訳例:手数料及び費用
FeeもExpenseも、一般用語でよく使われる単語であり、幅広く生活に浸透している単語である。入場料などというのも、Feeを使うし、家計のことを話すときにもExpenseはよく出てくる。辞書にもかなりの翻訳の仕方が書いてあり、契約書の翻訳文を見ると様々な訳し方を目にする。 米国の契約書では、Attorneys Fees(弁護士報酬)がよく出てくるが、契約書によっては他のFeeもあり得る。専門家証人、会計士、税理専門家、建築家などの人たちが提供する無形のサービスに対する対価もFeeである。勝訴した場合に相手方から回収できるCostsをリストアップしているリフォルニア民事訴訟法1033.5をみると、出願手数料、申立手数料、陪審手数料など多くのものが「Fee」と表現されている。一方、「Expense」の用語は、デポジション(証言録取)への参加費用やトライアル(裁判)の準備のための調査費用に使われている。 このように、「Fee」と「Expense」の区別は必ずしもはっきりとしないが、2つまとめて「手数料及び費用」と訳しておけばよいだろう。契約を締結する際は、どのような「手数料及び費用」をどちらが負担するのかにつき、きちんと確認しておく必要がある。 訳例:不可抗力
不可抗力については、日本で理解される不可抗力とほぼ同様の理解で足りる。 外部からの事変であっていっさいの方法を尽くしても損害の発生を防止しえないようなものをいう。たとえば、一定の物を送付すべき債務を負う場合に、大地震で交通機関が断たれて送付できなかったような場合である。(日本大百科全書 ニッポニカより引用) Force Majeureというのはフランス語である。アメリカではラテン語は知識層が勉強するという一般的なイメージがあり、(それが格好良いのか)ラテン語をそのまま法律用語として使っている場合が多いが(筆者は、やはり英語で平易に記述するほうが現代には合っていると考える)、フランス語も使うのである。この意味は、Superior Force、すなわち「上位の力」となる。 Force Majeure条項に関しては、その概念は抽象的には理解が容易だが、契約書にどのように記載するのかよく考えなければならない。Force Majeureと関連するImpossibility (履行不能)やImpracticability(履行困難)による履行不能の場合も同様であるが、どのような事態がありうるかを具体的に考え、そのうちのどこまでを履行不能や不可抗力として扱うのかを検討し、契約書に落とし込む必要がある。 また、債務の履行の全部ではなく一部に影響がある事態も考えられる。この場合、全部の履行が不能となる場合だけではなく、一部の履行が不能となる場合(契約上規定されている目的物、支払額の不足など)にも、対応できるような条文の設定をしたいところである。 Force Majeure条項は、単に定型文をそのままコピペするのではなく、契約内容に合致した内容を反映させる必要がある条項である。 訳例:完全合意
Entire Agreementを完全合意と訳することがあるが、違和感を感じる。ここで考えてみたい。Entire Agreementの条項を、Integration Clause とか、Merger Clauseとも呼ぶが実質的に同一の概念を指す。 そもそも、Entire Agreementという概念が契約書に明記されるようになったのは、一連の判例の生成による。簡単に説明すると、契約書の内容が争われるとしよう。その内容を吟味するにあたって、交渉の経緯、当事者の発言、以前の契約内容、証言、など訴訟において、様々な証拠が用いられることがあった。その結果、当事者に予期しない結果が判決に顕出することもあった。そこで、」契約書に当事者間の合意は契約書に記載されている内容がすべてである。」という条項を入れることにより、証拠調べを短縮し、さらに結果の安定性にも寄与するということになったのである。契約の両当事者がEntire Agreementであるということに合意をすれば、私人間の契約の効力を否定する理由もない。一方で、当事者にとっても契約内容は契約書に書かれていることで全てであるとすれば、不意打ちてきな要素も少なくなる。さらに、裁判所にとっても、証拠調べが省けるのだから、リソースの節約にもなる。 このように、Entire Agreementの趣旨は紛争時に、契約書以外の証拠提出を許さないというものだから、実質的には当事者の権利義務に影響するのではなく、訴訟になったときの証拠提出の制限をするための訴訟法に関する条項である。裏を返せば、証拠調べについて熟知し、紛争に発展した際にどのような証拠開示手続等が想定できるのかを契約書全体を見て考察しなければならない。 このように主に証拠法の観点から規定される条項であるので、「完全合意」とは訳せるものの、本意は「契約書記載内容以外の証拠排除条項」とするのが理解としては正しい。 訳例:免責
