本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
==== 今回はビジネスを立ち上げたり拡大していく上で、ベーシックですが非常に重要なポイントを皆さんと一緒に考えていきましょう。皆さんがもし経営者として会社または個人事業を経営するのであれば、雇用されて給与を受ける以上のことに気を払わなくてはいけません。たとえば、収入と支出をバランスさせることですね。ビジネスを大きくしたり、立ち上げたりする場合にはある程度の資本がなくてはいけません。いわゆる「元手」といわれるものです。物を売り買いする商売では、ものを買い、そしてその物を売り、利ざやを稼ぐ訳ですが、取引の対象となる物が多ければ多いほど、ある程度、利益が多く出ることになります。もちろん他にもたくさん要素がありますが、取引量の多さというのはビジネスにとって重要です。ところが、特に新規のビジネスだと、金融機関は融資を渋りますし、融資を受けられても金額としても大きくないかもしれません。アメリカでは銀行に融資を頼まず、株式を発行してお金を集めたり、他の会社や個人からお金を借りたりしてビジネスをはじめるというケースが一般的です。ドット・コムが全盛だったころ、株に出資された方も多かったかもしれませんが、このトレンドは別にドット・コムビジネスに限ったことではありません。今回は、ビジネスの資本を集めるための方法について考えてみたいと思います。 大きく分けて、ビジネスの資本を増大させるには、株や会社の持分を対価として、出資を募るファイナンシングの方法と、担保の有無にかかわらず、お金を借りるという方法があります。ここでは触れませんが、ある権利や商品、それにビジネス自体を証券化するという方法もあります。しかし証券化に関して論じると本が一冊ほど必要なので今回は割愛しますが、いつか機会があったら触れてみたいと思っています。 まず、株を発行することで株主となる投資者を募るパターンを考えます。たぶん、まったくの新規ビジネスでは担保のない状態で金融機関からお金を借りるということは難しい要素がありますので、その意味では株を対価として発行することはスタートアップ会社などにとっては比較的容易かもしれません。ドットコムもほとんどはこの方法で事業を立ち上げた歴史があります。 株を発行して投資者を募る場合、投資者は会社の所有者になります。つまり株主という地位を得るわけですね。株の発行には普通株や優先株など、株主の権利に多少差はありますが、株というのは投資であるという要素は一定しています。ということは、株というのは性質上、融資のように、一定の利息があるわけではないですし、会社が倒産すると、投資額を失ってしまう危険性があります。 株主は会社のオーナーですから、パーセンテージにもよりますが、会社の経営に対して口を挟めます。ビジネスに長けている株主がいる場合、会社は有用な意見や経営方針などを聴ける可能性もあります。ただ、第三者が経営に参加してくるということは有用な反面、経営の性質を変えてしまう可能性も非常に大きいという点を考えておかなくてはなりません。今までは一人や数人でビジネス上の決定をしていたとしても、第三者が加わると会社の方向性が変わってもやむを得なくなります。その意味では株の発行にも気をつけなくてはいけません。もっとも優先株という通常の株とは違って、多くの配当金を得る代わりに経営には口を出さないといった内容を設定してある株も一般的なので、株の発行については一言では言い表せないのです。 株の発行に対して、会社のキャッシュ・フローが許せば融資を受けることも考えられます。融資の場合、中小企業だと、だれか個人的な保証を要求されるのが一般的です。融資、すなわちローンは通常利息が付されますし、支払の期限やペナルティが厳しく定められています。言葉を返せば、余裕さえあれば、経営にはまったく影響がなく、資本の増加ができることになります。しかし、ローンが返せなくなった場合には、個人的に責任を追及されることがほとんどです。ですから、計画的に返済できる額が融資を受けられる限度ということになるでしょうか。もし会社の経営が行き詰まって、支払ができないなどという事態が発生すると、個人の財産までも返済のために充当しなくてはいけなくなり、影響が大きいのです。まあ、日本では株を発行しても、個人保証を取る例が多いので、この点あまり違いはないかもしれませんが。 以上が、簡単ですが、株の発行と融資の違いです。両者とも基本的な性質は違いますが、契約等で内容を大いに変更できますから、場合によって使い分けていきたいものです。その使い分けも経営者のセンスの問題だと思いますけど。紙面がなくなってしまいましたので、また次回新しいトピックを考えていきたいと思います。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
