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​MSLG ブログ

新規H-1B申請送付の注意点

3/29/2019

 
間もなく、4月1日より2020年度新規H-1Bビザ申請の受付が始まります。4月1日は多数の申請書が移民局に到着することが予想され、移民局内部での多少の混乱もありえます。当事務所が加入する移民法弁護士協会では、4月1日到着を避け、2日あるいは3日に到着するようにすれば、その混乱をすこし避けられるのではないかと分析しています。
あと申請書の送付については、到着確認をできる方法で送るのを勧めています。

過去記事「契約の当事者」

3/26/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。

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今回は、契約書に関する基本中の基本について皆さんと考えてみたいと思います。契約はいくつかの要素から成り立っています。たとえば、売買契約の場合、契約の当事者が何を、どの程度の価格で何時までに引き渡し、その代金をいつまでに払うといった要素があります。 このように契約を構成する要素はいくつもあるのですが、その中でも基本中の基本が「誰と誰が契約をするのか」、つまり契約の当事者は誰かという要素です。たとえば、太郎さんが持っている消しゴムを花子さんが買う、という契約の場合には、明らかに太郎さんと花子さんが契約の当事者といえると思いますし、皆さんにも違和感がないと思います。 では、花子さんはマクドナルドでアルバイトをしていて、太郎さんはそのマクドナルドで、バリューミール(日本では「お勧めセット」と呼ばれているかも)を買った場合、太郎さんと花子さんははたして契約の当事者と言えるのでしょうか。皆さんどう思われますか? 太郎さんは自分でバリューミールを買っているのですから、当事者と言えることは間違いなさそうです。 では、花子さんはどうでしょうか? 確かに店でスマイルしながらバリューミールを太郎さんに出しているのは、花子さんでしょうし、会計をしているのも花子さんかもしれません。しかし、花子さんはマクドナルドのその店でバイトをしているだけですから、花子さんは契約の当事者ではなく、マクドナルドと太郎さんが契約の当事者ということになるのです。 なんだ、ちょっと考えればわかるじゃないか、と思われる方もいらっしゃいますが、結構契約を作成したりすると、こんがらがってしまうこともあるんですよ。 特に、契約書に何人も当事者がでてきる場合や、当事者が個人ではなく、会社や団体である場合にはややこしくなるのです。
 
マクドナルドで注文するのも売買契約ですが、生活の中には様々な契約が溢れています。 働いて収入を得るのも契約、交通機関を使っても契約です。ただ、皆さんが「契約書」なるものを作成しないだけで、口頭の契約によって、当事者の信頼関係をもとに、社会が動いていくのです。しかし、ある程度の規模の取引になると、契約は書面によって行われることになります。特に会社間の契約は書面によることがほとんどです。その場合、株式会社Aと株式会社Bで締結されますね。しかし、サインをするのは、その会社の実務を担う、代表取締役などの管理者です。ここまでは一般的な実務ですが、訴訟があって、会社内でたくさんの個人が訴えられたり、管理責任を問われたり、はたまた会社自体にも損害賠償の責任などが生じると、和解契約書などを作るときに相当注意しないと弁護士でもミスがでる場合があります。
 
契約書のレビューの仕事をしていると、日本語の契約書では「甲」「乙」「丙」「丁」などの古い日本語を今でも使用していますが、時々当事者が文章中でこんがらがって、権利関係が不明確になっているものも見かけます。また、アメリカでは雛形などが出回っていますが、そのまま使ってしまうと、She なのにHe になっていたり、会社がheとかsheになっていたり、といった、細かい部分で契約書が不明確になっていたりします。
 
まあ、細かい不整合性であれば、目をつむれますが、契約書で保証をする場合など、ちょっと間違うと保証の効力に関して命取りになる場合もあったりして、「細かい間違い」で済む問題ではなくなります。 弁護士でも非常に気をつけて、チェックをするところですから、皆さんも気軽にサインをする前に少なくとも当事者の名前は契約内容に合致しているか、確認されると良いと思います。 まあ、すごく基本的なポイントかもしれませんが、契約に触れる方々には、注意しておいていただきたい一点です。

【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

3/25/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第9回目です。

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第9章 相手方弁護人(Opposing Counsel)
 
 事務所に帰ると、千穂さんが再度カニングハム弁護士から電話が入ったことを私に告げました。
「しつこい弁護士だね。こっちは刑事事件であたふたなんだから、なんなんだい。」
「わかりません。事務所に帰って来たら電話をくれっていう用件でした。」
「はいはい。あ、千穂さん、悪いんだけどコロナーズオフィスに行って、遺留品をもらってくれないかな。あとデス・サーティフィケート(死亡診断書)も。」
「福本さんの事件ですか。」
「そうなんだ。」
私はメッセージが書かれた小さな紙を5つほど自分の部屋に持っていきました。そのメッセージを読まずに、真治君に関する警察の調書をかばんから取り出して、再度読み始めました。ゆっくり頭の中で考えを巡らします。どうみても、この福本家に麻薬があると電話してきて匿名希望さんは真治君を落とし入れようとしています。また、そもそも、無理やり真治君を逮捕して起訴に持ちこませたFBIのやり方があまりにも強引な気がします。毎日学校に行っている真治君がとても、何百万ドルにもなる麻薬を扱っていたとは思えませんし、FBIだって感ずるところはあるはずです。現に、私が爆破の次の日に真治君の家に行ったとき、真治君が麻薬のことを知っていれば、麻薬をどうにでも処分できていたはずです。FBIにしたって、この調書を見る限り、真治君をPrincipal(首謀者)とは決めて書いていません。あくまでも、Accompliceと書いてあります。アカンプリスとは、麻薬事件の場合、ただ麻薬を運ぶだけだったり主要に関与していない者を指すのです。どんなに罪が重くてもミュル(ろば)と俗に呼ばれる運び屋なのです。そうすると、FBIは必ず他に目星をつけていて、現在麻薬のシンジケートの糸を手繰っている段階なのです。どのような捜査の方向性が持たれているのか、マックブライドに聞きたくて仕方ありませんが、どうせ捜査中ということで教えてはくれないですよね。FBIの調書も、真治君を弁護をする上では好都合ですが、事件を究明するための道具としてはあまりにもお粗末です。
あることを思いつき、私は不敵に笑いました。FBIが、もし麻薬組織について解明しようとして行き詰まっているなら、FBIの捜査の手助けをすれば、逆に真治君を助ける駆け引きに利用できるはずです。しかし、今の段階で他の麻薬関連者が捕まらなければ、真治君は捜査のつじつまを合わせるために人身御供にされかねません。FBIとの駆け引きが重要な要素になるところです。作戦を練り上げ、勝負することにしました。なんとかFBIとの駆け引きに勝たなくてはなりません。
FBIに対する対処法を私なりに考えているときに、私の机の電話が鳴り始めました。集中しているときに鳴ったのでちょっとドキッとしました。
「ジュンペイ・スピーキング。」
「ディス・イズ・カニングハム。」
「こんにちは、どのようなご用件で。」
「先日お話したディスカバリーに関することです。」
「ですから、この間お話した通り、証拠開示の請求をカリフォルニア民事訴訟法2030条以下で出していただければ回答します。」
私は非常にうんざりしたような声をだしました。ため息交じりです。
「事件を早急に進めたくてね。」
「理由は。」
「亡くなったロビンス氏のビジネスに関する書類が足りないため、ロビンス設計事務所がうまく機能していないんだ。」
「それは、ロングフル・デスに関係ないでしょう。」
「それが、大いに関係あるんだな。ミスター・フクモトが持っているんだ、ロビンスの書類を。」
「どこにある書類ですか、家の書類はみんなFBIが持っていっちゃいましたぜ。」
「小山弁護士、あなたの意向はわかりました。こちらも然るべき手を打ちます。」
「どうぞ。」
「近いうちに、お会いできるといいですね、事件を進める上で。」
「それは、別に構わないですよ。」
「今日はもう時間がないな、明日はいかがですか。」
「証拠の開示は法律に則りますから、明日というわけにはいきませんよ。」
「それはわかっています。」
「ぜひ、私に明日の昼食を用意させてください。私の事務所に11時半でどうですか。金曜日ですからリラックスして。」
「O.K.」
電話を切った私は、カニングハムがなぜそこまで私に会いたいのか不可解でした。彼は一体何をしたいのだろうと興味をそそられましたが、果報は寝てまてですよね。
刑事事件の申立てが一息ついたところで、今度は民事事件の方も考えなくてはいけないな、と考えを巡らせはじめました。腕まくりをして、コンピュータのオンラインサーチに目を向けます。ベーツ&マコーミックに関する情報をインターネットで引出します。アメリカでも巨大事務所のひとつに数えられる事務所ですから、多くの情報を手に入れることができました。世界規模で展開するベーツ&マコーミックは弁護士が総勢563人、事務所は海外拠点が13、アメリカでも32都市に事務所を持っています。サンフランシスコでも二番目に大きな事務所です。主に世界規模で展開する国際的な企業の顧問を務めています。業務の範囲もM&Aやアンチトラスト(反ダンピング)から、企業の日々の業務上の問題まで、様々な仕事をしているようです。ビクター・カニングハムはサンフランシスコのパートナーであり、20年以上の法廷弁護の経験があるとの記載があります。主な業務内容は民事訴訟、著書も多数あります。
ここで私は眉をしかめてしまいました。法廷弁護を多く手がけている弁護士はディスカバリー(証拠開示)についても相当な経験があるはずです。いや、ジュリートライアル(陪審裁判)やベンチトライアル(裁判官による裁判)よりも、ディスカバリーを多くこなしているはずです。アメリカの裁判では陪審員が使われていますから、裁判が法廷に持ち込まれて、よくテレビや映画になるようなシーンが毎日のように行われているように思われていますが、それは間違いです。訴訟の多くの部分はディスカバリーに割かれます。ディスカバリーがほとんどの事件でカギを握るのです。そのことを熟知しているはずのカニングハムが、なぜそこまでして福本氏側の証拠開示を不合理にも短期間で迫るのか。内容はともあれ、カニングハムの行動を惹起させている動機というものに心が引かれました。一体、亡くなったロビンスとどのような関係があったのか、福本氏とどのような関係があったのか。多分、巨大な法律事務所がらみなのでお金が絡んでいるであろうということは見当がつきますが、具体的な手がかりはありません。考えを巡らせているのは時間の無駄、というように電話が鳴りました。
「ジュンペイ・スピーキング」
「先生、たいへんです…。」
私のクライアントの日本人夫婦で、レストランを経営している夫が倒れて、切り盛りで忙しい奥さんからの電話でした。頭を真治君の事件だけには割いていられないのです。弁護士の仕事は常にマルチ・タスクです。
「どうしました?」
「主人が、もう助かりそうもありません。」
「今どこですか?」
「カリフォルニア・パシフィック病院です。」
「すぐに行きますね。それじゃ…。」
病院から戻ってきたときにはもう午後の3時を回っていました。まだお昼ご飯もたべていません。事務所に帰ってきてからは電話にも出ず、真治君の事件に関してのモーション(Motion:裁判上の申立て)作成に時間を費やしました。法廷弁護人の主な業務の中には、特にアメリカのように判例を重視する国において、法律や判例のリサーチをすることが多くなります。過去にあった事件と今のシチュエーションを比べたり、特別法がないか、裁判官のコメントがないか、入念に調べ上げます。ロースクールの地獄のような3年間はその訓練と勘を養うのです。モーションを書くについても丹念なリサーチが必要となり、相当な時間がなくては良いものができないのです。時間との勝負というのも弁護士の業務なのです。
夜になって、申立書が完成しました。モーション・ツー・ディスミス(起訴取下げの申立て)です。そして、FBIに対するスピーナ(証拠開示請求書)も作成しました。本格的な法廷戦の幕開けです。翌日、検察庁とFBIのサンフランシスコ支局それぞれに送達することを千穂さんに書き残して、事務所を出ました。モーションに対するヒアリング(審理)は法律で最低10日間の猶予を相手に与えなくてはいけないことになっています。今日作成して明日というわけにはいきません。明日から早くても10日後になってしまうのです。日時指定をぎりぎり早くに設定するメモを残すのも忘れませんでした。相手方に猶予の期間が不足しているという異議を申し立てられないように念をいれて再来週の水曜日に設定をしてもらうように書き留めました。申立ての期日は申立代理人が設定できるのです。
家にたどり着いたときにはもう11時になっていました。居間に入ると真治君がもう慣れてきた私のソファで本を広げて読んでいました。
「ただいま。勉強かい?」
「あ、おかえりなさい。昨日先生と話していたこの本、ギデオンのトランペット、すごく面白いですよ。」
「へー、感心だね。夜も遅いのに。テレビの方がよっぽど面白いと思ったけど。」
「ははは、そんなことないですよ。」
私は、私の首をしめようと必死になっているネクタイを解き、Tシャツ姿になりました。ビールを冷蔵庫から持ってきて真治君の近くに座りました。
「もう、読み終わりそうじゃない。」
「そうなんです。最後まで読まないと、眠れそうもないな。」
「おもしろいだろ。」
「法律ってすごいですね。こうやって人を助けることができるんだから。」
「そうだね。世の中には金儲けばかり考えていたり、金を多く持っている方に味方するという弁護士もたくさんいるけどね。やはり、社会やみんなのためを思っている弁護士もたくさんいるんだ。」
私の頭にカニングハムの事務所のことが浮かんできます。資本主義のもとでは、お金を得るためにはとにかく大きな組織にならなくてはいけないのです。大きなクライアントを得るためには、無料の法律相談を月に何百時間もしたり、あの手この手のセールス合戦を繰り広げなければならないのです。
「でも、法律って、勉強するの難しいんでしょ。」
「うーん、どうかな。難しいか難しくないかっていう観点よりも、世の中の仕組みを理解するための手段って感じかな。」
「こないだ弁護士になるのって大変って言ってたけど、どうして弁護士になろうと思ったんですか。」
「うーんそうだなー、アメリカっていう国は人種や考え方も様々だよね。もうめちゃくちゃ。わがままというか、自分のことしか考えていないっていうか。僕はこの国に住んでいて人の生きていく方向性を単一的には捉えられないことがよくわかったんだ。」
「そうですよね。」
「それでね、こんなにばらばらな国でも他の国と変わらず、貧しい人や困っている人っていうのはいるわけで、その人たちを守れるのは法律しかないんだな、って思ったんだ。法律というのはある一定のところで線を引くものだからね。なんとなく、ばらばらな人たちでも、生きていくため、そして生活を守るためにぎりぎりの線というものがあり、それを守ってあげられるのが弁護士しかいないんだね。それで、弁護士になって自分よりも困っている人、自分よりも悲しみを感じている人を助けてあげようと思ったんだ。」
「ふーん。」       
真治君は何かを考えている様子でした。
「今まで、弁護士っていうか、法律に関わる人に会ったことがないからよくわからなかったけど、自分でこういう立場になって、やっと弁護士ってどういう職業なのかわかってきました。」
「そうなんだ。何事も経験だよね。ギデオンの場合、牢屋に入れられて、相当ひどい待遇に遭っていたんだね。たぶん暴力を振るわれたり、いやがらせをされたり。囚人と言う立場だから力関係では本当に弱者だよね。ギデオン自身教育もなかったから、基本的に何もすることができなかった。ギデオンは牢屋の中で起こっている暴力や嫌ががらせについて一所懸命メモを書いて最高裁判所に訴えたんだ。勇気があったんだね。それで、しばらくして最高裁判所がギデオンの事件を取り上げたんだ。そのことがきっかけとなって全米中の刑務所で囚人の待遇が改善された…。あ、あんまり話しを言っちゃうと本が面白くなくなるね。」
「大丈夫です。もう終わりの方ですから。」
「アメリカでは、弁護士が多い多いって言われているけど、世の中には人権を踏みにじられている人がたくさんいる。社会を改善していくために弁護士が必要だとすれば、まだまだ足りないくらいなんだ。日本では、弁護士の絶対数が少なくて特権階級のように思われているけど、そのような位置付けの人たちが本当に弱い人たちを助けていけるかと言うと力的に不足しているんだよね。これからは変わるだろうけど。」
「先生、ほかになんか読む本ないですかね。」
「法律関係でか。いやに熱心だね。」
「弁護士っていう仕事にすごく興味が沸いてきました。」
「ははは、それは頼もしいや。まあ、明日は金曜日だから、週末はゆっくりしよう。まだ、真治君とは二人でゆっくりしたことないもんな。」
「はい、それじゃ勉強しています。」 真治君は私の書斎、いや彼のベットルームに帰っていきました。
残飯処理係と化した私は、冷蔵庫で目に付く食べ物を口にしながら冷えたビールで喉を洗っていました。明日の昼ご飯はさぞおいしいものをカニングハムにごちそうしてもらえるでしょう。
 
