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【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

4/24/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第13回目です。

=====================


第13章 証拠開示の申立て (Motion to Compel Production of Documents)
 
サンフランシスコ郡の裁判所は連邦の裁判所のすぐそばに建っています。1989年にサンフランシスコで地震があるまでは市庁舎と合併されていたのですが、地震で市庁舎が閉鎖になると、仮の建物に裁判所が移されました。およそ10年の年月を経て、新しい6階建てサンフランシスコ郡裁判所が完成しました。モダンな造りですが金属を多用しているため、冷たい感じがして評判はいまいちです。それでも、各法廷は荘厳な感じが良く表されています。民事事件に関する様々な申立ては実質的な裁判の審理とは違うので4階や5階ではなく2階で審理されます。ガルシア裁判官が申立て(Motion)を専門に判断する判事としてサンフランシスコ地裁に着任しています。ガルシア裁判官は新聞をにぎわす決定をよく書くことで知られています。
アメリカの裁判所で良くあるパターンですが、裁判のステージが進むにしたがって階が高くなっていくという傾向があります。ちなみにサンフランシスコ地裁では一階が訴訟の受理・受付、2階が各種申立てや事件の管理部が置かれています。3階と4階それに5階が裁判が行われる法廷として仕切られています。
私が第214号法廷に入ると、法廷内はスーツを着た弁護士ですでにいっぱいでした。申立ては、一日に20件ほども一人の裁判官が処理しなくてはならないので混んでいるのです。ガルシア裁判官は毎日のように入ってくる事件を事務的にそして正確に処理していきます。私はガルシア裁判官とは相性が良いと思っています。日本の裁判官は、司法試験に合格した者からすぐに任官されますが、アメリカでは20代の裁判官というのはまずいません。なぜかというと、アメリカの裁判官は大統領や州知事の任命、もしくは選挙で選出されるからなのです。たいてい、弁護士や検事を20年ほど経験した人が任命されます。ですから、実務経験が豊富なため、判決も納得がいくものが多い反面、一人一人の判事によって非常に癖があります。良いことでもあり、悪いことでもあります。
 法廷をあまり見まわすことなく私はカニングハムを見つけました。私と目が合ったカニングハムは立ちあがって私に近づき握手を求めました。いつも革の椅子に座っているカニングハムはプラスティックの椅子にちょっとぎこちない様子でした。私も精一杯の笑顔をつくり握手を返しました。すごい力で握ってきます。カニングハムの後ろを見るとスーツを着た三人の若い白人が立っています。3人とも緊張しながらカニングハムの背中を見ています。
カニングハムは私が彼のうしろに立っている3人に興味を示しているのに気づいたらしく、ちょっとうしろを振り向いた後、私に向き直り三人を紹介してくれました。三人ともベーツ&マコーミック法律事務所の弁護士だそうです。このロングフル・デスの事件を担当するためにカニングハムを含めて4人の弁護士が原告側に立っていることとなります。すごいですね。この三人は比較的若い弁護士なので多分まだアソシエートなのでしょう。それでもエリート扱いされ、相当の給料をもらっているのでしょうが。
ベーツ&マコーミックのような巨大事務所になるとパートナーになるためには、既存のパートナーに媚を売り、できるだけ長い時間働き、できるだけ自分の色を隠さなくてはなりません。働くときには週に100時間なんてこともあるそうです。土日なんかありませんね。そして風紀にしっかりはまったものが優秀とされるのです。日本人とか得意そうですけどね。でもこの三人の顔を見てください。みんな同じような顔をしています。できるだけ目立つのを避けるように…。できるだけカニングハムに気に入られたいと思っているのでしょうね。しばらく法律で食べているとこの手の弁護士は法律的には正しいことを言うけれども機転が利かないし、自分で船を進めることができないことがわかってきます。スーツは高そうなものを着ていますが、眼中にないですね。こういう弁護士が相手方として10人出てこようが20人出てこようがあまり関係はないのです。
私は、薄笑いを浮かべてしまいました。
私の気を引くようにカニングハムは言いました。私も顔をカニングハムに向けます。
「どうですか、この申立ての審理が始まる前に我々だけで紳士的に解決しては。」
