訳例:本契約上複数形の意味で単数形を使用する場合がある(逆もまた然り)
日本語の場合、主体について代名詞(彼、彼ら)が登場することはあまりないが、英語の場合は、代名詞(he, she, it, they)を用いることを避けられない。そこで、代名詞を単数とするか複数とするのかという悩みが生じる。例えば、定型約款で顧客(customer)を受ける代名詞がhe(男性・単数)だったとすると、顧客が複数者(they)だった場合、厳密にいえば、約款の表現と現実との間が乖離してしまう。単複いずれの場合も規定すれば乖離はなくなるが、それでは文章が著しく複雑になる。そこで、便宜上、例えば、単数形と決め打ちをして契約書を作成し、単複は区別しない(この契約書では複数形の意味で単数形を使用することがある)旨の断りを入れるという手法が取られることが多い。この断りが、今回扱っている条項である。 類似する問題として、単複に加えて、性別によって代名詞が異なる(she, he)という問題がある。これに対しては、単複の問題と同様に、sheかheに決め打ちをして契約書を作成し、性別を区別しないという旨の断りを入れるという対応が可能である。また、今般、そもそも性別によって代名詞を書き分けることを嫌い、単数であっても「they」で受ける文章も増えてきている。この場合は「この契約書では単数形の意味で複数形を使用することがある」旨の断りを入れておけば良い。頭書の「and Vice Versa」の部分がこれに相当する。 もっとも、実務的には、この条項自体はあってもなくても法的効果は変わりなく、あくまでも契約の本質に影響しない注意書き程度の役目しか負わない。「he」と書かれた約款が女性客(she)に対する約款の適用を否定する趣旨でないことは明らかだろう。契約書のドラフトやレビューにおいて重要なのは、この条項の書きぶりそのものよりも、他の条項に記載されている債務者の数など、単数形と複数形の意図的使い分けの有無(及び正確性)を確認することである。 そして、この単数形と複数形の意図的使い分けの有無(及び正確性)の確認においては、前提として、適用される法律の知識が不可欠である。例えば、カリフォルニア州民法1660条は、約束者が一人(例えば「I promise …」と契約書に記載)であっても、複数の人間が契約の一方当事者として署名する場合、各署名者は履行について連帯責任を負うと推定されるとしている。仮に、このような連帯責任を生じさせる条項を知らず、「契約書上の単複を検討しなくても、契約書に同義だと書いてあるから安心」などと勘違いしていると、本当の契約書上の問題点を見逃しかねない。このような事態を避けるためには、カリフォルニア州民法第3章(契約の解釈 1635条から1663条)、または他州の類似の法令に記載されている契約解釈のルールを熟読して理解し、当事者の単複で法的効果に違いが出る場合等を予め把握しておく必要があろう。 訳例:契約の一部無効
Severabilityの項目について、「分離」などと訳す訳文をよく見かける。しかし、この条項の内容の本意は、「違法などの理由により、契約の一部が無効または履行ができないとされた場合でも、残余の契約内容は依然として有効である」というものである。契約の一部無効の場合のシナリオを言っているのであり、「(有効部分の)分離」という直訳的表現より、「契約の一部無効(の場合についての対応)」という意訳の方が、条項の内容を表す日本語として自然であろう。 例えば、カリフォルニア州民法1670.5条は、 不当契約(Unconscionable contract)について、裁判所がある条項が不当と判断したときは、裁判所は、契約(全体)の執行を拒否するか、不当条項を除いた契約を執行するか、不当条項の適用を制限できる、としている。このように、ある条項(契約の一部)が無効となる場合、その他の条項も含めて契約全体が無効となると主張される可能性がある。そのような場合に備えて創造されたのが、本条項(Severability)である。 仮に契約の一部が無効となったとして、最初に触れたように、「残余は有効である」としておけば契約全体の有効性を確保するのには十分に思われる。(さらに言えば、カリフォルニア州法1558条―1559条は、「契約の唯一の目的そのものが違法な場合は全体が無効だが、契約に合法な目的もある場合は残余は有効」という解釈基準を置いている。)しかし、実際の訴訟を想定すると、これだけでは実は足りない。契約の一部が無効になった場合に、その無効部分について、どのように解釈するかがを決まっていないからである。すなわち、無効部分に関しては一般法(契約書で定める適用法令など)の一般条項に頼るのか、それとも、お互いがもともと意図した内容を成就するための交渉をして、再度有効な条文をつくるのか(その交渉が決裂した場合には、どうするのか)などのシナリオを想定し、それに合わせた内容にしておくことが望ましい。 訳例:契約当事者の法的関係