金曜日の朝も相変わらずの晴れでした。真治君は早起きして学校に向かいました。私は早朝の出廷もなくちょっとのんびり気分で、ピーツ・コーヒーに向かいました。スーツは着ていません。アメリカでは金曜日をカジュアル・デーと冠して、スーツを着ずに私服で出勤することが当たり前になりつつあります。私もデニムパンツに洗いざらしの襟付きシャツをつけて車に乗りこみます。コーヒーと、奮発してチョコレート・クロワッサンを買い事務所に向かいます。ひっきりなしの電話の応対や書面の作成をしているとあっという間にカニングハムとのアポの時間が近づきました。
「千穂さん、昼ご飯は例のカニングハムとすることになったから行ってくるよ。」
「あ、あのしつこい電話の人ですか。」 
ちょっと千穂さんは眉をしかめていました。
「そうですか。了解しました。お気をつけて。」
「はい。」
私はエレベータに乗りこみ、金曜日と言うこともあってリラックスした雰囲気のビルを出て、カニングハムのいるビルに徒歩で向かいました。高層ビルの間から青空がのぞいています。
サンフランシスコのダウンタウンは、他のアメリカの都市と変わらず道が桝目状にまっすぐ通っています。ですから、目的地に向かうのにどの道とどの道が交差しているのか聞くだけでおおよその位置が把握できます。カニングハムの事務所は私の事務所からそう遠くないところにあります。
道では、週末の予定を話し合うカップルや仕事の合間に立ち話をする人たちにたくさん出会います。道端のお花屋さんでは、グラマラスな花が太陽に顔を向けています。カニングハムの事務所は海のそばに4つの大きなドミノのように立っているエンバカデロビルのナンバー1にありました。エレベータに乗りこみ35階を示すボタンを押します。私の事務所があるおんぼろビルとはぜんぜん違います。すべてが現代的に金属で光り、エレベータの乗り心地もカプセルに入っているようです。35階にはあっという間に着きました。エレベータを降りると、目の前には大きく「ベーツ&マコーミック」と金色で彫られた文字が見えます。そのうしろにはレセプションのきれいなお姉さんが座っていて、そのまたうしろにはアルカトラズ島を含めてサンフランシスコ湾が一望できるガラス張りのコンフェレンス・ルームがあります。この景色に心を打たれてお金を落としていくクライアントも少なくないのでしょうね。
きょろきょろしてばかりいると警備員を呼ばれかねないので、そそくさとレセプションに近づき、自分の名前を名乗りカニングハムに会いたいことを告げました。
「ヒー・ウィル・ビー・ライト・ウィズ・ユー(すぐに彼は来ます)。」
雑誌から飛び出してきたような白い歯を見せて彼女はにっこりしました。
「ありがとう。」
私は、目にした革のソファに腰掛け、置いてあった雑誌に目を通しました。私は11時半ジャストに来たのですが、カニングハムは11分ほど私を待たせました。音もなく出てきたカニングハムは私の握手を求めました。
「ファイナリー・アイ・ゴット・ホールド・オブ・ユー(やっとあなたを捕まえることができました)。」といって私の肩をたたきました。
「ユー・ガット・ミー(捕まれられました)。」
私はカニングハムの目を見て笑いながら手を握り返しました。私よりもちょっと背が低い男で、目は真っ青です。頭はダークブロンドで、7・3に分けています。顔はどちらかと言うと四角い感じがしますが、鼻は高くちょっと赤くなっています。卒がないダークグレーのスーツを着て、光沢のあるえんじのネクタイを締めていました。スーツは非常に高価そうな生地です。どうせ私のスーツが10着分買えてしまうくらいの金額なのでしょうね。
耳まで届きそうな笑いを浮かべながらカニングハムは私を会議室に招きました。会議室は全部で10室ほどあるらしく、私が通された部屋は、更に海に近い角部屋でした。
カニングハムは私を海に向かって座らせ、自分は向かい側に腰をおろしました。一息つくと、カニングハムが切り出しました。
「小山弁護士、事件よりも何よりもびっくりしました。」
会議室にカニングハムの低い声が響く。
「は、なんでしょう。」
「あなたは三谷弁護士と働かれている。」
「聞きました。あなたも以前はPD(パブリック・ディフェンダー)だったって。」
「あの頃は、楽しかったです。がむしゃらでした。」
「PDの事務所は体力勝負ですからね。」
「三谷弁護士はおとなしいですけど、すごく頭が切れる人です。」
「…。学生時代からの友人だとか。」
「一緒に勉強会をしたものです。司法試験も一緒に勉強しました。」
「それにしても、こうも人生が違ってくるなんて…。」
わたしはきょろきょろ部屋を眺めました。テーブルから何から何まで高そうなことがわかります。壁には青い空によく映えるピンク色の大理石が施されています。私は、クライアントはこの会議室で会議をしていて、こういう壁やテーブルにお金を払っていることを知っているのかなと考え、もし知っているとすれば物好きだなと思ってしまいました。まあ、なんでもよいですが同じ法律の勉強をして、同じ試験を受けて、弁護士になってここまで違うのかと感心してしまいました。私の考えに気づいたのかどうか、カニングハムは仕事に話を向けました。
「ジャック・ロビンス氏の奥さんは非常に悲しんでおられる。」
「お察します。」
「これからの生活を考えなくてはならない。」
「そのためにこの裁判を提起されたのでしょ。」
「小山弁護士、あなたも私も納得できる和解に至るためには少なくとも、偽りのない情報開示が必要だ。」
「カリフォルニアの民事訴訟法でそう規定されていますよね。だから私は法律に則る証拠開示には同意しています。今から、そちらで証拠開示請求をすれば、20日後にはあなたのお手元に必要書類を届けますよ。」
「そうだな、まずその事務を済ませてしまおう。」
カニングハムはファイルの中から、書類の束を選び、私に投げるように渡しました。題目は「書類開示の請求(Request for Production of Documents)」。ぺらぺらと中を見ながら、ずるいやつだな、と思いました。私がカニングハムに言ったように、書類の開示請求は請求があった日から20日以内に書類を提出しなくてはなりません。これは法律で決まっています。ところが、郵便で請求を送ると20日間に加えて、法律上5日間猶予が相手方に与えられてしまいます。ですから、直接手渡せばこの5日間を節約できるのです。昼飯ごときで相手を呼び出しておいて手渡しするのはずるいですよね。私は顔色ひとつ変えずに、
「確かに受け取りました」と事務的に答えました。いくらでも防御策はあります。
「ところで、どのような書類や情報をお探しですか。」 
私は切り出しました。
「電話でも言ったと思うが、ロビンス設計事務所はあまり今、機能していない。大事なデータが見つからないのだ。」
あっ、と思いました。コンピュータのデータのことを言っているのでしょうか。
「大事なデータが入ったコンピュータかなにかあるのですか?」
「それもあるが、手帳なども見当たらない。」
ということは、相手方はロビンス氏の持っていたコンピュータは回収しているのでしょうか。そのデータが見たい。私は押すように言いました。
「カニングハムさん、ロビンス氏が持っていたコンピュータというものがあるのでしょうか。」
「ははは、そのデータが見たいのですか、小山弁護士?」
一瞬、わきの下に汗を感じました。
「なにかの役に立つかもしれませんしね。」
私はなるたけ平然といいました。
「それはできません。あくまでもこちらの証拠開示請求と同時履行で行こうじゃありませんか。」
「もっともですな。」
カニングハムは身を乗り出して付け加えました。
「小山弁護士、私はロビンス、福本両氏がどのような行動をとっていたために、爆発に巻き込まれたのか、確かめたいのです。」
その答えはもっともです。
「具体的にはどのようなものをお考えですか?」
「…。それはあなたからの開示を待って考えていきたいと思います。」
確かに、この答えももっともです。私が何を開示するのかを見極めたいのでしょう。今からカニングハムがヒントをくれるわけないですからね。まあ、開示に関してはカニングハムとやりあうことになるでしょう。
「ところで、お腹空きましたね。カニングハム弁護士と昼食を一緒にできるということで楽しみにしていたんですよ。」
「これはこれは、それでは行きましょうか。」
先に立ったカニングハムは、私を促し、事務所の長い廊下を歩き始めました。さっきカニングハムから受け取った書類開示請求は、折ってデニムパンツのポケットに突っ込みました。それを見てかすかにカニングハムは顔をしかめたようです。私は気にせず、大理石やら桜の木の板でちゃらちゃらした事務所を早足で歩き、カニングハムとエレベータに乗りこみました。ビルを出たわれわれは、しばし無言で歩きました。
ちょっと歩いたところに、カニングハムが招待してくれたレストランがありました。建物の1階で、ちょっと落ちついた雰囲気の店です。彼は私を促して、店に入りました。ちょっと暗い照明にマホガニーの壁がしっくりきています。カニングハムを見とめた給仕は、笑いを顔いっぱいに浮かべ、外の景色が見えるブースにわれわれを座らせました。
「ここはコブ・サラダが有名なんだよ。」
「へー」と言いつつ店内を眺めてみます。午前中の仕事を終わらせた様々な団体が、声をあげながらフォークとナイフを動かしています。12時ちょっと前だったので、まだ満席ではありません。おや、と思ったのが、私の斜め前の席で昼食を待っている三人組の男なのですが、この暗い店内でサングラスを外していないんですね。カニングハムにそのことを言うと、そちらを見向きもせずに、うなずきながらメニューを上から下まで眺めていました。
「決まったかね。」
「コブ・サラダにしてみます。」
「そんなに大きな体で、それだけでいいのかね。」
「充分です、はは。」
料理を待っている間、カニングハムは三谷先生との思い出を語り始めました。それでも、あたりさわりのないことばかりを言っています。私は突っ込みました。
「どうして、PDを辞められて、ベーツ&マコーミックに移ったのですか。」
「うん、それはね、いろいろあったけど、大きな事務所での仕事もしてみたいと思ってね。」
「でも、大きな事務所では、PDの時のように、人助けとか人権問題とか、あまりできないのではないですか。」
「そうだね、それでも人権団体に寄付や援助はしているんだ。」
「寄付ですか…。」
「ベーツ&マコーミックは多額の寄付をすることで人々の役に立っている。」
「ご自身では、なにかプロ・ボノ(Pro Bono:無給弁護)をされないのですか?」
「私自身はなかなか時間が取れないが、私のアソシエートにはさせている。」
威厳を保とうと思ってか、カニングハムは胸を張って答えました。
サラダが運ばれてきました。アメリカのレストランでの一食は日本での二食、三食に匹敵するでしょうね。すごい量です。それをパクパク食べました。会話はあまり弾まず、料金は取り合いの末、カニングハムが払うこととなり、レストランを後にしました。「またお会いしましょう」とおざなりの挨拶を交わし、私はカニングハムと別れました。カニングハムとの食事はまぁまぁでしたが、歩きながら証拠開示請求をポケットから取り出し、詳細を読みはじめました。私は唇を噛みながら「汚い事するよな、カニングハムさん」とつぶやきました。

