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【小説シリーズ】陪審喚問の時(The Grand Jury)

4/8/2019

 
本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆した小説です。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
毎週概ね月曜日に、20回に分けて配信します。今回は第11回目です。

=====================



第11章 公判前交渉 (Pre-hearing Negotiation)
 
月曜日のダウンタウンは雲が立ち込めて、週の初めとしてはあまり気分がよいものではありません。事務所に入ると千穂さんが、
「ちょうどよかったです、今、FBIのマックブライド捜査官と電話がつながっています。」
と私の顔を見るなり告げました。
「待たしておいて。今荷物を置いてファイルを持っていくから。自分の部屋で取るね。」
としゃべりながら、私は先週裁判所に提出した真治君の起訴取下げの申立てについて、検察とFBIは蜂の巣をつついた騒ぎになっているだろうなと察しました。ファイルを自分の机の前に置き、ゆっくりと受話器を持ち上げます。
「ジュンペイ・スピーキング」
慎重に電話に受け答えました。
「マックブライドです。」
彼の声も非常に冷静、いや冷静を保とうとしていることがわかりました。
「ご用件は、捜査官。」
ため息をついたマックブライドは今度は吐き出すように用件を伝えました。
「起訴取下げの申立て、アレは一体何なんですか。」
「え、何といいますと?」
「通ると思っているんですか?」
「それは私が決めることじゃないですからね。裁判官の役目です。ただ…。」
「ただ、なんです。」
「真治君がプリンチパル(主犯)じゃないことはFBIも知っているでしょ。あなたの調書に書いてある。」
「…。」
「今のFBIのやり方を見ていると、どうもあの未成年の真治君を道具に使ってもっと深いところにある芋を掘ろうとしているように感じるんですよ。あの、ガレージで発見された麻薬だって出来すぎじゃないですか。」
わたしはかまをかけてみました。
「弁護士さん。誰だってあの真治君一人であれだけの量の麻薬を外国から運んできたとはいっていないでしょ。」
マックブライドは乗ってきました。
「それじゃ、父親がやっているっていうんですか。」
「絡んでいたかもしれませんね。」
「ははは、マックブライド捜査官。死人を逮捕して起訴することはできませんよね。今、あなたが言ったように真治君一人でやったわけではない。それは、裁判官もそう思うでしょう。でも、現在あなたには、背後組織の手がかりがない。真治君を裁判に伏しておけば、なんらかのひょうたんから駒があるんじゃないかって考えている…。図星でしょ。」
「FBIは押収した証拠から背後組織の特定を急いでいるところです。」
「それでも、まだ手がかりがない。そうじゃないですか。真治君の刑事裁判が終わるまでになんとか…って思ってるでしょ。」
「われわれは全力を尽くしている。この申立てについては検事局がどう思うかは別として、FBIは全力で検察をバックアップします。」
「ご自由に。」
「それはそうと、福本氏の所有していたベンツを発見しましたが、面白い指紋が見つかりました。」
「…。」
「弁護士さん、あなたが弁護士になる時に弁護士会に提出した指紋と一致しました。」
「それで、私を逮捕するつもりですか。」
「少なくとも、捜索の対象にはなりました。」
「はっはっは、そんなことできるわけないでしょ。あなただってよく知っているはずだ。私は真治君の弁護人なんだ。その弁護を邪魔するような行為は、明らかに真治君の刑事事件に影響しますよ。紳士的に行きましょうや。もっとも私のクライアントに有利になるようなことでしたら、何なりと協力しますぜ。」
いやはや、電話の受話器を握る手が濡れてきました。
「弁護士さん、あなた、あのベンツの中からなにか発見しましたね。」
「さあ、どうでしょう。」