==== 某テレビ局の「のど自慢」がサンフランシスコで行われました。私もしっかり見てきました。というのも、私の事務所もこのイベントの法律面に深く関わって、歌手やイベント関係者がアメリカに入国するまでは、とても忙しく仕事をしていたからです。このように、良い方向で仕事が成功し、クライアントも事務所のメンバーも皆さん嬉しいというのはなかなか弁護士冥利につきるものです。皆さんも仕事や勉強に燃えていますか。 さて、今回は日本には無い制度でアメリカで様々なビジネスを行ううえで、知っておいていただきたい制度をご紹介します。それはエスクロー(escrow)制度です。アメリカで不動産などを購入された経験がある方はご存じかもしれませんが、エスクロー会社は売り手と買い手の中間に入り、買い手からは代金を受け取り、売り手からは不動産の所有権を移転する必要な書類を受け取り、すべて必要な書類やお金が整ったことを確認して、エスクローに入っている書類やお金を受領する当事者に開放します。取引内容を確認する業者とでも考えてください。この制度は不動産取引の安全を考えると非常に有効な制度で、いわゆる日本の民法の理論上、問題になる不動産の二重譲渡の問題や、物権変動においておこる問題がなくなり、円滑で安全な不動産譲渡が約束される手段となります。エスクローといえば、不動産に関するものが皆さんにとっては一般的に目に入るものでしょうが、実はビジネス上でも様々な場面で使われることがあります。もし、アメリカで会社を買うとか、投資をするなどということをお考えになっている方がいらっしゃったら、エスクロー口座を開き、エスクロー会社に取引の一部を任せると、ぐんと安心感が増すと思います。 エスクロー口座をどのように使うかは、例を使って考えた方が非常にわかりやすい。ですから、まずどのような取引にエスクロー口座が使えるのか、実際の例を見てみましょう。お店を経営しているYさんは、Xさんに店舗、それにお店にある道具や在庫を売り渡したいと思っています。Yさんの店舗はリースしている物件で、あと三年リースが残っていて、加えて五年間のオプション契約が可能です。Xさんもこれは了承していますが、Yさんの大家さんがYさんからXさんに賃借人の地位を譲渡することを許可するか、または転貸借(いわゆる又貸し)を許可するのか、Yさんの大家さんの意向を知らないと、この店舗の売買が成り立たないことになってしまいます。つまり当事者であるXさんやYさん以外の人の判断を仰がなくてはいけなくなってしまいます。一人、二人と取引に関わる人が増えていくと、取引自体が進む速度が遅くなってくる。これは、各人の思惑の数が増えていくからです。 Xさん側としては、店舗を買い取るわけですから、お金を払えば良いですが、Xさんがもらい受けるもの、すなわち備品や店舗の状態などは、固有のものなので、専門家に検査をしてもらったり、譲り受けるものの内容も確認しておきたいところです。Yさんとしては、現金一括でもらえれば言うことはないでしょうが、Xさんがローンを組むことが条件になるといった場合、確実に融資先からお金が入ることを確認しておきたいわけです。XさんとYさんの間だけでも、このくらい確認したい事項がでてきますので、一日、取引の日時を決めて、「さあ売買を完了させましょう」というのは危険なわけですし、もっとも終わるわけがない。そこで、エスクロー口座を開くわけです。ビジネスエスクロー口座を扱っている業者もありますが、皆さんが使われている銀行や金融機関などもこのサービスを行っているところが多いです。もちろんただで、この役目をやってくれるわけがありませんから、取引の規模や煩雑さによって、数百ドルから数千ドルのエスクロー料金が課金されることになります。これは取引の内容によっては非常に価値のあるものになります。売買の完了を第三者が見届けてくれるのですからね。特に、売買金額が何億円にもなる場合には必須な訳です。 XさんとYさんは各々相手に渡す書類、権利、お金についてあらかじめすべて書き出して、エスクロー会社に伝えます。エスクロー会社はたとえば、リースにおける賃借人の地位がXさんからYさんに移転された、もしくは、転貸借が承諾されたという事実を書類で確認しなければ、絶対にXさんから振り込まれたお金はYさんに渡さないわけです。ですから、エスクロー会社は取引に関してある一定の期間、たとえば30日や60日といった期間、をオープンの状態にしておき、その期間内にすべての条件を当事者が整えるよう促すのです。このようにして、すべての条件が整ったときに、無事Xさんは店舗や備品などを手にでき、Yさんは売買代金を手にすることができるのです。こうすれば、リスクも最小限に抑えられますね。 このようにビジネスを売買する、または投資をして株を買う、知的財産権のライセンス契約を締結する、そういった場面でいくらでも使える可能性があるこのエスクロー口座を、皆さんも利用されてはいかがでしょうか。また、会社間の取引なども、時によっては多額の取引が行われることが少なくありません。ですから、ぜひエスクローを利用することで、無駄なエネルギーを使うことを最小限にしてください。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
==== 交通事故の事件を受任すると、弁護士としては事件を一生懸命やり最大限の結果を得ることが業務の内容となります。損害賠償事件では損害額を算定し、慰謝料とともに回復するのが役目ですが、当事者の感じた心の痛みの回復をそのままできるということはなかなか難しいものがあります。私は個人的にはどちらかというと人に対して、理解しようと思うあまり全力を尽くしてしまう方なので、一人になると疲れたりする事もあります。しかし、人の悩みを聞くのが私の商売なので、どんなときにも前向きでがんばることを忘れないようにしようと思っています。自分のやっていることを信じていないとだめなのですね。 交通事故のケースを扱う場合、大きくわけて(1)人損、たとえばけがとか後遺症の問題、それから(2)物損、車が壊れた場合などの問題にわけられます。通常、弁護士が介入して事件を進行させるのは、(1)の人損問題に限られます。人損問題に関しては、治療代に加えて、事故から生じた体の痛みや苦しんだことに関して、慰謝料が支払われるからなのです。