井上 拓 「インターン体験記」
東京大学ロースクール未修二年 井上拓
1.はじめに
私は、2008年夏、マーシャル鈴木総合法律グループにて二週間のインターンを体験させていただきました。貴重な経験の場を与えてくださった鈴木さんをはじめとする事務所の皆様に対して、感謝の気持ちでいっぱいです。日々の濃度が濃く、まだ消化しきれていない部分もありますが、思い出しては、反芻しております。
さて、二週間にわたるインターンを通じて、様々なことを学びました。実際に携わらせていただいた(見学させていただいた)案件は、その領域につき、私法・公法、民事・刑事の別なく多岐にわたり、また、その種類につき、訴訟案件から契約書作成案件・リサーチ案件まで含まれており、文字通り「盛りだくさん」でした。1つの領域・種類にとどまらず、幅広い業務を見ることができたのは、とてもよい経験になりました。
また、仕事の後は、毎回、鈴木さんに夕飯に連れて行ってもらい、その車中にて、あるいは食事中の歓談にて、弁護士としての考え方等についてご鞭撻いただきました。「弁護士としての考え方」というのは、それぞれの案件において何故その戦略をとったのかといった個々の実務に関する話から、弁護士としての倫理観や理念・信念など実務全般に通底する哲学的な話まで、これまた多岐にわたり、「盛りだくさん」でした。仕事中と違い、鈴木さんを独占(?)できるからか、夕食時に学んだことは、日中の通常業務にて学んだことに勝るとも劣らない質・量であったと思います。
2.学んだこと
2.1 クライアントの存在
学んだことには、具体的な事件の処理の方法など個別的なものも多くありますが、全体的なこととして一番重要だと思われる点は、実務には「クライアントがいる」ということです。言ってしまえば当たり前のことなのですが、恥ずかしながら、僕はその点を具体的に明確に意識したことがなかったようで、目から鱗が落ちる思いでした。この点、クライアントが見えない事務所も多い中、クライアントがよく見える事務所にてインターンの機会を得たことは、本当にラッキーだったと思います。
大学院での授業や、試験勉強等では、法律論を学びます。それは、「弁護士」として相手方「弁護士」と法廷で法的に争うための土台となるものです。自然と僕の頭は上図左側のようになっていました。しかし、実務では、法律論だけでなくむしろ感情論が重きを占めかねない混沌とした現実の紛争がまずあり、そこには、当然ながら、当事者(クライアント)がいるのです。つまり、上図右側のようになっているのです。だから、弁護士とクライアントの関係、といったことが実務上重要になるわけです。そういう「当たり前」のことを、インターンを通じて、やっと具体的に意識するようになりました。
以下では、弁護士とクライアントの関係について、インターンを通じて学んだこと、考えたことを書きます。
2.2 弁護士とクライアントの関係
インターン期間中に、弁護士とクライアントとの関係においては信頼関係が命である、ということを証明するかのごとき瞬間を体験しました。1年以上争ってきた案件があり、訴訟になる可能性が高く、事務所の皆さんは周到な準備をされていました。しかし、裁判所でやりあう前に、最後に双方当事者(と代理人)で話し合ってみようということで和解の場が設けられたのですが、幸運にもそのときがインターン期間中であったため、その現場を間近で見ることができました。交渉は難航し、続きは法廷で、といった感じで、相手方当事者とその代理人(弁護士)はいったん帰ったのですが、なんと、相手方「当事者」が戻ってきてこちら側の要求を全面的に呑むことを受け入れたのです。
もちろん、相手方当事者が代理人を差し置いて戻ってきたのは、何かしらの策があってのことかもしれず、即断はできませんが、雰囲気含め全体的に観察するに、弁護士とクライアントの信頼関係の強さの差がもたらした結果である、という印象を受けました。こちら側の代理人たる鈴木さんとクライアントとが強固な信頼関係に結ばれているのが外から見ていても明らかだったので、その対比構造の明白さゆえに、その印象は、より鮮烈なイメージとして、僕の脳に記憶されました。
上記の体験を通じて、弁護士とクライアントとの信頼関係は大事だなぁと、あらためて思いました。
2.3 信頼関係を構築する術
では、どうすれば、弁護士として、クライントと信頼関係を構築できるのか、という点が次の興味となります。この点についても、インターンを通じて学ぶことがあったので、書きとどめておきたいと思います。