私はカニングハムだけを見ながら
「賛成ですね。」
と言いました。うしろの三人が、ほれ見たことかという顔をしています。これだけの弁護士が出てきたらひるむのが通常とでも思っているんですかね。
「それは良かった。」 
カニングハムの顔に笑顔が浮かびました。それでも目は笑っていません。
私はすかさず言いました。
「それでしたら、申立てを取下げてください。通常どおりの訴訟進行で、再来週くらいには手元にある書類をそちらにお届けしますよ。なんなら指定した時間に取りにきてもらっても構いませんが。」
カニングハムの笑顔はすっと消えました。
「あくまでも提出を遅らせるつもりですか。」
「遅らせるわけではないが、そんなに急ぐ必要もないでしょう。あなたの申立書には実質的な議論が書かれていない。あなたの頭の中で考えている証拠物がどのようなものかまったく見えない。何か特定されたものがあるんでしょう。」
(パームだろ、このやろう)、と思いながら問い掛けました。
カニングハムは少々上気した顔をしていましたが、特定のものがあるということは否定しました。やはり図星のようです。
「とにかく、あなたの手元にある証拠を出すべきです。」
「出すべきです!? あなたが裁判官なわけじゃない。それは裁判官が決めることだ。あれ、紳士的に解決したいのじゃないですか?」
「…。」
「とにかく一体何を見たいのか特定してくだされば、考えないことはないですよ。」
「特定のものというよりは、現在被告であるシンジ・フクモトが持っている事件にかかわるものすべてを要求しているのだ。わからないかね、小山弁護士。」
「そのような提出要求は被告側にとってあまりにも負担が大きい。」
私は肩をすくめました。
「話し合いでは無理ということですな、小山弁護士。」
挨拶もせずに法廷の裁判官席から向かって右側に、三人の弁護士を従えてカニングハムは去っていきました。
私は向かって左側の方に腰を下ろしました。カニングハムと三人の弁護士がひそひそ話しをする声が聞こえます。まもなく開廷になりました。この法廷もカレンダーされた順番で事件が呼ばれますので、真治君の事件が呼ばれたのは10件目でした。一件の処理に5分から10分ほどかかっていましたので、40分くらい待たされました。一件の処理があまりにも短いと思われるかもしれませんが、事前に書面で審理をしておくのが申立てを処理する裁判官の役目なのです。ですから、弁護士が法廷に出廷するまでには大まかな決定の方向性は決められているといってもおかしくないでしょう。ガルシア判事は本当に手際よく、一件一件着実にさばいていました。ガルシア判事は申立ての概要や反対書面について知りたいことがあると積極的に弁護士に質問をしていきます。ちょっと俳優のカークダグラスに似てハンサムです。
我々の事件が廷吏によって呼ばれ、私も抱えていたかばんを左手に持ち替え立ちあがって、被告席に向かいました。カニングハムも三人を従えて原告席の前に立ちました。スーツを着たカルガモの一家みたいです。法廷内は原告席と被告席が並んでいて、ちょうどガルシア裁判官と対面する形になっています。椅子も原告席と被告席に用意されていますが、短い審理なので座ることはしません。通常、申立てをした弁護人が概略を議論することではじまります。そこでカニングハムが一声を出そうとしたところ、ダグラス裁判官が先に口を開きました。
「申立書、反対書、それに再反論などを読みましたが、実際のところこの事件は通常のロングフル・デスの事件と変わりないと思います。そんなに証拠開示を急ぐ理由があるのですか?」
裁判官は原告側であるカニングハムだけに問い掛けているのではなく、漠然とした質問を提起したのだなと感じ取った私は、すかさず
「ないと思います。もしあるとすれば…先ほど原告側の弁護士と申立てを取下げてもらって平和的解決をしようとしていたのですが…そのとき気づいたことですが、なにか特定なものを早急に見てみたいと原告側は考えているようなのです。それを言ってくだされば、早急に提出するのはやぶさかでない。特定のものが何であるかを考えていない状況でこのような申立てが行われるのは、被告側の弁護を不当に難しくします。」
ガルシア裁判官も同じポイントに気づいているようでした。ガルシア裁判官はカニングハムが口を開こうとするのを押さえて、たずねました。
「原告側代理人…ミスター・カニングハム…一体何を見たいというのですか。特定の証拠があるのでしょうか。」
「そ、それは、現時点では言うのを差し控えますが…特定のものはあります。」
「それではその証拠品を裁判所に対して特定していただけませんか。被告代理人にその提出が可能かどうか打診すれば良いことですから。」
「それは…。」
そのときカニングハムの事務所の若手弁護士が口をあけました。