弁護士の倫理規則によると、犯罪に関する証拠品は速やかに警察に提出しなくてはなりませんが、犯罪にかかわっているかもしれないパームパイロットを今の段階でむざむざと提出するわけにはいきません。もっとも提出しようとしても、私は現在持っていませんから…。
「熱意を持って弁護されることには敬意を表しますが、FBIの捜査をおざなりにすることは許されませんぜ。」
「許す許さないの問題ですかね。こちらにとってもクライアントが刑事事件に巻き込まれているんだ、必死なんですよ。」
私も少々、譲ることのできないラインのあることを見せようとしました。
「弁護士さん、あなたも押しが強いね。アジア人っぽくない。」
「人種がどうこう言う前に、私は弁護士なんでね。それじゃ。」
電話を切った私はどのようにFBIを料理してやろうか、思索しました。ただ、このマックブライドとの電話で、真治君がメインのターゲットではないことがわかりました。これで一安心です。また、私がパームを持っているかどうかも知らないらしいことがわかりました。証拠に関しては一馬身リードと言う感じですね。お昼ご飯を済ませ、その他の仕事を済ませ、午後の時間早くに、私はある悪知恵を思いつきました。受話器を取ると、連邦の検事局に電話しました。
「US Attorney’s Office(検事局)です。」と事務的な女性が応対しました。
「私は小山淳平、弁護士です。明後日、Pretrial(第2回目公判)担当の検事と話がしたい。」
少し待たされると受話器が向こう側で持ち上げられました。
「マラックですが、どういうご用件で。」
この間の担当検事と同じでした。声に張りがあります。
「明後日、Pretrialがある福本事件で相談があるんだが。」
「なんでしょう。」
「この事件ね、16歳の子供なんですよ、起訴されているのは。」
「存じています、この間お会いしましたよね。」
「申立てもそちらに行ってますよね。起訴取下げの申立て。」
「はい。」
「今すぐ、そちらの検事局でスティピュレーション(同意)をもらえないでしょうか、起訴を取下げる。」
「そんなことできるわけないでしょ。」
「それじゃ、闘わずしてこちらに勝たせてくださいよ。」
「だから、何を根拠にそんなこと言われるんですか。馬鹿らしい。」
鼻を鳴らしているのがわかります。
「起訴を取下げていただけないなら、水曜日のプリトライアルで証拠となる情報を持っていきますから、その時に決めていただけますね。」
「それは、起訴が取下げになることが確実な証拠ならそうせざるを得ないでしょうね。」
「そちらのFBIを使った捜査で、まだ福本真治君が起訴の対象になっているなら、考えものですよ、検事。」
「よくもう一度ファイルを調べてみますが、現段階では起訴の取下げはありえません。」
「ありえないのは、マックブライド捜査官をはじめ、FBIが発見された少量の麻薬に踊らされて、大きなものを見失っているからですよ。」
私は少々息を荒くしつつ、
「個人でやっている刑事弁護人にリードされているんじゃ、何のためにFBIに多くの税金を払っているかわかりませんね。」
と、カマをかけてやりました。あからさまに声が憮然としたのがわかります。
「なにか他に…。」
「ははは、この間も保釈はありませんって誰かに言われたけど嘘だったですからね。」
「そ、それでは水曜日に。」
「お会いできるのを楽しみにしています。」
と言いつつ、私は受話器を置きました。こっちがなんらかの証拠を持っていると検事を突っついておけば、FBIや福本事件の背後にいるであろう組織が動き出すことを計算したのです。どこかで情報が漏れているような気がしてなりません。なんとなくお宝を持っているという印象を与えておけば、尻尾が出てくるかもしれません。見えない敵に何らかの動きがあるでしょう。2時間ほどデスクワークをこなし、私は早めに仕事を切り上げ、家に帰る人にまぎれて自分の家に帰ろうと車に乗りこみました。今回は危険を誘っているのですから、ゾーリンゲンのナイフを忘れませんでした。折畳式のナイフはキャンプに行くときには非常に便利です。今日は使うとすれば平和的な用途にはならないかもしれません。