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【小説シリーズ】 陪審喚問の時 (The Grand Jury)

2/4/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第2回目です。

=====================


第2章 捜索・押収そして逮捕 (Search and Seizure, Arrest Thereafter)
 
まだ時差ぼけが残っているので、朝起きるのは本当につらいものです。アメリカから日本へ行くときには問題なく適応できるのですが、日本から太陽の進む方向に逆らってアメリカに帰ってくるとなかなか適応できません。快適な寝起きとはいい難い朝です。無機質で乾いたベルの音が私を起こします。目覚し時計に、ぶつぶつと睡眠妨害罪の有罪認定をしながら、用意をして事務所に出るともう9時近くなっていました。カリフォルニアの裁判所での出廷時間は朝8時半とか9時なので、法廷が入っていたらこの状態ではアウトでした。
金曜日ということもあり事務所は比較的平和で、破産の新件が入って来たり電話で訴訟の打ち合わせをしたり、午前中は無事に過ぎていきました。やっぱり昨日無理しても仕事をしておいて良かったと思いました。三谷先生は相変わらずのんびり、いえいえ、マイペースで仕事をされているようです。千穂さんは相変わらず忙しく動き回っています。
昨夜会った真治君から電話が入ったのは、午後2時ごろでした。直通電話番号を教えておいたのに、どうも名刺に印刷された代表番号にかけたらしく千穂さんが取り次いでくれました。
「 あの、昨日お会いした、あの福本です。えっと、警察の人が、その、今来ていて、どうすれば…。」
「あ、こんにちは。」
「先生、警察が来ているんです。」
「何も話す必要はないんだよ。はっきり言えばいいんだ。弁護士を通してくれって。」
「でも、その三人も来ていて、あの…。」
私は相当まどろっこしく感じたので、
「電話をかわってくれる?僕が話す。」
と言いました。彼はほっとした様子で、すぐに何か訪問者と話している声が聞こえてきます。張りつめた無機的な声が受話器を通して私の耳に入って来ました。
「オフィサー・マックブライド、スピーキング(マックブライド捜査官です)。」
「私は弁護士の小山といいます。はじめまして。私のクライアントとは、私の許可がない限り話してもらっては困ります。」
「弁護士さん、ご存知かもしれないが、彼の父親が昨日亡くなった。それで彼に聞きたいことがある。」
「亡くなったということは聞きました。で、捜査官が聞きたいことというのは?死亡したという事実の単なる確認ですか、それとももっと何かあるとか。」
「今捜査中なので詳しくは言えません。」
「お決まりですね。」
死亡している事実はわかっているのだから、まさに何かプラスの捜査事項があるのです。
「捜査の方向性がわからない限り、私のクライアントは連邦憲法修正5条(5th Amendment to the US Constitution)の権利を主張します。」
「黙秘ですか。」
「麻薬がらみだということを耳にしました。それに連邦捜査局が出てきているんだし。」
「…。」 
ちょっとしたため息をつきながらマックブライド捜査官は、
「それではあなたが同席しているところでシンジに質問できますか。」
「それはやぶさかでない。」
「では、できれば早急に…。」
「早急にって、いつですか。」
「今すぐです。」
相手のペースが、私のスケジュールのことを念頭に置いてくれてないなと思いつつ、私は、千穂さんに合図してスケジュールをチェックしてもらいました。緊急の用事はないので今から真治君の家に向かうことを捜査官に告げ、事務所を飛び出ました。
もう、5月も終わりです。サンフランシスコには梅雨というコンセプトはないので、昨日に引き続きからっとした天気です。何も考え事がない時の青空はなんともいえずすがすがしいものですが、今日のように考え事をしている状態ではずっしり重たく感じます。私が愛用している、10年間風雨にさらされて白いペンキが光沢を失った四角いボルボは、のそのそ真治君の家に向かって加速していきます。