法律ノート 第1153回

3/25/2019

 
MSLG 弁護士による法律ノート第1153回がメーリングリストにて配信されました。

新規H-1B申請受付についての移民局の発表

3/20/2019

 
最近、移民局は2020年度新規H-1Bビザの受付を2019年4月1日より開始することを発表しました。特急審査は行われる予定ですが、日程の詳細は後日移民局より案内がある予定です。4月7日までに申請数が年度枠の65,000を超えた場合は抽選になります。

英文契約解説「Fees and Expenses」

3/20/2019

 
訳例:手数料及び費用
 
FeeもExpenseも、一般用語でよく使われる単語であり、幅広く生活に浸透している単語である。入場料などというのも、Feeを使うし、家計のことを話すときにもExpenseはよく出てくる。辞書にもかなりの翻訳の仕方が書いてあり、契約書の翻訳文を見ると様々な訳し方を目にする。
 
米国の契約書では、Attorneys Fees(弁護士報酬)がよく出てくるが、契約書によっては他のFeeもあり得る。専門家証人、会計士、税理専門家、建築家などの人たちが提供する無形のサービスに対する対価もFeeである。勝訴した場合に相手方から回収できるCostsをリストアップしているリフォルニア民事訴訟法1033.5をみると、出願手数料、申立手数料、陪審手数料など多くのものが「Fee」と表現されている。一方、「Expense」の用語は、デポジション(証言録取)への参加費用やトライアル(裁判)の準備のための調査費用に使われている。
 
このように、「Fee」と「Expense」の区別は必ずしもはっきりとしないが、2つまとめて「手数料及び費用」と訳しておけばよいだろう。契約を締結する際は、どのような「手数料及び費用」をどちらが負担するのかにつき、きちんと確認しておく必要がある。

過去記事「約因」

3/19/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。

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今回は皆さんに馴染みがそんなにないであろうコンセプトを考えてみましょう。日本語で訳すと、「約因」英米法では、Considerationと呼ばれるものです。契約書を読んでいると、アメリカでは必ず「In condieration of...」とか、「For the value received」といった記述が契約書に書いてあります。時々、翻訳を見ていると、法律をわかって翻訳していないため、難解になっていることがあり、ぜひ、今回、この約因というコンセプトをわかっていただきたいと思っているのです。私も最初は日本の法律を勉強していたので、この「約因」というコンセプトが出てきたときには、よく悩まされました。 口約束でも書面による約束でも構いませんが、契約というのは、まず二人(会社などでもよい)以上の人がお互いに約束するところから始まります。この約束をする人達を「当事者」と呼んだりします。たとえば、一方の当事者が「この鉛筆を50円で売ろう」、そしてもう一方の当事者が「それなら、その鉛筆を50円で買おう」という約束をすることによって契約は成立します。「売ろう」、「買おう」という意思が合致したときに契約が成立したことなります。ということは、基本的に書面でなくても口約束でも立派な契約になるのですね。日本では、契約をしようと申し出ることを「申込」といい、その申込に対して、「了解しました」ということを「承諾」といいます。日本の民法では契約は、この申込と承諾があって、契約が成立します。一方の当事者が約束を破れば、法的に強制ができるのですね。ところが、アメリカを含め、英米法の下では、この申込と承諾の他に、約因というコンセプトがなければ、契約は成立しません。
 
約因(Consideration)というのは、歴史的なコンセプトの変遷があったものの、現在では契約の当事者がなんらかの「価値を交換する」ということです。つまり、申込と承諾があっただけではなく、何らかの価値をお互いに交換してはじめて契約となるのです。アメリカの法律を学ぶ学生も頭を悩ますところですが、簡単な例を使うと、「鉛筆を50円で売ろう」というのが、申込で、「その鉛筆を50円で買おう」というのが承諾だとすると、この契約では、「当事者同士で50円と鉛筆を交換すること」が、約因となります。英米法ではこの「約因」というのがあってはじめて契約が成立することになりますから、契約書を見ても、必ず、For the value receivedとか、In consideration thereofなどという、当事者同士で交換していることを明確にしている文章が記載されているのです。ですから、翻訳をするときには、必ず契約書を読み、どのようなものが交換の対象になっているのかを考えなくてはいけません。不動産を借りるときには、住む権利と家賃を支払う義務が交換されていますよね。弁護士に仕事を委任するときには弁護士が業務を行うことと、その報酬を支払うことが交換されることになります。
 