法律用語としてのDisclaimerには、権利放棄という意味がある。たとえば、古典的にはDisclaimer Deedという使い方をする。これは、土地を所有する権利を化体する証書、すなわち権利証(Deed)の一種だが、夫婦間でどちらかが権利を放棄し単独所有する場合の権利証を指す。夫婦の一方が権利を放棄する、すなわちDisclaimする、という場合に使うのである。これが一つのDisclaimerという単語の使い方である。 一般的な契約書でDisclaimerという単語が出てくる場合には、上記の権利放棄とは趣を異にする。通常契約書にでてくるDisclaimerは、Warranty(保証)と対になってでてくるコンセプトである。Warrantyというのは、明示の保証(Express Warranty)と黙示の保証(Implied Warranty)に分けられ、前者は、契約上明記されている保証内容を指し、後者は主に判例等で、「通常期待される程度」の保証を言う。保証に関しての詳細は、Warrantyで述べる。 WarrantyをDisclaimするというのは、保証をしない=責任を負わないという意味での「免責」である。保証対象外、と訳した方がわかりやすいかもしれない。 実際に契約書を検討するときに、強行法規や判例などに照らして、どのようなDisclaimerが許されるのか考えなければならない。主に、不法行為に関する免責が許されるのかは、契約書に適用される法律を基礎として解析しなければならない。たとえば、売買契約においては、カリフォルニア州民法1792ないし1795.8条には、黙示の保証に関する免責制限が規定されている。主に消費者保護のための法律が多いが、かなりの分野で免責制限がなされていることに注意をしなければならない。明示の免責については、そもそも明示しなければ済む話だが、黙示の免責については、法律・規則等に照らしてリスクを想定しなければならない。 訴訟になった場合、免責は攻撃防御方法の防御(Affirmative Defense)として利用される。したがって、免責条項があったとしても、それだけで訴訟を提起されるリスクがゼロになるわけではない。 訳例:定義
契約上使用される重要な文言は定義されるのが米国では当たり前であり、定義条項の吟味がかなり重要性を持っている。日本のように全国で均一に適用される民法・商事法令が存在しないため、定義を契約書で確定しておかないと、いざというときの拠り所が曖昧になる危険性がある。もちろん準拠法(Choice of Law)を契約書で決めておいたり、場合によっては、カリフォルニア州民法の解釈による、といった規定の仕方も考えられるが、アメリカでは法律の改正も多々あるので、契約書によって適用される定義を少なくとも重要な文言に関しては決めておく方が良い。 そして、日本の立法でも最近トレンドになっているが、米国の法令ではまず定義条項を定める。たとえばカリフォルニア州の民法においても、全体に適用される定義条項、および、トピックごとに適用される定義条項などがある。 定義条項において、定義をするときには、定義の対象となる単語に引用符(クォーテーションマーク、“”)がついているので注意しやすい。契約書の解釈をするにあたって、引用符によって定義された単語は、原則として定義された意味において解釈されることになる。 引用符がついている単語については、通常定義条項においては、”○○” meansという言い回しで使われる。また、具体的な内容が記述されたあとに、(“○○”)と記述されることもある。気をつけなければならないのが、”○○“ includes などとある場合である。この場合、定義が○○に限られるのか、○○を含み他の可能性もあるのか、契約書の全体を確認しなければならない。Meansと続く場合には、比較的素直に読めばよいが、Includesと続く場合などには、限定的な表現なのか、例示的表現か、などロジックに気をつけて解釈する必要がある。 実務的なコツであるが、筆者が、急いで契約書をレビューするときは、定義条項はまず読まない。通常定義されるような重要な単語は決まっているので、定義条項を飛ばして読みながら、定義が必要そうな単語は、定義条項に立ち返って確認していくという方法が有効である。なんでも最初から読めば良いというものではない。 訳例:副本
契約書の署名における原則は、当事者全員が同じ原本に署名をすることである。面前または持ち回りで一つの原本に署名できれば、そもそもCounterparts条項は不要である。しかし、当事者が多数であったり、遠隔地に居住している場合など、全員での署名が困難な場合があり、その対応策として、Counterparts条項が必要となる。 Counterparts条項にも色々あるが、当事者が各自(別々の)契約書に署名することを定め、かつ、各契約書がいずれも効力を有することを確認するために、複写された原本(Original)は原本と同じ効力を持つ、全部が一緒になって一つの契約書を構成する、という内容を規定することが多い。 Counterpartsは「副本」と訳されることが多いが、厳密に考えると、上述のとおり、同内容だが物理的には別々の契約書に各々当事者が署名するため、この場合の「原本」と「副本」は、署名部分の記載は異なる。その意味で、原本をそのまま写したものとして用いられる一般的な「副本」とは少々違うといえよう。 なお、最近では、電子署名(たとえばDocuSign)などを使うことも多く、米国の裁判所でも弁護士が事前に登録する方法で署名を簡素化している。電子署名はますます増えると思われるが、そうすると、Counterparts条項の内容も紙を前提としている従来のものから、電子署名の時代に即したものに変容していくと思われる。 訳例:機密保持