何気なく、いつも聞いているラジオの88.5FMのニュースに耳を傾けると、女性キャスターが、昨日の事故は間違いなく爆発物によるものだと淡々と言葉を並べていました。ヴォリュームのダイアルを右に回しキャスターの声を車いっぱいにすると、声は死者は12名、負傷者は60名以上にのぼることを述べ、さらに大量のヘロインが爆破現場で検出されたことを報じていました。結論はまだ出ていないが、どうも麻薬の密輸やマフィアに関係があるだろうと推測していました。死亡した人の名簿の中に福本氏がはいっていました。捜査は続行しているということでニュースは終わりました。ダイエット食品のコマーシャルにかわったので、私はラジオを切りながら、軽く舌打ちをしました。父親の死、それに麻薬の捜査。あのか細い真治君が正直言って心配になってきました。昨日会った彼は非常に無口で、一言で言ってしまえば「世間知らずのおぼっちゃま」という感じです。アメリカの刑事システムは、悪く言えば非常に雑なところがありますから、果たして彼はうまく乗りきれるのか…。依頼人を選択するのも弁護士にとっては非常に大切なことです。まあ、なるようになっていくでしょう。
 
方向音痴のわたしもサンフランシスコ市内であればそれほどガソリンを無駄遣いせずに目的地を検索できます。3時半には真治君の家を発見することができました。シークリフは、一般にいう「成功した人」や「えらい人」が住んでいる高級住宅地で、小さい家でも一億円では買えません。飛行機の席ごときでぶーぶー言っている私にはまったく縁のない地域です。福本家も緑に囲まれたスパニッシュ風の大きな家でした。白い壁に、レンガがふんだんに使われ、鉄柵には蔦なんぞが絡まっています。ガレージも車が3台入るスペースがあるようですが、今はガレージの前にFBIのものと思われる汚い黒塗りの大きなフォード・クラウン・ヴィクトリアが二台、無造作に停められてふさがっています。アメリカのフルサイズ・カーは本当に畳が走っているように大きい。私は自分の車を路上駐車して足早に入り口の大きな鉄柵のゲートに向かいます。入り口付近にロダンの考える人のようにあごに手をもっていきつつ腕を組んでいる白人が二人、玄関のドアが開いたところに扉が閉らないように靴で押さえているヒスパニック系のひげを生やした捜査官が一人、目に入りました。全員ダーク・スーツ姿ですが、腰のところが不自然に膨れているところをみると銃と手錠ですかね。私を認めた白人の捜査官のひとりは、マックブライドと名乗り、近づいてきました。私は紳士的に握手をして、真治君の居場所を尋ねました。その私より背の低い警官はあごと目線で家の中を指しました。まず、真治君と二人だけで話がしたいことを告げ、ヒスパニック系の捜査官を押しのけるように家の中に入りました。ドアは閉めました。アメリカの家は結構薄暗いことが多いのですが、この家も多分にもれませんでした。また非常に広く開放的なリヴィングがありますが、電気がついていないためか、大きな革のソファにすわっている真治君がえらく小さく見えました。震えています。相当に広い家で、貧乏性の私はちょっと落ち着きません。
「真治君、僕だよ。大丈夫かい。」
真治君は私を認めると、少しほっとした様子で、こっくりうなずきました。
「何か、聞かれたりしたかい。」
「名前を聞かれました…。それからほかに誰か住んでいるかどうかも聞かれました。それで怖くなって先生に電話したんです。」
怖くて唇が乾いているのか、スムーズに話せない様子です。
「それ以外のことは話してないね。」
「はい。」
「ちょっと、待っててね。」
私は、家の外に立っている捜査官に近寄り、名刺を渡しました。捜査官は名刺の代わりにバッジを提示しました。やはりFBIです。ちなみにFBIのバッジというのは、二つ折になっている革のケースの内側の一方に金属でできたバッジがついていて、もう一方には淡い青や緑で大きくFBIと書かれています。テレビに出てくる刑事コロンボのとはちょっと違いますね。
「彼に何を聞きたいんですか。どういう背景があるのですか。」
30代のヒスパニック系のトニーという捜査官が私に対して挑戦的に口を開こうとして、マックブライドが制しました。もうひとりのダグラス捜査官は、マックブライドの背後で鋭い目をして傍観しています。マックブライドが一歩前に出て
「弁護士さん、さっきも電話で言ったとおり、今は捜査段階です。詳しくは話せないんです。」
と言いました。
「真治君の父親に何か関係があるとか。あの爆発ですかね。」
ちらっと捜査官らの表情が曇りました。しかし、彼らもプロです。間髪を入れずに、