それから、いざと言うときのためのポケットカメラも忍ばせておきます。最近ではAPSカメラというフィルムの出し入れが非常に簡単なカメラが売られていて、機体自体も非常にコンパクトになっています。新しい物好きな私は、他の弁護士に見せびらかされ、釣られて買ってしまいました。車を走らせて坂の多い道を上り下りしているうちに、また尾行されていることに気づきました。行動が早いですね。どの組織の人間かは見当がつきませんが、とにかく何台か車を挟んでついて来ます。黒塗りのビュイック・レーセーブルです。ちょっと古めの型で、サスペンションはあまりホールディングはよくないようです。工事中の道路で車が撥ねるたびに、頭を天井に打ちそうになっています。ちょっと危険ですが私は寄り道して様子を見ることに決めました。家にいる真治君には今すぐに迷惑かけることは避けたいですからね。渋滞の道をどこに行こうかな、とつぶやきつつ考えた結果、バークレーの先にあるサンパプロ・カジノに行くことに決めました。このカジノは、カリフォルニア州では基本的にばくちは禁止されているのですが、住民投票で許されたという珍しいカジノです。ラスべガスのように華々しくないですが、立派なカジノに違いありません。私は今まで行ったことがないのですが、わざと人ごみを選んで行くことに決めたのです。
陽が落ちてきて、ビルが密集するサンフランシスコのダウンタウンにも灯りがつきはじめました。私は混んでいるランプをテール・ツー・ノーズでのそのそ進みながら、やっとベイブリッジに乗ることができました。窓を全開にして、空気を楽しみます。オークランド方面に向けて車のスピードを上げていきます。左手にダウンタウンのビルがまるで絵のように浮かび上がってきます。
インターステート80号を北に走らせ、バークレーを越えてまっすぐ車を進ませます。通勤ラッシュに巻き込まれたため、1時間ほどかかってカジノに着きました。バックミラーで確認すると、やはり黒塗りのビュイックは後から着いて来ます。唇を歪めながら、私はカメラとナイフがポケットに入っていることを確認します。混んでいる駐車場に車を停めて、車から降りると、同じ行動をとったどこかで見たような白人が二人、ビュイックから降りてきました。チラッと見た限りFBIの捜査官ではないようです。このような人相にはFBIの捜査上、今まで出くわしませんでしたからね。とはいうものの二人とも黒いサングラスをかけていますからはっきりした人相はわかりません。そ知らぬふりで、派手なカジノの入り口から入っていきます。外は静かでしたが、カジノの中はベルなどの機械音が鳴り響いていました。構内は様々な人種が入り乱れて繁盛していました。銀色のスロットマシンについた様々な表示板が毒々しい色を放っています。台にしがみつくようにボタンを押しつづけている人があふれています。ジャックポットが出るとうるさい電話が鳴っているようにベルが鳴り、人々の目を引いています。
人がいっぱいというのは、つけられる方にも都合が非常に良いのです。まず私はカジノのスロットマシンの台を値踏みするように練り歩きました。二人組も一人一人に分かれた様子です。私は一台のスロットマシンを選び台に座り、持っていた小銭で遊び始めました。5回ほどルーレットを回したときに小さな当たりが出て、ちょっと儲けてしまいました。また、続けてスロットマシンにふける振りをしていると、尾行していた一人が連絡のためか、何かをもう一人にささやいて出口の方に向かいました。チャンスです。私はすっと立ちあがると、トイレの方に向かいました。カジノの中は薄暗いですから、尾行者もサングラスを外さないわけにはいきません。トイレに近づくと、わざと死角となるところで、小走りしました。角を曲がってきた尾行者は無表情のまま早歩きできょろきょろしています。私が突き出した柱の影で息を殺していると、尾行者は私の前を通りすぎていきました。その時、前に私がブリトーを食べているときにバックミラーを通して見た尾行者と同じ人間であろうと思えました。私はポケットからカメラを取り出して、フラッシュが光ることを確認しました。今度は尾行者の背を私が追う形になりました。トイレに入ろうとする尾行者に