日本では、「贈与」というと契約の一形態と位置づけられています。一方の当事者が他方になにかあげることが贈与契約とされていますが、アメリカでは一方がもう一方の当事者にものをあげることは契約とはみなされていません。なぜかといえば、一方がもう一方にものをあげるだけでは、ものを交換していないですよね。交換がなければ対価性がないですから、約因もないとみなされ、契約としては成り立ちません。こういった贈与を契約としたいときによく使われるのが、1ドルを対価として、ものをあげるといった形にすることです。たとえ1ドルでも交換していれば、対価として成り立ちますので、約因とすることができるのです。契約を成り立たせるためによく使われていたテクニックなのです。 以上で約因というコンセプトがある程度おわかりになっていただけたでしょうか。最近の学説では、約因というコンセプト自体が必要ないものではないかという議論も活発に行われています。果たして、対価性が実際に必要なのか、学者にしても意見が分かれるところなのですね。ただ、一般的なレベルでは、現在でも「価値を交換すること」が契約では必要だと認識し、契約書を作るときには必ずこの対価性を反映させることを忘れないでくださいね。

【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

3/18/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第8回目です。

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第8章 刑事第1回公判 (Arraignment)
 
このところ毎日、真治君の事件をやっていたので、他のクライアントに迷惑をかけることになっていました。千穂さんが対応してくれていましたが、やはり、私がいないとどうにもならないことが発生してきます。というわけで、水曜日はクライアント、相手方の保険会社や弁護士、それに裁判所に納得をしてもらうことで、1日使っていました。
日本から帰ってきてから、なかなか思うように執務がはかどりませんでしたが、三谷先生や千穂さんに助けられて、なんとか水面上に頭を出したまま、泳げています。今日の昼ご飯は三谷先生がおごってくれるそうです。
三谷先生と二人でサンフランシスの街を歩くのも久しぶりです。とりとめもない会話をして、中華街のいつも使っているレストランに歩いていきます。上着は事務所に置いて、腕まくりして歩いても風が気持ちよい日です。もう6月に入りました。春が夏に滑り込んでいきます。
「真治君、どうしてる。」
「おかげさまで、元気にしてます。最初に会ったときとは見違えるほどです。」
「なんか、民事事件にもなっているんだって?」
「そうなんですよ、ロングフル・デスの訴訟です。爆発のとき一緒に旅をしていた、ビジネス仲間の遺族なんですけどね。」
「時間的に見て、ちょっと手際がよすぎるね。相手の弁護士は誰だい?」
「ベーツ&マコーミックです。」
「あの、大きな事務所か。」
「ビクター・カニングハムという弁護士が担当です。」
「ビック…。」
「ええ、ビクター・カニングハムです。」
三谷先生はちょっと考えて、にこにこした顔の笑いを消しました。
「先生、カニングハムをご存知なんですか?」
「うん。僕と彼はロースクールを一緒に卒業した後、パブリック・ディフェンダー事務所(公選弁護士事務所)でも一緒に仕事をした。ものすごい切れ者だよ。僕と彼は、大きな事務所からの誘いを断固として断り、貧しい人のために、そうだな、月、当時の手取りで7万円くらいで仕事をしていた。」
「そうなんですか。」
「淳平だって、大きな事務所からの誘いを断って、私の事務所で仕事しているんだから、その弁護士としての情熱はわかってくれるよな。」
自分の熱い過去を思い出したかのように、三谷先生は私の目をみました。
「ええ、わかっています。」
「ところが4年ほどして、彼は突然パブリック・ディフェンダーの事務所を辞めた。」
「理由は?」
「わからないが、われわれの事務所にとっては大きな痛手だった。その後突然、ベーツ&マコーミックに移っていった。それからは話してないなぁ、奴とも。」
「そうだったんですか。」
「私も、10年ほどパブリックディフェンダーの事務所に勤めて、今の自分の事務所を開業したのさ。」
歩きながら、三谷先生は回想を続けていました。
いつもの中華料理屋で、いつもの店員に会って、いつもの昼ご飯を食べて、事務所に戻りました。食事中は、私が真治君の事件で手一杯になっている間、手助けしてもらっている事件のことなどを話し合いました。事務所に戻り、仕事に戻ると、タイミングよく千穂さんが電話を取り次いでくれました。受話器を持ち上げて、
「ジュンペイ・スピーキング」と言うと、
受話器の向こうから、初老のバリトンのような滑らかな声が聞こえました。
「カニングハムだ。」
あのロングフル・デスの相手方弁護士です。
「昨日、フォン・タッグ(電話が行き違いになること)をしてしまってもうしわけない。訴状はいただいています。」
「君がシンジ・フクモトの刑事弁護人だと聞いていたものでね、君に民事の方も請負ってもらおうと思い、そちらの住所に送達した。」
「ご用件は?」
「ディスカバリー(証拠開示手続き)を早急に進めたいと思ってね。」
「カリフォルニアの民事訴訟法に基づいてならいくらでも応じますよ。現時点では、インテロガトリーズ(Interrogatories:質問状)やリクエスト・オブ・プロダクション(Request for Production:書面開示請求)をいただいていませんが。受け取り次第、所定の時間内に証拠開示にお答えしますよ。」
「我々は早急に事件を進めたいと思っている。協力がいただけないなら、裁判所に申立てて証拠開示の進行を早めようと思っている。」
「そこまでして、開示を早める理由はわかりませんがねぇ。言ってみれば死者の訴訟でしょ。こっちも刑事事件で忙しいしね。」
「協力が得られないんだね。」
「民事事件については証拠開示を早めてこちらに特になる理由はないですからね。」
「バイ。」
用件が済むと、さっさと電話を切ってしまい、ちょっと嫌な印象がしました。それよりも、なぜ証拠開示を急ぐのか、首を傾げてしまいました。電話を切ると、コロナーズ・オフィスから、福本氏の遺体を引き取る許可が出た知らせが入りました。すぐに葬儀屋と打ち合わせをして、今週末に葬式をあげてもらうことにします。
明日は朝8時半から真治君の第1回の刑事公判です。予審で真治君が保釈がされたので気分的には楽ですが、私の興味は明日には出てくるFBIの調書です。日がとっぷり暮れて、帰宅途中にサンフランシスコ名物、サワードウのパンをベースにしたツナ・サンドイッチを買いました。今日は尾行はないようです。神経を周囲に払いながら家にたどりつきます。真治君は、自分に起こっていることを忘れるかのように、読書に没頭していました。
「帰ってきたぜい、お腹空いたろう。」
「空きました。」
「僕の大好物のツナサンドを買ってきたよ。」
「わ、おいしそう。」
「さ、食べよう、食べよう。」
今日、学校であったことを真治君に聞きながら、二人向き合ってウォークマンより大きなサンドイッチにかぶりついていました。平和に真治君の1日も過ぎたようなので、ほっとしました。
「このサンドイッチ、『たれ』がいいですね。タルタルソースみたいで。」
「だろ、秘伝なんだって。」
「…、明日は学校に休みの届けを出しておきました。」
「そうか。」
真治君は、あまり苦痛な表情は見せていません。
「刑事事件の1回目の裁判をアレインメントっていうんですよね。」
「え、よく知っているね。」
「学校の図書館でいろいろ本を見てたから。」
「なに、裁判の本を見てたの?」
「自分が巻き込まれているから、自分なりに理解しようと思って。」
確実に真治君は強くなってきました。いや、心の中でがんばっているのです。
「それで、図書室のスティーブおじさんがこの本を貸してくれました。」
差し出された本を見るとギデオンのトランペット(Gideon’s Trumpet)と書いてあります。ギデオンは一囚人でしたが、囚人たちに対するあまりにもひどい待遇に対して黙々と裁判所に請願書(Habeas Corpus)を書きつづけ、ついにはアメリカ最高裁にまで問題を提起して勝ったノンフィクションのお話の主人公です。
「これは、いい本だ。どんなことでも勇気を持てば、人の意見も変わる、そして法律も変わる、それを教えてくれるよ。」
「読み始めたばかりだけど、楽しい。」
「明日は早いから、寝なよね。」
「はい、そうします。」
「あ、そういえば、君のお父さんの遺体をもう引き取って、今週末には最後のお別れになるからね。つらいだろうけど、お葬式には出るんだよ。」
涙が込み上げてきている真治君は、ギデオンのトランペットを抱きしめて、おやすみをつぶやいていました。
 