機密保持については、機密保持の義務を切り出して別途の契約書とする場合もあるが(NDA:機密保持契約)、契約書の一部の条項として組み込むこともある。効力に違いはない。機密保持条項を確認する際は、大きく分けて2つの観点から考えなければならない。一つは、情報に関わる人間に対する情報使用の制限、もう一つは、情報の存在する場所に関する制限である。どのような制限が妥当かは、開示する情報の性質や取り巻く環境に依るので、一概にはいえない。 Confidentiality条項は、様々な契約に登場するが、労働契約においても高頻度で登場する。この点、Confidentiality条項に限った話ではないが、労働契約の条項を検討する際に留意すべきものとして、カリフォルニア州労働法925条があるので、紹介する。 同条は、要するに、雇用者は、主たる住所及び勤務地がカリフォルニア州である被用者から、同州で生じた紛争について、同州法の適用を受け、同州で裁判等を受ける権利を奪ってはならない旨を定めている。これに違反する条項は、被用者のリクエストにより無効とされうる。つまり、適用法が日本法となっていても、カリフォルニア州の法律が適用され、裁判管轄について別段の定めがあったとしても、カリフォルニア州が管轄を持つ可能性があるというこである。したがって、Confidentiality条項についても紛争となった場合も、どの地域の法律が実質的に適用されるのかを、具体的に確認する必要がある。 訳例:仲裁
Arbitration(仲裁)は、Mediation(調停)とともに、代替的紛争解決(ADR、Alternative Dispute Resolution)の代表例である。調停は主に双方が歩み寄れるかを試す場であるのに対し、仲裁は事実関係(あるいは法的関係)について一定の判断を下すことを目的とする、いわばプチ裁判である。仲裁の内容は、契約で比較的自由に設定することができ、仲裁の判断に拘束力を持たせるか否かという点についてすら、契約で決めることができる。 仲裁条項では、どのような仲裁人を何人選ぶのか、からはじまって、どのような機関を選ぶのか(仲裁をやっている団体は複数ある)などを、契約の性質に照らし判断し、一つ一つ定めなければならない。実務経験が重要となるとことである。リトマス試験紙として、仲裁ではどのような証拠法が適用されるのかを、契約書をいじる人に聞いてみると良いだろう。 契約の性質にもよるが、一般論として、Arbitration条項を考えるときは、(1)そもそも紛争処理を仲裁で行うべきか、(2)想定される規模の紛争に見合った仲裁機関を選んでいるか、(3)当事者に負担が少なく、かつ結果がでるまでの最小限度の手続きは定められていいるか、(4)適用される法律などについて実体を踏まえて吟味されているか、(5)仲裁判断に拘束力を持たせべきか否か(効力がどこまで及ぶのか)について、きちんと検討する必要がある。 訳例:各当事者の弁護士による助言の下
このフレーズは、各当事者が契約内容を吟味したことを確認する意味があるだけで、それ以上の将来的な法的効果はない。後日紛争になった場合、「内容がわからなかった」という理由を許さないための口上である。このフレーズが入ってくる場合はそれなりに内容が濃い契約書である。逆に、本人が弁護士の意見を受けずに署名するのが一般的であるような日常的な契約では、このようなフレーズは見られない。 もっとも、アメリカでは、一般に、契約書に署名をした以上、後日になって契約の内容が「わからなかった」という主張はまず裁判所で通らないので、弁護士のアドバイスを受けたという条項がなくても、実際のところ不都合はない。 なお、弁護士による助言、とは書かれているが、弁護士による代理までは書かれていないのが通常である。したがって、弁護士は、通常アドバイスをするだけで、契約書面に署名をするわけではない。しかし、裁判所の面前で和解をする場合や調停などで和解に達する場合には、弁護士も署名することが多い。 訳例:賄賂排斥
Bribery(賄賂)に絡む罪というのは、公務員のインチキを許さず、国家の公務を信頼できるようにするために各国家がつくるものである。政治のシステムも公務員もそれなりにしっかりしている国であれば、賄賂罪もしっかり適用されるのであろう。しかし、政治も公務員もしっかりしていない国もたくさんあるので、契約書で縛ってみても結局意味がないことも少なくない。ちなみに、収賄(利益をもらう側)に関しては「公務員」のみが縛られるというのは、世界共通の考え方である。 ところで、米国では、税金の控除も受けつつ堂々と「寄付金」としてお金を出す場合が多く、お金を出すことは名誉だという風潮があるからか、米国で通常使う契約書に(コソコソ利益を渡したり受け取ったりする)賄賂のことが書いてあることはレアである。書いてあるのは、アジア各国の契約書の場合が多い。 このように、賄賂条項が入ってくるのは主に日本を含むアジア各国が関わる契約書だが、賄賂だけではなくもう少し広い範囲を表現するCorruptionという単語を使うことが多い。公務員の腐敗にも色々な種類があるのだ。ただし、繰り返しとなるが、実務上、契約条項の有無それ自体よりも、その契約に関与する国がどれだけ公務員の腐敗抑制に真剣なのか、法律がちゃんと執行されているのかザル法なのか、といったファクターの方が重要である。 |
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