弁護士が介入して、この人損に関する算定をするのです。また、この慰謝料を含め、人損に関しては相手の保険会社もなかなか頑強に交渉してくる場合がありますから、法律論で相手をしていかないとなかなか事が運ばない場合が多いのです。(2)の物損の問題に関しては、たとえば車の修理の問題でも、過失の割合に応じて、車の修理代が支払われ終了してしまいます。もちろん、過失の割合などの交渉については、弁護士がやらなくてはいけませんが、物損に関して支払われるのは、実際の価額だけで、慰謝料というのは基本的にもらうことができません。どんな新車でも心を込めて維持している車でも、慰謝料というものを受けることができないのです。法律上、基本的には物を壊された場合、その物の修理額などに限られます。車のコンディションが以前と違うなんていう場合でも、多くの場合、全く元の状態に戻すということはなかなか難しいのです。これが法律で引かれた線なのですね。ところが、愛車を壊されたとなると、非常に感情を害される場合が実は多いわけで、私なんかも気分が落ち込んでしまったことなどもあります。クライアントの方なども、納得できないと私に気持ちをぶつけられる場合も多々ありますが、法律論ですから、私も諦めてくださいと最後に言うしかないのですね。こういった場合、私がクライアントのお話しを聞くことで、気分が和らげば良いな、といつも思うのです。 交通事故などのケースでは、往々にして相手方が「申し訳ない」という表現や素振りをしていなかったことに感情を害される方々もいらっしゃいますが、この点にしても、アメリカ社会では一般的に、事故のときには、「謝ってはいけない」。謝ればそのことが非を認めてしまうという考え方が一般的だから仕方がない部分というのもあるのですね。最近、カリフォルニア州の法律も改正されましたが、基本的に陳謝は過失を認めたと考えられる場合が多いのです。この点は文化的に日本とアメリカでは違うところだな、と実感させられます。その違いを説明して納得していただくということを私はするように努めていますが、なかなか異文化を理解するのは難しいのでしょうね。 交通事故というのは小さくても、大きくても、突然災害が起こったような状況になるので、個人にとっては非常に迷惑な話です。相手方に頭を悩まされるということもあるでしょう。弁護士を使ってなんとかしたい、と思っても、ご自身の心の傷は癒えないかもしれません。弁護士はその手助けはできるかもしれませんが、実際の心の持ちようは一人一人にかかっているのです。私はその気持ちを理解できるように毎日がんばるしかないですね。 私も数年前、どうしたものか一年に3度ほど事故に遭いました。すべて私に過失はないと認定された一般に言う「もらい事故」でした。一回は、私の秘書と裁判所から帰る途中に、同じ裁判所からでてきた弁護士に止まっているところを後ろからぶつけられました。次に、夜遅く事務所から帰る途中にお尻を掠る程度に信号無視の車に当てられました。これは当て逃げでした。3回目は自宅に帰宅途中、これまた一時停止無視をしてきた車に当てられ更にこの車、逃げてしまいました。この時は、私もどうしようかと思いましたが、目撃していた車が助けてくれて、追いかけました。一旦、この当て逃げ車は停止したのですが、また隙をみて遁走しました。警察に電話をしても、危ないから追跡をやめなさいというだけで、何もしてくれません。ナンバープレートの番号もきっちりおさえていたのですが、持ち主は車を売っただけで何も知らず、保険にも入っていなくて結局自分の保険で修理した記憶があります。ずいぶん悔しい思いをしましたが、まあ大した体の痛みも無かったですから、忙しく仕事をして忘れることにしましたけど。まあ、人生こういう時もあるのですね。まあ、人生は楽しい方がいいですから、辛いことはできるだけ心に残さない心構えが大切なんでしょうね。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
==== 今回はパートナーシップについて考えていきたいと思います。アメリカでビジネスをするのに一人でやるには、荷が重いとか、専門的な知識が欲しいとかいろいろな場面が考えられ、パートナーシップという形でのビジネスをはじめようとされている方も多いと思います。私もレストランをはじめたい、専門的な店をはじめたい、いろいろな相談を受けます。皆さん夢があって素晴らしいなと思いますが、多くの場合に、「パートナーと一緒に仕事をする予定です」という話を聞きます。皆さん、信用している相手をパートナーと呼び、仕事を一緒にしていくということを考えていらっしゃるのでしょう。人が力を出し合ってビジネスをすすめていくということは素晴らしいのですが、その人間関係に何らかの亀裂が生じると、パートナーシップ、ひいてはビジネスに対して多大な悪影響を及ぼす可能性があります。 ここで、パートナーシップというビジネス形態について、どのようなものか考えておきましょう。日本の法律で考えると組合という概念に限りなく近い形態で、経営の観点からは共同事業と訳して良いでしょう。この共同事業をするにあたっては、事業をはじめるにあたり、基本的にはなんらの紙もなくても、はじめられます。2人以上の個人が共同の目的を持って、仕事をしていく訳です。「日本人同士、あまり深く形式張らないでやっていこうや」なんて話して、契約書も作らずに仕事をしていくと、後でトラブルが発生したときにとんでもないことになります。 