次の朝は、6時に目が覚めました。真治君の法廷です。なぜかアメリカの法廷弁護士はダークスーツと決まっているので、私も髪がたけのこのようになっているにもかかわらず、ダーク・スーツを身に着けました。スーツはあまり好きではありません。首をしめられるというか。そもそも、アイロンが大変ですからね。たけのこのようになった髪の毛と書類を整えて、準備完了です。真治君も襟付きのシャツを着て、しゃきっとしています。ちょうど1週間前に私がはじめてあったときの華奢な体で震えていた真治君とは見違えるようです。
ポンコツのボルボに乗りこみ、いよいよ出発です。私はいつものところでコーヒーを買いましたが、真治君はいらないと断りました。連邦裁判所の建物は、巨大なさいころに窓が無数についているようなそっけないものです。1階は非常に大きな広場になっており、天井は様々なデコレーションが施されています。昼でも薄暗いため、シャンデリアが煌煌とついています。歩く音もよく響くように設計されているのでしょう。革靴で踏みしめる一歩一歩が所内に響きます。ネクタイを締め直し、守衛さんがいる入り口付近にあるカレンダー(法廷期日)を確認し、第14部に足を運びます。第14部は刑事未成年者に対してのみ審理を行います。
観音開きで、私の背の二倍はあろうかという高い木でできた扉を開けます。歴史を物語るアメリカの裁判所を感じさせます。少年に対する審理のみを扱う刑事法廷ですから傍聴席に人はあまりいません。シェリフ(廷吏)にラインナンバーを告げ、チェックインします。真治君には小声で簡単な打ち合わせをした後、傍聴席に座っているように合図しました。実際に審理されるのは3件のみのようです。事前に、法廷内の裁判官席に向かって右側に座っている検事に名刺を渡しました。バード検事は予審専門の検事ですから、今日はまた違うマラック検事という40代の黒人の男性検事です。裁判所では、予審と本裁判は違う検事や裁判官が担当するのが普通なのです。また令状を発行する裁判官も違うことがほとんどです。真治君の家の捜索令状もカー判事という今回の判事とは違う裁判官が発行してましたよね。
弁護人席に座っていると、シェリフが「オール・ライズ(全員起立)」と響く声を発しました。私も起立して、スーツのボタンをかけながら、裁判官が席に着くのを待ちます。裁判官が「ユー・メイ・ビー・シーテッド(You may be seated:着席ください)」と言い、審理が始まります。裁判官席のすぐ下に、速記官と書記官が座って忙しく動いています。
真治君の事件は3番目に呼ばれました。真治君を指で手招きすると、傍聴席と裁判官や弁護士がいる部分とを分けた柵を越え、真治君が私の横に立ちました。この柵をBARということから、司法試験に受かることがBARを越える(パスする)と呼ばれるようになりました。
裁判官は被告人である真治君に簡単な人定質問をし、私にプレア(罪状認否)を求めました。
「裁判長、ノット・ギルティー(無罪)を主張します。またタイムはウェーブ(迅速な裁判を受ける権利を放棄)しません。」
通常の刑事裁判は被告人側の時間を稼ぐために迅速な裁判を受ける権利を放棄しますが、私はFBIや検察にプレッシャーをかけるため、放棄しませんでした。放棄するなら、あとからいつでもできるのですから。
裁判長は迅速な裁判を受ける権利、つまりアメリカでは80日間ほどで陪審裁判まで持っていかなくてはならないので、その面倒くささからか少々いぶかしげな顔をしました。
「タイムはウェーブしないのですね。」
裁判官は確かめました。
「その通りです。」
身動きせずに手に持ったペンをいじりながら立っていた私は断定的に答えました。
マラック検事も私の顔をじっと見ています。検察側にとっても仕事が格段に多くなります。すべての証拠調べを80日程度で終わらせなくてはいけないのですから、一苦労です。FBIにもその旨が報告されるでしょうが、80日経った段階ではマックブライドも証言台で「まだ捜査続行中です」とは言えないでしょうから、これは私からの挑戦です。
「弁護人、わかりました。他に何か。」
「ファイルにある警察の調書をいただきたい。」
「アプローチ・ザ・ベンチ(裁判官席のほうに来てください)。」
一段高い裁判官席に近づき、約両面印刷で20ページの調書を受け取ります。
「弁護人、次回の期日は来週の水曜日でよろしいでしょうか。」
自分の手帳を見て肯定的に答えて、閉廷しました。何もしゃべっていない真治君は拍子抜けしていたようです。
法廷から出て、廊下にあった木の長いすに腰掛けて受け取ったばかりの調書をとにかく見ました。ぺらぺらめくっていると、私の興味と真治君の興味は違うようで、彼は今の法廷について質問をしてきました。
「案外、すぐ終わりましたね。」
「第1回目の公判というのはこんなものなんだよ。」
「一体どうなったんですか。」
「君の無罪を主張した。その後の実質的な事件の進行については来週の水曜日からになるね。」
「いつもこんな感じなんですか。」
「大抵そうだね。アメリカではほとんどの刑事事件を否認することからはじめるから。」
「来週の次回の公判はどのようになるのですか。」
「来週からは、実際に君が起訴されている事実について実質的に議論していくことになる。」
「それじゃ、また学校を休まないとならないんですか。」
「もう、君は出廷しなくてもよい。法廷内でやりあうというよりも、この間みたいに裁判官の控え室でインフォーマルに話し合うんだ。もし話し合いがつかなければ、裁判に突入だけどね。」
「そうですか…。」
「来週は僕が何とかできそうだから心配しないで。」
私は真治君の肩をたたき元気付けました。
調書を読むのを後回しにして、真治君を学校に送り届け、私は事務所に向かいました。事務所に行く途中、昼ご飯を食べながら調書にすべて目を通しました。調書を読んでわかったことは、麻薬の入ったかばんが爆発したこと、何らかのリモートコントロールにより爆破されたのではないかということ、その爆破したかばんは福本氏のかばんだったこと、アノニモス・コーラー(匿名者)が電話で福本宅に麻薬が隠してあることをFBIに告げたこと、福本宅で見つかった麻薬は特定できないが南米からのシンジケートからのものであることなどでした。真治君はアメリカに送られる麻薬のルートの一部を担っていたと記されています。真治君を有罪にできる直接的な証拠は何もありません。起訴状によれば、真治君は悪意(内容を知っていながら)でヘロインを自宅に隠し持ち、またその所持は売ることが目的であったと記載されています。これだけの事実記載なら検事と対等に渡り合えそうです。がぜんやる気が出てきました。​


法律ノート 第1152回

3/15/2019

 
MSLGメンバーによる法律ノート第1152回がメーリングリストにて配信されました。

2020年度 H-1Bビザ移民局申請に特急審査使えるか?

3/14/2019

 

先日H-1Bビザ申請に関して特急審査 Premium Processing Service が再開されたことが移民局より発表されました。
先日の発表では2020年度新規H-1Bビザ申請でも特急審査が利用できるかははっきりしませんでした。直近の情報によると2020年度についてはどのような扱いになるか後日、移民局が別途発表するとのことです。

過去記事「会社の経営者としての責任」

3/12/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。

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​今回は皆さんに経営者や会社の関係者としての責任と個人的な責任ということについて考えてみましょう。よく「経営者が責任を取って辞任した」などという新聞の見出しを見ることがありますが、記事をよく読むと経営者自身に問題があるわけではなく、経営者が会社の業績不振や、その他社会的にも取り上げられる不祥事があって辞任するという例を多く見受けます。言ってみれば、本人が悪いかどうかわからないけれども、会社のトップであるが故に責任を取らなくてはいけないという事態が多くあるわけです。 日本でもいろいろな不祥事がありましたが、トップの人が確実に悪いことをしているという例はほとんど表に出てきません。もちろん社内で尻拭いの縦型人事ができているからかもしれませんが、経営者としては、経営不振や部下の不祥事で責任を取らなくてはいけない問題があるわけです。 ただ、職を辞任するということが責任をとるということがほとんどであって、法的にその経営者が、経営をしていたからということを単独の理由として、損害賠償などの責任を負うことはあまり多くありません。経営責任ということと、個人的に経営者が責任を負うということについて少々掘り下げて考えていきましょう。
 
基本的に、会社の経営者が個人的に責任を負わなくてはいけない場合というのは、その経営者が個人的に悪いことをしたり、法的問題が存在するのに故意に対処をしなかったりする場合です。経営者本人が悪いことをしているということが責任を負う根拠になるのです。当たり前ですかね。 よく、会社を設立するという業務を私の所属する事務所でも担当しますが、会社を設立して会社名で業務をすると、社長以下経営陣は個人的には責任を全く負わないと考えられている方もいらっしゃいますが、もしご自身が社長になられて、法的に問題のあることをした場合には個人的に責任を負う場合もあるということを理解していただきます。株式会社を設立するイコールすべての責任は会社に存在するということではないのですね。
 
さて、それでは具体的にどのような例において、経営者が個人的に責任を負うのでしょうか。以下列挙しながら考えましょう。ただこのコラムでご紹介する事例が全てではないので注意してくださいね。
 
まず、時事の話題としても大きく取り上げられることの多い証券取引関係を考えましょうか。証券取引法というのは、証券の扱いを公平なものにして、証券の価値を正当なものにして、一般の人たちの信用を得ようとする目的があります。簡単に言ってしまえば、株などの証券というのは、価値があってないようなものですから、システムをきちっとしておかないと悪用する人が後を絶たないのです。よく聞くのがインサイダー取引という言葉でしょうか。会社内でしか知り得ない特別な情報を使って、株価が上がるのを事前に知り、株を買うことが代表例ですが、経営者などの特別な地位にいる人が個人的な責任を負う典型です。 また、よく聞く例は、会社の合併などが行われることが一般に知れると、株価があがるという場合があります。合併により、より業務が大きくなったり、より効率的になると予想されたり、業界でも力を持ったり、といろいろなメリットが考えられるからでしょう。インサイダー取引などの株価に関しての事柄はアメリカでは証券取引局(SEC)が監視していています。 株により経営者が不当に利益を得た場合、会社から不当利得について訴訟される場合があるでしょうし、損害賠償責任を負う場合もあります。加えて、証券取引局が公的にこの経営者や内部の情報を漏らした者を訴え、場合によっては罰金、禁固刑などが科せられることがあります。
 
経営者という地位においては、会社の秘密情報を多く手にしたり、新製品の開発や、特許の情報などが入ってきますね。 このような情報を事前に漏洩して、自己または特定の第三者が株の利益を得ることをインサイダー取引と呼びます。アメリカの証券取引委員会は私見では、アメリカの連邦機関の中でも特に優秀な人材が揃っているところです。ここで働く弁護士も非常に優秀な人が多く、インサイダー取引に関しては、厳しく法律を運営しています。ですので、アメリカにおいては経営者の責任として常に気をつけなくてはいけないのはが証券取引法です。
 
その他「経営者の責任」といえる代表的なものを考えておきましょう。 まず、取締役の対外的な責任についてです。 アメリカでも日本でも同じだと思いますが、中規模以下の会社であると、お金を借りたりするときには、必ず個人保証を求められ、ほとんどの場合には会社の代表取締役が個人の保証をつけます。なぜかというと、会社というのは、会社財産がなくなったり、倒産をしたり、ということが考えられますが、ある程度財産を持っている個人というのは、簡単には破産や民事再生を申し立てることができません。ですから、ある程度資産を持っている個人に金融機関は責任を持ってもらいたいということになるわけです。 会社が倒産したり、借入金の返済が滞ったときには、通常、保証人となっている会社の経営者が責任をとることになるのです。 
 
次に、契約関係や不法行為関係で、経営者が会社の代表としてではなく、個人的に責任を負う場合があります。 経営者がいくら会社の代表取締役でも、個人的に締結した契約に関しては責任を負うことは明白ですね。たとえば、自分で趣味のボートを買って、その支払いはするのは個人の責任といった場合が考えられます。 難しいのは、不法行為が絡んだ問題です。「不法行為」というのは、法律用語ですから、必ずしも「違法」や「悪いこと」と結びつけないでください。ある人が故意または過失によって人に損害を与えた場合、因果関係が存在する程度では責任を負うという意味です。詳しくは日本の民法の709条でも参照してみてください。 経営者としての不法行為としては、たとえばセクハラや不当解雇などの問題が考えられます。経営者が経営者のキャパシティを越えて、不当に被雇用者に対して損害を与えるような場合には、経営者は個人的に不法行為責任を負います。通常会社の定款等に、どの程度経営者が責任を負うのかが明確にされていますが、ほとんどの会社では、会社の経営上、個人責任を最小限にするように書かれているのが実際のところでしょう。会社が大きくなると、デラウェア州に法人の本拠地を移し、法人登録をするという会社が多いのですが、デラウェア州法では、経営者の責任に関し、最大限に経営者に対して寛容であり、更に今まで多くの裁判例があるので、経営者側としては会社の経営に際して予見できる部分があります。デラウェア州法人の人気の秘密の一つに、この経営者の免責ということが挙げられるのです。
 