「裁判長、民事訴訟法2030条以下の趣旨に基づいた場合、原告側の申立ては正当性を有します。」
ガルシア裁判官はあからさまに嫌な顔をしました。
「弁護人、当裁判所は法律に関しては充分熟知しています。それよりも現状をどう解決するか、それが大事なんですよ。わかりますか。」
カニングハムはフォローをいれようとしましたが、結局謝ることで精一杯でした。私は、続けて、
「裁判長、原告側にどのような証拠を開示すれば良いのか特定していただけないでしょうか…お願いいたします。」
カニングハムは私がパームのことを気づいているかどうかがわからないのです。特定してしまえば、私の興味をそそって、その結果、お宝情報を私に知られてしまうことになるのです。できるだけ誰にも知られずにパームがある場所を知りたいのでしょう。私はしっかりとぼけることにしました。
ガルシア裁判官はうなずいて、
「原告代理人、どのような証拠が必要なのか特定をお願いします。」
私も続けます。
「裁判長、先ほど原告代理人は特定のものがあると言ったと思いますが。」
もし私がこの申立ての真の意図を考えておかなければ、訳もわからず提出の期日を早くするか遅くするかの綱引きで終わっていたかもしれません。ところが、どうもパームを欲しがっているところを察した時点でうまく申立てをこちらのペースに乗せることができました。
カニングハムは真っ赤になってしまいました。
(ほれみたことかい)
私は心の中でべろを出しておきました。でも、それでは収まりません。私も忙しいのです。私は、
「裁判長、この状態を見る限りでは、不充分な理由に基づいての申立てだと言わざるを得ません。私としても全力で証拠開示をするつもりですが、逆にこのような申立てがあったのでは、訴訟進行の不利益につながります。今後このようなことがないために、この申立てに反対するためにかかった被告側の弁護士費用、訴訟費用を原告側に負担する請求をここに口頭で申し立てます。」
私はこのような申立てをせざるを得ない自分が残念ですという顔をして見せましたが、毅然とした態度で裁判官を見つめました。チラッと横の席を見るとカルガモ一家がまさに爆発寸前の顔をして、私を見ています。裁判官は、原告代理人であるカニングハムに向き直り、
「原告側は特定された証拠を指定してください。特定ができないのならある一定の範囲での証拠物の特定をしてください。」
カニングハムは、躊躇していましたが、
「現在、特定できません…。」
とつぶやくように答えました。
「それではしかたありませんね。被告側の弁護士費用と訴訟費用をこの申立てに関する範囲で原告側に支払わせる命令をします。今日より1週間以内に被告の費用を被告代理人に支払うこと。金額は裁判所の判断により1000ドルとします。」
裁判官は木槌を鳴らしました。
通常裁判所の弁護士費用や訴訟費用の支払命令は実際にかかった金額よりも少なく換算されます。それでも相手方にとっては屈辱ですよね。
「裁判長、ありがとうございます。」
私は、優雅に一礼をして裁判所を後にしました。カニングハムとはもう話す必要はありません。駐車場に戻った私は上機嫌でした。あのベーツ&マコーミックの強引なやり方にちょっとは報いてやったと思っています。それにしても、裁判官も同じようなことを感じていたように、カニングハムは明らかに特定のもの…つまりパームの提出を望んでいます。そのことを今のところ隠していることは明らかです。誰にも知られたくないのですね。原告であるロビンスにとって証拠の請求をしながら、いざとなると証拠の特定を避けるということは事件の進行にとってはプラスにはなりませんよね。そうするとあのパームに入っている情報は、ロビンスにとってもカニングハムにとってもまずい証拠なのではないか、そんな確信を持つことができました。私が殴られたときに取られたコンピュータ、それに執拗なまでに欲しがるパーム。とにかくなんらかのデータを見られると困るのでしょう。時計をみるともう4時を過ぎていました。事務所に車を向けました。事務所に戻ると心配そうな顔をしていた千穂さんと三谷先生が待ち構えていました。
「なんですか二人して。」
「どうだった、ベーツ&マコーミック相手にして。」
「こっちの弁護士費用まで取ってやりましたよ。」
ふたりともほっとした顔を見せていました。私の部屋で事件の経過を話していました。陽は沈んでいきます。そのときけたたましく私の直通回線が音をたてました。
誰だろうと思い受話器を上げてみると真治君でした。
「先生、たいへんだ。家に泥棒が入ったみたい。家中があらされているよ。」
私は椅子から滑り落ちそうになりました。三谷先生と千穂さんがじっと私を見ています。
「おいおい、本当? 今すぐ帰る。」