後になって、パートナーが働かない、お金を一人のパートナーがとっていってしまう、事業が傾いたときに、責任のなすりつけあいになる、なんて問題は皆さんが思っているよりも日常的に起こっていますし、そのような問題が持ち上がった時に、パートナーシップ契約がないと、訴訟になったとしてもパートナー間でのルールがなく、法律に頼らなくてはいけないので、非常に煩雑になり、時間もお金もかかってしまいます。 ですから、もし事業を共同ではじめると考えていたり、はじめていても何も書面が無い場合には、とにかく、最初にパートナーシップ契約書というものをつくる必要があります。一人一人がどのような仕事をするのか、どの程度の期間パートナーシップを存続させるのかなどを規定しておくのです。特にお金の関係ははっきりさせておいた方が良いのです。 ただ、パートナーシップを書面にしておいても、いろいろと問題が発生する場合があります。一番典型的な例を考えておきましょう。パートナーシップをつくり、その共同事業を「幸せパートナーシップ」という名前にしたとしましょう。私と、これを読まれている皆さんが二人で経営していくということになりました。よし!レストランをつくって、どんどん日本食を食べてもらおう!と意気込み、私はこの幸せパートナーシップ名で、どんどんものを買ったり、契約を締結したり、お金を借りたりしたとします。レストランの経験がない私のもくろみははずれて、倒産してしまうとします。そうすると、私と一緒に幸せパートナーシップを組んだ読者の皆さんは、私が借りた金額すべて連帯して責任をとらなくてはいけなくなります。つまり私が返せなければ、すべて皆さんが返さなくてはならなくなります。皆さんの知らないところで、私がどんどんお金を借りてしまう、なんてシナリオも充分に考えられるのですね。これを連帯債務といいますが、非常に怖いことです。幸せではなくなってしまうのです。 このようにパートナーシップは怖い一面もあるので、私はあまりお薦めしません。できれば、共同で事業をはじめるというときには、株式会社の形態にしたり、LLCという形態にしたりして、個人に責任がかかったり、連帯して人の責任まで負うということを避けるほうが賢明ですし、人と人との信頼関係も維持できると思います。この辺のコツはまた機会を見つけて考えていきましょうね。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
==== 今回は契約書を見る時に注意した方が良い点について考えたいと思います。よく、契約に関して一般的な質問をいただくなかで、見かけるのが、契約書を渡されて内容を確認する時に、どのような点を注意すれば良いのか、ということを質問されます。こういったストライクゾーンが広い質問に答えるのが一番難しいのですが、契約書に関しては、どのような契約書でもある程度のパターンがあり、ある程度の注意点は、変わりません。リース契約にしても、売買契約にしても、車を買う時にしても、一定のポイントがありますので、ここで御紹介しましょう。生活、ビジネスの知恵として覚えておかれると便利だと思います。 まず、注意するのは、お金の額、また、対価となるものやサービスの内容です。幾らお金を払ったり、もらったりするのか、分割で支払うなら、どの程度の利息がつくのかを知ることです。また、対価のものやサービスについては、どの程度のものをどのくらいもらえるのか、また、どの程度のサービスを受けられるのか、確認しておく必要があるのです。書面の契約を作ってしまうと、契約書によっては、事前に口頭で話した内容は契約の内容とはならないという条項がありますので、書面で契約をする場合には、どのような場合でも、相手方が口頭で述べていることよりは書面になんと書いてあるかを注意して、見て下さい。 上記でどのようなものやサービスがお金と交換されるのかを確認されたと思いますが、次はタイミングを考える必要があります。すなわち、お金や対価として差し出されるものやサービスをどの時点で受けられるのか、払うのかを契約書においてどのように書かれているのか確定しなければなりません。たとえば、お金を払っても、いつものをもらえるのか、サービスを受けられるのかがわからなかったら意味がないですよね。たとえば、ケーキを買う時にお金は払ったのに、いつもらえるかわからなければ、大切な人の誕生日が過ぎてしまうかもしれません。通常は、同時に交換する権利があるというのが法律で決まっていますから、お金を出したら、その場でケーキをもらうことができますが、やっかいなのは、継続的に権利義務が存在する契約です。例えば、賃貸借契約や工事などの請負契約の場合です。こういった継続することを対価とする契約の場合、いつどのような内容のものやサービスを受けられ、それに対して、いくら払うのか、納得のいくまで契約書を読むことをお勧めします。不満だったら、交渉して変えてもらうか、署名してはいけません。 第三のポイントとしては、当事者がだれかということです。これは、弁護士 が仕事をするときでも、まず注意して考えるポイントです。つまり、当事者が会社になっているのか個人になっているかも重要なポイントですし、もし保証人(guarantor)がいる場合には、その人や会社が誰なのかを確実に知ることが必要になります。特に保証人については、注意が必要です。保証人というのは、契約でダイレクトに利益を受ける場合は少ないのですが、責任だけは負ってしまうという場合が多いのです。ですから、契約書を目の前にして、まず誰が契約の当事者になるのかをしっかりと確定していただきたいと思います。 第四のポイントは第一のポイントとも関連しますが、ものやサービスを受ける時に、そのものやサービスのクオリティーを確認しておくべきです。