契約当事者は、三者以上いる場合もあるので、「Parties」を機械的に「両当事者」と訳すのは賢明ではない。また、「Relationship」については、あくまでも法的な関係を明らかにするのが契約書であるので、単に「関係」とだけ訳すよりも「法的関係」と訳すほうが望ましい。 さて、なぜこのような条項があるのかというと、大きく分けて、法的関係が明確でないと(1)裁判において予定外の特別法の適用があり得るから、(2)課税当局による予定外の課税があり得るからである。 (1)について、よく問題となるのが労働法である。日本でも同様だが、アメリカでも、いわゆる労働紛争において、当事者の関係が、独立した請負関係であるのか、雇用関係であるのかという点が争われることが多い。一般に、労働法の適用がある雇用関係の方が雇われる側が守られている。そのため、紛争になると、雇われる側は「雇用」だと言い、雇った側は「請負」だと主張する。そのような疑義を防ぐため、企業間契約では、予め「雇用ではない」ことを明記しておくことが望ましい。ただし、カリフォルニア州では、いわゆるギグ・エコノミー(例:Uber、Lyft等の配車サービス)の発展に伴い企業が請負契約を濫用としているのではないかと懸念が高まっていることを背景に、雇用契約をより広く認める今般の裁判所の判断基準(テスト)を法定し、個人に対する請負契約を制限する方向の法案(Assem. Bill 5, 2019–20 Reg. Sess.)が先日州議会を通過したことに注意が必要である。 同様に、相手方に、自社の業務の一部を担わせたり、ブランド名を使用させる場合、業務内容によっては、表見代理、無権代理などの問題も生じるリスクがある。本条項は、代理権の授与は一切ないことを明確にする趣旨でも設けられる。 このように、アメリカでは、将来疑義が生じないように、当事者間の関係や代理権の有無について、予め明確に契約書に盛り込んでおくことが一般的になっているのである。 (2)については、課税当局(特にアメリカ内国歳入庁)の立場から見て、契約当事者にどのような関係があるかが、課税の際に重要となる場合がある。その場合、契約書の当事者の法的関係の規定が参考にされることがある。契約書の文面を弄れば実態に反して課税を逃れられるというものではないが、不用意な文言を用いた場合に課税当局に課税の口実とされる恐れはある。したがって、確認的な規定であるとはいえ、文面を練って盛り込まなければならない。なお、どのような文言が適切かは、各国(州)の課税当局ごとに判断が別れる可能性がある。課税当局は契約当事者ではないので、準拠法条項や裁判管轄条項に縛られることもない。事前に適用法令を把握をしておく必要があるとともに、大規模案件であれば関係各国の税務専門家の助言を得ることが望ましい。 訳例:プレス・リリース
合併・提携などビジネスの相乗効果を狙う契約は、企業にとって対外的にアピールの好機であり、プレス・リリースが欠かせない。他方、企業の広報には、内容、時期、方法等について、経営上または法律上、様々な縛りがあることも事実である。特に、上場企業であれば、情報が株価に直結するため、プレス・リリースの取り扱いには一層注意が必要である。 プレス・リリースをどう取り扱いについて契約書に定めておくのが、本条項である。契約書で当事者が予め合意した方が望ましいのは、(1)どのような内容のものを広報するか、(2)どのような手続きで広報の内容・方法について決定していくかといった点である。契約法の観点から注意すべき点は多くない。 他方、コンプライアンスの観点から注意が必要なことは多い。予定されているプレス・リリースが何らかの守秘義務契約や機密保持条項に反していないか、プレス・リリースによって法的に不利益を被る第三者が存在しないか、監督官庁等への届出・許可等は必要か、などの点を確認する必要がある。企業の規模・業種・上場の有無等によって相当異なってくるだろうが、これらの注意点を事前に把握し、それを踏まえて契約書上のプレス・リリース条項を作成する必要がある。 訳例:通知
通知の法的意味は、意思表示を相手に行うことである。契約書で注意深く確認する必要があるのは、通知方法がどのように設定されているかである。 契約に関して通知が必要となるのは、主に、契約上の権利行使や義務の履行のときである。通常の契約書においては、契約更新、契約解除、所在地変更、解除予告、権利譲渡などについて通知が、必要とされている。 いろいろな通知方法の定め方があるが、例えば、カリフォルニア州商法(California Commercial Code)第1202条は、通知に関する詳細な規定の一つである(例として、カリフォルニア州商法上の「事実の了知(notice of fact)」は、「現実に知る」、「通知を受け取る」又は「当時に認識された状況からして、かかる事実が存在することを知るべき理由があった」のいずれかの場合に満たされるとされている)。商法が適用される取引は限定されているが、対象の契約に商法が適用されるか否かを含め、内容を包括的に理解した上で、具体的な通知方法を記載する必要がある。つまり、同条を踏まえた上で、「通知」といえるような通知方法を契約書に記載しなければならない。この観点からは、例えば、電子メールによる通知も一般的になっているが、単に「メールによる通知をすることができる」というだけでは足りないことに注意が必要である。どのメールアドレスに送るか、どの時点で通知があったとみなされるかなど、具体的に定めるべき事項が多数ある。 |
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