本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第8回目です。 ===================== 第8章 刑事第1回公判 (Arraignment) このところ毎日、真治君の事件をやっていたので、他のクライアントに迷惑をかけることになっていました。千穂さんが対応してくれていましたが、やはり、私がいないとどうにもならないことが発生してきます。というわけで、水曜日はクライアント、相手方の保険会社や弁護士、それに裁判所に納得をしてもらうことで、1日使っていました。 日本から帰ってきてから、なかなか思うように執務がはかどりませんでしたが、三谷先生や千穂さんに助けられて、なんとか水面上に頭を出したまま、泳げています。今日の昼ご飯は三谷先生がおごってくれるそうです。 三谷先生と二人でサンフランシスの街を歩くのも久しぶりです。とりとめもない会話をして、中華街のいつも使っているレストランに歩いていきます。上着は事務所に置いて、腕まくりして歩いても風が気持ちよい日です。もう6月に入りました。春が夏に滑り込んでいきます。 「真治君、どうしてる。」 「おかげさまで、元気にしてます。最初に会ったときとは見違えるほどです。」 「なんか、民事事件にもなっているんだって?」 「そうなんですよ、ロングフル・デスの訴訟です。爆発のとき一緒に旅をしていた、ビジネス仲間の遺族なんですけどね。」 「時間的に見て、ちょっと手際がよすぎるね。相手の弁護士は誰だい?」 「ベーツ&マコーミックです。」 「あの、大きな事務所か。」 「ビクター・カニングハムという弁護士が担当です。」 「ビック…。」 「ええ、ビクター・カニングハムです。」 三谷先生はちょっと考えて、にこにこした顔の笑いを消しました。 「先生、カニングハムをご存知なんですか?」 「うん。僕と彼はロースクールを一緒に卒業した後、パブリック・ディフェンダー事務所(公選弁護士事務所)でも一緒に仕事をした。ものすごい切れ者だよ。僕と彼は、大きな事務所からの誘いを断固として断り、貧しい人のために、そうだな、月、当時の手取りで7万円くらいで仕事をしていた。」 「そうなんですか。」 「淳平だって、大きな事務所からの誘いを断って、私の事務所で仕事しているんだから、その弁護士としての情熱はわかってくれるよな。」 自分の熱い過去を思い出したかのように、三谷先生は私の目をみました。 「ええ、わかっています。」 「ところが4年ほどして、彼は突然パブリック・ディフェンダーの事務所を辞めた。」 「理由は?」 「わからないが、われわれの事務所にとっては大きな痛手だった。その後突然、ベーツ&マコーミックに移っていった。それからは話してないなぁ、奴とも。」 「そうだったんですか。」 「私も、10年ほどパブリックディフェンダーの事務所に勤めて、今の自分の事務所を開業したのさ。」 歩きながら、三谷先生は回想を続けていました。 いつもの中華料理屋で、いつもの店員に会って、いつもの昼ご飯を食べて、事務所に戻りました。食事中は、私が真治君の事件で手一杯になっている間、手助けしてもらっている事件のことなどを話し合いました。事務所に戻り、仕事に戻ると、タイミングよく千穂さんが電話を取り次いでくれました。受話器を持ち上げて、 「ジュンペイ・スピーキング」と言うと、 受話器の向こうから、初老のバリトンのような滑らかな声が聞こえました。 「カニングハムだ。」 あのロングフル・デスの相手方弁護士です。 「昨日、フォン・タッグ(電話が行き違いになること)をしてしまってもうしわけない。訴状はいただいています。」 「君がシンジ・フクモトの刑事弁護人だと聞いていたものでね、君に民事の方も請負ってもらおうと思い、そちらの住所に送達した。」 「ご用件は?」 「ディスカバリー(証拠開示手続き)を早急に進めたいと思ってね。」 「カリフォルニアの民事訴訟法に基づいてならいくらでも応じますよ。現時点では、インテロガトリーズ(Interrogatories:質問状)やリクエスト・オブ・プロダクション(Request for Production:書面開示請求)をいただいていませんが。受け取り次第、所定の時間内に証拠開示にお答えしますよ。」 「我々は早急に事件を進めたいと思っている。協力がいただけないなら、裁判所に申立てて証拠開示の進行を早めようと思っている。」 「そこまでして、開示を早める理由はわかりませんがねぇ。言ってみれば死者の訴訟でしょ。こっちも刑事事件で忙しいしね。」 「協力が得られないんだね。」 「民事事件については証拠開示を早めてこちらに特になる理由はないですからね。」 「バイ。」 用件が済むと、さっさと電話を切ってしまい、ちょっと嫌な印象がしました。