ものを買う時に、新品のものを買うつもりで契約して、「コンピュータ一台」買うとした場合、実は、中古品だったなんてことになったら困りますよね。ですから、ものを買う場合には、どのようなものを買うのか、はっきり指定しておくことが大切です。また、サービスの場合はもっと問題が複雑になる可能性があります。人にサービスを頼む時に、サービスをする人が変わってしまったり、サービスの内容が変わってしまう、なんてこともありますから、事前にできるだけ詳細に、サービスの内容を契約に盛り込むようにする必要があるでしょう。 上記で見てきたように、どのような契約でも、まず押さえておかなくてはいけないポイントがあるわけですね。弁護士にしても、どのような契約をレビューするにしても、これらのポイントは絶対的に落とすことはしないわけです。ですから、日常的に皆さんがものを買ったり、サービスを受けたりする契約を生活やビジネス上で行っているでしょうか、その時には、以上の4つのポイントだけは最小限度のプロテクションとして覚えておきましょうね。 次になにか契約書にサインする時には、このコラムを読んで、一息ついてから、サインをするかどうか考えましょう。一旦契約書にサインをしてしまうと、内容を理解してサインしてしまっていると考えられてしまいますから、心のブレーキをかけながら、慎重に。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
==== 今回は、ドメステック・バイオレンス(以下、「DV」とする)について考えようと思います。あらかじめ申し上げておきますが、私は暴力は大嫌いです。暴力では何も解決しないからです。ある程度のビジョンを持っている人であれば、暴力は人間関係でなにも意味がないということを知っているからです。私は子供の頃、よくけんかをしましたが、大人になってから暴力をふるうという人は根が弱虫なんだと思います。権力や地位をひけらかす人というのは、ろくな人がいないものですが、暴力でその表現をする人って不幸な人なんでしょうな。もちろん日本人でもアメリカ人でも感覚的に「暴力はいけない」と思っている人が通常なのでしょうが、シチュエーションによっては、考え方に差がでてきます。ひとつの代表的な例がDVです。 家庭内暴力というのは、アメリカでも日本でも長いこと「起こっている事実はあるけれども、まあしょうがないことだな」という考えが支配的でした。日本でもDV法が施行され、近時暴力の被害者を擁護するような裁判所の命令や判例が出てきていますが、アメリカのDV法の使われ方は比べものにならないほど影響力があります。この影響力は警察・検察とも積極的にDV事件を立件していこうという政治的な背景から成り立っているものですが、良い影響もあれば、悪い影響も発生させるおそれがあります。確実に言えることは、多くの家庭がDVが存在することにより崩壊し、DVが事件になることによっても家庭が崩壊する場合が多いのです。 ベイエリアのDV事件はひょんなことから始まります。当事者が電話をしなくても、隣家の人達が通報することにより、警察が介入できることが法律で決められています。日本でいう警察の「民事不介入」という原則はなりたたないのです。まず、この思いもよらない警察の介入にまず当事者はびっくりしてしまうわけです。自分の家でもベイエリアでは大声で争ったりすることは大変なことになってしまうのです。電話で通報されてしまうと、声だけの言い争いでも、警官が夫婦を引き離し事情を聴取します。ここでまず当事者が何を警察に話すかということが後日にまで尾を引いてしまいます。もし奥さんが少しでも、旦那さんに物理的に押されたとか、掴まれたということをいえば、旦那さんはばっちり逮捕されてしまいます。もちろん口げんかだけであれば、警察は何もできませんが、奥さんの体に、ちょっとでもあざなどがついていると写真に撮り、後日の証拠になってしまいます。このイニシャル・コンタクトの時の証言や写真というのを警察、検察とも重視します。後日、奥さんが体を触り合ったりしていないなどと証言しても、「弁護士に知恵を入れられた」とか「後から怖くなって証言を変えたんだ」などと勘ぐられてしまうのですね。DVが事件になると、事例によっては夫婦が一緒に住めなくなったり、警察が職場や学校に事情聴取に行ったり、たいへんなことになります。もちろん、実際に物理的な暴力をふるって、ふるわれているような家庭であれば、どんどん警察が介入するべきだと、思いますが、よく私が頭を抱えてしまうのは、あまり英語もできない駐在員家庭で、大声で言い争っていただけなのに、捕まってしまうというシチュエーションです。隣家にしても、何の言葉で言い争っているのかわからず通報され、警察が来ると、英語で誘導的な尋問をされ、事件を作り上げられてしまいます。私が一歩引いてみても「そこまでするかなぁ」という事例がひとつや二つではありません。仮にですよ、私が彼女と言い争いになって、彼女が私に不満で、何も暴力はなくても、電話を持ち上げて、警察を呼んで、彼女がここを殴られたといえば、私は捕まってしまうでしょう。ベイエリアの警察はそこまでやります。警察が来てしまうとその後、裁判になり、外国人であれば強制送還の可能性もあり、カリフォルニアの法律で52週間のDVカウンセリングにも通わなくてはならなくなりますから、事件を解決することは簡単ではなくなってしまいます。事件になってからでは、夫婦の仲もぎくしゃくしたり、良いことがありません。