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■私服ですか、制服ですか■

 ふふんとうなずける話をある看護婦さんから聞いたことがあります。 この看護婦さんは何十年も血をみて、修羅場をくぐり抜けることで生計を立ててきた、ものすごいベテランです。 彼女いわく、白衣を着ている時には、何が起こっても動じないけれど、普段着に戻るとちょっとしたことでもあたふたしてしまうそうです。 感心しました。 プロですよね。 そういえば、看護婦になる門出にあたる看護学校の卒業式は、帯帽式といいます。 頭に看護帽をかぶる事でけじめをつけるのですね。 この看護婦さんのお話を聞くまでは、私は制服を自分のプロ意識のなかで「けじめ」をつけるための道具としては位置付けていませんでした。 ふと、自分について考えると、結構「制服」に関する思い出がでてくるものですから、呑んでソウロウに書くことにしました。
 私は、元来あまり着る服というものにはこだわったことがありません。 ひとりでいるとき大抵はTシャツにスエットパンツで徘徊していることが多いですね。 大学時代にもスーツを持っていませんでした。 アメリカでの大学時代はスーツ無しでも別に問題無く過ごせましたが、就職活動のときには焦った思い出があります。 のんきな私は世で言う就職活動というものを積極的にしませんでした。 それでも、捨てる神あれば拾う神ありで、いくつかの会社からお誘いをいただきました。 そのなかで日本の銀行が2つあり、面接に行きました。 わざわざ、日本から人事のひとが採用に来ていた時代です。 ロスアンジェルスまでの飛行機の切符も出してくれるし、興味半分でちょっと行ってみよう、と思いました。 一つ目の面接は、面接する人が余りにも面白くないし、非常に薄っぺらい人でした。 それになぜか、奇妙な目で見られた気がします。 私も、興味が半減して、早々に帰らせてもらいました。 
 二つ目の銀行の面接のときは一回目の時と違い、面接をしてくださった人が非常に気に入りました。 気さくで話も弾み、こちらも構えないでもいろいろ興味深い話ができました。 その方は司法にも興味があり、日本で司法試験を受けていた事なども話してくださりました。 銀行側が気に入ってくれた様子で、もう一度面接に来てくれといわれました。 吝かではないので、何ヶ月か後にもう一度、ロスまでいきました。 その時は、候補者が全員集合して、テストをしたり行内の見学をするのですが、その時になって、なぜ最初の銀行の面接のとき人事の人が私を奇妙な目でみたのかを理解できました。 服装なんです。
 私以外のすべての学生さんは紺のスーツに地味なネクタイをしているのですね。 私といえば、ジーンズに、一見スーツの上着にも見えるような皮のジャンパーでした。 おまけに、ひげが生えていて背が高いですから、一人だけ浮いていたのですね。 これがリクルートルックなんだぁと感心していました。 私が浮いている事が判明したので、個別面接のときに、そのことについて言及しました。 そうしたら、面接官が笑ってくださいました。 この銀行は物好きというか、私を東京の最終面接まで呼んでくださいました。 残念ながら、弁護士になる道を選択しお断りしましたが、今でもこの銀行には入行できたらおもしろかったかな、と思います。 しかし、見事に紺のスーツで統一されていた人たちの事を思い出すと、大きなありの行列みたいで、おかしかったですね。
 法律に携わるようになってからは、どうしたってスーツを着なければなりません。法廷に行くときも然りですが、クライアントの方に会うときも然りです。 ところが、服装に関してはうまく調整できず、最初の頃はどうもスーツというものに馴染めませんでした。 なんか首をしめられているようで。 弁護士になって最初の頃には自分でも笑ってしまうエピソードがいくつもあります。 
 弁護士になりたての頃、ある事件で裁判所に提出する書面を作成し、相手方の弁護士に早急に届けなくてはいけないというミッションがありました。 なりたてのころですから、手際も悪く、あと三時間くらいしか時間がありません。 自宅で書面を完成させ、エイヤッとオートバイに乗り、相手の法律事務所まで飛ばしていきました。 受付までいって、間にあったと内心喜んで、OO弁護士に書面を渡したいというと、後ろの入り口から入ってくださいと言われました。 なるほど、後ろの方に弁護士の部屋がたくさんあるのだな、と思い、入っていくとなんと、郵便物の集配所なんですね。 自分のカッコをみると、街中を自転車で走っているメッセンジャーよりもぼろぼろなんですね。
 一回、ある刑事事件で、書面を裁判所に届けようと思い、法廷に私服で入っていき、裁判官の控え室である法廷の裏の入り口に入ろうとしたら、廷吏に取り押さえられた事もあります。 被告人はこれより奥には入れませんですって。 
 刑務所に接見に行くときには必ずスーツを着るようにしています。 接見をするにはいくつも厳重に閉められた扉を明けていかなくてはなりませんから、間違えられて出られなくなったらコワいですからね。
 クライアントの方にしても、やはり弁護士がスーツを着ていないと、特に初対面では違和感を感じるのではないでしょうかね。 アメリカ社会一般でも、やはり弁護士はダークスーツを着て、使いふるした革かばんを持っているという印象ですかね。 最近では、カジュアル化している法律事務所も多いですが、法廷などに行くときにはどうしても、ダークスーツが弁護士の制服という感じがしますよね。 
 私が弁護士になりたての頃、クライアントの相談にのっていました。 20分ほどお話をしていたのですが、そのクライアントが、鈴木先生はまだですかねって私に言うんです。 その時はわけがわからなかったのですが、私が私服を着ていたために、弁護士とは思われていなかったらしいのです。 
 服装で人を判断する事を私は絶対にしませんが、世の中にはある程度の期待みたいなものがありますね。 最近では、私も皆さんの期待を裏切らないような風体で仕事をしておりますが、時々、シャツを着て、ズボンをはいて、ベルトをしめて、ネクタイをしめて、上着を着てという一連の作業がまどろっこしくなります。誰か、オートバイに乗るときのツナギのような、スーツを作ってくれないですかね。 アイロン不用で着心地の良い綿でできているようなやつを。 私が第一号のお客様にさせていただきます。 それではまた来月。

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