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【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

3/25/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第9回目です。

=====================




第9章 相手方弁護人(Opposing Counsel)
 
 事務所に帰ると、千穂さんが再度カニングハム弁護士から電話が入ったことを私に告げました。
「しつこい弁護士だね。こっちは刑事事件であたふたなんだから、なんなんだい。」
「わかりません。事務所に帰って来たら電話をくれっていう用件でした。」
「はいはい。あ、千穂さん、悪いんだけどコロナーズオフィスに行って、遺留品をもらってくれないかな。あとデス・サーティフィケート(死亡診断書)も。」
「福本さんの事件ですか。」
「そうなんだ。」
私はメッセージが書かれた小さな紙を5つほど自分の部屋に持っていきました。そのメッセージを読まずに、真治君に関する警察の調書をかばんから取り出して、再度読み始めました。ゆっくり頭の中で考えを巡らします。どうみても、この福本家に麻薬があると電話してきて匿名希望さんは真治君を落とし入れようとしています。また、そもそも、無理やり真治君を逮捕して起訴に持ちこませたFBIのやり方があまりにも強引な気がします。毎日学校に行っている真治君がとても、何百万ドルにもなる麻薬を扱っていたとは思えませんし、FBIだって感ずるところはあるはずです。現に、私が爆破の次の日に真治君の家に行ったとき、真治君が麻薬のことを知っていれば、麻薬をどうにでも処分できていたはずです。FBIにしたって、この調書を見る限り、真治君をPrincipal(首謀者)とは決めて書いていません。あくまでも、Accompliceと書いてあります。アカンプリスとは、麻薬事件の場合、ただ麻薬を運ぶだけだったり主要に関与していない者を指すのです。どんなに罪が重くてもミュル(ろば)と俗に呼ばれる運び屋なのです。そうすると、FBIは必ず他に目星をつけていて、現在麻薬のシンジケートの糸を手繰っている段階なのです。どのような捜査の方向性が持たれているのか、マックブライドに聞きたくて仕方ありませんが、どうせ捜査中ということで教えてはくれないですよね。FBIの調書も、真治君を弁護をする上では好都合ですが、事件を究明するための道具としてはあまりにもお粗末です。
あることを思いつき、私は不敵に笑いました。FBIが、もし麻薬組織について解明しようとして行き詰まっているなら、FBIの捜査の手助けをすれば、逆に真治君を助ける駆け引きに利用できるはずです。しかし、今の段階で他の麻薬関連者が捕まらなければ、真治君は捜査のつじつまを合わせるために人身御供にされかねません。FBIとの駆け引きが重要な要素になるところです。作戦を練り上げ、勝負することにしました。なんとかFBIとの駆け引きに勝たなくてはなりません。
FBIに対する対処法を私なりに考えているときに、私の机の電話が鳴り始めました。集中しているときに鳴ったのでちょっとドキッとしました。
「ジュンペイ・スピーキング。」
「ディス・イズ・カニングハム。」
「こんにちは、どのようなご用件で。」
「先日お話したディスカバリーに関することです。」
「ですから、この間お話した通り、証拠開示の請求をカリフォルニア民事訴訟法2030条以下で出していただければ回答します。」
私は非常にうんざりしたような声をだしました。ため息交じりです。
「事件を早急に進めたくてね。」
「理由は。」
「亡くなったロビンス氏のビジネスに関する書類が足りないため、ロビンス設計事務所がうまく機能していないんだ。」
「それは、ロングフル・デスに関係ないでしょう。」
「それが、大いに関係あるんだな。ミスター・フクモトが持っているんだ、ロビンスの書類を。」
「どこにある書類ですか、家の書類はみんなFBIが持っていっちゃいましたぜ。」
「小山弁護士、あなたの意向はわかりました。こちらも然るべき手を打ちます。」