「僕も今帰ってきたところだから、どうしよう。」
「何も触っちゃいけない。もう賊は帰ってこないだろうから、玄関の前で待っていて。」
簡単に三谷先生と千穂さんに説明をして、車をすっ飛ばして家に帰りました。家に帰ると、真治君は無事なようでした。それを確認すると少しはほっとしました。
真治君は今日裁判所に行ったこともあり少々疲れ気味でしたが、しっかりしていました。私の顔を見るとちょっとは安心したようです。
「すごいですよ、家の中。」
「なんだよ。いつでもそんなにきれいじゃないけど、荒らされたら片付けるのが嫌になっちゃうな。」
私は、家の中を見まわしました。賊は裏にある勝手口のカギを壊して進入した様子です。手際が良いのと薬品を使っているところを見るとちょっとしたこそ泥ではないようです。見まわしましたが、何も取られている気配はありません。銀行関係や、他の大事な書類も手付かずです。ふっと真治君の家で賊に襲われた思い出がよみがえります。私は真治君が寝起きしている書斎に走りました。
やはりありません。コンピュータの本体が根こそぎ持っていかれてしまっています。これで、確信できました。賊は福本氏に関係しているコンピュータのデータを欲しがっているのです。私は携帯電話を使いFBIのマックブライドに電話をかけました。
「これは弁護士さん、どうなされましたか。」
あくまで事務的に受け答えをしているマックブライドですが、私は興奮せずにいられません。ちょっとしゃべるのが早くなってきているのが自分でもわかります。
「捜査官、たいへんです。賊が私の家に入ってきた。コンピュータを持っていってしまいましたよ。」
「えっ、いつです。」
マックブライドも興奮しています。
「真治君が学校へ行き、私が法廷に行っている間です。」
「そちらでお会いしましょう。」
マックブライドは20分もかからず私の家に来ました。ピザの宅配より早いですね。マックブライド以下7人ほどのFBIの捜査員は3台の車でやってきて私の家をマグネシウムの粉を使ったり、フィルムを使ったり細かいところまで検分していました。また、近所に聞きこみにあたっていました。
しばらくしてからマックブライドがつぶやきました。
「プロですね。福本氏の家に入った賊と同じ化学薬品を使っている…。」
「やはり、麻薬に関係しているのでしょうね。」
「そうですね…。」
「賊はどのようなデータを探しているのでしょうね。」
私は探りをいれてみました。
「それはFBIでも現時点でははっきり言えない。ある重要人物についてそれなりのデータを集めているんだが尻尾をださないんだよ。」
 FBIがまだパームの存在、それにVgodやJgodなどについてのデータの存在を掴んでいないこともはっきりしました。前回マックブライドが「ベンツでなにか発見したのでは」と言ったセリフはひっかけ問題だったのです。そうすると、パームのデータについて知っているのは私だけということになってしまいます。ちょっと大変なことになってきました。私は更にマックブライドにたずねました。
「わからない、わからないとFBIはいっているけれど、何かつかんでいるんでしょ。もう真治君を無罪にしてあげてくださいよ。」
「背後組織についてグランドジュリー(大陪審)が動いてくれないかなぁ…。」
と言ってマックブライドは口をつぐみました。マックブライドのつぶやきを聞き逃さなかった私は、
「大陪審が動いたら大事になるね。」
と言いながらマックブライドを見つめました。
 
グランドジュリー(大陪審:Grand Jury)というのは、日本ではあまりなじみがないコンセプトでしょう。よくテレビや映画で12人の一般人が裁判を通して主張を聞き、評決(Verdict)を下すという場面に出くわされたことがあるのではないですか。あの制度も陪審制度と呼ばれています。ただ、正確にはペティット・ジュリー(小陪審:Petit Jury)と呼びます。民事裁判でも刑事裁判でも実質的に事件を審理するのは小陪審なのです。今では一般的にジュリーといえば小陪審のことを指すのです。これに対して、大陪審というシステムが伝統的に英米法に存在します。刑事事件に使われるコンセプトです。日本では、被告人を刑事裁判にかけることを起訴するといいますが、この起訴をするかどうかの決定を下すのは検察官です。アメリカにおいて刑事裁判にかけるかどうか、つまり被告人を起訴するかどうかを決めるのに基本的に3つの方法があります。ひとつは日本のシステムのように、検察官が起訴を決める方法です。二つ目は真治君が起訴されたときのようにプレ・リム(Preliminary Hearing)という裁判官の決定を通してなされるものです。3つ目の方法が大陪審にかけるというやり方なのです。