とにかく、私のアドバイスは、夫婦間で言い争いになった場合、どちらかの声が荒くなってきた場合、等々、とにかく、どちらでも良いですから家を離れどこかで頭を冷やすことが大事ですね。しばらくしてまた家に帰っても言い争いになるようであれば、これはDVの芽があるかもしれません。 弁護士がDV事件にかかわるのは刑事事件で旦那さんを弁護するというパターンが通常です。もちろん、実際に暴力があるような事件で被告人である旦那さんに自覚が無い場合には、弁護人としてもまず自覚をいろいろな形で持ってもらう努力をします。ところが、大人になってから、人が何かを自覚するということほど大変なことはありません。人というものはなかなか自分を変えるということはできませんからね。私はクライアントと接するときに、その人が主観的にどのように考えているのかということを丁寧に聞くようにしています。その主観で考えられていることと現実の法律によって定められていることをどのように繋ぐかということが弁護士の「仕事」なんだと思います。人は一人一人自分が「正しい」と思っていること、「悪い」と思っていることがあるわけで、その思いと法律を繋ぐ役目が弁護士なんですね。いやはやわかりにくい職業ですが、弁護士が「人商売」といわれる所以はそこにあるんですね。 今回はDV事件のインパクトを考えてみましたが、子供さんがいる家庭は特に注意してくださいね。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
==== 今回は表題にあるように「貸主責任」、アメリカの法律用語ではLender Liabilityという問題を簡単に考えていきたいと思います。貸主責任と言われてもピンとこないと思います。ところが日本でも一時期相当話題になっていたんですよ。例を使って考えましょう。日本では住専問題において、回収会社が金融機関の代表者などの責任を追及していた事件がいくつもありました。この場合、金融機関における責任というのは、相当の担保を取らずにお金を貸して、焦げ付いたことに関し、ひいては消費者に損害を与えたということが根拠になっていたのです。新聞を連日賑わせて退職金まで返上するなどと、当の本人に取ってはダメージの大きな問題になった訳ですが、ちょっと一歩引いて考えてみてください。 たしかに銀行の貸金担当の人は、担保を取らずにお金を貸した訳ですが、実際はその借りたお金を返さなかった人が数倍「悪い」訳ですよね。お金を借りて、計画性もなく使って、バブルがはじけて、そのバブルの責任にしてしまう。 ところが、お金を「貸しただけ」なのに責任が生じてしまう。 なんか、不合理なような気がしますね。もちろん住専問題のように社会問題となってしまうと、世論も銀行に対しては厳しい目で見ていく訳ですから、どこかに責任の落としどころがないと世間が納得しないわけです。 しかし、もし皆さんが、友人を信用してお金を貸したのに、第三者がでてきて、「あなたはその友人の信用調査をしなかったし、担保も取らなかったので、あなたも同罪です」なんて言われたら、恩に仇と思いませんか。 たまったものではありませんね。しかし、法律上はアメリカでもちゃんと貸主責任というものを規定しています。上記から考えると、貸し主も「そんなに悪くない」と考えられる例も少なくないわけで、ただ単にお金を貸したからといって、責任を負わせると言うことはあまりにも酷だということになります。ですから、法律はある一定の要件を満たした場合にお金等の貸し主に責任を負わせようということにしたのです。 もちろん、以上考えてきたように、「あまり悪くない人」に責任を負わせるという、どっちかというと法的な線引きの問題です。日本では、住専の場合には、代表者の過失という形で責任を追及していきましたが、アメリカでは主にどのように考えられているのでしょうか。 もちろん、アメリカでも住専のように金融機関の過失ということが論じられますが、さらに一歩踏み込んで過失がなくても、ある一定の要件下で、責任を生じさせる傾向があります。こわいことです。いくつか判例が存在しますが、以下のようなシチュエーションにおいて、貸主責任を認める例が見受けられます。大会社の甲があり、その製造の下請けをする乙という会社があるとします。甲が乙の生産量や生産するものの種類などを決定し、さらに乙の会計業務や借財に関しても実質的な決定権を持っていると仮定しましょう。こういった上下関係、支配関係がある場合には裁判所は貸主責任を認める傾向にあります。ですから、(1)親密な関係、(2)会社間の契約内容、(3)実質的に代理として行動していること、といった要件を吟味して、貸主責任が判断されるのです。 また、貸主の動機も重要な要件とされています。つまり、ただ単純にお金を貸しているだけなのか、それとももっとビジネスにかかわっているのか、貸主がどのように考えて行動しているのかを吟味するのです。 このようにアメリカではまったく過失がなくても、ビジネスにどの程度踏み込んで関与しているかというところまで、責任の判断材料にされてしまうのです。アメリカで日本の企業が単独で商売をするということは実は少なく、多くの場合、現地の会社と何らかの形で組んでビジネスをしていくということが多いと思います。また、多くの場合、金銭的にビジネスを支援していこうなどということもあるでしょう。この場合、落としやすい論点ですが、この貸主責任ということにも気を遣っていただきたいと思うのです。善意でお金を貸して、ビジネスも実質的に援助しているのに、蓋を開けてみたら第三者に対しての責任が生じてしまっていた、なんて場合も考えられるからです。もっとも単純なお金の貸し借りにまでセンシティブになる必要はないとは思いますが、アメリカでビジネスをする上ではどこか頭の隅においておきたい法律上のコンセプトです。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
