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■ひとつの幸せ、一つの事件■ 桜も散ったのに、サンフランシスコは寒かったり暖かくなったり陽気も忙しく変わっています。私の事務所では花粉症だか風邪だかわからない人もいますが、皆さんはお元気ですか。 「アンナカレーニナ」に人の不幸というものはひとつひとつ違うということが書いてありますが、弁護士はそのひとつひとつ違う不幸をいかにして対処するかということを仕事にしています。 言葉を返せば、弁護士をやっていることの報酬のひとつに、事件を解決しクライアントに幸せになってもらうことで、自分も「弁護士をやっていて良かった」と幸せに感じることが挙げられます。 最近、私も非常に幸せに感じた瞬間がありました。 事件は2ヶ月ほど前に私の事務所に入ってきました。 私のグループの弁護士が対応出来ないということで私に電話を回してきました。 事件は永住権申請が最後の面接で拒否されたという事件でした。 電話を取ると悲痛な状況にあることが聞き取れました。 クライアントとなる日本人男性は日本からアメリカに赴任されている方で、奥様と子供二人とベイエリアで10年弱暮らしている方でした。 沈んだ声で永住権が拒否されたことに対してどのようにしてよいのかということをしきりに尋ねられました。 私は簡単な解決策がないことを告げ、すべての書類を持って事務所に来てもらうことにしました。 このクライアントは屈指の大手コンピュータ会社に勤められる方で、永住権の申請も会社の依頼する大手の事務所でした。 次の日に、クライアントは奥様と一緒に事務所に来られました。 疲れた様子、そして不安が強く感じられました。 持ってきていただいた書類を見ると大手の事務所によくあるように担当がころころ変わって連絡が取れなかったり、その問題となった面接に弁護士が遅刻してきたりと細かい配慮に欠けていました。 私は、最終段階で今まで何年も行われてきたほかの弁護士の仕事にいきなり首をつっこんで、結果がでるかわからないので受任を躊躇しました。 その大手事務所の弁護士は対応が遅く、結局拒否から10日経ってもまともな答えが返ってきません。 大手の事務所は簡単に答えを出せないのです。 私は秘書にすべての書類のコピーを取ってもらい、事件を吟味して受任するかどうか考えさせてもらうことにしました。 その夜、通常の仕事を夜までこなしてから、この新件(新しく受任する事件)について文献を読みました。 大手の事務所がどうして簡単に対処できないのかわかりました。 移民法といえども手続が複雑で、基本的には通常の法廷事件の控訴と変わらないのです。 書面も難しいものを提出しなくてはならないし、様々な控訴事由を作らなくてはならない。 終局的にはアメリカ政府を相手にする裁判になるのですから、刑事事件的な要素もふんだんにあります。 これでは、移民法の書面だけ作成している法律事務所では簡単に対処できないはずです。 深夜、様々な文献をリサーチした後、私は受任を決めました。 民事だけではなく、刑事の法廷弁護ができて、更に移民法を知っている弁護士は他にはそういませんから、私が受任しなくては更に弁護士にクライアントが委任しづらくなる、そう判断したのです。 次の日週末直前でしたが、クライアントに受任する旨を告げ、私のグループの移民チームとともに事件の対処にかかりました。 簡単に手に入らない書類は直接移民局に行って談判してもらってきたり、移民法に関するあらゆる文献を手に入れて、夜遅くまで読みふけりました。 法廷弁護の勘で、この事件は勝てると思い、全霊を注いで移民法上の控訴書面を書きました。 週末でしたが、コンピュータとずっとにらめっこして日曜日にクライアントに会うまでにすべての書面の作成を終えました。 私が、ここまで熱意をもって書面を作成したの理由のひとつは、クライアントの二人の子供さんのことを考えたからです。 まだ、10代の子供さんには将来がある。 アメリカで教育も受けて、英語も話せる。どのような形でも、日本人に世界でがんばってもらいたい、将来の選択を残してあげたい、本当にそう思ったからです。 私も10代でアメリカに来てがんばりました。 若い時の自分を考えた時、負けられない事件だと感じたのです。 上院議員にも助けを求めたところ、すぐに手紙を書いてくれました。 書面は週末に作り上げました。憲法違反の問題を使い、最悪の場合には連邦の裁判所に事件を持ち込めるようにしました。 クライアントの勤める会社の弁護士から私の事務所にどのようなプランで控訴をするのか電話がありましたが、私は一切答えませんでした。 週明けの火曜日には移民局にクライアントと一緒に並び、控訴の書類を提出しました。 クライアントと私は同じような真剣さで朝から長い時間を過ごしました。クライアントの真摯な態度を感じました。 移民局で待ちながらいろいろな話をしました。 ご家族のこと、ご自身のこと、そして私のこと。 日本に強制送還になることはどうしても防ぎたい。 控訴に関する書類を提出して、クライアントと私の長い一日は終わりました。 結果はわかりませんが、とにかくやれることはやった、私もそう感じました。 その次の日、クライアントから電子メールが届きました。 その中で、「この状況で、私たちを助けてくれる人は、鈴木さんをおいてこの世にいないと思います。 その鈴木さんと、すぐに出会えた事を、まるで奇跡の様に思えてなりません。もし、鈴木さんの助けがなっかたら、今ごろは、夜逃げのようなかたちで、日本へ向かっていたと思います。そして一生の悔いとして残ったでしょう。二度とアメリカにくることもできないようになったかもしれません。」とありました。 心地よい疲れとともに涙がでました。 4月のある日、私の秘書が風邪で休んでいる時に、アメリカの司法省から手紙が来ました。 私が直接封筒をあけると面接や口頭弁論なしにクライアントの永住権申請を認めるという書類でした。 朝から、私は飛び上がって喜びました。 奇跡だと思いました。 これで、クライアントの一家が平和にすごせる、そして子供たちのオプションも広がる。 風が強く天気も悪かったベイエリアが久しぶりに晴れた日でした。 安堵と喜びで弁護士をやってて本当によかったと心から思いました。 | |
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