ある一定の犯罪においては必ず大陪審を経なくてはならないとアメリカの憲法で定められています。特に重大な犯罪の場合には大陪審を経て起訴がされます。カリフォルニア州の裁判所では大陪審はありません。連邦の裁判所に限られています。大陪審は一般市民16名から23名で構成されます。一事件単位で集まるのではなくいくつもの事件にかかわります。連邦裁判所には大陪審の部屋が用意されています。大陪審の役目は、事件に関わるさまざまな証人を召還して被疑者を起訴するかどうかを決めることです。大陪審が開廷されると、まず連邦の検事や大陪審が適当と認めた証人を召還します。もちろん、被疑者も召還されることになります。次に検事が被疑者や証人に対してさまざまな質問をすることになります。そのやりとりをもとに大陪審が起訴するかどうかを判断します。特筆すべきは、この大陪審に喚問された被疑者や証人は弁護士をつけられないということです。黙秘権は認められていますが、弁護士をつけて大陪審に臨むことはできないのです。被疑者や証人についた弁護士は大陪審室の外で待っていなくてはなりません。被疑者や証人が弁護士に相談したい場合には、証言を一時中止して大陪審室の外に出て弁護士と話さなくてはならないのです。裁判官はいません。陪審員が起訴と決定すれば、連邦の刑事裁判にかけられることになります。
 
 真治君が逮捕されたときにはプレ・リムという裁判官が決定を下す方法で起訴か不起訴か決められましたね。ところがマックブライドいわく、大陪審が動いているとのことですから、相当に大きな事件が背景にあるということになります。それも真治君はすでに起訴をされていて実質的な審理に入っていますから、真治君のことではありません。私はマックブライドのつぶやきを逃しませんでした。
「誰が大陪審の対象になっているんですか。」
「それは本当にわからない。」
「でも、漠然としていても私のクライアントの利益になることでしょ。」
「利益になるかどうかはわかりませんが、コロンビーニ一家にかかわることです。」
「真治君の起訴取下げにできることならなんでも協力しますからね。」
マックブライドが、笑い顔をつくり私に握手を求めました。
「弁護士さん、あなたはタフだ。本当にタフだ。そこまでクライアントのために尽くせる法廷弁護人は見たことがない。敬意を表します。」
「ありがとう。ぼくは真治君を信じているだけだ。それが仕事なんだ。」
「感心します。でも、今は言うことができないんです、小山弁護士。」
検分が一段落して、FBIは引き上げていきました。残された真治君と私はお腹が減ったねと言い合い、カップヌードルを食べました。こんなことがあっても食欲だけにははむかえない二人でした。
私は麺をすする真治君をじっと見て言いました。
「真治君も強くなったな、本当に。」
「そうですか。でも先生と住んでいていろいろ学んだけど、一番大事なものは自分の心の持ちようなんだなと思いました。」
「なんだい、そりゃ。」
「今回のこの一連の出来事で、どんなものでも、ものは失ってしまう。それでも、自分の心に信じている信念は、自分が信じている限りなくならない。そのことに気づかされたんです。」
「君は、恵まれて生きてきて物質的には何も不自由していなかったよね。だけど、わかるよね、生きていくことに本当に大事なものってお金で買うことはできないんだ。」
「はい。それに今回のことで、お金では買えない、これからがんばって生きていくための夢をもらいました。」
「なんだい、それは。」
「夢です、夢。」
「どんな夢なんだい。」
にっこりした真治君は、
「それは言えません。自分でやり遂げるまでは。」
「それは、楽しみだな。ははは。」
お腹の空いていた二人は、一人二個づつカップヌードルを食べていました。結構おいしいんですよね。子供の頃に水泳の後、よく食べた思い出がよみがえります。
疲れていた真治君は先に床に就きました。私は家中ガチャガチャにひっくり返された状態を目に焼き付けながら、パーム・パイロットのことを考えていました。結果的に修理に出しておいてラッキーだったわけです。もうすぐ手元に帰ってくることでしょう。パームのことについては真治君を巻き込みたくないのでまだ言っていません。どんな情報が入っているのかお楽しみです。この事件を解決するカギなのは間違いありません。それよりもFBIのマックブライドが大陪審のことを口にしたことが気にかかります。誰を引っ張ってくるつもりなのか。カニングハムなのか…。疲れているはずなのに、なかなか寝つけません。台所に置いてあったブランディーを普通のグラスにじょぼじょぼついで、一気に飲み干しました。まだ11時ですが今日はもう寝かせてもらいましょう。

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