もう一つ大きな経営者としての責任は、株主に対しての責任です。会社の持ち主は株主であり、経営者ではありません。もっとも株主と経営者が同じという場合も多くあります。経営者の株主に対しての責任とは、会社の業績面であるとか、会社の運営に関する面であるとか、ビジネスの面がほとんどであり、株主にしても、どの程度その会社の株主になっていることで利益があるのか、という面だけを考えている場合が多いので、お金さえ儲かっていれば、問題がないというのが、通常でしょう。しかし、経営者が違法な行為を犯したり、お金を横領したり、といったことがある場合には、株主は訴訟により、経営者の責任を追及することができます。株主代表訴訟などという言葉をお聞きになったことがあると思います。最近では、ヨーロッパで、会社の経営者があまりにも過大な報酬をもらっているということをベースに株主が訴訟を起こしているという例もあります。
 
このように経営者というのは、対外的にも対株主にも、そして対政府に対しても責任をもって会社を経営していかなければなりません。その責任に対して報酬をもらっているという面があることは確かです。前回今回と経営者というのは決して楽なものではなく、重い責任を課されているということを法律の面から考えてみました。

法律ノート 第1151回 配信

3/11/2019

 
MSLG弁護士による法律ノート 第1151回 がメーリングリストにて配信されました。

【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

3/11/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第7回目です。

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第7章 証拠 (Evidence)
 
いやはやブリトーに満足した私は、銀行の駐車場から車を出しました。何気なくバックミラーを見ると、さっき私の車の後から入ってきたクライスラーの車がついて来ます。白人の男二人組です。こんなに午後早く二人組の男というのもなんだね、と思いつつ車を、ファイブ・スター・パーキングがあるサンフランシスコの郊外、サンマテオに走らせました。
フリーウェイ(高速道路)に入ろうとしたとき、必ず二台か3台の車を挟んで、さっきサンフランシスコの町で気づいた銀色のクライスラー・スリーMがついて来るのを見て、尾行だと確信しました。このままでは、また近いうちに頭を殴られてしまうかもしれません。私は、減速し、サンフランシスコの野球場があるあたりのランプでフリーウェイを下りました。どうしようかなと考えて、目に付いたマクドナルドのドラブスルーに入りました。銀色の尾行していたスリーMは躊躇したようですが、私がドライブスルーに入るのを見届けて、その出口付近で、待っている様子でした。さっきブリトー食べたばかりなのにそんなに食べるわけないじゃないですかね。私はドライブスルー出口で私が出てくるのを待っている尾行者を尻目に、後続車が来ていないドライブスルーを思いっきりバックして遁走しました。再度フリーウェイに入り、一番左側の高速車線をスピード制限である65マイルを大きく超えて、突っ走りました。とはいうものの、私の車では100マイル出すのが精一杯です。しばらく高速走行しても銀のスリーMが見えないので、やっと一息つきました。
しばらく走行してサンフランシスコ空港に近くなりました。方向音痴の私は勘のみでランプを選び、フリーウェイを下りました。どこにしようかな、という勘は司法試験の時の択一試験で養われたものといってよいでしょう。広大なファイブ・スター・パーキングは、当たり前ですが、空港の近くにありました。空港に行く人たちのためにあるのですね。入り口から入ろうとすると、中国系の係の人が、まるで広東語を聞いているようなアクセントの英語で、何日くらい停めるのだということを聞いてきました。「停めるわけじゃなくてね、」というと顔をしかめましたが、「お金を払いにきた」というと顔をほころばせました。単純でよろしい。請求書を見せて、決して安くないデポジットを払うと、車を見に行きました。ところがこれまた一大事で、大きな駐車場でどのベンツを探せばいいのやら。請求書にはライセンスプレートの番号が書いてありましたから、延々と数字遭わせゲームをしていました。
20分ほどさまようと、薄く埃をかぶった福本ベンツを見つけました。モデルチェンジ前のオムライスの型のような大きな黒いベンツです。周囲を見まわした私は、ドア付近にも他と同じ位の埃が積もっているのを確認し、ポケットに入れておいた鍵を差し込みました。まだ誰も手をつけていないようです。ドアを開けた瞬間、けたたましいサイレンが鳴り響きました。車の盗難防止用のサイレンです。私は早送りのフィルムのように動きながら方々ストップボタンを探しましたが、結局鍵にボタンがついているのを発見しました。灯台下暗し。その鍵についているベンツのマークを押すと、盗難防止用のサイレンは鳴り止みました。
ちょっとの間、誰も何も言ってこないことを確かめてから、車のあらゆるところを何か証拠はないかと探しました。結構こういうのってどきどきします。お宝は助手席のシートとオートマチックのギアボックスの間に挟まっていました。後輪駆動のベンツはトランスミッションのコンソールがばかでかいため、運転席から、助手席側のシートとギヤボックスの隙間が見えず死角になるのです。そこに手帳型のコンピュータはささっていました。
お宝のパーム・パイロットを手に入れると、元通りに施錠し、ボルボに戻りました。ごっくり息を飲み込み、パーム・パイロットのカバーを開けてみます。あれ、ガラスが割れています。スイッチを入れてみるのですが、液晶が非常に見えにくくさっぱり読めません。スイッチを何回も入れたり切ったりしましたが、液晶が傷ついているためか内容がまったく読めません。多分、助手席とギヤボックスのコンソールの間に落ちたときに、圧迫されて傷ついてしまったのでしょう。カバーも革でふにゃふにゃですしね。しばらくテクノロジーを独り言で罵倒していましたが、あきらめました。それでも、このパーム・パイロットの中に、大事な情報が入っているのです。なんとかしなければ。
気を取り直して、パーキングを後にしました。車内で千穂さんから釘をさされていので、カニングハム弁護士に電話を入れましたが、あいにく留守電に拾われました。簡単なメッセージを残しました。車を走らせていましたが、とにかく早急にパームを修理しなくてはならないを感じます。JgodとVgodのことを早く知りたいのです。ちょうど空港の近くにコンピュUSAという大型のコンピュータ屋さんがあるのを思い出しました。フリーウェイを下りたあたりで尾行車がいないかどうか確かめるため、いろいろな方向に曲がったり、住宅地を通ったりしてコンピュUSAにたどり着きました。尾行車はいないようです。
コンピュータ・ショップの店内は非常に明るいです。様々なコンピュータ機器が店内に陳列されていますし、ソフトウェアも豊富に並べられています。店の左奥の方に「Repair Center(修理センター)」と書かれた看板が掲示されているところがありました。私は他に興味があるものがたくさんあるにもかかわらず、欲を振り切って修理センターに行きました。
受付に誰もいないので少々の時間待たされると、ちょっと太り気味の若いアジア人系の男の子が現れました。このショップの従業員全員が着ている制服の赤いチョッキを着ています。
「May I help you?(何をしてさしあげましょうか?)」
「えっとね、パームパイロットを修理してもらえますかね。」
私は持っていたパームをカウンターに置きました。
「こちらでご購入の品ですね?」
彼はそのパームを見ながら私に尋ねました。私はちょっとひるみました。
「えっと、去年のクリスマスにプレゼントでもらったものだから…。多分ここで買ったと思うんだけどね、ははは。」
「そうですか…。」
いやはや、White Lie(ホワイト・ライ:善意でついた嘘)なので許してください。
「とにかく、お金は払うから早急に修理して欲しいんだよね。」
「えっと、ちょっとお待ちください。」
また待たされました。彼が帰ってきて、どんなに早くても1週間はかかることを教えてくれました。文句を言っても仕方がない。修理をしてもらわないと困りますから、お願いすることにしました。所定の用紙に記入して、係の人はパームの状態を紙に書いていきます。
「ひどいですね、画面が割れているじゃないですか。どうしたんですか。」
「いや、ちょっとね、落としちゃったんだ。」
「保証期間内なら新しいものとすぐに取り替えますが。保証書をお持ちですか。」
「いや、持ってないです。」
「それは、残念だ。」
「とにかく修理を頼みます。」
「修理の進行状況はこの電話番号にかけてくれればわかりますから。」
そう言って彼は修理の伝票に書いてある電話番号をボールペンで丸で囲いました。
私はその伝票を財布の中にしまい、もう事務所に行くのが億劫になったので家に戻ることにしました。あたりはもう夕日が差しています。空にはサンフランシスコ空港に着陸する飛行機が旋回して下りてきます。
 
自宅に帰ると、真治君は居間で宿題をしていました。私はパームについては真治君に黙っていることに決めました。
「お、がんばってるね。」
「おかえりなさい。」
「早かったんですね。」 まだ午後6時です。
「いやはや、疲れたよ。学校どうだった。」
「はい、先生も心配してくれて、友達も元気付けてくれました。」
「裁判のことは言ってないだろ。」
「別に言っていません。」
「言う必要はないからね。次回の出廷は明後日だから、その日は休みを取ってもらわなくちゃならないけどね。」
「はい」といった真治君の表情が少し沈みました。
「事件のことは僕が何とかするから、とにかく勉強、勉強。」 
私は話題を懸命に事件から遠ざけようと努力しました。それを察した真治君はまたペンを走らせはじめました。
私はスーツを脱ぐと、ベットに横になり、今日の尾行のことを考えていました。天井を見ながら、一体誰なんだろう、と考えます。私を襲った暴漢と同一人物では…、この事件に関して私を狙い始めたのか…、などと憶測をしていますが、答えは出ません。答えが出なければ徒労ですから、次にしなくてはいけないことを考えました。
とにかくどのような組織であるにせよ、真治君を落とし入れようとしている感じがします。真治君の起訴が取下げられたり無罪になってしまえばFBIにしてもほかの容疑者を探して帳尻を合わせようとするでしょう。FBIはいまだに捜査続行中だと言いますが、そのことを額面通りに受け取れませんね。結局、真治君を起訴取下げ扱いにしないで事件を進めているのですから、FBIでさえも私の考えている背後組織というものがいまいち掴めていないのでしょう。ただ、あれだけ大量のヘロインが福本家から見つかったことは尋常ではありません。とにかく麻薬にかかわっている組織について解明することが、真治君の潔白を晴らすことだと思いました。そのためにはあのパームの修理を待たなくてはいけないようです。お腹がすきました。ベットから起きてリビングに足を運びます。
「真治君、何食べたい?」
「なんでもいいけど…。」
「何でもいいっていうのがいちばん困るんだよなぁ。それじゃ、餃子にしようか。」
ということで、私が作って冷凍しておいた餃子に決定しました。煙がすごかったですが、私の焼き具合は悪くありませんでした。
「すごい、おいしいですね。」
真治君はパクパク食べています。
「そうでしょ。」
「料理できるんですね、先生。」
「君くらいのときはお金がなかったから、どんなバイトでもしていたからね。中華料理屋でもやっていたのさ。」
食事を終えて、後片付けを終えて、真治君はシャワーに入りました。私はソファにどかっと座り、テレビをつけました。ちょうどニュースの時間だったようで、ローカルなニュースを放映していました。しばらくボッと見ていると、空港での爆発騒ぎについて言及しています。焼け跡がテレビに映し出されていましたが、爆発は相当な火薬の量を伴っていた様子で、カルーセルの一部のメタル部分がめくれあがるようになっている姿が見えます。床も一部抉り取られています。死者の中にはメキシコの要人も含まれていました。爆発現場から麻薬が発見されたこと、その麻薬が福本氏のスーツケースから発見されたことが報道されています。ただ、どのような背後関係があるかはFBIの調査中だということです。画面が変わって、爆発で死んだ遺族がレポーターにコメントしています。事故に巻き込まれたことを呪い、いかに不運であったかを印象付け、犯人を一刻も早く見つけて欲しいと懇願して泣き崩れていました。私はテレビを消しました。この爆発騒ぎのツケが真治君に向けられるのだけは避けなくてはいけない。それが私の弁護士としての使命だとひしひしと感じました。シャワーの音が止まり、しばらくすると真治君がバスタオルで頭を拭きながらでてきました。
「先生、僕、眠いから先に失礼します。」
「おー、よく寝るんだよ。明日も学校がんばれよ。」
「おやすみなさい。」
「おやすみ。」
私も両手を挙げて、大きなあくびをしました。いやはや、この何日かは車で移動しっぱなしです。車で移動していると知らないところで疲れが溜まるものです。まだ10時くらいですが、私も寝てしまおうとまずシャワーをあびました。熱いシャワーが心地よい。
シャワーからでて寝る段階になって、公道に面したカーテンを閉めようと思い窓際に来ると、銀色のクライスラー・スリーMがちょっと離れたところに停まっています。内部の電気は消えているため、よく見えません。今日尾行してきた車と同一車種です。
「家まで見張られているのかな…」と思いつつ、床に入りました。泥のように寝ることができました。