「どうぞ。」
「近いうちに、お会いできるといいですね、事件を進める上で。」
「それは、別に構わないですよ。」
「今日はもう時間がないな、明日はいかがですか。」
「証拠の開示は法律に則りますから、明日というわけにはいきませんよ。」
「それはわかっています。」
「ぜひ、私に明日の昼食を用意させてください。私の事務所に11時半でどうですか。金曜日ですからリラックスして。」
「O.K.」
電話を切った私は、カニングハムがなぜそこまで私に会いたいのか不可解でした。彼は一体何をしたいのだろうと興味をそそられましたが、果報は寝てまてですよね。
刑事事件の申立てが一息ついたところで、今度は民事事件の方も考えなくてはいけないな、と考えを巡らせはじめました。腕まくりをして、コンピュータのオンラインサーチに目を向けます。ベーツ&マコーミックに関する情報をインターネットで引出します。アメリカでも巨大事務所のひとつに数えられる事務所ですから、多くの情報を手に入れることができました。世界規模で展開するベーツ&マコーミックは弁護士が総勢563人、事務所は海外拠点が13、アメリカでも32都市に事務所を持っています。サンフランシスコでも二番目に大きな事務所です。主に世界規模で展開する国際的な企業の顧問を務めています。業務の範囲もM&Aやアンチトラスト(反ダンピング)から、企業の日々の業務上の問題まで、様々な仕事をしているようです。ビクター・カニングハムはサンフランシスコのパートナーであり、20年以上の法廷弁護の経験があるとの記載があります。主な業務内容は民事訴訟、著書も多数あります。
ここで私は眉をしかめてしまいました。法廷弁護を多く手がけている弁護士はディスカバリー(証拠開示)についても相当な経験があるはずです。いや、ジュリートライアル(陪審裁判)やベンチトライアル(裁判官による裁判)よりも、ディスカバリーを多くこなしているはずです。アメリカの裁判では陪審員が使われていますから、裁判が法廷に持ち込まれて、よくテレビや映画になるようなシーンが毎日のように行われているように思われていますが、それは間違いです。訴訟の多くの部分はディスカバリーに割かれます。ディスカバリーがほとんどの事件でカギを握るのです。そのことを熟知しているはずのカニングハムが、なぜそこまでして福本氏側の証拠開示を不合理にも短期間で迫るのか。内容はともあれ、カニングハムの行動を惹起させている動機というものに心が引かれました。一体、亡くなったロビンスとどのような関係があったのか、福本氏とどのような関係があったのか。多分、巨大な法律事務所がらみなのでお金が絡んでいるであろうということは見当がつきますが、具体的な手がかりはありません。考えを巡らせているのは時間の無駄、というように電話が鳴りました。
「ジュンペイ・スピーキング」
「先生、たいへんです…。」
私のクライアントの日本人夫婦で、レストランを経営している夫が倒れて、切り盛りで忙しい奥さんからの電話でした。頭を真治君の事件だけには割いていられないのです。弁護士の仕事は常にマルチ・タスクです。
「どうしました?」
「主人が、もう助かりそうもありません。」
「今どこですか?」
「カリフォルニア・パシフィック病院です。」
「すぐに行きますね。それじゃ…。」
病院から戻ってきたときにはもう午後の3時を回っていました。まだお昼ご飯もたべていません。事務所に帰ってきてからは電話にも出ず、真治君の事件に関してのモーション(Motion:裁判上の申立て)作成に時間を費やしました。法廷弁護人の主な業務の中には、特にアメリカのように判例を重視する国において、法律や判例のリサーチをすることが多くなります。過去にあった事件と今のシチュエーションを比べたり、特別法がないか、裁判官のコメントがないか、入念に調べ上げます。ロースクールの地獄のような3年間はその訓練と勘を養うのです。モーションを書くについても丹念なリサーチが必要となり、相当な時間がなくては良いものができないのです。時間との勝負というのも弁護士の業務なのです。