「なんらかの関係を否定しているわけではありませんが、シンジは重要な証人です。現在のところ。」
「まずは、私自身が真治君に知っている範囲の事情を教えてもらわねばなりません。麻薬関係のことですよね。」
「そうです。シンジの証言に非常に興味あるのです。」
「今、彼は気が動転していますから、また日時を改めましょう。」
私は断定的に言いました。
「今、というわけにはいきませんかね。」 
捜査官のものの言い方が少々、威圧的になってきました。緊張がはしります。ほかの捜査員の目も厳しくなります。
「お断りします。その名刺にある私の電話番号に、明日にでもお電話ください。お互いに空いている時間を設定しましょう。」
また、トニーが乗り出して挑戦的に言います。
「われわれは今がいいと言っただろ、令状を取って…、」
それを制したマックブライド捜査官は、形式的な礼を述べ、あとの二人を従えて黙って車に戻っていきました。ガレージの前から遠ざかる車を確認して、私は暗い家の中に入り、重たいドアを閉めました。
無言のまま真治君の座っている大きなソファに近づき、真治君のそばに腰を下ろしました。しばしの沈黙。下を向いて震えていた真治君は、私の顔をすがるように見たかと思うと、
「これから僕はどうすればいいんでしょうか。本当にどうすれば…。」
私は彼の目をじっと見ながら、
「僕も今のところどうしていいかわからない。まずは君のことを教えてくれないかな。その前に何か飲もうか。」
「それじゃ、僕が何か…。」
「いいって。よいしょ、冷蔵庫はあっちだね。」
立ちあがった私は、大理石が敷き詰めてあるキッチンの奥にある巨大な冷蔵庫を開けました。そこにオレンジのサニーデライトの大瓶を発見したので、2つのグラスとともにソファに戻りました。二人で一気にごくごく飲んで、一息ついてから、私はまず真治君の父親のことを聞きました。
私の無知だったのですが、真治君のお父さんは世界的に有名な建築家であったこと、最近ではサンフランシスコ市のトレードセンターの設計を任されたこと、サンフランシスコが好きで二年前にこの家を購入したことなどを話してくれました。また、真治君のお母さんは二年前に病気で亡くなったこと、その死をきっかけに日本からサンフランシスコに移住してきたことがわかりました。
「あの、ダウンタウンのトレードセンターを手がけていたんだ、君のお父さんは。」
「そうです。」
「すごいね。もうすぐ完成するらしいけど、かっこいいデザインだよね。」
「父もすごく完成を楽しみにしていたんです。」
「残念だったね。」
私はちょっと真治君のお父さんに会えないことを自分で残念に思いました。日本人で世界的に活躍する建築家、きっと魅力的な人だったのでしょうね。トピックを変えました。
「それじゃ、君は今、学校に行っているんだ。」
「はい、市内のユニバーシティー高校にいっています。」
「あ、あの私立の。いい学校らいしいね。」
「でも、今日は休んでいます。」
「まあ、お父さんに不幸があったのだからしょうがないよ。昨日はどうしてたの?」
やっと、ジュースが胃に落ちついたようで、震えも止まった真治君は、うつむきながら言いました。
「学校から帰ってきたんですが、家にお父さんが荷物を置きに来た気配がなかったので、あちこちに電話をして聞いたんです。ハイヤー会社に電話して、やっと事情がわかって…。」
「それで、ジムと会ったんだね。」
「はい」と言いながら、真治君はぼろぼろ泣き出しました。唇を噛んでいます。
ため息をつきながら、私は真治君を勇気づけようとしましたが、まったくだめでした。見まわして、手元にあったティッシュを真治君に渡しました。
「お父さんがこんなことになっちゃって、僕、どうすればいいんでしょう。独りぼっちで。」
「…。」 
このまま、二人で感情ジェットコースターに乗ってしまうのはまずいので、事件のことを聞くことにしました。本題です。
「真治君、さっき警官が話していたんだけど、何か麻薬のことを知っているかい?お父さんが何かに巻き込まれていたとか。」
「そんなことは絶対ありません。お父さんが、そんな麻薬に手を出すようなことは、ううう。」
相当取り乱した様子ですが、真治君は何も知らない様子です。もうちょっと事情を聞きたいと思っても、彼の感情が収まるまで待つしかありませんでした。再度沈黙。時計を見るともう7時ごろですが、まだ日は高く、広い庭がくっきり見えます。