「アイアム・ヒア(ここだよ)」
と呼びかけると、賊は無防備に振り向きました。その瞬間、私はその顔をばっちり写真に撮りました。さぞ男前に写っていることでしょう。尾行者は声をあげて私のカメラを取り戻そうと襲いかかってきました。すかさずポケットにカメラを戻し、遁走しました。
人ごみに紛れ込むともうなかなか追って来られません。私は人々を押しのけるように入り口に向かいます。私に肩を押されたり押しのけられたりして非難を浴びせる人に謝りつつ、私は、カジノのセキュリティー(警備員)に助けを求めました。私の2倍は胸回りがありそうな黒人の男性です。このガムを噛みながら、私を認めたセキュリティーが、私の話をまじめに聞いてくれることを祈りました。まず、身分を明かし、尾行されていることを告げ、車までエスコートを頼みました。セキュリティーは、立っているだけでは暇をしていたようで、私の頼みを快諾してくれました。よかった。私が振り返ると賊はちょっと離れたところで見守っています。出口から出ようとするところで、もう一人の尾行者が携帯電話で連絡をつけているところに出くわしました。携帯電話を慌てて切った賊が私の方を見たところで、私は悠然と一礼して、セキュリティーと一緒に駐車場に出ました。セキュリティーに、あの電話をかけているのも悪党の一味だから、カジノに何か悪いことが起きる前に事情を聞いた方が良いと告げ、私の名刺を渡して車に乗り込みました。セキュリティーは足早に私を追ってきた尾行者の一人をエスコートしつつ建物の中に入っていきました。もう一人の賊はどうして良いかわからず、立ち往生していました。私は賊の乗ってきたビュイックのナンバープレートをもう一枚写真に撮り、カジノを後にしました。笑いを浮かべた私は車をサンフランシスコ方面に走らせます。賊は追ってきません。外で電話をかけていた賊は何がなんだかわからないのでしょう。車の中でマックブライドの電話番号にかけてみます。電話に出ません。今日は遅番ではないようです、家にでも帰ってしまったのか、それとも捜査をしているのか。
 車をまたもと来た道を逆に走らせサンフランシスコ市内に入りました。今回は私が出し抜いた為、気分は悪くありません。軽く口笛を吹きながら車を走らせていきます。ダウンタウンを抜け、私の住んでいる住宅地に方に向かいます。尾行者がいないのを確かめて、中国人の経営するカメラ屋に入っていきます。中国人は勤勉ですから、夜も遅くまで営業しているのです。もう陽はとっぷりと暮れています。ポートレートなどの写真を無造作に並べた小さな入り口から店に入ると老人が私に一瞥をくれました。
「このフィルムを現像してくれますか。」
「明後日にはできますが。」
アクセントが強い英語で、私に事務的に言い放ちました。
「え、1時間現像はできないのですか。」
「ちょっと…。」
「何とかお願いできませんか、困っているんです。どうしても裁判で証拠写真に使わなくてはならないのです。」 懇願するような顔で頼みました。
「でもねぇ。」
「チップは弾みます。」
「それでは、30ドルでいかがでしょう。」
「30分くらいでなんとかなりますかねぇ。」
「やってみます。」
「これは30ドルとは別のチップです。前金で。」
大した金額ではないのですが、その老中国人は黄色い歯を見せながらはじめて大きく笑いました。中国人はお金で話がしやすいので、逆にありがたいことがあるのです。
30分ほど待つ間、私はその近くの中華料理屋で簡単なチャーハンを食べました。チャーハンには、日本で食べているジャポニカ米よりもインディカ米の方が断然あいます。ダイエット・コークで流しこみながら、水曜日のプリ・トライアル、つまり真治君の第2回公判のことを考えます。今週と来週が真治君の事件はヤマになりそうです。民事裁判の方のカニングハムもどんな作戦をしてくるかわかりませんからね。FBIも今ごろ動いているのかな、なんて思いつつ、家に電話を入れてみました。
「へロー」
日本語訛りがちょっと入った真治君がでました。
「かわったことはないかい。」