夜になって、申立書が完成しました。モーション・ツー・ディスミス(起訴取下げの申立て)です。そして、FBIに対するスピーナ(証拠開示請求書)も作成しました。本格的な法廷戦の幕開けです。翌日、検察庁とFBIのサンフランシスコ支局それぞれに送達することを千穂さんに書き残して、事務所を出ました。モーションに対するヒアリング(審理)は法律で最低10日間の猶予を相手に与えなくてはいけないことになっています。今日作成して明日というわけにはいきません。明日から早くても10日後になってしまうのです。日時指定をぎりぎり早くに設定するメモを残すのも忘れませんでした。相手方に猶予の期間が不足しているという異議を申し立てられないように念をいれて再来週の水曜日に設定をしてもらうように書き留めました。申立ての期日は申立代理人が設定できるのです。
家にたどり着いたときにはもう11時になっていました。居間に入ると真治君がもう慣れてきた私のソファで本を広げて読んでいました。
「ただいま。勉強かい?」
「あ、おかえりなさい。昨日先生と話していたこの本、ギデオンのトランペット、すごく面白いですよ。」
「へー、感心だね。夜も遅いのに。テレビの方がよっぽど面白いと思ったけど。」
「ははは、そんなことないですよ。」
私は、私の首をしめようと必死になっているネクタイを解き、Tシャツ姿になりました。ビールを冷蔵庫から持ってきて真治君の近くに座りました。
「もう、読み終わりそうじゃない。」
「そうなんです。最後まで読まないと、眠れそうもないな。」
「おもしろいだろ。」
「法律ってすごいですね。こうやって人を助けることができるんだから。」
「そうだね。世の中には金儲けばかり考えていたり、金を多く持っている方に味方するという弁護士もたくさんいるけどね。やはり、社会やみんなのためを思っている弁護士もたくさんいるんだ。」
私の頭にカニングハムの事務所のことが浮かんできます。資本主義のもとでは、お金を得るためにはとにかく大きな組織にならなくてはいけないのです。大きなクライアントを得るためには、無料の法律相談を月に何百時間もしたり、あの手この手のセールス合戦を繰り広げなければならないのです。
「でも、法律って、勉強するの難しいんでしょ。」
「うーん、どうかな。難しいか難しくないかっていう観点よりも、世の中の仕組みを理解するための手段って感じかな。」
「こないだ弁護士になるのって大変って言ってたけど、どうして弁護士になろうと思ったんですか。」
「うーんそうだなー、アメリカっていう国は人種や考え方も様々だよね。もうめちゃくちゃ。わがままというか、自分のことしか考えていないっていうか。僕はこの国に住んでいて人の生きていく方向性を単一的には捉えられないことがよくわかったんだ。」
「そうですよね。」
「それでね、こんなにばらばらな国でも他の国と変わらず、貧しい人や困っている人っていうのはいるわけで、その人たちを守れるのは法律しかないんだな、って思ったんだ。法律というのはある一定のところで線を引くものだからね。なんとなく、ばらばらな人たちでも、生きていくため、そして生活を守るためにぎりぎりの線というものがあり、それを守ってあげられるのが弁護士しかいないんだね。それで、弁護士になって自分よりも困っている人、自分よりも悲しみを感じている人を助けてあげようと思ったんだ。」
「ふーん。」       
真治君は何かを考えている様子でした。
「今まで、弁護士っていうか、法律に関わる人に会ったことがないからよくわからなかったけど、自分でこういう立場になって、やっと弁護士ってどういう職業なのかわかってきました。」
「そうなんだ。何事も経験だよね。ギデオンの場合、牢屋に入れられて、相当ひどい待遇に遭っていたんだね。たぶん暴力を振るわれたり、いやがらせをされたり。囚人と言う立場だから力関係では本当に弱者だよね。ギデオン自身教育もなかったから、基本的に何もすることができなかった。ギデオンは牢屋の中で起こっている暴力や嫌ががらせについて一所懸命メモを書いて最高裁判所に訴えたんだ。勇気があったんだね。それで、しばらくして最高裁判所がギデオンの事件を取り上げたんだ。そのことがきっかけとなって全米中の刑務所で囚人の待遇が改善された…。あ、あんまり話しを言っちゃうと本が面白くなくなるね。」