「真治君、何もないんだったらそれでもいいんだ。だけど、僕の仕事は弁護士だからね。君がすべてを言ってくれない限り、ベストの弁護はできないからね。落ちついて、なんでもいいから思い出して教えてくれ。」
「はい、できるだけ思い出してみます。」 
突然、静寂を破るようにけたたましい電話の音が大きな家中に響きました。真治君が動く様子もないので、私が音の発信源を見つけ、受話器を取りました。大きな家では電話を探すのも一苦労です。
「はい。」
「サンフランシスコ・クロニクル紙ですが福本さんのお宅ですね。ちょっとどなたか、空港の爆発に関することでコメント願えないですかね。」
「お断りします」と言いながら、私は受話器を置いてしまいました。間髪おかずにまた電話が鳴り、違う新聞社の記者らしき人が電話に出ましたが、言っている内容は同じです。うんざりしながら壊れたレコードのように「ノーコメント」を繰り返しながら、またもや受話器を電話本体に戻します。
真治君は内容がなんとなくわかるようで、あからさまに怯えていました。
「真治君、今のところ、本当にお父さんが何か麻薬にかかわっていたことは知らないね。」
「し、知りません。本当です。」
「わかった、とにかく僕がいないときには、誰にも何もしゃべっちゃいけないよ。」
「はい、でもどうなっちゃうんでしょう。」 
「どうなるかはわからない。でも、弁護士は依頼人を信じるしかない。」
「先生、本当に信じてください。」
「わかった。真治君を信じるから、君も協力してくれよ。」
そう言っている間も電話は鳴りつづけていますが、その電話の音にシンクロするように玄関のブザーが鳴りました。私が玄関に近づいたとき、今度は玄関のドアをどんどん叩きながらの、
「FBIだ、ドアを開けろ。」
という声が聞こえ、私がドアノブをひねると同時に、10人以上の男が私を押しのけるように、家に入って来ました。私の前にはさっき握手したマックブライド捜査官が立っています。彼は
「これはこれは弁護士先生、まだいらっしゃったのですか。」
と慇懃に言います。
「どういうことですか、ワラント(令状)は持っているんですか。」
「もちろんです。サンフランシスコ連邦地裁のカー判事のサイン入りでね。」
マックブライドはそう言いながら、サーチ・ワラント(捜索令状)を胸ポケットから出し、片手で私の目の高さに持ち上げて見せました。引っ手繰る様にして目を通すと有効な令状に違いありません。1時間前に発行されたのですから、充分準備をしてから連邦地裁に行ったのでしょう。プロバブル・コーズ(Probable Cause被疑事実)の欄には麻薬取引関連とあり、目的欄には麻薬の押収と記載されています。
その場で、私はパニックするよりも、なぜあの冷静なカー判事を説得するだけの被疑事実が見つかったのかを考えました。令状が発行されるのは裁判官が必要と認めた場合に限られますから、令状が発行されている以上何らかの物的証拠か、証人の証言があったはずです。私の
「ブツが出たんですか。」
という問いに、
「爆発したのは、福本さんの荷物なんですよ。」
とマックブライドは事務的に言い放ちました。
「え、空港での爆発の原因は福本氏の荷物だったのですか?」
「残念ながらそのようですね。」
そのとき、真治君の悲鳴が私の背後で聞こえました。振り向くと、真治君は二人の捜査官に床に押さえつけられ、フリスク(身体検査)をされていました。
「乱暴するな」と駆け寄った私に、
「弁護士さん、捜索現場にいる人物はフリスクの対象になるのをご存知でしょ。」
とさっきもいたヒスパニック系の捜査官、トニーがつぶやくように言いました。
「危険性も認められないのに自由を奪うような形でのフリスクは許されていない。真治君を離せ。」 
断定的に言った私に敏感に反応して、捜査官は手を緩めました。自由を取り戻した真治君はばねのように飛び起き、私の背後に隠れました。舌打ちをしたトニーはその場にいた自分の部下らしき二人の捜査官に他の命令を飛ばしました。その二人はトニーの命令に忠実に私の視界から消えていきました。
「それでは、紳士的にフリスクさせてください。」
とひとりになったトニーは私の背後に手を伸ばし、真治君にフリスクを始めました。真治君は権力の圧力を感じながら黙って耐えていました。
「あなたの態度は、捜査官としてちょっと問題がありますね。」
「捜査は捜査です。」
「弁護士の見ている前で、ああいうことをするとそちらに都合がいい証拠が見つかっても、裁判で違法収集証拠にされちゃいますよ。連邦憲法修正4条をご存知でしょ。警察学校で習っているはずだ。」
