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■お母さんに花束を ■ 前回、この「呑んでソウロウ」のネタに使わせていただいたボランティアで引き受けた立ち退き事件が評価されてサンフランシスコの弁護士会から表彰されました。 まさに一粒で2度なんとかという感じですね。 それにしてもアメリカってすごい国だなとつくづく思いました。 私にしても私利私欲のために事件をやっていたわけではないですし、弁護士会にしても奇跡を期待して私に事件を依頼していた訳ではないのに、ちゃんと評価をしてくれるのですね。 ベイエリアでも弁護士会を通じて行っているボランティア・サービスにおいて法廷弁護士が不足していて困っていましたが、私のところに何件か弁護士から電話がありボランティアに参加してくれると熱い思いを語ってくれました。 これでは、一粒で3度おいしいですね。 さて今回は「お母さん」の話題です。 東京の五反田にある「お母さん」という飲み屋さんのお話ではありません。 母親というのは家族である以上にその人を生んでくれたというある一種の特別な感情があるのは当たり前ですね。 わたしにしても大人になるとだんだんわかってきましたが、母親に対してはどうしても理論で割り切れない感情があるのですね。 弁護士となって様々な人を弁護するようになってから「母親」の立場というものをよく見ることができ、いろいろ学ぶことも多くなりました。 ・・・三,四年前の事でした。 その日は刑事事件の判決でした。 私の勘で内容はだいたい予想していましたが、クライアントにとっては大変に重要な一日でした。 在宅起訴されていたので、拘置所にはいっていませんでしたから事件でやつれたという感じはありませんでしたが、人生の中でも大事であることは間違いありません。 最悪の状態では刑務所にはいっていなくてはなりませんし。 裁判官が着席してから発言台の前に立った私はある意味ですがすがしく思っていました。 「やることはやった」という自信があったからです。 クライアントである女性は終始緊張した表情でした。 体の大きな私の横に寄り添うように立っていました。 三十代の彼女は、シングル・マザー。 三人の子供をベビーシッターに預けての出廷でした。 裁判官が私の担当する事件を呼び、判決を低い声で読み上げました。 裁判官の朗読が続くうちに私は心の中でガッツポーズをしていました。 私の主張が最大限認められているのですね。 私はじっと裁判官を見つめていました。 判決の朗読が終わり胸をなで下ろした私は、横に立っているクライアントに目を移しました。 号泣しているのですね。 私はどのように対応して良いのか迷いましたが、裁判官が次の事件のファイルに目を移したのを確かめて、法廷を後にしようとしました。 彼女を促したのですが、動こうとはしません。 彼女は裁判官に向かって「私のことはどうでも良いです。とにかく子供たちは大丈夫なのですね」と涙声で訴えました。 裁判官は無言でうなずいていました。このクライアントは自分のことは二の次で、自分の判決だというのに心の中では子供のことがなによりも優先していたのですね。 泣いていた彼女ですが、法廷内にいる誰よりも強くどっしりと感じました。 母親の愛というのは子供には見えない部分もあるのでしょうが、計り知れなく深いものがあるのですね。私が言える精一杯は「はやく子供さんのところに帰ってあげてください」でした。 私の母親は母子家庭ありながら私と妹を育ててくれました。 母子家庭ということで偏見のある日本社会でつらい思いもたくさんしたでしょう。 それでも、私と妹のことはいつも自分よりも大切に考えてくれていたように思います。 それでも子供の頃は、なにかにつけてけんかもしましたし、随分親不孝をしたものだと思います。母親に叱られたり、母親になだめられたりしなければ、まともな人間になっていなかったでしょう。 私の母親はとにかく曲がったことが嫌いで、潔癖性のところがあります。 曲がっていた私がこうやって弁護士をしていれられるのも母親がいたからでしょうし、受け継いだ血があるからなのでしょう。 弁護士という仕事をして、クライアントから母親の立場でのお話を聞くと、自分でも母親のことを思い出すことがたびたびあります。 大人になって初めてわかる親の気持ちという感じですかね。 私も親子げんかをすることがだいぶ減ってきました。 寂しい気もしますが、母親も私も親子関係において成長してきているのでしょうね。 今では素直に母親を受け入れられるようになりました。 悪ガキだった私を育ててくれたお母さん、ご苦労様でした。 そして世界中のお母さんにも花束を。
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