==== 今回は、結婚をしない同棲について考えてみましょう。 同棲という日本語はちょっと、いやらしい韻を含むような気がしますが、別に悪いことではないように思います。いろいろな事情があるカップルがいるわけですし、結婚をすることがベストな選択ではないという状況もある訳です。カリフォルニア州では2002年にある一定の状況の下において、同棲のカップルについても一定の権利を相互に与えることになりました。基本的には、厳しい要件が課されていますが、一方が62才以上の異性のカップルであるか、一方が社会保険を得れる場合には、同棲によって得られる利益が拡大しました。 なんで、このような話題を取り上げているかというと、通常、日本で紹介されているアメリカの法律関係の記事には、ビジネス関係やちょっと有名になった事件といった程度で、アメリカでの本当の法律の動向はこのような、倫理観がぶつかる問題が適切だと思ったからです。アメリカの日本語紙ではビザのことばっかり。でも若い読者の方は、同棲をしたことがある人も少なくないですよね、たぶん。アメリカに居るのであれば、アメリカでの考えのぶつかり方を見ると楽しいですよ。 今回は異性の同性についてですが、同性の同棲についてもいろいろ議論がなされ、アメリカでは最先端の考え方がいっぱい出てきています。こういうのが刺激になりアメリカ生活を楽しくしてくれます。 さて、今までは異性であっても結婚をしていなければ、お互いのために何かをするということができない場合が多く、同棲をしているカップルにおいては悩みが多く存在していました。政治的な要素や倫理的な要素もあったのでしょうが、カリフォルニア州では、ある一定の部分においては、同棲の法的な効果を認めました。家族に関する法律は各州で違いますので、皆さんがお住いの州によって扱いが違いますので、今回ご紹介するカリフォルニア州の例を参考にして、皆さんにも考えていただきたいと思っています。「こういうのはどうかなぁ」とか、「もっと改革を進めるべきだ」とか、いろいろな意見がでてくるのではないでしょうか。 さて、同棲についても、カリフォルニア州では州内で登録すれば、様々な権利が認められるようになりました。伝統的な「家族」のコンセプトを多く取り入れているように思います。今回の法改正で代表的なものを列挙してみましょう。同棲している一方が事故などで死亡した場合、もう一方のパートナーは訴えを起こせることになりました。また、一方のパートナーが死亡した場合、もう一方のパートナーは政府の年金などを受けることができるようになりました。また、一方のパートナーが死亡した場合、相続もできるようになりましたし、相続において、遺産相続財産の管財人にもなれます。 職場においても、パートナーやパートナーの子供が病気になれば、病欠をとれることになりましたし、健康保険なども、パートナーが加入できることになったのです。 これは同棲をするカップルにとっては大きな前進です。結婚をするということによって発生する効果が、登録は要求されているものの同棲しているカップルにも認められるのです。言い換えれば、同棲という形の同居も法律で認められることになった訳です。和わたしがかかわった案件でも、婚姻をしている配偶者よりも、家を出て同棲しているパートナーに財産を残すというケースも少なくありませんでした。 配偶者がいるからといって同棲しているパートナーを責めるということができない事例も多く、悩みの種でした。 法律が踏み込めない「愛」というのも巷に存在する訳で、道徳観の問題として処理するのか、法律の問題としてルールを作って処理するのか、文化の差もありますし、社会の捉え方もあります。アメリカでも保守的な州もあれば、前衛的な州もあり、様々な価値観が存在する部分の法律です。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
==== 通販で買った腹筋マシンが届きました。ジムに行くというのはなかなか時間を作らなくてはならないので大変ですが、テレビを見ていたら一日10分で引き締まった筋肉を!なんてえんえんとやっているのですね。値段も「なんと今なら更に50ドル引き!」なんてことになると「いやー、消費者の心理を突いているなー、あはは」、といいつつオーダーしてしまいます。さて、効果のほどはいかに。 皆さんも鍛えてますか。 さて、今回はざっとトレードマークの基本について考えてみましょう。街で売られている商品や広告、それに本や新聞などのメディアにもTMとか、登録商標などという小さな文字が書かれているのを見かけられるのではないでしょうか。トレードマークと呼ばれるやつで、一般的にはロゴや特殊な書体、商品を表す図形などがあります。商標が存在する目的とは、一般の人がある商品と別の商品を間違えないようにし、その特定の商品の評判を守るためです。つまり、消費者が物を購入するときに、コカコーラを購入したら、コカコーラを飲みたいという気持ちがあるからで、類似品を間違えて買わないようにするため、つまり、コカコーラという商品を保護するための道具なのです。 一般の人達はコカコーラの缶をみると、どういう飲み物か想像できますよね、どのような商品か、またどのような品質なのかを連想できる表示に対して法的に保護を与えているのです。 