新規H-1Bビザ移民局申請

3/6/2019

 
2020年度新規H-1Bビザの申請受付は2019年4月1日より始まります。
2019年度は新規H-1ビザ枠(4年制大学卒業は65,000,大学院卒業は20,000)に対し19万を超える申請があり、その結果、最初の1週間で受付が締切になりました。2020年度もビザ枠を遥かに超える申請があると思われます。枠を超えた場合は例年のように抽選になります。

日弁連業務改革委員会によるシカゴ視察をサポートしました

3/6/2019

 
MSLGのメンバーが、日弁連の弁護士業務改革委員会によるシカゴ視察に同行し、アメリカ法曹協会が主催する「ABA Tech Show 2019」への参加、イリノイ州の高等裁判所判事や弁護士会との対談、及び、地方裁判所の視察において、通訳等のサポートをしました。また、シカゴを本拠地とし、世界に展開するカークランド&エリス法律事務所との対談を(同事務所に勤務する寺田知洋弁護士の協力の下)アテンドし、通訳等のサポートをしました。

【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

3/4/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第6回目です。

=====================


第6章 訴状と召喚状 (Summons and Complaint)
 
事務所を出て、私のぽんこつ車に二人で乗り込みました。日に照らされると、ずっと窓のない部屋に閉じ込められていた真治君の白い顔ががむしゃらに太陽を吸収しようとしているようでした。朝から見たこともない法廷に引きずり出されたり、保釈の手続きを済ませた彼は、疲れているように見えるにもかかわらず、顔が引き締まっていました。言葉少なに、車のフロントガラス越しに何かをじっと考えていました。
父親の死、自分に対する刑事裁判、これからの人生、どれをとっても今のところ先が見えません。私も運転しながら、ただ刑事弁護をするだけでは、彼が負っている問題は解決しないような気になってきます。
工事ばかりしている、サンフランシスコのダウンタウンの坂道を上ったり下りたりして、真治君の家に向かいました。車をガレージの前に停め、二人で家の中に入って行きました。私が鍵を持っていたので、玄関の扉を開いて真治君を先に入れてあげました。真治君は先週逮捕されたときに見たままの散らかった室内を無表情のまま、見つめていました。
真治君の肩をたたきながら、私は真治君の回想を断ち切るつもりで言いました。
「さあ、出発の準備をしなくちゃならない。今日からしばらく君は僕の家で暮らさなくちゃならないから。」
「え、先生の家ですか。」
「さっき、裁判官に保釈の条件として、僕が面倒見ると言っちゃったからね。それに、ここに君一人置いていけないよ。学校は僕の家から通えばいい。」
「学校に行ってもいいんですか。」
「もちろんだよ、そのための保釈だと思ってもいい。」
「先生…。先生に迷惑ばかりかけて。いいんですか、こんなことまでしてくださって。」
「いいじゃないか、今、僕がしてあげられることは、この位だからね。さあ、準備をしよう。」
真治君は意を決したように、自分が必要な服や洗面用具それに学校の教科書などをバッグに詰めました。そして、リヴィングの本棚に飾ってあった、お父さんと一緒に真治君が写っている写真を入れたところで、バッグのジッパーを閉じました。
私が、真治君のバッグを持って車に向かおうとした時、真治君は思い出したように、父親の寝室に向かいました。戻ってきて私の顔を見るなり、
「どうしよう、先生。お金がない。お父さんのチェックブック(小切手帳)なんかがない。」
「うん、多分FBIが持っていっちゃたんだろう。チェックブックがあったとしても、口座は当面凍結されているだろうから、お金は引出せないよ。」
「…。」
「お金のこと心配しているのかい?」
「そうです。」
FBIは麻薬が見つかったことで、麻薬に関係した銀行預金や家、それに車などを没収する可能性があります。もし、事情を知らなくても、自分の家で麻薬が見つかってしまった場合、家は没収の対象になります。また、銀行口座なども麻薬に関するお金のやりとりがなされていた口座であれば、入っているお金はすべて没収の対象になります。法律上、麻薬に関しては非常に厳しく取り扱われるのです。没収することで、見せしめにする意味もあるのでしょうが。この事件の場合、無実を証明しなければ家は没収されてしまう可能性があります。そのためにプレリムで保釈金なしの保釈を主張したわけもあるのです。ただ、今真治君をこれより不安にすることは無用ですから、何もそのことについては言及しません。
「それだったら、現金なんかどこかに隠してないの?」
「えっと、僕が少し持っているし…。あ、ちょっと待ってください。」
少し経って、真治君は台所の引出しから、「緊急用」と日本語で書かれた封筒を持ってきました。100ドル札が10枚入っていました。
「それだけあれば、大金持ちだよ、ははは。じゃあ、行こう。」
じっと室内を見ていた真治君は、私に無言でついてきました。
私の家は、といってもアパートですが、真治君の家から20分ほど車を走らせたところにあります。真治君はこれから、今までの生活とは雲泥の差のところで生活するのですから、
「君の家とぼくのところじゃ、GDPが相当違うからな、覚悟しておいてね。」
とふざけて言いました。
「そんなの、大丈夫です。」
駐車場に車を入れて、アパートの3階建ての3階に位置する私の部屋に真治君を招き入れました。幸いにも2ベッドルームのアパートなので、私の書斎を真治君の部屋にしてあげました。それにしても、散らかっています。男の一人暮しなんてこんなもんです。ちょっとの気休めに床を含めていたるところに置いてある本をまとめました。鍵を真治君に渡し、シャワーに入ることを勧めました。ゆっくりシャワーにも入っていなかった真治君は喜んでシャワールームに行きました。
私はスプリングがへとへとになったソファに座り、ポケットに持っていたベンツの鍵を取り出して眺めていました。考え事をしながら、目を閉じていると、ちょっとの間眠ってしまったようです。目を開けると、もうひとつのラブシート(短いソファ)に真治君がちょこんと座っていました。外は霧が立ち込めて、灰色のキャンパスに白の絵の具が混ざりかかっているように見えます。時計をみるともう7時を過ぎていました。
「お腹減っただろう。何食べようか。」
「なんでもいいです。」
「じゃあ、ピザでも取ろうか。ノースビーチ・ピザっていうすごくおいしいやつがあるんだ。そこの支店が最近この近くにもできたんだよ。」
「賛成です。ピザ、大好きです。」
トッピングを決めて、私がオーダーをしました。ピザを待っている間、真治君は、やっと新しい生活の場に慣れようとしたのか、私の持っているCDを見たり、本を見たりし始めました。
「へー。先生、ジャズ好きなんですか。」
「特にジャズピアノが好きなんだ。大学生のとき友達ですごくジャズが好きなやつがいて、それからだね。ミシェル・ペトロチアーニとか好きだね。」
「真治君は、ジャズが好きなの?」
「うん、すごく好き。心が落ち着くんです。」
「若いのに珍しいねぇ。僕なんか若いときは、うるさいギターとかが好きだったから。」
「これ、かけてもいいですか。」
ちょっとの間をおいて、静かなペトロチアーニのピアノが流れてくる。
「真治君は、音楽関係の仕事でも将来したいのかい?」
「ううん、音楽は好きだけど、将来何をしたいっていうのはまだわからないです。」
「夢ってあるのかい。」
「うーん、将来の夢ってあんまりないなぁ。」
天井を見つめながら、真治君はつぶやきました。
「夢かぁ。」
しばらくの沈黙があった後、ピザが届けられました。
「な、チーズが違うだろ、これが大好きなんだ。しつこくなくて。」
「うん、本当においしいです。」
がむしゃらに、二人でピザを食べました。ラージピザが瞬く間に二人のお腹に消えていきました。真治君も僕につられて、たくさん食べていました。食欲があるということは非常に良いことです。腹が減っては戦はできませんからね。
食後に私もシャワーを浴びて出てくると、ソファに座って真治君は教科書を見ていました。
「明日から、また学校だね。がんばれ。」
「金曜日と今日休んじゃったから、予習しておかないと。」
「勉強、嫌いじゃないんだ。」
「うん、学校楽しいし。」
「どんな勉強が好きなの?」
「歴史かな。」
「へー。」
「ねえ、先生ちょっと聞いてもいいですか。」
「なんだい。」
「法律っておもしろい?」
興味津々な顔で真治君は私に聞きました。
「う~ん、大学院で
「じゃあ、弁護士の仕事って面白い?」
「実を言うと、面白いと思ったことはあまりないけど、人の役にたてるじゃない。ひいては社会のためになるしね。でも、ストレスも多いし、しっかりしていないと勤まらないな。」
自分のことを思いながら、ぼつぼつ答えました。
「弁護士になるのは難しいの?」
「カリフォルニア州はアメリカでも一番難しいらしいね。博士課程を終えて、BAR(司法試験)に受からなくちゃらない。僕もね、日本人っていったら外国人だろ、勉強しているときにはすごく不安だった。」
「がんばったんですね。」
「うん、がんばった。真治君と同じように僕も…一人ぼっちだったから。なんかさあ、漠然とだけど人のために何かできたらうれしいなって思ったんだ。そう思ったら勉強するガッツがいつもわいてきた。」
「人のためか。医者の仕事と似ているのかなあ。」
「医者っていうのは、体の病を治すけど、弁護士っていうのは心の病や社会の病気をみんなが幸せに住めるように少しでもよくする仕事だと、僕は思っている。いやいや、ちょっと抽象的かな…。」
真治君は考えているような目をしながら、話を聞いていました。
「弁護士にもいろいろな種類の人がいる。金を儲けたい人とか、名誉ばかり気にする人とか、高飛車な人とか、自分は普通の人より優れていると思っている人とか。だけど、人の痛みがわからない人はいい弁護士になれないと思う。」 時計を見るともう10時を過ぎていました。
「もう遅いから寝れば。明日早いだろ。」