「大丈夫です。もう終わりの方ですから。」
「アメリカでは、弁護士が多い多いって言われているけど、世の中には人権を踏みにじられている人がたくさんいる。社会を改善していくために弁護士が必要だとすれば、まだまだ足りないくらいなんだ。日本では、弁護士の絶対数が少なくて特権階級のように思われているけど、そのような位置付けの人たちが本当に弱い人たちを助けていけるかと言うと力的に不足しているんだよね。これからは変わるだろうけど。」
「先生、ほかになんか読む本ないですかね。」
「法律関係でか。いやに熱心だね。」
「弁護士っていう仕事にすごく興味が沸いてきました。」
「ははは、それは頼もしいや。まあ、明日は金曜日だから、週末はゆっくりしよう。まだ、真治君とは二人でゆっくりしたことないもんな。」
「はい、それじゃ勉強しています。」 真治君は私の書斎、いや彼のベットルームに帰っていきました。
残飯処理係と化した私は、冷蔵庫で目に付く食べ物を口にしながら冷えたビールで喉を洗っていました。明日の昼ご飯はさぞおいしいものをカニングハムにごちそうしてもらえるでしょう。
 
金曜日の朝も相変わらずの晴れでした。真治君は早起きして学校に向かいました。私は早朝の出廷もなくちょっとのんびり気分で、ピーツ・コーヒーに向かいました。スーツは着ていません。アメリカでは金曜日をカジュアル・デーと冠して、スーツを着ずに私服で出勤することが当たり前になりつつあります。私もデニムパンツに洗いざらしの襟付きシャツをつけて車に乗りこみます。コーヒーと、奮発してチョコレート・クロワッサンを買い事務所に向かいます。ひっきりなしの電話の応対や書面の作成をしているとあっという間にカニングハムとのアポの時間が近づきました。
「千穂さん、昼ご飯は例のカニングハムとすることになったから行ってくるよ。」
「あ、あのしつこい電話の人ですか。」 
ちょっと千穂さんは眉をしかめていました。
「そうですか。了解しました。お気をつけて。」
「はい。」
私はエレベータに乗りこみ、金曜日と言うこともあってリラックスした雰囲気のビルを出て、カニングハムのいるビルに徒歩で向かいました。高層ビルの間から青空がのぞいています。
サンフランシスコのダウンタウンは、他のアメリカの都市と変わらず道が桝目状にまっすぐ通っています。ですから、目的地に向かうのにどの道とどの道が交差しているのか聞くだけでおおよその位置が把握できます。カニングハムの事務所は私の事務所からそう遠くないところにあります。
道では、週末の予定を話し合うカップルや仕事の合間に立ち話をする人たちにたくさん出会います。道端のお花屋さんでは、グラマラスな花が太陽に顔を向けています。カニングハムの事務所は海のそばに4つの大きなドミノのように立っているエンバカデロビルのナンバー1にありました。エレベータに乗りこみ35階を示すボタンを押します。私の事務所があるおんぼろビルとはぜんぜん違います。すべてが現代的に金属で光り、エレベータの乗り心地もカプセルに入っているようです。35階にはあっという間に着きました。エレベータを降りると、目の前には大きく「ベーツ&マコーミック」と金色で彫られた文字が見えます。そのうしろにはレセプションのきれいなお姉さんが座っていて、そのまたうしろにはアルカトラズ島を含めてサンフランシスコ湾が一望できるガラス張りのコンフェレンス・ルームがあります。この景色に心を打たれてお金を落としていくクライアントも少なくないのでしょうね。
きょろきょろしてばかりいると警備員を呼ばれかねないので、そそくさとレセプションに近づき、自分の名前を名乗りカニングハムに会いたいことを告げました。
「ヒー・ウィル・ビー・ライト・ウィズ・ユー(すぐに彼は来ます)。」
雑誌から飛び出してきたような白い歯を見せて彼女はにっこりしました。
「ありがとう。」
私は、目にした革のソファに腰掛け、置いてあった雑誌に目を通しました。私は11時半ジャストに来たのですが、カニングハムは11分ほど私を待たせました。音もなく出てきたカニングハムは私の握手を求めました。
「ファイナリー・アイ・ゴット・ホールド・オブ・ユー(やっとあなたを捕まえることができました)。」といって私の肩をたたきました。