トニーはマックブライド捜査官にたしなめられたこともあって、早々にフリスクを終え、私の前から姿を消しました。結局、真治君からは何も違法なものは発見できませんでした。
捜査官としゃべってもこういう状況では意味がないので、捜索が終わるのを待ちました。真治君は不安を少しでも和らげるかのように私に寄り添っていました。私のそばに立っているマックブライド捜査官も無言です。どれほど時間が経ったでしょう、黙々と目的なく家中を散らかしていた捜査官のひとりが
「ガット・イット(あったぜ)」
と低くうなりました。他の捜査官も叫びました。
条件反射のように小走りにその声に近づくマックブライドの後を追って、私も真治君を連れてついていきました。ガレージに赤いシボレー・コルベットが停めてあります。その脇にある作業台の棚の回りを何人もの捜査官が屈み腰になって取り囲んでいます。
ほとんど捜査官の全員が満員電車のように福本家のガレージに集まっていました。ぱちぱち光っているカメラのフラッシュがまぶしい。キャンプ用の青いアイスクーラーの蓋があけられ、中には小麦粉をちょっと黄色くしたような粉末の入った透明なビニール袋が5つほど並んでいました。ポケットの中から簡易の化学調査薬を取り出したひとりの捜査官がビニール袋を開け、中の粉末を調査の液体と化合させると液体が赤くなりました。その液体を右手に持った捜査官は、左手の親指を上に突き出しました。
 「間違いありません。」
FBIと黄色い文字で背中に入ったジャンパーを着たほかの捜査員が屈み腰で袋を検査していましたが、全員立ちあがりました。マックブライドと目を合わせうなずくと同時に、捜査員が私のうしろに立っていた、か細く痩せた真治君の手を後ろに回してミランダ・ワーニング(逮捕時に被疑者の権利を告知する文章)を唱え始めました。
「被疑者には黙秘権が与えられる。」
「その黙秘権を知りつつ発言した場合には法廷で使われることもある」
「弁護士に委任する権利があり、充分な弁護士費用がない場合には公選弁護人がつくことになる…。」
私はミランダ・ワーニングをじっくり聞いていましたが、さすがにFBI、ミスはありませんでした。私はミランダワーニングが終わるのを待って、
「ちょっと待ちなさい。現行犯逮捕ではないではないですか。彼には関係がない。」
と指揮権をふるっているマックブライドに言いました。
「現行犯逮捕でない?立派に麻薬を所持しているじゃないか。」
「少なくとも彼が所持していたとは立証されないだろ。」
「それは、裁判で争ってください。弁護士さん。れっきとした麻薬がでてきたんだから。」
もう、声も出ない真治君はぼろぼろ頬に涙の線をつくり、私の目を見ていました。私は
「未成年なんですから、後で私が連れて出頭させます。」
と言いましたが、
「それはだめだ。」
とマックブライドは断定的に決めました。
麻薬の証拠、それに空港での物的証拠、逮捕には充分過ぎる材料です。私は先のことを考えました。
「絶対、何もしゃべってはいけない。すぐに君に会いに行くから。」
「何も持たせてもらえないのですか…。学校もどうしよう。父親のことは…。」
「とにかく今は君の嫌疑を晴らすことが先決だよ。とにかくすぐに行くから。」
真治君と私の日本語での会話を訝っていたマックブライドは、会話が途切れたところで真治君を建物の外に停めてあった先ほどの黒塗りのフォードの後部座席に押し込みました。
他の捜査員も探していた麻薬がでてきたこと、それに望んでいた逮捕ができたことで捜査に一区切りをつけ、ぞろぞろと家の外に出て行きました。ただし、福本氏の寝室や書斎にあった大量の書類はしっかり押収していました。すべての捜査官が家の外に出たところで、私も外に出ました。車の後部座席に座らされた真治君がすごくやつれ、小さく小さくなっていくのが見えました。振り向いて私を見ています。サンフランシスコの夜はとっぷり暮れて、私が勝手に家の鍵を探し、見つかったところで施錠して外に出たころには、闇が街を包み込んでいました。野次馬はいませんでしたが、隣家の窓についたカーテンの隙間から、こちらを伺っている様子がよくわかりました。昼間から置きっぱなしだったボルボに乗り込みイグニッションをかけて、ハンドルに両手をおきながら、私はこれからのことを考えて深いため息をつきました。


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