爆発の話になってしまいました。ちょっとするとノックとともに千穂さんが入って来ました。私宛てのたまった郵便物を持ってきてくれたのですが、関心は爆発のことにあったようです。すらっとした彼女は私の話を熱心に聞いてくれました。彼女もジムを知っていたので、びっくりしてから大事がなかったことを聞いてほっとしていました。
自分の部屋に戻り、書類や郵便物、それに伝言メッセージの海をかいくぐり一息ついたところで、ジムの奥さんのリサから電話が入りました。彼女とはまだ話したことがありません。
落ちついた低い中部訛りでした。
「今、病院に駆けつけたところなの。ジムは大丈夫。本当に助けてくれてありがとう。すぐ退院できそうだから。」
病院のロビーの公衆電話か何かからかけているらしく、バックの声や機械の音がうるさいです。
「あまり大したことにならなくてほっとしてるよ。ショックだったろうからそばにいてあげてね。」
「ところで、この病院のER(緊急病棟)にも空港からたくさん被害者が運ばれてきているんだけど、警察が聞き込みをしているみたい。」
「え、もう動いているのかぁ。原因がわかっていないんだね。」
「そうみたい。FBIの捜査官がジムとも話したいって。あんまり気持ちいいものじゃないわね。」
やっぱり、FBIが動いている様子です。なにか重大な事件とかかわりあっているのでしょうね。でも、これはあくまでも私の勘ですからリサには伝えず、
「ジムもあんまり話すことはないだろうね。お客を迎えに来てただけなんだから。何かあったら電話して。」
と言って電話を切りました。ジムに大した問題がなかったことにほっとするとともに、FBIの話が妙に気になりました。FBI、つまり連邦捜査局とはアメリカの中央政府直属の司法省(Department of Justice)に属する行政機関です。ローカルな犯罪の調査は各州や郡それに市の警察が行いますが、2つ以上の州にまたがる犯罪や連邦で制定された法律にかかわる犯罪の調査などはFBIが手がけます。通常、重大な犯罪が多いものです。少しの間、いろいろな可能性を考えていたのですが、そんなことも言っていられません。クライアントとの電話のやり取りが午後のほとんどを占領し、合間を縫って書面を作っていたので、ジムのことも夜になるまで忘れていました。
時差のせいで、眠くなったりかえって目がさえたりしながら夜遅くまで出張で事務所を不在にしていたつけを払っていました。夜になると電話が鳴り止み集中して文献を読んだり文面を練ったりできるのですが、その日は疲れていたので、時計が夜9時を指したことを確認して帰途につこうとダッフルバッグを肩にかけました。電気を消そうとスイッチに手をかけると同時に電話が鳴り始めました。私はうんざりしながらも受話器を取りました。
「三谷法律事務所です。」
「この声はジュンペイだな、ジムだ。」
「大丈夫なんだな。6パック(ビールの6本パック)でも持って会いに行こうか。俺たち二人で6本じゃ足りないかな。」
ジムは笑わずに
「ビールはいいけど、ちょっとどこかで会えないかな。できれば今夜、今から。ちょっとおまえに相談があるんだ。」
「いいよ。どこがいい?」
「病院はまずい。ゲーリー通りにメルズ・レストランがあるだろ、24時間営業だからそこで会えるかな。」
「30分後はどうだい。今、ちょうど事務所を出るところだったんだ。」
「O.K.」
かみ殺したような声で話すジムを深くは詮索せず、とにかく会うことにしました。駐車場で4日間置きっぱなしにしてあった車のバッテリーが正常なのを確かめて、夜の街に出ました。サンフランシスコのダウンタウンの歩道は金属片がまぶしてあるらしく、夜に街灯の光できらきら光ってきれいなのですが、考えながらの運転だったために見過ごしていました。
メルズには20分ほどで着きました。ダウンタウンからはちょっと離れているので、路上駐車は比較的容易です。夜遅いのに、若い男女などでごった返していました。タイルや照明がまぶしい指定の店に、ジムはまだ来ていないようです。60年代の映画を真似たミニ・スカートのウェートレスが席に案内してくれました。4人がけの席も60年代のキャデラックに張ってあるような、すべすべした濃い赤のビニールを使ったおしゃれなお店です。まずコーヒーを注文し、渡されたメニューを勉強していたところ、ジムが声をかけてきました。
「早かったな。」
「もう、コーヒーは頼んじゃったよ。ジムも何か注文しなよ。」
「まあ、それはそうと、まずこの子を紹介させてくれ。」
そう言われて初めて、私はジムに隠れるように立っていた線の細い少年に気がつきました。日本人のようでした。背は低くはないけれども、非常に線が細い男の子でした。ジムは少年の代わりに説明をはじめ、
「この子は今日、俺が空港まで迎えに行ったミスター・フクモトの子供さんだ。シンジだったよな。」
と言いつつ彼の顔を見ました。少年はぺこっと頭を下げたのみで、あまり話したい様子ではありませんでした。
「まあ、席に座れよ。注文してから話そうよ。」
「そうだな。」 