それよりも、なぜ証拠開示を急ぐのか、首を傾げてしまいました。電話を切ると、コロナーズ・オフィスから、福本氏の遺体を引き取る許可が出た知らせが入りました。すぐに葬儀屋と打ち合わせをして、今週末に葬式をあげてもらうことにします。 明日は朝8時半から真治君の第1回の刑事公判です。予審で真治君が保釈がされたので気分的には楽ですが、私の興味は明日には出てくるFBIの調書です。日がとっぷり暮れて、帰宅途中にサンフランシスコ名物、サワードウのパンをベースにしたツナ・サンドイッチを買いました。今日は尾行はないようです。神経を周囲に払いながら家にたどりつきます。真治君は、自分に起こっていることを忘れるかのように、読書に没頭していました。 「帰ってきたぜい、お腹空いたろう。」 「空きました。」 「僕の大好物のツナサンドを買ってきたよ。」 「わ、おいしそう。」 「さ、食べよう、食べよう。」 今日、学校であったことを真治君に聞きながら、二人向き合ってウォークマンより大きなサンドイッチにかぶりついていました。平和に真治君の1日も過ぎたようなので、ほっとしました。 「このサンドイッチ、『たれ』がいいですね。タルタルソースみたいで。」 「だろ、秘伝なんだって。」 「…、明日は学校に休みの届けを出しておきました。」 「そうか。」 真治君は、あまり苦痛な表情は見せていません。 「刑事事件の1回目の裁判をアレインメントっていうんですよね。」 「え、よく知っているね。」 「学校の図書館でいろいろ本を見てたから。」 「なに、裁判の本を見てたの?」 「自分が巻き込まれているから、自分なりに理解しようと思って。」 確実に真治君は強くなってきました。いや、心の中でがんばっているのです。 「それで、図書室のスティーブおじさんがこの本を貸してくれました。」 差し出された本を見るとギデオンのトランペット(Gideon’s Trumpet)と書いてあります。ギデオンは一囚人でしたが、囚人たちに対するあまりにもひどい待遇に対して黙々と裁判所に請願書(Habeas Corpus)を書きつづけ、ついにはアメリカ最高裁にまで問題を提起して勝ったノンフィクションのお話の主人公です。 「これは、いい本だ。どんなことでも勇気を持てば、人の意見も変わる、そして法律も変わる、それを教えてくれるよ。」 「読み始めたばかりだけど、楽しい。」 「明日は早いから、寝なよね。」 「はい、そうします。」 「あ、そういえば、君のお父さんの遺体をもう引き取って、今週末には最後のお別れになるからね。つらいだろうけど、お葬式には出るんだよ。」 涙が込み上げてきている真治君は、ギデオンのトランペットを抱きしめて、おやすみをつぶやいていました。 次の朝は、6時に目が覚めました。真治君の法廷です。なぜかアメリカの法廷弁護士はダークスーツと決まっているので、私も髪がたけのこのようになっているにもかかわらず、ダーク・スーツを身に着けました。スーツはあまり好きではありません。首をしめられるというか。そもそも、アイロンが大変ですからね。たけのこのようになった髪の毛と書類を整えて、準備完了です。真治君も襟付きのシャツを着て、しゃきっとしています。ちょうど1週間前に私がはじめてあったときの華奢な体で震えていた真治君とは見違えるようです。 ポンコツのボルボに乗りこみ、いよいよ出発です。私はいつものところでコーヒーを買いましたが、真治君はいらないと断りました。連邦裁判所の建物は、巨大なさいころに窓が無数についているようなそっけないものです。1階は非常に大きな広場になっており、天井は様々なデコレーションが施されています。昼でも薄暗いため、シャンデリアが煌煌とついています。歩く音もよく響くように設計されているのでしょう。革靴で踏みしめる一歩一歩が所内に響きます。ネクタイを締め直し、守衛さんがいる入り口付近にあるカレンダー(法廷期日)を確認し、第14部に足を運びます。第14部は刑事未成年者に対してのみ審理を行います。 観音開きで、私の背の二倍はあろうかという高い木でできた扉を開けます。歴史を物語るアメリカの裁判所を感じさせます。少年に対する審理のみを扱う刑事法廷ですから傍聴席に人はあまりいません。シェリフ(廷吏)にラインナンバーを告げ、チェックインします。真治君には小声で簡単な打ち合わせをした後、傍聴席に座っているように合図しました。実際に審理されるのは3件のみのようです。事前に、法廷内の裁判官席に向かって右側に座っている検事に名刺を渡しました。バード検事は予審専門の検事ですから、今日はまた違うマラック検事という40代の黒人の男性検事です。裁判所では、予審と本裁判は違う検事や裁判官が担当するのが普通なのです。また令状を発行する裁判官も違うことがほとんどです。