「えー、別に。冷蔵庫に入っていた餃子の残りをチンして食べちゃいましたから、何か食べてきてくださいね。」
「おう、食べたならいいや。最近食欲あるじゃない。こっちももう食べたから。」 
「最近、先生の食べっぷりを見ていると、負けていられないなと思って。」
「あはは。もうすぐ帰るからね。」
「はい。」
時計を見るともう40分ほど経っていましたから、写真屋さんに戻りました。さっきの老いた親父は焼き蕎麦を食べながら中国語のテレビを見ています。北京語で放送されています。
「先生、我要我的影片(ミスター、私の写真くださいな)。」
「なんで、中国語はなせるの? 中国人なの、あなた。」
「違うけど、台湾に住んでたことがあるんだ。」
怪訝な顔をしていたおじさんから写真を受け取りました。ばっちり撮れています、尾行者の顔が。どうみても、イタリア系の男です。ひげが濃い。でも目は真っ青です。車のナンバーはちょっとぼやけてしまいましたが、何とか読み取れます。
「おじさん、謝謝。」
「不可以知。」 
中国人は中国語が話せる人に非常に親近感を持ちます。日本人も同じですかね。私は台湾の大学で学んだことがあるので、サンフランシスコでは重宝しているのです。念のため、ネガは車の灰皿の中に丸めて入れて蓋をしておきます。車を飛ばして家に帰ります。
家に帰ってガレージに車を入れたところで、マックブライド捜査官のお出ましです。今度は4人も連れて来ています。非常灯はつけていません。何も私の家まで来なくてもよいのにと顔をしかめてしまいました。しかしすぐに笑顔に変えて、ご一行様に近づきます。
「マックブライド捜査官、電話だけでは物足りなくてわざわざご出張にあずかって光栄です。でもちょっと遅かったですよ。」
マックブライドはちょっと首をかしげて、自分のあごを左右に動かしながら右手で鼻をこすりました。
「検察局から電話がありました。なんでもプリ・トライアルの時に証拠を出すとか出さないとか…。」
「さすがお早い。」
「お聞かせ願えますか。」
「できないね。何か私のクライアントにお土産でもあれば別だけどね。」
マックブライドは明らかに不満そうでした。いらいらもしています。
「ちょっとね、弁護士さん、ずるいんじゃないか。検事を脅して。」
「ずるいってどっちがだい。あんな子供を人質みたいな形で捜査を進めるなんて、どうかと思うけどな。」
私も、明らかにイライラを見せて、両手を腰にあてました。下で、わさわさ大きな男たちがぶつぶつ言っているのを聞いて、近所の人たちが私たちをみています。「法律家は悪しき隣人」なんて言うことわざがぴったりですよね。
ただ、近所の人たちも警官が来ているので、口は出しません。ちょうど私が住んでいるフラットの窓が開き、真治君が私たちを見下ろすのが見えました。私を認めると真治君はすぐに建物の下まで下りてきました。駆け足で降りてきた真治君はラフなかっこうです。
「何事ですか」との真治君の問いに、慇懃無礼なマックブライドは
「これはこれは福本さん、お元気ですか。弁護士さんは良く面倒見てくれますか。」
と少し頭を下げて言いました。
真治君は、問いを無視しつつマックブライドの目をじっと見つめました。
「どういうことだか、説明してください。こんなところまで来て、どういうことなんですか。」
と断定的に言いました。物怖じをまったくしていません。
マックブライドも私も真治君の毅然とした態度にびっくりしました。質問を振られたマックブライドは
「い、いや、君の事件にかかわる証拠をこの弁護士さんが持っているって聞いたから来ただけだ。」
マックブライドはあくまでも冷静に答えましたが、明らかに真治君の様子にどぎまぎしています。おかしくて笑いそうになってしまいました。真治君は真剣です。真治君はマックブライドに挑戦するように
「それなら、裁判上で請求するのが普通じゃないのですか。」
と言いました。
マックブライドは詰まりました。そこに私が畳み掛けるように
「別にプリ・トライアルで真治君の起訴が取下げになってもいいじゃないですか、もっと大きな魚が釣れれば。」
とつぶやきました。