「ユー・ガット・ミー(捕まれられました)。」
私はカニングハムの目を見て笑いながら手を握り返しました。私よりもちょっと背が低い男で、目は真っ青です。頭はダークブロンドで、7・3に分けています。顔はどちらかと言うと四角い感じがしますが、鼻は高くちょっと赤くなっています。卒がないダークグレーのスーツを着て、光沢のあるえんじのネクタイを締めていました。スーツは非常に高価そうな生地です。どうせ私のスーツが10着分買えてしまうくらいの金額なのでしょうね。
耳まで届きそうな笑いを浮かべながらカニングハムは私を会議室に招きました。会議室は全部で10室ほどあるらしく、私が通された部屋は、更に海に近い角部屋でした。
カニングハムは私を海に向かって座らせ、自分は向かい側に腰をおろしました。一息つくと、カニングハムが切り出しました。
「小山弁護士、事件よりも何よりもびっくりしました。」
会議室にカニングハムの低い声が響く。
「は、なんでしょう。」
「あなたは三谷弁護士と働かれている。」
「聞きました。あなたも以前はPD(パブリック・ディフェンダー)だったって。」
「あの頃は、楽しかったです。がむしゃらでした。」
「PDの事務所は体力勝負ですからね。」
「三谷弁護士はおとなしいですけど、すごく頭が切れる人です。」
「…。学生時代からの友人だとか。」
「一緒に勉強会をしたものです。司法試験も一緒に勉強しました。」
「それにしても、こうも人生が違ってくるなんて…。」
わたしはきょろきょろ部屋を眺めました。テーブルから何から何まで高そうなことがわかります。壁には青い空によく映えるピンク色の大理石が施されています。私は、クライアントはこの会議室で会議をしていて、こういう壁やテーブルにお金を払っていることを知っているのかなと考え、もし知っているとすれば物好きだなと思ってしまいました。まあ、なんでもよいですが同じ法律の勉強をして、同じ試験を受けて、弁護士になってここまで違うのかと感心してしまいました。私の考えに気づいたのかどうか、カニングハムは仕事に話を向けました。
「ジャック・ロビンス氏の奥さんは非常に悲しんでおられる。」
「お察します。」
「これからの生活を考えなくてはならない。」
「そのためにこの裁判を提起されたのでしょ。」
「小山弁護士、あなたも私も納得できる和解に至るためには少なくとも、偽りのない情報開示が必要だ。」
「カリフォルニアの民事訴訟法でそう規定されていますよね。だから私は法律に則る証拠開示には同意しています。今から、そちらで証拠開示請求をすれば、20日後にはあなたのお手元に必要書類を届けますよ。」
「そうだな、まずその事務を済ませてしまおう。」
カニングハムはファイルの中から、書類の束を選び、私に投げるように渡しました。題目は「書類開示の請求(Request for Production of Documents)」。ぺらぺらと中を見ながら、ずるいやつだな、と思いました。私がカニングハムに言ったように、書類の開示請求は請求があった日から20日以内に書類を提出しなくてはなりません。これは法律で決まっています。ところが、郵便で請求を送ると20日間に加えて、法律上5日間猶予が相手方に与えられてしまいます。ですから、直接手渡せばこの5日間を節約できるのです。昼飯ごときで相手を呼び出しておいて手渡しするのはずるいですよね。私は顔色ひとつ変えずに、
「確かに受け取りました」と事務的に答えました。いくらでも防御策はあります。
「ところで、どのような書類や情報をお探しですか。」 
私は切り出しました。
「電話でも言ったと思うが、ロビンス設計事務所はあまり今、機能していない。大事なデータが見つからないのだ。」
あっ、と思いました。コンピュータのデータのことを言っているのでしょうか。
「大事なデータが入ったコンピュータかなにかあるのですか?」
「それもあるが、手帳なども見当たらない。」
ということは、相手方はロビンス氏の持っていたコンピュータは回収しているのでしょうか。そのデータが見たい。私は押すように言いました。
「カニングハムさん、ロビンス氏が持っていたコンピュータというものがあるのでしょうか。」