真治君の家の捜索令状もカー判事という今回の判事とは違う裁判官が発行してましたよね。 弁護人席に座っていると、シェリフが「オール・ライズ(全員起立)」と響く声を発しました。私も起立して、スーツのボタンをかけながら、裁判官が席に着くのを待ちます。裁判官が「ユー・メイ・ビー・シーテッド(You may be seated:着席ください)」と言い、審理が始まります。裁判官席のすぐ下に、速記官と書記官が座って忙しく動いています。 真治君の事件は3番目に呼ばれました。真治君を指で手招きすると、傍聴席と裁判官や弁護士がいる部分とを分けた柵を越え、真治君が私の横に立ちました。この柵をBARということから、司法試験に受かることがBARを越える(パスする)と呼ばれるようになりました。 裁判官は被告人である真治君に簡単な人定質問をし、私にプレア(罪状認否)を求めました。 「裁判長、ノット・ギルティー(無罪)を主張します。またタイムはウェーブ(迅速な裁判を受ける権利を放棄)しません。」 通常の刑事裁判は被告人側の時間を稼ぐために迅速な裁判を受ける権利を放棄しますが、私はFBIや検察にプレッシャーをかけるため、放棄しませんでした。放棄するなら、あとからいつでもできるのですから。 裁判長は迅速な裁判を受ける権利、つまりアメリカでは80日間ほどで陪審裁判まで持っていかなくてはならないので、その面倒くささからか少々いぶかしげな顔をしました。 「タイムはウェーブしないのですね。」 裁判官は確かめました。 「その通りです。」 身動きせずに手に持ったペンをいじりながら立っていた私は断定的に答えました。 マラック検事も私の顔をじっと見ています。検察側にとっても仕事が格段に多くなります。すべての証拠調べを80日程度で終わらせなくてはいけないのですから、一苦労です。FBIにもその旨が報告されるでしょうが、80日経った段階ではマックブライドも証言台で「まだ捜査続行中です」とは言えないでしょうから、これは私からの挑戦です。 「弁護人、わかりました。他に何か。」 「ファイルにある警察の調書をいただきたい。」 「アプローチ・ザ・ベンチ(裁判官席のほうに来てください)。」 一段高い裁判官席に近づき、約両面印刷で20ページの調書を受け取ります。 「弁護人、次回の期日は来週の水曜日でよろしいでしょうか。」 自分の手帳を見て肯定的に答えて、閉廷しました。何もしゃべっていない真治君は拍子抜けしていたようです。 法廷から出て、廊下にあった木の長いすに腰掛けて受け取ったばかりの調書をとにかく見ました。ぺらぺらめくっていると、私の興味と真治君の興味は違うようで、彼は今の法廷について質問をしてきました。 「案外、すぐ終わりましたね。」 「第1回目の公判というのはこんなものなんだよ。」 「一体どうなったんですか。」 「君の無罪を主張した。その後の実質的な事件の進行については来週の水曜日からになるね。」 「いつもこんな感じなんですか。」 「大抵そうだね。アメリカではほとんどの刑事事件を否認することからはじめるから。」 「来週の次回の公判はどのようになるのですか。」 「来週からは、実際に君が起訴されている事実について実質的に議論していくことになる。」 「それじゃ、また学校を休まないとならないんですか。」 「もう、君は出廷しなくてもよい。法廷内でやりあうというよりも、この間みたいに裁判官の控え室でインフォーマルに話し合うんだ。もし話し合いがつかなければ、裁判に突入だけどね。」 「そうですか…。」 「来週は僕が何とかできそうだから心配しないで。」 私は真治君の肩をたたき元気付けました。 調書を読むのを後回しにして、真治君を学校に送り届け、私は事務所に向かいました。事務所に行く途中、昼ご飯を食べながら調書にすべて目を通しました。調書を読んでわかったことは、麻薬の入ったかばんが爆発したこと、何らかのリモートコントロールにより爆破されたのではないかということ、その爆破したかばんは福本氏のかばんだったこと、アノニモス・コーラー(匿名者)が電話で福本宅に麻薬が隠してあることをFBIに告げたこと、福本宅で見つかった麻薬は特定できないが南米からのシンジケートからのものであることなどでした。真治君はアメリカに送られる麻薬のルートの一部を担っていたと記されています。真治君を有罪にできる直接的な証拠は何もありません。起訴状によれば、真治君は悪意(内容を知っていながら)でヘロインを自宅に隠し持ち、またその所持は売ることが目的であったと記載されています。これだけの事実記載なら検事と対等に渡り合えそうです。がぜんやる気が出てきました。 Comments are closed.
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