商標は使っていれば、アメリカであれば連邦政府に対して、登録をしなくても、保護は与えられます。たとえば、カリフォルニア州で「鈴木コーヒー」というコーヒーを売っていたとすれば、登録がなくても、商標は成立します。しかし、アメリカ全国で「鈴木コーヒー」の類似品を使えないようにするためには、連邦政府の特許商標局(Patent and Trademark Office)に登録をしなければなりません。 一般的に、登録をする方が良いのは、データベース登録があると、他の人が似たようなマークや名称を使用することに対して注意を喚起できるからです。もちろん悪い人はわざと似たような名称で商売をしたりするでしょうが、善意の人に対しても、注意を促せるメリットがあるのです。 連邦の商標登録は細かくカテゴリーにわけて規定されています。つまり、衣類、家具、といった製品別になっているのです。商標を登録するに関して、商品が混同されないような分野では登録の必要が無いわけですね。 登録料は1件費用だけでも400ドル以上かかりますので、やはり大会社でなくては多くのカテゴリーに登録するメリットもないのです。 商標を登録するためには、すでに商標が商売で使われていることが前提になります。ですので、自分の商品に商標をつけ、マーケットに出回っていれば、商標を登録する前提が満たされる訳です。 しかし、現在の情報社会ではせっかく登録をするために商標を使っていても、先に同じ様な商標を使われてしまう可能性がありますね。この不合理を防ぐために、使用を前提とする登録(Intent to Use Registration)という方法が認められています。この申請をすると、申請時から6ヶ月の間に、その商標を使えば、商標として認めようというものです。この6ヶ月の期間は、類似の商標は登録できない仕組みになっています。 面白いのは、アメリカでは特定の「色」も商標として登録できる場合があると判例で示されています。 もちろん、色自体のみで商標をとろうとすると通常よりも大変ですが、1985年以降、認める方向になっています。 色に関して、消費者が二次的な意味を持っているかどうかということがカギになります。 つまり、その色を見て、「あ、あの製品だな、」と思い浮かべられるかどうかが問題となるのです。 また、商標として登録できない名前もたくさん存在します。たとえば、一般的な名称です。たとえば、「コンピュータ」という商品名のコンピュータは登録できません。皆さんもよくご存じの例は「はちみつレモン」ではないでしょうか。はちみつ、それにレモンというのは、一般的に使われる名前ですから、商品として売り出した某社は商標登録ができなかったのです。この商品が売れると他社もこぞって「はちみつレモン」を世に出しましたが、一般名称と言うことでオリジナルを発売された某社は何も法的手段をとることができなかったのです。 本記事は、本ブログ作成前(2000年代)にMSLGのメンバーが執筆したコラム等のアーカイブです。現時点の法律や制度を前提にしたものではありませんので、ご留意下さい。
==== 日本と違いアメリカでは「法曹一元」ということは常識です。職業裁判官という言葉がアメリカでは存在しないのですから、法曹一元という言葉も存在しません。アメリカでは弁護士としての経験を積み、在野法曹としての経験を積みはじめて裁判官になることができます。法曹でなくてもいろいろ仕事を変える国民性があるアメリカですが、この法曹一元化というか、弁護士の経験がなくては裁判官はやるべきではないいうポリシーは法律の風通しを良くしていると思います。故ジョン・マーシャルアメリカ元最高裁判事も元は黒人解放のために自分の家まで焼かれてしまった弁護士でした。 わたしも一介の在野法曹ですが、今年の4月にサンフランシスコ上級裁判所から任命され、パートタイムの裁判官になりました。裁判官としての経験は貴重ですし、非常に刺激になり面白いです。わたしは裁判官としては新米なので、主に賃貸借関連の和解期日を担当しています。サンフランシスコは全米でも有名な賃貸借の判例がでているところで、伝統的に賃借人に非常に有利な法律も多く制定されています。ところが、インターネット・バブルの影響で法律も変わってきたりして争いの多い分野でもあります。 裁判官に任命されるまでは、ボランティアでよく立ち退きをされている賃借人を弁護していました。体が不自由な人、人種差別をされている人、いろいろな人がいました。弁護士をやってきた経験というものは、裁判官になっても生きてきます。 わたしの裁判官としての役目は陪審裁判ぎりぎりになっている事件が和解できないものか時間をとって模索する役目です。事件は様々ですが、両方の法的主張を聞いたり、諭したりしながら事件を解決しています。しかし、時には解決策もまったく見えない事件もあがってきます。 わたしがほとんど口を出せなかったのがいわゆる「ワン・ストライク法」にかかわる事件でした。 ワンストライク法というと馴染みがない法律ですが、アメリカではコミュニテ毎に条例として制定されている法律です。サンフランシスコでは、公的な補助を受けて経営されている賃貸住宅においては、賃借されている物件で麻薬が使用された場合には、その賃借人は理由の有無を問わず一回の出来事だけで立ち退きの対象になるという法律です。麻薬に対する心構えということでは非常に有用ですが、賃借人のコントロールの範囲外の問題で立ち退きを請求されうる可能性もあります。 |
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