「ははは、そのデータが見たいのですか、小山弁護士?」
一瞬、わきの下に汗を感じました。
「なにかの役に立つかもしれませんしね。」
私はなるたけ平然といいました。
「それはできません。あくまでもこちらの証拠開示請求と同時履行で行こうじゃありませんか。」
「もっともですな。」
カニングハムは身を乗り出して付け加えました。
「小山弁護士、私はロビンス、福本両氏がどのような行動をとっていたために、爆発に巻き込まれたのか、確かめたいのです。」
その答えはもっともです。
「具体的にはどのようなものをお考えですか?」
「…。それはあなたからの開示を待って考えていきたいと思います。」
確かに、この答えももっともです。私が何を開示するのかを見極めたいのでしょう。今からカニングハムがヒントをくれるわけないですからね。まあ、開示に関してはカニングハムとやりあうことになるでしょう。
「ところで、お腹空きましたね。カニングハム弁護士と昼食を一緒にできるということで楽しみにしていたんですよ。」
「これはこれは、それでは行きましょうか。」
先に立ったカニングハムは、私を促し、事務所の長い廊下を歩き始めました。さっきカニングハムから受け取った書類開示請求は、折ってデニムパンツのポケットに突っ込みました。それを見てかすかにカニングハムは顔をしかめたようです。私は気にせず、大理石やら桜の木の板でちゃらちゃらした事務所を早足で歩き、カニングハムとエレベータに乗りこみました。ビルを出たわれわれは、しばし無言で歩きました。
ちょっと歩いたところに、カニングハムが招待してくれたレストランがありました。建物の1階で、ちょっと落ちついた雰囲気の店です。彼は私を促して、店に入りました。ちょっと暗い照明にマホガニーの壁がしっくりきています。カニングハムを見とめた給仕は、笑いを顔いっぱいに浮かべ、外の景色が見えるブースにわれわれを座らせました。
「ここはコブ・サラダが有名なんだよ。」
「へー」と言いつつ店内を眺めてみます。午前中の仕事を終わらせた様々な団体が、声をあげながらフォークとナイフを動かしています。12時ちょっと前だったので、まだ満席ではありません。おや、と思ったのが、私の斜め前の席で昼食を待っている三人組の男なのですが、この暗い店内でサングラスを外していないんですね。カニングハムにそのことを言うと、そちらを見向きもせずに、うなずきながらメニューを上から下まで眺めていました。
「決まったかね。」
「コブ・サラダにしてみます。」
「そんなに大きな体で、それだけでいいのかね。」
「充分です、はは。」
料理を待っている間、カニングハムは三谷先生との思い出を語り始めました。それでも、あたりさわりのないことばかりを言っています。私は突っ込みました。
「どうして、PDを辞められて、ベーツ&マコーミックに移ったのですか。」
「うん、それはね、いろいろあったけど、大きな事務所での仕事もしてみたいと思ってね。」
「でも、大きな事務所では、PDの時のように、人助けとか人権問題とか、あまりできないのではないですか。」
「そうだね、それでも人権団体に寄付や援助はしているんだ。」
「寄付ですか…。」
「ベーツ&マコーミックは多額の寄付をすることで人々の役に立っている。」
「ご自身では、なにかプロ・ボノ(Pro Bono:無給弁護)をされないのですか?」
「私自身はなかなか時間が取れないが、私のアソシエートにはさせている。」
威厳を保とうと思ってか、カニングハムは胸を張って答えました。
サラダが運ばれてきました。アメリカのレストランでの一食は日本での二食、三食に匹敵するでしょうね。すごい量です。それをパクパク食べました。会話はあまり弾まず、料金は取り合いの末、カニングハムが払うこととなり、レストランを後にしました。「またお会いしましょう」とおざなりの挨拶を交わし、私はカニングハムと別れました。カニングハムとの食事はまぁまぁでしたが、歩きながら証拠開示請求をポケットから取り出し、詳細を読みはじめました。私は唇を噛みながら「汚い事するよな、カニングハムさん」とつぶやきました。


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