「おやすみなさい。」
「あっそうだ、お父さん、ベンツ持ってたよね。」
「はい。いつも乗っているやつです。」
「家になかったよね。」
「そういえば、今回のメキシコ出張のとき、いつもはジムさんのハイヤーに頼むんだけど、飛行機の時間に遅れそうになったからって、一人で車に乗って行きました。ロビンスさんとは別だったから。確か、2週間くらい前の土曜日です。どこに置いてあるんだろう。」
「知らないか。」
「知りません。」
「わかった。ありがとう。それじゃ、おやすみ。」
次の日、朝早く真治君とともに家を出ました。真治君の学校で彼を降ろし、事務所に行きました。ある程度ルーティーンの仕事をこなしたり、電話の応対をしていましたが、真治君の事件がどうしても頭を離れません。千穂さんもそれを察したようで、
「先生、電話の応対だったら私がやっておきますから、したいことなされたら? 三谷先生にも話しておきます。今週は、法廷もないし。えっと、クライアントの方には待ってもらうか、三谷先生に頼んでおきますから。」
千穂さんは本当に有能ですよね。なんでも、ぱっと考えて実行してしまうのですから。来客の様子で、フロントの方に小走りで行く千穂さんを見ながら、どこにベンツがあるのか、またFBIはもうベンツを見つけてしまったのか、私は思案してしまいました。
しばらくすると千穂さんが、私の部屋に戻ってきました。分厚い感じからして訴状でしょう。いつものことなのですが、千穂さんは眉をしかめながら、私に手渡しました。明日目を通すよと言いつつ、一番上の紙であるサモンズ(召喚状)の被告名を見ると、真治君とお父さんのエステート(死者の財産全般)の名前が載っています。裁判所はサンフランシスコの州地方裁判所で、民事事件ということがわかります。原告はエステート・オブ・ジャック・ロビンスとなっています。つまり、亡くなったロビンスの名義で裁判が起こされているのです。訴訟の原因は、簡単に言えば、真治君と父親が麻薬に関係したことから、爆発が起こり、ロビンス氏を死に至らしめたというもので、一般にWrongful Death Actionと呼ばれています。
「あちゃ、刑事の次は民事かよ。」
千穂さんも心配な様子です。
「僕が、真治君の弁護士をしていることまで調べて、ここに送達してきたんだろうね。誰なんだか、相手の弁護士は。」
書面を見ると、弁護士はビクター・カニングハムとなっており、法律事務所はベーツ&マコ-ミックとなっています。
「ベーツ&マコ-ミックっていったら、あの巨大ローファーム(法律事務所)じゃないか。」
「そうですね、ベーツっていったら多分サンフランシスコでは二番目に大きい事務所じゃないですか。」
千穂さんはちょっと
「なんであんな大きい事務所がこんなに小さな個人の事件をするのかな。大きな企業相手に、金や時間を使って仕事を取ってくるのがああいう大きなところだろ。意味ないよなぁ。」
とにかく、訴状の送達から30日以内に答弁すればよいのですから、少しは時間があります。それよりも、ベンツを見つけることのほうが先決です。鳴り響く電話を千穂さんに任せて、私は事務所を飛び出しました。
飛び出したものの、どうやって車を探すのか、途方にくれました。手がかりがあるとすれば、真治君の家です。またもや、シークリフに車を飛ばします。真治君の家にさしかかったところで、見覚えのある黒塗りのフォードが視界に入りました。真治君の家のガレージの外に無造作に停めてあります。私は唇を真横にぎゅっと結びながら、きしむブレーキでボルボを停め、真治君の家に大股で入っていきました。門は開いています。
「これはこれは弁護士さん、ごきげんはいかがですか。」
皮肉交じりとも思える口調でFBIのトニーがいいました。この男、あまり好きになれません。トニーを無視してマックブライドに声をかけました。
「マックブライドさん、まだ捜査続行ですか。この家がよっぽどお気に入りなんですね。麻薬は出てきたのだからもういいでしょう。この家は背後にある組織とは何ら関係がないですからね。」
私は、トニーを連れて一緒に来たことを非難するようにマックブライドの顔をじっと見つめました。
「いったい何の用なんですか。」
「バード検事から聞きました。賊が侵入してきたんですって。あなたに怪我を負わせて。」
「私のプレ・リムでの証言を聞いたのですね。」
「それで、状況を見にきたってわけです。でも、あなたは警察に通報もしなかった。」
「通報したって、調書1枚作って終わりでしょう、市の警察なんか。あ、そういえばこの真治君に関する事件の調書はもうできあがっているでしょうね。私の手元に届くのはいつになるんですか? あなた方の理論を見てみたい。判例では確かに家から発見された場合には家の持ち主は罪に問われることがありますが、そこに居合わせた人に関しては五分五分ですよね。いくら住んでいたからとはいえ。」
「今がんばってまとめているところですよ。でも現在の状況をあなたには言えません。真治君についてもFBIは追及する覚悟です。もっとも、検事局の仕事ですがね。」
「そうくると思いました。どうせ、捜査は続行中と言われるのがオチですからね。だから、私も賊に襲われてもあなたに連絡つけなかったんです。」
「…。」
「それにしても今日はなんのご用で。」
「ちょっと、その問題のシャワールームを見せていただけますか?」
「ぜひ、見てください。歓迎しますよ。」
私は、二人の捜査官を従えて、家に入りました。窓を開けていないせいか、空気がすえています。捜査官をシャワールームに促し、私は一歩下がった廊下のところで、二人の行動を観察していました。
ふと、私の右脇にある、ガレージの入り口を見ようと思いドアを開けました。やはり、赤いコルベットはあるものの、ベンツは見当たりません。麻薬が見つかったあたりは相当散らかされています。その散らかったキャンプ用品などとは別に、ガレージのドアに近い所の床に散らばっている書類を見つけました。たぶん、この2、3日間に届いた郵便物でしょう。もちろんFBIもベンツが存在することは記録からわかっているでしょうが、まだ捜査の目は向けていないようですから、ちょっとでも気づかせるのを遅らせるため、私はガレージのドアをそっと閉めました。
しばらくして、検分が終わったようです。
「結構な道具を使っていますな。コンクリートを化学的に一部溶かしてある。これじゃ、音もしないでしょうな。」
私は何も言わず、二人を私が襲われた真治君の部屋に招き入れ、コンピュータが取られたことも伝えました。
「ふーん、コンピュータね。そんなに大事な情報が入っていたのかな。」
マックブライドは少々、困惑した顔になりました。押収しなかった彼のミスですからね。近いうちにもう一度検査班を連れて検分したい意向を私に伝え、捜査官はドアから出て行きました。
「マックブライド捜査官、ひとつ聞かせてください。」
振り向いたマックブライドは私を見ました。
「誰かがこの家に麻薬があるとリーク(密告)したのですか。」
マックブライドは表情も変えず、そして何も言わずにトニーと車に乗りこみました。捜査官の乗った車の音が遠ざかっていきました。どうみてもこのような豪邸から30パウンドもあるヘロインが見つかることは腑に落ちません。もし、麻薬をやっていたとしても、お金があるなら他の場所を借りるなりして保管しておけば良いのですから。どうみても、誰かが福本一家をはめようとしているような気がします。
踵を返した私は、ガレージに行き、ガレージドアの周りにちらばっている郵便物をかき集めました。ほとんどはジャンクメイルと請求書でした。近くのスーパーの安売り券などもあります。私もちょっと夕飯の買い物なぞをしなくてはという気持ちになってしまいました。ご丁寧にも真治君の次回の出廷命令も裁判所から届いていました。さほど目を通すものがないので、ジャンクメールだけ別にして、請求書の類をまとめて、ガレージから家の中に入りました。歩きながら請求書に目を通すと、ケーブルテレビやガス、それに電気などのおざなりの封筒に混じって、ファイブ・スター・パーキングという差出人からの請求書がありました。赤いスタンプで、INVOICE(請求書)と大きく書かれています。私は立ち止まり、構わず手でその封筒を開けました。昨日送って今日着いたと思われる請求書が顔を出しました。それによると、福本氏の車が約束の期間を超えて放置されているから、すぐに取りにくるか、追加のデポジットを払って欲しいと書かれています。軽く口笛を吹いた私は他の請求書をテーブルの上に置き、戸締りを確かめてから家を飛び出しました。車に乗って、またもや昼飯を食べていないのに気がつきます。弁護士をしていると本当に食生活が不規則になります。まあ営業の人もそうでしょうが。メキシコ料理屋で、カルネ・アサダ(焼肉)いりのブリトーを買います。徹底的に野菜不足ですよね。反省。はやくブリトーにぱくつきたくて付近の銀行の駐車場にちょっと失敬して停めさせてもらおうと思い入ります。私とすれ違って出て行く車が、私の後ろから駐車場に続けて入ってくる車と接触しそうになりクラクションをけたたましく鳴り響かせます。
車を駐車場に停め、銀紙で包まれた棒状のブリトーの片一方を開け、いやー、ブリトーはおいしい、と思っていると携帯電話が鳴ります。口に溜まっている牛肉とお豆、それにサルサなどを一気に飲み込むことで処理すると、電話に出ました。千穂さんです。
「先生、あのカニングハム弁護士、ほら真治君の民事事件の…。至急電話が欲しいって。」
「いやにせっかちな弁護士だね。おっと、弁護士の鑑だねぇ。」
「ほら、わけわからないこと言ってないで、ちゃんと電話してくださいよ。至急取り次ぐって言っちゃったんですから。」
「了解で~す。」
電話を切った私はブリトーをかじりつづけました。なんで、そんなに急に民事事件の相手の弁護士が電話をかけてくるのか、ちょっと興味がありますが、今は腹が減っては戦はできないとあごを動かしてブリトーをお腹に収める作業に没頭していました。

法律ノート 第1150回

3/3/2019

 
​MSLG弁護士による、法律ノート 第1150回がメーリングリストにて配信されました。

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