私はマックブライドがどぎまぎしているのを哀れんで、彼の肩をたたきました。彼にとっても、水曜日のプリ・トライアルで徹底的に不利な証拠がでてくれば捜査にダメージが加わるのは必至なのです。
「でも、もし捜査に協力してくれれば…。」
マックブライドもつぶやくように言いました。
私は少々声を強めて
「捜査に協力したら、減刑ですか? そんな取引には応じられないね。これ以上、FBIが探し出せるものはないでしょう。でも私には、マックブライドさん、あなたに非常に見せたいものがあるんだな。」
と、得意げに言いました。目を伏せていたマックブライドが私の目を見ました。
「なんですそれは。」
「興味あるみたいですね。真治君の麻薬を売る目的で所持していた罪から、ただの麻薬所持だけに訴因を変更してくれたら見せてあげるよ。」
私はじっと私を見ているマックブライトにウインクをしました。
「…。」
非常に困惑しているマックブライドは指をしきりに唇に当てていました。近所の人たちは代わる代わる様子を見ていましたが、まさかこんな所で刑事事件の司法取引がされているとは思っていないのでしょう。平和な街なんです。
私の無表情な目を見ながらマックブライドは携帯電話を懐から取り出しました。一瞬拳銃を取り出したのかと思い、冷や汗が出ました。番号をダイアルしてちょっと待つと、どう見ても当番の検事と話しているようでした。マラック検事の様子です。水曜日のフクモト事件について話しています。しばらく短い相槌打った後に電話を切ると、マックブライドは
「O.K.」とつぶやきました。
「なにがOKなんだい。」
「あなたが今持っている証拠を見せてくれたら、起訴事実を変更しましょう。」
勝ちました。ゲームの駆け引きは、まずは真治君に軍配があがりました。
「口約束だけじゃ信用ならないから、どの担当検事と話して、どういう内容になったか、ここに書いてくれますか」
私はイエローパッド(弁護士が使うメモ用紙)を取り出しました。マックブライドは私のペンのオファーを断って、自分のペンを使い、自分の黒いリンカーンの磨かれたボンネットの上でせっせと文章を書き出しました。書いているのを見ながら、私は言いました。
「今日の日付を入れるのを忘れないでくださいね。」
もう負けましたと言う顔で、肩をすくませながら、マックブライドはペンを走らせました。これで大きな前進です。最悪の場合でも、所持だけの初犯ならば懲役刑は免れるのです。罰金刑で終わらせられる可能性が大であることはマックブライドも充分に知っているはずでした。マックブライドの手書きの一文を良く読んでから、マックブライドにポケットの中にしまってあった写真を手渡しました。尾行者の顔とナンバープレートが写っているやつです。簡単な説明をするとマックブライドの顔が上気してきました。
「さっき手に入れたばっかりだよ。多分、こいつらが私をフクモト邸で殴った奴だと思う。尾行もされていたしね。」
マックブライドはまじまじと写真を見ていました。他のFBIのメンバーも、真剣に見ていました。
「この写真に載っている人物が絶対背後組織に関係ありますよ。そうじゃなきゃ私が検事に電話してからすぐに尾行をつけさせないでしょ。FBIの捜査も気をつけた方が良いですぜ。筒抜けになっている可能性があるから。」 私はマックブライドを諭すように低い声で言いました。
「これは非常に面白い。」
マックブライドは写真に見入っていました。他の捜査員は携帯電話などで、様々な指示を与え始めました。
「真治君や私の安全にもかかわることですから、その青い目の人が誰かわかったら教えてくださいな。」
苦笑いを残して、マックブライドは他の捜査員を連れて帰っていきました。真治君は去っていく車をまじまじと見つめていました。
「驚いたよ、最初にマックブライドが会ったときの真治君とはえらい違いだね。」
「勇気を持たなくっちゃ。」
そう言って踵を返した真治君は、私より先にフラットに入っていきました。静まり返った住宅地にもすっかり夜の帳が落ちていました。
「勇気か…。」
私もゆっくり階段を上っていきました。

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