ジムはちょっと神経質気味にシンジ君を先に座らせ、その横に収まりました。ちょうど私と向き合ったシンジ君に、私は簡単に自己紹介をしてから飲み物を勧めました。短いスカートのウェートレスの注文取りが一段落したところで、私は話しはじめました。
「ジム、どうしたんだい。もう、入院はしなくてもいいのかい。」
「うん、何も異常はないし、仕事に戻らなくちゃいけないからね。もう出してもらった。ところがさ…。」
「ところが?」
「俺が迎えに行ったミスター・フクモトなんだけど、亡くなったんだ。」
「あの爆発でか?」
「そうだ。ここにいるシンジはなかなか帰ってこないお父さんを心配して、うちのハイヤー会社に電話してきたんだ。」
「それは、シンジ君もたいへんだね。」
私はそう話しかけてみましたが、彼はうつむいたままでした。ちょっとの間を置いて、ジムはかまわずまた話しはじめました。
「今日、病院にいたとき、FBIが事故現場にいた人たちに事情を聞きまわっていたんだよ。」
「君の奥さんから電話で聞いた。」
「そうだったな。それで俺も質問された。その質問された内容でびっくりしたんだが、どうも麻薬関係の話らしいんだな。」
「麻薬関係?」
「うん、ヘロインのことについていろいろ聞き込まれた。」
「おまえは関係ないんだろうな。」
「神に誓ってそれはない。」
「ところが、FBIはこのシンジの父親について、何か疑っているらしいんだ。」 
そう言いながら、ジムはシンジ君に目を移しました。シンジ君はまだうつむいています。
「FBIは、運転手をするはずだった俺にいろいろ聞きたい様子だった。」
「おいおい、ここに来ていて大丈夫なのか。」
私は反射的にあたりを見まわしてしまいました。
「うん、うまく運転してきたから、尾行はなかったと思う。それにもう帰宅していいって言われてたからな。ただ、このシンジが心配なんだよ。奴ら、家族関係から何からみんな聞いていったから。もちろん俺は大して知らないけど、シンジも親父がいなかったら一人ぼっちだし、これから先、麻薬関係の聞き込みなんかがあったら弁護士が要るだろ。だから連れてきたんだ。」
「ひとりぼっちって…、お母さんは?」 
この質問に対してはシンジ君がはじめて反応しました。つぶやくような日本語で彼は、
「母は死んだんです。二年前に病気で。」
「君は今いくつなの?」
「16歳です。」
シンジ君の声はか細く、弱い。どちらかというと色白の腕がテーブルの上のライトに照らされ、頼りなく見えます。服装を見ると高級そうなものを着ていますし、ちょっと神経質なところがある感じが育ちの良さ、お金のある家庭に育ったという印象を与えます。ぎゅっと結んだ唇をかたどる生気のない顔を見る限り、疲れているようです。それでも、やっと口を開いてくれた彼に、私はチャンスを逃すまいと質問を続けました。
「今はどこに住んでいるの?」
「父と二人でシークリフ(サンフランシスコの高級住宅地)に住んでいます…いました。」 
ちょっとした間があいたところでジムが私を見て、
「ジュンペイ、FBIの感じだとシンジもちょっと深刻な問題に巻き込まれるかもしれない。なんとか、これからこの子を守ってやってくれないか。俺も大してこの子には関係ないけれど、一人ぼっちじゃかわいそうだしな。この子はまだあまり英語も話せないみたいだし。」
「うん。ただ、今現在は何も打つ手はないよな。別にシンジ君のお父さんが犯罪に巻き込まれていたという内容の捜査が行われているわけじゃないし。」 
私はちょっと考えていましたが、シンジ君に、
「何かできることがあれば相談にのるから、いつでも不安になったら電話をしてね。」
そういって名刺を渡しました。シンジ君も自分の住所と名前、それに電話番号を教えてくれました。福本真治と書くそうです。メモを渡す手が震えていました。
「真治君、とにかく警察から電話があっても何も話したらだめだよ。FBIが絡んでいるからね。重要な犯罪を捜査しているはず。だから、警察が連絡してきたり、直接家にやって来たりしたら、必ず僕に電話するんだよ。」
「はい。でも…、あの、お金とかどうすれば…。」
「お金って、弁護士の費用かい?」
「そうです…。」
「別にまだ実際の事件になったわけじゃないから心配しなくていいよ。今はお父さんに不幸があって大変なんだから、がんばるんだよ。お金のことは後で話せばいいよ。」 
ウェートレスがジムと真治君に飲み物を持ってきました。ジムは安心したのか、アイスティーを一気に飲み干しました。対照的に真治君は自分のコーラにはまったく口をつけません。しばらく私たちと話をしているうちにちょっとはほっとした表情になった真治君は、ジムと一緒に帰って行きました。私もちょっと冷めたコーヒーを飲み干すと、帰宅しました。夜のサンフランシスコは冷えますが空気が東京と違ってすがすがしいです。私は窓を全開にして肌を刺す空気を楽しんでいました。コーヒーを飲んだのでちょっと目がさえてしまいました。


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