訳例:契約上の権利放棄の不存在(権利の不放棄)
いろいろなパターンが存在する条項であるが、よくあるのは、契約上の権利放棄は契約当事者が書面で明示しなければ有効とならない(即ち、黙示の権利放棄を認めない)ことを定めている条項だ。 このような権利放棄に関する条項がアメリカでは一般的である理由は、裁判実務を知れば理解できる。一方当事者(原告)が、契約に基づく債務不履行を理由に提訴した場合、それに対する防御として、反対当事者(被告)が、原告はすでに権利を放棄していると主張することが少なくない。実務を反映して、陪審員に対する説示のモデルにも権利放棄による防御についての項目がある(Judicial Council of California Civil Jury Instructions (2019 edition); 336. Affirmative Defense—Waiver)。紛争になった場合に備えて、権利放棄を防御として主張できないように、予め封じ込めようとするのが、この「No Waiver, Anti-Waiver」条項の趣旨である。契約書の作成者としては、契約書の規定からの逸脱を法的に根拠付けてしまう権利放棄をできるだけ認められないようにしたいと思うのが当然の心理である。そこで、「契約当事者全員の署名でのみ放棄が可能である」といった規定によって、権利放棄のハードルを上げるのである。 例えば、単純な売買契約で、「権利放棄の不存在」条項がなかったとしよう。買主は代金を支払ったが、売主は理由をつけて履行日までに物を提供しない。売主は、買主に遅滞する旨を伝え、それが留守番電話に録音されていた。買主は電話を折り返さずに放置した。その後、遅滞が原因となり損害が生じたとして、買主が売主の債務不履行を理由に損害賠償を求めて提訴すると、売主は、「(電話を折り返さないことにより)買主は履行日までの提供という利益(権利)を放棄した」と防御してくる恐れがある。契約書において書面によらない権利放棄が封じられている場合、売主はこのような主張が困難になる。 上記のように、権利放棄は、裁判実務で頻繁に使われる防御方法なので、判例でも「権利放棄とは何か」という論点が出てくる。カリフォルニア州法上、権利放棄は、相手方に履行義務があることを知りつつ、相手方に対する権利を意図的に自ら手放す行為とされている(Roesch v. De Mota (1944) 24 Cal.2d 563)。権利放棄は、一方的な意思表示であり、対価・約因(consideration)は不要である(Knarston v. Manhattan Life Ins. Co. (1903) 140 Cal. 57)。訴訟では、これらの要件の有無について細かな主張立証が行われるため、予め契約で権利放棄を制限しておかないと、かなりの労力が必要になる。 なお、事実関係は複雑だが、興味深いことに裁判例の中には「権利放棄の不存在」条項自体を放棄できるとしたものがある(Gould v. Corinthian Colleges, Inc. (2011) 192 Cal.App.4th 1176)。 Comments are closed.
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