弁護士からクライアントに対してなすべきことは、「大事なのは興味を持つこと」という鈴木さんが繰り返しおっしゃられる言葉に尽きていると思います。興味の対象は、クライアントを包含する「現実の事件」でしょう。その中でも、弁護士が「クライアント」に対して興味を持つ必要性について言えば、目標点(落としどころ)を一致させるため、というのがその一つではないかと思うにいたりました。
この点は、前々から疑問に思っていたところでした。つまり、弁護士はクライアントの代理人であると同時に1人の法律家でもありますから、法律家として「この辺りだ」と感じる落としどころとクライアントが求めるところとの間に差が生じることはあるのではないか。この場合、どちらを優先するのだろうか?などが疑問だったのです。
この疑問に対して、インターンを通じて僕なりに出した答は、どちらかが優先するというわけではなく、弁護士がクライアントに興味を持ち、対話を繰り返すことで、両者は歩み寄り一致するのだというものです。そして、それが、代理人としての第一歩なのだという風に感じました。
そして、その理解に至ったとき、鈴木さんが常に、全力で案件にあたられる理由、「絶対勝つ」と常に言い切れる理由の一部が分かったような気がしました。鈴木さんのいう「絶対勝つ」という言葉は、「絶対勝つだろう」という意味と、「絶対勝つべきだ」という意味の両方があるように思います。そして前者の意味で「絶対勝つ」といえるように、予想外の事態・自分に不利な展開を含め、周到に準備・シミュレーションをされ、さらに、後者の意味でも「絶対勝つ」といえるように、クライアントと目標点を一致させる努力をされているのではないか、と観察しました。それはつまり、クライアントの主張が、鈴木さん自身が「確かにそうだ」と自身の信念に照らし断言できるに至るまで、クライアントと鈴木さんの交流が熟しているということなのだと思います。両者が「かくあるべき」と思う点が一致するからこそ、弁護士はクライアントを代理でき、親身になって本気の弁護活動ができるのだな、と思いました。そして、そうなるべく、クライアントに興味をもって、対話をすることが、弁護士とクライアントの信頼関係構築のための第一歩なのだなと思いました。
弁護士がクライアントに興味をもって対話をすることが第一歩だとして、しかし、同じように第一歩を踏み出しても、結果的にクライアントから信頼を得る弁護士もいえれば、なかなか信頼を得ることができない弁護士もいます。ここでは、質問の聞き方や、応答の仕方など、その一つ一つの累積が、結果を分けているようです。
信頼を獲得するための質問の仕方、応答の仕方については、通常、教えてもらえる類のものではなく、先輩弁護士を見て盗んでいくものだろうと思います。私のインターン期間中にも、幸せなことに、鈴木さんとクライアントさんとのやりとりを、直接拝聴させていただく機会が多くあり、多くのことを盗ませていただきました。
さらに、ラッキーなことに、契約書作成案件において「クライアントからの聞き取り」という設定で、実践演習を行っていただきました。僕たちの質問毎に、ここはこう聞いた方がよい、などのアドバイスをしていただいたのです。これは、最高にためになりました。実際にやってみると、とても難しく、一朝一夕に信頼される弁護士にはなれないなぁと道の険しさを思い知りましたが、一方で、ちょっとした質問1つでも、クライアントがスムーズに答えられる聞き方があり、そういったことを1つ1つ考えていくことで、信頼される弁護士に成長するのだなぁいうことも、痛感しました。
クライアントに対する振舞い1つ、質問1つに対しても、よりよいものはないかを考えることの必要性を体感できたのが、大きな収穫です。
3.おわりに
上記の他にも、書ききれないほどのことを学ばせていただきました。また、やっかいものの僕達にたいして、嫌な顔を1つせず、事務所の皆さんが、質問・疑問に答えてください、とても嬉しかったです。この御恩は忘れません。
さらに、過去に多くのインターンの方々の体験記ですでに書かれていることですが、事務所の雰囲気のよさたるや、文章では表現しきる自信がありません。皆様、仕事はきちっとされつつ、自分の時間もちゃんともっておられ、とても楽しそうでした。育児施設もあります。バランスボール等も導入されたので、運動不足の問題もありません。「いいなぁ」、素朴にそう呟いてしまうような、事務所でした。僕自身、新規にサークルを立ち上げ、運営した経験を持つのですが、組織運営の観点からも学ぶことの多い二週間でした。
最後に、尊敬してやまない鈴木さんのような、否、鈴木さんを超えるファイターになることを誓って、体験記の筆をおかせていただくことにします。皆様、本当に、ありがとうございました。